●●● 俺色アストリンゼン
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2008年10月18日(土) |
にいさん、あっぱれの巻 |
前にも書いたが、にいさんにはこの日記のことは知らせていない。 別にバレてまずいようなことは書いていないので、にいさんにバレ次第全消去などということもないのだが、やはりここは内緒にしたまま私の最後の砦として取っておこうと今は思っている。 にいさんの知らないところで、にいさんの素晴らしさを独りしこしこと書き溜める場にしておきたいというのもあるが、同時ににいさんから私に対する許しがたい言動があった際など、ちょっと聞いてよ、こいつをどう思う? とばかり、逐一記録し世に広く問い、鬱憤を晴らす場として活用するのもまた一興ではないかということに気がついたのだ。 更新がまばらなこともあり、ここを読んで下さっているみなさんはおそらく、にいさんと私はさしたる諍いもないまま平穏に交際を深めているという印象をお持ちではないかと思う。 実態はそんな甘いものではない。考えてもみてほしい。相手は男の30代を一度もセックスすることなくうっかりやりすごしてしまった、比類なき非モテの王者なのだ。
非モテとはどういうことか。女にモテないということだろう。 女にモテないとはどういうことか。女との接触が少ないがゆえ、女によって学習した部分が通常男子より少ないということだ。 これすなわち、女の気持ちがわからず、女に対し耳を疑うような失礼きわまりないことを平気で口走る、いわば原始人のようなものであるということに他ならない。
今まではある程度女との経験で学習してきた男子とつき合ってきたため、相手は私と出会った段階ですでにそれなりに「出来上がって」おり、対・女スキルを私がいちいち教える必要などなく楽なものだった。それがにいさんときたら……。 交際初期など、気の短い私には彼の繰り出すあぜんとする無神経な言動がとても耐えられず、10日に1度は別れると宣言していたものだった。 それが3週間に1度になり、ひと月に1度になり……、今もけんかはするにはするのだが、「別れる」という最期通牒を出すことはさすがになくなった。にいさんも学習したが私も大人になったということだろう。
そうは言っても、当然のことだが美点も山ほどあるからこそ、大の大人がこんな、わざわざ交際だなんて面倒くさいことをしているのもまた事実。 圧倒的な知力というのも確かに大きいが、実はにいさんの美点として私が最も高く評価しているのは、何と言っても 「ただで出来ることをケチらない」 という点に尽きる。平たく言えば、女を口で賞賛することに労を惜しまない人なのだ。 なんでも、亡くなったお母さんがよくにいさんに「お父さんは私をほめるようなことを全然口に出したことがない」とぼやいていたそうで、お母さん大好きなにいさんとしては「口で言えることぐらい言ってやればいいのに」と常々お父さんに対し歯がゆく思っていたのだという。 おかげで、にいさんは朝から晩まで信じがたいほど私をほめ倒す。それはもう恥ずかしいほど。
「わやたそは可愛いね、こんな可愛い人見たことがない」 「漏れはもう萌え萌えだよ」 「美のデパートだな」(舞の海……?) 「わやたその美しさは異常」 「わやたそがいくら何でも美人過ぎる件について」 「そんなに可愛くなって、どうするつもりだ。世界でも征服する気か」
とまあこのように、実際は大して美しくないどころか十人並みすら危ぶまれる私に対し、日々ほめ言葉の奔流を浴びせ続けるのだ。 お茶を飲むため、ちょっと静かないい店に入ったとしよう。珈琲がマイセンのカップで供される。そんな時もにいさんは抜かりない。 皿に描かれた可憐なピンクローズをふと見やり、あ、こんなところにどうしてわやたそが……? と、しれっと真顔でつぶやいてみせるのだ。もはや条件反射。
そんなにいさんが、前回も書いた通り先日手術を受けた。 脚の骨を折っただけとは言え、全身麻酔された上身体にメスが入るのだ。私としては正直手術はやめてほしかった。けれどギプスの生活はとても耐えられないというにいさんの決心は固かった。 手術をやめてほしいのには、わけがあった。入院後、ネットのできないにいさんから、同じように骨折をした人の体験談などを探してプリントアウトしてほしいと頼まれ、私も気になっていたのであれこれ調べて読んでいたのだが、そこにあったのは手術直後の地獄の苦しみが綴られた生々しい描写の数々だった。 麻酔が覚めてからのあまりの激痛に、痛み止めの座薬を入れても、注射を打っても全く効かず、夜通し眠れずのたうち回ったとか……。加えて、本人は全く悪くないのに、手術時に入り込んだ菌のせいで院内感染を恐れて隔離された挙句、補助具なしでは歩けない身体になった人や、果ては骨折の手術が原因で不幸にも亡くなった人などもいることを知ったのだからたまらない。たちまち不安でいっぱいになったが、手術前のにいさんにそんなことを話せるわけもなかった。次から次へと襲ってくるネガティヴな想像をひたすら手なずけつつ、迎えた当日だった。
仕事が終わり、病院に直行する。手術は夕方4時に始まることになっていた。 私が着く頃には終わっているはずだったのに、病室に入ると、ベッドごとからっぽになったままだった。心細さにいたたまれずナースステーションに駆け込む。まだ手術中です、と言われる。 しばらくして、にいさんを乗せたベッドが運ばれてきた。うっすら開いた目が私を認めたのがわかった。麻酔からは覚めていたようだった。 執刀した先生から、患部のレントゲン写真を見せられ、説明を受ける。ここに、こう横に3本、ボルトが入っていますから。 私はもう、ただ泣けて泣けて、ひたすら「ありがとうございます」と繰り返し、ぼたぼた涙をこぼしながら頭を下げるばかりだった。きっと先生は骨折ごときで大げさなと思ったに違いない。 先生が出て行ったあと、口許に酸素マスクを当てられてぐったり横たわるにいさんの手を握って、よかったねにいさん、がんばったね、と何度も声をかけた。それが精いっぱいだった。だからその直後、にいさんの口から出た言葉に、私は耳を疑った。
「漏れは大丈夫だよ。わやたそ、今日も可愛いねえ。素晴らしいよ。 まったく……なーんでこんなに可愛いんだろうなあ。ねえ、何で……?」
こんな時でさえ条件反射を発動させてしまうとは。あぜんとし、ほどなく私は降参した。 負けた、こいつは本物だ。何のかはわからないがとにかく、筋金入りの何かであることだけは確かだ。
そして私は、何のでも構わない、本物がすきなのだ。バカでも、何でも。
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おかげさまでにいさんのその後の経過は至って順調で、今週末の診察ではようやく、怪我した方の脚に体重の半分をかけてもいいという許可が出たそうだ。 今日は職場近くにとっている宿から都内の自宅に一時帰宅したのだが、その際もあえて付き添わず、ひとりで帰ってもらった。心配したが、無事家に着いたと連絡があって今安心しているところ。 怪我する以前のようなデートはまだ当分無理、今は駅に向かう途中のファミレスで食事するぐらいで御の字といったところなのだが、それでもにいさんと一緒にいられればそれだけで楽しい。今日など真っ昼間のジョナサンで 「わやたそは本当に可愛いね」 と言ったきり、勝手に感極まってしくしく泣き出すので困ってしまった。 やっぱりにいさんは色んな意味で本物だと思う。何のかはわからない。そのうち霧が晴れるように、すこんとわかればいいなと思っている。
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