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しもさんの「気になる一言」
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2012年03月05日(月)
学んだ知識を、行動に移しましょう。

映画「不都合な真実」(デイビス・グッゲンハイム監督)から。
キャストは、民主党クリントン政権下で米合衆国副大統領を務めた
アル・ゴア氏。
彼の温暖化に対する講演を中心に、作品が展開されていく。
自己紹介の「一瞬だけ大統領になった、アル・ゴアです。」が
聴講者の緊張をほぐし、リラックスして聞き入ることができた。
まるで、大学の講義を受けているようで、私のメモは溢れた。
この映画、アメリカで公開されるや、各都市で大ヒットを記録した
環境ドキュメンタリーであるが、日本では?の問いに、
記憶が定かではないくらい「地球温暖化」の話題は消えている。
今は、原発と3.11をはじめとした大きな地震が話題の中心であるが、
こういう間も、地峡温暖化は確実に進んでいることを、再認識した。
ストーリー後半、こんなフレーズが私の心を揺さぶった。
「地球という星に、私たちは住み続けられるのか?
未来の世代は、きっと自問するに違いない。
前の世代は、何を考えてた? 一体、なぜ現実をみなかった?
今、その質問を子どもたちが大人に投げかけて欲しい。
子どもたちは、地球を壊さないで、と両親に言いましょう。」と。
最後に「アフリカの古いことわざ」を引用して
「何かを祈るときは、行動もすべし。」と訴えかけた。
そして極めつけは「学んだ知識を、行動に移しましょう。」
いい話を聴いた、では終わって欲しくない。
そんな彼の強い思いを感じた、映画(講演?)である。



2012年03月04日(日)
「よく来たな、これもってけ」「特等席だな、ここは」

元衆議院議員「杉山憲夫」氏が他界して、告別式に足を運んだ。
彼の息子が中学生の同級生ということもあり、私にとっては
代議士というより、同級生の父親という感覚が強い。
不思議なことに、忘れられない言葉が2つあった。
いつだったろう、自宅へ遊びにいって、居間で雑談していたら、
突然、襖がガバって開いて、おじさんがこちらをみて言った。
「よく来たな、これもってけ」とミカンを一袋くれた。
また狩野川の河川敷、花火打ち上げ会場の土手で準備を終え、
仰向け・大の字で寝ていたら、誰かが呟いた。
「特等席だな、ここは」・・誰だよ、うるさいなぁ、と目を開けたら、
真上に青空をバックにした、おじさんの顔があった、これまた驚いた。
奥さんと散歩の途中だったらしいが、その顔と声が忘れられない。
人は彼のことを、いろいろな角度から批評するが、私は私の経験から
「面倒身のよい、気さくなおじさん」と記録しておきたい。
斎場に立てかけられた写真を見て、またこの台詞が思い出された。
「よく来たな、これもってけ」「特等席だな、ここは」
どうしてこの2つのフレーズを覚えているのか、私にもわからない。
でも、インパクトがあったんだろうな、きっと。
ご冥福をお祈りします。合掌。



2012年03月03日(土)
人間って「一皮」って知ってました?

平成23年度男女共同参画事業、3月3日、お父さんのための講座。
講師は「内藤ルミ子さん」
演題は「フットコンディショニングを体験してみましょう」から。
「コンディショニングとは、リンパ・つぼ押し・ストレッチ」、
「リンパ球は最強の兵隊で、関所と呼ばれるリンパ節に集合しする、
だから、リンパが腫れるということは、ばい菌と戦っているということ」
そんな楽しい座学が30分続き、そのあとお待ちかねの実践。
リンパの「老廃物を体外に出す」という役割を丁寧に教えていただいた。
「どんなにいい靴を履いていても、中の足が硬くてはダメ」など
メモしながらのフットコンディショニングだったけれど、
多くの中から選んだのは、
「人間って、『一皮』って知ってました? 皮膚って大切なんですよ」
この視点は、50年以上生きた私にとって実に新鮮だった。
内臓と違って、手術して取ってしまうことも出来ないし、
皮膚の何パーセントが火傷すると死んでしまう、なんてことも
よく耳にしたけど「一皮」って気がつかなかった。(汗)
確かに、着ぐるみと違って、つなぎ目はないんだよなぁ、
なんて思いながら、人間の皮膚の不思議さ、大切さを実感した。
その割には、意外と無関心に過ごしてきたなぁ、と反省。
「皮膚を大切にする」・・これって大きな気付きだった気がする。



2012年03月02日(金)
マイナスのかかわり(けんか)も大切に

またまた、昔のメモを整理していたら出てきた
へぇ〜と思う「子育て」の大切な視点。
「マイナスのかかわり(けんか)も大切に」
生きてく上で大切となる人間のかかわり。
そのかかわりを知るためには、けんかも大切らしい。
喧嘩をするには、必ず相手がいる。
その相手がいることによって、自分を知ることになる。
だから、悪いこととして注意するのではなく、
(仲裁を仲裁と思わず)心を育てているんだと思うこと。
そうすれば、イライラすることもない。
そんな考え方のようだ。
全てのことを「心を育てている」と解釈出来れば、
感情にまかせて怒ることもなくなるし、
子どもにも、その気持ちが必ず伝わるだろう。
と、いいつつも、なかなか難しい問題だな。
喧嘩をしてたら、すぐに止めに入ってしまうから。
やっぱり「育児は育自」だな。



2012年03月01日(木)
チャンスとは、自転車レースだ。

映画「アメリ」(ジャン=ピエール・ジュネ監督)から。
イポリト・ベルナール著の同名原作にも出てくる、チャンスの例え。
原作は(たしか)「チャンスは、ツールドフランスの観戦」となっていて
ちょっと違うけれど、それでも気になる表現として、引っ掛かった。
フランスっぽい例えだけど、なかなか判りやすかったから。
その後、映画は「待ち時間は長く、たちまち終わる。
チャンスがきたら、思い切って飛び込まねば・・」と続く。
確かに、ビデオ画像として、ツールドフランスの映像が流れるが、
原作を読んでいないと、理解に苦しむかもしれないが、
キュートな少女「アメリ」が、人の幸せには力を発揮するのに、
自分の恋愛にはとても臆病になっている。
そんな彼女に宛てた、メッセージと言えそうだ。
「待つのは長いが、あっという間に通り過ぎていく」。(笑)
言い換えれば「だから、チャンスがきた時には、
ためらわずに柵を飛び越えなけきゃならん」ということらしい。
これは「アメリ」だけに通じる例えではないはずだ。
私たちも人生で何度もあるはずのない「チャンス」に、
勇気を持って掛けてみる心構えを教えてくれた作品である。



2012年02月29日(水)
稲妻が話しかけて、雷が返事してるの

映画「サウンド・オブ・ミュージック」(ロバート・ワイズ監督)から。
先日のコンサートで、Rロジャースの「私のお気に入り」を聴いて、
「そうだ京都、行こう」を思い出しながら(笑)
映画音楽としても有名だから・・と観直すことにした。
3時間近い作品で、1時間半を超えた頃、
「INTERMISSION」(休憩)の字幕が画面に出たかと思えば、
しばらくして「ENTR'ACTE」(幕あい・開始)の字幕まで登場する。(汗)
残り2分くらいまで手に汗握る緊張感が続き、
最後は、修道女たちの「告白します。私に罪を」「私も罪を」
の台詞でホッとさせられる。
ところで今回選んだ台詞は、ジュリー・アンドリュース扮する
「修道女マリア」が、厳格なトラップ家の7人の子供たちと、
心を通わせるシーンとなった場面。
外は大雨、稲光と雷の大きな音は、彼女の部屋に集まった
子どもたちを不安にさせ、「あの音は?」と問いかける。
それに答えた台詞が「稲妻が話しかけて、雷が返事してるの」。
ほぉ〜っとメモしたのは、言うまでもない。
素敵な音楽と台詞で温かい気持ちになった、やはり名作だ。



2012年02月28日(火)
私たちは「土器を時間軸」に使います

「平成23年度 清水町歴史講座(2回目)」
講師「日本考古学協会会員・小金澤保雄氏」
演題「遺跡から見つめる清水町の歴史」から。
今回は2回目とあり、町全体の大きな話が聴けて
ますます、この町が秘めてる可能性の大きさを感じた。
聴講していて感じたことは、発掘に携わっている人は、
物語を紡ぐ、ロマンチストだな、ということ。
科学者は、ある仮定を立てて、実験を繰り返し、
莫大なデータを分析して、それを説明していく。
考古学者は、ある物語を想定して、
現在の土地に残された遺跡から歴史を繋ぎ、
その物語をフィクションからノンフィクションへと導く。
そこには、壮大なドラマが展開される。
特に、自分たちの住む場所が、どんな歴史をもち、
どんな人たちが住んだのか、大変興味があるところ。
そんな講師の説明をメモしていて、へぇ〜と思った台詞、
「私たちは『土器を時間軸』に使います」。
その土器の持っている情報(特徴)から「時代」を特定し、
さらに、どんな身分の人たちが使っていたか、まで、
言い当ててしまう、その豊富なデータの積み重ねに、
驚くばかりであった。
「ここからは、私の強引な推測ですが・・」を前置きし、
彼の口から語られる物語は、聴講者を喜ばせた。
やはり、歴史は面白い。



2012年02月27日(月)
自分が美しいと思い、作りたいと思ったものだけ

展覧会「陶の華 辻輝子の世界」(佐野美術館)から。
三島市制70周年記念、佐野美術館創立45周年記念、
陶芸作家、辻輝子さんの卒寿記念である。
卒寿と言えば「90歳」(大正9年生まれ)だが、
彼女の作品から、私の方が元気をいただいた。
さて、気になる一言は、彼女が貫き通した製作の想い。
「自分が美しいと思い、作りたいと思ったものだけ」を
作り続けて70年余が過ぎた。
波乱万丈の人生は、けっして誰にも真似できないが、
「完璧な自然の美を少しでも写しとりたい」という
創作意欲が、ガラスケース越しに鑑賞する私にも、
なぜかしっかり伝わってきたから、驚くばかりである。
難しいことはわからないが、葉っぱなどの緑の中に、
紅色がしっかり存在感を示している作品は、
私の好きな色の組み合わせだったんだ、と気付かされた。
そういえば、私の気になる一言も同じだな。
「自分が面白いと思い、書きたいと思ったものだけ」を
書き続けている気がするから。(レベルが違うけれど)
そんなことが許されるのも、歳を重ねたからだな、きっと。



2012年02月26日(日)
一粒で2度おいしい感覚が味わえる

先日紹介した、ピアノとソプラノの演奏会で
演奏されたプログラムの中に、何曲か映画音楽が・・。
映画が、クラシック音楽を主題曲に選んだという説明の方が、
本来なら正しいと思うのだが、つい「映画音楽」と言ってしまう。
私の好奇心は、ここからが出発する。
演奏された曲の説明に、映画の話題があれば、必ず翌日には
DVDのレンタルショップに行って、あれば借りてくる。
今回は、映画「愛情物語」F.ショパン「ノクターン」
映画「サウンド・オブ・ミュージック」R.ロジャース「私のお気に入り」
映画「王様と私」R.ロジャース「シャル・ウィ・ダンス?」など。
そして映画と音楽、両方を楽しみ、好きなだけメモをしまくる。(笑)
そういえば、最近、書籍も同じ方法で楽しむことが多い。
映画化された原作や、これから映画化が決まった本は、必ず先に読む。
それから、ゆっくり映画鑑賞すると、これまた両方楽しめる。
数え切れないほどの作品の中から、これは・・選んで観るのだから、
なにかキッカケがあると、一粒で2度おいしい感覚が味わえる。
映画音楽とクラシック・・・驚くほどの組み合せである。



2012年02月25日(土)
人はみな、生きている限り「星守る犬」だ。

映画「星守る犬」(瀧本智行監督)から。
タイトルや予告をみても、その意味がわからなかった、
「星守る犬」という言葉が、気になって仕方なかった。
作品の中で、こう説明している。
「『星守る犬』って言葉、知ってるかい?
決して手に入らない星を、ずっと眺め続ける犬のことだ。
これ、高望みをする人を表わす例えに使うらしいよ」と。
へぇ〜とメモしながらも、ちょっぴり違和感があった。
「手に入らないものなんて、眺めているだけでムダだよ」と
言い返す主人公に、祖父はサラッと呟く。
「あのね、生きるってことは、所詮ムダだらけなんだ。
君のように、殻に閉じこもって生きるよりも、
高望みを続ける人生の方がいいと、僕はそう思うよ」
そんなシーンを観ても、この「星守る犬」の単語が、
しっくり私の心に入ってこないまま、観続けた。
そして、ラストシーン。
「望んでも、望んでも、叶わないから、望み続ける。
ただ、それだけ、それでいい。
人はみな、生きている限り『星守る犬』だ」の台詞で
なるほどなぁ・・と納得した。
最後に、忠告。犬好きの人で、今飼ってない人は、
この作品はお勧めしない、飼いたくなってしまうから。