
|
 |
| 2009年12月09日(水) ■ |
 |
| 今日をどう生きるかで日の沈む美しさが変わる |
 |
すみません、久しぶりに情報源、不明です。 実は、このフレーズには、対になるフレーズがある。 気になる一言の読者なら、大体想像できるかも・・。 正解は 「今日をどう生きるかで日の沈む美しさが変わる。 明日をどう夢みるかで日の昇る美しさが変わる。」でした。 素敵な言葉だと思ってメモをしたのは間違いない。 夕方、日の沈む光景を、どんな感じで観ることができるか、 充実した1日が過ごせれば、夕日は美しく感じられるだろう。 逆に、不平不満ばかりで過ごした後に見る夕日は、 美しく感じないばかりか、日が沈むことも気がつかないかも。 さて、朝日はどうだろう。 前の晩から、明日のことを夢見ていれば、 早朝眺める日が昇る光景は、清々しいものになるに違いない。 逆に、寝る前から明日のもやだなぁ・・と感じていれば、 翌朝の朝日は、美しく感じないはずだ。 これまた、日が昇る時間に起きていないのではないだろうか。 日が昇る光景、日が沈む光景、じっくり眺めてみよう。 美しいなぁ・・と感じられることを祈りたい。
|
| 2009年12月08日(火) ■ |
 |
| 坊や、私を捜しているの? |
 |
映画「この道は母へと続く」(アンドレイ・クラフチューク監督)から。 ロシア映画って感じが、全体に表現された作品だった。 作品の冒頭、ガス欠で車が立ち往生した時、 凍てつく外の風景をじっくり眺めるシーンがあり、 「ほら、まさにロシアって感じだ」と呟くシーンが 私の印象とダブり、違った意味で面白かった。 さて、気になる一言は、映画のラストシーン。 母を探すために孤児院を脱走したという少年の実話を基に 製作されたという映画だけに、どんな終わり方をするのか、 母親がどんな顔をするのか、とても興味があったが、 顔は出さず「坊や、私を捜しているの?」の台詞だけ。 (たぶん、私の聞き間違えでなければ、 病院で主人公を追っかけていた男を手当てしていた病院の看護婦が、 本当の母親である彼女だと思うのだが・・) その優しいイメージが、この台詞を引き立たせた。 このあと、思い切り抱きしめたことは、誰でも想像ができる。 「僕を孤児院に預けたの?捨てたの?」なんて、野暮な会話はいらない。 それほど、このフレーズは、インパクトがあった。 この言葉だけで、どんなに苦労して訪ねてきてくれたかを察し、 もう2度と離さないからね・・と泣きじゃくるシーンさえ浮かぶ。 「坊や、私を捜しているの?」声が震えていた気がする。 う〜ん、ロシアって感じの作品・・・観終わってもう一度、呟いた。
|
| 2009年12月07日(月) ■ |
 |
| 頑張らなくていいから、負けないでよ |
 |
義母の体調が思わしくなく、 このところ、昼休みに自転車で病院へ行って、顔をみて帰る、 仕事が終わってから、また様子をみに行く生活が続いている。 「大変だねぇ」という周りの言葉を受けながらも、 自分では、納得して動いているので、実は苦にならない。 しかし、いつも手を握って帰る時に、困ることがあった。 意識だけはしっかりしているから、苦しそうな義母に なんと声をかければいいのだろうか・・いつも迷っていた。 ところが、我が娘も働く時間を調整して、相模大野から駆けつけ、 時々、ベッドの横で、本を読んでいることがある。 そんな彼女が、今日、一緒に帰る時に、祖母に向かって呟いた台詞。 「頑張らなくていいから、負けないでよ」 なるほど・・・私の気持ちを上手く表現しているな、と思った。 いろいろな機械に繋がれている義母に「頑張ってよ」は、言えない。 しかし、少しでも励ましたい。そんな気持ちを伝えたかった。 そうなんだよ「頑張らなくていいから、負けないでよ」だな。 今日ばかりは、娘の表現力に驚いた父親である。
|
| 2009年12月06日(日) ■ |
 |
| 優勝スピーチで泣くのは、初めてです |
 |
明日は「男子ゴルフ 丸山茂、国内ツアー10年ぶりV」 「Vの丸山茂が男泣き・・最終日に今季自己ベストスコア」など、 新聞の見出しが楽しみである。 テレビ観戦していた私は、彼の優勝スピーチが気になっていた。 「99年のシーズンを終えアメリカに挑戦しに行きました。 挫折して、打ちのめされて、こちらに戻ってきましたけど、 なかなか立ち直れなくて・・・」とコメントした時、 思わず、言葉に詰まった。そして、いつもの笑顔で 「優勝スピーチで泣くのは、初めてです」と続けた時、 なぜか私も目頭が熱くなった。 今年、賞金王を争った、石川、池田という若い選手にとって、 自分の若い頃のジャンボ尾崎さんのようになりたい・・という想いが 伝わってきた。 特に「挫折して、打ちのめされて」の言葉は、重たかったなぁ。 それでも、丸ちゃんスマイルで、私たちを楽しませてくれた。 後輩の育成の視点をもった丸ちゃん、 来年は、彼らの壁となって、若い人たちの前に立ちはだかって欲しい。 それを乗り越えることが、彼らをもっと強くすることになるのだから。
PS.マスコミの皆さんへ。 「丸山茂」まで書くなら「丸山茂樹」って書いてください。(笑)
|
| 2009年12月05日(土) ■ |
 |
| 「今年の漢字」いくつ覚えているだろうか? |
 |
1995年〜2008年までの「今年の漢字」は以下の通り。 1995年「震」1996年「食」 1997年「倒」1998年「毒」 1999年「末」2000年「金」 2001年「戦」2002年「帰」 2003年「虎」2004年「災」 2005年「愛」2006年「命」 2007年「偽」2008年「変」 。 メモを整理しながら、師走に話題の「今年の漢字」を書き出してみた。 やはり、一字では思い出せない。 1995年、阪神淡路大震災の1年と、 2005年、天皇家に愛子様が誕生し、卓球の愛ちゃん、 スキーモーグルの愛ちゃん、が大活躍した年だけは、覚えているが、 あとは入れ替えたって、誰も気がつかないんじゃないだろうか。 (2003年、阪神優勝が1年を代表する漢字ではお粗末すぎるしね) 振り返ってみてもイメージとして「明るい漢字」が少ない。 それでも、続けるらしいね、「今年の漢字」。 やっぱり、わかりやすいのは「今年の熟語」だな。 1年を思い出すには「一字」では足りないこと・・ みんな気付いているはずなんだけどなぁ。
|
| 2009年12月04日(金) ■ |
 |
| 外国は、現地の方が感動する |
 |
ある研修会で「観光」に関する講演を聴いた。 「日本の観光パンフレットは、詐欺に近い」 こんな過激なフレーズさえ飛び出す話であったが、 なぜか納得しながらメモをした。 もちろん、観光地としては、汚い部分は見せたくない。 いいとこ取りの素敵な写真をパンフレットに配置し、 こんな景色が見られます・・と誘客するのだが、 実際、現地へいくと、ゴミが散乱していたり、 パンフレットに載っていた景色が、 危険を冒さないと観ることができなかったり、 立ち入り禁止で、観ることさえできない場所ばかり。 だから、ほとんどの観光地では、がっかりして帰る。 思い当たる観光地も多いはず。 しかし、外国の場合は違う。(らしい) 外国の観光地は、パンフレットより、現地。 そこでしかみられない景色が、観光客を感動させる。 だからこそ、何度も訪れることになるのだろう。 こんな視点で、富士山を眺めてみよう。 「パンフレットに掲載されている富士山」と、 「現地の登山道にゴミが溢れている富士山」。 気になる一言を、もう一度、読み直して欲しい。 「外国は、現地の方が感動する」
|
| 2009年12月03日(木) ■ |
 |
| 最近は、あれ、かぶってないのね |
 |
義母のお見舞いにきてくれた方が、 忙しそうに動き回る看護士を眺めながら、こう呟いた。 「最近は、あれ、かぶってないのね」 「あれ」とは「ナースキャップ」のことらしい。 そう言われてみれば・・数年前に廃止になったんだよなぁ。 洗濯しにくいとか、衛生面の問題からやめたと言うより、 ピンで留めていても落ちやすい・・なんて理由だった気がする。 新聞で「戴冠式」の記事を見たばかりだったので、 また、復活したのかと思ってたよ。(笑) キャップだけでなく、アダルトビデオではお馴染みのナース服も いつしか、白のパンタロンスーツみたいになっているし。(汗) そう言えば、先生もビックリするくらい若くなって、 サンダルとか、ジーパンで白衣を着ている先生もいる。 知らない間に、病院は様変わりしていたので、 記憶に残すために、選んでみた。「最近は、あれ、冠ってないのね」 「冠る」って「戴冠」の「冠」だったのか・・。
|
| 2009年12月02日(水) ■ |
 |
| 心が貧しい人が描いた富士山は、貧しい富士山になる |
 |
画家「横山大観」の台詞だといわれている。 多くの芸術家が、富士山を題材に、作品を残した。 絵画に留まらず、写真、彫刻、音楽、文芸など、 あらゆるジャンルに影響を及ぼす「富士山」は、 誰がどんな作品にしても、雄大で堂々とした存在、 これは動かしたい部分だと思っていた。 「富士山といえば横山大観」と言われるほどの作品を 数多く残した彼だからこそ言える、このフレーズは、 妙に私の心に引っかかった。 どんなに技術を持っていても、表現する人の心が貧しいと、 雄大な富士山は、表現が出来ない・・ということ。 それは、ひとりの人間の中でも、起こりうる。 気持ちが落ち込んでいる時は、雄大な富士山は描けない。 そんな意味にもとれるのではないか。 富士山を毎日眺めることができる私も、感じていたこと。 同じ富士山なのに、大きさが毎回違く感じる。
PS.今日他界した、 平山郁夫画伯の富士山作品は「輝く太陽と富士山」。 「富士山を世界遺産にする国民会議の副会長」でもあった。 ご冥福をお祈りします。合掌。
|
| 2009年12月01日(火) ■ |
 |
| 職場では「ホスピタル」、ネットでは「ホームページ」 |
 |
タイトルだけでは何のことかわからないかもしれないが、 インターネット上でホームページを開設している私としては、 迷うことなく「ホームページ」の略、と考える「HP」。 しかし、職場で頻繁に使用される「HP」(英字2文字)は、 「ホスピタル」の略だった。(笑) まぁ「病院」の略と考えていいだろう。 どうも「病院」=「ホスピタル」がうまくイメージできず、 「○○HP」・・・の文字を見つけては、 「○○のホームページか」と勘違いしていた。 「クリニック」は「CL」らしい・・ 今は、いろんな略語が使われるが、 ケース・バス・ケースで、意味が違うことを念頭に、 読み替えていこう、と思う。 あなたの職場の、面白略語、あったら紹介して。
|
| 2009年11月30日(月) ■ |
 |
| 作品と対話する |
 |
沼津美術研究所3FのSpace 52で「ナガクボケンジ展 "For One Minute"感覚のための台座に-」が開催されている。 作家は、中学の同級生なので、久しぶりに会話でもしながら・・と 立ち寄ったが、意外な体験をすることとなった。 彼との会話よりも、作品との対話時間の方が長かったのである。 今までの私の鑑賞の仕方は、 作家はこの作品で、何を訴えているのだろうか、 私たちに、どんなことを伝えようとしているのか・・など、 作家の意図を、作品の中に読み取ろうとしていたのだが、 実は、鑑賞している私が、作品から何かを感じればいいらしい。 1つの作品の前に、何もしゃべらず、何十分も座って眺めていると、 いろいろなことが思い浮かんでは消え、とても楽しい時間となった。 頭の中が、スッキリした・・というのが、率直な感想である。 こんな体験は、生まれて初めてであった。 完成品を求めず、未完成のまま、観る人に提示することも、 作家としての面白さであるようだ。 この作品を通して、何かを感じてくれればそれでいい・・ そんな気持ちを、文字にしたら「作品と対話する」となった。 この域に達したら、もっと芸術が面白くなる。
|
|