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| 2007年10月15日(月) ■ |
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| 私が「さっちゃん」だったら頼んでるな |
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芸術祭を来月(11月)の4日に控えながらも、 危機感がない練習している、同級生合唱団であるが、 やはり楽しみは、練習後の「おしゃべりタイム」。 いつもの時間、いつもの喫茶店、いつものフロアで オーダーからスタートするのであるが、十人十色。 そんな中、今日は車じゃないんだ・・と言いながらも、 メニューを眺めている同級生に対して、 後ろから背中を押す台詞が、今回の気になる一言。 「私が『さっちゃん』だったら頼んでるな、(ビールを)」 自分は車だから我慢するけど・・の前置きは、 誰でもわかるくらいビール好きの彼女だから、余計に笑えた。 「私が『・・・』だったら・・・してるな」のフレーズ、 意外と面白いな、とメモをした。 もちろん私は「練習の後はビール」と決めているから 自動車は乗っていかないけれど。(笑) 今回は、私の「子育て支援室長」ネタで盛り上がりかな?(笑)
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| 2007年10月14日(日) ■ |
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| はい、一息、ふぅ〜 |
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恒例のATG(明るく楽しく元気よく)働く女性の会の例会。 賛助会員のはすが、またまた参加。今回は「YOGA」 講師はわざわざ東京から駆けつけてくれた、柳橋雅子先生。 ヨガ体験が中心だったので、メモが少なかったが、 帰宅してふり返ると、なぜかこの台詞が耳に残っていた。 普段使わない筋肉が悲鳴をあげながら、 いろいろなポーズを、見様見真似で動かしていると、 だんだん身体が柔らかくなってくるのが私にもわかった。 特に、動作が終わるたびに、先生の口から発せられる 「はい、一息、ふぅ〜」を聞くと、 からだ全体の血が、一気に流れている感じがした。 心もなんだか「あったかい」気持ちに包まれた。 ヨガには「繋げる」という意味があると先生は言ったが 「身体と心を繋げる」という意味なのだろうか、 またゆっくり調べてみようと思う。 その先生が紹介してくれた本は「女ざかりのヨガ」。 う〜ん、どう反応したらよいのだろう。(汗)
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| 2007年10月13日(土) ■ |
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| サポートは「下から支える」、アシストは「そばに立つ」 |
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11月1日、町内の大型ショッピングセンターに、 「子育て総合支援センター」がオープンするが、 またまた気になる「単語」が増えてしまった。(笑) 実は、DIYの大型店は「ホームアシスト」の店名がある。 そのそばに「ファミリー・サポート・センター」が開所する。 そうなると「サポート」と「アシスト」の違いが気にかかる。 もちろん辞書で調べてみた。なるほど・・と思った。 サポート(support)とは「下(sus)から支える(port)」 の原義から「助ける」の意が生まれた。 アシスト(assist)とは「そばに(as)立つ(sist)」 の原義から「助ける」の意が生まれた。 日本語にすると「支援」とか「補助」などといった曖昧な 意味付けをしがちだが、実ははっきり意味が違ったことに驚いた。 行政が推進する(促進する)「子育て支援」は 「アシスト」なのか「サポート」なのか、 まだまだ、新米の子育て支援室長には判断がつかない。 たぶん、ある時は「アシスト」、そしてある時は「サポート」 なんだろうなぁ、と思いながらメモをした。 決して、単に「手伝う」の意味がある「ヘルプ(help)」ではない、 そう感じながら。
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| 2007年10月12日(金) ■ |
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| スポーツ界は、無理矢理、ヒーローを作ろうとしていないか |
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昨日の「内藤大助VS亀田大毅」プロボクシング、 世界タイトルマッチをテレビて観ていて感じた私の雑感である。 最後のラウンドは、もはや「ボクシング」ではなく、 なんでもありの、単なる喧嘩になっていたと思う。 しかし解説者をはじめ、誰も「基本からやり直してこい」と コメントをする人がいなかったのは、残念である。 マスコミが、日本人最年少王者誕生を望むため行う派手な演出も、 試合前から気にはなっていたが、それ以上に嫌気がさしたのは ルール無視の若者に誰も「叱咤」できなかったことである。 そればかりか「ここまでよくやった」と讃える「激励」が飛び交い、 私はテレビのスイッチを切った。 どんなスポーツでも、ルールを守って戦えるか、をまず最初に見る。 それが守れない若者に、世界タイトルマッチを組ませた大人たちは 今、巷で大騒ぎしている「相撲協会」と大差はないのではないか。 チャンピオンや横綱は、風格・品格まで問われる地位なのだから、 それを決める対戦は、もっと慎重になるべきであろう。 一時の人気取りが、本当のファンをなくすことになりかねない。
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| 2007年10月11日(木) ■ |
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| 挨拶とは、相手を一人の人間として認めること |
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以前「挨拶は、どちらも手偏」と、話題にしたことがある。 しかし、また新しい定義を見つけたので御紹介。 (実は、情報源は不明です。ごめんなさい。) 全文では、 「挨拶とは相手を一人の人間として認めて、声をかけ、 相手と自分の間に通路を作るための、 コミュニケーションの機能である」という定義。 「挨拶とは、相手と自分の間に通路を作ること」という フレーズも思い浮かんだが、やはり、今の世の中に必要なことは まず「相手を一人の人間として認めて、声をかけること」。 だから、私なりに再定義してみたが・・。 逆に言うと「相手を一人の人間として認めず、 言葉を交わすだけでは『挨拶』とはいえない。 今の子供たちは挨拶が出来ない・・と嘆く前に 「挨拶」とは・・という定義を教える必要があるかもしれない。 いや、子供だけでなくその親たちにも。 今は、そんな時代になってしまったのは残念であるが・・。
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| 2007年10月10日(水) ■ |
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| 自分が愛情を持って育てられてきたということ |
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以前、女性が将来なりたいの職業のひとつに 保育士さん(以前の保母さん)と答える人が多いことに 驚いたことがある。 仕事として捉えた場合、とても大変なことであることは、 さすがに私でも理解できる。 それなのに、どうしてわざわざ保育士を選ぶのか、 正直なところ、全くといっていいほどわからなかった。 そんな疑問を解決してくれたのが、このフレーズ。 研修で、ある先生が言った考え方らしい。 「保育士になっているということは 『自分が愛情を持って育てられてきたということ』でないと、 人の子どもの面倒を見ようという気持ちは生まれない」 だから、あなたたちは本当に愛情を注がれ、 多くの人に守られてきた幸せものなのよ、と私は解釈した。 今度から、保育士さんをみる目が変わりそうである。(汗)
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| 2007年10月09日(火) ■ |
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| 不義理をする力も、大人の力量。 |
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以前の部署でお世話になったある団体が、 今回の人事異動で離れることになった職員の慰労と、 新しく配属された職員の激励を兼ねて、 わざわざ歓送迎会を開いてくれた。 いつもなら、当然のように2次会へ・・となるのだが、 今週、毎日続く各種の歓送迎会(飲み会)を考えて、 1次会で失礼させていただいた。 今までの私にとっては、あり得ないことである。 体調ばかりではなく、大切な会議も目白押しで、 二日酔いで望むにはちょっと気が引けるからかもしれない。 そんな時、思い出したのが、この台詞。 中谷彰宏名言集(中谷彰宏著・ダイヤモンド社・267頁)から。 正確には「不義理をする力も、大人の力量。 1次会で帰れる力量がないうちは、一人前ではない。」 いくらつきあいがよくたって、明日の仕事で失敗すれば、 誰も評価してくれないことを、私は経験から知っている。 これで良かったんだ、と自分で納得させて寝ることにしよう。 まだまだ、こんな生活が週末まで続くのだから。
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| 2007年10月08日(月) ■ |
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| ベルギーと言えば・・チョコレート派、ビール派 |
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親戚の伯父さんの御見舞いに行った帰り、 車窓から目に付いたのは、MINISTOPの商品看板。 「ベルギーチョコソフト」、最近では秋の定番のようだ。 しかし思い出したのは、先月、 知人がドイツへ行くというので開催した送別会の1コマ。 行き先はドイツなのに、話題はなぜか「ベルギー」。 国旗も、縦と横を変えたような色使いで、 よく、テレビのクイズにも出題されるくらい似ている。 そこで「ベルギーと言えば?」と私の回りに訊ねたら、 「チョコレート」「ビール」の単語が跳ね返ってきた。 もちろん甘党の女性陣は「チョコレート」。 ベルギーのチョコレートは、本当に美味しい、と力強い。 それに比べ「ビール」と答えた女性陣は、 「ソーセージも美味しいんだよね」と付け足したが、 「それって、さっき『ドイツと言えば?』の質問で 答えなかった?」と聞き返せないほどの勢いがあった。(笑) 「・・・と言えば?」は、けっこう楽しい言葉遊びになる。
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| 2007年10月07日(日) ■ |
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| 大渋滞では、カーナビより人間の記憶 |
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3連休の中日、職場の先輩・同僚・後輩らと、山梨県の レイクウッド・ゴルフクラブ(サンパーク明野コース)へ出かけた。 天気にも恵まれ、久しぶりのゴルフを楽しんでの帰路、 予想もしていなかった大渋滞にはまってしまった。 自分達の楽しみだけで計画したゴルフであったが、 連休の中日、休日の快晴(翌日からは雨模様)、ぶどう狩りの季節、 紅葉シーズン、もちろん今年の「風林火山」人気も手伝って 山梨県甲府周辺が、観光客で賑わうのを考えていなかった。 ゴルフだけでなく、いろいろな条件を加味して、 行き先を考えなくちゃなぁ、と反省させられたのも事実。 そんな時、役に立ったのは「たぶん、こっちからも行けるはず」と 脇道の脇道を指示してくれた「人間ナビゲータ」。 カーナビ以上の威力を発揮したのは、やはり人間の記憶だった。 カーナビは、逆戻りするような遠回りのルートは指示しない。 しかし、人間には「遠回り」を「近道」として選択する能力がある。 時々、簡単な道も間違える「助手席ナビゲータ」であったが、 おかげで、道中、楽しい運転ができた。
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| 2007年10月06日(土) ■ |
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| 思い出プランナー |
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自分の生き方が、本当にこれでいいのか? と、考えれば考えるほど不安になる時が増えた。 このまま過ごしていても、別に不満はないけれど、 なにか社会に貢献できることがしたい。 では、私に何ができるのか?と考えると、 恥ずかしい話、あまり自慢できることがないのも事実。 残された人生、自分のためにも社会のためにも・・と 欲張って考えたら、こんな肩書きが浮かんできた。 今まで、何度も何度も、肩書きを付けてきた。 農業だけでなく、いろいろな事が出来る人の事を 「百姓」と呼ぶ、と知れば「百姓」の肩書きを求めた。 勿論、書くことが好きだから 「エッセイスト」「コラムニスト」の肩書きも欲しかった。 しかし、すべて本職ではないので「自称」に過ぎない。 同じ「自称」なら、もっと私らしい肩書きを・・と じっくり考えていたら、この単語にぶつかった。 思い出をしっかり記録して、最終的には形にして残す。 文字であれ、写真であれ、映像であれ、音楽であれ、 その人が、この世に生きた証を残すお手伝いがしたい。 「思い出プランナー」の肩書き、本気で欲しい。 その前に、自分が「思い出アーティスト」にならなきゃ。
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