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しもさんの「気になる一言」
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2007年03月12日(月)
言葉があるはずだ、人間なら

水俣病患者・緒方正実さんが、行政相手に投げ付けた言葉。
被害の大きさに「言葉がございません」とコメントしたところ、
彼は、怒りをあらわにして「言葉があるはずだ、人間なら」と
言葉を返した。
その場にいなければ分からないかもしれないが、
このフレーズで、その場の緊張感が伝わってきたのでメモをした。
行政側は「(あまりに申し訳なく)言葉がございません」の意味や
「(なんと申し上げていいのか)言葉がございません」の意味で
使ったはずのフレーズに、この切り返し。
あまりにストレートで、言葉の力強さを感じてしまった。
「言葉がございません」では、私の気持ちが承知しない。
人間なら、ちゃんとした言葉で謝って欲しい。
重たい雰囲気だったけれど、胸が締め付けられるような会話であった。



2007年03月11日(日)
首長とは、地道に社会貢献していく職業

「藝人学生・僕が学びつづける理由」
(そのまんま東著・実業之日本社・263頁)の書籍の表紙に、
真っ赤な帯で書かれている。
正式には「首長とは、自分の知力と体力を尽くして、
地道に社会貢献していく職業なのだ。
新宮崎県知事、東国原英夫の原点と志がわかる、感動の書」。
文中にも、このフレーズは書かれている。
また「政治家って、いったい何だろう?」と自問し、
「政治という不透明で不安定で難解なカオス的な世界に、
彼らを駆り立てるものは何か」と探っている。
純粋な志か、権威や権力への意志か、夢か、執着か、富か、
正義か、憎悪か、愛か・・・
僕には明確につかむことができなかった」の表現に、
その迷いが如実に感じられた。
今は、このフレーズにしっかりコメントできないけれど、
何年後かに、その意味が深く感じられるのだろうか。
わが町も明日から、12年振りに新しい首長を迎える。



2007年03月10日(土)
かしがひらがなばかりはむずかしい

月に一度の合唱練習、
今は、SMAPの「夜空のムコウ」に取り組んでいる。
聴き慣れた曲のはずなのに、
五線譜に書かれた楽譜を、見ながら歌うと何故か難しい。
その原因は、普通の文章が映し出されるカラオケと違って、
全て平仮名だから・・と気付いたのは、私だけではなかったようだ。
一応、私たちは大人だからね、と大笑いする同級生が横にもいた(笑)。
平仮名ばかりの文字で意味を理解しなければならない。
どこまでがワンフレーズなのか考えながら歌わなければならないなんて、
私にとっては、難解な漢字を読むよりも高等技術なのである。
子どもたちに、平仮名ばかりの絵本を読み聞かせている母親や
ボランティアの人たちの苦労がチョッピリわかったような気がする。
それだけでも難しいのに、さらに声に強弱・長短をつけて、
詞を理解して感情を込める合唱って、なんて難しいんだ。
いかにカラオケが、適当に歌っているかを実感した練習だった。(汗)
下手だと思っていたSMAPの歌唱力、以外と凄いのかも・・。



2007年03月09日(金)
選挙の時、御恩返しをいただく

ある議員さんと話していたら、こんな台詞にぶつかった。
巷では、選挙の時だけ平身低頭で、いざ議員に当選したら、
今までの態度が180度変わる人が多い・・というが、
私は、そうは思わない。
4年間の任期の中で、多くの方の陳情や相談を真剣に受け止めて、
少しでも実現できるように努力してきたか、を知っている。
だから、お世話になった人たちお礼は、選挙応援という形が相応しい。
頼むときだけ頼み、無理難題を解決してもらって、知らんぶり。
これは、人として恥ずかしい行動ではないのかな、と思う。
投票する、しないに関わらず、またわがままな有権者のために、
4年間、いろいろな相談にのっていただくのだから、
仕方なく投票してやる、という態度ではなく、
恩返しをする、という気持ちで、選挙活動をすることが、
本来のスタンスではないだろうか。
新人候補以外は、4年間の実績が評価されることとなる。
どれだけ、住民のために力を注いだか、という評価、
4年間の通信簿みたいなものかな。



2007年03月08日(木)
湯治は放電なんですよ

全国に日帰り温泉が乱立し、どこもかしこも「癒し、癒し、癒し」。
こうなると、へそ曲がりの私は、いつものように
温泉って本当に癒し効果があるの?と疑いたくなってしまう。
そもそも温泉って、湯治が始まりだと思うんだけれど、
湯治って、何のためにするんだろう?と新たな疑問まで発生した。
その答えを、雑誌「旅の手帖」(交通新聞社刊)で見つけたからメモをした。
2〜3日、お休みをいただいて「温泉でも行って充電してきま〜す」は、
温泉の役割を理解していないことになる。
温泉は、放電する場所。
それも完全放電には3日ほどかかるから、2〜3日、お休みをいただきます。
これが正しいお休みのいただき方。(笑)
「2002年05月28日(火) 旅行は、充電か?放電か?」と書いた答えを、
5年の歳月をかけて見つけたような気がして嬉しい。
充電電池の長く使うコツは、一度全部放電してから充電すること。
これって、人間にも当てはまるかもしれないな。
飲み会も、充電ではなく放電だな、きっと。(汗)



2007年03月07日(水)
恐悦至極に存じます

今年は続けて見ている、NHK大河ドラマ「風林火山」、
何度となく登場するフレーズが、どうも気になっている。
「ありがたき幸せ、恐悦至極に存じます」
さっそく意味が知りたくなって、調べてみた。
「恐悦」とは、つつしんで喜ぶこと。他人に悦びを述べる時に使う語。
「至極」とは、この上ないこと。きわめて。
すなわち、この上ない悦びです、という意味なのである。
が・・面白いもので、ドラマの中では、素直な使い方をしていない。
ちくしょう、ふざけるな、今にみていろ・・という気持ちを押さえて、
「恐悦至極に存じます」と使われる。
嬉しそうな顔もせずに、真面目な表情で口にするから、
その本意にあらず、という悔しさを引き立たせることになる。
言葉の意味と表情が一致していないシーンを見るたびに、
その脚本・演出の妙を味わっている。
私が好きな戦国時代の台詞は、
「恐れながら、申し上げます」かな。(汗)



2007年03月06日(火)
日日是充実

「日日是好日」(にちにち・これ・こうじつ)
意味は「毎日毎日が無事でよい日であるということ」
「毎日毎日平和で楽しい日が続く」。
人生訓などに選ばれる言葉として、よく色紙などで見かける。
(「日々是好日」(ひび・これ・こうじつ)では、辞書で見つからず)
冒頭の「日日是充実」は、昨日紹介したばかりの
「60歳を人生のピークにもっていく法」
(そのまんま東著・KKロングセラーズ・214頁)で見つけたフレーズ。
この5文字は、なぜか私のアンテナに引っかかった。
というより「日日是好日」から「日日是充実」へとステップアップ。
たった一度きりの人生だから・・と思うのなら、
「日日是好日」より「日日是充実」を目指して生活したい。
毎日が平和、毎日が無事・・はとても大切なことだけれど、
毎日が充実の方が、もっといい。
何かに夢中になって一日一日を過ごす。これって憧れるな。



2007年03月05日(月)
不満だらけだが不安はない・不安だらけだが不満はない

最近、私の中で気になる存在の「そのまんま東」さん。
彼の著書「60歳を人生のピークにもっていく法」
(そのまんま東著・KKロングセラーズ・214頁)の中から。
あなたなら、どちらだろうか?
彼は後者だと言い切っている。「不安だらけだが不満はない」
「不安があるというのは、何かにチャレンジをしている状態で、
未来に対してポジティブに向き合っているということでは
ないだろうか」とまとめている。
確かに、期待の大きさに比例して、不安は大きくなる。
不安が大きければ大きいほど、期待は大きいはずである。
その点「不満だらけ」は、物事が実現できない理由を、
自分以外のものをあげ、言い訳をいっぱいためている。
この違いは、とても大きい。
今は「不満だらけだが不安はない」の人たちも、
「不安だらけだが不満はない」の生活を目指して欲しい。
きっと充実した日々が待っているはずだから。



2007年03月04日(日)
ウォーキングとジャズコンサートのコラボ

ポカポカ陽気の日曜日、午前中「港・湧水・せせらぎウォーク」
(沼津、三島、清水町の自然や名所を巡るウオーキング)の
イベントスタッフとして、チェックポイントでスタンプを押し、
午後からは、知人に誘われていたジャズコンサートの観客となった。
ウォーキング最終組を待ってから、自転車で移動して、
沼津文化センターへ駆け込んだところ、手には水筒、
背中にリュックサックを背負った女性陣が、何人か座っていた。
あっ、確か、私がスタンプを押した人たちだ・・と思いながらも、
こういうウォーキングって楽しいなぁ、と思った。
スタートの三島駅から、ゴールの沼津港までのルート途中、
いろいろなイベントを各々に開催していて、
興味があったら、途中で寄り道をしてもかまわない。
フリーマーケットだったり、スーパーの大安売りだっていい。
スタート時に、沿道にはこんな誘惑があります、という情報だけ
参加者に与えるのもアイデアかもしれない。
ただ歩くよりも、きっと楽しい一日になると思うから。
コラボレーションって、こういうことなのかな。



2007年03月03日(土)
労を労う

漢字変換していたら、また面白い言葉に。(笑)
読むことはできるだろうか。「労う」
漢字で書けるだろうか。「ねぎらう」
では・・「ろうをねぎらう」は?
たぶん「労を労う」と書くのだろう。
「労」は、
(1)骨折り。体を使うこと。「?をいとわず働く」「?をねぎらう」
(2)功績。手柄。働き。「長年の?に報いる」
(3)長年の経験。熟練。
(4)長い間使用したこと。
「労う」は、〔「労(ね)ぐ」と同源〕
同等以下の人の苦労・尽力などを慰め、感謝する。
ということは「労う」という動詞だけで、
私たちが普段使っている「ろうをねぎらう」という意味になっている。
「躊躇う」(ためらう)と同じくらい楽しい発見だった。