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| 2003年10月19日(日) ■ |
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| 星野監督勇退もオーナーへの反発? |
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産經新聞で見つけた「真相・星野退陣」を読んだ私の感想。 事実かどうかは、誰も知る由もないけれど、 日本シリーズ第2戦を見ていて、 あまりに覇気のない星野監督が、どうしても気になったから・・。 「体調不良」だけでは片付けられない何かがある、 物事をいろいろな角度から見る私の癖が、そう感じさせている。 オーナーが「体調不良」を理由に辞めたいと言いながらも、 本来ならば監督を続けたい、という正直な星野監督の言葉を 「来季の年棒吊り上げ策」と受け取ったらしい。 また「今回の優勝は金をかけたから」の一言で片付けたとも言う。 (お金をかければどこの球団でも優勝できる、とコメントしたらしい) そんな事実を知った星野監督は、 原監督同様、権力を振り回すオーナーへの最後の抵抗を 「辞任」という形であらわしたのではないのだろうか。 原、そして星野という二人の男が自分の去就をかけた行動で オーナーの発言権が強い野球界を変えようとしたのかもしれない。 「金は出すけれど口は出さない」が基本であることを 12球団のオーナーに伝えたかったのでないだろうか。 そんなことを感じて、このコラムを書いている。 私の思い過ごしであればいいのだが・・・とも思いながら。
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| 2003年10月18日(土) ■ |
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| 「挨拶を」指導するのではなく「挨拶で」指導する |
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地元中学校の元校長先生をお招きして 「子供の健やかな成長のために」と題した講演を聴いた。 現在退職して、近隣市の児童館館長を務めているが、 長年の教育生活から得たヒントが溢れていた。 挨拶も出来ない生徒たちを指導する時の考え方が、気になる一言。 言葉としては、たった一文字「〜を」「〜で」の違いだけれど、 ここには大きな違いがある。 いろいろな文字を当てはめてみて欲しい。 最終的な目的は、子供たちの人間形成だから、 あくまで「手段」「方法」として捉えていくべきだ、 と私に教えてくれた気がする。 わたし的に言い換えれば、多くの方々に 「コラムの書き方を」指導するのではなく、 「コラムの書き方で」素敵な生き方に導いてあげることなのだろう。 とても、わかりやすい説明であったと思う。 「親は子供の最初の教師」「空気・雰囲気の教育力を無視しない」 そんなフレーズを私の手帳に残してくれた。 プロ野球の日本シリーズ第1戦と同じ時間帯に、 ちょっと寒い公民館で震えながらメモしたことは、 きっといつか、いや近いうちに役に立つに違いない。
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| 2003年10月17日(金) ■ |
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| 清水町特番は、松井に負けました、ガクッ |
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松井の所属するニューヨーク・ヤンキースが、 第7戦を劇的なサヨナラホームランで勝ち、 大リーグワールドシリーズ進出が決まった瞬間、 わが町の特別番組の放送延期が決まった。 ワールドシリーズ第1戦が、放送日・放送時間に当たるからだ。 (雨で中止の場合は、予定通り放送なのであるが・・) この経過は長くなるので、ここでは語らないが、 地域メディアについて、2時間の講演ができそうな気がする。 (町民総参加の番組制作から放映までの取り組みについてだけれど) 全国放送には勝てないし、ワールドシリーズは私も見たいし・・ しょうがないよ、事故のようなものだから・・と考えていたのに、 地方局の放送担当者が本当に申し訳なさそうに、 いろいろなメディアを活用して、 番組変更の周知をしていただくことになった。 しかし、いつものプラス思考で視点を変えて考えたら、 (勿論、苦労して制作したし、広報を通じて既に周知しているから 楽しみにしている町民には申し訳ないと思うけれど) 「放送の延期」を徹底して周知してくれること自体が、 延期される特別番組のPRに繋がるとも考えられる。 試合中に流れる予定のテロップを観て 「へぇ〜、そんな番組があるんだぁ、観てみようかな」と なる可能性があるし、2回もPRすることになるのだから。 仕事として、朝から試合結果が気になった今日という日を 何年経っても記憶に残したいから、 わが広報スタッフのメッセージを、気になる一言としたい。 きっと、その時もビール片手に2時間は話せる気がする。 今回だけは、雨で中止にならないことを祈ろうかな?!
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| 2003年10月16日(木) ■ |
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| 人生200年として生きる |
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今、読んでいる本「変な人が書いた成功法則」(斎藤一人著)から。 彼は「スリムドカン」などのヒット商品でおなじみの 「銀座まるかん」の創業者。全国高額納税者の常連。 私も、けっこうプラス思考だと思っているが、彼には到底及ばない。 やっぱり成功者の考えることは凄いなぁ・・とただただ脱帽である。 いろいろな考え方が、私を喜ばせてくれるのだが・・ 今回は、この台詞を選んでみた。 「今の人は長生きできない」と考えて生きている人と、 「人生200年」と考えて生きている人では、心の余裕が違うと言う。 普通の人は「人生80年」と考え、40歳を過ぎると、 もう人生の折り返し地点を過ぎたから、と死を意識して生きる。 しかし、彼は本気で200歳まで生きると考えているから、あと160年。 まだまだこれから明るい未来が待っていると考え、楽しく生きる。 (実際には、1948年生まれの55歳) たとえ80歳で死んだとしても、毎日楽しく生きた人の方が得でしょ? そういう考え方らしい。 最近、昼休みくらいしか本を読む時間がないけれど、 やっぱり本は読まなくちゃいけないなぁ、と反省したが、 「働くは、はたが楽になること」という台詞も見つけて、 またまたひとりで苦笑いをした。 開いて一ページ目に彼の自筆の言葉が載っている。 「いつも笑っていると馬鹿に見えるんだろうと思ったら おかしくてよけい笑ってしまった」 この台詞を見て、思わず私も笑ってしまった。
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| 2003年10月15日(水) ■ |
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| 今が踏んばり時の5時半起き |
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今年の夏から、夜型の生活パターンを朝型へ切り替えた。 深夜2時、3時まで起きていた生活から一転して、早寝。 早朝5時半に起床して、シャワーを浴び、眠気を覚まして 「気になる一言」を書き、メール・新聞をチェック。 このリズムが、やっと身体に染み付いてきたと思っていたが、 最近、布団から起きる時、寒さを感じたり、まだ外が暗かったりすると つい、布団の温かさから離れられず、ぬくぬく・ゴソゴソしたくなる。 しかし、誘惑に負けると、今までの自分に逆戻り、と思い直し、 一気に起き上がり、今朝もなんとかパソコンの前にたどり着いた。 「無理することないんじゃない?」という自分と、 「自分で決めたことだろう?」という自分が、ここ数日葛藤している。 「他人との約束を破ると、信用をなくし、 自分との約束を破ると、自信をなくす」。 何年か前に知ったこの台詞が、いつも私の弱気を退治してくれた。 (ほら、こんなことを書いているうちに、外が明るくなってきた) 生活の中で見つけた「気になる一言」も大切だけれど、 生放送に近い、今の私の「感情の日記」も、時々書きたいと思う。 読者にとっては、どうでもいいことだろうけれど、 私にとってはとても大切な人生の一日だから、 その日の感情も、出来るだけ「生きた証」として残したい。 さて、昨日書き留めた「気になる一言」は、残念ながらお蔵入り。 これが、わたし流。今日もまた新しい一日が始まる。
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| 2003年10月14日(火) ■ |
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| 生々しい話をありがとうございました |
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「地域メディアコンテンツの制作・流通促進」をテーマに、 東京・明治記念館で講演する機会を与えていただいた。 ここでは内容には触れないが、一時間弱、しゃべり続けたあと、 質疑応答、名刺交換と続いたが、 その時、彼等から同じフレーズが続いたので、気になる一言。 普通、講演に自治体職員が招かれる場合、先進事例として 全国に先駆けて行っている自分達の取り組みを紹介するパターンが 多いのだが、今回、私はその常識を破り、行政最前線の実態を話した。 国の施策に異議を唱える訳ではないけれど、 地域の現状はこうだよ、現場はそんな甘いものじゃない、 を伝えたかったので「踊る大捜査線」状態だったかもしれない。 今振り返ると、ちょっと欲張り過ぎたかな?と反省するほど 地域の現状と課題は溢れていたから、話し終えた後、 喉がガラガラで、ちょっと色っぽいハスキーボイスになっていた。 私の講演の狙いはいつも、参加者の「既成概念を変える」にあるから、 今回は「ごく稀な先進事例を聴き参考にする」から 「ごく一般の行政が抱える現状を聴き参考にする」へ。 私の抱えている現状を解決することが、ビジネスチャンスに繋がる、 そんなことを伝えたかったのだが・・。 不思議と先進事例は、何度でも聴く機会があるけれど、 現場の生々しい話は、講演ではなかなか聴くことが出来ない。 だからこそ、聴いて欲しかった、愚痴不満としてでなく。 そういった意味で、気になる一言は、私にとって嬉しい言葉だった。 来週は、愛知県の教育委員会で話すことになっている。 今度は、どんな既成概念を変えようかな?と、思案中の私。
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| 2003年10月13日(月) ■ |
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| お手元の傘を横にして下さい |
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午後から、三島文化センターで催される チェロとバイオリンのコンサートへ足を運んだ。 最近、写真を撮る関係で、落ち着いてゆっくり座って聴くことが なかったので、今回は久しぶりに楽器の音色を楽しむことができた。 開演前に、携帯電話の電源や時計のアラームについて注意があり、 みな再度確認をしている姿を見ながら、 そのうち、そんな注意を促す放送がなくなるといいな、と思った。 しかし、電子音ではない意外な音がコンサート中にしたので驚いた。 なんと立てかけてあった傘が、シートから倒れた音である。 確かに、来場前に雨が降ったり止んだりで、ホール内に持ち込み 自分の手もとや、シートに立てかけている人が多かった。 傘立てに立てるほどでなかったので・・が、本音である。 私もその一人であったが、 まさかコンサート中に大きな音を立てる原因になるとは、 考えてもいなかったから、音を立ててしまった人も、 さぞ驚いたに違いない。 もちろん、傘を持ち込んでしまったことに言い訳はできないが、 今回の「意外な音」を教訓にして、天候によって付け加えたい台詞を 気になる一言にしてみた。 そこまで気が付かなかった音だからこそ、 観客にとって、ありがたいアドバイスであると思うのだが・・。
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| 2003年10月12日(日) ■ |
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| ちょっとポッチャリのベトナム女性 |
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恒例となった、ベトナム・チャリティコンサート。 「枯れ葉剤被害児童リハビリ施設建設プロジェクト」として 毎年、ベトナムの音楽、踊りを中心にコンサートを開催している。 主催が、わが町のNPO団体ということもあって、 売り上げに協力とばかり、楽しみにしているイベントである。 私がベトナムに行ったのは平成8年、それから7年。 身体にすっとしみ込んでくる音楽は、あの時のままだった。 懐かし〜い、また行きたくなっちゃった、 とベトナムのコーヒーを飲み干した。 (当時、現地でタイガービールばかり飲んでいた記憶が蘇る・・) 驚くべき発展を遂げたベトナムであるが、その人なつっこい笑顔と 素朴な雰囲気は、そのままであった。 思い出にふけっていた私がベトナムの発展を感じたのは、 アオザイに身を包んだ、ポッチャリした女性の姿であった。 (もちろん、イヤラシイことは考えてませんよ) 7年前は、そんな体型の女性がいなかった。 (いたかもしれないけれど見なかった、というのが正しいかも・・) 日焼けとバイクの排ガスを避けるために、 白い手袋と白い布を身につけ、アオザイに包まれた身体で、 ホンダのバイクに乗る容姿は、もっとスレンダーだった気がする。 こんなところに7年の歴史と、ベトナムの発展を感じながら、 久しぶりに、当時の写真を引っ張り出して、 ニヤニヤ眺めている私がいる。シクロ、乗りてぇ・・
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| 2003年10月11日(土) ■ |
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| 事を起こす時、ミッション、パッション、ファッションが要る |
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「地域メディア研究会」の議事録・報告書を読みながら、 ある方が発言した台詞をメモした。 ミッションは、使命。パッションは、やる気。 ファッションは、プレゼン能力・説明能力。 こんな説明だったと思う。 確かに、一つずつの要素も大事だけれど、 もっと大切なことは、その3つのバランス。 どれかが突出していても、事はうまく立ち上がらない。 そんな意味を含んでいるのではないだろうか。 自分の仕事、生活を振り返ってみよう。 「ミッション、パッション、ファッション」はどうか? そして、そのバランスは? 仕事に対しての「使命感」や「やる気」を持っている人は多いが それを、多くの人に説明する能力が欠けている人も多いと思う。 私は、技術系だから、理科系だから・・を理由に、 人前で話すことを避けている人はいないだろうか? そういう私も、話すことが苦手だから書いているんです・・と 言い訳をしていたなぁ、と反省。 今は、バランスを考えて、人前で話すことを訓練中。 「ファッション・センス」ないからなぁ・・もう少し頑張ろうっと。
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| 2003年10月10日(金) ■ |
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| ゆれ動くことで人は優しくなれる。 |
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雑誌クロワッサンで見つけた、 作家・下重暁子さんが紹介している、岩手県の山の中で、 ひとり木馬を作っている土屋拓三さんの台詞。 「ゆれ動くことで人は優しくなれる。 ゆりかご、ブランコ、シーソー、 もしかしておかあさんのお腹にいた時も、 だれもがゆれていたでしょう」 なるほどなぁ・・とメモをした。 もしかしたら、もしかしたら、人間の心も・・と考えたら ますますこの台詞が、私の心から離れなくなった。 好きになったり、嫌いになったり、 逢いたくなったり、離れたくなったり、そんな心のゆれがあるから 歳を重ねると、だんだん優しくなってくるのだろうか。 犯罪は、ゆれることを恐がった人たちの結果、 そんな考え方も出来るかもしれない。 いつだったか、シーソーはゆれるから楽しいんですよ、 という言葉を知人からいただいたことがある。 ゆれるから楽しい、ゆれるから優しくなれる、と思えたら、 なんだか、毎日が楽しくなってきた。
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