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| 2003年05月22日(木) ■ |
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| 玉手箱を開けなかったら・・と考えてみる |
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イラクの男性が、フセイン政権に追われ、 自宅の穴蔵に21年間隠れていた、という記事を見て 21年ぶりに見た世界は、どう映ったのだろうか?と気になった。 その間、本当に現実を見たいと思わなかったのか、 太陽が、そして愛する人々が待っている世界に戻りたくなかったのか、 私の想像では追いつかない、疑問が残っている。 彼の人生だから、私がどうこう言う権利はないけれど、 48歳になった彼が、これからイラクの社会で生きていくのは、 とても大変なことのように思う。 そんなことを思いながら、私の頭に浮かんだのは、浦島太郎だった。 彼は母恋しさに、楽しかった竜宮城から、現実の世界に戻ったが、 周りに知っている人はいない、自分の墓などを見つけた、 そんな現実をまのあたりにして絶望する。 そして「困ったとき以外は、開けてはいけません」と渡された 玉手箱を開けて、たちまち300歳になってしまう浦島太郎。 本当に「玉手箱を開ける必要があったのか」と考えたこともあった。 (開けてはいけません、と渡す乙姫様も乙姫様だけど・・) もし、玉手箱を開けなかったら、 彼の人生はどうなっているのだろう・・と考えてみるとおもしろい。 イラクの彼が、これからどんな人生を送っていくのか、 私の関心ごとのひとつとなった。
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| 2003年05月21日(水) ■ |
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| どうしたら、感動してもらえるか |
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サービスの原点は「相手の立場に立つこと」。 よく企業の社訓などにも見られる言葉である。 私たち行政がが良く使うフレーズは「生活者の視点で考える」。 どちらも、あまりに当たり前のことなのに、誰も疑問を持たない。 それは、原点であり、それ以上のサービスがあるはずだから・・。 それでは「最高のサービス」とは何か?を知りたくなったので、 いろいろ読み漁ったが、なかなかピンと来る言葉が見つからなかった。 今現在、私なりの考えは 「感動」してもらえる場面を提供していくこと、かな?と感じている。 そのためには、より積極的に、相手のことを知り、 どんなことに相手が感動するのか、を考えて行動するしかない。 その心遣い・思いやりに、相手は感動するはずだから。 こんなことまで、私のことを考えていてくれたのか・・という 気持ちが、ちっちゃな「感動」に繋がっていく、と私は思う。 この「感動」の繰り返し、積み重ねが、大きな感動に膨らんでいく。 最初から、大きな感動は与えられないけれど、 ほんの小さな感動なら、与えられるかもしれない。 相手の喜ぶ顔を想像すればいいのだから・・。
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| 2003年05月20日(火) ■ |
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| 手紙と便紙、国による意味の違い。 |
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最近、一度早く寝て、深夜に起きるパターンが続いている。 そんな深夜番組で見た話題である。 今、SARSで揺れている中国では、 レターのことを「便紙」、トイレットペーパーを「手紙」というらしい。 寝ぼけまなこで見ていたから、うる覚えだけれど、 確かにそんなことを言い、私は携帯のメモ機能に打ち込んだ。 日本と逆? (トイレットペーパーのことを「ちり紙」とは言ったけれど) まさかね・・思いながら、訳の面白さに触れた気がする。 そういえば、朝のラジオで、 日本人が英語をなかなか話せない理由として 外国語は通訳を通して理解する、といった時代が長く続いたから、 と、説明していた。 要は外国語に対して「他人任せ」が身についていると言うのだ。 どこでどう間違って、誰の訳で 「手紙が便紙」「便紙が手紙」と訳されたのだろうか。 くだらないけれど、私にとっては、とても興味深い。 映画のタイトル訳なども、同じことがいえそうだから、 日本語訳と原作タイトルを比べてみると面白いに違いない。 これからも、この話題、ホント?と思いたくなるようなことも、 時々取り上げたい、と思う。 飲んだ時のひとつの話題として、記憶に留めて置いて欲しい。 「手紙・トイレットペーパー・中国」などのキーワードが 会話に出てきたら、このネタを使うチャンスである。 まぁ、私の場合、わざわざその話題に持っていくでしょ! と言われそうだけれど・・。 言葉の楽しさを味わって欲しいと思う。
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| 2003年05月19日(月) ■ |
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| 頑張るのは素人、プロは出来て当たり前 |
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情報源はテレビドラマ。 しかし、偶然回したチャンネルだったので、それ以外わからない。 この言葉だけが印象に残り、慌ててメモした。 今まで、何度となく、いろいろな人の考え方・生き方で励まされ、 仕事に対して「よ〜し、頑張るぞ〜」と思ったことか。 それを全面的に否定された台詞だから、余計にインパクトがあった。 仕事を与えられ、金銭と言う対価をいただき、頑張ろう、というのは 失礼なことなのかもしれない。 頑張るのは当然であり、公務員のプロとしては、そんな泣き言を言わず 黙って出来るよう努力する。 そして、いかにも出来るのが当然、何でも聞いてください、 という態度で住民に接するのが、プロの公務員なのだろう。 現実は、突然の異動で、今までの経験がまったく活かされない課へ 配属されることもあり、簡単にはいかないけれど、 出来るだけ早く「新人なので・・」「今年、異動してきたので・・」を 言い訳にしない公務員になりたいと思う。 (思うだけなら、サルでも出来る・・・なんて苛めないで下さいね) 仕事だけではなく、その道のプロ、と言うのは「出来て当たり前」。 覚えておきたいフレーズである。
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| 2003年05月18日(日) ■ |
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| みなさんは、右から・・ |
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6月29日、あのNHKのラジオ体操が、わが町にやってくる。 そのため、今から「ラジオ体操指導者」の育成が必要となった。 そこで、今日は一日かけて、特訓である。(私は取材だけど・・) 当日、指導者は参加者の前に立ち、お手本を示すことになる。 と、言うことは、今まで私たちが覚えていた動きと逆。 ところが人間の面白いところが顔を出した。 何年もやってないラジオ体操なのに、自然と左から・・ 身体が動いてしまう、とほほ。 そこで、講師の先生が一言。なるほどと思ったから、メモをした。 なにも考えず、音楽に合わせると左から始めてしまう。 だから「右から」「右から」と意識する。 この「意識すること」がとても大切であるような気がしてきた。 今まで通り・・が一番楽だし、誰も不思議に思わない。 しかし、何も疑問を持たずに生活していることを洗い出してみよう。 例えば、性別。こんなことは誰も疑問に持たないけれど、 「俺は男」「私は女」と意識して生活してみるといい。 きっと、新しい発見があるはずだから。 私も「父親」「夫」「息子」そんな役割も意識してみたい。
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| 2003年05月17日(土) ■ |
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| 老若男女のあったかコンサート、私から拍手。 |
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3歳の幼児から80代の男性まで、 自分のレベルで精一杯演奏した約80人の演奏会が わが町の公民館で開催された。 約5時間に及ぶ、俗に言うマラソンコンサート。 プロ級の腕前から、片手で鍵盤を叩く人まで、 ピアノ演奏から、ギター、フルート、オカリナ、横笛まで、 そしてGパン姿から、タキシードの男性、ロングドレスの女性まで、 それぞれの想いで、演奏された。 特筆すべきは、最後まで観客が多かったことであろう。 演奏者でも、その身内でもない人たちが、素人の演奏に 拍手で応援している姿は、私の胸を熱くした。 通常、こういった演奏会は、自分の演奏が終われば帰ってしまう。 だから、観客はほとんどいない、という光景を見かけるのだが、 わが町のコンサートは違った。嬉しかった。 親子のほのぼの連弾に拍手、友達同士のリコーダー合奏に拍手。 楽譜を忘れてしまった高齢者には、頑張れ〜の拍手。 とっても温かい拍手に包まれたコンサートだった。 スポーツとは違う、記録・勝敗にこだわらない音楽の分野。 記憶に留めたかったので、私の感想が、今日の気になる一言。 来年は、ちょっとだけ、頑張れ〜の拍手を受けたくなった。
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| 2003年05月16日(金) ■ |
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| 選手は将棋の駒じゃない |
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なぜ河原投手を使うのか?の問いに、答えた原監督のコメント。 よく監督は、選手と言う駒をどう動かすか・・という表現をするが それは違う、と彼は以前から話していた。 確かに将棋の駒は、その駒に与えられた力を確実に発揮する。 だから、与えられた戦力でどう戦うのか・・将棋に例えられる。 しかし、選手は人間だから、実力より力が出ない時もあるし、 実力以上の力を発揮することもある。 監督の仕事は、その選手の実力以上の力を出せるような環境作り、 と彼は考えているに違いない、と感じさせてくれる試合が多い。 それでなければ、何度も何度も救援に失敗し、 ファンにも頼りにされず、本人もベンチで悔し涙を流す河原投手を 今度こそ・・とマウンドに送り続けることは出来ないからだ。 さらに、主力選手を欠いたとき、 将棋で言えば「歩」や「香」「桂馬」のような選手を「ト金」に する術も、心得ている。 そして、彼らは実力以上の力を発揮して、勝利を手にしている。 ははは・・そう考えたら、しっかり将棋の駒として采配している。 言い換えるなら「選手はチェスの駒じゃない」が正しかったかな? そういえば、今年は、監督采配がとても気になる試合が多い。 私なら、こうするな・・と試合を眺めながら、 全体の流れの中で、試合を観戦できるようになった気がする。
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| 2003年05月15日(木) ■ |
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| 名実とも埼タマちゃんに |
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朝日新聞の地方記事で見つけた見出しだけれど、思わず笑った。 ただ、まだこんなことやっているのか・・という嘲笑である。 タマちゃん(らしき)アゴヒゲアザラシが、 横浜から埼玉へ移動したのは、ニュースで知っていた。 以前、横浜市西区で住民登録をした時、軽いジョークとして受け流した。 ははは、うまい話題づくりだなぁ、 日本も平和だなぁ・・などと思いながら。 しかし、今回は埼玉県朝霞市長が「住民票異動を交渉する」 という記事を見た時、呆れてものが言えなくなった。 「タマちゃん連絡会議(仮称)」なるものを発足させ、 タマちゃんの受け入れ態勢などを考えることにするらしい。 何のためにそんなことをするのか、私には理解できない。 そんなに埼玉県朝霞市役所は暇なのか・・そう思いたくなる。 また、他へ異動したら「住民票異動処理」をするというのだろうか? その為に使う労力をほかの事にまわせばいいのに・・と真剣に思う。 地方公務員全体がバカにされる気がしてならないから、 そろそろ公務をお遊びに使うのはやめて欲しい。 タマちゃんを住民にするメリット・デメリットを考えての事なのか、 単なる話題性なのか、見極めたほうがいい時期に来ている。 「名実ともに、ダサいタマちゃん」と言われないためにも。 どうせやるなら、最後まで面倒を見て、 是非、埋葬許可まで出して欲しい、と皮肉を言ってみたくなった。
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| 2003年05月14日(水) ■ |
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| 客の気に入った器が、その人にとって名作なんだ |
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読みきれる自信がないけれど・・ 「秘花」(連城三紀彦著・527頁)を読み出した。 その中に、陶芸教室の先生が生徒の作品と一緒のスペースに展示。 値段にも大差を付けず、一見しただけではわからない並べ方をする シーンが出てくる。 生徒のそんなことしなくても・・と気を使う雰囲気を察して 先生が一言呟いた台詞が、気になる一言。 「名前なんか焼き物には関係ない」と言い切ったシーンである。 これは「陶芸」というジャンルに限った話ではないと思う。 どんな素人の絵画、どんな無名の人の書でも、 気に入って飾っておきたいと、心が動けばその人にとって名作、 そんな気がする。 あの人が描いたから名作、ではなく、私の心が感動したから名作。 そう解釈してみると、美術館めぐりも楽しくなる。 もしかしたら文章の分野でも同じことが言えるかもしれない。 書いた本人でさえ忘れているような文章を、 私は大切に保存しています・・というメールをいただいた事がある。 正直嬉しかった。こんな素人のコラムを覚えていてくれるなんて・・。 だから、この一言が私のアンテナに引っかかったのかもしれない。
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| 2003年05月13日(火) ■ |
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| 嫌いなものが合う相手を選べ |
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深夜番組を見ていたら「軟派のすすめ」を話していた。 ゲストは、直木賞作家、藤田宣永氏(妻が小池真理子さん)。 秘訣は三つ。 肉食動物になれ、釣った魚にも餌をあげる・・など、 ちょっぴり説明しなければならない項目もあったが、 わかりやすかった秘訣を、今日の一言にした。 「好きなものが合う相手」より「嫌いなものが合う相手」。 この方が結びつきが強く、意気投合するからだと言う。 たしかに「ジャイアンツファン」より「アンチ・ジャイアンツ」。 「椎茸大好き」より「椎茸大嫌い」。 同じ職場でも「あの人感じがいい」より「あの人はイヤ」。 そうか・・と思い当たるケースは溢れているはずだ。 だから、コンパをしていて相手を選ぶときは、 この点に注意すれば間違いが少ないし、仲良くなれるということだ。 これは使える・・と思わずメモをした。 (ところで、いまさら軟派の秘訣、を知ってどうするんだ・・ という質問は受け付けません。あしからず) この傾向、二人だけに限らず、組織として動く場合も同じ事が言える。 飲み屋で聞こえてくる話も、褒める言葉より愚痴・不満、 世界戦争でも、嫌いな人物、嫌いな国が一致した結果、連合軍を組む。 一度、この視点で生活を振り返ってみてはどうだろうか? なるほど・・と気付くはずである。
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