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しもさんの「気になる一言」
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2012年05月11日(金)
今日はなんて運がいいんだろう

信州・松本を拠点に楽しんだ2泊3日の家族旅行。
この道中、私が何度も口にしたフレーズ。
「今日はなんて運がいいんだろう」
もちろん、絵本作家・宮西達也先輩の絵本のタイトル
「きょうはなんてうんがいいんだろう」そのまま(笑)。
全国的に天候が不順だったわりに、雨に降られたのは、
移動途中の車の中だけだったので、ハンドルを握りながら、
その度に「今日はなんて運がいいんだろう」。
もしかしたら混んでて見られないかも、と思っていた
「工芸の五月」というイベントの数々も見られたし、
満車に近い駐車場も、なぜか1台分だけ空いていたり・・。
楽しみにしていた早朝散策も、寝坊することもなく
「松本城」を中心に、おいしい空気の中、歩き回った。
さらに、心配していた、行き帰りの道路も大きな渋滞はなく、
開通したばかりの「新東名高速道路」まで利用しながら、
約3時間半の運転、1度も睡魔に襲われることはなかった。
「今日はなんて運がいいんだろう」
このフレーズ、1日の終わりに、布団の中で呟くのではなく、
何かを始める前に、みんなの前で口にすることをお薦めしたい。
旅行中だけでなく、明日からも口にしようっと。(朝から・・)



2012年05月10日(木)
よかった・・墓参りが出来て・・

全国の研修会で知り合った地方公務員(信州)の先輩が、
約1年半前の2010年12月9日、不治の病でこの世を去った。
その前に、何度か電話をいただいたにもかかわらず、
初めての課長職で、スムーズな議会対応が出来ずに
イライラしていたのか、そっけない会話をしてしまった。
その時、ガラガラ声で「よかった・・声が聞けて・・」と呟く
彼の台詞がしばらく耳から離れなかった。
そのことが気になっていたので、議会が終わったら見舞いにいく、と
伝えるつもりで電話をかけたら、なんと、彼のお通夜の日だった。
「悔やんでも悔やみきれない」、当時、そんな日記を書いている。
その後、翌春には妻が脳梗塞になったり、冬には愛犬が他界したりと、
私の気持ちは晴れず、落ち込むばかりであった。
たがらこそ今年の春(GW明け)は、是非ともお墓参りをしようと思い、
妻のリハビリも兼ね、娘にも声を掛けて、松本方面へ小旅行を計画した。
2人にもその想いを伝えて、墓参り優先のスケジュールを組みながら、
独りで先輩の墓前に座ったら、感謝の言葉しか浮かばなかった。
手を合わせ、最後に口に出たのは「よかった・・墓参りが出来て・・」
上手く表現できないが、少しずつ気持ちが楽になるのがわかった。

P.S.
2泊3日の信州家族旅行、ただいま(12日)帰宅。先輩のお陰です。(涙)



2012年05月09日(水)
「男は仕事」から「男も仕事と家庭」へ

昨日「男女共同参画社会」の会議に出席して、
あっ、そうだったのか、と今頃になって気付いたことがある。
昔は「男は仕事、女は家庭」と言われていたのに、
女性が労働力として社会進出するようになって、
いつしか「男は仕事、女は仕事と家庭」となった頃から、
「男女共同参画」が叫ばれるようになった気がする。
当時、女性が男性並みに仕事をして活躍できる場を求めたから、
「区別だ、差別だ」と大騒ぎして、分かりにくくなった。
私は以前から、このスペースでも何度か書いているが、
男女共同参画は「女性教育」ではなくて「男性教育」であり、
昔の「男は仕事、女は家庭」に戻ることではなく、
現在の「男は仕事、女は仕事と家庭」から、一歩進んで
「男も仕事と家庭、女も仕事と家庭」を実現する社会だと思う。
男性がもう少し家庭(家事・育児)に理解を示して、(耳が痛い・・)
休暇の日は、家庭の仕事をする時間が少しでも増えれば、
こんなに国を挙げて「意識改革」を推進する必要はないのに。
もちろん、それだけが「男女共同参画社会」ではないけれど、
私なりの理解として「男は仕事」から「男も仕事と家庭」へ
生活をシフトすることが、今の社会には大事、と考えている。
中年の男性が残業せず早く帰宅する、その副産物として、
夫婦の会話と、若者の仕事が増えるかもしれないしなぁ。(汗)



2012年05月08日(火)
あれっ? 比較データがまた「スウェーデン」

久しぶりに静岡市で県主催の会議が2つ。
それも、午前・午後と違う分野の会議とあって大忙しだった。
「男女共同参画施策市町担当課長会議」と
「市町教育委員会生涯学習・社会教育関係主管課長会・研修会」
どちらも講演があり、それぞれ真剣にメモり整理をしたら、
面白いことに気がついた。
そこで今回の一言は、私の驚きであり発見を言葉にしてみた。
「あれっ? 比較データがまた『スウェーデン』」
若い頃、私が講演で耳にした世界との比較データは、
アメリカを始め、イギリス・フランス・ドイツなどのヨーロッパや
韓国、中国、ロシアなどであったはずなのに、今や、世界の流れや
我が国との比較に「スウェーデン」をはじめ、北欧諸国のデータが
利用されている。
統計なんて、どうせ自分に都合の良いデータを利用し編集するもの、
と割り切っても、基本的に疑り深く、へそ曲がりの私は、
どうして以前の国々と比較しないのか、と考えてしまった。
日本がスウェーデンのような国を目指しているならば当然だが、
アメリカやヨーロッパなど先進国の生活水準を目指しているのなら、
このデータ比較は、あまり意味がない気がするのは私だけだろうか。
(静岡市で飲んで帰って来たので、辛口ですが、ごめんなさい(汗))



2012年05月07日(月)
「聞こえる?」「聞いてる?」「聞いて!」

映画「ドリームガールズ」(ビル・コンドン監督)から。
アメリカ・ブロードウェイで大ヒットしたミュージカルの映画化。
華やかなショービジネス界のサクセスストーリーと
その裏にある確執や裏切り、挫折といった様々な人間ドラマ、
そんな作品紹介がピッタリの作品だった。
「コーラスライン」や「バーレスク」と、ひと味違った感覚だが、
どの作品も、そこに人間の生き様が描かれている共通点がある。
今回、ずっと傍にいながら、本当の自分を理解してくれない・・、
と嘆くシーンが場面設定は違えど、何度か繰り返される。
それも「リッスン」というテーマ曲を始め、素敵な音楽に合わせて
彼ら、彼女らの心の叫びが伝わってくる。
「リッスン」(Listen)は「聞く」と訳される英単語の1つだけれど、
「聞こえる?」「聞いてる?」「聞いて!」
その和訳は、その時の感情に合わせて、使い分けられている。
外国人は、音のトーンや強弱、前後のフレーズによって、
その意味を理解しているんだなぁ、と納得した。
「自分の存在に気付いて欲しい」という人間本来の性を
うまく表現した作品、そんなことを感じさせるメモが溢れた。
字幕の訳は「聞いて」だったが、本当は「聴いて」なんだろうな。



2012年05月06日(日)
今日は楽しかったね

最近、週末を妻と過ごすことが増えた。
約1年ほど前に、彼女が軽い?脳梗塞を起こしてから、
なるべく傍にいようと心がけているが、
週末はイベントが多く、どうしても出かけることが多い。
しかし、GWの週末、ずっと一緒に時間を過ごしていたら、
夕飯の時に、ニコニコしながら呟いた。
「今日は楽しかったね」
そうか、私はこのフレーズが聞きたかったんだ、と気付いた。
もう30年近く夫婦だし、見返りを期待しているわけではないから、
周りからみれば、ありふれた台詞なのかもしれないが、
なぜか、この台詞は私を喜ばせてくれた。
玄関を季節の花で飾ってくれた妻に「きれいだね」と言ったり、
食事の後に「ごちそうさま。おいしかったよ」というのと同じかな。
単純な言葉だけれど、お互い口にしないとわからないから・・。
また「今日は楽しかったね」と言われることをしたいな。



2012年05月05日(土)
「マモル」を守ろう

短いフレーズで、最近の事件・事故を表現できないか、と
探していたら、ある教育関係者から、こんなフレーズを聞いた。
「『マモル』を守ろう」
以前、私が夢中になって観続けたお気に入りのテレビ番組
「マルモのおきて」の話ではない。
「マモル」とは、3つの単語の頭文字。
「マ」は「マナー(manner) 態度。礼儀。礼儀作法。」
「モ」は「モラル(moral)」 道徳。倫理。」
「ル」は「ルール(rule) 規則。規定。きまり。」
どれも、今の時代、ちょっと首を傾げたくなるようなことばかり。
逆に、私たちが受けた教育は、こんなことが中心だった気がする。
教育の基本は「マモルを守る」ことだったし、
それが守れない時は、容赦なく鉄拳が用意されていた。
社会に出ても、この「マモルを守る」ことは、人間の大人として、
必要なことだと理解している。(時々、破ってしまうが・・(汗))
あれっ、もしかしたら「マルモのおきて」って、そんな意味があった?
私の深読みかもしれないけれど、そうだったら嬉しいなぁ。



2012年05月04日(金)
だが、本当は選手でなく「勝利」を買うべきだ。

映画「マネーボール」(ベネット・ミラー監督)から。
野球好きにはたまらない台詞が多かった気がする。
その中でも一番印象に残っているのは、このフレーズ。
「野球で何を把握すべきか、誤解している人が多すぎる。
メジャーリーグを運営する人たちが、選手やチームを理解していない。
球団の人々は、金で選手を買おうと思っている」と現状を語った後、
「だが、本当は選手でなく『勝利』を買うべきだ」と力説するシーン。
「勝利」のために「打率」ではなく「出塁率」の高い選手を集める、
その簡潔な説明に、なるほど・・と唸ってしまった。
打者にとって名誉なタイトルはどうしても「首位打者」となるが、
実際の試合では、この作品の中でも交わされる
「四球か、ヒットか、関係あるか?」という問い掛けのように、
「どんなことをしても、塁に出ろ」と言われることが多い。
それは「デッドボール」でも「振り逃げ」でも構わないから、
「出塁しろ」という命令であり、ヒットを打てという指示ではない。
日本でも、アメリカでも、財力にモノを言わせて選手を集めるチームが、
なかなか優勝できない、と騒がれるが、この理論を当てはめれば、
「勝利」を買わずに「選手」を買っている間は、優勝出来ないことになる。
私の中で、意外と曖昧な位置づけであった、
球団における「GM」(ゼネラルマネージャー)という役割も理解できたし、
「最初に何かを成す者は叩かれる、常にだ。」の台詞に勇気づけられた。
しかしながら、どんなに素晴らしい成績(歴史に残る20連勝)しても、
「最後に勝たなければ、何の意味もない」ことを教えてくれた。
やっぱり「野球の奥の深さには、常に驚かされる。」がテーマだろうか。



2012年05月03日(木)
神のはからい

昨日紹介した書籍「宇宙に上手にお願いする法」を読み終え、
以前、知人に教えていただいた詩が、突然、蘇ってきた。
(ニューヨーク州立大学病院の壁に残されていたある患者の詩)
タイトルは「神のはからい」
「大きな事を為し遂げるために 『力』を与えてほしいと
神に求めたのに、謙遜を学ぶようにと『弱さ』を授かった。
より偉大なことができるようにと『健康』を求めたのに
より良きことができるようにと『病弱さ』を与えられた。
幸せになろうとして『富』を求めたのに
賢明であるようにと『貧困』を授かった。
世の人の賞賛を得ようとして『成功』を求めたのに
得意にならないようにと『失敗』を授かった。
求めたものは一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた。
神の意に添わぬ者であるにもかかわらず
心の中で言い表せないものは、すべて叶えられた。
私はあらゆる人の中で最も豊かに祝福されていたのだ」
(以上)
何度読んでも、涙腺が緩んでしまう詩の1つである。
表現・形は違えども「神」は願いを叶えてくれることを信じたい。



2012年05月02日(水)
奇跡は起こるものではなく、信じるものだ

書籍「宇宙に上手にお願いする法」
(ピエール・フランク著・中村智子訳・サンマーク出版刊・206頁)
ただタイトルにつられて、図書館で借りて読みきったが、
意外と面白かった・・というのが、読後の感想である。
私たちの願いを叶えてくれる「宇宙」とは、
「巨大な通信販売会社」という発想が新鮮だったし、
「宇宙にとって、願いの大きさは関係ない」というのも理解できた。
また「お願いの仕方」さえ間違えなければ、
必ず、願いは叶えられると言い切った作者が眩しかった。
「願いは、ほとんどいつでも絶対にありえないと思われる方法で
叶えられるから、ただ心の準備をして待っていればいいのです」
というフレーズは、妙に説得力があった。
「私たちが願いが叶うとよく口にする『奇跡が起こった』というのも
急にたくさんの『偶然』が人生の中に起こるから、とても驚く」
しかし、それは神が叶えてくれた「私たちの願い」だと気付くと、
「奇跡は起こるものではなく、信じるものだ」と理解できるらしい。
私も、まだその域まで達成していないけれど、
神様が形を変えて、願いを叶えてくれることは、知っている。
それに気付く感性を磨くことが、心を安定させることも・・。
エピローグに書かれていた「幸せは、心の安定であり、
実際に経験する出来事とは、ほとんど関係がありません」が、
これからの生活を充実したものにしてくれると確信した。