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| 2012年05月04日(金) ■ |
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| だが、本当は選手でなく「勝利」を買うべきだ。 |
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映画「マネーボール」(ベネット・ミラー監督)から。 野球好きにはたまらない台詞が多かった気がする。 その中でも一番印象に残っているのは、このフレーズ。 「野球で何を把握すべきか、誤解している人が多すぎる。 メジャーリーグを運営する人たちが、選手やチームを理解していない。 球団の人々は、金で選手を買おうと思っている」と現状を語った後、 「だが、本当は選手でなく『勝利』を買うべきだ」と力説するシーン。 「勝利」のために「打率」ではなく「出塁率」の高い選手を集める、 その簡潔な説明に、なるほど・・と唸ってしまった。 打者にとって名誉なタイトルはどうしても「首位打者」となるが、 実際の試合では、この作品の中でも交わされる 「四球か、ヒットか、関係あるか?」という問い掛けのように、 「どんなことをしても、塁に出ろ」と言われることが多い。 それは「デッドボール」でも「振り逃げ」でも構わないから、 「出塁しろ」という命令であり、ヒットを打てという指示ではない。 日本でも、アメリカでも、財力にモノを言わせて選手を集めるチームが、 なかなか優勝できない、と騒がれるが、この理論を当てはめれば、 「勝利」を買わずに「選手」を買っている間は、優勝出来ないことになる。 私の中で、意外と曖昧な位置づけであった、 球団における「GM」(ゼネラルマネージャー)という役割も理解できたし、 「最初に何かを成す者は叩かれる、常にだ。」の台詞に勇気づけられた。 しかしながら、どんなに素晴らしい成績(歴史に残る20連勝)しても、 「最後に勝たなければ、何の意味もない」ことを教えてくれた。 やっぱり「野球の奥の深さには、常に驚かされる。」がテーマだろうか。
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| 2012年05月03日(木) ■ |
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| 神のはからい |
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昨日紹介した書籍「宇宙に上手にお願いする法」を読み終え、 以前、知人に教えていただいた詩が、突然、蘇ってきた。 (ニューヨーク州立大学病院の壁に残されていたある患者の詩) タイトルは「神のはからい」 「大きな事を為し遂げるために 『力』を与えてほしいと 神に求めたのに、謙遜を学ぶようにと『弱さ』を授かった。 より偉大なことができるようにと『健康』を求めたのに より良きことができるようにと『病弱さ』を与えられた。 幸せになろうとして『富』を求めたのに 賢明であるようにと『貧困』を授かった。 世の人の賞賛を得ようとして『成功』を求めたのに 得意にならないようにと『失敗』を授かった。 求めたものは一つとして与えられなかったが 願いはすべて聞き届けられた。 神の意に添わぬ者であるにもかかわらず 心の中で言い表せないものは、すべて叶えられた。 私はあらゆる人の中で最も豊かに祝福されていたのだ」 (以上) 何度読んでも、涙腺が緩んでしまう詩の1つである。 表現・形は違えども「神」は願いを叶えてくれることを信じたい。
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| 2012年05月02日(水) ■ |
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| 奇跡は起こるものではなく、信じるものだ |
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書籍「宇宙に上手にお願いする法」 (ピエール・フランク著・中村智子訳・サンマーク出版刊・206頁) ただタイトルにつられて、図書館で借りて読みきったが、 意外と面白かった・・というのが、読後の感想である。 私たちの願いを叶えてくれる「宇宙」とは、 「巨大な通信販売会社」という発想が新鮮だったし、 「宇宙にとって、願いの大きさは関係ない」というのも理解できた。 また「お願いの仕方」さえ間違えなければ、 必ず、願いは叶えられると言い切った作者が眩しかった。 「願いは、ほとんどいつでも絶対にありえないと思われる方法で 叶えられるから、ただ心の準備をして待っていればいいのです」 というフレーズは、妙に説得力があった。 「私たちが願いが叶うとよく口にする『奇跡が起こった』というのも 急にたくさんの『偶然』が人生の中に起こるから、とても驚く」 しかし、それは神が叶えてくれた「私たちの願い」だと気付くと、 「奇跡は起こるものではなく、信じるものだ」と理解できるらしい。 私も、まだその域まで達成していないけれど、 神様が形を変えて、願いを叶えてくれることは、知っている。 それに気付く感性を磨くことが、心を安定させることも・・。 エピローグに書かれていた「幸せは、心の安定であり、 実際に経験する出来事とは、ほとんど関係がありません」が、 これからの生活を充実したものにしてくれると確信した。
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| 2012年05月01日(火) ■ |
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| 今度、○○の映画を観て「気になる一言」書いて |
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気のおけない、ある読者からのメールが届いた。 「最近、映画の話、多くないかい?」 私の返信は、ちょっぴり言い訳っぽく 「そうなんだよ、だけど、話題は全部違うんだけどなぁ」。 自分でも、1日おきに「出典が映画」は気になっていたけど、 それだけ映画は観ているし、面白い台詞が多いってことも事実。 その気付きは、生き方、恋愛、家族、仕事等、活かせる場面が違うから、 それはそれでいい、と自分で納得している。 以前、出典先が重ならないように「月曜日は書籍からの引用」とか 「火曜日は講演会からの引用」と工夫してみたり、 「水曜日は恋愛・エッチネタ」とか「木曜日は仕事ネタ」等、 話題別に変えてみたこともある。 しかし、そんな書き方こそ、読者を意識しすぎて、 あとから思い出せるような「気になる一言」が書けていない。 さらに、これからも長く書き続けるためには、 無理をしてはいけないことを、私は体験から知っている。 「ごめんね。たぶん、これからも映画のネタ多いと思う」と返信したら、 「わかってるよ。今度、○○の映画を観て『気になる一言』書いて」と リクエストがあった。こんなメールは大歓迎である。 ただし、ホラーや殺し合うシーンの多い映画はお断りします、 こう見えても、気が弱いんだよ、目をつぶってしまうので・・。
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| 2012年04月30日(月) ■ |
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| 「夫婦の日」「よい夫婦の日」「いい夫婦の日」 |
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その日初めて車のエンジンを始動すると、 車のナビゲーションが教えてくれる「記念日」だけど、 驚いたことに、2月2日、4月22日、11月22日 全て「夫婦の日」らしい。(4月22日にメモ済) それぞれ「夫婦の日」「よい夫婦の日」「いい夫婦の日」 その制定団体とか制定理由は、今の時代はネットで調べれば、 すぐわかるんだろうけれど、商魂逞しいというか、 語呂合わせが好きな国民だなぁ、と思わずにはいられない。 まぁ「良い夫婦」と「いい夫婦」の違いは気になるけれど。(笑) そんなに「夫婦の日」を作って、どんな意味があるんだろう。 それだけ、我が国民は「夫婦」という単位を「記念日」にして 意識啓発しないと、うまくいかない「関係」ということなのかな。 外国ではこんな「夫婦の日」なんてない気がするから。 (そもそも英語に「夫婦」という語呂合わせが通じないし、 「夫婦」って単語がなかったと記憶している。 man (husband) and wife 又は a (married) couple それなら日本独自の「毎月22日は夫婦の日」がいいと思うが、 「2月9日は肉の日」と「毎月29日は肉の日」にみたいに 「記念日」としてはちょっと軽くなっちゃうかなぁ。 そもそも「夫婦」を記念日にする必要があるのだろうか。(汗)
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| 2012年04月29日(日) ■ |
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| 文句言って何もしない人、だめよ |
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映画「蟹工船(2009)」(SABU監督)から。 小林多喜二による1929年のプロレタリア文学の名作「蟹工船」、 そう書かれた作品紹介に、なぜか引っ掛かるものがあった。 テストのために「蟹工船・小林多喜二」と対で暗記していたから、 すぐ原作者は思い出せたが、どうしても物語が浮かんでこない。 そこで原作は後回しにして、映画を先に観ることにした。 気になる一言は、出稼ぎ労働者で蟹缶の加工を行う船・蟹工船の 劣悪な環境に耐えられず脱走した主人公が、 救出されたロシア船で目にした労働環境の違いに驚いたシーン。 「本当に通訳?」と疑いたくなる人物が、彼に近寄り、呟く。 「一人ひとり、立たないとダメね。文句言って何もしない人、だめよ。 「わからない、怖い、やらないね。考えることやめたら、終わりよ。 ず〜と、考える。何するか見えるよ、今すること見える。 行動ね、一人ひとり考える。一人ひとり行動する。一人ひとり大事ね」 (うまく聴きとれたかどうか、疑問ですが・・(汗)) この会話をきっかけに、日本の蟹工船に戻り、 「俺たちの最大の弱点は、命令に我慢・慣れすぎている」と主張、 劣悪な環境に働く労働者たちを蜂起させるけど、 実は、映像よりも文字で読んでみたくなった。 早速、図書館に行って、原作を借りてこようっと。
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| 2012年04月28日(土) ■ |
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| 50歳からの映画デート |
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以前は、仕事の帰りにひとりで・・なんて事もあったけれど、 最近、映画館へは夫婦で出かけることが多い。 映画館では「夫婦割引」という特典もあるし、 幸いにも夫婦で歩いていける距離に映画館(シネコン)があるから、 私たちにピッタリのフレーズとして、夫婦割引のキャッチコピーを 気になる一言として、紹介したい。 「50歳からの映画デート」 夫婦どちらか片方が50歳以上だと2人で2000円、という割引は、 私たちだけでなく、多くの人たちに浸透しているようで、 土日に限らず、平日夜の上映作品でも、 夫婦(らしき)人たちがぴったり並んで、ポップコーンをつまみながら、 楽しんでいる姿は、微笑ましいという言葉がピッタリである。 時には、80歳近くの老夫婦がニコニコしながら観ているシーンもあり、 そんな2人を眺めているこちらの方が、嬉しくなったりすることも。 ドライブや食事とはちょっと違った「50歳からの映画デート」 映画館の回し者ではないけれど、是非、倦怠期の夫婦にお勧めしたい。 また昔のように仲良くなれること、お約束します、はい。 (不倫の映画とか、殺しの映画は観ないように・・・)
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| 2012年04月27日(金) ■ |
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| お前みたいな奴をなんていうか知ってるか?・・アマチュアだ |
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映画「岳 ガク」(片山修監督)から。 もちろん、気になるフレーズとして、誰もが感じた 「生きてた君に感動しちゃった」「また、山においでよ」 「山に捨てちゃいけないものは? ゴミと・・命」というクイズなど、 多くのメモはしたけれど、私は敢えてこの台詞を取りあげた。 「お前みたいな奴をなんていうか知ってるか?・・アマチュアだ」 その前に、こんなシーンが展開されている。 長澤まさみさん扮する新人救助隊員の椎名久美が、 遭難者と遭遇し、自分で助けたいと無線で指示を仰ぐ。 そんな時、無情にも上司は彼女に指示を出す。 「お前には、まだ無理だ。そこは訓練場じゃない 命令を守れ」と。 それでも助けたいと、自分の気持ちを優先した彼女に、厳しい言葉が続く。 「聞こえなかったか? 命令だ。 休暇中だろうか、なんだろうが、プロとして、無責任な行動は慎め」 それでも「プロだから、見過ごすことはできないんです」と言い放つ、 緊迫したシーンであったが、自分勝手な行動をした彼女に対して、 のちに救助に向かったヘリコプターの操縦士が、彼女に諭す。 「お前みたいな奴をなんていうか知ってるか?・・アマチュアだ」 自分の感情だけで行動する奴は、見た目にはカッコいいけれど、 冷静さに掛けた判断では、結果は最悪状態を生むことになる。 さらに大きな二次被害を生むことになることも考えず、 自分の思い込みの「正義」だけで突っ走るのは、アマチュアだと、 プロ意識を主張する彼女に言い切るシーンに、私は感動した。 どんな仕事でも「プロ意識」が邪魔になることも多々ある。 もう一度、誰のための行動なのか、を再認識して判断基準としたい。 「お前みたいに『プロ』を口にするだけで、冷静な判断ができない人は多い。 それは「アマチュア」だと言い切る、ヘリコプターの操縦士のプロ意識、 ストーリーと無関係かもしけないけれど、大切なことだと、私は思う。 最近、こういう台詞で、後輩たちを指導する先輩が減った。 是非復活して欲しい、先輩・後輩、上司・部下たちの人間関係である。
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| 2012年04月26日(木) ■ |
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| アンド・コール |
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音楽会の演奏が終わると「アンコール」の声。 これって、語源はフランス語で「なお」「もっと」の意であり、 「encore」という単語である。 フランス語では「Bis」(ビス)というらしい。 「演奏者が予定の演奏を終了したあと、客が拍手や掛け声で 追加演奏を求めること。また、それにこたえて行う演奏。」 しかし、ある演奏者が「アンド・コール」に応えて・・と 口にしたので、気になってメモをした。 たしかに「再び、舞台上に呼び出す」という意味では、 間違っていない気がしたから、今回の話題にしてみた。 もちろん「アンコール」(encore)が正しいのも承知だが、 「アンド・コール」(and call)も悪くないな、と、 思ってみたりして・・。(汗) いくら「こんにちは」が正しいとわかっていても、 「こんにちわ」と書き続けるへそ曲がりの私にとって、 この「アンド・コール」も捨てがたい発見であった。 次の演奏会、わざと「アンコール」「アンド・コール」って、 叫んでみようかなぁ。
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| 2012年04月25日(水) ■ |
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| 目の前で笑ってくれるこの女を大切にしよう |
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映画「女たちは二度遊ぶ」(行定勲監督)から。 オムニバス小説の映画化で、5人の女性が登場するが、 映画だから、最後にこの5人が、どこかで交差していると もっと面白いのになぁ、と思いながら、観終えた。 「どしゃぶりの女」「自己破産の女」「夢の女」 「平日公休の女」「つまらない女」 やはり一番興味があったのは、 長谷川京子さんが演じた「つまらない女」。 一所懸命に話すのだけれど、面白くなく、疲れる。 どこにでもいるような女性だけど、 意外といないのかもしれないな、とメモをした。 自分の話をしゃべりっぱなし、という女性は多いけれど、 ちゃんと相手の反応を気にして話す女性は少ない。 物語、冒頭「私、本当に、話すの下手だよね」の台詞が 妙に引っかかった。 さて、気になる一言は、ユースケ・サンタマリアさん演ずる 主人公の小説家、の気付き。 「つまらない女」を書いていたはずなのに、最後は 「目の前で笑ってくれるこの女を大切にしよう」と。 「おかえり〜という声のない生活」に寂しさを感じ、 あまり刺激的ではない「つまらない女」が気になりだし、 「こんな僕を必要と思ってくれる人」と悟る。 温かい気持ちになった「つまらない女」であった。
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