初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2012年02月07日(火)
ガンとは、お礼を言える病気なんだよ

講演会「静岡県東部社会教育委員研修会」、講師「田邊哲氏」
演題「貧乏神を追い払う『笑い』とよい『口ぐせ』の効用について」から。
元森町社会教育委員長を始め、数多くの肩書きを持つ彼の話は、
私たちの度肝を抜く格好で登場し、笑いっぱなしだった。
なぜかその面白さは、なかなか文字では表現しにくい。
溢れたメモから、私がなるほどなぁ、と思ったのは、
「癌」という病気に対する考え方。
「ガン」という病名は暗いから「ポン」に変えよう、と真面目顔で話し、
前向きに、そして明るく生きる大切さを教えてくれた。
ニコニコしながら語ったので、気付いた人が少なかったかもしれないが
「ガンとは(今までお世話になった人に)お礼を言える病気なんだよ。
クモ膜下出血とか脳溢血は、突然だからお礼がいえない」と呟いた。
ガンは余命何ヶ月と宣告されるけれど、突然死ぬことはない。
もちろん、死ぬことは恐いし別れは辛いだろうけれど、
自分の周りの大切な人たちに、お世話になったね、と伝えられる病気。
そんな前向き、プラス思考が、再発を予防するのだろうか。
これまた、なるほどなぁ、の一言であった。



2012年02月06日(月)
ハッキリとした上下関係が出来上がっている

書籍「9割がバイトでも最高のスタッフに育つディズニーの教え方」
(福島文二郎著・中経出版刊・287頁)から。
最近、地方自治の最前線である行政でも、臨時職員が極端に増え、
3年〜5年程度で人事異動してしまう正規職員より、知識も経験も多い、
こんなケースがどんな職場でも増えているのではないだろうか。
う〜ん、何とかしなくちゃなぁ、と思い悩んでいた時、ふと立ち寄った
書店に平積みで並んでいたので、つい・・手にしてしまった。(汗)
参考になったのは「教える側と教わる側という、
ハッキリとした上下関係が出来上がっているので、
叱ったほうが良いと思えば、遠慮なく叱ります。
叱られる側も、これは育てるという愛情の延長だと思っています。」
だから、バイトがバイトに対して叱る時もあるという。
もしかしたら、バイトが正規職員に対して、叱ることも・・・。
この関係がどの職場でも出来たら素晴らしいのに、とため息をついた。
もちろん、賃金の差があったりして、納得できない分もあるだろうが、
「ミッション」さえ明確ならば、それは二の次であり、
まずは、対象にしている人たちの「笑顔」を求めて、
全員・全力であたることの喜びと、この職場に勤めていることの誇り、
そんなものが「職場の風土」として根付いた時、
ディズニーランドのようなスタッフが育つような気がする。
まずは、自分から変わらなくちゃ。



2012年02月05日(日)
いかなる世でも、美しく生きることが私の志

NHK大河ドラマ「平清盛」から。
いくら私が今年の大河ドラマが気に入ったとしても、
みんな観ているだろう、を前提で「気になる一言」を書くのは、
私のおごりであるし、時代背景、人間関係を説明していては、
それだけで、何十文字も費やしてしまうので、
観ていない読者にもわかるような一言を選ぶようにしたい。(汗)
さて番組の前半、日本の将来を左右する若者3人が、
飢えた世の中に対し、各々の「志」(こころざし)を語るシーンがある。
源義朝は「武士の力を示す好機ととらえ、強さを磨きたい」といい、
佐藤義清(のりきよ)(のちの西行)は「美しく生きたい」といい、
平清盛は「おもしろく生きたい」と語った。
私が同感したのは、武芸も闊達、歌にも通じた佐藤義清の考え方。
矢が的に当たるのも、真ん中に的中するのが一番美しいし、
歌も上句、下句のバランスがとれた歌が美しいと感じるところだ。
彼は「いかなる世でも、美しく生きることが私の志」と言い切った。
「いかなる世でも・・」の台詞に、私の心のアンテナが反応した。
社会が複雑になればなるほど、志の持ち方も難しいと考えがちだが、
それは逆で、複雑になればなるほど、とてもシンプルな表現こそ
生き方としてわかりやすく、大切なことだと私は思う。
心も体も美しく、そして国全体が美しければ、
どれほど、汚いものを取り除く手間とお金が要らなくなるだろうか。
そう言えば、安倍晋三元総理は「美しい国・日本」を
本気に目指していたなぁ、と急に思い出した。(汗)
私も「美しい心」「美しい暮らし」「美しいまち」を目指したい。



2012年02月04日(土)
彼らも、同じ日本列島で生きているかけがえのない仲間です。

映画「日本列島 いきものたちの物語」(出田恵三監督)から。
公開日初日、初回の上映時間に合わせて、映画館に足を運んだ。
今年、楽しみにしていた映画の1つであったから・・。
「えっ、これが日本?」と疑いたくなるほどの風景と、
CGと見間違うほどの景色の移り変わりが、私を驚かせた。
屋久島では、猿が落とした木の実をシカが食べるといった、
日本列島ならではの、いきものたちの「絆」も紹介されていたし、
ストーリーとはまったく関係のない、いわゆる「間」の部分でも
カタツムリが葉っぱを移るシーンや雲の流れなど、
撮影だけでなく編集にも手を抜かない、製作スタッフの気持ちが
観ている私たちを喜ばせたのだろう、あっと言う間の95分である。
世界のいきものに関する映画は、何度となく観てきたが、
日本列島に絞った「いきもの」と考えると、貴重な映像が多い。
私が心の中で「頑張れ、メダカ!!」と叫んだ直後に、
ナレーターの黒木瞳さんが「頑張れ、メダカ!!」と呟いた時、
隣に座っていた妻には申し訳ないが、妙に嬉しかった。(笑)
この作品を思い出すため、ラストシーンに流れた台詞を残したい。
「彼らも、同じ日本列島で生きているかけがえのない仲間です。」
そう、日本列島には人間だけが住んでいるわけではない。
「日本列島ならではの、人間も含めた、いきものたちの絆」、
世界に胸を張って紹介したいものである。

P.S
「共同プロデューサー・小野泰洋」は、私の幼なじみ。
彼の名前をエンドロールで確認して、妻に自慢してしまいました。
「あいつ、いい仕事してるなぁ」、私も負けられないな・・(汗)



2012年02月03日(金)
今年の節分は、いつもより待ち遠しかった

今年は絶対、豆まきするぞ、と早く帰宅した。
昨年の節分、もう近所のどこの家でも豆まきの声がしないし、
我が家は、子どもも大きくなっていないし、
そもそも、52歳の私が「鬼は外、福は内」と声を出すのも
恥ずかしいから・・と小さい頃から長年続けてきた豆まきをやめた。
その時は何も感じなかったが、こうして1年を振り返ると、
家族が大病したり、愛犬が亡くなったり、と悲しいことが続いた。
ただの「偶然」と片付けるのもいいが「恥ずかしい」を理由だけで
節分の豆まきをやめた自分を責め続けた。(汗)
だからこそ、今年の節分はいつもより待ち遠しかった。
「豆まき」というよりも「鬼やらい」「追儺(ついな)」の表現の方が
立春の前夜、悪魔を追い払い、福を呼ぶ神事に相応しい気がする。
旧暦では「立春イコール新年」だったから「節分イコール大晦日」。
そういう意味では「立春」は1年の始めでもあったから
「節分」は新しい年を迎える大切な行事でもあったに違いない。
明日からは、手紙、メール好きの私にとって
「立春とは名ばかりで、まだまだ寒い日が続きますが・・」
と書き始める手紙のシーズンでもある。(笑)



2012年02月02日(木)
マナーモードではなく、電源をお切りください

裾野市制施行40周年及び裾野市民文化センター開館20周年記念事業
「ウクライナ国立オデッサ歌劇場管弦楽団」演奏会から。
ピアノ演奏は、1989年生まれ、金子三勇士(みゅうじ)さん、
さらに「オール・チャイコフスキー・プログラム」とあって、
約1,200席の大ホールを埋め尽くした観客は、
生の演奏に心が震えるのを押さえ切れずに、拍手を贈り続けた。
私たちが慣れていないのか、拍手をやめるタイミングがわからず、
指揮者や演奏者は、何度も舞台に出たり引っ込んだり・・。(汗)
ところで、今回の素晴らしい演奏会を支えたフレーズがある。
演奏前から、キラリと光った主催者のご案内が2つ。
入り口で渡されたパンフレットには「コンサート一口メモ」と題し、
「拍手のマナー」や「本日のコンサートの聴きどころ」が記載。
これによって、時々気になる、楽章と楽章の間の拍手は起きなかった。
また、通常なら「携帯電話をお持ちのお客様は・・」と告げたあと、
「電源をお切リになるか、マナーモードにするようお願いします」なのに、
今回は「(携帯電話は)、マナーモードではなく、電源をお切りください」。
演奏中に、たったひとりでもほんの短い間でも、携帯電話がなったら、
単に「不注意」ではすまされず、この演奏会が台無しになる、という
スタッフの意気込みが感じられたフレーズである。
曖昧な表現ではなく「はっきり言い切ること」の大切さを教えられたし、
演奏者も観衆もスタッフも、誰もが素晴らしかった演奏会であった。



2012年02月01日(水)
今の私があるのは、この逸品のおかげです。

書籍「戦士の逸品」
(テレビ東京報道局編・日経ビジネス人文庫刊・201頁)から。
テレビ番組(テレビ東京・BSジャパン)の書籍化らしい。
日本を代表する経営者たちが過去に格闘した日々を振り返りながら、
ビジネス戦士たちの苦しい時代を支え続けた逸品を紹介している。
■戦士はこれで、チャンスをつかんだ
■戦士はこれで、自らを奮い立たせた
■戦士はこれで、傑作を生んだ
電卓からポーリングの球、そろばんなど、いろいろな逸品があるけれど、
共通しているのは「愛着」があるってこと。
「壊れるまで使います、だって僕の人生の一部だもの」
「これが私の原点ですから。」と堂々と紹介している姿が眩しい。
そんな内容をワンフレーズにするメモを探していたら
「今の私があるのは、この逸品のおかげです。」となった。
人生を変える「人」との出会いがあるのと同じように、
人生を変える「モノ」との出会いがあるのも頷ける。
誰にも、自分だけの宝箱にいれてある逸品があるはずである。
もう一度、自分の人生を振り返り、自分というものを支えているモノに
興味を向けてみたらどうだろう。
私の場合・・何でも書き込んでしまう「手帳」かな。



2012年01月31日(火)
あなたの心が試される

映画「運命のボタン」(リチャード・ケリー監督)から。
キャメロン・ディアス主演とあって、ラブコメかな、と
単純な発想で観始めたら、大きな間違いだった。(汗)
壮大なストーリーなのに、なぜか中途半端で、
最後まで、理解に苦しむ展開だった。
仕事中に稲妻に打たれ、一度死んだが、
それから脅威の回復で蘇った設定の宇宙人?が、
「欲との戦い」や「究極の選択」で人間を試している。
そして最後に、こんな言葉を発する。
「他者の利益のため、己の欲望を犠牲に出来ないなら、
君たちに生きる資格はない」と。
今回の一言は、観終わった後に確認した「予告編」の一部。
「あなたの心が試される」
そうか、これが全編の根底に流れている考え方か、と
納得しながら、メモをした。
冒頭、合格間違いなしの評価だった主人公(男性)が
NASAの宇宙飛行士の試験に落ちるのだが、
その落ちた理由は「心理テストに失敗した(らしい)」。
物事を冷静に、そして理性をもって判断すれば、
きっと「運命のボタン」を押すことはしなかったはずだ、
君には、まだまだ心理的に弱い、ということだろうか。
どんな時も「あなたの心が試される」。なるほどなぁ。



2012年01月30日(月)
東北生まれなので、春が恋しい、待ち遠しい

平成23年度泉のまち町民大学、講師「日本画家・大場茂之氏」
演題「40歳代から日本画家を目指す」から。
「挑戦」をテーマにした今年の町民大学も3回目を迎えた。
1955年、宮城県に生まれ、仙台国立障害者訓練校デザイン科を卒業、
温泉療法で訪れていた箱根で、親戚のおじさんが連れていってくれた
成川美術館で鑑賞した日本画に大きな衝撃を受けたのを契機に、
一度は断念した絵の世界に、独学で挑戦し続け、
今では、院展に7回入選を果たすなど、大活躍の日本画家である。
そんな彼が持参してくれた「春息(はるいき) 」という作品は、
どこか、私の想像する「春」のイメージとちょっと違った。
上手く表現できずに申し訳ないが、作品中のふきのとうもネコヤナギも
まだまだ・・という感じなのだが、彼はこう説明してくれた。
「(私は)東北生まれなので、春が恋しい、待ち遠しい、
そろそろ芽吹くだろうという思いを込めて息づかいを描きたかった」と。
「ふきのとうも、この辺りは柔らかい、寒いところの方が硬いから」
私が感じた「硬く閉じた、ふきのとう」は、彼の表現を借りれば、
「硬いけれど、しっかり春を息吹きを感じさせる、ふきのとう」のようだ。
そんな形で「春」を待っていた東北に、地震と津波が襲ったかと思うと、
胸が締め付けられる思いだった。
東北人らしい謙虚で飾らない話し方は、彼の作品の温かさそのものである。



2012年01月29日(日)
スマホは、片手でとれないから

最近、スマホに変えたという知人に電話したら、
以前なら、すぐに出たのに、この頃はなかなか出ない。
しばらくして、相手からかけ直してくるので
「ごめん、忙しかった?」と謝りながら訊くと、
「スマホは、片手でとれないから」との返事。
スマホの電話が鳴っているのは気付いているが、
あの独特のタッチがうまく使えないらしい。
焦っているうちに、電話が切れてかけ直すパターン。
逆に、電話を掛けるときも、電話のアイコンを選んだ後、
タッチミスで掛ける相手を間違えてしまうこともあるという。
社会全体が、携帯電話からスマホに変わっていると言うが、
以前も書いたように、スマホは携帯電話ではなくパソコン。
片手でも危ない、自転車や自動車の運転なのに、
両手を使って操作するスマホが普及すると、もっと危ない。
スマホの機能を、どれだけの人が使いこなしているんだろう。
私は、自宅のマックと携帯電話で充分すぎるほど、
情報の受信と発信が出来ている。
指も太いし、小さい字も見にくいから、たぶんスマホを持たずに、
一生を終えるような気がしているが、それでもいい。
最近、自宅のパソコンは「気になる一言」を書く以外は、
映画のDVDを観るために使うことの方が多いものなぁ。