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しもさんの「気になる一言」
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2012年12月12日(水)
「ピン札にして」「はい、新券ですね」

娘の同級生が結婚するというので、御祝儀を準備することとなり、
私が金融機関に出向いて、窓口でこうお願いをした。
「(結婚式の祝儀にするので)ピン札にして」
返ってきた返事は「はい(かしこまりました)、新券ですね」
この違いが面白くて、その場でメモをした。
もちろん、正式の呼び名は「新券」。
しかし、私たちはシワのない、ピンと張ったお札をイメージして
「ピン札」と呼ぶ。「新品のピン」って意味かもしれないが。
さすがに教育されているなぁ、と感心させられたのは
「私が『ピン札』にして」とお願いしたら
「はい『ピン札』ですね」と返事があると思っていたら、
「新券」という単語がサッと出たから。
「ピン札」という単語は、業界用語ではないだろうが、
生活・友達同士では使う単語だと思うので、驚いた。
会話の基本は、オウム返しだけど、間違った単語は使わない、
そんな姿勢が感じられて、嬉しくなった出来事であった。



2012年12月11日(火)
死に方さえわかれば、生き方がわかる

映画「モリー先生との火曜日」(ミック・ジャクソン監督)から。
映画の話をしていると、この作品が話題に上ることがある。
えっ、この人も?と思うくらい多くの人たちが口にする。
モリス・シュワルツ教授の最後の講義というものらしい。
たしかに、大学の講義を受けているように、
私の残されたメモも多かったのは、事実だし面白かった。
その中で私が選んだフレーズは、意外にも
「死に方さえわかれば、生き方がわかる」
自分が年を重ねてきたからだろうか、
今までも何度も耳にした台詞のはずなのになぜか新鮮だった。
それはたぶん、自分自身の死に方として、
病気や老衰で死ぬことしか考えていなかったからだろう。
しかし、最近の事件・事故をふり返ると、
突然の事故や自然災害によって死ぬことも充分考えられる。
だから選択肢の多い「死に方」を意識すればするほど、
今の生き方を大切にしなければならないと再認識した。
「死ぬ覚悟ができていれば、人生は変わる」

P.S.
あっ、この映画の影響かな?と思われるシーンを紹介。
・大学の試合で(バスケット)「僕らがナンバー1」と応援したら、
モリーが立ち上がり言った。「ナンバー2だとダメなのか」
・「詩の朗読」
彼が死んだら、星の代わりになり、天を美しく飾るだろう。
きっと世界は夜を愛するようになる。



2012年12月10日(月)
「話し合う」も体験学習のひとつ

演題「教室を協室・響室に育てる指導」
(講師・教育ジャーナリスト 梶浦真氏)から。
これは、気がつかなかった・・という視点を紹介。
今の子どもたちに大切なのは「体験」、それは理解し、
いろいろな角度から、体験プログラムを計画してきた。
「非日常体験」「防災体験」「キャンプ体験」・・
これでもかっ、というくらいに「体験」を組み込むが、
子供同士で「話し合う」という時間が、今回の先生の講話と
「公開事業」を拝見して、どれほど大切かを知ることになった。
たしかに、子どもが複数でいてもゲームばかりやっていて、
「話し合う」ことができない子どもが増えた。
「東京赤門の大学生も、テストに対応する言葉は持っていても、
人に伝える言葉を持っていない」・・そんな話も参考になる。
大人の研修で「グループ討議」や「ワークショップ」が増えたのも、
それが原因かもしれないなぁ。



2012年12月09日(日)
「ブサイク」は、心の中に育つもの。

映画「ヘルプ 心がつなぐストーリー」(テイト・テイラー監督)から。
アメリカの黒人差別時代を採り上げた映画作品は多くある。
主人公が、男なのか女なのか、スポーツ選手なのか家事手伝いなのか、
そんな違いはあるが、最後は黒人が白人をやっつけるパターンや
お互い手を取り合い1つのものを作り上げるなど、さまざま。
私が今回注目したのは、黒人のHELP(お手伝い)が、
自分の子どものように愛し育てた白人の子どもに、
生き方のアドバイスするシーン。
「自分を憐れむのはおやめなさい、それこそ『ブサイク』ですよ。
『ブサイク』は、心の中に育つもの。
イジワルで人を傷つける男子そっくり」と励ましたり、
仲間外れにされていると悩む少女に
「自分に問いかけるのです。『私は信じるのか?』
『今日、あのバカどもが私に向かって言う悪口を?』と勇気を与える。
家事全般の家政婦としてでなく、一人の大人として助言をする姿は、
貧しさ・人種差別のため、自分の子どもを他人に預け、
白人の子どもを育てる、というだけではない、深い愛情を感じて、
私の心は大きく震えた。
ラストシーン、本来の母親に「あたしの子供、頼みます」と言って
行っちゃいや〜、と泣き叫ぶ子どもにも振り返らず去っていく。
「黒人家政婦のプライド」を教えていただいた映画だった。



2012年12月08日(土)
「嬉しい・楽しいの違いは?」「是非・絶対の使い分けは?」

書籍「日本人の知らない日本語2」
(蛇蔵&海野凪子著・メディアファクトリー刊・159頁)から。
ハッとさせられる、日本語・日本の習慣についての話題が溢れている。
エッチな映画のことを、日本では「ピンク映画」と言うが
アメリカでは「ブルーフィルム」中国では「黄色電影」
なんとスペインでは「(Cine Verde)」と言って「緑」らしい。
書店のレジで本にカバーをかけてもらえる国は、
基本的に「日本」だけ、という知識は、けっこう嬉しくなった。
日本語学校に通っている外国人の質問「嬉しい・楽しいの違いは?」に
著者は「『喜ばしい気持ち』が続く時間の長さです」と答えている。
また「『是非、きてください』と『絶対、きてください』の違いは?」に
「是非」は、強く願う時、勧める時。「絶対」は、依頼という形の命令。
断らないで欲しいという強い気持ちが伝わる、と説明している。
私たちが、普段、何気なく使っている単語も、
日本語を勉強している外国人には、不思議に感じることがある。
もっと「日本語」を大切に使わなくちゃなぁ。



2012年12月07日(金)
「再生エネルギー」より「省エネルギー」

忘れないうちに・・
日大国際関係学部主催の市民公開講座(平成24年度下期)
統一テーマ「日本はどこへ行くのか」
講師「日本大学国際関係学部教授 竪尾和夫」氏
演題「日本の環境政策の今後について」から。
私が感じていた疑問を、そのまま説明してくれたから、
気になる一言は、「再生エネルギー」より「省エネルギー」。
原子力発電の事故にともない、全国で展開されているのは
原子力に変わるエネルギーの開発。
メタンハイドレードや、太陽光・風力・地熱などの発電。
あの年、計画停電などで芽生えたはずの
国民の「省エネルギー」意識は、どこかへ飛んでしまった。
もっともっと「省エネ」に力を入れれば、原子力数基分の
エネルギーは、必要なくなるのに・・と思ったものだが、
また、元の生活に戻ってしまった気がする。
街には自動販売機が乱立し、歩いたり自転車通勤できる人も、
なぜか自動車通勤をして車が溢れている。
講師の先生は、世界最先端技術の「ヒートポンプの利用」を
訴えていた。
2012.8.1の日経新聞に掲載された「地中熱で省エネ工場」 
「『水を媒体に』京セラ 15%節電狙う」の見出し。
私の考えるエネルギー問題も、まずは「省エネ」。
どれだけ「省エネ」ができるか、挑戦してみればいい。
寒ければ、暖房器具をつけるより、まず厚着で。
それでも寒ければ、思い切って「歩く」といい。
きっと体の中から温かくなるはずだから。



2012年12月06日(木)
100年後の日本を想像してみろ

大切な選挙が始まったから、と言うわけではありませんが、
映画「ローレライ」(樋口真嗣監督)から。
終戦直前の指導者たちの葛藤が上手く表現されていて、
日米、仲間同士の殺し合うシーンがあるにもかかわらず、
鑑賞後に爽やか感が残り、他の戦争映画とは異なる感覚を感じた。
特に、役所広司さん扮する「潜水艦伊507艦長・絹見真一少佐」と、
堤真一さん扮する「海軍軍令部・浅倉大佐」との緊迫した会話は、
男の野望と正義がぶつかりあい、激しい言い争いになる。
「わからんか、絹見。100年後の日本を想像してみろ、
大人たちは誰も責任を取らず、行動もしない。
子どもたちは、自国に誇りを見いだせず、希望も持てない。
このままでは、日本は米国に従属する奴隷になりさがるぞ。
そんな国に、何の価値があるというのか」と一気にまくしたてる大佐。
それに答えて「私は信じる。たとえ国が焼き尽くされようが、
日本人は自分で絶望から立ち上がる。だからそんな考えには同調できない」
と言い返す艦長。行き詰まる会話に、私のメモは増え続けた。
戦争映画は、とかくメッセージ性が強いため、
時として、間違った方向へ洗脳してしまう可能性を秘めているが、
この映画は、国と国との戦いである戦争を題材にしているが、
ちょっと視点を変えれば、会社同士の争い、団体同士の争いにも通じる
大きな判断をしなければならない、指導者の葛藤が重なってみえる。
子どもたちのために「誇りや希望が持てる価値ある国・会社」にしたい。



2012年12月05日(水)
重ねるとは下のものをつぶしてはいけない

誕生日と携帯のメールアドレスを教えてもらっている人には、
気がついた時に、バースディメールを送っているが、
今年のメッセージは「歳は取るものではなく重ねるもの」。
「取る」はマイナス思考、「重ねる」はプラス思考・・
なんてことも伝えたいことの1つである。
(大忙しで忘れたり、相手のメールアドレス変更がされていたり、
届かないこともしばしばですが・・(笑))
そんな中「私の祖母も・・」で始まる返信が届いた。
「重ねるとは下のものをつぶしてはいけないものだからね。
乗せるのではなく、厚みが増えることを言うのだと教えてくれました」
この発想に、思わず拍手したくなった。
年を重ねると、ついつい自分が偉くなった気になるが、
実は反対で、下のものを潰さず、育てる意識が必要だ、と理解した。
また、以前のものに一段乗せるのではなく、経験の分だけ人間としての
魅力(厚み)が増えるということなのかもしれない。
また1つ、年齢の話になった時に使える引き出しが加わったな。(汗)



2012年12月04日(火)
「おい、ぼうず」から「坊や、ありがとな」

映画「菊次郎の夏」(北野武監督)から。
「ばかやろう」とか「てめぇ」とか、乱暴な言葉で
相手を威嚇してきた遊び人の主人公と、母親を探す小学生、
不釣り合いなふたりが繰り広げる一夏の冒険に違いないが、
気になる台詞をメモしていて気がついたのは、
北野武さん扮する菊次郎が口にする、子どもに対する呼び方。
旅の最初から途中までは、ずっと「おい、ぼうず」。(坊主)
それが、辛く哀しい経験をしていくにつれて「坊や」に変わる。
小学生が探していた母親が、あまりに幸せそうだった場面、
「人違いだった」と嘘をつきながら、引き返すシーンや
浜辺を手をしっかり握りゆっくり歩くシーンに、涙腺は緩んだ。
そして、お祭りで悪いことをして殴られ血だらけになった主人公の顔を、
小学生が、走り回って見つけた薬屋で買ったガーゼ等で、
丁寧に拭き取るシーンでの台詞「坊や、ありがとな」で最高潮に達し、
これ以後「坊や」と呼ぶシーンが増えた気がする。
この変化、きっと意識的だろう。
主人公・菊次郎の心の変化が、こんなところに表現されているとすれば、
メモが役にたったこと喜びたい。
「おじいちゃんの名前なんていうの?」という問いに
「菊次郎だよ」の会話で「ぷっ」と吹き出し笑いするラストシーン。
何か意味がありそうだなぁ。

P.S.
少年の予想で「競輪で6-3配当17,660円」を当てた時だけは
「坊や」だったかも。(笑)



2012年12月03日(月)
ある日パパとふたりで語り合ったさ

映画「哀しい気分でジョーク」(瀬川昌治監督)から。
現在は、映画監督として活躍している北野武さんが、
「ビートたけし」の名で出演している映画を観たくなった。
役柄は人気コメディアンの父親、脳の病に侵された息子との
愛情を描く物語。
鑑賞後、ストーリーに合わせて音楽が選ばれたのか、
音楽に合わせてストーリーが作られたのか、気になった。
テーマ曲となっている『グリーン・グリーン』は、
児童合唱団のさわやかな歌声は、清々しく健全なイメージとともに
国民の愛される歌となっているが、原曲はアメリカのフォークソング。
日本語訳の詩は、辛いものがあり、この映画に結びついている。
(亡くなるのは父親でなく、息子であるが・・・)
7番まである長い歌であるが、1〜3番までの歌い始めを抜粋。
「ある日パパとふたりで語り合ったさ
この世に生きる喜び、そして悲しみのことを・・」
「その時パパが言ったさ ぼくを胸に抱き
つらく悲しい時にも ラララ 泣くんじゃないと・・」
「ある朝ぼくは目覚めて そして 知ったさ
この世につらい悲しいことがあるってことを・・」
息子の病を知った父親が、今までの懺悔も含めて、精一杯尽くす。
子どもには、なにを今更・・という想いはあるだろうが、
父親の心からの愛情を受けて、嬉しくない子どもはいない。
父親に抱きしめられた記憶がない私は、
「これからは抱きつけ、俺にな」という台詞も、
「こわいよ、パパ」「パパにしっかり抱きつけ」の会話も、
羨ましくもあり、そして眩しかった。
「父と息子」の関係も、「父と娘」の関係と同じく、
照れくさいけれど大切にしなければならない関係だよなぁ。