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| 2011年07月22日(金) ■ |
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| ごはん美味しかったし、お風呂はあったたかったし |
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映画「FLOWERS フラワーズ」(小泉徳宏監督)から。 日本を代表する女優たちが、それぞれの時代に沿って それぞれ悩みながら、一所懸命生きている姿を演じている。 その中で、どの時代の誰の生き方が良かった、といえば、 私は、素直に「広末涼子さん」演じる佳に一票を投じたい。 自分がこの世に生を受けるために、母親が命を落とした。 それは、彼女の中で、いつまでも引きずっていくことなのだが、 いつの時からか、それを喜びに変える術を覚えた。 平凡ながらも幸せな生活をおくる妹の佳を、 ピアニストになる夢が破れ、彼氏にも振られ、妊娠が発覚し、 心が折れそうな「鈴木京香さん」演じる姉の奏が呟く。 「桂ちゃんは何をしても楽しそうだなぁ」と。 それを受けて、妹がニコニコ顔で、素直に返す。 「楽しいよ〜。ごはん美味しかったし、お風呂はあったたかったし」 妹は、こんなことにも、幸せを感じることができるのか、と たぶん、驚いたに違いない。 布団に入り、むせび泣く姉を、大丈夫だよ、という気持ちを込めて 妹が、子守歌のようにさするシーン、思わず涙腺が緩んだ。 平凡とも思えることに「幸せ」を感じることは、 自分の生んだ子どもが小さい時に、母親なら誰でも体験しているはず。 「絵なんかすご〜く上手なんだよ、天才だと思う。 何でもないことでもね。この子がすると特別に見えるの、不思議だよね」 この時の気持ちを、いつまでも持ち続けられる女性が、増えて欲しい。 きっと、周りも幸せにする力がある、と思えたから。
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| 2011年07月21日(木) ■ |
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| つまをまつ・るすになにする・うたうたう |
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絵本「サカサかぞくの『だんながなんだ』」 (宮西達也作・ほるぷ出版刊)から。 回文だけを使って、涙と笑いの感動のラブストーリーを展開。 けさのさけ・だんながなんだ・るすをする・ つまをまつ・るすになにする・うたうたう 読んでいると、不思議とリズムまで生まれるから、楽しい回文。 普段頼りのないダンナが、最後は、大活躍するのだが、 「しかし・いがい・きせき・わたしまけましたわ・すきキス」 う〜ん、ハッピィエンドで、めでたしめでたし。 回文だけで作るストーリーには、ちょっと興味あり。 一生に一度は、私も挑戦してみたい。 ところで、回文は日本だけのものではない。(発祥は中国かも・・) 「ヨーロッパではパリンドロームpalindromeという。 “Madam, I'm Adam”のように、言語表現のきわめて特殊なもので、 言語遊戯的な要素が強い」とウィキペディアには書いてある。 いつの時代も、言葉遊びの好きな人たちがいることが嬉しかった。 最近、私の言葉遊びは「はめ文字」に移っている。
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| 2011年07月20日(水) ■ |
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| 会場を出た途端「でもねぇ〜」(笑) |
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講演「出会いを活かせば道は開ける」 (中村文昭氏・(有)クロフネカンパニー社長)から。 我が職場の職員研修として開催された、講演会。 彼の話は、何度も聴いて、その度にメモしているが、 それでもまた、メモが溢れた、あっと言う間の2時間。 今後も機会あるごとに、その一端を紹介していくつもり。 さて、気になる一言は、講演のラストに彼が呟いた台詞。 「会場を出た途端『でもねぇ〜』(笑)」 先ほどまで「でもね・・」は、出来ない言い訳を口にする (世の中の大半を占めている)「デモデモ星人」だから、 明日から(今から)「でも」は口にしない、と誓った人も、 会場を出た途端「でも」「やっぱり」「あの人だから」と会話し、 元の木阿弥に戻ってしまう人の多いことを指摘された。 私は、今回の講演で、彼が伝えたかったことの本心は、 実は、ここにあるのではないか、と考えている。 どんなにいい話を聴いても、その場で終わり。 メモをしたとしても、やはり、それでおしまい、が大多数。 研修成果は、そう簡単には出ないかもしれないけれど、 出来ない言い訳「でも思考」から、未来へ向かう「こそ思考」を 常に意識する職員が増えてくることを期待したい。 「出来ない理由の仲良しクラブ」は、解散しなくちゃなぁ。
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| 2011年07月19日(火) ■ |
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| 人間の個人差は非常に大きいので |
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講演「福島原発から見えてきた東海地震と浜岡原発」 (講師・広瀬隆氏・主催・ふじのくに浜岡原発を考える会)から。 「生命に関わっているので、真剣に聴いて下さい」 講師のこの一言で始まった。(汗) そして映し出された画像が、日光東照宮の見猿・言わ猿・聞か猿。 タイトルは「日本の報道」(汗) たぶん、日本の報道は大事なことは隠している、という例えだろうが、 ちょっと、無理があるな、と苦笑いした。 さて本題は、なるほど・・と思ったメッセージを冒頭だけ紹介。 実際は「人間の個人差は非常に大きいので、安全の基準値であれ、 (放射能値であれ)、ほとんど意味がない。数値は、ほとんど目安」 数値は、安全・危険を判断する意味で多用されるが、 確かに、どんな人間を想定した基準値なのか、定かではない。 年齢、体格、性別など、同じ日本人でも、個人差は大きいのに、 誰にでも適用する基準値って、あるのだろうか、 じっくり考えると、確かに不思議な数字である。 「福島の子どもをなぜ疎開させないんだ」という講師の叫びには、 妙に説得力があり、自分の認識の甘さを痛感した。 現実を伝えると、日本全土がパニックになるから、発表しない。 情報があるのに、その信憑性まで怪しいとなれば、 何を信じればいいのだろうか、ますます判らなくなってしまった。
PS. 見猿・言わ猿・聞か猿は、目・口・耳をふさぐ猿は幼年期の猿で、 子供のころは悪い事を見たり・言ったり・聞いたりしないで、 素直なままに育ちなさい。という教育論の意味が込められている。
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| 2011年07月18日(月) ■ |
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| 泣かない、なでしこ |
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今日は朝から、女子サッカーW杯、なでしこジャパン優勝の 話題で持ちきりだった。 たぶん、男子の時と同様に、国民の多くが「にわか評論家」と化し、 それぞれの解説が、個人のブログ中心に書き込まれると思う。 私としては、誰がどんな視点で、この優勝を解説するのか、興味深い。 私もいくつかフレーズとしてメモしたので、ご紹介。 「チームの特徴は、多様性」 今回のチームの特徴は、年齢も経験も、いろいろな意味でバラバラ。 同じような選手ばかりでは、ここまで出来なかっただろう、という解説。 これって、仕事でも言えるんだよなぁ、とメモをした。 「泣かない、なでしこ」 優勝してからの選手インタビュー、満面の笑顔で誰も泣いていない。 感動して泣きじゃくると思っていた私の方が、恥ずかしかった。 男子の方が、すぐ泣く・・という解説。これまた、納得。 喜びを、笑顔で表現する女子らしい。 「人生で初めてのレッドカードです」 試合終了間際の、岩清水さんのレッドカードに対して、本人の弁。 あそこで私が止めなければ・・という想いが伝わって胸が熱くなった。 こんなことをメモしながら、ネットで調べていたら、 「ビジョナデシコ」(美女撫子、英 Sweet William)とぶつかった。(汗) 別名ヒゲナデシコ、アメリカナデシコとも呼ばれ、 ナデシコが日本だけの花でないことを思い出し、ひとりで苦笑い。 久しぶりに、日本が喜びに沸いた1日となった。
PS. 私が「撫子」で思い出すのは、さだまさしさんの歌「追伸」の出だし、 「撫子の花が咲きました、芙蓉の花は枯れたけど・・」 そして、最後に「私、髪を切りました」と続く歌詞。 澤さんが、髪の毛を切ったら、このネタ、使おうっと、(笑)
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| 2011年07月17日(日) ■ |
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| 問題を起こすより、解決した方が楽しいのに |
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映画「ミツバチの羽音と地球の回転」(鎌仲ひとみ監督)から。 この映画、私は映画館でなく、自主上映の作品として、 図書館の視聴覚室で観ることになった。 山口県祝島とスウェーデンを舞台にした、ドキュメンタリー。 もちろんテーマは「持続可能なエネルギー」だけど、 タイトルが飛躍し過ぎて、なかなか判りにくい一面があり残念だ。 さて、気になる一言は、原発開発計画への反対運動をしている若者が ぼそっと、淋しそうに呟いた台詞を記憶に残したい。 「問題を起こすより、解決した方が楽しいのに。 どうしてみんな、やらないんだ。僕はそれと戦っている」 ここに、彼の苦悩をみた気がしたからだ。 全国の多くの国民が、エネルギー問題を解決しよう考えているのに、 なぜか、スウェーデンのように国を挙げて・・の動きにならない。 そのもどかしさで、次第に疲れが溜まっている様子が窺えた。 旅費から食事まで、全てボランティアで生活が苦しくなるに違いない。 自分たちが、抗議行動に参加できないのであれば、 全国で、私たちの代わりに、必死で抗議している行為に対して、 活動費などという名目で支援していくのも、 私たちが出来る支援のひとつかもしれない、と思いながら会場を後にした。
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| 2011年07月16日(土) ■ |
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| 原発や資源エネルギーを考え続けた1日 |
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午前中、沼津市図書館(視聴覚室)で自主上映された 「ミツバチの羽音と地球の回転」を観て、 午後から、清水町地域交流センターで開催された 講演会「福島原発から見えてきた東海地震と浜岡原発」。 どちらも、私の心を揺さぶる刺激的な内容であり、 何か行動をしなくては・・という想いの人たちに囲まれた。 テレビや新聞などのマスコミ報道に惑わされず、 自分の目や耳で、その実態を確認しながら、 その問題を判断していく癖がついてきた。 午前も午後も、会場はほぼ満員で私を驚かせたが、 さてこの動きが、どう波紋を広げて、大きな力となるか、 これまた私の好奇心をくすぐることになりそうだ。 私は私なりの生活の中で、資源エネルギーについて考えながら、 こういった活動している人たちを、 いろいろな場面で紹介しながら、協力していこうと思う。 行政の役割とは何か?民の役割とは何か? 今日のような映画や講演でヒントをいただきながら、 少しずつわかってきた気がする。乞うご期待。(汗)
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| 2011年07月15日(金) ■ |
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| 新聞投稿は、不平不満の吐き捨て場ではない、何か提案を |
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久しぶりに、私の独り言である。 先日、地元新聞に投稿をし、久しぶりに、自分の名前を見つけて、 ちょっと、照れてしまったのは、私だけの感覚かな。(笑) 実は、最近、新聞投稿欄を眺めていると、 過激な発言や、不平不満の吐き捨て場となりつつあり、 そんなことは、自分のブログにでも書いてくれよ、と 叫びたくなることが多い。 高齢者は、ブログなんてないかもしれないが、 名指しで特定の行政批判などが掲載されると、 そんな内容は、わざわざ新聞投稿などせず、 直接、行政窓口で伝えて下さいよ、という気持ちになる。 私が考えるには、新聞投稿欄は、読者の視点に立ち、 なにか社会に対して、提案がなければ、いけないと思う。 こんな考え方、こんな感じ方をしてはどうだろう、 そんな表現でも、立派な提案型の投稿になるはずなので、 社会に対して、私はここが許せない・・というだけではなく、 だから、こうしたらどうだろう、という内容を期待したい。
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| 2011年07月14日(木) ■ |
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| 自分の存在が、何かの役に立っていますか? |
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書籍「富士山が教えてくれた幸運の法則」 (ロッキー田中著・ランダムハウス講談社刊・187頁)から。 富士山の魅力に惹かれ、写真家として活躍している彼は、 「ときめきの富士」と題し、一生のうちに、99作の富士山を 発表することを明言し、実行し続けている。 その作品1つ1つが、山岳カメラマンの撮影する富士山とは違う姿で、 私たちを癒してくれる。 そんな彼が伝えたいメッセージは、(文中から推察すると、きっと) 「何かになりたいというのは『過程』でしかなくて、 『夢』とは関わる人に喜びを提供できる人間になることではないか」。 もっと簡単に言えば「自分の存在が、何かの役に立っていますか? 誰かを幸福にしていますか?」になる気がしている。 自分がこの世に生を受けて生きている限り、 何かの役に立っていたり、誰かを幸せにしていると願いたい。 それは、どんなことでもいい、ほんの些細なことでもいい。 人に自慢できるようなことでなくてもいい。 自分が何かの役に立っていると感じられることこそ、 その人の生き甲斐・生きた証しとなるに違いない。
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| 2011年07月13日(水) ■ |
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| 前途茫々(ぜんとぼうぼう) |
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映画「人間失格」(荒戸源次郎監督)から。 ストーリーとは、まったく関係ないことが気になることもある。 今回は、会話の中に「ぜんとぼうぼうさ」という単語があり、 気になって、慌ててメモした。 ネットで調べてみると「ぼうぼう」は「茫々」と書き、 意味は「広大なさま。広々としたさま。遠いさま。はてしないさま。 盛なさま。明かでないさま。目のはっきりせぬさま。」といろいろ。 また、違う辞書には 「広々としてはるかなさま。「―とした大海原」「―たる砂漠」 ぼんやりかすんではっきりしないさま。「―たる記憶」 草・髪などが伸びて乱れているさま。「髪の毛を―とさせる」 波や風の音が激しいさま」とやはり、多くの意味が・・。 私は「前途」と言えば「洋々」が続くものだとばかり思っていたので、 「前途洋々」ならぬ「前途茫々」が、やけに私の記憶に残った。 物語としては「将来が全く見えない絶望に近い窮境」という場面で 使われていたように思うが、違うだろうか。 太宰治独特の暗い作品だったにも関わらず、気になる台詞は多かった。 しかし、もう一度観るか?と訊ねられたら、う〜ん・・(汗) 私の場合「原作、太宰治派」より「原作、伊坂幸太郎派」だからなぁ。
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