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しもさんの「気になる一言」
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2012年11月13日(火)
地方公務員は「無意味に忙しい」

映画「生きる」(黒澤明監督)から。
もう何度も観てきた、地方公務員必見の映画である。
その度に新しい発見があるから、黒澤監督の凄さを感じる。
さて、メモをとりながら観たのは初めてのため、
整理していたら、面白いことに気がついた。
市役所の仕事に対する厳しい視点が台詞に現れている。
作品冒頭「今や(30年勤めた市民課長に)意欲や情熱は少しもない。
そんなものは役所の煩雑極まる機構と、それが生み出す
『無意味な忙しさ』の中で、まったくすり減らしてしまったのである」
とナレーションが語り、
今度は作品半ば「この30年、役所でいったい何をしたのか、
いくら考えても思い出せない。覚えているのは、つまり『ただ忙しくて』、
しかも退屈だったってことだけだ」と主人公が語る。
そして、作品の後半、他の公務員が呟く。
「役所にだっていい人間、入ってくるんですよ、でも長くいるうちに。
あの複雑な仕組みの中じゃ、何一つ、第一あんなに『無意味に忙しくちゃ』
何か考える暇さえないんだから」
共通なイメージは、地方公務員は「無意味に忙しい」である。
この作品、60年以上も前の作品だから、と笑い飛ばしたいところだが、
作品のナレーターが、力を込めて、叫ぶように訴える
「いったい、これでいいのか。いったい、これでいいのか」が印象深い。



2012年11月12日(月)
人類が管理できないものは作ってはいけない

最近の事件、事故に対する私の雑感である。
つくった人類が、自分たちで管理できていないものが、
映画の世界では「(感情を持たせた)ロボット」、
現実の世の中では「パソコン」や「原子力発電所」。
これだけ、パソコンの恩恵を受けながらも、
遠隔操作で誰が犯人なのかも特定できないなら、
パソコンも作ってはいけないものだったな、と感じる。
もちろん、一度暴走したら、手が付けられない原子力発電も、
管理できないという視点では、作ってはいけないもの。
だから「人類が管理できないものは作ってはいけない」
この視点、意外と仕事にも役に立つことがある。
新しいイベントや特産品・ゆるキャラなど、
最後まで面倒をみる気がないなら、作らない方がいい。
中途半端な管理こそ、中途半端な結果しか生まない。
それならば意を決して、批難覚悟でも
「止める、撤退する」勇気の方が正しいのではないか。
幕開けは喜ばれるけれど、幕引きは・・嫌がられる。
でも今の時代、幕引き役が大切なんだ、と思う今日この頃。



2012年11月11日(日)
プロとは、当り前のことを、簡単にできる人のこと

ラーメン屋のカウンターで読んだゴルフ雑誌から。
プロのゴルファーって、難しいことを簡単にこなす、と
アマチュアが、技術力の高さに驚いていたら、
レッスンプロらしき人が、その考えを否定していた。
「プロとは、難しいことが出来る人のことではなく、
当り前のことを、簡単にできる人のことです」
う〜ん、奥が深い、この言葉。
たしかに高度な技を持っていることも大切だけれど、
基本動作を基本どおりにこなせる力って、ゴルフに限らず、
どんな場面でも大切な技術となっている。
10回挑戦して10回、100回挑戦して100回、
同じ結果になる知識と技術こそプロと言えるということだ。
そのためには何事にも気をとられない「集中力」が不可欠。
プロとアマチュアとの違いは「再現性」かもなぁ。
これって、ゴルフの世界だけじゃないことは、
もう言わなくてもわかるよね。(汗)

P.S.
石川遼選手が2年ぶりの復活優勝を飾ったそうです。
彼は、やっぱり「プロ」ですね。(当り前か・・(笑))



2012年11月10日(土)
「愛する能力」と「夢を持つ能力」

映画「A.I.」(スティーブン・スピルバーグ監督)から。
今まで何度となく観てきた、人間とロボットの確執。
すべて映画とはいえ、その結末にいつも考えさせられてしまう。
近未来、作られたロボットの方が優位に立つ構図は、
ほとんど、人間の愚かなロボット・バッシングから始まる。
そんな人間がロボットより優れているという前提は、
「愛する能力」と「夢を持つ能力」が備わっているということ。
しかし、どうみても作品の中に登場する人間の方が、
2つの能力を放棄しているようにも見える。
大人は「人を愛せるなら憎むことも出来るはずだ」とロボットを疑い、
子どもは「オモチャは壊した方が面白いんだ」とロボットを虐める。
そして、自ら子どものロボットにインプットした「親子の愛」すら、
森の中へ捨てて逃げるという行為を、私は理解することができなかった。
どうして、子どもロボットの「話」を聞いてあげようとしないのか、
ロボットを破壊して喜ぶショーよりも、残酷に感じてしまった。
それなのに、そんな人間の愛を疑うことなく信じ続け、
2,000年後も、母親に対する愛を持ち続けていたロボット・デイビット。
どちらが「愛する能力」と「夢を持つ能力」を持ち続けているか、
一目瞭然である。
2つの能力が失われつつある、現代人の難しい「生き方」と、
予測できたはずの地球温暖化や、地球の氷河期などという環境変化に
的確に対応できなかった生物としての人類に対して警鐘として受け止めたい。
心温まるラストシーン、「魂を持っていた人間を私は羨ましく思う」と呟いた
進化し続けたロボットたちに誇れるよう、今を大切に生きたいと思う。

P.S.(おまけ)
ロボットに、親子の絆を設定する7つのキーワード。
シラス(巻き雲)、ソクラテス、パーティクル(分子)、デシベル(音波)、
ハリケーン、ドルフィン、チューリップ
続けて「(母親)モニカ、(ロボットの子ども)ディビット、モニカ」
う〜ん、この単語の繋がりこそが最大の謎である。



2012年11月09日(金)
「紅葉」のお裾分けだよ

先月末に開催された「みどり祭り」で購入した鉢植えが、
職場の事務机の上で、赤や黄色の色をつけてきた。
「水をやるだけでいいから・・」の言葉を信じて、
毎朝、水だけをやり続けている。
嬉しいことに、休みの日は、シルバー人材の人たちが、
私に代わって水をあげていてくれたようだ。
「課長、キレイな色が付きましたね」そう言われ、
思わず口に出たのが「『紅葉』のお裾分けだよ」。
京都や箱根の紅葉もいいけれど、毎日眺められる、
私の机の上の「紅葉」も悪くないな。(笑)
春には「すみれ」、そのあと「ひとりしずか」、
花だけでなく、私のお気に入りの葉っぱの緑が、
日頃のストレスを解消してくれている。
しばらくは、色鮮やかな紅葉が、机上を陣取るが、
冬になったら、また新しい仲間を捜してこようっと。



2012年11月08日(木)
歌は歌っている場合じゃない時にこそ歌うべき

ラジオから流れてきたフレーズだった。
よく非常事態に「歌なんか歌っている場合じゃない」という
お叱りの定番みたいなフレーズがあるが、
それは間違いだよ、と笑い飛ばす説得力がある気がした。
切羽詰まった事態だからこそ、ここは深呼吸でもして、
腹の底から声を出して歌うことで、気持ちを落ち着かせる。
だから「歌は歌っている場合じゃない時にこそ歌うべき」
特に、合唱なんかは、メンバーの心がバラバラになった時、
周りの声に耳を傾けながら、声を揃えることでまとまってくる。
歌には、どんなに美しい言葉で着飾っても真似が出来ない、
そんな力があると思う。
心が乱れたら、歌を歌ってみる、ただそれだけで心が落ち着くはず。
歌とスポーツは、神が人類に与えたストレス解消法とも言われる。
これがなかったら、今の世の中、大変なことになっていたかも・・。
これからも、歌い続けようっと。



2012年11月07日(水)
歳を重ねることは、身体の障害者になることよ

最近、普通に歩いていてつまずくことがあるよ、とか
物忘れが多くなって困っている、気持ちに体がついていかない、
そんな話を同級生でしていたら、
障害者支援の施設で働いている女性に言われた。
「歳を重ねることは、身体の障害者になることよ」
なるほど・・と妙に納得してしまった自分がいた。
耳が遠くなり、視力が衰え、噛む力さえ弱くなってくる。
身体障害者は、ある時からそれを自分のことと受け入れ、
逞しく、時には明るく生活を過ごしているが、
さて、私たちにその「老化」を自分のことと受け入れる
準備が整っているだろうか。
もちろん、運動能力(特に反射神経)も低下するのだから、
やはりある程度の年齢になったら、自ら率先して
自動車の運転免許を返納すべきなのだが、
それに理解を示さず、事故を起こしてしまった人もいる。
はっきり言ってあげた方が良さそうだな。
「歳を重ねるということは、身体の障害者になることです」
(障害者を否定しているわけではないので、ご理解下さい)



2012年11月06日(火)
あんたが組織を裏切ったんじゃない・・

映画「アンダルシア 女神の報復」(西谷弘監督)から。
ストーリーとは別に、内部告発に関する話題が溢れた。
(内部告発して左遷された、伊藤英明さん扮する
インターポール捜査官「神足」が)「内部告発して、結果はこのザマだ」
「組織の中じゃ、正義なんてものをふりかざす奴がバカをみる」と嘆く。
なるほど・・と頷きながら、内部告発の必要性を考えていた。
「無意味だった」と嘆く、神足に向かって、
「内部告発は、本当に無意味だったのか?」と織田裕二さんと扮する黒田。
そして「事件は会議室で起こっているんじゃない」を彷彿させる
「あんたが組織を裏切ったんじゃない、
組織があんたを裏切ったんだろう」の台詞が続いた。
さらに、何かにぶつかりそうになった「神足」を諭すように呟く。
「ちゃんと目をあけて歩かないと、何が正義なのかもわからなくなる」
この一連の表現は「内部告発」を考える上で、
大きなヒントとなるような気がしたのでメモをした。

P.S. 流れとは関係ないけれど、冒頭、何度か繰り返された
「あんたの車だろ、どかしてくれ。これじゃ猫も通れない」と
日本人に向かって「この人、スペイン語もしゃべれない」と呟く
スペイン人が面白かったなぁ。



2012年11月05日(月)
指摘され 初めて気付いた 「メモ中毒」

昨日の私の悲鳴を読んでくれたメル友が、
「興味や意欲が大きいのはいいことだと思います」と前置きをした後に、
「でも、時間に追われてしまっても止められないというのは、
もはや『中毒』かもしれませんね」とアドバイスをくれた。
「『これは中毒だ』と気付くところから始めてみては如何でしょうか」
そう指摘されて、初めて気付いた「メモ中毒」。
本来の意味である「精神作用物質の中毒により引き起こされる症状」ではなく、
「趣味に対して異様な執着を見せる人に対して用いる」依存症に近い「中毒」。
ははは、思い当たることばかりだ。(汗)
最近「メモ」が出来そうなことばかりしている気がしたし、
メモした台詞やフレーズを、挨拶文や会話に、これでもかと利用している。
たぶん、私の山積みのメモ帳をみたら、誰もが驚くに違いない。
講演やコンサートで、偶然にも私の横に座った人や、
映画館の暗闇でメモしている姿を目にした人は、必ず呆れる。
さらに、DVDで何度も巻き戻し、俳優の台詞を確認するとなると、
1本の映画鑑賞に、4時間くらいかかるのに、もう550本を超えた。(笑)
それでも、苦にならないのは、まさしく「中毒」だからだな。
「ただ、繰り返しますが、興味や意欲が大きいのはいいことだと思いますよ」
そう最後に、まとめてくれたメル友に感謝したい。



2012年11月04日(日)
誰か、続ける方法ではなく、止める方法、教えて

久しぶりに、私の悲鳴である。
書きたい題材が多すぎて、調理する(文字にする)時間がない。
1日の間に、講演会・コンサート・読書・映画鑑賞・懇親会、と
幾つもの分野が重なると、ほとんどの場面でメモしまくりのため、
1日1話の「気になる一言」では追いつけなくなっている。
その日採れたての「新鮮ネタを売り物」にしていたにも関わらず、
タイミングよく、紹介できないのが残念で仕方がない。
最近は、鮮度を失わないように、メモだけ「瞬間冷凍」にして、
時間が出来た時、ゆっくり解凍して「気になる一言」に仕上げているが、
それさえも、時間が足りなくなっている気がした。
前述したの話題の他にも、夫婦の会話、NHK大河ドラマやラジオ、
巷の話題から、まちづくりまで、話題は尽きることがない。
私の周りには「『気になる一言』が溢れている」から。
・・・と、こんなことを書いている今日だけでも、ネタは10個ほど。
うぁ〜、どうしよう、困ったなぁ、と言いながら、
これ書いたら、映画の続きを観たいと思っているから始末が悪いな。
誰か、続ける方法ではなく、止める方法、教えて。