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| 2012年01月25日(水) ■ |
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| 連続1万歩超、23日で途切れる |
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イチロー選手の連続安打ではないけれど、 1月1日から始めていた、1日1万歩以上歩く、が昨日途切れた。 健康のために始めた、ウォーキングだが、 私の弱点は、なかなかやめられないこと。 (普通の人は、続かなくて悩むらしいのだが・・(汗)) 続けると決めたら、雨の日も雨合羽を来て外に出た。 2万歩以上歩いた日も2日ほどあり、何よりも優先しそうで どこかで途切れる日を望んでいたのも事実である。 毎日の生活のリズムに組み込む、といったシンプルな 「コツ」を掴んでいると、いとも簡単に続いてしまうけど、 続けることで、健康を害しては本末転倒になるし・・。 年の初めに決めた目標は、あくまで1年「366万歩」だから、 生活のリズムに沿って、今日もまたいつものように歩き始めた。 お楽しみは、大晦日の(たぶん1人で)達成記念パーティ。 これって、自信の付け方でもあるんだよなぁ、私の場合。 さて今度は、何日連続記録が続くことやら。 ちなみに、今日は「13,511歩」
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| 2012年01月24日(火) ■ |
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| 子どもの歳で実感するんだよ、自分の歳を |
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映画「なごり雪」(大林宣彦監督)から。 大好きな伊勢正三の同名曲をモチーフにした作品とあって、 楽しみにしていたけれど、これほどの名曲となると 自分なりの「なごり雪」のイメージが出来上がっていて、 正直、素直に入り込めなかった、というのが本音である。 それでも時折、おっ、という台詞に出会い、メモをした。 その中の一つが、主役の三浦友和さんがぼそっと呟く、 「子どもの歳で実感するんだよ、自分の歳を」。 「そうらしいな」と、何気なく相槌を打つ相手も50歳間近。 この年代、いくら「自分は若い」と思っていても、 「お子さん、幾つですか」の問いに、答えることで、 「あっ、もうそんな歳なんだ。俺も若くないはずだ」なんて 我に返る瞬間があることを、私自身が思い出していた。 親の年齢でも同じことが言えるな、きっと。 「親の歳で実感するんだよ、自分の歳を」 う〜ん、やっぱりなぁ。
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| 2012年01月23日(月) ■ |
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| 職業病というやつです。残念ながら特効薬はありません。 |
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書籍「麒麟の翼」(東野圭吾著・講談社刊・325頁)から。 映画が始まる前に、原作からの一言を紹介しておこう、と思う。 主人公、加賀恭一郎は、彼にしかわからないような、 独特の視点と発想があり、常に「?」が念頭にあるような刑事。 ちょっとした仕草や言葉にも敏感であり、 そこから問題解決の糸口を見つけて、推理を組み立てていく。 そんな様子をみていた女性が「犯罪の臭いに敏感なんですね。」と呟き、 彼は「犬のようだ、とでも?」とサラリと返す。 この言葉のリズムとウィットに富んだ表現が、私は好きだ。 そして、自分でも納得しているのか、こう語るシーン。 「職業病というやつです。残念ながら特効薬はありません。」 レベルの違いはあれ、私も「まちづくり」に関して、 自分でも「職業病だな」と感じる時があるから、可笑しかった。 歩いていても、車を運転していても、お風呂に入っていても、 わが町の「まちづくり」を考えている時があり、これは治りそうもない。 いや、治そうと思っていないから、特効薬も要らないのかも。(笑) 地方公務員の職業病って、こういうことなんだろうなぁ、きっと。
P.S 残されたメモの中で、忘れられないのが 「昭和の匂いがすると松宮は思ったが、看板には大正八年創業とあった」 この視点、この発想、面白いよなぁ。
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| 2012年01月22日(日) ■ |
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| このトランプには、ほとんど仕掛けがありません |
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第3回地域交流センター寄席・泉のまち古典芸能鑑賞会 出演は、二代目・林家木久蔵さん、三遊亭楽麻呂さん・ マギー隆司さん(マジック)・三遊亭好吉さん。 寒い土曜日、夜7時から、そして天気は雨、という条件にも関わらず、 多くの落語ファンが集まり、粋な時間を過ごした。 その中で、私のメモに引っ掛かったのは、落語以外の出し物、 色物と呼ばれる「マジック」のマギー隆司さん。 (色物とは、プログラムに赤い字で書かれていたかららしい) 師匠・マギー司朗の芸風に憧れ28歳で、自主的かつ強引に入門、 職歴「大工」のプロフィールが、私を思い切り笑わせてくれた。 師匠譲りのトーク爆発。 マジックの常套句「タネも仕掛けもありません」より、 「ほとんど仕掛けがありません」の方が笑えるのは、私だけではない。 マジックの途中で何度か呟いた、 「嬉しいです、今年、初めての仕事だから」は笑っていいのかなぁ。
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| 2012年01月21日(土) ■ |
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| 最愛の人が死んだ日にも、人間は晩飯を食う。 |
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書籍「人間臨終図巻」(山田風太郎著・徳間書店刊・333頁) 毎年、恒例のように紹介してきた「○○歳で死んだ人々」。 今回の気になる一言は、 「53歳で死んだ人々」に対する、著者のコメント。 「最愛の人が死んだ日にも、人間は晩飯を食う」 そうなんだよ、人間ってそういう面が多々あるよなぁ、と 慌ててメモをした。 悲しくて悲しくて、食べ物も喉に通らない、なんて光景や 泣きつかれて目が腫れている親族も、あまり目にすることがない。 「人間の死」って何だろうな、と考えさせられたフレーズである。 さて、恒例の他界した偉人であるが、 昨年の私の年齢、53歳で他界した偉人は 諸葛孔明、道元、足利尊氏、喜多川歌麿、為永春水、緒方洪庵、 佐久間象山、チャイコフスキー、ベーブ・ルース、グレース・ケリー、 有吉佐和子。 そして、今年の私の年齢、54歳で他界した偉人は 太田道灌、足利義政、デカルト、中江兆民、ラフカディオ・ハーン、 レーニン、鈴木三重吉、近衛文麿、ヴィヴィアン・リー。 そうそう「54歳で死んだ人々」に対する、著者のコメントは、 死の1秒前の生者「おれを忘れるな、忘れてくれるな!」 死の1秒後の死者「おれを忘れろ、忘れてくれ!」 これまた、なるほどなぁ。(汗)
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| 2012年01月20日(金) ■ |
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| 誰でもよ〜い。助けてくれ〜 |
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この台詞は、NHK大河ドラマ「平清盛」の一場面。 自分の出生の秘密を知り悩む、平清盛。 それは、自分の生き方を真剣に考えた人にとって、 一度は陥る悩みなのかもしれない。 「くそ〜、誰なんだ、俺は。誰なんだ」と大声で叫ぶ。 そうだよ、わかる、わかる、お前の気持ち・・と 物語に入り込んでいた私であるが、 それに続く台詞に、思わず吹き出してしまった。 「誰でもよ〜い。助けてくれ〜」 声の主は、落とし穴に落ちて、助けを求めている新興貴族、 信西だが、テレビ番組「マルモのおきて」や 映画「舞妓Haaaan!!!」や「泣くもんか」などで、 独特のキャラクターをもっている大好きな俳優、 阿部サダヲさんだったから、この台詞を選んだ。 一方は真剣に人生に悩み、一方は穴に落ちて困っている。 繋げてみると、その面白さが倍加するからメモにした。 「くそ〜、誰なんだ、俺は。誰なんだ」 「誰でもよ〜い。助けてくれ〜」 これなんだよなぁ、言葉の面白さは・・。
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| 2012年01月19日(木) ■ |
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| AEDの仕組みは、校長先生の号令 |
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昨日話題にした「AED」(automated external defibrillator) 日本語に訳すと「自動体外式除細動器」。 しかし、その仕組み・役割を上手く表現出来ないでいたら、 担当の消防職員が、上手い例えを教えてくれた。 何かの原因で、心臓の動きが不規則(痙攣)になっているから、 それを規則的な動きに戻す役割、と説明を受けても、 さっぱりわからなかったのに、 「子どもたちが大勢集まって、ザワザワしている中で、 校長先生が登場して『静かに』と一声上げるようなもの」 という例えで、私はなるほど・・と理解できた。 不規則に動いている心臓の動きを、1度リセットして再起動、 そのために「AED」で心臓に電気ショックを与える。 そんなイメージでいいのだろうか。 これで、誰に訊かれても「AEDの仕組み」が説明できるし、 その必要性を理解したから、その場に居合わせたら、 躊躇なく「AED」を利用する気になれた。 (それまでは、それで「死んだらどうしよう」と思って、 行動できなかったけれど・・) 病院で行なう「電気ショック」も、そういう意味なんだろうな。
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| 2012年01月18日(水) ■ |
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| その場に居合わせた人は、救命リレーの第1走者です |
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職場の「AED講習会」に参加した。 以前にも講習会に参加したことがあるが、 やはり、技術の進歩に伴い「AED」も進化していた。 1度習ったから講習はもういいよ、という問題ではなく、 何度でも、習っておく必要性があるし、 当時、疑問に思わなかったことも、気付くことがある。 「いつでも、どこでも、誰でも」という、 生涯学習の根底に流れている考え方と同じで、 「いつでも、どこでも、誰でも」使える「AED」で あって欲しいな、と思う。 さて、気になる一言は、実習前に観たビデオの一節。 救命の連鎖(チェーン・オブ・サバイバル)と言われ、 「早い119番通報」「早い心肺蘇生と徐細動」 「早い救急処置」そして「早い医療処置」が求められる。 いわゆる「救命リレー」なのであるが、 一番大切なことは、倒れた人を見つけた人の初期対応。 この人の行動がなければ、救命リレーはスタートしない、 そう解釈した。 テレビ画面が消える直前に流れたテロップをメモ。 「その場に居合わせた人は、救命リレーの第1走者です」 わかりやすいフレーズであった。
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| 2012年01月17日(火) ■ |
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| 家の中、火事にして、何が消防団や |
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映画「ふるさとがえり(2011)」(林弘樹監督)から。 自主上映会作品として、感想も交えて記したい。 東京では、映画の助監督だった主人公が、 ある理由で故郷に帰った途端、消防団に入れられる。 ふるさとの地域活動と言えば、男は「消防団」。 (女性は「婦人会」かな?(笑)) その視点がもう古くて、故郷に帰りたくない、と 思う若者が増える気がして、ハラハラして観終えた。 家庭を顧みず、消防だから仕方ないだろ、と口にして 毎日、家を空け、子育てなども手伝わない。 そんな男たちを見て、彼らの恩師が声を大きくして叫ぶ。 「家の中、火事にして、何が消防団や」 終いには「離婚届」を突きつけられて、始めて気付く。 ここまで極端でないにしても、男の消防団活動は、 傍にいる女性には理解されにくい。 「消防ってボランティアでしょ?」の一言で片付けられる。 全国で蔓延している「消防団員減少」は、 ある面では、女性の理解が第一優先だな、と感じた。 「ふるさと」をテーマにしたはずなのに、 妙に「消防団」が目立ってしまった印象があり困惑した。 ロケ地では盛り上がったらしいけど、全国ではどうだろう。 「田舎」と言っても、いろいろあるし、自主上映とはいえ 映画「エクレール・お菓子放浪記」とはちょっと違ったなぁ。
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| 2012年01月16日(月) ■ |
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| 「お帰りなさい・ただいま」VS「ただいま・お帰りなさい」 |
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映画を観ていて、我が家はどうだったかな?、と感じることがある。 どの作品というわけではなく、よくある何気ない会話であるのだが・・。 家族・夫婦をテーマにしたような邦画には、必ず見かけるシーン。 旦那さんが帰宅して、玄関のドアを「ガラガラ」と開ける。 そのあとに、奥さんが先に「お帰りなさい」と言い、 続けて、旦那さんが「ただいま」と返す。 ちょっと待って、逆じゃないのかな?と我が家を振り返る。 私が帰宅し、玄関のドアを「ガラガラ」と開けるまでは同じ。 最初に言葉を発するのは私の「ただいま」。 それを受けて、妻や母が「お帰りなさい」というパターン。 朝も同じ。「行ってきます・いってらっしゃい」なのか 「いってらっしゃい・行ってきます」なのか。(汗) どちらでも同じじゃないか、という人もいるだろうけれど、 私は、ちょっと違う気がしている。 不自然に感じられた映画のシーンだけれど、じっくり考えると、 先に、家族に声をかけてもらった方が嬉しいな、と気付いた。 上手く説明できないけれど・・感覚の問題かな。
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