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| 2013年07月10日(水) ■ |
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| いつものように変わりなく。 |
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書籍「私は虫である。」(熊田千佳慕の言葉) (熊田千佳慕著・求龍堂刊・173頁)から。 展覧会を開催していた美術館のショップで手にした、 彼の言葉を集めた書籍は、すっと私の心の中に溶け込んできた。 「いつものように朝のセレモニーが終わる。 いつものように変わりなく。最上の幸せとは、こんなものかしら」 最近、私が感じていた幸せと同じだ、とメモをした。 5時45分の目覚めから続く、私の平日朝のセレモニー。 足のマッサージから、朝食、朝刊の記事確認、 家を出てから、柿田川公園の散策や貴船神社でお祈りし、 8時5分に職場に着くまで、毎朝規則正しく繰り返される時間。 いつものように始まり、いつものように終わる。 いつものように変わりなく、その時間が流れた時、 なぜか、私は幸せを感じる。 ちょっとずれると、通勤途中の信号が変わってしまったり。(汗) 「小さな自然を愛し、小さなゆとりを持って、 小さな幸せを持つ。これ生活の中のゆとりである。」 「わざわざ休日を作ったり、遊びの時間を作ったりすることが、 『ゆとり』であると思うのは、大きな間違いである。」 彼の「ゆとり」に対する考え方に、拍手を送りたい。 そして、ささやかに「乾杯」(笑)
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| 2013年07月09日(火) ■ |
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| コンサートに扇子はセンスがないね |
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あるコンサートの出来事。 大きな会場だから仕方ないのかもしれないが、 前列の方が空席がめだった中、一番前の席のど真ん中、 一人の観客がドカッとすわり、始終「扇子」を使っている。 見たくなくても、ステージ中央に目をやると、 どうしても視界に入ってしまうから気になって仕方がない。 ステージ上のリズムと、扇子のリズムがアンバランスで なんとも言えない鬱陶しさを感じたまま、演奏会を終えた。 これって、誰も注意しないし、ルールでもないけれど、 会場の後ろの方に座っていた方からは、 同じような不満が聞こえたので、私だけではなさそうだ。 たぶん、本人も気付いていないし、 他にも何人か扇子を使っていたので、悪いことではない。 ただ「センスがないね」と駄洒落を使いながら、 そこまで配慮できたら素晴らしいのになぁ、と感じた。 「コンサートに扇子はセンスがないね」 演奏者と観客の関係だけでなく、観客と観客の関係だからこそ、 私たちが気をつけなければいけないことなんだよなぁ。
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| 2013年07月08日(月) ■ |
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| 根拠のない自信が、ああいう事態を招いたんだ。 |
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映画「BRAVE HEARTS 海猿」(羽住英一郎監督)から。 作品冒頭、主人公・仙崎大輔は、 上司から「撤退」を指示されたにもかかわらず無視して、 結果オーライで、人命救助に成功するシーン。 「なぜ、命令に従わないんだ?」という叱りに対し、 「俺は全員を助けたいんです」と、正義感溢れて言い返す。 「なるほど、その歳で特救隊に入ろうなんて奴は、 そういうことを平気で口に出来るわけか。 結局は、お前が仲間に救助されてる。俺に言わせれば、 ああいう状況を作ってしまったこと自体が、既に失敗なんだ。 そして今日も、お前は同じミスをした。 根拠のない自信が、ああいう事態を招いたんだ。 いいか、レスキューに必要なのは、スキルと冷静な判断力だ」 こう言い返すチームのリーダーに共感を覚えた。 「希望がある限り、絶対あきらめるな」という教えもあるが、 正義感だけで人命救助をするのは、無茶すぎる。 主人公だから死ぬことはないだろう、と思う客観的な目と、 もしこれで死んだら誰の責任になるんだろうか、という リアルな感覚がいり混じって、いつも不安になる。 「自分はこの場面、あの人を助けられる」という自信は、 実は何も根拠がなく、周りで見ている同僚は落ち着かない。 その心境を言葉にすると、 「根拠のない自信が、ああいう事態を招いたんだ」 上司の命令や同僚の反対を押し切って行動するのであれば、 「根拠のあるデータ」を示してからでも遅くない。 「命を懸けて命を救う仕事」だからこそ、そう願いたい。 それでは、映画にならないよ、という関係者の声が、 聞こえてきそうだな。(汗)
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| 2013年07月07日(日) ■ |
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| いい事も悪いことも、記録を残す |
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町制施行50周年記念として「一日16ミリ映画祭」を開催した。 企画・運営は「清水町16ミリ映画同好会」。 昔懐かしい「16ミリフィルム」を大切に保管しながら、 あの「カタカタ」となる映写機での上映会となった。 プログラムには「町制施行10周年」「町制施行15周年」 「町制施行20周年」「町制施行25周年」そして「町制施行30周年」と 町の歴史を振り返るには最高の映像が、私を喜ばせてくれた。 しかしなぜか「町制施行35周年」以降の作品が見つからない。 私が広報を担当した時は「町制施行40周年」(10年前)だったが、 もう既に「DVD」の時代に突入していて、 「記念のテレビ番組」を制作したことを覚えている。 改めて当時の記録映像を残すことがいかに大切であるかを痛感した。 いくらお金があっても、もう当時には戻れないのだから。 「町の歴史」が費用対効果の論理で忘れ去られ、 当時の記録映像として残らないことになってしまうのは辛いことだ。 「いい事も悪いことも、記録を残す」(わが子の成長記録と同じ) これが「記録・保存」の基本と言っても過言ではない。 当時、巷を騒がせた話題こそ、今では笑い話となるに違いないのだから。 それにしても、現在は無くなってしまった建物が多くて、驚いた。 わが町は、まだまだ変化し、少しずつ動いていることを実感した一日。 たまには、後ろを振り返ることも楽しいなぁ。
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| 2013年07月06日(土) ■ |
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| 1/875 草薙球場リニューアル応援プロジェクト |
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今朝の地元新聞に「草薙新章」と題して4頁の広告。 その中に自分の名前を見つけて、自己満足に浸っていた。 去年の12月のクリスマス前後だったと思う。 「草薙球場リニューアル応援プロジェクト」に賛同し、 10,000円の寄附をしたが、オープン後に楽しみにしていた 「沢村」ではなく「澤村」が投げた、ジャイアンツ戦は仕事で行けず、 夏になったら、ビール片手に高校野球でも観戦に行こうかな、 そんな気分でいたら、今日のどでかい広告記事。 個人と団体、875の方々が、プロジェクトに賛同したようだ。 だから、その内のひとりとして、記録に残したい。 「1/875 草薙球場リニューアル応援プロジェクト」 さらに、協賛した人たちの名前は、アルミ製の大型プレートに記載し、 草薙球場外野(レフト側)入り口付近の壁面に設置するらしい。 こんな形で、名前が残るのは、恥ずかしいけれどちょっぴり嬉しい。 最近気がついたけれど、私は「協賛」(賛助)好きのようだ。(笑) 単なるお金の寄附より、活動に賛同して協賛のパターンが多いから。 あとは、震災当時、協賛した「三陸牡蠣復興プロジェクト」から、 何年先かわからないけれど「三陸産牡蠣20個前後」が届くのを 楽しみに待っていようっと。
P.S. 875の1人に「豊岡武士」さんの名前もみつけた。 三島市長さんが個人で賛同して協賛していたとしたら、 とても嬉しいし、尊敬しちゃうな、隣接の市長だけど。
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| 2013年07月05日(金) ■ |
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| さまよえるオランダ人みたいなことを言うなよ。 |
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書籍「錨を上げよ!」(百田尚樹著・講談社刊・ 上巻591頁・下巻616頁・計1207頁)より。 波乱万丈の主人公の人生に、驚きはしたものの、 ワーグナー作曲のオペラ「さまよえるオランダ人」と と繋がらなければ、長編としてただ読み終えたに違いない。 「さまよえるオランダ人みたいなことを言うなよ。」 「何や、それ?」「いや、何でもない」 作品中、何の前触れもなく、突然 「さまよえるオランダ人」という単語が登場するが 文脈の前後、その説明はどこにも出てこない。 何気ない会話だが、メモした私は気になって仕方がなかった。 メモを整理していたら、上巻冒頭に 「シェイクスピア」や「ゲーテ」などの名前も挙がり、 スケールの大きな話だったことに気がついた。 タイトルの「錨を上げよ!」も、作品には、1回しか出てこない。 しかし、オペラには何度か「錨」という単語が出てくる。 せっかくここまで読んだのだから、 ワーグナーの作曲も聴きたいし、オペラも観なくちゃなぁ。 好奇心旺盛も困ったもんだなぁ、ふぅ〜。(汗)
P.S. 映画「錨を上げて」も観たが、何も関係なかった。(笑)
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| 2013年07月04日(木) ■ |
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| すべての人間は、二種類に分けられるって知ってっか? |
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映画「スゥイングガール」(矢口史靖監督)から。 以前にも観たはずなのに、メモが残ってなかったので 改めて観直したけど、やはりこの台詞。 この映画と言えばこの台詞、そんな決まり文句があるのは 映画の話だけでなく、真面目な挨拶にも挿入できて嬉しい。 「スゥイングガール」と言えば「すべての人間は」で始まる、 このフレーズ、作品の中に三回ほど、形を変えて登場する。 「すべての人間は、二種類に分けられるって知ってっか? やり遂げる者と諦める者だ。おまえ、どっちや?」 「すべての人間は、二種類に分けられる。 楽で楽しく生きる奴とそうじゃない奴」 「すべての人間は、二種類に分けられる。 スゥイングスする者とスゥイングしない者だ」 逆に、このフレーズを知っていると言うことは 「スゥイングガール」を観たことがあると判断してもいい。 応用すれば、いろいろな場面で使えそうだし、 自分なりの人間の定義にも活用できそうだなぁ。
P.S. 次点は、友達同士で写真撮る時の一言 「はい、とろけるチーズ」「どろどろだっつ〜の」
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| 2013年07月03日(水) ■ |
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| 「いつ、やる」「今だ」と奥村が答えた。 |
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書籍「錨を上げよ!」(百田尚樹著・講談社刊・ 上巻591頁・下巻616頁・計1207頁)より。 これはたぶん偶然だと思うが・・・(汗) 作品中に、とても面白い会話を見つけた。 「どうする? やるのか」と景山が訊いた。 ぼくが答えるよりも先に、奥村が「やる」と言った。 「いつ、やる」「今だ」と奥村が答えた。 昨年読んでいたら、全然、気にならなかった会話だが、 「いつ、やる?」「今でしょ」のCMを見るたびに、 このシーンを思い出してしまうのは、私だけだろうか。 また、3.11の震災前 (2010年1月30日第一版印刷) に書いた小説にも関わらず、白武久子とのキスシーン。 「再び、熱い情熱が体の奥から押し寄せてきた。 まるで巨大な地震のあとに、 連れてやってくる津波のようだった」 これまた、メモを片手に、う〜んと唸ってしまった。 これから先も、私の溢れたメモを読み返してみたい。 もしかしたら、時代の流れを読んでいる予告書かも。(汗)
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| 2013年07月02日(火) ■ |
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| 6月は「百田尚樹」月間、1949頁 |
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2013本屋大賞に選ばれた「百田尚樹」さんの著作を読み漁った。 5月に「永遠のゼロ」(文庫)(589頁)を読んだ後、 「錨を上げよ」(上巻591頁・下巻616頁・計1,207頁) 「海賊とよばれた男」(上巻380頁・下巻362頁・計742頁) 計2,538頁(6月中は1949頁)。 食べても食べても減らない、どっかの大盛ラーメンのように、 読んでも読んでもなかなか減らない「百田尚樹」作品。(汗) それでも、6月末までに読み終えた。 そこからメモを書き出すのも一苦労で、やっと終えた。 これから、数あるメモを眺め、一言を選び「気になる〜」にする。 もうしばらくは、百田さんとの付き合いが続きそうだ。 ただ、「読み終えた」という手ごたえと充実感はある。 暇さえあれば、読み続けた感覚は、ここ数年、忘れていたし、 彼の作品から、得たものは大きかった。 「海賊とよばれた男」の主人公と「永遠のゼロ」の主人公が、 上海で、ほんの少し、すれ違うシーンなどは、 まさしく映画のワンシーンを髣髴させた。 両作品を、読んだ人しかわからない、という自分だけの幸せ感は、 なんとも表現しにくいほど、嬉しい。(笑) 平日は仕事のあとに、また土日はイベントを終えた疲れた体で、 読んだ時間・読んだ頁を記録に残したいので、 「6月は『百田尚樹』月間、1949頁」としておこうっと。
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| 2013年07月01日(月) ■ |
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| 外でお客の接待をするようになったから |
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久しぶりに、働く女性の会(ATG)の6月例会に参加した。 今回の講師は、土井翠亮さん。(池坊正流六世家元、表千家教授等) 第一部は卓話「花の心、茶の心」、第二部は「お茶会体験」。 非日常体験により、ゆったりとした時間を過ごすことが出来た。 昔は、女子の嗜みとさえ言われた「華道・茶道」が、 今では、一部の人の趣味として存在していることに、 ちょっと寂しい思いをしながら、話を伺っていたら、 「華道部がある高校が減ってきた」という事実を耳にした。 男女共同参画が進んだから?カルチャー教室が増えたから? いろいろな理由を考えたが、なかなか答えが見つからなかった。 ところが、先生の説明から、簡単に答えが見つかった。 「外でお客の接待をするようになったから」 言い換えれば「人を家に招くことがなくなった」から、 玄関に花を飾ったり、お茶を点てておもてなす習慣が減った。 これは単なる「嗜み」という観点ではなく、 日本人の生活様式・ライフスタイルの変化が、 華道・茶道に代表される、日本独特の「おもてなし文化」を 衰退させてきたとは言えないだろうか。 他人を自分の家に招くということは、大変なことだった、 いや、大切なことだった、とはじめて気付いた。 我が家の玄関周りは、いつも華やかに飾られているから、 まだ、少しだけど「おもてなし文化」が残っているのかなぁ。
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