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しもさんの「気になる一言」
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2013年05月22日(水)
30年経っても、夫婦の基本は「会話」

結婚30年目の記念日に、夫婦+娘の家族3人でフランス料理。
本来なら、昨年の松本・北海道旅行に続いて、
今年は20年ぶりの式年遷宮の年なので「伊勢神宮参り」とも考えたが、
仕事上、まとまった休暇が取れそうもないので、今回は計画変更。
午後6時半から9時半までの3時間、思い出を振り返りながら・・
いやいや、最近、お互いの忙しさですれ違っていた気持ちを
美味しい料理とワインを飲みながら、確認し合ったという表現が、
正しいのかもしれない。
私にとっても妻にとっても、貴重な3時間であった気がする。
携帯電話の電源も切り、話し続けた会話は、楽しい旅行とは違うが、
ある意味では、忘れかけていた「夫婦の会話」の重要性を、
思い出させてくれた時間となった。
30年前の結婚当時の様子や、それからの山あり谷ありの話もいいけれど、
お互い歳を重ねた今を、そしてこれからをどう一緒に過ごしていくか、
という話題は、意外と楽しかったと思う。
こうして、ほろ酔い気分で書いている、気になる一言は私の気付き。
「30年経っても、夫婦の基本は『会話』」を残しておきたい。
一番大切にしなければならない相手を、一番我侭がいえる相手として、
無理難題を押し付けていたことも、じっくり会話をしてわかった。
夫婦だから言わなくてもわかっていると思った、は勘違いだと知りつつ、
また少し時間が経つと、同じことの繰り返しをしてしまっていた。
ふたりで過ごす人生は無限ではないのだから、もっともっと会話をして、
これからも刺激し合って「成長」できる関係でいたいな。



2013年05月21日(火)
生きること、働くこと、そして家族を養うことの喜び

書籍「永遠のゼロ」(百田尚樹著・講談社文庫刊・589頁)から。
この作品を読み終えて感じたことは、
自分が太平洋戦争について、実は何も知らなかったのに、
いかにも、経験したかのような一方的な知識に惑わされ、
偏った見方しか出来なかったことへの後悔と、
やはり、自分が日本人だったことへの誇りが込上げてきた。
戦争に対しては、角度によって視点が違うから、
なかなか自分の意見として語ることが出来ないが、
どうして日本が敗戦後、奇跡的な復興を遂げたのか、は、
フィクションとはいえ、私なりに理解できた気がする。
「日本は戦後、素晴らしい復興を遂げました。でもね、佐伯さん。
それは生きること、働くこと、そして家族を養うことの喜びに
あふれた男たちが、いたからこそや、と思います」
「死ぬ気で働いたから」という表現は簡単だけれど、
「生きることの喜び」が原動力になった、という表現の方がいい。
誰だって、死にたくないし、家族と一緒に過ごしたい、
自分の頑張りで、家族の喜ぶ顔が浮かぶ・・そんな理由が、
奇跡的な復活を支えたって考えたら、嬉しくなった。
さすが「百田尚樹さん」、読み応えがありました。(涙)



2013年05月20日(月)
つい最近、夫が教えてくれました。

映画「アンカーウーマン」(ジョン・アヴネット監督)から。
作品冒頭に「報道の人間が忘れてならないのは、
事実をありのままに語ることです」というテロップが流れる。
これは、キーワードとなるフレーズだな、とメモしたところ、
案の定、ラストシーンでも使われた。
だが、ハッピィエンドでなかったので私としては辛かった。(涙)
小さなローカル局から、アメリカ全国ネットのテレビ局の
アンカーウーマンまで上りつめた主人公の彼女を支え続けた考え方、
それは「事実を語ること」。
政治の世界から犯罪現場まで、どんな突撃レポートであっても、
それは変わらない姿勢であった。
しかし、その考え方は、最初に採用された時のプロデューサー、
(のちに「夫」になる)の考え方でもあり、知らず知らずに教え込まれた
「報道の基本」であった気がする。
そしてラストシーン、事実を語るために訪れた取材先で死亡した夫を
彼女が思い出しながら、関係者の前で力強くスピーチする。
「私の役目は一つだけ。事実を語ることです」と前置きして、
「つい最近、夫が教えてくれました」と。
夫の死を悲しんでいるばかりではいけない、愛した彼が教えてくれた
「事実を語ること」をこれからも仕事の姿勢として貫いていきます、
そんな決意にも感じられた。
悲しいはずなのに、なぜか涙より拍手をしたくなった作品である。



2013年05月19日(日)
日本語は「察する言語」

町制施行50周年記念事業の1つ、文化講演会。
講師は「元・NHKエグゼクティブアナウンサー」
元NHK教育テレビ「ナットク日本語塾」の名司会者
「ことばおじさん」こと「梅津正樹」さん。
演題は「言葉とコミュニケーション」(乱れや変化を嘆く前に)。
冒頭「私にとって、カラオケは発声練習ですから」と、
カラオケ好きを披露したかと思えば、今日のやや潰れた声を
「聴きにくいですか?・聴きづらいですか?」と繋げるあたり、
さすがだなぁ、と私のメモが増えることを予感させられた導入部。
そんな溢れるメモの中から選んだ一言は「日本語は『察する言語』」
言い換えれば、他の言語と違って、関係した単語だけを発すれば、
相手がその意味を察して(推察して)、理解してくれる言語。
言語学者によれば「日本語ほど、易しい言語はない」、
「外国人でも、5週間もあれば、日本語は覚えられる」という。
単語の順序を入れ替えても、意味が通じる言語だからだろう。
例に挙げた「私・水・飲む」「飲む・私・水」「水・飲む・私」
たしかに、どれでも意味がわかるから不思議だ。
また「けっこう」という言葉でも、表情や態度、言葉の勢いなどで
YESの意味なのか、NOの意味なのか、聞き手が察する事実。
清少納言の枕草子には「いとをかし」という単語、
紫式部の源氏物語には「あはれ」という単語が多く使われているが、
読者が、その場の様子に合わせて(前後の状況から判断して)
意味を察して解釈している、そんな説明にも、メモが増えた。 
しかし、だからこそ気をつけなければいけないのは、
相手も共通の認識、察してくれると勘違いし話さないこと。
若者言葉も、言葉の意味が通じる若者だけで話している時は、
悪いわけではないし、乱れているわけでもない。
ただ、察することが出来ない人たちの中で使うから、
乱れている、と言われるに過ぎないことも知った。
「言葉とは、コミュニケーションの道具であると同時に、
共通認識をもった符号」という説明が理解できた講演会。
週の始めの日曜日、充実した1日が過ごせたことに感謝したい。



2013年05月18日(土)
世界には3,000種類以上の打楽器があるんですよ

月に一度のコンサート「286回泉のまち音楽会」
今回は「マリンバとピアノによる音楽の玉手箱コンサート」
演奏者は、作曲家&ピアニストの小林真人さんと
マリンバ&打楽器奏者の山本晶子さん。
2人の息のあったパフォーマンスと超絶技に、拍手喝采。
「音楽は音を楽しむこと」をあらためて実感した。
叩いて音の出るものは、何でも「打楽器」になること、
そんな単純なことも、思い出させてくれた。
パーカッションって、音楽の脇役だと思っていたら勘違い、
ピアノと打楽器だけで、2時間があっと言う間に過ぎた。
演奏前に、山本さんが話してくれた、
「世界には3,000種類以上の打楽器があるんですよ」。
演奏後に、なるほどなぁ・・と納得した。
キッチンで使うお皿や鍋も、彼女の手にかかれば、
素敵な打楽器に変身するから、もっと多いかもなぁ。(笑)
いろいろな音やリズムが飛び出してきたコンサート、
まさしく「音楽の玉手箱」だったなぁ。



2013年05月17日(金)
決められたことを きっちり キープする

家庭教育の話をしている時に、教えていただいた「3K」。
実は、会社組織では当たり前のこととして、
社員に教育されている標語・スローガンらしい。
「道徳ってなに?」「ルールとマナー」なんて言葉を
説明するよりも「(道徳の)3K」として説明した方が、
わかりやすいかな、と思ってメモをした。
「決められたことを きっちり キープする(守る)」
どうしてダメなのか?なんて質問に答えるよりも、
「ダメなものはダメ」と教えた方がいい、
そんな話も出来なくはないが、それではいかにも
「上から目線」とばかり、反発を買いそうだから、
この方が説明しやすい気がしている。
交通ルールを守ることも、給食費を払うことも、
学校での約束ごとも、みんなで決めたことだから、
きっちり守ることが大切なんだと思う。
これは子どもだけでなく、大人にも該当することだから、
間違えないようにしたい。
いや、今、道徳心が問われているのは、本当は大人。
そして、子どもはそんな大人(親)をじっと見ていることを
私たちは忘れてはいけない。



2013年05月16日(木)
ホンマ、クソは大事やけんの

映画「きな子 見習い警察犬の物語」(小林義則監督)から。
父親の職業だった警察犬訓練士を目指す主人公・望月杏子は、
入所した番場訓練所で、クソの話ばかりで驚く。
最初のアドバイスは「まずは、犬のクソに慣れるこっちゃ」であり、
早朝のひと仕事終えて、やっと朝食を食べている時も
「今日のクソ、どうやった?」とクソの話ばかり。
略さずに書くとすれば「今日の(犬たちの)クソ(の状態は)、どうやった?」
これは、警察犬を育てるには、基本中の基本、とのちに気付くのだが。
「立派なクソして学校へ行け。ホンマ、クソは大事やけんの」
所長は、自分たちの子どもにまで「クソ」の話をするから笑えるが、
そう言えば私も、一昨年他界してしまった愛犬「ジェイク」の体調を、
クソの色や形、臭いで判断していたことを思い出した。
それは、人間にだって同じことが言える体調管理の基本であろう。
排泄物として、立派なクソが出ることは、食育にも関係しそうだ。
どんなものを食べたら、立派なクソが出るのか、
体調が悪いときは、どんなクソなのか、知っておくことは大事、
そんなことを教えてもらった映画となった。

P.S.
残しておきたい台詞、ひとつ追加しておきます。
「お前という未熟な訓練士を育てるためにきな子がおる。
きな子という未熟な警察犬を育てるためにお前がおる。
はじめから立派な警察犬も訓練士もおらんと違うか?」



2013年05月15日(水)
身だしなみは「相手重視」・おしゃれは「自分重視」

昨日紹介した「図書館基礎研修」の第二部。
演題は「気持ちよく図書館をご利用いただく、
接遇とコミュニケーション研修」。
講師は「コミュニケーションハウス 坂倉裕子」さん。
演習を通して、多くの気づきをいただける機会として、
私は、意外と「接遇研修」が好きかも知れない。(笑)
さて、その中でも「みだしなみとおしゃれの違い」は、
これからも、他のシーンでも使えるな、と思いメモをした。
「身だしなみ」とは「相手重視・相手との関係づくり。
相手に信頼感・安心感を持ってもらう・流行がない」
「おしゃれ」とは「自分重視・自分の楽しみや満足。
自分を美しく、格好よくみせる・流行がある」
だから「身だしなみは『相手重視』・おしゃれは『自分重視』」。
さらに「身だしなみの三原則」は、
「清潔か 品が良いか 動きやすいか」と覚えておきたい。
私たち管理職が求めているのは、まさしくスタッフの身だしなみ。
この違いを頭に入れておくことで
あまり派手なお化粧、派手な洋服を目にしたら、
「それは、おしゃれだろう?」と助言できる気がする。(汗)
この考え方って、クールビズの男性でも当てはまるなぁ。



2013年05月14日(火)
コミュニティの場としての図書館

「図書館基礎研修」から。
4月から図書館長も兼務となったため、新人図書館員として
基礎研修に参加させていただいた。
「図書館員として、これだけは理解しておきたい」
そんな大切なポイントの説明を受け、なるほどなぁ、とメモをした。
そもそも「図書館」は英語では「library」、
その語源はラテン語のLIBER(リベル)「樹皮」という意味らしい。
RYは場所を表すから「樹皮のような書物がある場所」が「図書館」となる。
特に図書館の機能は、資料・職員・場所(施設)の3要素によって支えられ、
職員の有効、適切な働きがなければ、図書館は単なる「本の倉庫」である。
そんな説明に、図書館職員の資質の高さが求められていることを、
再認識させられた。
さて「気になる一言」は「これからの図書館の方向性」から。
・情報通信技術の影響を受けた、図書館資料のさばき方
(電子図書館サービス)
・学習支援の場としての図書館
(情報提供から一歩進んだ、学習支援サービス)
・コミュニティの場としての図書館
(図書館をさまざまな人たちのたまり場に)
私の考える生涯学習の拠点は「公民館」ではなく「図書館」だから、
図書館がこの方向性になりつつあることに、心から喜んだ。
図書館ほど、楽しい場所はないと思うから。



2013年05月13日(月)
私が産まれた時の話をしてもらいました

昨日の母の日、全国のあちこちで、母想いの子どもたちが、
花やケーキ等、プレゼントを買い求める光景を目にした。
巷では「オレオレ詐欺」「振り込め詐欺」の新名称が
「母さん助けて詐欺」となった話題で多くの人が、
ブログやFacebook、Twitterなどに書き込んでいたが、
母親の呼び方は「母さん」だけでなく
「お母さん」「ママ」「お袋」など、年代・性別によって違うから、
なかなか定着しないかも・・と悩みながら、話題にしなかった。(笑)
(私は母親に関連した映画ネタをアップしたつもり)
ところが昨晩「しもさんはどんな母の日を過ごしましたか?」という
メールが届いていたので、返信した内容が、今日の気になる一言。
「私が産まれた時の話をしてもらいました」
もちろん、プレゼントもしたけれど、一番嬉しそうだったのは、
家族全員で囲んだ夕食の時に、私が訊ねた、私が産まれた時の様子。
55年前の話を昨日のように話す母には、ちょっぴり驚いたが、
そんな時間を過ごすことも、母の日のプレゼントだと思ったから。
それにしても、その出産の話が呼び水となって、
私の小さい頃の話が、どんどん飛びだしてきた。
妻や娘がどんな気持ちで聴いていたかは知らないけれど、
相手の気持ちになって考えた時に、私はこのイベントを考えた。
母親って、子どもを産んだ時の話をする時って、いい顔してる。
改めて「お母さん、ありがとう」と実感した母の日であった。