初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2009年06月11日(木)
美人でしょ?腰もきっとしまっていて

映画「パンダフルライフ」(毛利匡監督)から。
単純に、パンダの暮らしを紹介するドキュメンタリー映画。
ナレーター役の女優・管野美穂さんの声も画像に合っていた。
パンダの子育ての様子は、ほとんど知らなかったので、
とても興味深く見ることができた。
今回の一言は、中国の四川省にある「成都大熊猫繁育研究基地」
(パンダを絶滅から救おうとしている施設)に働く飼育係の言葉。
思わず「クス」っと笑ってしまい、メモしてしまった。
どうみても「(垂れ目で)美人ではない」し、
上半身と下半身の境なんてわからないのに、まじめな顔して
撮影クルーに向かって呟いた「腰もきっとしまっていて」は、
彼にとっては、パンダは本当に可愛いんだな、と感じさせた。
映画によると、パンダは、氷河期に食べ物がなく、
肉食動物から草食動物へ進化していったようだ。
作品のキャッチコピー
「毎日に疲れたら、有休とってパンダしよう」を目にして、
「ゆっくり流れる平和な時間を過ごそう」と読み替えてみた。
パンダだけは、なぜか今でも、あのしぐさを見ると
誰か人間が入っているに違いない、と思ってしまう動物である。



2009年06月10日(水)
六月は「五月雨」の季節

昨年、読み続けた書籍「日本の歳時記」を、
今年は、季節に合わせて、また丁寧に読み直している。
今回は、6月10日〜16日の回。
「五月雨」(さみだれ)とは、梅雨入りしてからの長雨のこと。
「五月晴れ」(さつきばれ)とは、梅雨の合間の快晴のこと。
旧暦だから、1カ月ズレは、理解できているつもりだが
入梅前か、梅雨入り後かは理解していなかった。
まだ梅雨に入っていないのに
「五月雨」とか「五月晴れ」という言葉を使うと間違いとなる。
六月なのに五月だって・・と笑われるなら、
陰暦と陽暦の違いも知らないのかと、こちらが優越感に浸れるが、
梅雨に入る前に開催してしまう各地区・学校の運動会で、
「今日は梅雨入り前の五月晴れの晴天で・・」と
知ったかぶりの挨拶をすると、とんだ恥をかくことになるのか。
まぁ、最近は「五月」を「さつき」と読むことも知らないかも・・。
そんなことを書いていたら、東海地方、梅雨入りだって。(笑)
陰暦では立春から127日が梅雨入りとされていたらしいから、
ほとんど正確だな、今年は。



2009年06月09日(火)
陣痛見舞い

映画「BABY BABY BABY! ベイビィ ベイビィ ベイビィ!」
(両沢和幸監督)から。
女優・観月ありささん演じる、佐々木陽子さんの友だちが、
出産間近の彼女に、手土産片手に様子を見に来たシーン。
「心配だから、陣中見舞いに来た」と呟くのだが、
私には「陣痛見舞い」と聞こえて、メモをしてしまった。(笑)
この映画のラストシーンを思い出す言葉としても、気になる一言。
男性から女性へ、敬意を表して「陣痛見舞い申し上げます」。
観客は、私以外、すべて若い女性陣ばかりだったので、
ちょっと気恥ずかしさはあったが、なかなか面白い映画だった。
最後は、スクリーンの中の女優陣と一緒に、いきんでしまった。(汗)
実は、この映画をどんな世代の人たちが観るのか、
子育て総合支援センター所長として、興味半分で望んだが、
途中から、そんなことは関係なく、楽しませていただいた映画。
政府の掲げる少子化対策もいいけれど、
痛快コメディ映画の中にも、その要素は隠されている気がした。
これから、初めて父親、母親になる、通称「プレパパ・プレママ」
と呼ばれる世代に、是非、この映画を観る機会を与えて欲しい。
(料金タダ、にしてあげてもいいから、観て欲しいと思うくらい)
男性にとって「妊娠」は手伝えても、
「出産」は、女性にしか出来ないお仕事・・と改めて実感した。
25年前、分娩室の外で聴いた我が子の産声を思い出しながら・・。

PS.
もう1つ、気になったおまけ。タイトルの「!」マーク。
どうして、3つ目だけにつくんだろう・・う〜ん、気になる。



2009年06月08日(月)
重力に逆らわない球が、持ち球

先日、職場の後輩たちに誘われ、野球を楽しんだ。
野球をしたと言うより、楽しんだ・・の表現が相応しい。
どちらかというと、彼らに遊んでもらった・・という感覚に近い。
たしかに40代は、気持ちはいっているのに、体がついていかず、
こんなはずではない・・と辛い思いをするものであるが、
50歳をすぎると、そんなことも自分の心の中で納得・昇華済み。
珍プレーも、また楽し・・という感覚になるから不思議だ。
個人的に言えば、毎日、昼食後、職場の後輩相手に、
キャッチボールを開始し、心地よい汗をかいている自分が嬉しい。
相手の胸に、ビシッとしたボールが投げられた時の快感は、
51歳でもまだまだ・・と思わせてくれる。
(相手の捕り方が上手く、大きな音を立ててくれているのだが(笑))
もう、プレーは無理だと思っていたが、怪我に注意しながら、
足手まといにならない程度に動けば、、まだまだ楽しめる。
久しぶりのピッチャー、ホームベースまであんなに遠かったかなぁ。
球が遅過ぎて待ちきれない・・とは、三振を喫した後輩たちの弁。
重力に逆らわない球が、持ち球だから・・。(笑)



2009年06月07日(日)
「昔は速かったね」と「昔から速かったね」

汗ばむほどの晴天の中、地元の区民体育大会に顔を出した。
参加したのは、玉入れとか、大玉転がしなどの軽い種目だが、
やはり気になるのは、メイン種目の「年齢別リレー」。
40年以上前(笑)に記憶を遡ると、小学校1年から中学3年までは
町民体育大会でも必ず走った「年齢別リレー」だからかもしれない。
自分でも、不思議なくらい「リレー」が好きだった。(笑)
そんな私を覚えていてくれたのは、同級生とその前後の学年くらい。
私を見つけ近寄ってきて「昔は速かったね」と口にした。
「そうなんだよ、過去の栄光を知っている人はほとんどいないね」と
笑いながら、本当は「昔から速かったね」と言われたかったな。
「昔は・・」は過去形、「昔から・・」は、現在進行形だから。
「昔も速かったけれど、今も速いね」の台詞を言われる人は、
ずっと努力をしてきた証拠だし、嬉しいに違いない。
今の私に「昔から速かったね」という人は見つからない。(汗)
私のスポーツ能力は、何度か味わったぎっくり腰で弱気になった。
そして、今では「無理」をせず「楽しむ」ことに変わっている。
帰り際、誰もみていないところで、バトンパスの仕草をしたら、
忘れかけていた、リレーの緊張感が蘇ってきたのには驚いた。
長くゆっくりと走るジョギングもいいけれど、
時には100メートルの全力ダッシュもいいな、と思った日曜日である。



2009年06月06日(土)
レイプ、グレープ、ファンタグレープ

映画「重力ピエロ」( 森淳一監督)から。
原作が伊坂幸太郎著「重力ピエロ」とあって、楽しみにしていた。
しかし結果は、厳しいようだけれど「撃沈」。
やはり、伊坂作品を映画化するのは、難しいことを知った。
昨年映画化された「死神の精度」が良かったので期待したのだが・・。
理由は、事前に原作を読んでいたからだと思う。
あまりにも、省略された部分が多過ぎて、その面白みを失った気がする。
「ネアンデルタール人と、クロマニョン人」が、
作品に登場しなかったのには驚いた。(知りたい方は原作を(笑))
そこで、今回は原作になく、映画だけに登場したシーンから。
子供の時の回想シーンで弟が「レイプって何?」って訊くところがある。
兄が「レイプ、グレープ、ファンタグレープ」と口にして、ごまかす。
何度も何度も口にして、2人で笑い飛ばしてしまうところは、
ちょっと意外だったけれど、印象に残っている。
確かに「遺伝」は大事なキーワードだけど、
「レイプ」は、そんなに強調するキーワードとは思えないに・・。
もちろん作品関係者は酷評しないが、原作を何度も読んだ私としては
タイトルの「重力ピエロ」すら、うまく表現できていない、と感じた。
映画を観た後に、原作を読んだ方がいいのだろうか?
いやいや、伊坂作品は映画にしない方がいいな、きっと。



2009年06月05日(金)
月あり、酒あり、友あり

書籍「戦略経営者」(TKC刊)の巻頭、
「漢詩のこころ」のコーナーからの、気になる一言。
「月・酒・友」と題する詩が紹介されていた。
唐・李白「友人と会宿す」と書かれていたが、
どちらがタイトルなのか、知識不足でわからない。(汗)
友人と山中で同宿し、月明かりのもとで共に酒を飲んだ、
という詩であるが、妙に心に響いた。
月あり、酒あり、友あり、三拍子が揃って、
李白の真骨頂を伝えている、と解説されていた。
わかる、わかる・・・と思わずメモをした。
もう50歳を超えると、あまり多くのものを望まなくなる。
では、なにが必要か?と考えてみれば「月・酒・友」。
もう家族ではいかなくなった、キャンプのテントを使い、
星でも眺めながら、親友たちと、美味い酒を飲み、
それぞれの歩いてきた人生をしみじみ語っちゃう・・なんて、
ちょっとした男の哀愁を感じるねぇ。
さすが、李白。今頃になって、彼の良さがわかってきた。



2009年06月04日(木)
手紙〜拝啓 五十二の君へ〜

ようやく50歳が楽しめるようになったと思ったら、
なんと、もう51歳を迎えてしまった。
これからは、1年、1年がもっと早く感じるんだろうなぁ。
そこで・・やっぱり誕生日くらい「気になる一言」も企画して。(笑)
今、中学同級生限定・混声合唱団で練習している、
アンジェラ・アキさんの「手紙〜拝啓 十五の君へ〜」を真似て、
一年後(未来)の自分に手紙を書いてみた。
最初と最後のフレーズだけをいただいて。
「拝啓 この手紙読んでいるあなたは どこで何をしているのだろう
(この部分は、自分だけの手紙なので、ひ・み・つ)
拝啓 この手紙読んでいるあなたが 幸せなことを願います」
どんな365日が待っているのか、ワクワクする自分がいる。
そして、どんな「喜怒哀楽」でも受け入れようと思う。
実は、書いていたら、なぜか涙が出てきて止まらなくなってしまった。
これは何を意味するのだろうか。
(嬉しい涙?悲しい涙?。きっと、1年後にわかるんだろうなぁ)
毎日を大切に生き、自分を見つめ直す1年にしたい・・
そう心の中で決めた。

PS.
しっかり封印をして保管、来年の6月2日頃に投函予定です。



2009年06月03日(水)
僕の目でみてごらん

日曜朝のテレビ番組「日曜美術館」から。
特集は「アングル」。(放送日は忘れました)
きれいな曲線が絵全体を包み、女性の裸婦が
現実以上にきれいに描かれているのだが、
その技術は、色々な角度から眺めた、いいとこどり。
そんな解説を聞きながら、なるほどなぁ、とメモをした。
しかし、もっと基本的な部分で、画家・アングルが
「きれいなものを見つける力」が優れているのだと思う。
他の人がみたら、何気ない情景が、彼の目を通すと、
きれいなものに変わってしまうようだ。
実際に、アングルのコメントなのか、聞き逃したけれど
「僕の目でみてごらん。
僕の目で見たら、こんなにきれいだよ」のフレーズが
私のアンテナに引っかかった。
私が書き続けている「気になる一言」も、同じこと。
どんな事件や事故でも、観る側の思考で、
汚くもなるし、美しくにも変わる。
マイナス思考の人には、耳元でこう囁きたい。
「(プラス思考の)僕の目でみてごらん」。



2009年06月02日(火)
レイプ犯は、自分が犯されてみればいいんだ

書籍「重力ピエロ」(伊坂幸太郎著・新潮文庫刊・485頁)から。
映画を観る前に、原作を・・・と読み直した。
彼の作品だけは、読み終えると、黄色の蛍光ペンだらけとなる。
(最近、メモを書き出すと時間がかかるので、塗ることにした(汗))
主人公の弟、春は、母親がレイプされた時に妊娠して生まれた子。
その兄弟の会話が中心となっている、遺伝を扱った小説だが、
溢れた黄色い筋から選んだのは、この台詞。
「レイプ犯は、自分が犯されてみればいいんだ」
ハムラビ法典の中の「目には目を」の解釈を説明するシーン、
誰もが「やられたらやり返す」と誤って解釈しているが、
「目を潰されたら相手の目を潰すだけにしなさい」
「歯を折られたら歯を折るだけにしなさい」っていう
「過剰報復の禁止」を述べているんだ、と弟が兄に教える。
「俺は、刑罰も、それでいいと思う」と続くのだが、妙に納得した。
加害者は自分がしたことと同じことをやられるべきなんだ、と。
違う刑罰を与えるから、面倒くさくなる、と私も思う。
裁判制度で揺れている法治国家・日本であるが、
家の壁に落書きされたら、落書きした加害者の家に落書きをする。
喧嘩して腕の骨をおられたら、その罰は腕の骨を折られてみるといい。
被害者の苦痛を味わうことが、加害者に相応しい刑罰、という考えは、
今の社会でも通じることのような気がする。
原爆を落とした国は、原爆を落とされたことがないから、
今も戦争をしている・・と考えるのは、過激だろうか。