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| 2004年10月23日(土) ■ |
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| おかあさん、それ、選曲ミセス |
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メル友が、NHKのど自慢大会に出るんだと張り切っている。 挑戦する曲目は?と訊ねると、 ペギー葉山さんの「南国土佐を後にして」だと言う。 その選曲に対して、娘さんたちが浴びせた一言。 (もしかしたら「ママ、選曲ミセス」かもしれないが・・) 言葉遊びには欠かせないフレーズとなった。 私にとっては、思わずニヤリの一瞬である。 その発想をキッカケに、いろいろ探してみたら 「選択ミセス」「煩ミセス」「ミセスマッチ」などなど、 応用範囲は思った以上に広かった。 あとは、使うタイミングかな、と感じているが、 これがまた難しい。 まずはオーソドックスに「カラオケ」に行って あんまり上手に唄えなかったら、冒頭の一言をボソッと呟く。 「選曲ミスター」では意味が通じない。 「選曲ミセス」だから、面白いのである。 これからも何度となく登場する、私の言葉遊び。 どうぞ、懲りずにおつきあいください。
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| 2004年10月22日(金) ■ |
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| 「お頭付き」ではなく「尾頭付き」 |
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何気なくテレビを見ていたら、常識クイズをやっていた。 「『おかしら』を漢字で書きなさい」。 てっきり「かしら」を漢字で書けるかな? そんな問題だったと思っていた。 その場に居合わせたメンバーは「お頭」(「御頭」)。 珍回答をする出演者に「お頭」も書けないのかよ〜と みんな自慢げだった。 お祝いごとや神事に使うだろうに・・と解説付き。 しかし、答えは「尾頭」だったから、一同唖然。 たしかに「尾と頭のついたままの魚」。 まるごと一匹のことは誰もが知っていたのに「尾頭」に 気が付かなかった。 そこでなぜだろうか、と考えてみた。 たぶん「尾」から「頭」という視点がなかったのだろう。 「尾」から「頭」という発想をした人は、頭が柔らかいと思う。 全て「上から下へ」「前から後ろへ」が正しいとは限らない。 ついつい長い経験から出来上がった自分の枠の中で、 答えを見つけようとするが、それでは問題は解決ししない。 もう手垢の付いた表現であるけれど 「発想の転換」の必要性を、改めて感じた問題であった。
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| 2004年10月21日(木) ■ |
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| 誰かが死ななきゃやめないんだよ |
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建物の外へ出て、台風の様子を伝える各局のアナウンサー。 暴風に負けず、必死になってその凄さを伝えるシーン。 どの局でも、何度も何度も目にするけれど、 「そこまでしなくても・・」というのが 多くの視聴者の意見ではなかろうか。 かえって「危なくてハラハラする」という意見が多い。 と言うことは、局の意図が伝わっていないということ。 それなのに報道各局は、これでもかこれでもか、と流す。 どうして、こんなことを続けているのだろうか、 どうして、やめることが出来ないのだろうか、 私にとっては、とっても不思議なことである。 ではやめる方法は・・という話になったが、 みんなで考えたその答えが、気になる一言。 その時、国民の多くが 「私もそう思っていたのに」と声をあげるに違いない。 それからでは遅いのに・・と思う。 まさか、ハプニングシーン、NGシリーズで使えるから・・ なんて考えているわけでもないだろうに。 台風の犠牲者の家族の気持ちを考えれば、 一刻も早くやめるべきである。 それでも続けるのであれば、 責任の所在をはっきりしておく必要があろう。 台風は危険だから出ないでと、必死の説得、外でする。
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| 2004年10月20日(水) ■ |
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| 神様が日本に試練を与えているみたいだね |
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今年は台風の当たり年、もう10個目の上陸。 しかし先週、お天気キャスターの森田正光さんは、 もう今年は上陸しません、というコメントをしていたはずなのに・・。 原因は、いろいろ考えられるんだろうけれど、 もう気圧の配置などでは説明できない何かがあるかもしれない。 そんなことを考えながら、農業用水のパトロールをしていたら この台詞がラジオから流れてきた。 面白い視点だな、と思わずメモをした。 今まで、自然の脅威をあまり意識しなかった日本人に、 猛暑の夏と台風の威力を示しているようで仕方がなかった。 地震も台風も被災地でないと他人事、の意識が強い私たちに、 神が平等のように日本各地に台風を上陸させてくれた、 そう考えてみるのも面白い。 危機意識の薄い日本人に、少しは自然の猛威が刺激になって 用意周到な体制の要性を感じたに違いない。 前回の台風の復旧も終わらないまま、また台風上陸。 「神様は、超えられない試練を与えない」 そんなフレーズも私の頭には浮かんできた。 今は、農家にとっても大切な時期である。 国民全体で、この試練を乗り越え踏ん張るしかない。 さて、今夜も水防警備で徹夜かな。朝には帰れるのだろうか。
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| 2004年10月19日(火) ■ |
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| 今どきの肝っ玉かあさんは、スリムだ |
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好きな作家の一人、林真理子さんの「美女入門part3」 (角川文庫・274頁)を読み終えた。 彼女独特の言い回しが、私にはとても勉強になる。 さて今回の台詞は、挿絵だったから、もしかしたら イラストレーター・国分チエミさんの作品かもしれない。 私達の時代、肝っ玉かあさん=京塚昌子さんだったので、 このフレーズが妙に引っかかった。 この「肝っ玉かあさん」の条件は何だろう、と考えてみた。 人情味が溢れ、悩んでいると相談したくなるような女性。 腕っぷしが強く、喧嘩の強い女性ではないことは確か。 いつもはニコニコしているけれど、一度怒らせたら大変。 そんな女性のイメージは、ちょっと太目のほうが似合っていた。 (これは私の独断と偏見で、あまり意味はないけれど・・) しかし最近では痩せていても、こういうタイプの母親がいる。 男性でも女性でも、大人でも子供でも差別することなく 力になってくれる母親は、現代の肝っ玉かあさんに間違いない。 「肝っ玉かあさん」は死語になったのではなく、 形を変えて、私たちの生活の中に生きつづけていると思う。 さらに付け加えて言えば、 今どきの肝っ玉かあさんは、オシャレである。 白い割烹着を着ていなくても、家事をこなす母親が溢れている。 それに比べて、男性は・・ いまだに、太ったままの「寺内貫太郎」か。(笑)
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| 2004年10月18日(月) ■ |
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| 蔵王のオカマは最高だね |
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先週末、中学の同級生で学年全体の同窓会があった。 (というより、単なる飲み会だったかも・・) 今回は、面倒くさいことは一切なし、 場所は公民館、会費は無料(但し自分の食べ物・飲み物持参) 連絡は全て口コミ、(返事も来ないはがきは意味がないから) 2次会はご自由に。これで来れる人は来て・・で企画した。 異論、反論は承知の上、公務員が暇だと思ったら大間違いだ、 それが嫌なら、いつも私任せの幹事をやってみろ、という ちょっと強気の私がいた。 結局、集まった人数は少なかったが、楽しい時間を過ごせた。 今回はその中での会話。 「この間、宮城県へ行ったんだけれど・・」で始まる話に 耳を傾けたら、冒頭の台詞。「蔵王のオカマは最高だね」 「へぇ〜、そんなにきれいなの?」と私。 「うん、最高。一度見ておいた方がいいよ」と友。 「そういえば、上高地も良かったぞ」と別の友。 「へぇ〜、上高地にもきれいなオカマがいるの?」と私。 顔を見あわせる同級生同士のあきれ顔。 「おまえ、ばっかじゃね〜の?」と友、そして大笑い。 私と同じ間違いをした友もいるけれど・・恥ずかしかった。 「蔵王のお釜」といえば、有名な観光名所。 エメラルドグリーンの湖水は、なかなか見ることが出来ない。 それくらいは知っていたけれど、景色は浮かんでこなかった。 酔っぱらっていたとはいえ、またまた失態を・・(笑) この日の楽しさは、何年経っても「蔵王のお釜」で思い出す。 持ち寄った食べ物、美味しいものにいっぱいありつけたし、 やっぱり同窓会もいいもんだな、と万年幹事は思った。
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| 2004年10月17日(日) ■ |
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| お母さんでしか教えられないことを教わっていない |
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「泉のまち わたしの主張」と題する発表会が開催された。 小・中学生や高校生の発表に混じって、高齢者・外国人も 自分の感じたことを丁寧な話し方で、堂々と話してくれた。 中でも、日本に来て10年。町内で英会話を教えているという、 マレーシア出身の女性の主張は 「日本の子どもたちとふれあってみての印象」だった。 他の国の子どもたちにあって、日本の子ども達にないことは 「親を尊敬する」という感覚のようだ。 あまりに、自分の親について説明できない子ども達が多い。 「私のお父さんはどんな人で、お母さんはどんな人」 家族だから当たり前である世界の常識が、日本には通用しない。 家族の会話があまりに少なすぎて、わからないのかもしれない。 その原因を彼女の感覚で表現したフレーズが 「お母さんでしか教えられないことを教わっていない」だった。 なんだろう? なぞ掛けのようなフレーズを真剣に考えてみた。 「子どもが親より高い服を着ているのには驚いた」の台詞で 聴衆者の笑いを誘いながらも、淡々と話す彼女の主張は、 子育てに悩む親にとって、とても貴重な発言が多かったと思う。 新しく始まった「金八先生」を見ながら、 ただただ、うるさく感じたのは私だけだったろうか。 ビートたけしの「TVタックル」の政治家たちも同じ。 人の話をしっかり聴く、ということが出来ていない。 当然、相手の目を見て話すことも出来ていない。 話す時は、相手の目を見て話すってこと。 お母さんが、赤ちゃんに一番最初に教えてあげることだと思う。 これって悔しいけれど、お母さんでしか教えられないこと。 そんな気がしたから、彼女の台詞が妙に私の心に響いて残った。 私の解釈、違うかな?
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| 2004年10月16日(土) ■ |
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| やさしさは心がドキドキするから、この形 |
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「おひさまのたね」を歌っている西島三重子さんの 歌とお話を聞くことが出来た。 うまく説明できないけれど、なんだか不思議と 温かい気持ちになって帰宅した。 「おひさまになれ おひさまになれ やさしく強い 心をもって おひさまになれ おひさまになれ そばにいるだけで あったかい」の歌詞では手話付きで 会場にいたみんなで覚えた。 特に「やさしく」の言葉の手話の説明が、ぐっときた。 「やさしさを受けると、なぜがドキドキするでしょ?」の 問いかけをしながら、心臓の前でハートをつくり、 大きくなったり、小さくなったり・・ドキドキ感を表わした。 この表現が正しいか、正しくないか、なんて問題ではない。 「人って、やさしくされると心がドキドキする」 うん、とてもうまい表現だとメモをした。 「自分が唄う歌」から「みんなに唄って欲しい歌」へと 意識を変えることが出来た歌だという「おひさまのたね」。 先日閉幕した、浜名湖花博のテーマソングであるが、 何度聴いても飽きないのは、彼女の人間的やさしさが そのまま曲へ伝わっているからだろう。 「北風と太陽」ではないけれど、太陽は心を開いてくれる。 「そばにいるだけであったかい」存在か・・いいなぁ。
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| 2004年10月15日(金) ■ |
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| 最大の被害は、農家のやる気がなくなること |
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先週末の台風22号、静岡県伊豆半島へ直撃。 おかげさまで、わが町は被害という被害はなかったけれど。 今日の農業担当の会議は欠席者が目立ったが、 理由は、被害状況の把握で飛び回っているからであった。 会議の冒頭、こんな挨拶があったので、メモをした。 「台風22号で各地に大きな被害が出ている。 その被害総額は、なんと49億円とも言われている。 しかし最大の被害は、その被害を受けた農家の人達の やる気がなくなってしまうことです」と。 確かに、高齢化、サラリーマン化が進み、 担い手不足で悩む農家に追い打ちを掛けたのが、今回の台風。 特に伊豆半島、収穫間際の蜜柑が強い風で落ちた。 つい先日(台風22号上陸の前) 「今年は夏が暑かったから、甘いミカンができたよ」と テレビのインタビューで答えていた姿が思い出される。 農業収入だけでで生活していくことがなかなか難しい昨今、 僅かな収入を見込んでいた農作物が、台風という自然によって その道も閉ざされてしまった形だから、よけいに辛い。 これを機会に、農家をやめるか、となったら大変である。 なんとか農家を支えたい、心からそう思う台風被害であった。
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| 2004年10月14日(木) ■ |
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| カルーセル麻紀がニューハーフでなくなった |
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「カルーセル麻紀が女になった」は 知人のホームページで見つけたタイトルだった。 彼女が戸籍上でも女になったという記事に、 知人なりのコメントが書かれてあった。 既に子どもがいる性同一性障害の方は認められない。 彼はこの点に注目していたが、私は当然だと思う。 そもそも「性同一性障害」は、 先天的なものであると理解しているから。 後天的に「私は性同一性障害です」というのは、 単に、今の性別ではうまく生きられない人が、 逃げとして使っているとしか思えないからである。 男として、女性と結婚し子どもを授かった。 その行為自体が「男」であることは明白な事実であるし 「女」としてその行為は出来ないはずだから。 さて話を戻す。 私の関心事は、女になった彼女より、男でなくなった彼女。 「性転換・ニューハーフ」で話題になってきたのに、 完全な女になったということは、今後、女風呂に入っても 女子トイレに入っても、犯罪ではないし話題にもならない。 4月4日のニューハーフの日のイベント。これも資格がない。 メリットは、パスポートの性別と一緒になるから、 今まで行けなかった中国・ロシアにも行けるらしい。(笑) まぁ私の注目は、ニューハーフを売り物にしないで、 女として彼女がどう生きるか、である。 あっ、好きな男性と結婚が出来ることになる、日本でも。 しばらく彼女の動きには注目してみたい。
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