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| 2012年12月10日(月) ■ |
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| 「話し合う」も体験学習のひとつ |
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演題「教室を協室・響室に育てる指導」 (講師・教育ジャーナリスト 梶浦真氏)から。 これは、気がつかなかった・・という視点を紹介。 今の子どもたちに大切なのは「体験」、それは理解し、 いろいろな角度から、体験プログラムを計画してきた。 「非日常体験」「防災体験」「キャンプ体験」・・ これでもかっ、というくらいに「体験」を組み込むが、 子供同士で「話し合う」という時間が、今回の先生の講話と 「公開事業」を拝見して、どれほど大切かを知ることになった。 たしかに、子どもが複数でいてもゲームばかりやっていて、 「話し合う」ことができない子どもが増えた。 「東京赤門の大学生も、テストに対応する言葉は持っていても、 人に伝える言葉を持っていない」・・そんな話も参考になる。 大人の研修で「グループ討議」や「ワークショップ」が増えたのも、 それが原因かもしれないなぁ。
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| 2012年12月09日(日) ■ |
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| 「ブサイク」は、心の中に育つもの。 |
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映画「ヘルプ 心がつなぐストーリー」(テイト・テイラー監督)から。 アメリカの黒人差別時代を採り上げた映画作品は多くある。 主人公が、男なのか女なのか、スポーツ選手なのか家事手伝いなのか、 そんな違いはあるが、最後は黒人が白人をやっつけるパターンや お互い手を取り合い1つのものを作り上げるなど、さまざま。 私が今回注目したのは、黒人のHELP(お手伝い)が、 自分の子どものように愛し育てた白人の子どもに、 生き方のアドバイスするシーン。 「自分を憐れむのはおやめなさい、それこそ『ブサイク』ですよ。 『ブサイク』は、心の中に育つもの。 イジワルで人を傷つける男子そっくり」と励ましたり、 仲間外れにされていると悩む少女に 「自分に問いかけるのです。『私は信じるのか?』 『今日、あのバカどもが私に向かって言う悪口を?』と勇気を与える。 家事全般の家政婦としてでなく、一人の大人として助言をする姿は、 貧しさ・人種差別のため、自分の子どもを他人に預け、 白人の子どもを育てる、というだけではない、深い愛情を感じて、 私の心は大きく震えた。 ラストシーン、本来の母親に「あたしの子供、頼みます」と言って 行っちゃいや〜、と泣き叫ぶ子どもにも振り返らず去っていく。 「黒人家政婦のプライド」を教えていただいた映画だった。
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| 2012年12月08日(土) ■ |
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| 「嬉しい・楽しいの違いは?」「是非・絶対の使い分けは?」 |
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書籍「日本人の知らない日本語2」 (蛇蔵&海野凪子著・メディアファクトリー刊・159頁)から。 ハッとさせられる、日本語・日本の習慣についての話題が溢れている。 エッチな映画のことを、日本では「ピンク映画」と言うが アメリカでは「ブルーフィルム」中国では「黄色電影」 なんとスペインでは「(Cine Verde)」と言って「緑」らしい。 書店のレジで本にカバーをかけてもらえる国は、 基本的に「日本」だけ、という知識は、けっこう嬉しくなった。 日本語学校に通っている外国人の質問「嬉しい・楽しいの違いは?」に 著者は「『喜ばしい気持ち』が続く時間の長さです」と答えている。 また「『是非、きてください』と『絶対、きてください』の違いは?」に 「是非」は、強く願う時、勧める時。「絶対」は、依頼という形の命令。 断らないで欲しいという強い気持ちが伝わる、と説明している。 私たちが、普段、何気なく使っている単語も、 日本語を勉強している外国人には、不思議に感じることがある。 もっと「日本語」を大切に使わなくちゃなぁ。
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| 2012年12月07日(金) ■ |
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| 「再生エネルギー」より「省エネルギー」 |
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忘れないうちに・・ 日大国際関係学部主催の市民公開講座(平成24年度下期) 統一テーマ「日本はどこへ行くのか」 講師「日本大学国際関係学部教授 竪尾和夫」氏 演題「日本の環境政策の今後について」から。 私が感じていた疑問を、そのまま説明してくれたから、 気になる一言は、「再生エネルギー」より「省エネルギー」。 原子力発電の事故にともない、全国で展開されているのは 原子力に変わるエネルギーの開発。 メタンハイドレードや、太陽光・風力・地熱などの発電。 あの年、計画停電などで芽生えたはずの 国民の「省エネルギー」意識は、どこかへ飛んでしまった。 もっともっと「省エネ」に力を入れれば、原子力数基分の エネルギーは、必要なくなるのに・・と思ったものだが、 また、元の生活に戻ってしまった気がする。 街には自動販売機が乱立し、歩いたり自転車通勤できる人も、 なぜか自動車通勤をして車が溢れている。 講師の先生は、世界最先端技術の「ヒートポンプの利用」を 訴えていた。 2012.8.1の日経新聞に掲載された「地中熱で省エネ工場」 「『水を媒体に』京セラ 15%節電狙う」の見出し。 私の考えるエネルギー問題も、まずは「省エネ」。 どれだけ「省エネ」ができるか、挑戦してみればいい。 寒ければ、暖房器具をつけるより、まず厚着で。 それでも寒ければ、思い切って「歩く」といい。 きっと体の中から温かくなるはずだから。
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| 2012年12月06日(木) ■ |
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| 100年後の日本を想像してみろ |
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大切な選挙が始まったから、と言うわけではありませんが、 映画「ローレライ」(樋口真嗣監督)から。 終戦直前の指導者たちの葛藤が上手く表現されていて、 日米、仲間同士の殺し合うシーンがあるにもかかわらず、 鑑賞後に爽やか感が残り、他の戦争映画とは異なる感覚を感じた。 特に、役所広司さん扮する「潜水艦伊507艦長・絹見真一少佐」と、 堤真一さん扮する「海軍軍令部・浅倉大佐」との緊迫した会話は、 男の野望と正義がぶつかりあい、激しい言い争いになる。 「わからんか、絹見。100年後の日本を想像してみろ、 大人たちは誰も責任を取らず、行動もしない。 子どもたちは、自国に誇りを見いだせず、希望も持てない。 このままでは、日本は米国に従属する奴隷になりさがるぞ。 そんな国に、何の価値があるというのか」と一気にまくしたてる大佐。 それに答えて「私は信じる。たとえ国が焼き尽くされようが、 日本人は自分で絶望から立ち上がる。だからそんな考えには同調できない」 と言い返す艦長。行き詰まる会話に、私のメモは増え続けた。 戦争映画は、とかくメッセージ性が強いため、 時として、間違った方向へ洗脳してしまう可能性を秘めているが、 この映画は、国と国との戦いである戦争を題材にしているが、 ちょっと視点を変えれば、会社同士の争い、団体同士の争いにも通じる 大きな判断をしなければならない、指導者の葛藤が重なってみえる。 子どもたちのために「誇りや希望が持てる価値ある国・会社」にしたい。
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| 2012年12月05日(水) ■ |
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| 重ねるとは下のものをつぶしてはいけない |
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誕生日と携帯のメールアドレスを教えてもらっている人には、 気がついた時に、バースディメールを送っているが、 今年のメッセージは「歳は取るものではなく重ねるもの」。 「取る」はマイナス思考、「重ねる」はプラス思考・・ なんてことも伝えたいことの1つである。 (大忙しで忘れたり、相手のメールアドレス変更がされていたり、 届かないこともしばしばですが・・(笑)) そんな中「私の祖母も・・」で始まる返信が届いた。 「重ねるとは下のものをつぶしてはいけないものだからね。 乗せるのではなく、厚みが増えることを言うのだと教えてくれました」 この発想に、思わず拍手したくなった。 年を重ねると、ついつい自分が偉くなった気になるが、 実は反対で、下のものを潰さず、育てる意識が必要だ、と理解した。 また、以前のものに一段乗せるのではなく、経験の分だけ人間としての 魅力(厚み)が増えるということなのかもしれない。 また1つ、年齢の話になった時に使える引き出しが加わったな。(汗)
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| 2012年12月04日(火) ■ |
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| 「おい、ぼうず」から「坊や、ありがとな」 |
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映画「菊次郎の夏」(北野武監督)から。 「ばかやろう」とか「てめぇ」とか、乱暴な言葉で 相手を威嚇してきた遊び人の主人公と、母親を探す小学生、 不釣り合いなふたりが繰り広げる一夏の冒険に違いないが、 気になる台詞をメモしていて気がついたのは、 北野武さん扮する菊次郎が口にする、子どもに対する呼び方。 旅の最初から途中までは、ずっと「おい、ぼうず」。(坊主) それが、辛く哀しい経験をしていくにつれて「坊や」に変わる。 小学生が探していた母親が、あまりに幸せそうだった場面、 「人違いだった」と嘘をつきながら、引き返すシーンや 浜辺を手をしっかり握りゆっくり歩くシーンに、涙腺は緩んだ。 そして、お祭りで悪いことをして殴られ血だらけになった主人公の顔を、 小学生が、走り回って見つけた薬屋で買ったガーゼ等で、 丁寧に拭き取るシーンでの台詞「坊や、ありがとな」で最高潮に達し、 これ以後「坊や」と呼ぶシーンが増えた気がする。 この変化、きっと意識的だろう。 主人公・菊次郎の心の変化が、こんなところに表現されているとすれば、 メモが役にたったこと喜びたい。 「おじいちゃんの名前なんていうの?」という問いに 「菊次郎だよ」の会話で「ぷっ」と吹き出し笑いするラストシーン。 何か意味がありそうだなぁ。
P.S. 少年の予想で「競輪で6-3配当17,660円」を当てた時だけは 「坊や」だったかも。(笑)
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| 2012年12月03日(月) ■ |
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| ある日パパとふたりで語り合ったさ |
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映画「哀しい気分でジョーク」(瀬川昌治監督)から。 現在は、映画監督として活躍している北野武さんが、 「ビートたけし」の名で出演している映画を観たくなった。 役柄は人気コメディアンの父親、脳の病に侵された息子との 愛情を描く物語。 鑑賞後、ストーリーに合わせて音楽が選ばれたのか、 音楽に合わせてストーリーが作られたのか、気になった。 テーマ曲となっている『グリーン・グリーン』は、 児童合唱団のさわやかな歌声は、清々しく健全なイメージとともに 国民の愛される歌となっているが、原曲はアメリカのフォークソング。 日本語訳の詩は、辛いものがあり、この映画に結びついている。 (亡くなるのは父親でなく、息子であるが・・・) 7番まである長い歌であるが、1〜3番までの歌い始めを抜粋。 「ある日パパとふたりで語り合ったさ この世に生きる喜び、そして悲しみのことを・・」 「その時パパが言ったさ ぼくを胸に抱き つらく悲しい時にも ラララ 泣くんじゃないと・・」 「ある朝ぼくは目覚めて そして 知ったさ この世につらい悲しいことがあるってことを・・」 息子の病を知った父親が、今までの懺悔も含めて、精一杯尽くす。 子どもには、なにを今更・・という想いはあるだろうが、 父親の心からの愛情を受けて、嬉しくない子どもはいない。 父親に抱きしめられた記憶がない私は、 「これからは抱きつけ、俺にな」という台詞も、 「こわいよ、パパ」「パパにしっかり抱きつけ」の会話も、 羨ましくもあり、そして眩しかった。 「父と息子」の関係も、「父と娘」の関係と同じく、 照れくさいけれど大切にしなければならない関係だよなぁ。
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| 2012年12月02日(日) ■ |
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| わが町の「対面石」が大河ドラマ「平清盛」に |
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初めて実施した、夜間防災訓練を終え、帰宅後、家族で鍋を囲み、 しばらくすると、楽しみにしていたNHK大河ドラマ「平清盛」。 とうとう源氏の「頼朝と義経」が対面するけれど、 今回は、どんな脚本、どんな場面設定で対面するのかな、と、 ドラマとは関係ないところで、私は興味津々だった。 というのは、わが町の八幡神社の境内にある石に2人は腰掛け、 初めての対面を果たしたと伝わっている「対面石」があるから。 しかしドラマの中では、兄弟の対面はしたものの、 私が考えていた対面の仕方とは違い、ちょっと残念だなぁ、と 思いながら、今回の47話を観終えた。 しかししかし、番組最後に紹介している「清盛紀行」に わが町の名前がしっかりと表示された。 突然のことに、驚くやら嬉しいやら、言葉が見つからない。 今回は「気になる一言」というよりも、記録として残そうと思う。 「わが町の『対面石』が大河ドラマ『平清盛』に」 もし登場することがあったら「頼朝」か「義経」が主人公の時、 そう考えていたけれど、よく考えれば「清盛」でもいいんだよな。 わが町の町民、観ていたかなぁ。(笑)
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| 2012年12月01日(土) ■ |
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| 今日は駅伝で草薙に来られますか? |
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12月の第1土曜日、恒例の静岡県市町対抗駅伝競争が開催された。 今年は晴天に恵まれ、好記録続出の大会であったが、 やはりテレビ観戦より、現場での応援が何よりも楽しい。 しかし、私には密かに楽しみにしていることがもう1つある。 主催が、地元のマスコミということもあり、 ゴールの県営草薙競技場には、現在は異動してしまったが、 わが町の担当だった歴代新聞記者達も、県下各地から集る。 そんな彼ら彼女らと久しぶりに会うことが、何よりも楽しい。 朝の「今日は駅伝で草薙に来られますか?」のメールかを受け、 「行くよ、着いたら連絡します」と返し、到着後、 「競技場に着きました」とメールをすると、しばらくして 私を探しながら、歴代のわが町担当記者が集ってきてくれる。 「おぉ、久しぶり。元気だったか?」と冷静に声を掛けながら、 実は私の喜びは、最高潮に達している。 彼ら彼女らと過ごした日々を昨日のように振り返りながら 自分の娘よりも若い世代が、こうして会いにきてくれることが、 私にとって、何よりの誇りであり、財産とも言える。 「情報発信」の大切さは、誰よりも知っているつもりだけれど、 もっと大切なのは「情報発信してくれる人」との繋がり。 これがわかったら「広報合格」なんだけれどなぁ。(笑)
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