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| 2013年08月27日(火) ■ |
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| 「罪の文化」と「恥の文化」 |
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国の文化について、多くの方が、インターネットに 持論を展開しているが、私が気に入っているのは、 「罪の文化」と「恥の文化」。 どこの国の文化か、わかるだろうか? 私は「国の文化」=「道徳の基本」と考えているが、 まさしく「罪の文化」はアメリカ、「恥の文化」は日本。 どちらが正しくて、どちらが間違っている、 そんな話ではなく、国民性の違いについて書いている。 「罪の文化」とは「自律」が前提条件にあり、 誰もみていなくても、自分にも相手にも厳しく接する。 「神が見ているから、悪いことをしたら『罪』だ」と。 それに対して「恥の文化」は、周りの人に対して、 迷惑がかがる行為をすることは恥かしいという考え方で、 そんな行為を人目にさらすことさえ「恥」とする文化。 日本の道徳文化を支えてきた、と言っても過言ではない。 自決(切腹)も、恥をさらしたまま生きていけない、という 「恥の文化」ならではの行為といえないだろうか。 そして私は、この「恥の文化」である日本が好きだ。 「道徳教育」と大上段に構えなくても「恥」という考え方を、 丁寧に浸透させることこそ「道徳心」のある国民になる、 そんな気がしてならない。
P,S. <サッカーの国際大会>韓国応援席 歴史問題にからむ横断幕 韓国は「恨みの文化」かな(汗)
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| 2013年08月26日(月) ■ |
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| 旅行は、自分の住んでいるところの再発見 |
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第162回泉のまちカレッジ(講演会) 講師「斉藤静雄」氏(初代・三島市ふるさとガイドの会会長) 演題「ボランティアで生き甲斐を」 (おもてなしの心は、感謝から)から。 自己紹介で、波乱な人生を語ってくれた後、 観光ボランティアの考え方、おもてなしの定義など、 多岐にわたって説明をしていただき、メモは溢れた。 観光客を受け入れるだけでなく、本人も旅行好きらしく、 旅先の話も交えながら、和やかな雰囲気の講演会だった。 「素晴らしい風景は、おもてなし」と言いきり、 「富士山のおもてなし力」の凄さを私たちに伝えてくれた。 その中で私が選んだフレーズは、 「旅行は、自分の住んでいるところの再発見」。 他の地域を旅行することで、自分の住んでいる場所の良さを 改めて発見する、ということだ。 特に、今まで静岡県東部に住んでいた人で、 「住みにくくて引っ越した人は、皆無」という話に、 私のアンテナが引っかかった。 富士山はいつも見えるし、気候は温暖、水は美味しい。 伊豆・富士・箱根に近く、海の幸、山の幸も味わえる。 どこに旅しても、大満足しないわけがわかった気がする。 「住めば都」って、そういう意味なんだよなぁ。
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| 2013年08月25日(日) ■ |
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| やっぱりワインは分かち合う飲み物だよ |
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映画「サイドウェイズ」(チェリン・グラック監督)から。 作品中、ワインの話題が飛び交い、面白かった。 カリフォルニアのナパヴァレーが舞台となり、 「ワインは飲むんじゃない、口に含む」とか 「『ナパ』とは、先住民の言葉で『豊かな場所』を意味します」など 一般常識的な知識もあったが、 「ワインにも人生にも、正解はないよ。 それぞれの選択にそれぞれの味わいがある」 「やっぱりワインは分かち合う飲み物だよ」 「何を飲むかなんて重要じゃない。誰と飲むかが大切なんだ」など、 私のアンテナに引っ掛かったフレーズも多かった気がする。 食べ物、飲み物は、いろいろなウンチクがあるけれど、 やはり、一番大切な人と時間をかけて、分かち合うことが、 基本中の基本だって、最近、多くの映画や書籍から学んでいる。 「花がきれいなのは、自分を騙せないから、おばあちゃんが言ってた」 「最短距離がベストな道のりとは限らない」なんて言葉もいいけど、 ワザとらしく日本語を間違える台詞のメモが増えた。 「開けなきゃよかった、ゴンドラの箱ってやつだ」 「ベストカッブル・・割れ鍋に綴じ蓋」 「ひねもす(終日)、ぐったりだよ。(のったりだよ)」 「チャラチャラおかしいよ」「チャンチャラおかしいじゃないの?」・・ 鑑賞後、ワインを誰かと分かち合いたくなる映画だった。
P.S.(おまけ・・記録に残しておきたい台詞) ロミオがジュリエットを失ったのは、大事な手紙を自分で届けなかったからよ
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| 2013年08月24日(土) ■ |
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| マナーを守らないから遊び場が減っていくんだ |
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子どもたちの遊び場が減ってきた、という話題で、 「公園禁止事項あふれ」の見出しともに、 特集を組んでいる記事を読んだ。 「公園とは、子どもが危険を察知する力を学び、 出来ないことに挑戦して達成する喜びを学ぶ場所だ」と力説し、 その必要性を広く訴える人もいるけれど、 現実は「遊具か消え、手にゲーム機を持った子どもたちばかり」 フェンスには「大声禁止・自転車乗り入れ禁止・ボール遊び禁止」 そんな「禁止」のオンパレードである。 さらに、公園内で事故ある時は 「公園管理の自治体に損害賠償を求める訴訟」が続くとなれば、 危機管理の中で「公園」が減っていくのは当然だろう。 その理由を探っていたら、公園を管理している人の声が響いた。 「マナーを守らないから遊び場が減っていくんだ」 食べ物のゴミを平気で捨てていく、駐車禁止に平気で駐車する、 そんな簡単なマナーを守らないから、遊び場が閉鎖されたり、 〜してはいけないという看板が増える。 そんな現状を知らずに、ただ「遊び場が消えた」と大騒ぎし、 声高に主張するのは、ナンセンスだと言える。 「(利用者が)マナーを守っているのに、減っていく」なら、 その仕組みに問題があると思うが・・。 ルールとマナーを守らない人たちが増えている富士登山者、 そんな少数の人のために、富士登山が禁止にならないことを 同じ問題として、記録に残しておきたい。 どちらのケースも、同じ利用者が利用出来なくなる危機感を持って、 彼らに直接、説得することが一番大切ではないだろうか。
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| 2013年08月23日(金) ■ |
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| あからさまに階級制度を持ち込んでいる飛行機の座席 |
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書籍「野心のすすめ」(林真理子著・講談社現代新書刊・191頁)から。 「野心」という単語に、嫌悪感を示す人がいるが、 彼女のこの本を読めば、その考え方は変わるのではないだろうか。 「人は自覚的に『上』を目指していないと『たまたま』とか『のんびり』では、 より充足感のある人生を生きていくことは、できないのです」と言い切り、 「屈辱感こそ、野心の入り口なのです。 その時点での自分の敗北を認めることができるかどうか」 「何をしたいのかさえわからない。自分の至らなさを、まず自覚することです」 冒頭に、そうアドバイスをいただいた気がした。 私がなるほど・・と思ったのは、「上」の世界を知る方法を知らないから、 「野心」がなかなかわいてこない、という視点だった。 それを端的に表現したのが、 「あからさまに階級制度を持ち込んでいる飛行機の座席」の例え。 「エコノミーは、ファーストクラスは目に出来ないが、 ビジネスはファーストクラスを通り抜けてから、 ビジネスの席に行くことになります」の一文が頭から離れない。 エコノミーの席に座る人は、ビジネスクラス・ファーストクラスの席を 知る機会がないから、ファーストクラスに座りたい、という野心が起きない、 しかし、ビジネスクラスに座る人は、必ず一度、 ファーストクラスを通過して席に着くので、いつか、この席に座りたい、 という野心がわき上がってくる。そんな話としてメモをした。 私たち「エコノミー」は、まず「ビジネス」「ファースト」の世界を知ること。 ここから始めてみたい。
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| 2013年08月22日(木) ■ |
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| ドナ・サマーの夏は、どんなサマー? |
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ラジオから、酷暑の話、夏休みの話が話題に上り、 「みなさんは、どんなサマーを過ごしてますか?」みたいな 視聴者への問いかけが耳に残った。 そしたらなぜか、急に頭の中でダジャレが浮かんだ。 「ドナ・サマーの夏は、どんなサマー?」。 自分の中では、久しぶりのヒット。(笑) まぁ、ドナ・サマーを知らなければ、何にも面白くないし、 今考えれば、たいしたダシャレでもないけれど、 その時は、可笑しくて、車を止めてメモをした。 実は最近、時々、こういうことがある。 しばらくして思い出そうと思っても忘れているので、 その場で、携帯のメモ機能をフル活用してメモをすることに。 しかし、スマホになったら、どうやってメモするんだろう、 そんなことを考えながら、もうしばらく長持ちしてくれ、と 携帯のボディを磨いた。 話は戻るが、私は「ダシャレ好き」を、再認識した。 えっ、みんなはとっくに知ってた?
P.S. ドナ・サマー(Donna Summer)アメリカ合衆国のディスコ歌手、 ディスコ・クイーン。昨年(2012年)に他界した。
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| 2013年08月21日(水) ■ |
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| 「オマージュ」と「盗作・パクリ」は紙一重 |
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映画「東京家族」(山田洋次監督)と「東京物語」(小津安二郎監督)。 両作品を続けて鑑賞した。(「東京家族」・「東京物語」の順) 鑑賞後、メモした台詞を比較して驚いたというのが本音。 「東京家族」の説明に「名匠・小津安二郎の『東京物語』(1953)に オマージュをささげた家族ドラマ」とあったからだ。 オマージュ(仏:hommage)とは、芸術や文学においては、 尊敬する作家や作品に影響を受けて、似たような作品を創作する事。 しばしば「リスペクト」(尊敬、敬意)と同義に用いられるようだ。 しかし、今回は「盗作・パクリ」と紙一重だな、という感想を持った。 家族構成が少し変わっていたり、「熱海の旅館」が「横浜のホテル」に変わり、 宿泊施設の騒音が「麻雀の音」から「中国人のクレーム」に変わった。 もちろん、親・目上の人に対する言葉遣いなども微妙に変化していたが、 そんな生活環境が、60年近くの時の流れで変化しただけで、 物語の大筋とか、ちょっとした台詞まで、ほぼ同じでは、 厳しいようだが「オマージュ」と言えるのかどうか、甚だ疑問が残る。 こんなシーン、こんな台詞に、その想いを取り入れてみた、という 解説があったら、是非、読んでみたいと思う。 そう思うのは「東京物語(1953)」が、今、鑑賞しても見劣りしない、 考えさせられる作品だったからかもしれない。 異論・反論、大歓迎です。
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| 2013年08月20日(火) ■ |
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| やっぱり、子どもの方がええのう |
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映画「東京物語」(小津安二郎監督)から。 東京で働いている子どもたちに会いに、20年ぶりに上京した老夫婦。 そこで待っていたのは、自分たちの生活が優先で、 久しぶりに会った両親をゆっくり歓迎する余裕のない子どもたち。 これが1953年、60年近く前に製作された映画と知り驚いた。 現在の私たちに警鐘を鳴らしている、と言っても過言ではない。 日本を代表すると言われている映画監督、小津安二郎さんは、 もしかしたら、予言者ではないだろうか、と思わせるほどだった。 それくらいに「家族、親子、兄弟姉妹、嫁姑」について、 「理想と現実」を組み合わせながら、高度成長期の激動を映し出している。 また、これから日本の問題になるであろう「高齢者の孤独感」も、 ラストシーンの「時計の音」と「一人になると、急に日が長くなりますよ」 の台詞だけで、私には充分に伝わってきた。 そんな多くのメモから、私が選んだのは、 やっぱり親だなぁ・・と感じた老夫婦の会話。 東京での10日間を振り返り「孫もおおきゅうなって」と妻、 「ウム・・よう昔から子どもより孫の方が可愛いと言うけぇど、 お前、どうじゃった?」と夫。 それに続けて「お父さんは?」「やっぱり、子どもの方がええのう」 「そうですなぁ」・・ただ、それだけの会話であった。 自分たちの突然の上京に、子どもたちに迷惑がられていたのも感じ、 なおかつ「大きくなって変わってしまった子どもたち」を実感しながら、 それでも「孫より子ども」と言い切った老夫婦に、拍手を送りたい。 映画「東京家族」(山田洋次監督)に続けて観ることをお薦めする。 小津安二郎監督の偉大さが、よりわかるはずだから。
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| 2013年08月19日(月) ■ |
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| こうして空でも眺めてるしかなかろうが・・ |
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映画「東京家族」(山田洋次監督)から。 親はいくつになっても親だから、子どものことが気になる。 だから、3人の子どもに会おうと夫婦で上京したにも関わらず、 子どもたちは自分の生活で精一杯、久しぶりに会った両親を、 素直にいたわれない現実が、待っていた。 みんな一所懸命生きている、それは親に伝わるが、 やはり夫婦の感じた淋しさは、隠し切れなかった。 親子の絆って、人間関係の一番基本的なところにあるのに、 なかなかうまくコミュニケーションがとれないもどかしさがある。 どこにでもいる家族、どこにでもある日常生活、 そして突然の母の死という出来事をを通して、 その理想と現実とのギャツプが、映し出されていた。 楽しみにしていた子どもたちとの再会と、のんびりした時間は、 影も形もなく、東京の空の下、老夫婦だけとなりふたりは戸惑う。 妻が「どないする?」と問いかければ、 夫が「こうして空でも眺めてるしかなかろうが・・」と答える。 「ええ天気じゃねぇ」と言いながら、なぜか淋しさが込み上げる。 私が一番、印象に残ったシーンである。 横浜の高級ホテルに泊まれることで喜ぶと勘違いしている子ども、 それを口に出さず、黙って受け入れる親。 忙しいのはわかっている、でも、もう少しゆっくり話したい、 それが3人の子どもを育て上げた親の気持ちだろう。 家族愛、親子愛、夫婦愛・・ 山田監督は、どれを一番伝えたかったのだろうか。
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| 2013年08月18日(日) ■ |
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| アンコール曲が一番良かったって言わないでください |
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第288回泉のまち音楽会、 今回は「梅原圭ピアノ・コンサート」(伊東市出身) 自他ともに認める、おしゃべりが大好きなピアニスト、 東京のコンサートでは、ほとんど話さないらしい。 今回も「しゃべりすぎないように・・」と言われたようだ。 でも私は、彼のトーク好きだなぁ。 東京藝術大学大学院修士課程ピアノ専攻科、首席で修了し、 イタリア国立トリノ音楽院も首席で修了。 そんな天才肌のおしゃべりは、なにも苦にならないし、 普段、生声を聴くことが少ないピアニストらしい、 ユーモアたっぷりの話題は、観客を喜ばした。 最初に演奏した、ベートーヴェン作曲のエリーゼのために」 声楽の先生から「普通に弾いてもダメ。観客は喜ばないわよ。 この曲は、しっとり・ねちっこく」とアドバイスされた話は、 しばらく忘れることがないだろう。(笑) 「派手じゃなく、地味な曲こそ難しい」と汗を拭きながら演奏、 かと思えば「いつまでも、チャレンジ精神をもって」と、 7曲とか5曲連続で弾いてみたり・・。 そんな彼が、最後にアンコールでおなじみの曲を弾いた後、 私たちに向けて、こう頭を下げた。 「アンコール曲が一番良かったって言わないでください。 思ってても、私に言わないでください。 今までの努力が・・」と笑いを誘ったが、演奏者の本音だろう。 この日のために、何か月もかけて、選曲からプログラム構成まで、 じっくり考えてくれたのだから。 でも、うっかりすると、ついアンコールでサラッと弾いた 「よく耳にする有名な曲」を褒めてしまう人が多いのも事実。 こういうことは、みんなに伝えなくちゃなぁ。
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