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しもさんの「気になる一言」
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2001年07月11日(水)
男に生まれて得をした、女に生まれて損をした

静岡県副知事を招いて開催された、男女共同参画社会の講演会。
その中で冒頭の台詞が何回か飛び出してきた。
これも前日同様、どういう根拠データに基づいての発言なのか、確認したい。
私は男だけれど、男に生まれて得をした、なんて考えはないし、
妻も女に生まれて損をした、という考えもないという。
実際「女に生まれ変わりたい女性72%」
というアンケート結果をテレビで見た。
「男に生まれ変わりたい男性は」
果たしてどれくらいの数字があらわれるのか。
男女共同参画社会を、一般論・概論で語っているうちは、
実現にはほど遠いと思わざるを得ない。



2001年07月10日(火)
電子メールはロストするから使えない

図書館のパソコンシステムを変えたいというので、デモを見ることになった。
私の注目はIT化がどこまで進んでいるのか、だったが、
予想以上に弱気だった。
メールアドレスを記入する項目はあっても、
今現在では、考えていないという事だった。
予約本が入荷した、図書の返還日が過ぎた、
そんなお知らせはメールで充分。
わざわざ担当者がハガキを出したり、電話する手間が省けるだろうに。
なぜ?の問いに返ってきた台詞がこれ。
では、いつまでたっても変わらない、と席を立った。ふぅ〜。




2001年07月09日(月)
えっ、本当に知らなかったんですか?

来年こそ、職員の採用があると信じていた若者の一言であった。
本当に知らなかった、というより採用があるものだと思っていたから。
ここ数年、どの市町村も新人職員の採用が少ないことは
理解しているつもりである。
しかし・・・一昨年、多くの職員を採用した意味はなんだったのか?
私には理解できない。(これは内部告発でも何でもない)
「まちづくりは人づくり」を挨拶のフレーズとして使うのであれば、
この理解できない事実を説明して欲しい。
我が町のまちづくりを真剣に考えている若者に失礼ではないのか。
会社にもルールとマナーがあるはずである。



2001年07月08日(日)
やっぱり「親の教育」から

朝から毎年恒例の子供会球技大会が行われた。ここ数年はドッチボール。
私は、朝の開会式で子ども達と保護者にいくつかお願いをした。
そして、閉会式。子ども達には約束を守ってくれたお礼を言い、
保護者には、約束を守ってもらえず残念でした、の講評をした。
交通の妨げになるから、路上駐車をしないで欲しい、
汚いヤジや審判へのクレームはしないでください、
そのどちらも守れず、試合中に何度もマイクを通じて、お願いをした。
子どもが当たって、素直に外野に行こうとした時、審判を無視して
「当たってない」と言い張った母親には呆れてものが言えなかった。



2001年07月07日(土)
的確なベンチの指示が必要だったな

勿論、巨人VS横浜戦。
9回裏、明らかに選手は浮き足だっていた。
バッターと勝負するのか、敬遠するのか。
若いバッテリーだけでなく、清原や川相までおたおたしていた。
当然、観客の私たちも、イライラ、ドキドキ。
その間、期待していたベンチからは、
誰もマウンドに駆け寄ることはなかった。
ベンチからの指示ではなく、そばに寄って声を掛けて欲しかったな。
結果は、満塁サヨナラホームランで負け。
管理職の仕事を考えるいい機会になった気がする。



2001年07月06日(金)
久しぶりに「場違い会議」

午後から埋蔵文化財の担当者会議に参加した。
しかし、話す内容はチンプンカンプン。
なんだか周りを見まわしても、いつもと雰囲気が違う。
彼らは発掘に生き甲斐を感じているようだ。
知識があり、関心のある職員が携われば簡単な作業も、
知識もなく突然担当になった私には苦痛に近い。
予定した終了時間になっても、嬉しそうに質問をしまくる彼らを見て、
場違いな会議に参加してしまったと実感した。
もっとやりたいこと、たくさんあるのに・・・。
今回ばかりは、人事担当を恨みたくなる会議であった。



2001年07月05日(木)
「ドリカムプラン」は試行錯誤が基本

自分の夢は何なのか、大学進学前に真剣に考える教育がある。
何度も何度も、本当の自分の夢を探して、ドリカムノートに書き綴る。
そして試してみる。でもなんだか違う気がする。
また自分の夢探しをする。そして試してみる。
この繰り返しにより本当に自分の夢を見つける。
というより自分で学ぶ力をつけるのだという。
「自己信頼」この聞き慣れない単語が夢を叶えるキーワードなのだろう。



2001年07月04日(水)
較べれば、秀英

何気なしに信号待ちで車窓から外を眺めていたら、
この台詞が目に留まった。
あれ?比べれば秀英じゃないの?と思いながらメモを取った。
当然、好奇心旺盛の私、さっそく調べたが、
なかなか違いがわからなかった。
■[くらべる]の大辞林第二版からの検索結果 
【比べる・較べる・競べる】
あ〜、どうやって使い分けているのか?
進学塾の秀英のキャッチコピーだからこそ、気になるフレーズだった。
答えは私が学生時代に使っていた古い旺文社の国語辞典に載っていた。
「比」はあれこれとてらしあわせる、
「較」は優劣をくらべる、
「競」はきそいあう、とあった。
「辞書は一国の文化を左右するものである」で始まる
「刊行にあたり」のメッセージが私の胸を熱くさせた。



2001年07月03日(火)
革命は必ず犠牲者が出る

IT関連の講演会「e−Japan構想の光と影」の講師が言った。
今、世の中「IT革命」で騒いでいるが、
犠牲になる産業があることを知っておいて欲しい、
と言いたかったのだろう。
言い換えれば、IT革命によりリストラされる人々が増える、
と言い切った。
改善でも、改革でもない。
「革命」という単語を使うには、
それだけの覚悟が出来ていることを意味する。
本当に必要なのは「意識啓発」でも「意識改革」でもなく、
犠牲者を出しても断行する「日本人の意識革命」なのだと思う。



2001年07月02日(月)
ここは学校じゃないから落ちこぼれ教育はしない

テレビ「明日があるさ」の最終回。
リストラを断行する前に社員に訓示するシーン。
民間企業の厳しさを表す言葉だった気がする。
そんなの当たり前だ、というお叱りを覚悟で気になる一言で取りあげた。
行政は以外と落ちこぼれ教育までしているのではないかと不安になった。
パソコンにしても基礎の基礎から教えてくれる。
だから自分で本を買って勉強するという姿勢がなくなるのだと思う。
反省しなくちゃ・・・。