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| 2013年04月29日(月) ■ |
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| 「タイム・ラグ」が楽しめる年齢になったね |
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先日の新聞投稿掲載の話題を、気になる一言にしたら、 ある先輩から「『タイム・ラグ』が楽しめる年齢になったね」と いうメールをいただいた。 タイム・ラグ(Time lag)とは、 「関連しあ2つの現象の間に生ずる時間のずれ」 ラグ(lag)とは「ある刺激が与えられてから、 その影響が他の部分に及ぶまでの時間」のことらしい。 以前は、投稿してから掲載されるまでに時間があり、 (毎回、掲載されるわけでもないし・・(汗)) 掲載されたときは、もう投稿した時の気分でなかったりして、 その時間差が耐えられず、「ネット優先」へと舵を切った。 しかし、これが「歳を重ねた」ということなのだろうか、 ネットの反応の速さに戸惑い、自分の居場所を探すことが、 ストレスとなっている自分に気付いた時、 以前、夢中になった「新聞投稿」が、私を癒してくれた。 掲載されることを楽しみに、数日間待ち続けること。 私も、ちょっぴり大人になったかなぁ。(笑)
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| 2013年04月28日(日) ■ |
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| 自分にはこれがあるってのを何か欲しかったんです |
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町制施行50周年記念事業として開催している 「宮西達也絵本原画展」の関連イベントのひとつ。 「恐竜シリーズ」が人気の絵本作家「宮西達也」さんと 「もったいないばあさん」シリーズが人気の 「真珠まりこ」さん、おふたりの対談はとても面白かった。 (この豪華対談に250人ものファンが集まった・・) わが課のスタッフが付けたネーミングは、なんと 「宮西ティラノ」と「もったいない まりこ」のワイワイトーク。 特に彼女が絵本作家になった話は興味深かった。 両親姉弟、家族全員お医者さんという(汗)家庭環境の中で、 自分は育ち、真珠という名の男性と幸せな結婚をした。 (「真珠」が本名と言うことにも驚いたが・・) (たぶん私たちからみれば)何不自由ない暮らしにも、 彼女は満足しなかったのだろう。 「何もしなければ、私は『真珠さんの奥さん』で終るんだな」と感じ、 「自分にはこれがあるってのを何か欲しかったんです」と語った。 特に女性にとって結婚は大きな人生の転機であるけれど、 そのまま「○○さんの奥さん」という呼ばれ方で満足するのか、 私には私の人生がある、と何かを掴もうとするのか、 大きな違いがある気がして、メモを取った。 「○○と言えばあの人だよね」といえるような何かが欲しい、 これは男性でも同じことだなぁ。
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| 2013年04月27日(土) ■ |
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| 空もほほえむ、連休前半でしょう |
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GW突入で、気になるのはお天気。 テレビ・ラジオ・新聞等、マスコミ各社は、先週から ほぼ同じような週間天気予報を発表していたが、 表現の仕方には多少の違いがあって、面白かった。 「GW前半は良い天気が続き、後半やや崩れるでしょう」 お天気マークを文字にすると、こんな感じだが、 あるテレビ局で「空もほほえむ、連休前半でしょう」と 私のアンテナに引っかかったフレーズが飛び出した。 朝起きたら、予想通りの「爽やかな快晴」の天候に、 もう一度「空もほほえむ」感じを実感した。 同じ「快晴」でも「雲ひとつない快晴」とか、 「透き通るような青空」などは、よく耳にするが、 「空もほほえむ快晴」は、手垢がついていないフレーズ。 多くの人たちが外に飛び出したくなるような快晴が続く、 そんな意味なのかもしれないな。 明日も朝から、コイノボリのイベントだから、 空もほほえんでくれるといいなぁ。 連休後半の天気予報、なにか面白い表現を期待したい。
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| 2013年04月26日(金) ■ |
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| 「新聞投稿」は、私らしい「社会に向けての提言手段」 |
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「最近、新聞投稿はしないんですか?」 そんなことを訊かれることが多くなってきた。 昨年は「旅行先の地方紙」(北海道新聞・信濃毎日新聞)への 投稿を楽しんでいたし、結果的には1年で「4回」ほど掲載され、 本人は大満足の結果だったと思うけれど、 声を掛けてくれる人は、なぜか「地元・静岡新聞」への投稿を 楽しみにしているようだ。(笑) そんな声を受けて、先日地元紙に投稿・本日掲載となった途端、 朝6時の「新聞見たよ」のメールから始まり、 驚くほど多くの人たちから、声を掛けられた。(メールも含む) 以前は、投稿してから掲載されるまでのタイムラグが気になり、 レスポンス(反応)の良い「ネット」の世界を優先したが、 最近では、このアナログ的な「新聞投稿」が、 私らしい「社会に向けての提言手段」と、認識している。 かれこれ73回を数えた「投稿掲載」であるが、 これからも、自分の生きてきた証としてだけでなく、 楽しみにしてくれているたちのためにも続けてきたいな、 そんなことを感じた一日となった。
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| 2013年04月25日(木) ■ |
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| 「おんぶ」に「抱っこ」に「肩車」 |
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ある人と会話をしていて、リズムが忘れられず、 それいただき、とばかりメモしてしまった。 他人に何かを頼むときに、 「すみません、おんぶに抱っこで・・」と 決まり文句のように口にするけれど、 辞書によると「負んぶすれば抱っこ」は 「負ぶえば抱かりょう」と書かれており、 意味は「いい気になってつけ上がること」 負んぶしてやると、次には抱いてくれというように、 子どもが図にのることから、作られた諺。 類語としては「抱かされば負ぶさる」。 私が理解していた「殆どお任せ」という意味ではなく、 つけあがって甘えることだった。 それでは「殆どではなく全部お任せ」という意味で 使った「『おんぶ』に『抱っこ』に『肩車』」は、 つけあがり過ぎ、甘えるのもいい加減にしろ、と 怒られても仕方ないな、と頭を掻いた。(汗)
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| 2013年04月24日(水) ■ |
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| 「両親が僕たちをみたら何というか」「なんて言うの?」 |
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映画「卒業(1967)」(マイク・ニコルズ監督)から。 小学校の音楽室から聞こえてきた「コンドルは飛んでいく」、 それから芋づる式に思い出されたのは 「サイモン&ガーファンクル」「サウンド・オブ・サイレンス」、 映画「卒業」となって、何十年かぶりに鑑賞した。 えっ、こんなシーンがあった?という驚きばかりで、 自分の記憶力のなさを痛感した作品となった。 超有名な「教会の入口に十字架で鍵をかけて、 ふたりでバスに乗って逃げるシーン」は、 なんと残り1分30秒で画面に登場したのだから。(汗) そんな中で、私が選んだ気になる一言は、 主人公・ベンジャミンを演じる、ダスティン・ホフマンと、 母親くらい年の差が離れたロビンソン夫人を演じる アン・バンクロフトの情事のあとの会話。 「両親が僕たちをみたら何というか・・」 「なんて言うの?」「わかりません」の一部分。 私たちも、情けない状態に陥ったときに、 「〜がみたら何というか」と嘆くことがあるか、 「なんて言うの?」と訊かれたら答えに困る。(笑) この会話が妙に可笑しく、メモをした。 昔は、音楽で思い出す映画が多かったのになぁ。
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| 2013年04月23日(火) ■ |
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| 酒を飲むときは、明日の話をするもんだ |
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たぶん・・テレビ「空飛ぶ広報室」のワンシーン。 (記憶が定かでなく、すみません) どこの職場でも「懇親会」と称した飲み会はある。 ただし、それが「不平・不満・愚痴」の吐き所では、 何も進歩がなく、憂さ晴らしに過ぎない。 「憂さ晴らし」とは、辞書によると 「辛さや苦しさを忘れるため、気をまぎらすこと」 そんな雰囲気を一掃する洒落たフレーズがないか、と 以前から考えていたが、何気なく観ていたテレビで、 このフレーズにぶつかった。 「酒を飲むときは、明日の話をするもんだ」 う〜ん、いい台詞だ、とメモした。 ブツブツ・グダグダ・ボソボソ・・吠えたって、 誰も気持ちよくお酒が飲めるわけじゃない。 それなら、上司(先輩)が部下(後輩)に向かって、 「いいか、昔から」と前置きをして、 「酒を飲むときは、明日の話をするって決まってんだ」と 江戸っ子調に言えたらかっこいいなぁ。 (私は活舌が悪いから、そお〜っと言うけれど(笑))
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| 2013年04月22日(月) ■ |
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| 「食べること」と「殺すこと」は同じじゃない |
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映画「ブタがいた教室」(前田哲監督)から。 クラスのみんなで育てたブタを、最後はどうするか、 「食べる」「食べない」で白熱するデイベートは、 このシーン以外では、仲良しなのだろうか?といらぬ心配をしながらも、 監督はこの作品で私たちに、そして実際に行なわれた先生は子どもたちに、 なにを伝えたかったのか・・と考えながら、最後まで観てしまった。 「食」をテーマにした作品は、何作も観ているが、 90分ほど淡々と映像だけが流れる映画「いのちの食べ方」同様、 その評価は、観る側の私たちに委ねられている気がした。 彼らの主張をメモしながら、自分だったら、彼らのどの意見に近いのか、 どんな台詞に、私のアンテナは引っ掛かったのか、考えてみた。 鑑賞後、乱雑に書きなぐったメモを整理すると、 「『食べること』と『殺すこと』は同じじゃない」という台詞が、 場面を変えて、2度書かれていたことに気付く。 これは単なる偶然ではなく、明らかに私の意見と近いということだろう。 「どう違うんですか?」と問いつめる女の子に「殺すのはただ命を奪うことで、 食べるのはその殺した動物の命を受け継ぐことなんだよ」と言い切る男の子。 だからこそ、給食なども好き嫌いで残してはいけない、と気付かせられれば、 「いのち」を扱う授業としては、もっとよかったのに、とも感じた。 そう言えば、この「ブタ」を飼うという体験で、子どもたちの意識が変わり、 魚嫌いの子どもが食べるようになった、とお父さんが話すシーンがある。 その教えは「魚の身がしまっているのは、頑張って生きていたからだ。 頑張って生きたことを無駄にするな」らしい。(なるほど・・) 作品としては、評価が分かれるだろうなぁ、きっと。
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| 2013年04月21日(日) ■ |
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| 週の終わりの土曜日に、1週間の計画を立ててます |
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実は、最近、ちょっと試していることがある。 大したことではないから、あまり大袈裟にはしたくないが、 私のスケジュールの立て方を尋ねられたので、こう回答した。 「週の終わりの土曜日に、1週間の計画を立ててます」 私の「気になる一言」等をネットで読んでいただいている方から、 「仕事は勿論、映画を観たり、本を読んだり、コンサート、講演会、 さらに『飲みにケーション』と大忙しのようですが、 どうやって計画を立てているのですか?」という問い合わせだった。 「試行錯誤ですが・・」と前置きしながら、答えたのが気になる一言。 以前は、週休2日の言葉のとおり、月曜日から金曜日まで働いて、 土日は文字通り「休暇」というパターンだったが、どうもしっくりこない。 仕事柄、土日のイベント出勤も多く、休んだ気になれないし・・。(汗) その上、アフターファイブも突然のお誘いがあったりして、 予定していたことが思うように進まないことも多かった。 そこで、自分の気持ちの中で、土曜日に立てた計画を最優先して、 過ごすことにしようと考えたら、意外と時間に余裕が生まれた。 勿論、観るテレビも1週間前に決めている。(笑) 仕事の都合で「計画変更」が出るのは仕方ないが、 それ以外は、自分で決めた計画を軸に過ごしているからか、 あまりストレスも感じることなく、淡々と時間が流れていく。 土曜日の夜、その1週間を振り返りながら、行動をチェックし、 愛用の手帳に記入、そして新しい1週間の予定を立てる。 この繰り返しが、今の私には合っているようだ。 最後に「カレンダーは日曜日始まりでしょ?」と付け加えたけれど、 答えになっているだろうか。
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| 2013年04月20日(土) ■ |
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| 「月光」は「ベートーヴェンの絶望感」 |
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14年近く続いている「第285回泉のまち音楽会」、 今回は「ピアノ・リサイタル」の「縄手文子」さん。 何度も書いているが、この音楽会の特徴は演奏者が、 曲の間に、マイクを通じて、いろいろ話してくれること。 それは、選曲の理由だったり、自分なりの曲のイメージ、 さらに作曲者の生い立ちだったり、その曲が出来た背景、 時には楽器の説明までしてくれる。 (演奏に集中できず申し訳ないと思うけれど・・(汗)) 今回印象に残った説明は、誰もが知っている「月光」、 ベートーヴェンの「ピアノソナタOP.27-2」であるが、 彼が耳が聴こえなくなってきた30歳の頃に作られたから、 癒し系(幻想的な)音楽として評価している名曲も、 私は、作曲家として絶望的な環境になったベートーヴェンの 「孤独感」や「辛い」気持ちが表現されていると思う、 そんな彼女の説明のあとに、演奏してくれた「月光」は、 確かに、月の光のような印象があるのは第1楽章のみで、 全体の雰囲気を味わったら、確かに「焦り」にも似た、 ベートーヴェンの叫びが、鮮烈に聴こえてきた。 「月光」は「ベートーヴェンの絶望感」、こう覚えた方が、 曲を味わえる気がするのは、私だけではないだろう。 クラシックの楽しみ方が増えた気がする、感謝。
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