初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2013年05月01日(水)
どこに辿り着こうと、ワクワクするのが冒険だ

映画「幸せへのキセキ」(キャメロン・クロウ監督)から。
妻(母)を亡くした悲しみを乗り越えていくために、
閉鎖されていた動物園を買い取り、そこに住むことで
家族の絆を再確認し、共に生きていく物語であるが、
残念ながら、私は家族より動物園スタッフとの絆について
気になるメモが増えた。
もう一度、皆に親しまれる動物園として開園するには
莫大な資金が必要になることを知っているスタッフに彼は宣言する。
「僕らは現代の冒険家だ」「偉大な動物の後援者だ」。
そして、妻が死ぬ前に残してくれた財産を「冒険資金」として使い、
最後に、こういい切った。
「(冒険が)どこに辿り着こうと、ワクワクするのが冒険だ。
これからの冒険を楽しもう。みんなを愛してる」と。
そう、このワクワク感を与えることが、リーダーの仕事。
漫画「ワンピース」のルフィみたいだな、とメモに付け足した。
結果(辿り着いた先)は、(目標)目的地とは違うかもしれないが、
この取組みこそ、皆に誇れる冒険だ、というメッセージが響いた。
「正しい行動は、誰にもジャマできない」
それが冒険にチャレンジする人たちの根底に流れているのかも。



2013年04月30日(火)
プリクラのアナログ版が「顔出し看板」

「宮西達也絵本原画展」にあわせて、設置してある
「おとうさんはウルトラマン」の顔出し看板と、
「おまえうまそうだな」の顔出し看板。
顔出し看板(顔ハメ看板)は、言わずと知れた
キャラクターが描かれた板の顔部分がくり抜かれており、
撮影される人物が板の後ろ側に立ち、
くり抜かれた穴から顔を出してその様子を撮影するためのもの。
英語では「comic foreground」と呼ばれるらしい。
この看板に、私は恐るべきパワーを感じる。
それは、利用する人を全て笑顔にする力をもっているからだ。
まさしく老若男女、撮影する人も撮影される人も笑顔になる。
そういう私も、この「顔出し看板」が大好きで、
観光地等で見つけると、つい顔を出したくなる。
(さすがに、大勢の人が集まっているところではしないが・・)
今までは、旅行などカメラを持って出かけた時でなければ、
撮影できなかった「顔出し看板」も、携帯・スマホの普及により、
どんな場所、どんな時、そして誰とでも撮影が可能になった。
うまく撮影されるコツは、恥ずかしがらずに、思いっきり
くり抜かれた穴に顔をくっつけること。
以前は、顔出し看板のデジタル版が「プリクラ」と覚えていたが、
今では、プリクラのアナログ版が「顔出し看板」と覚えたい。
顔出し看板(顔ハメ看板)流行の予感がするなぁ。



2013年04月29日(月)
「タイム・ラグ」が楽しめる年齢になったね

先日の新聞投稿掲載の話題を、気になる一言にしたら、
ある先輩から「『タイム・ラグ』が楽しめる年齢になったね」と
いうメールをいただいた。
タイム・ラグ(Time lag)とは、
「関連しあ2つの現象の間に生ずる時間のずれ」
ラグ(lag)とは「ある刺激が与えられてから、
その影響が他の部分に及ぶまでの時間」のことらしい。
以前は、投稿してから掲載されるまでに時間があり、
(毎回、掲載されるわけでもないし・・(汗))
掲載されたときは、もう投稿した時の気分でなかったりして、
その時間差が耐えられず、「ネット優先」へと舵を切った。
しかし、これが「歳を重ねた」ということなのだろうか、
ネットの反応の速さに戸惑い、自分の居場所を探すことが、
ストレスとなっている自分に気付いた時、
以前、夢中になった「新聞投稿」が、私を癒してくれた。
掲載されることを楽しみに、数日間待ち続けること。
私も、ちょっぴり大人になったかなぁ。(笑)



2013年04月28日(日)
自分にはこれがあるってのを何か欲しかったんです

町制施行50周年記念事業として開催している
「宮西達也絵本原画展」の関連イベントのひとつ。
「恐竜シリーズ」が人気の絵本作家「宮西達也」さんと
「もったいないばあさん」シリーズが人気の
「真珠まりこ」さん、おふたりの対談はとても面白かった。
(この豪華対談に250人ものファンが集まった・・)
わが課のスタッフが付けたネーミングは、なんと
「宮西ティラノ」と「もったいない まりこ」のワイワイトーク。
特に彼女が絵本作家になった話は興味深かった。
両親姉弟、家族全員お医者さんという(汗)家庭環境の中で、
自分は育ち、真珠という名の男性と幸せな結婚をした。
(「真珠」が本名と言うことにも驚いたが・・)
(たぶん私たちからみれば)何不自由ない暮らしにも、
彼女は満足しなかったのだろう。
「何もしなければ、私は『真珠さんの奥さん』で終るんだな」と感じ、
「自分にはこれがあるってのを何か欲しかったんです」と語った。
特に女性にとって結婚は大きな人生の転機であるけれど、
そのまま「○○さんの奥さん」という呼ばれ方で満足するのか、
私には私の人生がある、と何かを掴もうとするのか、
大きな違いがある気がして、メモを取った。
「○○と言えばあの人だよね」といえるような何かが欲しい、
これは男性でも同じことだなぁ。



2013年04月27日(土)
空もほほえむ、連休前半でしょう

GW突入で、気になるのはお天気。
テレビ・ラジオ・新聞等、マスコミ各社は、先週から
ほぼ同じような週間天気予報を発表していたが、
表現の仕方には多少の違いがあって、面白かった。
「GW前半は良い天気が続き、後半やや崩れるでしょう」
お天気マークを文字にすると、こんな感じだが、
あるテレビ局で「空もほほえむ、連休前半でしょう」と
私のアンテナに引っかかったフレーズが飛び出した。
朝起きたら、予想通りの「爽やかな快晴」の天候に、
もう一度「空もほほえむ」感じを実感した。
同じ「快晴」でも「雲ひとつない快晴」とか、
「透き通るような青空」などは、よく耳にするが、
「空もほほえむ快晴」は、手垢がついていないフレーズ。
多くの人たちが外に飛び出したくなるような快晴が続く、
そんな意味なのかもしれないな。
明日も朝から、コイノボリのイベントだから、
空もほほえんでくれるといいなぁ。
連休後半の天気予報、なにか面白い表現を期待したい。



2013年04月26日(金)
「新聞投稿」は、私らしい「社会に向けての提言手段」

「最近、新聞投稿はしないんですか?」
そんなことを訊かれることが多くなってきた。
昨年は「旅行先の地方紙」(北海道新聞・信濃毎日新聞)への
投稿を楽しんでいたし、結果的には1年で「4回」ほど掲載され、
本人は大満足の結果だったと思うけれど、
声を掛けてくれる人は、なぜか「地元・静岡新聞」への投稿を
楽しみにしているようだ。(笑)
そんな声を受けて、先日地元紙に投稿・本日掲載となった途端、
朝6時の「新聞見たよ」のメールから始まり、
驚くほど多くの人たちから、声を掛けられた。(メールも含む)
以前は、投稿してから掲載されるまでのタイムラグが気になり、
レスポンス(反応)の良い「ネット」の世界を優先したが、
最近では、このアナログ的な「新聞投稿」が、
私らしい「社会に向けての提言手段」と、認識している。
かれこれ73回を数えた「投稿掲載」であるが、
これからも、自分の生きてきた証としてだけでなく、
楽しみにしてくれているたちのためにも続けてきたいな、
そんなことを感じた一日となった。



2013年04月25日(木)
「おんぶ」に「抱っこ」に「肩車」

ある人と会話をしていて、リズムが忘れられず、
それいただき、とばかりメモしてしまった。
他人に何かを頼むときに、
「すみません、おんぶに抱っこで・・」と
決まり文句のように口にするけれど、
辞書によると「負んぶすれば抱っこ」は
「負ぶえば抱かりょう」と書かれており、
意味は「いい気になってつけ上がること」
負んぶしてやると、次には抱いてくれというように、
子どもが図にのることから、作られた諺。
類語としては「抱かされば負ぶさる」。
私が理解していた「殆どお任せ」という意味ではなく、
つけあがって甘えることだった。
それでは「殆どではなく全部お任せ」という意味で
使った「『おんぶ』に『抱っこ』に『肩車』」は、
つけあがり過ぎ、甘えるのもいい加減にしろ、と
怒られても仕方ないな、と頭を掻いた。(汗)



2013年04月24日(水)
「両親が僕たちをみたら何というか」「なんて言うの?」

映画「卒業(1967)」(マイク・ニコルズ監督)から。
小学校の音楽室から聞こえてきた「コンドルは飛んでいく」、
それから芋づる式に思い出されたのは
「サイモン&ガーファンクル」「サウンド・オブ・サイレンス」、
映画「卒業」となって、何十年かぶりに鑑賞した。
えっ、こんなシーンがあった?という驚きばかりで、
自分の記憶力のなさを痛感した作品となった。
超有名な「教会の入口に十字架で鍵をかけて、
ふたりでバスに乗って逃げるシーン」は、
なんと残り1分30秒で画面に登場したのだから。(汗)
そんな中で、私が選んだ気になる一言は、
主人公・ベンジャミンを演じる、ダスティン・ホフマンと、
母親くらい年の差が離れたロビンソン夫人を演じる
アン・バンクロフトの情事のあとの会話。
「両親が僕たちをみたら何というか・・」
「なんて言うの?」「わかりません」の一部分。
私たちも、情けない状態に陥ったときに、
「〜がみたら何というか」と嘆くことがあるか、
「なんて言うの?」と訊かれたら答えに困る。(笑)
この会話が妙に可笑しく、メモをした。
昔は、音楽で思い出す映画が多かったのになぁ。



2013年04月23日(火)
酒を飲むときは、明日の話をするもんだ

たぶん・・テレビ「空飛ぶ広報室」のワンシーン。
(記憶が定かでなく、すみません)
どこの職場でも「懇親会」と称した飲み会はある。
ただし、それが「不平・不満・愚痴」の吐き所では、
何も進歩がなく、憂さ晴らしに過ぎない。
「憂さ晴らし」とは、辞書によると
「辛さや苦しさを忘れるため、気をまぎらすこと」
そんな雰囲気を一掃する洒落たフレーズがないか、と
以前から考えていたが、何気なく観ていたテレビで、
このフレーズにぶつかった。
「酒を飲むときは、明日の話をするもんだ」
う〜ん、いい台詞だ、とメモした。
ブツブツ・グダグダ・ボソボソ・・吠えたって、
誰も気持ちよくお酒が飲めるわけじゃない。
それなら、上司(先輩)が部下(後輩)に向かって、
「いいか、昔から」と前置きをして、
「酒を飲むときは、明日の話をするって決まってんだ」と
江戸っ子調に言えたらかっこいいなぁ。
(私は活舌が悪いから、そお〜っと言うけれど(笑))



2013年04月22日(月)
「食べること」と「殺すこと」は同じじゃない

映画「ブタがいた教室」(前田哲監督)から。
クラスのみんなで育てたブタを、最後はどうするか、
「食べる」「食べない」で白熱するデイベートは、
このシーン以外では、仲良しなのだろうか?といらぬ心配をしながらも、
監督はこの作品で私たちに、そして実際に行なわれた先生は子どもたちに、
なにを伝えたかったのか・・と考えながら、最後まで観てしまった。
「食」をテーマにした作品は、何作も観ているが、
90分ほど淡々と映像だけが流れる映画「いのちの食べ方」同様、
その評価は、観る側の私たちに委ねられている気がした。
彼らの主張をメモしながら、自分だったら、彼らのどの意見に近いのか、
どんな台詞に、私のアンテナは引っ掛かったのか、考えてみた。
鑑賞後、乱雑に書きなぐったメモを整理すると、
「『食べること』と『殺すこと』は同じじゃない」という台詞が、
場面を変えて、2度書かれていたことに気付く。
これは単なる偶然ではなく、明らかに私の意見と近いということだろう。
「どう違うんですか?」と問いつめる女の子に「殺すのはただ命を奪うことで、
食べるのはその殺した動物の命を受け継ぐことなんだよ」と言い切る男の子。
だからこそ、給食なども好き嫌いで残してはいけない、と気付かせられれば、
「いのち」を扱う授業としては、もっとよかったのに、とも感じた。
そう言えば、この「ブタ」を飼うという体験で、子どもたちの意識が変わり、
魚嫌いの子どもが食べるようになった、とお父さんが話すシーンがある。
その教えは「魚の身がしまっているのは、頑張って生きていたからだ。
頑張って生きたことを無駄にするな」らしい。(なるほど・・)
作品としては、評価が分かれるだろうなぁ、きっと。