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しもさんの「気になる一言」
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2011年04月20日(水)
1度、国内の原発を全部止めてみればいい

誰もが「危険」だと気付いているのに、
それでも「原発」は必要だし、安全なんだ・・と言い切る、
専門家と言われる人たちの、その根拠が知りたい。
そもそも原発の専門家は、原発の研究をするのに、
原発のお世話になっているケースが多いはず。
だから、原発推進派の人たちが、何度もテレビ画面に登場し、
机上の空論となりつつある「原発は安全」を訴えている。
私には、そうとしか映らない。
今後も計画停電のシュミレーションをするのなら、
東電の原発を全部を止めたら、これだけの電力が不足します、
という情報があってもおかしくない、と思う。
そこで私の呟きを、気になる一言にしてみた。
(東電と言わず)「1度、国内の原発を全部止めてみればいい」
首都圏から遠く離れた地域から、送電線を通じて送られてくる
電力のロスだって、相当なものだと予測される。
本当に原発が安全なら、首都圏の電力をまかなう為に、
東京湾に原発を建設すればいい。
関東ローム層には原発は無理、と言わずに、
電力の自給自足(地産地消)も考えてみてはいかがか。



2011年04月19日(火)
慰労の送別会、結束の歓迎会

昨晩は、職場の人事異動に伴う「歓迎会」だった。
先月「送別会」をしたが、手間はかかっても
(私の祝儀が増えても)別々の方がいいな、と感じた。
慰労の意味と、結束の意味、とでも言おうか、
送別会と歓迎会は、目的が違うから、
一緒に行うのは、やっぱり、不自然である。
今回も、管理職として、メンバーの動きを眺めていたが、
それぞれの雰囲気が明らかに違う。
送別会は、1年間、ともに苦労してきた仲間との別れに対して、
打ち上げの意味で、大騒ぎをして送り出す。
歓迎会は、このメンバーで、多くの懸案問題を解決しながら、
1年間を乗り切っていく、という意味で、
その結束力を高めていく儀式として捉えている。
どちらも、幹事にお願いして、(職権乱用?)、生ビール厳禁。
男性も女性も、管理職も新人も、瓶ビール片手に、
お互い挨拶している光景は、私の大好きなシーンとなった。
今年も、このメンバーで頑張れそうだ。
厳しい中にも楽しい課の運営をしていきたい。



2011年04月18日(月)
心配が、いちばん毒ですから

映画「ディア・ドクター」(西川美和監督)から。
「僻地医療を題材に描いたヒューマンドラマ」という紹介に
ちょっと疑問符をつけたいが、なかなか考えさせられる作品だった。
医師の資格を持たない主人公、伊野(鶴瓶さん)が、
多くの村人たちの診断をしていたが、その中のアドバイス。
「心配が、いちばん毒ですから」
この一言だけで、多くの人の心配を安心に変える力があるようだ。
さっきまで元気のない村民が、ちょっぴり元気になって帰っていく。
信頼されればされるほど、医師免許の持たない伊野は、
いつばれるか、と心配が募っているようだった。
もしかしたら、村民に掛けていた「心配が、いちばん毒ですから」は、
自分自身に向けて発していた台詞だったのかもしれない。
資格を持たないからこそ、本物の医師以上に勉強したりもする。
あの屈託のない笑顔の影に、大きな悩みが見え隠れするからこそ、
それを見破っている数少ない人たちが、彼を支えていた。
さて、どれくらいの人たちが、知っていたのだろうか、
と観なおしたが、村人はみんな知っていたようにも感じるし、
おかしいなぁ、と疑ってはいたが、みんな信じていたとも思えるし・・。
とにかく、ラストシーンでホッとさせられた。
笑福亭鶴瓶さん主役作品の中で、私はこれが一番好きかもしれない。



2011年04月17日(日)
人間の最大の武器は習慣と信頼だ

映画「ゴールデン・スランバー」(中村義洋監督)から。
物語前半に交わされる会話。
「人間の最大の武器はなんだかわかるか?」
「さぁ・・」「習慣と信頼だ」
その意味が、話が進むにつれて、わかってくる。
そしてまた、途中で
「俺に残された武器は、人を信頼することだから」。
原作者の作家、伊坂幸太郎は何を言いたかったのか。
「信頼」していると思っている人に、どんどん裏切られ、
「信頼」というものを肌で実感して掴んでいく。
また、本人は意識していないからわからないが、
何十年も変わらない「食べ方」や「ボタンの押し方」。
これも、人間の大きな武器として、登場させている。
私の「読解力」では理解されない部分が、
もっともっと作品の中に、隠されているに違いない。
「黄金のまどろみ」と訳された「ゴールデン・スランバー」。
ビートルズの曲として紹介された、そのタイトルの意味もまた、
私にとっては、まだ読みきれていない。



2011年04月16日(土)
このコンサートに向けて練習していた帰りに・・

わが町自慢の「泉のまち音楽会」。今回は、チャリティコンサート。
「第266回、ピアノ・トリオコンサート」(ピアノ・明和史佳さん、
(ヴァイオリン・竹添みどりさん、村原実穂子さん)
東京音大卒業の3人の美女が、ステージに登場すると、
淡い色(クリーム、ビンク、ブルー)のドレスが、
会場全体に、暖かい春を運んで来てくれた気がした。
演奏者の語る「3.11」に対する想いは、やはり胸が締め付けられる。
「このコンサートに向けて練習していた帰りに、地震にあいまして」
と、約1ヶ月前を振り返りながら、静かに話し始め、
「こんなことをしていていいのだろうか、と悩みながらも、
自分たちに出来ることを・・と考えて、今日の日を迎えました」
と話す彼女たちは、とても輝いていた。
アンコール曲の「アヴェマリア(カッチーニ)」に、なぜか心が震えた。
実は「アヴェマリア」、ラテン語で直訳すると、
「こんにちは、マリア」や「おめでとう、マリア」を意味する言葉なのに、
どうして、こんなに悲しいんだろう、と私はいつも思う。
(本田美奈子。さんの透きとおった声とダブルからなんだろうな、きっと)
前後に開催された「復興支援チャリティコンサート」も含め、
多くの演奏者の方々が、演奏前に語る「被災地・被災者」への想いが、
いろいろ音となって表現されているな、と感じた。
私に出来ることは、こうして支援している人たちを紹介することかな。



2011年04月15日(金)
トランプでもジョーカーがいるから面白い

映画「交渉人 THE MOVIE タイムリミット 
高度10000mの頭脳戦」(松田秀知監督)から。
突っ込みどころ満載の作品だった。(笑)
まさか、素人・女性・腕に怪我・心臓の病を持った条件で
旅客機の着陸が出来るなんて考えてなかったから。
ストーリーとしては、予想外の展開に驚くシーンが続く。
場面設定をメモし忘れたが「えっ、どうして私の存在を?」と
呟く主人公に対して、ハイジャックの犯人がさらっと答える。
「トランプでもジョーカーがいるから面白い」
台詞と言うより、その発想が面白くメモをした。
正直なところ、今まで、トランプのジョーカーの役割なんて、
考えたことがなかったが、このフレーズで気付かされた気がする。
確かに、ジョーカーがないトランプゲームは、つまらない。
勝敗や結果が読めてしまうし、大ドンデン返しも期待できない。
手品のような時は、カード1枚としての役割しかもたないが、
ゲームとなると、ジョーカーが入るだけで、面白さが倍加する。
言い換えれば、平凡の中にも、
ちょっと刺激が必要ということか。
でも・・「ジョーカーは1枚でいい、何枚もいらない」
これが私の本音でもある。



2011年04月14日(木)
子供パワーを感じてから対処する

ある先生と、子供たちを「叱る」話になった。
同じ悪戯でも、子供たちの性格によって、
叱り方(強い口調だったり、諭したり)を変えるのかと思った。
ところが、私の意に反して、答えはタイミングらしい。
同じ子供でも、気持ちにムラがある。
だから、その時の子供パワーを感じてから対処するという。
パワーを感じない、元気のない時に、叱ると凹むだけ。
だから、今は叱っても平気だな、と子供のパワーを感じた時に、
タイミングよく叱ることが効果的と理解した。
これは、子供ばかりではない。
うちの職場でも同じことが言えそうだ。
悪いことをしたら、その場で叱らなければ意味がない、と
思っていた私にとって、ちょっと反省すべきことである。



2011年04月13日(水)
酔っ払った女性は大好きです

ラジオから流れてきて、思わず頷いたフレーズ。
たぶんインタビューした人は「NO」という答えを期待して
「酔っ払った女性をどう思いますか?」と訊いたようだが、
回答者は、軽やかに答えた。「酔っ払った女性は大好きです」。
正確には「酔える女性はいいなぁってこと」だと思う。
アルコールは飲めません、と完全に拒否するよりも、
少しでも飲んでくれて、白い肌が、全体にポッと桜色になり、
ほろ酔い気分に・・。(汗)
それが、私にはとっても嬉しいことなので、同感したのかも。
(勿論、体質的に飲めない人まで強要はしないけれど・・)
しかし、泥酔状態は?・・と訊かれれば、これは、微妙。(笑)
酒を飲むのはいいが、酒に飲まれるのは、男性・女性に限らず、
私は好きではない。
自分の飲める量をしっかり把握もせず、勢いだけで酔いつぶれる。
それは、大人のお酒の飲み方ではないと思っているから。
何度も同じ失敗を繰り返す人は、飲まない方がいいね、絶対。



2011年04月12日(火)
整理収納のエネルギー配分5:3:2

以前、お話を聞いた「整理収納」。
「収納の前に捨てられないんですが・・」と質問したら
「整理収納のエネルギー配分は捨てるのが5に対して
分けるが3で、収納が2の割合なんです」の答え。
なるほどなぁ・・と、納得がいく回答だった。
いつか使うだろう・・と考えず、捨てることができれば、
半分の整理収納が達成したこととなる。
逆に考えれば、捨てることに一番エネルギーが必要。
それを乗り切れば「分ける」「収納」は難しくなさそうだ。
捨てるものを選ばず、必要なものを選択する。
このルールに従って「捨てる」だけで、
物は、たぶん半分に片付くのだろう。
この比率を、いつも頭の隅に置いていきたい、と思う。
昔の写真などで、懐かしむ時間さえなければ、
出来るような気がするのだが・・。
あっ、もしかしたら人間関係も、同じ割合かもなぁ。



2011年04月11日(月)
バックします。(ガッツ石松)

映画「アヒルと鴨のコインロッカー」(中村義洋監督)から。
原作は、もちろん、伊坂幸太郎さん。
素敵な台詞もいっぱいあったのに、最後に選んだのは
「バックします。(ガッツ石松)」
ブータン人留学生ドルジに、日本語を教える河島。
その1コマだったけど、インパクトが強過ぎた。
「バックします。」を何回も口にしていると、
たしかに「ガッツ石松」に聞こえてしまう。(笑)
教えている河島の方が笑い出してしまうほど、面白い。
この作品を観てから、街中でこのフレーズが聞こえるたびに、
1人で「ガッツ石松」と言い換えてしまっている自分がいて、
どうしようもなく可笑しい。
作品の中では、どうでもいいような台詞だけど、
このフレーズを耳にするだけで、作品を思い出すのだから、
それはそれで、成功なのかもしれないな。
主人公「椎名」の名前を、ブータン人が覚える時も、
「しいな、しいな、おかしいな」と口にする。
これまた、耳から離れない。困ったものだ。

PS.
4月11日は「ガッツポーズの日」
1974年(昭和49年)のこの日、ボクシングの世界ライト級
タイトルマッチで、挑戦者のガッツ石松選手が逆転KO勝ちした。
このときの喜びのポーズが、「ガッツポーズ」と呼ばれ、
広まっていったことから生まれた記念日。