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しもさんの「気になる一言」
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2006年02月25日(土)
このままの生活を続けて下さい

毎年恒例の一泊人間ドックで、先生に言われた台詞。
健康検査フェチの私には、驚きのフレーズだった。
45歳を過ぎてから、検査で悪いと指摘されたところは、
思いきって直していく・・と心に決めて、
一昨年末は「痔」の手術、昨年GWには「胆のう摘出」をした。
それ以来、体調はすこぶる良く、
毎年ひいていた風邪なども煩うことがなかったほどだ。
それを裏付けてくれたのが、今回の気になる一言。
通勤は徒歩で片道30分、お風呂は半身浴、食事は腹八分目、
そして、週に一日以上の休肝日。
この生活のリズムが、健康にはいいらしい。
しかし、もっといいのは「ストレス」を溜めない生活。
あまりくよくよ悩まない、出来ないことは出来ないと言う、
他人の目(世間体)を気にしなくなったことだろうか。
先生の太鼓判もいただいたことだし、
自信をもって、このままの生活を続けようっと。



2006年02月24日(金)
「待望」を実感した荒川静香さんの金メダル

国民の多くが、実感したはずである。
日本人は「待望」という単語をよく使う。
yahooで検索したら、 約26,500,000件と表示された。
もちろん、意味は「待ち望むこと。待ちこがれること」
では、待ち望むとは?「早くそうなることを願う。希望する」
今回のトリノ・オリンピックを表現すると、
この「待望」という単語がぴったり当てはまるのではないか。
しかし、今度は朝から晩まで彼女を追っかけまわし、
エキジビション前のインタビューでは
「1時間、寝られました」と答えるのがやっとの状態。
「待望」していたのは、私たちの勝手なのだから、
もう少し、疲れがとれるようゆっくりさせてやりたかった。
「静香」ちゃんの金メダル、ドラえもんの「のび太」似の私も
久しぶりに嬉しくなったシーンであった。



2006年02月23日(木)
書き出しが「これを受けて・・」

某新聞社、夕刊一面トップ記事の本文の書き出し。
私は、意味がわからないまま何度も読み直した。
リード文に、記事の概要が書かれているけれど
まさか、リード文の内容を受けて、はないだろうから、
何をさして「これを受けて」なのか
是非、わかりやすく説明をして欲しい。
新聞を教育に活かす・・といいながら、
リードと本文の役割を使い分けも出来ないようでは、
読者は、確実に離れてしまうこととなる。
単なる一読者が、口うるさいことを書くようだが、
誰もが丁寧に読む一面トップ記事だからこそ、
基本中の基本だけは外してはいけないと思う。
反省するのか、生意気いいやがって・・と感じるか、
今後の動きに注目したい。
今回だけは、批判覚悟で書いてみた。



2006年02月22日(水)
頑張っていれば、きっとなにかが助けてくれる

女優・吉永小百合さんが主演女優賞を受賞した映画
「北の零年」(監督・行定勲)をテレビで放映した時、
ビデオ録画してあったので、今頃になって見始めた。
コタツに入り、お酒を飲みながらの鑑賞で、
メモは少なかったけれど、
「生きる力がある限り、夢みる力がある限り」に続けて
「きっと何かが私たちを助けてくれる」と書かれていた。
リズムが良かったからだろうか、印象に残っている。
極寒の中、食べるものにも困っていた北海道の開拓民は、
何を支えに、生きてきたのだろうか、とても気になった。
そんな時、ふとメモしたフレーズが蘇った。
「頑張っていれば、きっとなにかが助けてくれる」
それを信じて、彼らは耐えてきたのかもしれない。
今私達にできることは、そんな夢見る人たちを
支援してあげられるシステムづくりかもしれない。



2006年02月21日(火)
20歳、なにがやりたくないか・・だけわかればいい

最近、本屋には「生き方のノウハウ本」が目立つ。
もちろん「40歳までにしておきたいこと」などと
自分の考えを押し付けているような書籍まで・・。
47歳になった私は、まだやってないことばかりだぞ、と
立ち読みしながら、一人て笑ってしまった。
生き方に成功も失敗もないのに・・と思いながらも、
近くにあった本を、パラパラめくっていたら、
なるほど・・と思うようなことが書いてあった。
20歳までには、自分が何になりたいかを決めた方がいい、
とか、自分のやりたいことを見つけなさい、
と書いてある書籍はよく見かけるが、
20年そこそこ生きただけで、自分の生きる方向性など
わかりっこない。
47歳の私でさえ、まだ何がやりたいのか、
本当の自分の夢さえからないのだから。
だから、この台詞には救われた。
「なにがやりたくないか」だけはわかってきたから。



2006年02月20日(月)
トリノ五輪を見チャオ

開催前に見た、雑誌「AERA」の見出しだったかなぁ。
今回の冬季オリンピック開催国がイタリアだから、
ありふれた駄洒落だけれど面白いのでメモをした。
これだけで、イタリアでは「チャオ」って挨拶すればいい。
それだけでも忘れないから。
言葉なんて、そんな覚え方でもいいんじゃないかと思う。
JAROに相談したらどうじゃろ・・みたいな感覚だけれど
意外と耳に残っているのは不思議である。
「トリノ」ってどこ?って聞かれても、
すぐに「イタリア」って返事ができなかったけれど、
このフレーズを覚えただけで、すぐ答えることが出来た。
まぁ「チャオ」がどこの国の言葉がわからなかったら、
意味ないけどね(笑)
さて次回は「カナダ」。わが町の姉妹都市が近くにあるから、
今から貯金はじめようかな、姉妹都市訪問ツアー企画して。



2006年02月19日(日)
幸せって、時には不幸の形になって現れる

五日市剛さんの講演を聴くことができた。
演題は「ツキを呼ぶ魔法の言葉」である。
仕事で、人間関係で、そして人生に躓いていた彼が
イスラエル旅行で一人のおばあさんに出逢ったことが
転機となって、今の幸せを掴んだ体験談である。
もちろんここで、講演内容を説明するつもりはない。
ただし、なるほどな・・と思ったメモを紹介したい。
そのひとつが、気になる一言に選んだフレーズ。
彼は不幸のど真ん中で、ある人に出逢い幸せになった。
それは不幸ではなかったら、たぶん出逢わなかったし、
仮に出逢っていても話に耳を傾けることはなかった、
と当時を振り返る。
幸せになった今、振り返ってみると、
あの時のあれがあったから、今の幸せがあると言い切れる。
そう考えれば、今の不幸は、将来の幸せのための布石。
私が悩んでいたから・・私が淋しい想いをしていたからこそ、
あの人の話が心に響いた・・なんてこともありうるかも。
人生「偶然」なんてありえない、すべては「必然」だから。



2006年02月18日(土)
オリンピックの話題で「クォークって、何の会社?」

深夜、トリノ・オリンピックをテレビで観ていて、
毎晩のように気になるのは、視聴者の意表を付いたCM。
何の会社か、わからない。
バレリーナが出てきたり、ラクダが出てきたり・・(笑)。
さて、このCMの意図は・・?と、
気になってしまうのは、私だけではないはずだ。
我慢しきれず、インターネットで調べたら
「QUOQ|クオークはあなたのための信販会社です 」とあった。
キャッシング・ショッピングクレジット・オートローン・
リフォームローンなどのサービスをご提供・・などと補足が。
信販会社のCMは、どうも話題づくりが先行し、
実際のところは、よくわからないCMが多い気がする。
名前さえ覚えてもらえばいい・・そんな意図が見え隠れする。
どうせ、テレビCMの15秒では伝えきれないから、
興味を持ったら、インターネットのホームページを見て・・
そんな企画意図まで感じてしまう。
テレビとネットがリンクしあう、とはこんなことなのか。
ちょっとがっかりしたCMであった。



2006年02月17日(金)
ホリエモン、いたずら・迷惑メールを退治して

確かに、いろいろ判ってくると悪いことをしたようだ。
許せない人はいるかもしれないけれど、
もし出所して「いたずら・迷惑メール」を排除してくれたら、
私は許してもいいな・・と思ってしまう。(笑)
それくらい始末が悪いのが、このメールたち。
ホリエモンが、扮飾をメールで指示していたこともわかるなら、
「いたずら・迷惑メール」を発信した人たちを見つけて
それなりの処罰をして欲しい。
全国民がメール削除に費やす時間を労働力に換算すれば、
相当のエネルギーが使われていると言っても過言ではない。
このままでは、ネット離れさえ進むかもしれないし。
地検特捜部の情報を持ってすれば、可能なことではないのか。
どうして、そんなことができないのだろうか。
ホリエモンなら、なんとかしてくれそうな気がしている。
非常識な発言と承知しているけれど・・。
それくらい、イライラすることなのである。



2006年02月16日(木)
ゴジラでさえ皇居に足を踏み入れてない

先日の産經新聞のコラム、産経抄にこんなことが書いてあった。
ゴジラの声を作った作曲家が他界したのだが、
その破壊の代表であり、壊し続けたゴジラでさえ、
28作品の破壊経路を検証したら、
皇居にだけは足を踏み入れていないらしい。
だから「女帝」問題葉、慎重に・・と作者は言いたいのだろう。
私も同感である。
映画というフィクションの世界でさえ、配慮している。
それくらい「天皇」「皇室」は不可侵の別世界なのだと思う。
だからこそ、男系が続かなくなる可能性があるというだけで、
簡単に「皇室範典」の改正などをしないで欲しい、と私は思う。
この問題、真面目に討論するのも良いが、
ゴジラでさえ足を踏み入れていない皇居、そんな視点も面白い。
中断しただけでなく、もっと慎重に・・・これが私の願いである。