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しもさんの「気になる一言」
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2011年10月30日(日)
大きい方が小さい方に寄りかかっているだろう?

ラジオから流れてきた、吹き出さずにはいられない会話。
普通「『人』という字は、お互い支えあって生きているんだ」が、
金八先生もどきの、オーソドックスの教え方である。
だから「人は孤独ではない」みたいな例えにも使える。
しかしながら、今回のこのフレーズは違った。
「ほら、『人』という字を見てごらん。
大きい方が小さい方に寄りかかっているだろう?」
だから「この仕事、しておいて」と上司が部下に頼むんだ、と。
そんな視点で「人」という漢字を眺めたことがなかったから、
ちょっぴり面食らったが、上手い・・とメモをした。
よく考えてみれば、そんな善人ばかりで
世の中が成り立っているわけではないことも事実。
他にもあるんだろうなぁ、こんな例え話が、きっと。
今度、じっくり探してみなくちゃな、話の種に。
そういえば・・「入」という字も、
大きい方が小さい方に寄りかかっているな、あはは。



2011年10月29日(土)
お前は、何年その仕事をやっていくんだ

わが町のイベントに新しく登場した「泉のまち町民大学」から。
もちろん、今年の新規事業、4回シリーズである。
共通テーマは「新分野に挑むチャレンジャーに学ぶ」
第1回目は、講師(海の手配師)「石垣幸二」さん、
演題は「世界一のフライヤーになる」。
世界の160を超える水族館へ生体を納入している彼は、
世界中の水族館から、最も信頼される人物の1人である。
その彼が、自分の人生を変えたと言い切った台詞が
「お前は、何年その仕事をやっていくんだ」。
彼が尊敬している人の叱咤激励でもあったようだ。
この世界で生きていくつもりなら、(仕事としていくつもりなら)
都合のいいデータばかり、顧客に流していてはいけない、
自分にとって不利なデータでも、相手のことを考えて、公表する。
それが最後には「信頼」という言葉になって、戻ってくることを
彼に伝えたかったのだと思う。
「情報大陸」や「ガイヤの夜明け」「ワールドニュースライン」等、
人気のTV番組にも出演している彼は、男の私からみても、
魅力的な人物であった。
彼のプロデュースで作られる「沼津港深海水族館」をはじめ
「シーラカンス・ミュージアム」、12/10オープンが楽しみである。



2011年10月28日(金)
「決断すること」「責任をとること」の二つしかない

書籍「陽気なギャングが地球を回す」
(伊坂幸太郎著・祥伝社刊・259頁)から。
「人の上に立つ人間に必要な仕事は」と書かれた後に、
「『決断すること』『責任をとること』の二つしかない」。
これは、なるほど・・のフレーズであった。
上に立つと、あれもこれも・・といろいろしたくなる。
しかし、それは間違いであるのかもしれない。
部下が求めているのは「決断」「責任」であるのだから。
もう1つ、仕事のヒントになるフレーズとして
「登山道と同じで全貌が全く見えない」が気になった。
「頂上に立った者からしか把握できないような道に
意味はないだろうが。
登る途中の人間でも見渡せるような道を作ってくれ」
管理者は、上から全体を眺めているから、全貌が見えるが
部下にも、全貌がわかるような指示を出してくれ、
そんな意味に解釈すると、わかりやすい。
自分の仕事の位置づけ(役割)がわからず、働いていると
疲れは倍加することを、思い出したから、
さっそく明日からの仕事に活かしたいと思う。



2011年10月27日(木)
人間の最大の欠点の一つは「分をわきまえないこと」だよ

映画「陽気なギャングが地球を回す」(前田哲監督)から。
大好きな作家・伊坂幸太郎さん原作を映画化したコメディ。
当然、原作も読んで、沢山メモしてあるけれど、
映画と書籍と比較して、共通したフレーズを選んでみた。
「人間の最大の欠点の一つは『分をわきまえないこと』だよ」
そのあと「動物はそんなことがないからね」と続くシーン。
それ以外は、驚くほど共通した台詞が少なかった。
だからこそ、原作者の伊坂さんが作品を通じて伝えたかったことは、
これかな?と思ってみたりして・・。
実は、小説の方は、もう少し続く。
「動物は強者に従うけど、人間は強そうな人に従うだけなんだ。
絶対的な強さなんて分からないからね。」と。
意外と、人間と動物の違いが表現されている気がした。
(まぁ、人間も動物なんですが・・(汗))
いつから、人間はこんなになってしまったのか?という疑問が、
表現を変えて、何度も投げ掛けられている。
映画に書き出された「犬に噛みつかれても犬を噛むな」の文字、
この感覚が、私は大好きである。



2011年10月26日(水)
一男去って次男、三男

何の時の話だったのか、もう忘れたが、
苦労してやっと解決したというのに、また違う難題が。
そんな時、この台詞を使ったら面白いのにね、と
先輩から教えてもらった台詞。
こんなことは、理屈なんていらない。
言葉遊びとして、覚えておけばいいのだから。
「一難(いちなん)去ってまた一難」とは、
一つの災難が過ぎてほっとする間もなく、また次の災難が起きること。
これでは、苦労が積み重なってきて、だんだん苦しくなるが、
なぜか「一男(一難)去って次男、三男」のフレーズは、
その難題を、笑いで吹き飛ばしてしまう勢いが感じられる。
「一男」を(いちなん)と読み、まちがっても「かずお」と読まないこと。
また「一男」ではなく「長男」でしょ、と指摘しないこと。
これだけ気をつけておけば、おやじギャグとしては使えるフレーズ。
さて、いつ使おうかなぁ。



2011年10月25日(火)
あっ、わかってる、わかってる、しっかりおやり。幸せにな

映画「秋刀魚の味」(小津安二郎監督)から。
今更、私がわざわざ書かなくても・・と思うくらい、
驚くほどの人たちが、この作品の感想をネット上に書いている。
そしてまた、全編を通して、一度も登場しないのに、
タイトルが「秋刀魚の味」だから、その推測も多くの人が・・。(笑)
一度、「秋刀魚の味」で検索して欲しい、本当にビックリするから。
さて、私は私の方法で・・とメモした台詞を振り返って眺めていたら、
ひとつ気付いたことがある。
1回の台詞が非常に短く、NGを出すような長い台詞は無いに等しい。
それが、ひとつのリズムとなって、画面の切り替えに繋がっている。
日常生活の家族の会話って、こんなもんだよなぁ、と感じた。
最近、1人の台詞が長くて、走り書きでメモをするのに苦労するが、
この作品は、そんなことは1度もなかった。
だから今回の「気になる一言」は、あえて長い台詞を選んでみた。
岩下志麻さん扮する娘が、結婚式を前に、父親役の笠智衆さんに、
お決まりの挨拶をするシーン。
「おとうさん・・」と口にした途端、その後の彼女の台詞を遮って
「あっ、わかってる、わかってる、しっかりおやり。幸せにな」。
これが、娘を嫁にやる父親の気持ちであり、
「長い間、お世話になりました」というフレーズは耳にしたくない、
父親の本音が伝わってきた。
ニュースになるようなことは何も起こらない、
どこにでもある日常生活なのに、こんな温かい胸を打つ作品になるのは
「魔法」を使っているとしか、言いようがない。
そう「オズの魔法使い」ではなく「小津は魔法使い」です。



2011年10月24日(月)
長寿のお祝いは数え年が基本

誕生日が、1934年(昭和9年)10月20日の皇后美智子様。
なんと、私の母の誕生日と5日しか違わない。
しかし、先日、私の失敗談として書いた年齢の数え方は、
今の日本では間違っていないということなのだろうか。
マスコミは、先日、皇后陛下の今年の誕生日を、大々的に報道し、
テレビ・新聞・ネットとも「喜寿」の大きな見出しがついている。
しかし、私が調べたところ「長寿のお祝いは数え年が基本」。
言い換えれば「昨年が、喜寿ではなかったのか?」という疑問が残った。
そんな単純なことを日本のマスコミが間違えないだろう、という考えと
もし間違いなら、誰かが指摘するだろう、という仮定が前提である。
ちなみに、天皇陛下は昨年の12月23日。
やはり今年と同じように「喜寿」の見出しが、溢れている。
いつから「長寿のお祝いは満年齢が基本」となったのだろう。
「還暦」だけは、満60歳(数え年で61歳)で正しいと思うけれど、
誰か、私に正しい考え方を教えて欲しい。



2011年10月23日(日)
最終戦代打逆転サヨナラ満塁首位打者当確ホームラン

今年のジャイアンツ戦、BSでのテレビ野球観戦が多かったが
昨晩も、貴重な一発をしっかり目に焼き付けた。
「最終戦代打逆転サヨナラ満塁首位打者当確ホームラン」
同僚の内海投手に最多勝をプレゼントし、
長野自身も首位打者をほぼ確実にした値千金の一打であった。
これ以上の一打はないだろうと記憶を遡ったが、
答えは私の日記、2004年09月28日(火)で見つけてしまった。
「代打・逆転・サヨナラ・満塁・優勝決定ホームラン」
2001年オリックス対近鉄(大阪ドーム)
9回裏3点リードで投手大久保、ランナー満塁、代打は北川。
このホームランで、近鉄はリーグ優勝をした、とある。
だから、この一打に次ぐ貴重な一発、と記しておきたい。
残念なことは、相手チームながら、ずっと応援し続けている
横浜ベイスターズ・ショート石川(清水町出身)の失策から
このチャンスが生まれてしまったこと。
喜んでいいのか、悲しんでいいのか、複雑な気持ちである。



2011年10月22日(土)
ヤコブ牧師 郵便ですよ〜

映画「ヤコブへの手紙」(クラウス・ハロ監督)から。
フィンランド映画らしい、静かな作品の中にも、
人間そのものにスポットを当てた作品として評価したい。
恩赦を受けて12年ぶりに刑務所を出所した女性が、
ヤコブ牧師と一緒に過ごす間に、少しずつ心を開いていく物語。
盲目の牧師宛に、毎日のように悩み相談や、
お祈りを依頼する手紙が届き、それにひとつずつ丁寧に返事を出す。
なぜか「手紙」の持つ意味に、心が震えるのを覚えた。
しかし、世界中から寄せられる、その手紙を
一番楽しみにしていたのは、ヤコブ牧師、本人であった。
手紙を受け取ることで、自分の存在価値を見いだし、
自分の使命のように生きがいを感じていた、とも言えそうだ。
郵便配達人の自転車の音にさえ、ワクワク感を感じ、
遠くから聞こえる「ヤコブ牧師 郵便ですよ〜」の掛け声に、
高齢で盲目である彼の生気がみなぎるのが、わかった。
今の時代の「携帯メールの着信音」に等しい気がする。
自分宛に、手紙・メールが届くのは、いつの世も嬉しいもの。
だからって、そう頻繁に届くはずがないのに、
一日に何度もメールを確認する人たちの気持ちが理解できた。
物語内の「ヤコブ牧師 郵便ですよ〜」って掛け声は、
「ユー・ガット・メール」と呟くメール着信音と同じだな、きっと。



2011年10月21日(金)
親の「喜寿」を祝えるのは、子どもの「喜び」

あと数日で、母が喜寿(77歳)を迎える。
当初の計画では、妹家族も含め伊豆の温泉に1泊、と予約もしたが、
愛犬・ダックスフントのジェイク(18歳)の体調が心配で・・を理由に、
急遽、食事会に変更した。
還暦(60歳)も、古稀(70歳)も「まだまだ元気だから」と
敢えてお祝いをしなかったが、今回は2人の孫も参加し、
人数は少ないながらも、楽しい宴となった。
「喜寿」とは「喜」の字の草体が「七十七」に見えるところから、
つけられた名称であり、もちろん、長寿を祝うお祝いであるが、
視点を変えると、親の長寿を喜ぶのは「子ども」であるのかもしれない。
自分の親が、苦労を重ねながらも、77歳まで生きたことを「喜ぶ」。
「親の『喜寿』を祝えるのは、子どもの『喜び』」を残したい。
2人の孫にプレゼントをもらい、満面の笑顔で写真に写る母の姿を見て
そんなことを感じた「母の喜寿」である。
帰宅後「喜寿」について調べたら、数え年77歳のこと。
えっ?、昨年「喜寿」だったと知り、ちょっぴり焦った。(汗)
まぁ、10月25日で満77歳だから、許してもらおうっと。