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| 2005年12月17日(土) ■ |
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| 先に決めないかんやろ |
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清原選手を熱心に関西へ誘ってくれていた仰木氏の死を悼み、 阪神・岡田監督彼に喝を入れた・・・とサンケイスポーツの見出し。 名球会への参加でハワイ入りしていた清原選手に向けて発した 岡田監督らしいメッセージだった。 「清原?いつ入団するんや。ハワイに来てるんやろ。 先に(オリックス入りを)決めないかんやろ!」 この一言で、私は阪神の岡田監督が好きになった。 いくら言葉で「尊敬してます」「感謝しています」と 美辞麗句を並べたところで、行動が伴っていないのは清原選手。 物事には優先順位があるはずだ。 全体を眺めることができるはずの選手だからこそ、 先に決めなければならないことがあるだろう・・と苦言を呈した。 この叱咤、簡単そうであるが、なかなかできることではない。 年下とはいえ、相手が大物であればあるほど、言いにくいのに、 清原ファンの私が感じていたことを代弁してもらったようだ。 来年の活躍こそが、仰木氏への恩返だよ、清原選手。
PS. 今晩は、ジャイアンツ狂が集まっての今シーズン総決算忘年会。 あっ、来シーズン清原のユニフォーム、着れなくなっちゃったぁ。 宴会に持っていこうっと・・
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| 2005年12月16日(金) ■ |
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| 私なら、2005年は「愛」より「女」 |
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変なタイトル・・と思うかもしれないけれど。 先日、発表された今年の漢字に違和感があったので・・。 自分の1年は12月07日(水)に書いたように「術」がピッタリ。 しかし、本家本元の「愛」は、 2005年を代表する漢字としては、インパクトが弱すぎた。 確かに、悲惨な事件や暗いニュースより、明るい話題が欲しい。 希望も含めた意味で「愛」が選ばれたらしいのだが。 そこで、私なりの漢字一字を考えてみた。 「尼崎の脱線事故」や「耐震問題」「アスベスト問題」 など悲しい・暗い話題はなるべく外して考えてみることにした。 この1年を振り返ると、 スポーツ界では、藍ちゃんに代表される「女」性の活躍や 政治の世界で刺客と呼ばれた「女」(マドンナ)たち、 さらに、天皇に絡んだ「女」帝問題。 そして、小さい「女」の子が標的になっている事件。。 やはり、今年は「女」を抜きには語れない1年のような気がする。 「愛」は、来年優勝する(予定)の「ジャイアンツ愛」のために、 とっておきたかったなぁ。
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| 2005年12月15日(木) ■ |
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| 私は「インターネット」に育てていただいた |
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いつだったか、ゴルフのタイガーウッズ選手が、 「私は、このコースに育てていただいた」というコメントを残した。 自分が成長できたのは、自分を支えてくれた人々はもちろん、 多くの方の応援があったから・・という発言とともに、 自分の活躍の場である「ゴルフコース」に対し、御礼を述べた。 当時は、その意味が分からないままメモをしたけれど、 今は、そのフレーズの意味がよくわかる。 私が、こうやって長い間、書き続けることができたのも、 「インターネット」という媒体があったからだと思うから。 親友とのメール交換から始まった「近況報告」が、 いつしか「ホームページでの公開」「メルマガでの配信」へと 形を変えていくことにより、書くことが楽しくなっていった。 毎日、書かなくてはいけない、という使命感ではなく、 「この一言、みんなにもおすそわけ」という気持ちだったから 続けてこれたともいえる。 そして、その気持ちを実現してくれたのが「インターネット」だった。 だから「インターネット」に御礼がいいたくなったのである。 もちろんこれからも書いていく。 ただ、自分の文章力を試してみたい、と思いはじめたのも事実。 そんな訳で、来年からは、本当の「メモ」になるかもしれない。 それでもよろしければ、これからもご愛読よろしく。 (=^_^=)
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| 2005年12月14日(水) ■ |
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| 年男・48歳からの生きた証づくりに、乞うご期待!! |
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私が36歳の年、今から12年前。 公務員生活にどっぷり浸かっていた頃である。 平々凡々で刺激のない生活への不安と、 自分が生きている意味を見つけたくて、365日毎日書き続けた。 そして、1年間頑張り続けた自分へのご褒美に、出版。 題して「公務員パパの生活コラム150」。(新風舎刊) それからというもの、試行錯誤を繰り返しながらも書いてきた。 勿論、読者の応援がなによりの励ましであったと感じている。 しかし、来年は定年まであと12年を残すこととなる48歳。 もう一回、自分はなにをしたいのか、真剣に考えた時、 このままでは自己満足で終わってしまう・・と思ったのである。 そこで、なにか新しいことにチャレンジしていきたい。 「好奇心さえあれば、技術はあとからついてくる」 そんなフレーズを思い出しながら、自分に期待している私がいる。
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| 2005年12月13日(火) ■ |
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| ボンクラはみんな生きている |
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少しずつ掃除をはじめようと、本の整理をしていたら、 「通販生活」のあるページにこのフレーズを見つけた。 今までにも何度かあった、誰かに話さなければ、 忘れることができない言葉の一つになってしまった。 たぶん「手のひらを太陽に」を耳にする度に思い出すだろう。 その他にも「一泊ふつつかの旅」とか「カルガモの財布」など インパクトの強い言葉がメモされた。 こんな言葉遊びをしはじめてから、12年が経ったけれど、 尽きることがない。 けれど、来年から少し方向転換をしようかな、と思案中。 36歳・年男ではじめた「気になる一言」、 溜まった「メモ」をまた違った分野で活かしたいと思う。 48歳・年男の1年間、いろいろなことを試してみたいから、 「気になる一言」も、毎日ではなくなるかも・・。
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| 2005年12月12日(月) ■ |
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| 「領収書、多めに書いといてよ」「それはできません!」 |
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酔っ払いは、やっぱり面白いことを言う。 飲み屋さんなら、馴染みのお客がそんな会話をするから、 笑いながら聞いているけれど。 店側も、よくある会話だから 「こっちが捕まっちゃいますよ」とさらっと流している。 しかし今回は、代行運転の人に絡んだから笑えた。 あんまり、そんな会話をしないのだろうか、 まじめな顔をして、きっぱり「それはできません!」と 強い口調で言い返したから、ますます可笑しかった。 酔っぱらいながらも「冗談だよ〜」と言い、 「ケチだなぁ〜」とまだ絡んでいる。 「運転手さん、気にしないでください、 この人たち、ただの酔っ払いですから・・」と私。 こういう人に限って、翌日、何も覚えてないんだよなぁ。 得な性格だよな〜、っていつも思う。(笑)
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| 2005年12月11日(日) ■ |
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| 今の日本には「当番」が薄れている |
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私の住む地区では、ビン・缶の分別作業を当番制でやっている。 月に一度、日曜日の朝に実施しているのだが、珍しがられた。 「えっ、役員さんが1年間やるんじゃないの?」 「そんなの行政の仕事でしょ?税金払っているんだから」 こんな会話を耳にしたから、ちょっと呟きたくなった。 日本は、昔から「当番制」が慣習となっていたと思う。 たしか時代劇に出てくる「北町奉行所と南町奉行所」も 江戸という町を、北と南に分けて取り締まっていたわけではない。 場所も「大手町・有楽町」と近いから、当番制だと推測できる。 「年番、月番、日番・・」と当番制で仕切っていたのだろう。 今、リサイクル・環境問題を考える中で、 「江戸の循環システム」が注目を浴びているが、 私はこの「当番制」にも目を向けてみたら?と思う。 学校では「学級当番、給食当番」とか、いたのになぁ。 「分別当番」がいてもおかしくないのに・・。
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| 2005年12月10日(土) ■ |
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| 全ての色は赤と青と黄、だから信号は守れ |
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お気に入り、伊坂幸太郎の著書「ラッシュ・ライフ」から。 実は、原文はもう少し長い。 「全ての色ってのは、赤と青と黄から作られているんだ、 だから信号は守れよ」 この視点、とっても好きだったのでメモをした。 「交通ルールだから、信号は守りましょう」は、 手垢の付いた表現なのか、誰も耳を貸さないけれど、 今、私たちが見えているは、赤・青・黄なんだ。 この三色がなければ、色は生まれないんだ・・という 色の三原色を説明したあとに、信号の色と関連付ける。 意外な視点からのフレーズは、インパクトがあるから、 もう忘れない。 それからというもの、私は信号を見るたびに思い出す。 さて、光の三原色は違うよ、誰か言い出すかな?(笑)
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| 2005年12月09日(金) ■ |
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| 男は最初にこだわり、女は最後にこだわる |
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飲みながら「男と女のこだわりについて」話していたら こんな結論に達したので、とりあえずメモして、気になる一言。 男の方が、初恋の話・童貞を捨てた時の話・・など、 自分の一番最初の体験にこだわりを持ち覚えている。 その点、女は処女を捨てた時よりも、今の相手にこだわっている。 始めた動機が大切な男、なによりも結果が大切な女。 簡単にいえば、そんな理屈である。 (すみません、飲んだときの勢いなので、お許しを) 以前書いた「男のロマンは女の不満」と同じ感覚なんだと思う。 どうしても、こだわっているものが違うから、 いろいろな部分で、摩擦が起きているのだと言えるかもしれない。 中性の立場で客観的に考えると「やっぱり、違う生物だ」と思う。 確かに、どちらの言い分もあっている。 ただ、こだわっているものが違うんだ・・と感じるケースが多い。 この「こだわりの差」さえ理解できれば、もっと分かりあえるのに。 そんなことを感じている、おじおばさんの私がいる。
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| 2005年12月08日(木) ■ |
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| 三本締めは、問屋さん、小売りさん、お客さまの意味 |
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儀式や宴会などで、必ずのようにやる「手締め」。 「チャチャチャ、チャチャチャ、チャチャチャ、チャッ」 これを三回繰り返して打つ手締めを「三本締め」、 一回しかやらないのを「一本締め」、 「よぉ〜、パン」と一回だけ打つのは「一丁締め」とか 「関東一本締め」などというように記憶しているが・・。 その意味は、あまり考えたことがなかった。 ところがある方が、突然宴の締めを頼まれ酔っぱらいながらも、 説明してくれたフレーズが記憶に残った。 本来、手締めは、物事の決着や成就を祝って、 関係者がそろって拍子を合わせて手を打つこと、というのは 私でも知っていたし、 毎年、年末になると、証券取引所が三本締めをするシーンを 目にしていたので、なんとなく手締めのイメージは掴めていたが、 まさか、そんな意味があるなんて・・とメモをした。 「問屋、小売、客」の三者が納得した商いだから、手締め。 そう考えると、とてもわかりやすい気がする。 えっ、だとしたら「よぉ〜、パン」の手締めは、意味がない?(笑)
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