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| 2004年01月17日(土) ■ |
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| まずは、やってることを知ってもらうことから |
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良いことをしているけれど、なかなか盛り上がらない。 これって、団体活動にはありがちな悩みである。 動いている人たちは、活動に酔い、結果は二の次という人が多い。 長い目で観ていこう、という意見が多くを占め、 いつかは理解されるに違いない・・という希望的観測で終わる。 もちろん、その考えが間違いとは言えないし、 実際の活動を見てみると、本当に頭が下がるような事をしている。 しかし、私の視点から言えば逆である。 活動内容なんかより、結果重視。 自分達の活動から、社会貢献できるものがあれば、 どんどんマスコミを通じて、アピールしていく。 そして記事にしてもらうことにより、活動内容が精査されていく。 そこではキレイごとはいらない、 自分達の活動が何回マスコミにとりあげられるかが大切となる。 うまくいかなくて会議を開いていることさえも、ニュースにする。 そんな貪欲さが、グループ活性化には必要なのだと思う。 だからこそ、どうやったらとり上げてもらえるのか、を考える マスコミ渉外係の設置を提案したい。 活動を評価してもらうより、活動を知ってもらう。 まずは、そのノウハウを知っておく。 とても、大切なことである気がしてならない。
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| 2004年01月16日(金) ■ |
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| 奈央子は揺さぶられ、沈み、分解され、集められ、そして何度も溺れた |
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以前読んだ林真理子さんの「anego」から、気になる一言。 さすがに記憶は出来なかったので、メモを見たけれど・・ どうして、わざわざ、この台詞を取り上げたか、というと 第130回芥川賞に若い女性が二人も選ばれ、 新聞各紙を賑わせているからである。 受賞された作品の感想は、読んでからにするとして、 冒頭のようなセックス表現が彼女達の作品には出てこないだろう、と 勝手に予測したからかもしれない。 一昨年、芥川賞の大道珠貴著「しょっぱいドライブ」を読んだ時、 なんだか、表現・描写にもの足りなさを感じたのは記憶に新しい。 小説家は、いろいろな経験の積み重ねが大切である、と思う。 五感をフルに活用した表現に醍醐味を覚え、その言い回しに 感動すら覚えてしまう。 確かに若い人の感性も、それはそれで大切であると思うが、 やはり私は、それなりの経験を重ねた小説家の書く物語が好きだ。 本屋では、彼女たちの受賞作が売り切れ続出で、増刷待ちらしい。 確かに一発勝負の芥川賞であるが、はてさてどんな作品なのか、 選評などの予備知識なしに読んでみて、後日感想を載せたいと思う。 ただし今の私には、以前直木賞から漏れ話題になった 横山秀夫著の「半落ち」の映画を、小説を思い出しながら 観た方が満足がいくような気がしている。
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| 2004年01月15日(木) ■ |
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| アイの花咲く女子スポーツ |
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読売新聞、夕刊の見出しから拾ったフレーズだった。 「アイは地球を救う」なんて言葉も見つけた。 女子ゴルフの「宮里藍」さん、テニス界では「杉山愛」さん、 スキーフリースタイルは「上村愛子」さん、 そして、卓球界では「福原愛」さん。 こんなに「アイ」さんが活躍しているのは過去に例がないらしい。 今回は、言葉のリズムで私のアンテナに引っかかったが、 本当に不思議なことがあるんだな、と改めて記事を眺めて笑った。 他にも調べてみたら、皇太子殿下のお子様は「愛子」様、 携帯電話は「i-mode」、パソコンは「i-BOOK」(笑)。 今年は「申年」に相応しく「アイアイ」はお猿さ〜んだよぉ。 「あい」で変換すると、予想以上の漢字が変換されてくるが、 日本人に好まれる「音・響き」と言うことがわかってきた。 私も以前「あい」について書いたことがあるのを想い出した。 ROMA(ローマ) を反対から読むと、AMOR(愛) 愛というのは真心で、恋というのは下心 50音の最初の二文字は「あい」最後は「ん〜」・・・等々。 よく考えると、日本の子ども達が一番最初に覚える2文字。 「あい」・・う〜ん、やっぱり心に響くなぁ。
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| 2004年01月14日(水) ■ |
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| 伝統とは「心」を受け継ぐこと |
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取材で移動中のカーラジオから流れてきた台詞だった。 歌舞伎役者が話していたのは覚えているが、 番組名も、出演者も覚えていない。 なぜか、このフレーズだけが記憶に残り車を止めてメモをした。 今まで伝統とは、 長く続いてきたしきたりや技術を伝えることだと思っていたから、 ちょっと驚いたが、逆に私のお気に入りフレーズとなった。 「伝統技術(芸能)を後世に伝えるために頑張っています」という、 やや手垢の付いた会話は、何度となくテレビ等で拝見するが、 本当に伝えたいのは、 その技術(芸能)を後世に残そうとする「心」だと知った。 よく考えてみれば、スポーツなどでも伝統校が強いのは、 そのスポーツに真剣に取り組んできた、 先輩方の「心」を受け継いでいるからではないだろうか? どうみても戦力的には劣るチームでも「伝統校」という重みで 勝ちあがっていく高校野球を何度もみているから、理解できる。 行事・イベント等も、長い歴史と供に出来上がってきた伝統が、 参加している人はもとより、見ている観光客をも感動させる。 文化・芸術の分野は、さらに顕著であろう。 冒頭で触れた歌舞伎をはじめとした、日本文化の数々。 新しいものにチャレンジしながら「心」を伝えていくのだろう。 このフレーズ、挨拶文に使えるなぁ、ともう一度メモをした。
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| 2004年01月13日(火) ■ |
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| 「新撰組」と「新選組」、どっちでもいいんだって |
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NHK大河ドラマ「新選組!」を見ていて気になったこと。 私の知っている名称は「新撰組」なんだけれど・・ 三谷幸喜さんが脚本だし、チョットしたパロディかな、と 調べるまでは真剣に思っていた。 もちろん「!」は何かメッセージがあるんだろうけれど・・。 インターネットから図書館、そして本屋の特設コーナーまで 調べたけれど、どっちが正しいか、わからなかった。 と、言うよりも、どちらも使っていた、というのが真相らしい。 日記や掲示板に書き込んでいる人たちも、あまり意識していない。 たぶん「しんせんぐみ」と入力して、変換して表示された単語を 使っているといった感じである。 本当にいいんだろうか?そんな曖昧なことで、と感じている。 ただし三省堂「大辞林 第二版」には 「新撰組」で登録されていて「新選組」では見当たらないから 私はこれからも「新撰組」を使っていこうと思う。 そういえば、ふっと「佐世保」は「させぼ」か「させほ」、 どちらが正しい読み方か、なんて調べたことを思い出した。 その時の答えも「ほぼ、おんなじ」だったなぁ。 白黒、はっきりさせる必要はないんだな、きっと。
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| 2004年01月12日(月) ■ |
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| コギャルが世界を動かしてますよ |
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昨年「地域情報化読本づくり」で知り合った人たちと 近況報告も兼ねた新年会があるというので、 なんと浜松まで、往復新幹線で出かけることにした。 (もちろんメンバーの一人ひとりが魅力的であり 久しぶりに話がしたい、というのが前提であるからだけど) その中の一人に、ヤマハに勤めている方がいる。 話は、中国のピアノ販売が伸びている話、オートバイの話、 そして、一番伸びている携帯等の着メロの話まで。 その着メロ音源、シェアは世界の約7割を占めているらしい。 「えっ?世界のですか?」の私の問いに、彼は微笑みながら言う。 「今まで携帯に着メロなんて発想は、世界市場ではなかった。 それが各国で採用してみたら国民に受けたんです。 プリクラといい、着メロといい、コギャルの発想・行動を 真剣にリサーチしていますよ」と。 大人が、コギャルに受けそうな製品を開発しても売れない。 ドラマやアイドルに使わせて、製品PRしても売れない。 彼女たち独特の感覚で出来あがってきたものでないとダメらしい。 日本国内だけだと思ったコギャルたちの影響力。 実は、世界の勢力地図を塗り替えるほどのパワーをもっていた。 笑いながらも、どこか真剣だった彼の台詞が、気になる一言。 いろいろなジャンルで個性を発揮しているメンバーの集まりは、 また多くの人たちとの出逢いも生み出してくれる。 これだから、異業種交流はやめられない。
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| 2004年01月11日(日) ■ |
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| 音楽の分野でも「地産地消」 |
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食料に対する安全志向の高まりを背景に, 消費者と生産者の相互理解を深める取り組みとして 期待されている「地産地消」とは、 地元でとれた生産物を地元で消費すること。 そんな言葉を、地元のアーチストで編成する 「伊豆室内オーケストラ」が演奏する 「伊豆ニューイヤー・コンサート」で思い出していた。 音楽を愛し、一所懸命演奏する人たちは、 ウィーンでなくても、東京でなくても、どこにでもいる。 私は彼らの演奏する、ヴィヴァルディ「四季」が楽しみだし、 (もしかしたら全曲を聴くことが出来るのは、ここだけかも) コンサートホールだって、地元の文化ホールで充分である。 今年は、各楽章ごとに作者不詳のソネット(14行詩)が紹介され、 「春・夏・秋・冬」の楽しみ方も、ますます増えた。 地元で活動している演奏家を、地元の人たちで応援していく。 彼らは、その期待に応えるように演奏する。 その姿が私たちに感動を与え、 私たちは精一杯の拍手として返す、循環サイクルが生まれる。 これこそ、文化・芸術の分野の「地産地消」であると思う。 「地産地消」という四字熟語。 食料だけでなく、多方面で応用できる言葉であるから、 地元に眠っている才能を掘り起こし、育ててみよう。 あとは、それをうまく「消費」する仕組みを考えればいい。
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| 2004年01月10日(土) ■ |
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| 常在戦場(常に戦場に有り) |
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この言葉を見て、 あの「米百俵」に出てきた四字熟語、と思った人はいるだろうか? 地方自治体も長引く不況からの財政難や、 平成の大合併と言われる、市町村合併で揺れている。 こんな時、まちづくりの原点にかえって「ひとづくり」に力を注ぐ、 教育に重点をおいた行政を展開したい、という考えは正しいと思う。 しかし、今さら「米百俵」の例え話も古かろう、と思ったが、 そういう私も、美談の部分しか知らないので、これはいかん、と さっそく本屋に出かけ、帰宅後、一気に読み終えた。 「米百俵」(山本有三著・新潮文庫・181頁)は、 読んだ人にしかわからない、多くのヒントが詰まっていた。 そのひとつが、気になる一言に紹介したフレーズ。 読む前の私の疑問は、山本五十六元帥など立派な人物が この米百俵の舞台、越後の長岡藩から排出されたという結果よりも、 どうやって、貧窮で困っている不満藩士たちを説得したか、 であったから、この一言は「長岡藩、小林虎三郎、米百俵」より 私の記憶に残ることになった。 小林虎三郎は「常在戦場」と書かれた掛け軸を見せただけである。 この四字熟語、文中「参州牛久保のおん壁がきの第一条」として、 300年来、とりわけ重い掟「家風」としていた考え方であった。 「戦のないおりにも、常に戦場がある心で いかなる困苦欠乏にも耐えよ」という意味の掛け軸こそが、 不平不満だらけの藩士たちに自問自答させ、賛成させた。 「戦場にあったら、つらいの、ひもじいのなどと言っておられるか、 何がないの、何がたりないの、などと不平を言っておられるか」 この「米百俵」の話を支えた家風こそが、今、一番重要であろう。 大切なことは、長期的な視点で考え成功した結果ではなく、 反対する人たちに、どうやって自分の想いを伝え理解を得るか、 である気がしてならない。
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| 2004年01月09日(金) ■ |
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| 親バカ、妻バカ、娘バカ |
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関西では、バカと呼ばれるよりアホと言われるほうが 頭にくるらしい。関東では逆のような気がするが・・。 しかし、この「バカ」という単語は面白い。 接頭語、接尾語として捉えると意味が変わってくる。 「すみません、親バカなもので・・」と照れながら言う。 「すみません、バカ親なもので・・」と呆れながら言う。 同様に「うちのバカ嫁」「我が家のバカ息子」などと使い、 単語の前に「バカ」を持ってくると、 本当に「頭が悪い」印象が強くなるのは私だけだろうか。 逆に、単語の後ろに「バカ」をつけると、 恥ずかしいくらい愛情が溢れ、 いつまでも子離れできない親などを指すことになる。 だから私は「親バカ」大賛成である。 これを応用すれば、 いつまでも夫(妻)を愛している「妻バカ」(夫バカ) いつまでも親を大切にする「娘バカ」(息子バカ)が いてもおかしくない。 気になる一言は、リズムとして「妻バカ、娘バカ」を挙げたが 私としては「夫バカ、息子バカ」なのかな、と思う。 なかなかむずかしいなぁ・・。意識してみようっと・・。
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| 2004年01月08日(木) ■ |
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| 以上、現場からでした。 |
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久しぶりに、タイトルだけで読みたくなった本である。 (安藤優子著・マガジンハウス刊) 「見た!聞いた!伝えた!」20年の記録、 サブタイトルには、こう書かれていたが、 なんだか、久しぶりにワクワクしたタイトル。 今、読みかけの本が厚いので、 なかなか買えずにいるが是非、後日読みたいと思う。 本のタイトルは、私の本屋での楽しみの一つである。 私の場合、読みたい本があると買ってしまう性格だから 立ち読みはほとんどしない。 もっぱら、インパクトのある言葉探しの場所として 本屋を利用している。 たくさんある本の中から、面白いタイトルは携帯メモ機能で記憶。 あっという間にメモが溢れ、1時間が過ぎる。 だから、本屋は一人で行くことにしている。 たぶん店員は怪しい人と思っているだろうし、 誰かと一緒に出かけたら、退屈で仕方がないに決まっているから。 話を戻す。 そのうち携帯なども動画配信が主流になる日がくるだろう。 その時こそ、この台詞が流行するに違いない。 「以上、現場から、下山がお伝えしました」 ねっ、誰でも一度はやってみたいシーンでしょ?
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