初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2011年04月10日(日)
津波が「第三の波」なのかもしれないな

久しぶりに、私の呟きである。
私が、愛読書として、時折、読み直している
書籍「第三の波」(アルビン・トフラー著」で、
「在宅勤務」の時代が訪れることを、予測している。
「The Third Wave(1980年)」を出版してから約30年。
それが、今、現実のものになろうとしている。
最近、ネットで見つけた記事だが、
「NTT在宅勤務支援、導入希望急増・・夏の停電で」。
これは、大きな産業革命へと繋がっていく予感がする。
郊外のゆったりとしたマイホームに住みながら、
パソコンを使い、在宅勤務を実現していく。
社員は、毎日の通勤ラッシュや、交通渋滞から解放され、
労働が家庭に移れば、エネルギーの必要量が減るばかりでなく、
エネルギーを分散させることにもなる。
今まで少数派だった生活形態が、計画停電をきっかけとして、
ぐっと現実味を帯びてきたとも言えないだろうか。
この震災によって、私たちの生活様式は一変しつつある。
それは、仕事中心の社会から、家庭中心の社会へ、と。
本当に、津波が「第三の波」なのかもしれないな。
神の与えた筋書きとは思いたくないが、
そのタイミングの良さに、私は驚きを隠せない。



2011年04月09日(土)
「開始」も突然ならば「打ち切り」も突然

政府と東京電力が「計画停電」の打ち切りを発表した。
需要と供給のバランスを考えて・・らしいのだが、
「開始」も突然ならば「打ち切り」も突然で、
私は、一抹の不安を感じている。
需要のシュミレーションの中に、震災後、1ヶ月間、
まるまる「停電状態」だった、公共施設の夜間貸出し分が、
入っていないのではないか?と。
文化センター、公民館、体育館、ナイター施設等、
公共施設のほとんどが、節電協力で、夜間し出しを不可にしてきた。
しかし「計画停電打ち切り」の報を聞いて、
施設使用(開放)を求める国民(町民)が、公共施設に詰め寄る光景は、
簡単に想像できる。
それに自治体が対応した時点で、電力需要は急増すると思う。
特に、スポーツの分野は、人間のストレス発散方法の1つなので、
早く身体を動かしたい、練習をしたい、という人が溢れている。
来週は、この対応で追われることが容易にわかるからこそ、
計画停電打ち切りについては、慎重に発表して欲しい。
現場は、またまた混乱が始まりそうだから。



2011年04月08日(金)
「情け」を上手に受けると、お互いの気持ちが楽になる

ある講演で「情けは人の為ならず」の話が飛びだした。
もっとも誤って使われやすいことわざの一つ。
最近では、雑学やテレビのクイズでよく出題されるから
「情けをかけると、その人のためにならない」の意ではないことは
多くの人が知ってきた。
「情けを人にかけておけば、めぐりめぐって自分に良い報いが来る。
人に親切にしておけば、必ずよい報いがある」
意味として・知識としては、確かにそうだろうが、
「結局は自分ため」という打算が生まれてはいないだろうか。
さて、電車やバスに乗っていて、若者が席を譲ってくれたとしよう。
そんな時、そんな高齢ではないから、という意味なのか、
「いや、けっこうですよ」と断ったりしているシーンを見かけるが、
たとえ本人はそう思っていても、勇気を振り絞って声を掛けてくれた
若者の情けを上手に受けてあげられる大人が増えて欲しいと願う。
だって「情け」を上手に受けると、お互い気持ちが楽になるから。
「情けは情けのためにやる」・・講師がぼそっと呟いた。なるほどなぁ。



2011年04月07日(木)
相手を通して自分個人の目標を何か達成しよう

確かめてなく申し訳ないが、今流行の「ニーチェの言葉」らしい。
「夫婦」について語ったようだ。
「相手を通して自分個人の目標を何か達成しよう」
注釈も含めて、正確には、もう少し長い。(ようだ)
「どちらも相手を通して自分個人の目標を
何か達成しようとするような夫婦関係はうまくいく。
例えば妻が夫によって有名になろうとし、
夫が妻を通して愛されようとするよう場合である。」
自分の力で、目標を達成するのではなく、
相手を通して目標を達成していく・・という視点が新鮮だった。
2人とも自立をして、お互い励ましあいながら・・という形が、
夫婦の理想だと、今まで思っていたから。
もしかしたら、自分だけでも出来るのかもしれないが、
そこを敢えて「夫は、妻を通して、自分個人の目標を何か達成し、
妻は、夫を通して、自分個人の目標を何か達成する」。
この関係、距離感が「夫婦」と言うものを深めていくに違いない。
そうか、妻にも、教えてやろうっと。



2011年04月06日(水)
「だいじょうぶ」は「大丈夫」とは違う気がする

「東日本大震災救援チャリティコンサート
―やさしさをありがとう―」から。 
高橋誠さんの世界の民族楽器演奏、
特に「インディアンフルート」の音色に心が癒された。
おかざわゆめこさんの「天使の着ぐるみ」の朗読、
これまた、温かくて、涙腺が緩み、言葉にならなかった。
最後は、AMAN瀬戸龍介さん&花世さん親子の歌。
特に、アンコール曲の「だいじょうぶのうた」は、
今でも耳に残って、私の心にしっかり刻まれた。
帰宅してから「だいじょうぶ」【大丈夫】の意味を調べてみたら、
「あぶなげがなく安心できるさま。強くてしっかりしているさま。
まちがいがなくて確かなさま。」
その瞬間、私の中に、違和感が広がった。
その時の気持ちを言葉にすると、
「『だいじょうぶ』と『大丈夫』は違う気がする」
音では同じ「ダイジョウブ」なんだけれど、彼らの歌から感じたのは、
たしかに平仮名の「だいじょうぶ」だった。
辞書に書かれているようには、はっきりと断定できないけれど、
「だいじょうぶだよ」と言われて、ホッとする感覚なのである。
今回の被災者に「もう、大丈夫だから」と言えないけれど
「もう、だいじょうぶだよ」とは言える気がする。
「そばにいるから安心していいよ」という意味なんだろうな、きっと。



2011年04月05日(火)
熟年夫婦が楽しめるまち

統一地方選挙が間近に迫り、候補者の公約を目にすることが増えた。
そのほとんどが「こどもや高齢者にやさしいまち」を掲げ、
「青少年健全育成」や「障害者支援」「安全安心」等が追随している。
それを悪いと言っているわけではない。
ただ、みんな同じようなことを目指していたら、
日本全国、同じようなまちが出来るんだなぁ・・と感じただけ。
例えば「(子育てが一段落した)熟年夫婦が楽しめるまち」なんて、
素敵だと思うのは、私たちがその世代だからだろうか。
「どちらか一方が50歳を超えていれば、夫婦割引」の映画館や
数や量はいらないから、ちょっとゆっくりできる小料理屋とか、
お昼に、妻が作ったお弁当を広げられる芝生公園・・など、
落ちついた感じのする「まちづくり」は、私の理想である。
多くの人が集い、賑やかな活気のあるまち、もいいけれど、
しっとりと静かなまち、に憧れる世代になったのかもしれないな。



2011年04月04日(月)
彼らも必死で熱をさげたいのです

ある方の日記から。タイトルは「原子炉を愛でつつむ」
「原発は人によって作られて、人のために、
なんと言われようと頑張ってきました。彼らにも意識があります。
愛と感謝の薔薇水でできた雪山を両手でそっとすくいあげ
原子炉を「ありがとう」とやさしく包みこみ
彼らが静かに冷えていくのを手伝ってあげましょう。
彼らも必死で熱をさげたいのです。
嫌って疎んでいたひとに愛をむけ、感謝でつながっていくときです」
こんな視点で、今回の原発問題を考えたことがなかった。
今までの便利な生活を支えてくれていた「原発」を、
今の私たちは「危険」と知った途端、邪魔者扱いをしてしまった。
もちろん、原発がなくても・・という考えはあるけれど、
それは、原発が静かに冷えて、熱を下げてからの話題にしたい。
今は、原発にも愛を・・与えるべきなのかもしれない。



2011年04月03日(日)
足りなかったら、またみんなで集めるから・・

「とにかく、早く被災者に分けてくれ」
これは紛れもなく、義援金に協力した人たちの叫びである。
最近気になる、何億円集まった・・ばかりの報道記事、
実は、私たち、そんな情報を耳にしたいのではない。
「とりあえず、皆さんからいただいた義援金を
1人、または1世帯に、10万円ずつ分けました」
そんな、大雑把でいいから、被災者に分けたという情報を
耳にしたいと思う。
その思いの裏には、きっと
「足りなかったら、またみんなで集めるから・・」がある。
こんな私たちの心の叫びは、伝わらないのだろうか。
目的は、義援金を集めることではない、使うことである。
こんな時ばかり「公平感」などを主張しなくてもいいから、
とにかく、必要なものを必要な人へ届けて欲しい。
「あと、いくら足りません」の方が、募金に力が入るのは、
私だけではないだろう。
普段はあまり使いたくない「あとはなんとかするから・・」、
今回ばかりは、前向きに使いたい。



2011年04月02日(土)
かたつむりのあゆみのように

映画「食堂かたつむり」(富永まい監督)から。
心因性失声症になってしまった倫子役は、女優・柴咲コウさん。
作品の中でも、ほとんど台詞はない。
しかし、なぜだか、彼女の表情に、いろいろな声が聴こえた。
特に「おいしかった・・」と言われた時の、彼女の幸せそうな顔は、
手垢のついた「嬉しい」「幸せ」では表現できないほどだ。
静かな映画だが、観終わって、こちらも幸せな気分になれる作品。
気になる一言は、彼女が開いた「食堂かたつむり」の意味。
たぶん、ほんの少ししか画面には出ない、看板に書かれた文字。
「おっぱい村のめぐみを、かたつむりのあゆみのように
ゆっくり時間をかけて、お届けしたいと思います。
ご希望をお聞かせください。」
1日1組のお客のために、どんな料理を作ったら幸せになるか、を
じっくり考えながら、料理を作ると言う意味なのだろう。
この作品、女性が観たら、また違った感想なんだろうな、と思うが、
料理を作っている時の女性(妻)って、美しいな・・って感じたのは、
きっと私が男だからだろうな。
料理って、不思議な力があるな、と実感した作品である。



2011年04月01日(金)
大切なのは、焦らないこと

映画「めがね」(荻上直子監督)から。
主役は「もたいまさこさん」と勘違いしてしまうほど、
そのキャラクターといい、素敵な台詞が溢れていた。
その彼女が、何度も口にする「氷、ありますよ」や
「おはようございます、朝です。今日もいい天気ですよ」は
不思議と、何度耳にしても、飽きることがなかった。
さて、そんな中でも「かき氷」に使う「小豆」を、
じっくりじっくりと煮込むシーンがある。
それを興味津々に、眺めようとした、主人公・タエコに、
南の島のペースに戸惑っていることを察し、こう呟く。
「大切なのは、焦らないこと」
そして「焦らなければ、そのうちきっと・・」と続け、
じっくり煮込んだ小豆を、微笑みながら手渡す。
せっかく、この島に来たというのに、なぜか、
人間関係に疲れ、焦っているようにみえたのだろうか、
このアドバイスは、彼女にとって、素敵なプレゼントだったはず。
スローライフとは、ゆっくり生きることではなく、丁寧に生きること、
そう感じさせてくれた作品である。