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しもさんの「気になる一言」
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2009年03月01日(日)
男性が多い企画展「朝鮮王朝の絵画と日本」

久しぶりの休日、静岡県立美術館までひとりでドライブ。
お目当ての企画展は「朝鮮王朝の絵画と日本」。
日本でもない、中国でもない、朝鮮の絵画に触れてみようと、
知っていそうで、ほとんど知らない隣国の美。
でも、やっぱりわからなかった。(汗)
ヨーロッパの油彩画の方が馴染みがあるからかなぁ。
入場してすぐ、あれ?いつもと何か雰囲気が違う・・と感じて、
ずっと考えていたら、展示されている絵画が原因ではなく、
観ている側に原因があった。
作業着の男性や、1枚の絵の前からしばらく離れない男性・・、
どうみても、普段は美術館など縁がなさそうな男性までいる。
近くで聞こえた言葉は、日本語ではなかったから、
「朝鮮」(韓国)の関係者だと気付くのには時間がかからなかった。
祖国の絵画展だからだろうか、目を潤ませている男性も・・。
本当に、絵って人の心を惹き付けることを目の当たりにした。
忘れないようにメモしておこうっと。
男性が多い企画展「朝鮮王朝の絵画と日本」
海外在住の日本人が「浮世絵」などを観たがるのと同じかな。
海外は、近いようでまだ遠い気がした。



2009年02月28日(土)
今は「就活」ならぬ「婚活」もする時代

言葉遊びをしているわけではない。
昨今「就職活動」を「就活」と略して呼ぶらしい。
自分の頃は「超氷河期」と言われた時代だったが、
就職活動はそれなりにした時代である。
さて表記の「婚活」は?というと、娘に教わった略語。
想像するに「結婚活動」のことらしい。
「お見合い」なのか「結婚相談をすること」なのか、
「出会い系サイトに登録すること」なのか。
詳しいことまでは訊かなかったが、
就職が大変なら、結婚でもしちゃおうか、ということか。
結婚も、恋愛とは別に、活動するものなのだろうか。
面白い、いや、大変な世の中になったものだ。
「就活」が、リクルートスーツなら、
「婚活」は、どんなファッションなんだろう。
この次は、どんな「〜活」が生まれるのだろうか。
楽しみである。



2009年02月27日(金)
「また」のあとは「、」(てん)

先週末から、議会の一般質問に対する答弁作成、
答弁調整が続いている。
今回は、10人中7人が、私が担当する仕事に関する質問。
(書くのが趣味の私には、嬉しい限りである(汗))
毎晩午後10時まで、PCに向かって打ち続けるのにも慣れ、
さて、最終調整まであとわずか・・でのワンシーン。
これじゃ、誰が作ったのかわかってしまうな、と言われ、
どうも議会答弁調ではない、自分の文章に苦笑いした。
毎日、書き続けているからか、私独自の文体が顔を出すようだ。
その中の一つ、接続詞のあとは「句読点」の原則を守らない。
文字数を少しでも減らそうとしたわけではないが、
長年書いている癖だろうか、句読点も付けず、
「また○○○」とついつい続けてしまう。
これには、自分でも指摘されるまで気付いていない。
「えっ、句読点って呼吸するところで打つのかと思ってた」
と言い訳したが、もう一度、大原則、勉強し直さなくちゃ。
まずは、「また」のあとは「、」(てん)
「股の間は『ちん』・・ではありません。」
ヤバっ、疲れて頭が壊れてきたかなぁ・・とほほ。



2009年02月26日(木)
すぐれたノウハウは、必ずシンプル

以前紹介した「英語は絶対、勉強するな!」
(チョン・チャンヨン著・キム・スンホ訳・サンマーク出版・
232頁)から。
読み直してみたら、面白いことが書いてあった。
本文は「すぐれたノウハウというのは、
必ずシンプルな原理から出来上がっているもの」だった。
彼が著作で訴えているのは、語学は勉強するな、
耳で覚え、舌が英語を記憶するまで口になじませる。
これが、英語をマスターする最良の方法だという。
英語から日本語、日本語から英語、という訳はしない。
英語は、英語で勉強するに限る、ということだ。
たしかに、シンプルな学習法だと思う。
あとは、そのシンプルな原理を信じて、
結果が出るまで、持続できるかどうか、だろう。
これがまた、一番難しい。(汗)
でも、このフレーズって、英語だけでなく
何にでも通用する気がするな。
「すぐれたノウハウは、必ずシンプル」なんだから。(笑)



2009年02月25日(水)
「わしの勘じゃ」「勘でございます」

最近耳にすることがなくなった「勘」。
生活のほとんどがデジタル化され、
バックデータをもとに、筋道を立てて話が展開される。
「勘」を頼りに仕事をすることがなくなってきた。
知識に、経験を重ねることでひらめく直感(第六感)を
「勘」というのに、なぜ廃れるようになったのだろうか。
昨年のNHK大河ドラマ「篤姫」には、この「勘」がよく登場した。
「なぜじゃだろうな、彼女には物事を前に進める力がある」
と、養父の島津斉彬は言い、
「たしかに、あの姫様は何かをお持ちです」と、
教育係の幾島も、同じようなことを口にしたシーンが思い出される。
それが「わしの勘じゃ」「勘でございます」だった。
データの正確性が重視されればされるほど、
見つけなくてもいい病気を発見してしまう。
知らなくてもいいことまで、知ることにもなる。
「勘」が中心で生きていた頃は、仕事でも家庭でも、
年長者が大切にされていた気がするのは、私だけだろうか。
「どうしてそう思うの?」訊ねられたら「勘です」と答えたいな。(笑)



2009年02月24日(火)
すべての人が子育てに関わりを持つ社会

日本は、今、こんな社会の実現を目指している。
はじめて、子育て関連の本を読んだとき、
何言ってんだぁ、と正直思ったけれど、(汗)
自分たちの生きてきた知恵と知識で、
日本の教育を少しずつでも変えるお手伝いをする、
そんな程度の気持ちでも、十分だと思う。
社会の役に立ちたい、という気持ちを
身近にいる、子どもたちに向けるだけでいい。
一緒になって、遊んでやる、驚いてあげる。それだけでいい。
きっと、私たちも、知らない間に、
多くの人に見守られて大きくなったに違いないのだから。
環境や介護たげが、ボランティアではない。
他人の子どもに関わりを持つ、これも立派なボランティア。
私も「すべての人が子育てに関わりを持つ社会」実現に向けて、
お手伝いができればいいな、と思っている。
それにしても、資格を持っている人が多いはずなのに、
募集しても保育士が集まらない。。。
う〜ん、どうしたんだろう・・が、私の最近の悩みかなぁ。



2009年02月23日(月)
彼の人生を変える出会いが多かった、佐伯祐三

私のお気に入り美術館のひとつ、箱根の「ポーラ美術館」。
所蔵している絵画だけでも、名画揃いなので、充分楽しめる。
さて今回の企画展は「佐伯祐三とフランス」。
彼は、ヴラマンク、ユトリロ・・と、
フランスで多くの画家の影響を受ける。
その度に「衝撃的な出来事」「人生を変える出会い」・・等の
表現がされ、じっくり鑑賞した私には、可笑しかった。
自分の絵にないものに惹かれた時、
カルチャーショックに近いものを感じたのだろうか。
「日本の野獣派」と呼ばれた佐伯祐三の描く「バリの風景」。
そんな彼の作品が、その後の日本の洋画界に
大きな「衝撃」を与えたのだから、人生とはわからないものである。
私にとっては、彼が30歳で衰弱死した事の方が、驚きであった。
もうすこし長く生きていれば、
もっと人生を変える出会いがあっただろうに、と残念でならない。
こんなワンフレーズで申し訳ないが、思い出すには(いい意味で)
「彼の人生を変える出会いが多かった、佐伯祐三」かな。



2009年02月22日(日)
千葉滋賀佐賀

早口言葉ではないが、妙にはまった、3つの県名。
以前、ネットで見つけた「地球に笑いの波動を(^_^)v」。
当然だけど、場所も近くないし、共通項もあまりないのに、
県名が似ているなんて、面白くないだろうか。
偶然といえば、偶然なのだろうけれど、もう一度、
「千葉滋賀佐賀」を3回口にしてみて欲しい。
(千葉滋賀佐賀・千葉滋賀佐賀・千葉滋賀佐賀)
(ちばしがさが・ちばしがざが・ちばしがさが)
その面白さがじっとわかってくるに違いない。
その後には、いつものように誰かに教えたくなる。
私の中で一番だった県名ネタ「宇宙戦艦とやま」を
ちょっちだけど、抜いた気がするな。

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Ayame/2089/flash/css.htm



2009年02月21日(土)
私たちは信じている、言葉のチカラを。

何年か前の朝日新聞のテレビCMの一部である。
正確には「言葉に救われた。言葉に背中を押された。
言葉に涙を流した。言葉は人を動かす。
私たちは信じている、言葉のチカラを。
ジャーナリスト宣言。朝日新聞」だったと思う。
今も、放映しているのかな? ちょっと気になる。
「言葉には人を救ったり、
勇気を与えたりするポジティブな力もある。
だから、朝日新聞は言葉の力を信じている」とメモがある。
今、出来ることは、誰かの失態や凶悪事件の報道ではなく、
「言葉の力」を信じて、国民を元気にすることである。
こんな時だからこそ、マスコミが「言葉の力」を実感して、
テレビ・新聞・ラジオなどから、国民を励まして欲しい。
「お笑い」と「クイズ」だけでは、
表面的な笑いでしかない気がしてならない。



2009年02月20日(金)
少しずつ自分で食べたいという気持ち

保育をしている現場ならではのフレーズである。
乳児からお世話をしていると、
1歳を過ぎる頃、ちょっとした変化がみられると言う。
「少しずつ自分で食べたいという気持ちを持つようになる」
単に、お腹が空いたぁ、と泣くのではなく、
「自分で食べたい」という気持ちが芽生えるらしい。
だから、自分をアピールして泣くのかもしれない。
そんな泣きの変化を感じられる保育士さんたちの
繊細さにも、実は驚かされた。
同じように見える「泣く」という行為に対して、
いろいろな主張があることも、実は最近知った。(汗)
そんなことも知らなかったの?と妻に怒られそうだが、
何十年前に知っていたら、
もっと楽しい子育てが出来たのに・・と思う。
私が広めたいのは、私の反省から生まれた
「男」の子育て意識の改革なのかもしれないなぁ。