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しもさんの「気になる一言」
しもさん
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2003年08月20日(水)
自分の体験を話すだけでも、社会貢献となる

静大主催の社会教育主事講習会の講師とパネラーを頼まれ、
「はい、いいですよ、私でよければ・・」と軽く受けてしまったが
実際は、久しぶりの緊張、島倉千代子だった。(このギャグ古い?)
受講生に、私の想いがうまく伝わったかどうか、心配ではあるが
お土産の資料は持たせてあげられたかな・・と振り返った。
最近、町内より県内で、私を必要としてくれる機会が増えている。
「すいませんね。こんなところまで・・」と声を掛けてくれるので
私も、つい「私なんかでよければ、使って下さい」と切り返す。
そして「お役に立つなら、どこへでも・・」と続く。
誰かの役に立っている・・その感覚がとても心地よい。
社会貢献って、こんなことなのかな?と思いながら、マイク片手に
自分の経験を話すことに夢中であった。
なにも、ボランティアでスコップを持って汗を流すことだけが、
社会貢献とは限らないことを、私は体験の中で気が付いた。
私のつまらない説明も、真剣にメモを取ってうなづいてくれる。
講義が終了しても、わざわざ質問に来てくれる。
そんなひとつひとつが、私も少しは役に立っているのかな・・・と
気付かせてくれた、受講生に感謝したい。
自分の住む小さな町に留まらず、私を必要としてくれるところがあれば、
自分の成長のために、出かけていきたい、と心から思った。



2003年08月19日(火)
港区刊行物、晴れ着集団も「差別」

産経新聞に取り上げられていた記事が気になった。
その見出しが、気になる一言。
今、私の中では「男女共同参画の定義」で疑問が溢れている。
関心ごとではあるが、やや否定的な立場なので、ご了承願いたい。
まずは最近のポスターやパンフレット、注意して見て欲しい。
わざわざ、男女の数を同じにしたり、洋服の色まで気を使って
製作しているケースが多く見受けられる。
背の高い男性、髪の長い女性のイラストでさえ、
「差別や偏見を助長する」を理由に指摘を受ける時代である。
(本音は、これさえ理解できないが・・)
成人式を彩る女性の晴れ着姿は、男性も参加しているのに・・と
指摘を受ける。
保育所の送り迎えのシーン、男性だって送り迎えすべきだから・・と
指摘を受け、スーツ姿の男性が保育園の園庭に複数登場。
女性も、ショートカットに黒のパンツスーツ姿で描かれ、
子どもと手を繋いだ母子のシーンは削られた。
私たちが目指す男女共同参画社会って、本当にそうだろうか?
ポスター、パンフレットは、全体の雰囲気を伝えるものだと思う。
成人式だって、艶やかなお祝いの雰囲気を伝えるために、
晴れ着集団にカメラを向けてしまう。これって変ですか?
そもそも他人の「意識改革」なんて、簡単に出来るものではない。
だから私は「個人の意識を変えるのではなく、周りの雰囲気を変える」
ことをお奨めしている。
その積み重ねが、自然と意識改革に繋がってくる、と思っているから。
やはり、男性側の一方的論理だろうか?



2003年08月18日(月)
いつもの場所、いつものメンバー

義父の49日法要が終わるまでは、野球観戦は控える。
自分なりのけじめとして、8月末までの東京ドーム行きを
泣く泣くキャンセルした。その数、6試合。
毎試合、毎試合、午後5時半には先発バッテリーの報告、
そしてテレビ放映が始まるまでの間の試合経過が、
一緒に行くはずだった友人から、携帯にメールが届く。
昨晩は、携帯画像のオマケ付き。
雰囲気だけでも・・とライト外野指定の雰囲気や、
行くたびに近い席になる人たちの顔などを送ってくれた。
「おっ、また来てるね。今日も大声出して応援しようよ」と
声を掛けたくなる画像であった。
自宅や職場から離れた場所、正確な名前すら知らない人たちなのに
「いつもの場所、いつものメンバー」というメールタイトルが
とってもぴったりだったので、今日の一言。
得点が入れば、オレンジのタオルをまわし
ハイタッチをしたり、大騒ぎしている光景が、なぜか目に浮かぶ。
「早くおいでよ・・待ってるからね」「今度は一緒に」
そんな言葉が、聴こえてきそうな画像だった。
最近、私が東京ドームへ応援に行く度に負けていたので
「いつもの結果」が付いてなくてよかったなぁ・・と
一人で携帯の着メロ「ビバ、ジャイアンツ」を音量6で鳴らしながら
苦笑いしていた私にとって、素敵な場所、素敵な仲間である。






2003年08月17日(日)
コミュニケーションは、言葉以外でなんとかなりますよ

私も時々、ゲストでお招きを受けている地元FMラジオ番組。
今日の出演者は、モロッコへ青年海外協力隊のシニア版として
(すみません・・メモし忘れました・・)派遣されている女性。
モロッコの文化など、私にとっては知らないことばかりで
あっという間に、30分が過ぎてしまった。
走り書きのメモを眺めると、フランスの植民地だったこと、
隣国が地続きで、7か国語くらいの言葉が入り交じっていること、
そんなことが書かれていた。
私がラジオの前でメモを取りながら、パーソナリティの先輩、
是非、これだけは聞いて欲しい・・という想いが通じたのか、
「さすがに7か国語も覚えられないでしょう、
共通の言葉がないとお互いの意志が通じないでしょ?」と尋ねてくれた。
そして、私がショックを受けた答えが、今日の気になる一言。
以前、レストランでも指をさせばなんとかなる・・と教わったのに、
私はもう忘れてしまったのかと、情けなくなってしまった。
言葉の力を信じ、その大切さを伝えたい気持ちに嘘はないが、
つい「まずは言葉ありき」になってはいなかっただろうか?
夏休みの最後に、大いに反省させられたフレーズだったと思う。
言葉は、コミュニケーションのひとつ。他にもいっぱいある。
そんな簡単なことを忘れていた自分に喝をいれ、
明日からの仕事、夏休みボケか?と言われないよう努力したい。



2003年08月16日(土)
協力 新宿二丁目の皆さん

娘の朝晩三島駅送迎役が終り、久しぶりに夜更かし。
溜まっていた映画のDVDを観まくった。
「小年たちは花火を横から見たかった」
「チャーリーズ・エンジェル」「ヘドウィグ アンド アングリ」
「メリーに首ったけ」「アイズ ワイド シャット」
「ハッシュ」計6本。
作品には、なんの脈略もなく、
そばにあったDVDを観たに過ぎないのであるが、どれも面白かった。
内容についてのコメントは、ここではしないが、
最後に観た「ハッシュ」は、ゲイに関するシーンが多かった。
ゲイになりきり、男同士で抱き合っている役者の演技を観て、
さすがだなぁと感心させられたのだが、
最後のテロップに流れてきた文字で、大笑いしてしまった。
何度か、巻き戻して確認したから、間違いないと思う。
だからあえて「気になる一言」にとり上げてみることにした。
最近、特に地方で映画を撮影する環境が整ってきた。
お手伝いするボランティアも増えてきたと聞く。
こんな取り組みが、映画をより身近に感じさせる方法なんだと、
ワクワクしながらも、やっぱり笑わずにはいられなかったテロップ。
6本の作品で私がメモした名台詞を吹き飛ばしてしまうインパクト。
時々ある最後のおまけみたいなシーンを見損ない為にも、
やっぱり、テロップの最後まで見るに限るな・・・と苦笑いした。
私は、何を楽しみに映画を観ているのだろうか。
(やっぱり「言葉探し」かな)



2003年08月15日(金)
「終戦記念日」より「終戦の日」

何年も前から、呼び方で論議されてきたから、
そろそろ統一しているかと期待したが、今年もバラバラだった。
毎年この日、私はこのふたつの単語に注目している。
「記念日」は、どうしても「その日を祝う」というニュアンスが
含まれていると感じるから、私は「終戦の日」を支持したい。
しかし、インターネットの暦関連のWEBでは、
ほとんど「終戦記念日」と掲載されているし、検索すれば
圧倒的に「記念日」の方が多くヒットするのも事実。
確かに、戦争に負けた日として記憶にとどめなければいけないが
あまりにも、無関心になり過ぎていると私は思う。
「今日は何の日か知ってますか?」と街頭インタビューされた大学生、
「知らなかった・・興味ないもん」と一言で片付けたが
2000年8月15日、私の「気になる一言」は
「戦争は、大昔のことではない」と記されている。
まだ、体験した人が多く残っているのに、まだ58年前の事件が
遠い昔の歴史のように語られことに、いらだちを覚えた。
大雨が日本列島を覆い、「冷夏」という言葉が溢れていた今日、
長袖を着て過ごした私の耳に残っているのは、
街頭インタビューに答えていた高齢者の一言。
「昭和20年の今日は、もの凄く暑い日だった」であった。



2003年08月14日(木)
ラーメンセット(ワンコイン500円)

娘を駅まで迎えにいく途中で見かける、この看板が気になっていた。
この「ワンコイン」という響き。
私は、なぜかとっても気に入っている。
ワンコインで、全て片が付く。プラスもマイナスもない。
財布もいらない、ワンコインをGパンのポケットに入れておくだけ。
O型の私らしい発想だろうか・・
最近では、自治体が循環バスなどを運行し、
料金はほとんど、ワンコイン。消費税込みの100円。
安いか高いかは、利用者の判断だけれど、面倒くさくなくていい。
10円以下のおつりは、いつも募金箱行きだから・・。
今、日本銀行が新しいお札を刷りはじめたけれど、
私としては、お札より1000円硬貨が欲しかった・・・と思う。
2000円札より、もっともっと社会に流通したような気がするから。
500円硬貨は、新旧あって使いにくかったけれど、
自販機でなければ、利用に支障はないのだから、
500円商品を増やせばいいのに・・といつも考えている。
そういう意味で、500円のワンコインは、流行る予感がする。
使い出すと便利な500円玉。
さっそく、ラーメンセット食べてみようかな・・と考えている私。



2003年08月13日(水)
親に愛されていると思いますか? たぶん・・

少年犯罪が続く中、テレビで彼等の心の動きを知ろうと
ごく一般の子ども達にインタビューしていた。
その中のひとつの質問。
「あなたは、親に愛されていると思いますか?」
そして、その答えが「たぶん・・」
それをモニターで見ていた両親は、愕然とした。
母親は「はい、もちろん」と答えて欲しかったに違いない。
その後もインタビューの中で、父親の話題は一度も出なかった。
父親は「楽しく付き合っているつもりだったのに・・」と嘆く。
ごく普通の、どこにでもいる、しあわせそうな家族、
両親と12歳の子どもの関係が浮き彫りにされていて、思わずメモをした。
そういえば、チャゲ&飛鳥の「始まりはいつも雨」の中に
「愛してるかい?愛せてるかい?」というフレーズがあったのを
急に思い出した。
親として、一所懸命わが子を愛している、それは間違いない。
だけど、その愛がわが子に伝わっているかどうかは、わからない。
こんなに愛しているのに・・・と嘆く前に、
自分の愛を、子どもが感じてくれているのか、確かめてみるといい。
子どもに限らず、愛する人がいる人は、尋ねてごらん。
「私はあなたを、うまく愛せていますか?」って。



2003年08月12日(火)
野球というゲームは、27個の「死」で構成される

ジャイアンツの川相選手が、大リーグの犠打記録に並んだ。
全国紙をはじめ、地方の各紙まで、その記録を讃えて記事にした。
どの新聞が、どんな扱いをするのか、私の関心ごとであった。
タイ記録で記事にかるのか、新記録で記事にするのか、
記録に注目するのか、人間川相にスポットを当てるのか、
夕刊扱いか、朝刊扱いか、写真の有無は・・。
驚いたことに、朝日新聞が一番とり上げていた、4回も関連記事が。
中でも、人間川相昌弘を「ひと」で紹介し、
彼のコメントをうまく使いながら、野球を知らない人でも、
人間性を充分理解できる内容であった。
「いかにバットの芯を外してボールの勢いを殺すか。
差はボール一個分。そこに自分の技術のすべてを賭けてきた」
このフレーズがとても印象に残っている。
さらにページを変えてスポーツ欄。
「犠牲に込めた勝負魂」のタイトル。
そして私が選んだ「犠打」イコール「死」という視点。
さらに「川相は自らの『死』に息吹を吹き込むことで、
チームの勝利を目指し続けた」という表現。う〜ん、と唸った。
ほとんど選手は「死」(アウト)が嫌で、努力する。
川相選手は、その「死」の為に、努力する。
プロ(野球)という世界、生き残るには人と違った才能が必要であると
あらためて実感した記録であった。



2003年08月11日(月)
期待されるってことは、幸せだ

元ノルディクスキー複合選手、荻原健司さんの
甲子園レポートだった。
「甲子園は重圧とともに」の題字も自筆の新聞エッセイである。
期待される球児のプレッシャーと、
冬季五輪の時の自分が感じたプレッシャーについて。
その中で彼は、競技をやめた今だから言える、と前置きしながら
「期待されることが、どれだけ幸せなことか。
絶対、いい経験になる」と言い切っていた。
以前、駅伝の選手に「期待されることって凄いことなんだよ」と
話していた監督を思い出したが
彼は、それ以上に「幸せ」なことだと定義した。
期待もかけてもらえない・・これは淋しいこと。
期待とは「よい結果や状態を予期して、その実現を待ち望むこと」
だから、そのの大きさではない。
自分以外の誰かが、自分のよい結果を望んでいてくれる。
このことが、幸せなのだ、と言いたかったのだろうか。
期待と同じ大きさで、不安が存在する。
だから「不安だ」と言われるのは、
「期待しているよ」という裏の表現でもあると考えてみよう。
不安に抱いていること・・もしかしたら、期待してませんか?
そんなことまで、考えてしまったフレーズだった。