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しもさんの「気になる一言」
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2005年08月09日(火)
ベトベトの湿気対策は、日本の文化

テレビをなんとなく眺めていたら、耳に入ってきた台詞。
四季がある日本ならではの文化が育った、と言う。
障子などは湿気を吸い、ジメジメした体感を少しでも和らげた。
他にも、湿気対策らしい対策が講じられているという。
暑ければ、家の前に打ち水をしたり、季節に応じて対応してきた。
しかし最近、その日本の文化、
言い換えれば「風土」がなくなっていると思う。
と言うことは、その風土に合わせた日本人の「対応能力」が
赤信号ということでもある。
日本人は、四季を感じながら「工夫する」ことを得意としてきた。
しかし、生活が西洋化することにより、暑さや寒さを我慢したり、
工夫することを忘れてしまったのかもしれない。
残したい日本の文化、後世に伝えていきたい日本らしさ、
それにしても、暑い。(汗)



2005年08月08日(月)
参議院は本当に必要なのか?

公務員のくせに、今さら、何をいいたいんだ・・と
怒られるかもしれないけれど・・ふと思ったから。
郵政民営化について、可決した衆議院が解散。
否決した参議院は、そのまま。
もう一度、衆議院に戻さなかった総理の意図は?
どこかおかしい・・と感じる今回の解散である。
任期6年、解散なし、厳しい選挙選を経験せず、
比例代表制で議員になった参議院議員が多くいることも事実。
(もちろん、地域別の選挙で議員になった人たちもいるが・・)
やはり彼等には、国民(支持者)の意見を代表している、
という使命感・存在感・危機感が感じられない。
だから敢えて、私の疑問を気になる一言した。
今回の選挙の見どころは、YES or NO の投票ではないのに
本当に「郵政民営化」についての国民投票となるのか。
9月11日、秋の行楽シーズンで、
投票率が50パーセントを超えなかった場合、どうか。
また、平成の大合併が進んだ後のはじめての国政選挙として、
その地区割りは、適切なのかどうか。
なかなか市町村合併が進まない静岡県東部の地区割り、
実は、郵政民営化より関心がある。
(これ、あくまで私見です。誤解なきように(汗))
私なりの焦点をもって、この解散・選挙を見届けたい。



2005年08月07日(日)
風か半分になるといいんだけどなぁ

イベント2日目、恒例の狩野川河川敷の花火大会。
またまた今年もスタッフとして、対岸の打ち上げ場所へ。
昨年、8月8日(日)
「来年はもっと大きな花火もって来るから・・」と
約束した花火屋さんが、今年もやってきてくれた。
風が吹かなくても困るし、吹き過ぎても困るんだ、
だから花火は難しいんだよ・・と呟いていた。
そして、今年のやや強めの風を肌全体で感じながら、
私に話しかけてくれた台詞が、気になる一言。
流石、花火業界らしい言葉の使い方、とメモをした。
風か強い・弱い・・は使うけれど「半分」という単位が
妙に私のアンテナに引っかかったのかもしれない。
ほとんど、真下から花火を見ることになるが、
最後の「超特大スターマイン」は、火が消えないまま、
バラバラと私の上から落ちてくる大迫力。
突然顔の横を2つの火が通り過ぎた時、彼らが言った。
「よかったねぇ、今のが直接当たったら、火傷していたよ」
その瞬間、花火は「きれい」より「熱い」と認識を変えた。
ふう〜、この話題でこの夏はもつな。きっと(笑)



2005年08月06日(土)
とにかく、短く、言い切ること

誰でも知ってる無線の使い方であるらしい。(笑)
今日は、地元のイベント当日、朝から晩まで忙しかった。
チョットしたトラブル、いやハプニングはあったものの
天気が晴れだっただけでも、大成功であった。
イベント会場内のスタッフ同士の連絡は、
今年から無線で対応したけれど、
どうやら、私の無線の話し方はなってないようだ。
一言でいえば、
形容詞が多すぎる。何をいいたいのか、わからない。
滑舌(カツゼツ)が悪く聴きにくい。
マイクとの距離が、近すぎる、遠すぎる、
指示なのか、質問なのかもわからないらしい。
どれもこれも、私の欠点だと本人も自覚しているのだが、
意識してもついつい出でしまう癖みたいなもの。
それを直すには、やはり訓練しかないのだろうか。
文を書く人間は、ついつい形容詞を付けたくなるのだが・・。
「短く、言い切る」・・少しずつでも、学習してみようっと。
みんなに、おっ、少しはうまくなったじゃん・・
と言われたいから。



2005年08月05日(金)
はい、左向いて、それから手を振って

明日の地元のお祭り準備を終え、
ち〜っと軽く行くか?・・とばかり、帰り道のラーメン屋へ。
大きな交差点の角地で、車の往来が窓越しに見える場所。
ふと見ると、同じ職場の同僚が偶然横断歩道を渡っている。
そこで、あわてて彼の携帯へ電話した。
私たちがどこにいるかも知らせないまま、電話を苅テけた。
その第一声を、気になる一言、に選んでみたが・・。
ある人を誘拐し、身代金要求をし、こちらからの指示を待て、
のパターンがよくあるが、今は犯人の気分。
犯人から、身代金を持って指示どおりに動いている相手が見える、
しかし相手からは犯人の居場所がわからない、なんてケースは、
よく見かけるドラマや映画のワンシーンである。
今回、彼はがこちらの指示どおり、左を向いた先には、
同じくて手を振り、大笑いしている私たちがいた。
待ち合い場所を指定せず、近くにきたらまた指示するよ・・は
意外と面白い待ち合わせ方かもしれない。
さて約束どおり、ち〜っと軽く飲んでお開き。
明日も、暑いんだろうなぁ・・きっと。



2005年08月04日(木)
本当は甲子園は(県大会で)勝っていくところ

高知県代表の甲子園常連校・明徳義塾高校が、
野球部員の喫煙や部内暴力が判明し、
夏の甲子園大会出場を辞退したことを受けて、高知県決勝で、
明徳義塾高校に負けた高知高校の出場が決まった。
時事についてのコメントは、あまりしたくないが、
スポーツの世界では敗者復活戦で勝っても、ちっとも嬉しくない。
そんな気持ちを代表した高知高校のコメントを拾ってメモをした。
プロ野球のパリーグ・プレイオフも同じ感想を持っている。
(なんとセリーグも検討しているようだが・・)
プロ野球日本シリーズは、両リーグのペナントレースの覇者だけが
出場できる試合であって欲しい。
2位や3位でも、運によっては出場できるのはやはりおかしい。
これだけは、断固として譲れない、私の考え方である。
高校野球の甲子園は、予選で負けを知らないチーム同士が、
県の誇りを背負って戦うから、見ている私たちを感動させる。
組み合わせが決まってからの処分も納得いかないが、
不戦敗扱いをせず「繰り上げ出場」を決めた日本高校野球連盟の判断、
本当に良かったのだろうか?、私は反対である。



2005年08月03日(水)
昨日、聴きましたよ・・ラジオ

先日、スタジオ収録したラジオ番組が昨夜流れた。
(これって「生」ってことになっているんだっけ?)
地元のコミュニティFMだから、聴いている人は僅か。
職場で聴いている人なんていないだろうな、
そんなことを思っていたら、なんと朝から立て続けに
同じような台詞を言われたので、気になる一言。
私なんて、ふだん運転するときしかラジオは聞かないし、
放送している時間、そして番組まで絞ると、
聴いたこと自体、すごいなぁ・・と驚いてしまう。
それにしても、ラジオから流れてくる自分の声を聴くと、
とてもがっかりすることが多い。
「え〜、こんな声?」と不満げにぼやくと
ほとんどの人に「いつもの声じゃん」と言い返される。
「ボイス・トレーニング」真剣に習おうかなぁ・・。
異性を口説くことはないかもしれないけれど、
いい声にはなりたいものねぇ。
いつかDJするかもしれないし・・(笑)



2005年08月02日(火)
「痴呆公務員」から「認知症公務員」?(笑)

介護保険法等の一部改正で「痴呆」の用語を見直すことになった。
「痴呆」を「認知症」に、「痴呆性老人」は「認知症である老人」、
「痴呆性老人介護加算」は「認知症老人介護加算」へと改正された。
この話をしていたら、職場の先輩が
「では役場の職員も『認知症公務員』に変えなくちゃ」と言い、
職場は、笑いの渦に包まれた。
地方公務員を誹謗中傷するインターネットの掲示板では
「痴呆公務員」という単語が溢れ、その度に嫌な思いをしていた。
「痴呆」の言葉の意味は「おろかなこと(もの)・ばか」だから、
今から考えれば「痴呆症」とは、誠に失礼な単語だったと思う。
ただし今度の「認知」とは、認め知ること。
これで、あの症状を表したことになるのか、ちょっと疑問である。
今までの「痴呆」という言葉のイメージが強かったためか、
どうもしっくりこない。
アルツハイマー病は、痴呆の一つだけれど、
全体を表現するものではない。
う〜ん、もう少し、わかりやすい呼び名はないものだろうか?



2005年08月01日(月)
「どう生きるか」ではなく「なぜ生きるか」

NHK番組「新日曜美術館」、私のお気に入りの番組であるが
日曜日夜は、サッカーや野球などに心を奪われ、
どうしても録画で見ることが多くなってしまう。
(本来は、午前9時からの番組なのであるが、やはり家にいないから)
もちろん、今回も内容の紹介ではない。
「シリーズ戦後60年 〜戦没画学生、カンバスに込めた青春の思い」 で
「無言館」館長の窪島誠一郎氏が、呟いた台詞をメモにした。
今、本屋・図書館に溢れているのは「どう生きるか」というもの、
恥ずかしながら、私の本棚にも何十冊も並んでいる。
言い換えれば「生きるヒント」的なタイトルが所狭しと並んでいる。
しかし、生きて帰って再び絵を描くことを望みながら死んでいった、
400人近い画学生たちの絵からは、どうやって生きるか、という
生き方のノウハウではなく、生きたいというメッセージが伝わってきた。
私たちが忘れていた「生きる」ということへの執念を、
再認識させられるフレーズであった。
難しい世の中を「うまく生きる」という処世術ではなく、
ついつい、敬遠しがちな「なぜ生きるのか」というテーマについて、
これからは、ちょっぴり前向きに考えてみたいと思う。



2005年07月31日(日)
ボランティア・ダイエット

朝から、これでもか・・というくらい汗をかいた。
来週に迫った、地元の祭り会場の草刈り。
背丈以上のアシ?を、約1時間半、多くの方の協力で刈り続けた。
私の仕事は、その刈り取った草を、まとめて運ぶ、という
単純な仕事。しかしその量は、半端ではなかった。
腰をかがめて草をまとめ、抱えられる程度の量を持ち上げ、
そのまま移動するだけであるが、
スポーツジム以上の運動量が、このボランティア活動で得られた。
本来は「シェイプアップ」であるのだが、巷では「痩せ」れば、
なんでも「ダイエット」の単語を使っているようなので、
あえて「ボランティア・ダイエット」と私が命名した。(笑)
単純だけれど、一人でも多くの人手を必要とする作業。
考え方によっては、1時間半の継続的なシェイプアップ運動が得られ、
さらに主催者には喜ばれ、当然飲み物の差し入れまでいただける。
こんな一石何鳥かの「単純作業」情報を、常に提供できたら
「ボランティア・ダイエット」が注目を浴びるかもしれないな。
汗だくで帰宅して、シャワー浴びてから飲んだビールの格別な味。
こればかりは、もう文字では表現できない。
あっ、そうそう、もうひとつの特典を見つけた。
「炎暑」と言う言葉の意味を、身体で実感できること。 ( ^-^)_旦~