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しもさんの「気になる一言」
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2010年02月26日(金)
「人生」という文字から、4つの言葉を連想する

書籍「野村ノート」(野村克也著・小学館刊・218頁)から。
さすが、野村ノート、と唸るばかりだった。
メモは、当然のごとく溢れ、仕事にもプライベートでも
役に立つことばかり。
これからも何度か「気になる一言」に登場するだろう。
今回、選んだのは、冒頭に書かれている。
「人生」という文字から、私は4つの言葉を連想する。
「人として生まれる」(運命)
「人として生きる」(責任と使命)
「人を生かす」(仕事・チーム力)
「人を生む」(繁栄・育成・継続)
読む人の「立場」や「環境」などで、意味が違う「人生」、
彼らしい定義だと思ってメモをした。
改めて、辞書を引くと【人生/人世】
1 人がこの世で生きていくこと。また、その生活。
「第二の―を送る」「―を左右する出来事」「―経験」
2 人の、この世に生きている間。人の一生。生涯。
「芸術は長く―は短い」
[類語] (1)生(せい)・生活・日常・現世・生き方/
(2)生涯・一生・一代・終生・畢生(ひっせい)・ライフ
さて、あなたは「人生」をどう連想するだろうか。



2010年02月25日(木)
自分の心を乱さずに対応する力

平成22年2月22日「踏んだり蹴ったりだな」そう思った。
けれど、今は違う。これは「贈り物」だと思えてきた。
私に足りない「自分の心を乱さずに対応する力」を。
自分の日記で「試練」を検索してみると、2件がヒットした。
http://www4.diary.ne.jp/user/446618/
1997/12/30 神様は越えられない試練は与えない
2004/10/20 神様が日本に試練を与えているみたいだね
どちらも、同じようなことを言っている。
言葉として、なるほどなと感じ、一般論としてメモしたのだが、
それを一度、自分の心に入れ、咀嚼し、さらに体験により実感し、
自分の言葉として語るには、時間がかかったということだろう。
今後、どんな辛いことが重なっても、乗り越えられる気がするし、
他人に、自分の言葉として語れる気がしている。
我が家の床の間に飾られている「不動心」と書かれた掛け軸。
約25年前から、そこに掛けられているはずなのに、無関心だった。
しかし、今朝は妙に輝いて見える。
たぶん、表向きはなんら変わらないのだろうけれど、
何かわからないものが、51歳の私の心にストンと、落ちた気がする。
「神に、仏に、義母に、加害者に、そして仕事に」感謝したい。



2010年02月24日(水)
過失割合ゼロの事故こそ、保険屋さんが必要

義母が亡くなる12時間前、平成22年2月22日午前6時半頃。
容態が安定したと判断して、3日前に急遽駆けつけていた娘を
東京での仕事に戻すため、三島駅まで送る途中、
信号待ちで停車していたところを、猛スピードで追突された。
その衝撃は、ここでは表現できないくらいである。
ただし事故の詳細を書くつもりはない。
気になっているのは、加入している保険屋さんの役割である。
私の認識では、保険屋さんの仕事は、
「事故を起こした場合(巻き込まれた場合)の一切の交渉」。
しかし、現実は違う。
完全な被害者(停車中の場合など)、こちらの過失割合がゼロは、
交渉する必要がないため、仕事の範囲ではないようだ。
確かに、理屈はわかる。自分の支払いを少なくする交渉は
何度かお世話になってきたから。
だが、敢えて言うならば、過失割合ゼロのようなケースでも
保険屋さんは交渉をして欲しいと願う。
こちらは一方的に被害を受け、忙しい合間をぬって病院に通い、
心身ともにボロボロの状態なのだから。
逆に、過失割合ゼロの事故こそ、加入者の手間を一切煩わせない
完全な手続きや交渉が望まれる。
今回は、私の誤った認識を記録に残し、今後の糧としたい。
「過失割合ゼロの事故こそ、保険屋さんが必要」



2010年02月23日(火)
娘婿の私は、とてもお気に入りでしたよ

昨年11月から入院し、1度も退院する事なく、
忘れることのない、平成22年2月22日の夜、他界してしまった義母。
最後まで、意識はしっかりしていて、私が手を握ると
力を入れ返して、元気なところをみせようとした姿が懐かしい。
平日のほとんど毎日、私の昼休みの日課となっていた「病院通い」も
もうできなくなってしまったのか、と思うと、ちょっと淋しい。
寒い気温の中を自転車で通いながらも、もう少し温かくなってきたら、
ジョギングでもしながら、病院通いをしよう、と決めていたのに。
この日がいつかは来ることを恐れながらも、
妻と娘、そして実母の献身的な態度に、皆が社会人になり、
どうしても離れ離れになりやすい家族というものを
「義母の看病」を通して、気持ちが繋がったような気がする。
そう言う意味では、命をかけて「家族の大切さ」を気付かせてくれた。
口の中に酸素吸入の管が入りっぱなしで、さぞ辛かったに違いない。
しかし、私が「調子はどう?」と顔を覗くと、何事もなかったように
手を握り、満面の笑顔で迎えてくれた。(涙)
やはり、最後は「ありがとうございました」しか浮かばない。
大好きだった「ジャイアンツと大相撲とマラソン」を肴に、
ほとんど義母の分も私が食べてしまう「うな重」を出前してもらい、
「アイスクリーム」と「三ツ矢サイダー」でお口直しをし、
帰宅する時に、必ず頂くおみやげの「ヤクルト2本」のパターンを、
娘婿の私は、とてもお気に入りでしたよ、おかあさん。



2010年02月22日(月)
平成22年2月22日

朝から、ラジオやテレビで耳にした「2」が並ぶ珍しい日。
明日になれば、みんな忘れるんだろうけれど、
私にとっては、忘れることのできない日となった。
朝から深夜まで、いろいろなことがあり過ぎで
何から書けばいいのか、まとまりそうもない。
「平成22年2月22日」これも、私にとっては「気になる一言」。
ごめんなさい、今日は「ヤクルト」飲んで寝ます。



2010年02月21日(日)
それ(フリース)、どこで買ったんですか?

地元の大型ショッピングセンター内を歩いていたら
突然、若い男性に声を掛けられた。
「それ(フリース)、どこで買ったんですか?」
「えっ?」と振り返ると、
私が冬愛用のお気に入りフリースを指差している。
胸には「WHISTLER CANADA」と刺繍があり、
今回の冬季オリンピック限定グッズと勘違いしたようだ。
確かに、2007年夏、カナダへ行った時に、
英語を一所懸命、勉強した自分へのご褒美として、
今、オリンピック真っ最中の「WHISTLER(ウィスラー)」で、
ゴンドラに乗る前に、現地のショップで購入した。
寒い国の製品だからだろうか、軽いわりに予想外に暖かく、
翌年から、しつこいくらいに着ている一着である。
(日本とカナダでは、体のサイズが違うのだろう、
[Lサイズ」が、ちょっと大きいのが気になるが・・)
「すみません、現地で買ったものなので」と言いつつ、
ちょっぴり自慢の私がいた。ごめんなさい。(汗)
旬が過ぎたら、そろそろ春だし、部屋着に格下げかな。



2010年02月20日(土)
イギリスはコンシードですね

バンクーバー冬季五輪カーリング女子、日本代表が、英国と対戦し、
第9エンドに勝負を決めた瞬間、握手する両チームを見て
解説者が「イギリスはコンシードですね」と専門用語(笑)を口にした。
あまり耳にしない単語だったので、さっそく調べてみたが、
「concede」の意味は
〜を(真実・正当であると)認める, (〜であると)容認[是認]する
〈相手の勝利・自分の負けなどを〉(公式に確認される前に)認める。
なんと、ゴルフ用語として紹介されていた。
相手の次のストロークを免除すること。俗にいうOKボールのこと。
マッチプレーでは、ホールごとの勝敗を決めるだけだから、
相手のボールが明らかに次のストロークでホールインすると考えた場合、
「コンシード」することが認められている、とルールブックにある。
日本ではコンシードするときに「OK」と声をかけるので
「OKパット」などと呼ばれることが多い。
逆に明らかにストロークで相手を上回れないと分かった時点で
そのホールはギブアップとすることも出来る。
そういう意味では「イギリスはギブアップですね」の方が近い気がする。
ただ、コンシードは、相手に敬意を表す意味もあるらしい。
そういう意味では「イギリスはコンシードですね」なのかな。



2010年02月19日(金)
「雨水(うすい)」の前日は「大雪」だった

今日は、二十四節気の1つ「雨水(うすい)」。(冬至から60日?)
この日から「啓蟄」までの期間をさすという考えもあるらしい。
空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始めるころ。
それゆえ、この時節から寒さも峠を越え、衰退し始めると言われ、
昔から農耕の準備を始める目安とされてきた。
そんな「雨水」の前日は「雪」だった。それも原因は「暖冬」だとか。
三寒四温を繰り返し、ひと雨ごとに温かくなるはずなのに、
朝起きたら、久しぶりの「積雪」、
テレビでは雪景色の「バンクーバー・オリンピック」。(笑)
何年経っても思い出せるように、気になる一言。
「『雨水(うすい)』の前日は『大雪』だった」としてみた。
でも、七十二候では「土脉潤起」(つちのしょううるおいおこる)
「土が潤い起る」(雨が降って土が湿り気を含む)という意味がある。
文字を見るだけで、暖かくなってくるのは私だけだろうか。
七十二候は、2/24霞始めてたなびく(かすみはじめてたなびく)
3/01草木萌え動く(そうもく もえうごく)と続く。
なんだか春めいてきて、とても楽しみである。



2010年02月18日(木)
青年の身体が信念でよくならずに、どうするんだ

俳優・藤田まことさんが他界したニュースを受けた。
思い出したのは、2008.03.16に鑑賞した映画「明日への遺言」。
当時の気になる一言には
「『報復』ではありません。『処罰』であります」という
フレーズを紹介した。
今回は、当時のメモを引っ張りだし、彼の演技を思い出しながら、
「青年の身体が信念でよくならずに、どうするんだ」を選んだ。
どんな場面だったか、誰が口にした台詞だったか、
残念ながら思い出せないが、言葉としてインパクトがあった。
今で言えば、青年の身体は、
安全な食品をバランスよく30品食べることで良くなるのではない。
若者だからこそ「信念」で身体を良くしてみろ、というような台詞、
なるほどなぁ・・と思いながら、このフレーズを読み返した。
この言葉が使われた物語の舞台は、規律の厳しい終戦の頃だけど、
「現代」の私たちにも使えそうな台詞だし、
青年に限らず、壮年の私たちにも使える、とも感じていた。
いつの世でも「信念」をもって生きる事の大切さを教えていただいた。

PS.
「愛する人へ遺したいものがある」とサブタイトルのついた
藤田さん主演の映画「 明日への遺言」、是非、観て欲しい。
藤田まことさんのご冥福を祈ります。合掌。



2010年02月17日(水)
介護の3K(感動・きらめき・感謝)

読売新聞を読んでいてメモしたフレーズだったが、
誰の発言だったか、すみません、忘れてしまった。
ただ、印象に残っていたので、ご紹介。
今まで「介護の3K」と言えば、
「臭い・汚い・暗い」とか「きつい・汚い・危険」、
「キツイ・給与が安い・結婚できない」など、
マイナスイメージばかりが話題になるけれど、
本当は「感動・きらめき・感謝」の場になりえる。
これに「高給与」が加われば、文句なしだろう。
これからは、介護の職場だけでなく、どんな職場でも
「3K」(感動・きらめき・感謝)を目指していこう。
働くとは「他人から『ありがとう』を集めること」
やっぱり、これだな、働くということは・・・。
しかし、職業としての「介護」だけでなく、
身内の「介護」も、介護する人が介護される人に
「感謝」の気持ちが湧いてくる。
これが、人間の本能であろう、私としてはとても嬉しい。
できる限り、応援したいと思う。