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しもさんの「気になる一言」
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2011年07月11日(月)
いい展覧会になるかどうかは、スタッフ・主催者側の想い

30年に及ぶ私の公務員人生の中でも、指折りの企画となった
「牧野宗則木版画展」が、心地よい緊張に包まれたまま、
16日間の展示期間を終え、昨日、無事に閉幕した。
作品搬出の作業を手伝いながら、先生からいただいたメッセージを
振り返ってみると、多くの気付きがあった。
その中でも、特に印象に残っているのは、
著名人の展覧会などはもとより、すべてが初めての経験で、
失敗したらどうしよう、来場者が少なかったら申し訳ない・・
そんな不安だらけの私たちに向けて、先生が励ましてくれた台詞。
(細かくメモした訳ではないので、不十分ですが・・)
「いい展覧会になるかどうかは、展示する施設のレベルや、
どれだけお金をかけたかではないんですよ。
スタッフ・主催者側の想いこそが、一番大事なんです」と。
これには参った。そして「成功させたい」という想いだけで、
16日間、毎日毎日、版画を眺め続けた。
そして最終日、先生から、特別のご褒美をいただいた気がする。
「みなさんのおかげで、いい展覧会が出来ました。
気持ちよく、観てもらえる空間が出来たと思います。
これがきっかけとなって、良い作品展が出来れば私は嬉しいです」
この一言だけで、私は大満足である。
これを契機に「版画でまちづくり」を真剣に考えてみたい。



2011年07月10日(日)
図書館は、読んでもらいたい本を置く

講演「生涯学習とボランティア」
(講師・鈴木眞理氏(青山学院大学教授))から。
テンポが良く、ジョークを交えた講演内容は、
日頃、睡魔との闘いになるはずの午後にもかかわらず、
あっという間の1時間だった。
最近、社会教育施設の存在価値を見直さなければ・・と
真剣に考えていたところなので、とても参考になった。
それを端的に表現したのが「本屋と図書館の本質的な違い」
言い換えれば「民間施設と公共施設」の違いである。
「本屋は、みんなが読みたい本、売れる本を置く。
図書館は、読んでもらいたい本、感動してもらいたい本を置く」
この説明で、私の考えは間違いなかった、と再確認できた。
図書館に限らず、公民館や地域交流センター、体育施設も、
同じことが言える。
民間では、どんなに素晴らしい内容でも、採算が取れなければ、
開催しないテーマ・講座・教室を、公共が隙間を埋める。
住民のニーズを把握することも大切だと思うが、
公共がビジョンを持ち、住民に提案していく形は、私の理想だ。
評価は、蔵書の数、講座教室の数ではない。
これを知って欲しいという、職員の意識の高さが求められている。



2011年07月09日(土)
自分の優しさが、作品の優しさを見つけ出すからなんです

明日で最終日を迎える「牧野宗則木版画展」、
この期間中、先生が、何度となく(土日に関係なく)
会場である清水町地域交流センターを訪れ、
私たち職員に対しても、丁寧に、そしてわかりやすく
「牧野版画のいろは」を説明してくださっている姿に、
私は、ただただ感謝するばかりであった。
その先生の人柄が、職員を成長させてくれた、と思うから。
そう言えば、先週の「ギャラリートーク」で先生は、
私たち聴講者に「作品の見方」を教えてくれた。
「この作品は、なぜか優しい感じがするなぁ、と思うのは、
自分の優しさが、作品の優しさを見つけ出すからなんです」と。
それは作品の大きさや、版の数、刷りの数、価格に関係なく、
自分の心の中に、大事なもの、大切なものを見つけた時、
良い作品に出会った、と言えるようだ。
さらに「飾りものは、心の中まで入らない」と言い切り
「良い作品に出会うと、人間が豊かになる」とまとめた。
16日間、毎日眺めた「牧野作品」は、私の心を豊かにしてくれた。
そしてまた、関わったスタッフの心まで・・。
残すところ、あと1日。1人でも多くの方に、伝えたい。
「あなたの優しさで、作品の優しさを見つけてください」って。



2011年07月08日(金)
織姫と彦星は「恋人」ではなくて「夫婦」です。

昨日の「気になる一言」の読者から、感想メール。
「細かいツッコミですけど」と前置きがあり、
「織姫と彦星は『恋人』ではなくて『夫婦』です。」
そうでした・・事前に何回も確認した七夕の話、
「わし座のα星・アルタイル、琴座のα星・ベガ」を
彦星・織姫にみたてて、理解していたつもりなんだけど・・。
これに対し、私の言い訳は、
「隣にいた、浴衣姿の彼女が、どうしても妻にはみえず、
これは、やばい関係だなぁ・・と1人で考えていたからかな。(笑)」
司会の幼稚園の先生も、子どもたちに
「彦星さんと織姫さんにとっては、大事な時間ですから、
早く二人にしてあげましょう・・」みたいなコメントしていたから、
てっきり、恋人同士・・と勘違いしました。(またまた言い訳)
それにしても、今朝の地元新聞に、
甚平姿の彦星さんと、浴衣姿の彼女がカラーで掲載されてしまった。
(うぁ・・恥ずかしい。)
頭の星飾りがなければ、単なるおじさん。(うっ、危ない)
やはり「星の国からの使者」で頼んでみようかな。
青い服を来た「サンタ」でもいいし。
それにしても、最近、ミスが多いなぁ、ごめんなさい。



2011年07月07日(木)
彦星役、初体験(笑)

今まで、何度となく、子どもたちのために
「豆まきの鬼役」、「クリスマスのサンタ役」をしてきた。
そして、その度に、逆に子どもたちに元気をもらってきたが、
今回は「七夕」にちなんで「彦星役」を頼まれた。
台詞は、ほとんどなく、星型の飾りを頭に付け、
ニコニコ立っているだけだから、よけいに辛い。
親子以上に離れている「織姫」相手に、夫婦(×恋人)を気取り、
願いが叶って、逢えました・・というのも照れるし。
まぁ、子どもたちが喜んでくれればそれだけでいいけど・・。
来年はもう少し、考えないとなぁ(来年もやる気でいる(汗))
希望は「星の国の使者」みたいな役柄で、サンタの夏バージョン、
お土産は、天の川からすくってきた、星形のお菓子(金平糖)。
(勝手に、脚本作っちゃおうかなぁ)
何はともあれ、私のコスプレ・レパートリーに
なぜか「甚平姿の彦星」が加わり、
老後の楽しみが、また1つ増えることになった。
来年は、絶対、自前の着物に角帯で、颯爽と登場しようっと。



2011年07月06日(水)
襲われたらやり返す。そんな勇気、犬にもあるわ

映画「トロイ」(ウォルフガング・ペーターゼン監督)から。
体力的に弱い立場の女性が、大男たちに襲われたが、
彼らに立ち向かっていく姿を見て、
主人公のブラッド・ピットが「勇気あるねぇ」と呟く。
それに答えて、彼女が言い返した。
「襲われたらやり返す。そんな勇気、犬にもあるわ」
言葉と発想が、私にウケたのでメモをした。
今、殴られても、またあとが怖いから抵抗しない、
そんな人たちが多いからだろうか、
「殴り返す」ことは「勇気」ある行為と表現された。
(ギリシャ神話が元ネタなので、時代背景が難しいけれど)
そんな勇気ある行為に、男たちが驚いていたら、
「そんなことが『勇気』というのなら、
犬だって『勇気』があるってことになる、
生きていて、襲われたらやり返すは、当然でしょ。」
そんな気持ちが、伝わってきた「一言」である。



2011年07月05日(火)
「片づけ」とは、過去に「片をつける」こと

書籍「人生がときめく片付けの魔法」
(近藤麻理恵著・サンマーク出版・270頁)から。
はっきりと定義があったわけではないが、
「思い出モノ」を処分できない自分にとって、
とってもスッキリとした考え方が、
「片づけ」とは、過去に「片をつける」こと、である。
けっして、忘れてしまう、ことではない。
自分の心の中で整理をし、いつもでも引きずらない。
それこそ「片をつける」ことになる気がしている。
辞書によると「片をつける(方を付ける)」とは
物事の決着をつける。始末をつける。こととある。
「手紙」「写真」「プレゼント」等は、
私が「捨てられないものベスト3」といっても過言ではないが、
思い出も自分の脳裏に焼き付けることが出来れば、
モノとして残しておく必要は、あまり感じられない。
著者からメッセージの1つとして記されていた
「片付けとは『モノを通して自分と対話する作業』である」
が、心に響いている。



2011年07月04日(月)
野球は「8-7」の試合を

ラジオから流れてきた、今年のプロ野球事情。
試合球に、通称「飛ばないボール」を使用し、
今年は、完全に「投高打低」の力関係が浮き彫り、
ゆえに、手に汗握る投手戦が繰り広げられている。
そんな内容だったと思うが、私は野球界に危機感を感じている。
番組内でも、誰かがコメントしていたが、
「投手戦」が好きなのは、私たちのように、余程の野球好きで
投手とバッターとの駆け引きなどを楽しみにしている人たちのみ。
ほとんどのファンは、打撃戦で、点の取り合う試合が好きなはず。
「1-0」より「8-7」の試合の方が、大声を出せて楽しいのだから。
となると、今回の「飛ばないボール採用」は、本末転倒。
試合時間は確かに短くなったけれど、スカッとした試合が減った。
これが、野球離れに拍車をかけている。
サッカーは、最近では「なでしこジャパン」の活躍もあって、
男女とも着実に人気を確保しているし、
ゴルフも、男女の若い世代が実力と人気で引っぱっている。
「1-0」のスコアは、サッカーに任せておいて、
野球は「8-7」の試合を見せて欲しい。



2011年07月03日(日)
北斎先生、残念でしたね、自分の思いのままに作れなくて

「木版画家・牧野宗則氏によるギャラリートーク」から。
清水町地域交流センターの展示当初から楽しみにしていた、
牧野先生本人によるギャラリートーク。
人柄とでもいうべきなのか、とてもホッとさせてくれた1時間。
(聴かなかった人、損したなぁ・・と本気で思っている。(笑))
さて、メモしまくりの私が、帰宅してから、
走り書きを整理したら、あることに気がついた。
たぶん先生も、無意識で気づいていないかもしれない。
それは、会話の中に「北斎」「広重」の名が、
何度となく登場することであった。
彼の頭の中には、常に日本を代表する、いや世界を代表する
「浮世絵」の作者「葛飾北斎」と「安藤(歌川)広重」がいる。
2人の作品に憧れて、この道(木版画家)を志し、
2人の技術を習得しながら、2人がなし得なかったことを
自分には出来る可能性がある、と信じて修行を積み、達成した。
その過程では、常に「北斎なら(広重なら)、どうするか」と考え、
「北斎は、こんな場合どう思うか」と自問自答を繰り返している。
今まで誰も出来なかった、絵師・彫り師・刷り師の3役を1人でこなし、
さらに、色の制限があった浮世絵の伝統を継承しつつ、
制限をなくした多色刷りで、作者本来の想いを表現したと言ってもいい。
それを先生の口から発せられたフレーズでメモを探したら、
「北斎先生、残念でしたね、自分の思いのままに作れなくて」となった。
弟子が師匠を超えた・・そんな言葉にも受け取れる。
生涯学習の仕事をし、牧野先生と出会えたことに心から感謝したい。



2011年07月02日(土)
便所の100Wは「無駄に明るい」の意味ですよ

昨日の気になる一言・・「便所の100ワット」
叱咤メール、御指摘メールが相次いだ。(汗)
「老婆心ながら・・」「しもさんにしては・・」と前置きされ
「ネットで調べなかったんですか?」とまで、とほほ。
そのほとんどが、便所の100Wは「無駄の代名詞」ではなく
「無駄に明るい」の意味ですよ、というもの。
すみません、私としたことが・・調べもせず。(汗)
普段なら、1度メモしておいて、必ずネットや辞書で調べる癖が
ついているはずなのに。(本当にすみません。反省しています)
「無駄に明るい」とは、空気が読めないと言うか、
ここは静かにする場面というところでも、
明るくはしゃいだりする人を指して「便所の100W」というらしい。
私が嬉しかったのは、読者の反応が早かったこと。
新聞の投稿では、そうはいかないものなぁ。
負け惜しみでなく、しっかり読んでくれているんなぁ、と感じたから、
2日連続の「便所の100W」ネタ。
これからも「叱咤・叱咤・叱咤・激励」をお待ちしています。