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| 2001年10月19日(金) ■ |
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| ここで走れば?どこでも走れるのに・・・ |
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宮城国体からの帰路、約10時間のバス車中。 車窓からの風景に飽きた頃、添乗員のはからいでビデオ上映となった。 その中の一本。矢沢永吉が主演の「お受験」。 実業団の陸上部員、そして過去の実績にこだわり、 大きな大会での入賞ばかりを夢見ていた矢沢永吉に対して、 小学生の娘役は、彼にこういう。 「走りたいんだったら、ここで走れば・・、どこでも走れるのに」と 走るのに場所を選んではいけない、という気持ちが伝わってきた。 私も書きたい、という気持ちを大切にして、 どこでも書くスペースを見つけて、 環境のせいにしない書き方を続けていきたい、と思う。
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| 2001年10月18日(木) ■ |
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| 町民、みんなが応援団 |
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宮城国体ホッケー視察、2日目。 最終日、決勝戦は、選手を民泊させた町民の方々の応援合戦となった。 「○○のシュートが見たい(みたい)、見たい(みたい)・・・」 リズミカルに、そして町民の暖かさをプラスした、ほのぼのとした雰囲気が漂っていた。 2年後は、私たちの住む町で、ホッケー競技を開催する。 なかなかマイナーな競技を普及することは難しいが、 町民の多くを、ホッケーの応援団に仕立てることは、出来るはずである。 何でもかんでも主役になるのではなく、 「応援したチームが勝ち進む」喜びを味わって欲しい。 これを契機に「いろいろな分野を応援する」私設応援団が出来て欲しい。 いやできる気がする。
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| 2001年10月17日(水) ■ |
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| みんなの気持ちをひとつにしよう |
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平成15年は静岡国体。その準備のために、宮城国体視察。 多くの人の協力がなければ、成功はおぼつかない。 そう思いながらも、視察団のメンバー、夕食後の行動はバラバラ。 どう表現して良いのか、わからずにいたら 慰労を兼ねた二次会で、同行のメンバーがこう呟いた。 国体の成功は、多額のお金を掛けることではない。 いかにボランティアも含めた関係者が、成功に向けて気持ちをひとつにするか、 に関わっているといっても過言ではない。 気持ちさえひとつになれれば「何をやってもうまくいく」。 そんな気がして、メモをした。
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| 2001年10月16日(火) ■ |
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| 奥田英二は、みんなのものなのよ |
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奥田英二は、すごくもてるらしい。女性関係も・・・。 家にも電話がかかってくるらしい。「私、彼と寝たの・・」と。 さすが奥さん、心得ている。電話に出て一言、冒頭の台詞。 「あなただけのものと思ったら、大間違い。私だけのものでもないの」 これには、参った・・と後日、彼は苦笑いをした。 もてる男性を夫にしたから仕方ない、と割り切ったのか、 テレビで、やれ不倫だ、やれ離婚だとワイワイ騒いでいるより面白い。 わたしのアンテナに引っかかった台詞。 さすがにこれは、飲み屋で使えない・・・(笑)
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| 2001年10月15日(月) ■ |
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| 私、新しい糠(ぬか)になります |
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テレビドラマ「本家のヨメ」。 ビビアンスー(ヨメ)が、岩下志麻に言う。 (役名わからず、ごめん。途中から見たので・・) 古い糠と新しい糠、混ぜるとどんどんよくなるのが糠、だと教わった。 古いしきたりばかり重視する家と、新しいものを取り入れようとする家。 どちらにも言い分がある。 しかし、意地を張っていてもなんの解決にもならない。 そこで、ヨメ役のスーがこう切り出す。 「私、新しい糠(ぬか)になります」と。 「古いものと新しいものを混ぜるとどんどん良くなります。だから、私」 その仕組みを理解した上で 「便利なものを使うことと、手を抜くことは違う」と言い切った。 久しぶりに、励まされた一言だった気がする。 嫁・姑の戦い。 旦那・息子は糠役に徹するのがいい・・(笑)
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| 2001年10月14日(日) ■ |
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| 手紙をくれる彼ってすごいですよね・・(笑) |
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久しぶりに、飯島直子をテレビで見た。 相変わらずの天然ボケが、たまらなく可愛い。 その中の一言。 彼女は、一度も彼から手紙をもらったことがない、と嘆いていた。 だから、わざわざ手紙をくれる彼はすごいと感じたようだ。 今はメールだし、あらためて「手紙」ではないのかも知れない。 「手紙」の良さは、書く人が他の作業をしながら出来ないということ。 その人のことを思いながら書くから、いい。私は、そう思う。 携帯あり、メールあり、と時代だからこそ「絵手紙」がうける。 きっと明朝体でも、ゴシック体でもない、字体が喜ばれるはず。 また「手紙」が書きたくなってきた・・。
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| 2001年10月13日(土) ■ |
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| どちらも、6000人の死 |
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「死」に重たいも軽いもないことは承知である。 しかし、ラジオから流れてきたメッセージは、はっとさせられた。 今回のアメリカ同時多発テロで一瞬のうちに6000人がなくなった。 それは悲しいことである。 しかし、世界中で、一日6000人がエイズで死んでいるらしい。 どちらも同じ6000人の死。意外な数字であった。 そう言えば日本でも、一年間に交通事故死30000人という記事を読んだ。 しかし、年間30000人を越えるの自殺者はあまり話題にならない。 単独でみると凄いと思われる数字も、 その他の数字を比べる視点がないと、謝った判断をしそうである。 いろいろなデータを収集できるインターネットの出番である。
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| 2001年10月12日(金) ■ |
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| 最近、鳴かず飛ばずだな・・ |
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私の顔を見た途端、こう言った人がいた。 たしか、この意味は「才能をあらわさないで、じっとしている」だよな、 と自問自答した。 何を指して、こう表現されたのか、わからない。 私の名前がいろいろな場面で出ることが、頑張っているとは限らない。 自分の名前が前に出なくても、目的が達成されることが、一番いい。 自分の企画を「わたし達がやり遂げた」といって喜んでくれる人々の光景を そっとビール片手に聞く、これがカッコイイ、と私は思う。 そういう意味では「最近、鳴かず飛ばずだな・・」と言われて 喜ぶべきなのか(笑)
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| 2001年10月11日(木) ■ |
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| ティシュは、現在を引っ張ると未来がついてくる |
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ダウンタウンの松本と島田伸助が、深夜番組でトークをしていた。 「なぜ、ティシュペーパーは二枚なのか?」という話に 「一枚だと薄くて裁断できない」を導き出そうとしていたが、 なかなか答えが見つからなかった。 いろいろ試しているうちに、松本がボソッと言った台詞が今日の一言。 何でもない現象を、そう表現した彼らに驚きを隠せなかった。 台本に書かれた台詞ではなく、自分たちが見たままを表現した台詞。 これが、私の感性に引っかかった。 不思議なことに、ティシュを使おうとするとそのフレーズが浮かんでくる。 ただのお笑い芸人ではないことを知った。
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| 2001年10月10日(水) ■ |
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| ハッピーマンデーは議員立法 |
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お天気キャスターが、朝からラジオで呟いていた。 一年でも一番快晴になりやすかったはずの10月10日。 ハッピーマンデーにした途端、10月10日は連続で雨になっている、と。 しかし、今でも不便な祝日となった気がするのは、私だけではなかった。 彼も、同じ考えだったようだ。 私だったら「ハッピーフライデー」がいい、と考えている私、 「私だったら火曜日あたりを休みにする」という彼。 どちらも、月曜日にする案は出てこなかった。 では、なぜ「ハッピーマンデー」が成立したか。 たぶん、議員が考えた法律(議員立法)だったからである、と彼はまとめた。 飛び石になろうが、週の途中に休日があるのは、 楽しみだったサラリーマンの気持ちは、どこにも入ってこない気がする。 一月の成人式もしかりである。新成人の気持ちは入ってこない。 国民不在の法律が、これ以上増えないことを願う一人である。
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