0(リセット)

2002年04月29日(月) ムカツイタ。 

 最近このネタで書く事が多い気がすが、今日は本当に腹が立ったので昨日の日記を中断して今日あった事を書いてストレス発散。 (この日記は毒を吐きます。 ムカツクかもしれません。 それが嫌なら読まないで下さい。 逆に面白いかもしれせん。)

 帰り際に奴に言い放った言葉

「あんた人間として駄目だは。」
「あんたには車売れないな。」

 はーーーー腹立った。 最悪だ。 あの教科書バカ。 MBAやる前に幼稚園に戻ったほうがいい。 やりなおせ。  

 今日はある方が俺の車を試乗してみたいとの事で4時から6時まで付き合った。 しかしこの方ペーパードライバーで車の運転ほぼ始めて。 そんな人と付き合うだけでも神経すり減らすのにこの方お得意の「調子に乗る」がでた。 チョット郊外の大きな駐車場で練習を1時間ばかしていて、そこから帰りの一本道を車道で帰るという練習コースを自分の都合でそのコースを変え、十字路で危うく対向車と正面衝突しそうになった。 確かに俺も許しなのは悪いけど。

 それからが最悪。 謝りもせず。 挙句の果ては俺のせい。 俺が何も教えなかった、注意もしなかった、 初心者にこんなところ運転させる貴方が悪い。 そして「社会に出れば嫌なおじさんは一杯いる。」みたいな事をほのめかす。 挙句の果てにスーパーに行きたい。 最後に吐き捨てるように
「申し訳なかった。」ドアを力いっぱいガシャンと閉める。 

どうですかこの女。

 このバカに俺の車買ってもらわなくてもいい。 俺の車がかわいそうだ。 お前に売るくらいだったら、大事に使ってくれそうな人にタダでやる。 俺はそういう奴だ。 金より人で選ぶ。 金より大事な物はある。 プライドは金で売れないように、信念は金で曲げればない様にね。 

 大体「社会に出れば嫌なおじさんは一杯いる。」 それはそうだろう。 でも当時の20代のその人が相手にする「嫌なおじさん」って、「嫌な人」だから、つまり人間性に問題があるから40代〜50代にもなって20代の若造と仕事させられる羽目になっているんじゃないのか? 俺はそう思う。 そしてそのバカもその「嫌なおじさん」を例に出して自分を正当化している時点でその「駄目親父」と同じだ。 嫌な事をされたら人にはしない。 幼稚園児でも知っている。
 
「先生に何か言われなければ何もできない。」こうはなりたくないものだ。 
 
 大体MBAをやっているくらいだからビジネスパーソンになりたいのだろう。 まー無理だろうね。 分かってない。 MBA金の無駄。 知識より人間性を学んだ方がいい。 3つも年下の俺になんか言われるのはプライドだけは高いあんたには我慢なんないだろうけどね。 でも俺はそう思う。 

これを笑点風にアレンジするなら、

労働市場のそのバカと賭けて俺の車と解く

その心は〜

なかなか売れない。


うまい。 座布団 100枚。 これが毒を吐く。 口が悪いのとは違うでしょ? 

  



2002年04月28日(日) S=KFoT

 戦略=物質戦略*時間的要素*心理的要素*係数らしい。
どうやったら「目的を達成できるか?」 兵法に因れば、

1、主陣営を打破する、守る。
2、供給ルートを絶つ、守る。

 これが基本中の基本。

 これを昨日の話と絡めて考えて行こう。 これも思考の練習。

1 の主陣営の定義を、主陣営=産業とすると2の供給は何を意味するのだろうか? 産業にとって何が必要か? 4大経営資源の「人、物、情報、金」の内、ここでの定義は「情報と金」として話を進める。 

 現在の社会において給ルートを絶つ事は「情報、金」の流れを断つ事。 どうやったらこんな事ができるだろうか? 情報は情報過多にする事によって真実を分かりにくくできる。 情報過多による遮断。 そして「金」は、金を発行し続ける事によって貨幣価値を失わせる事ができる。 まさに今の日本はこんな情況ですね。 戦略の基礎である2によって苦しめられているわけですね。 基本的に2次大戦でも日本は1に気を取られすぎて2をおろそかにして負けた。 それと同じ事を今もやっている気がする。 
 
 債券と株の違いは元本保証かそうでないか。 株はリスクマネーと言って投資家にリスクがあるが、債券は発行者である国や会社にリスクがある。 だから国の債券である国債を発行する=債務者は債権者に金を返す義務がある。 だから国債発行=金を刷ると同じ事。 日本で国債を刷りまくっているのは自分で自分の金の価値を下げている事と同じさ。 よって日本の最大の強みである1200兆円の個人資産の価値が下がりつづけている。 それは産業にとって供給ルートを断たれていると同じ事。 アメリカにしてみれば、してやったりってところでしょうか。。。。。

 世界がネットワークで結ばれ、市場にある金の量が莫大になった今現在。 DOMESTICな金融市場ではなく国際金融市場として金の流れを見なければならない。 日本だけとはもう考えられなくなっている。 日本はご存知の通り輸入に依存しまくっている国だ。 そんな事は小学校の生徒でも知っている。 そんな中で一応世界第二位の経済大国である日本が固定相場を執行するのは無理。 固定相場は経済力の弱い国がやれる事。 今で言ったらデフォルトしたアルゼンチン。 


疲れた。 寝る。 続く。  説明が難しい。 













2002年04月27日(土) 今日は。

 今日はMBAの友人と話した。 誰か俺の車買ってくれ。 そんな話をしたのさ。 欲しい人は今なら貴方だけに$1300でお譲りします。 フォードトーラスワゴン。
120Kマイル。 どうですかこれ。

 それとついでに「日本の強み」という質問をしてみた。 彼女曰く
「車、電気などの産業」という答えが返ってきた。 でもそうだろうか、はたして今の日本を除くアジア諸国の産業レベルが上がってきている現在、20世紀の様に「車、電気などの産業が日本の強みです。」と言えるのだろうか?

 俺は日本の最大の強みは1200兆円の個人資産だと思う。 こっちの方が日本にとって強みの様な気がする。 どれだけの金額かと言えば、これを市場に流せれば日本の問題点は一挙に全て解決するくらいの金額だ。 その金が銀行預金として市場に流れずに滞っている。(2年前)金は流れて意味をなす。 一つの場所にとどまっていると金は腐るのさ。 俺的にはこっち方が日本の強みの様な気がする。 わが国ほど一般の国民が力を持った国は珍しいとおもうね。 アメリカは金持ちが力持った国。 

 今なんで、新しい経済学、経営学が必用と巷で言われているのだろうか? 要するに昔と力関係が変ったんだと思う。 昔は供給側が力を持っていたけど、今は需要側,「個人」が力を持ったからだと思う。 つまり前提が変った。

「消費者は自己の欲求を満たすために消費活動を行なう。」

という理論だけでは?????って事じゃない。 買わされる事も他人の為に買い物する事もある。 だから自己の欲求を満たすため以外にも消費者は金を使うようになった。 それだけ『金』が行き渡った。 確かに上記の理論が意味をなさなくなった訳ではないけどさ。 

 そんな中で消費者の「心」を掴む製品を作り出せるか? それを消費者として一般化するのではなく、Aさん、Bさん、鈴木さんレベルまでおとした製品を作り出せるか? これが今のNEW経営学の基礎らしい。 何故なら消費者は昔より情報を集める手段があり、金もあり、より自分の好みに合うものを求めるかららしい。 だから、産業界の技術レベルの競争より、いかに個人の好みを分ける製品を作れるかの方が重要。 アイディア勝負って奴。 技術はもうある。 ないのはアイディア。そんななかで、「車、家電などの産業が強みです。」とは俺は思えない。

 つまり今まで以上に人の心が重要になったって事かな。井深大が称えた「心の経営。」 これをずっと昔から唱えたから今のSONYがある。 すごいですね。 でも「心」という曖昧なものに頼るせいで、経済も経営も分析ができなくなっている。 それが今の社会のような気がする。 今日本は消費者不況。 消費者が金を使わないから経済が成り立たない。 これも「心」が関係している。 市場なんてもろに「心」の影響を受ける。 だから天才もブラックショールズ方式では解けなかった。 ギャン理論(相場には四季がある)も「心」には勝てなかった。 経営学=行動心理学になるのかな? うーん、ありえる。 

 そんななかで強みを考えるならやはり個人の持つ1200兆円の個人資産の方が強みの様な気がする。 それを市場に流せればの話だけど。 






2002年04月26日(金) 今日思ったこと。

もう少しで卒業だ。
嬉しいな〜。 やっとだ。 色々考えたけどやっぱりすぐに日本へ帰る事にした。
チョット親孝行<祖父母孝行しに日本へ帰ろう。 それが今できる事の様な気がする。 1ヶ月一緒に住む事だけでも何気に孝行だ。 これから実家に1ヶ月なんていられないからね。 これを読んでいる地元の友達諸君にも挨拶と飲みに。
 
 友達に会うの久しぶりだね〜。 なんか子供でもできていたりして。 ショックだ。 俺が一番見たくないもの、

「友達の子供・・…。」

 いやだーーーーーーーーーーーーー。 見たくねーーーーーーーーーーー。 

 なんか遠い世界に行ってしまった気がする。 田舎なんで結婚も早いのさ。 大学卒業してこの前あったら結婚するといってた。 俺が世界を周っている間に……。 うーん。 で気が付いたら4組結婚。。。 だんだん遊び友達が減る。 もう奥さんや旦那がいる奴を飲みに誘えね〜。 俺はどうすれば良いんだ。 誰に愚痴を言えばいいんだーーーーー。  まるで高木ブーだ。 いや浦島太郎だ。

昔の友達は結婚とかして行くのに、

「俺は世界を周る。」

 とか大マジで思っている。 でも俺にとってはこっちの方が現実なのさ。 それが昔からの「夢」だったからね。 

 昔の友人達が変ろうと俺は基本的には変らない。 変った、変らない、アメリカナイズされた。 残念ながら俺は昔からこんな考え方だ。 変ってなんかない。 アメリカ如きに感化される心の弱い人間ではない。 だから基本的に10年前と今何も変っていない。 そのまま大人になったって感じ。 そんなこんなです。
 



2002年04月25日(木) ショック。

 うーん。 この前の「幽霊」ネタが今までで一番のアクセス数。 通常の3倍・…。 うーん。 いままで読んだ本のネタよりも全然多い。 いいんだか、悪いんだかだね。 これでいいのか???  

 でも面白かったですか? 俺は色々な事を理由を付けて考える練習としてこの日記を使っているんで、「何言ってんだ?」と思う方も多いかもしれません。
 
でも読んで頂いている事はありがたい事です。  本当にありがとうございますだ。

 俺もそこそこアメリカまで来て、世界を20ヶ国、アメリカも都市を転々とし、色んな人と話し、色んな本を読んでいるんで、それであんまり当たり前の事を書いていたらある意味、

「お前、今まで何やっていたんだ??」

 という事になる。 だから当たり前の事を書いていない(つもり)なんで。 俺の視点をできるだけ理ズメで書いていこうと思っている訳でして・…。  そんなわけでッさ。 考えるのが仕事なんで。。。。。。 

 俺は基本的に文化レベルの多様性より個人レベルの多様性を学んできたつもり。
自分の周りにいるインターナショナルスチューデントを見て、ドイツ人はこう、フラン人はこう考えると思うのは間違い。 ドイツにもそれなりの文化があって、そこから飛び出してきている。 つまり、アメリカに来ている日本人と同じように変わり者、いや経済レベルを比較すればもっと変っているし、それなりにエリートが来ている。 

 ブルガリアの首都ソフィアなんか超貧乏。(旧共産圏)、二十歳くらいの女性が俺が捨てたパンのかすを捨てるのを“じーっと”待っていて捨てた瞬間に拾いに来る。 そんな方々が一杯いらっしゃるし、ショッピングセンターなんか殆ど店舗が入っていない。 駅は暗いし、野犬が一杯いる。 そこから来ているおね-ちゃんは、

「私アメリカ人と結婚する。」

 とかいきなり言い出す。 確かに帰りたくねーはな。 俺だったら嫌だ。 ブルガリアの経済レベルかアメリカに来れるとはそれなりのお嬢様だろうね。 でも、そんな人がブルガリアに何%いるんだろうか?? 超少数だろうね。 その少数の人を見て、ブルガリア人はこうだと考えるのは????ではないかい?

 要するに基本は「個人がどう考えているか?」だ思う。 

 日本人は基本的に「集団心理」の塊だから、ある一部をみて「みんなそうだ。」と決め付けたがる。  例えばよく「普通〜、みんな〜」という人がいるがその普通の範囲ってどこまでなんだろうか? 大体、知り合いの5人くらいにしか通用していないはず。 で、その5人にだけ通じる「普通」を日本人の平均だと思う。面白いものだ。 でもその「普通という価値観」が日本だけで2000万個くらいある。 ある価値観は似ているだろう、でも殆どは似ても似つかない物だともう。

 日本にだって色んな人がいる。 皆同じなんてことはない。 それと同じように、世界にも色んな人がいて、色んな才能を持っている方がいて、天才といわれる人がいる。  だから面白いんじゃん。 






2002年04月23日(火) ��

 つまり霊感とはそういう事です。 「心が分かるかどうか」だと思うんだよね。 多分。 だから音楽とか聴いていて心が休まるとか、絵を見ていて感動するとかいう事と同じ。 芸術家が自分の思いを作品に込める様に、人間は死ぬ時は何かに自分の思いを託そうとするのではないのだろうか? 特にろくな死に方していない方々は・・…。 生きていても苦しいと思う事が多いのに、それを通り越して死んでしまう。 そんな時の人間の心理状態というか「心」というのは凄い悲しく物だと思う。 そう思うな。  だから、幽霊とか霊、足がないとかいう様な一般の人々が想像するような所謂「幽霊」というのは俺はないと思う。 テレビでやるようなね。 

 そういうのではなくて、その人が死ぬ間際に放った「その人の思い」が念として何かに残る。 木であったり、石であったり、病院のベットであったりね。 その念に感化されてしまう人が感性の強い人の中にいる。 丁度、芸術家の残した「思い」が見ている、聞いている人に伝わるように。 俺もピアノをホンの少しばかり、お遊び程度に弾くけど譜面通りに弾くのではなく、いかに感情を込めるかが重要な気がする。 いかに音に自分の思いを伝えるか之が重要。 偉大な芸術家は超人なみの努力で手に入れた技を使って些細な部分まで自分の「心」を表現する手段がある。 だから天才と呼ばれる。 要するに努力あってのことです。 それにアーティストは自分の世界がなければ勤まらないともうね。 

 だからある意味気をつけなければ。 芸術家は自分の思いを作品に残すけど、ろくな死に方をしていない方々は「恨み、妬み、嫉妬」などを残すからね。 だからつらーくなる。 それで判断ミスをしてしまう事もあるし、ある人はそれに気が付かずに事故を起こし、またある人はもろにその「負の感情」に焼かれて精神に異常をきたす。 

 確かなんかの本で読んだけど、音楽が人に与える影響というのは凄いものがあるらしい。 これはデータでも出ている事だ。 霊感とはそれと同じような事だと思う。 
 
 確かにこれは、俺の憶測でしかない。 でも全くの迷信として考えてしまうのではチョット詰まらなくないかい??? なんでも迷信、迷信。 確かにそれも一つの価値観だ。 俺は、世の中には謎のままにして解かない方がいい謎というもあると思っている。 だから、こんな世界もあると思っていた方が素敵じゃない?

 



2002年04月22日(月) 6

その日の朝から俺は2日間、正確には48時間中42時間眠りっぱなし。 祖母の話では死んだように眠っていたらしい。 その起きていた6時間の間に祖母に話し、祖母の知り合いの徐霊師の所に連れて行かれた。 変な体験だった。 しかし、その後一緒に行った友人達の中かで精神病院に行きになった人や勤め出した会社が半年で潰れるなどの被害が出た。 その事を知るのはもっと先の事だけど。

 これをチョット見てみようか? 俺の視点を使って。 

 大体、こんな理由を多くの人は考える。 

 「テレビ局のやらせ。」、「科学的に説明できない。」

 それでは、チョット詰まらないでしょう。 う〜ん。 確かにテレビはやらせでしょう。 今のマスコミなんてNEWSでさえ信憑性がないからね。 だからテレビなんて虚構の世界として見るものであって、現実がそこにあるとはどうしても思えない。 (だからTVみない。)マスコミの中で今のスポンサーを頼った利益収入を改革し真実を伝えましょうという動きがジャーナリストのなかにあるのくらいだから相当スポンサーを気にしている事になる。 だからその情報を真実として捉えると????という事になる気がする。 ましてゴールデンから始まるこの手の番組を真実としてみるほうがバカだ。 東スポなみ。 いやナイタイだ。 「テレビのやらせ」と思っている時点でテレビを信じている事になる。 

 「科学的に根拠がない。」

 ええええとこれはですね。 科学的に根拠がない。 調査方法はどんな方法を取ったのだろうか? まさか、幽霊が出そうな場所に音感センサーなんかつけて違いを比べたりしているわけではないと思うけどね。 どんな風に調査したのかが不明で納得できない。 ね。 これもTVのいいそうな事だ。 
 
 そんこんな矛盾点を上げた所で、どうでしょう? この問題。 始めに断っておくがただ俺は之の手の問題をただ面白おかしく分かりやすく分析してみましょうという事。 エスパー研究所を作ったりした井深大(東京通信工業株式会社)ではないのであしからず。 俺はどっちかって言うと盛田昭夫(SONY)の方だね。 まー至って正常です。 

 結論は、この謎は「心理学」を使わないと解けない。 「心理学」=「科学」として考えるなら科学で説明できる。 はず・・・・・。

 ところで「芸術」ってなんで感動すると思います? ピカソ、ゴーギャン、ミケランジェロ、バッハ。 偉大な大天才達ですね。 はいはい。 それに現代にも芸術家はいらっしゃる。 しかし本当に芸術が分かる人というのは全体の10%以下。 売れる絵と芸術は違う。 之は常識でしょう。 それと同じ、若しくはそれ以下の可能性です。 霊(この言い方は好きではないが解り易いので)の念が分かるのは。 

 「なぜ芸術は感動するのか?」 
 
自称芸術が分かる方、何でですか? 

俺は、

 「芸術家が心をこめるからだと思います。」

 だからピカソが生涯で二万点近い作品を残しているなかで、彼はその全てに自分の全てを込められてのでしょうか? 疑問が残ります。 「ゲルニカ」これを見ていないのでピカソに付いては何も言えませんけど。 だからピカソか〜と思ってみてもどうかな〜。と思いますね。 長い旅の中で美術館によく足を運ぶのですが、その中で「立ち止まる画家」の方が何かを感じる事があるます。 心がこもっているなと思います。  

 つまり霊とはそういう事です。 明日は詳細に説明。 寝る。 




2002年04月21日(日) 暑くなってきたのでチョット怖い話。

 新潟県には良寛洞と呼ばれる超有名な神霊スポットがある。 基本的に俺は幽霊とかは信じない。 しかし高校時代に、そこによく行っていた友人達が交通事故を起こし1人は死亡し、別の友人達も軽傷を負った。 死亡した友人はなんの変哲もない見遠しのいい道路で死んだ。 その当時は何も気が付かなかったけど。 大学に入りまた「良寛洞」の話を耳にする。 その人もこの洞窟の帰りにバイクで転び、一時期は下半身不全になるぎりぎりだったららしい。 その他にも色々な噂を聞いている。  変なもんだと思ったね。 多分これを読んでいる人と同じように。

 ひょんな事からこの良寛洞に友人達数人で行く事になった。 興味本位だった。 夏の暑い日に俺の地元から車で北西に1時間半ほど行ったところだ。 確か10人位だったかな。 今でも鮮明に思い出せるこの場所。

 林の中に大きな池がありその周りを3人くらいで並んで通れる小道が洞窟へと続いている。 その小道を70m位歩くと扇型に開いた半径20m位の洞窟がぽっかりと口を開いていて小川が洞窟の暗闇へと流れている。 川辺の砂浜には三途の川の様に石のピラミッドが所狭しと並べてあり足の置き場に困るほどだ。 その石碑を掻き分けながら進んで行くと中央に大きな墓標が立っている。 その上に蝋燭が立ててある。 たった一度しか行っていない場所だが今でも思い出せる。 4年前の事なのに。

 その日の朝から俺は2日間、正確には48時間中42時間眠りっぱなし。 祖母の話では死んだように眠っていたらしい。 その起きていた6時間の間に祖母に話し、祖母の知り合いの徐霊師の所に連れて行かれた。 変な体験だった。 しかし、その後一緒に行った友人達の中かで精神病院に行きになった人や勤め出した会社が半年で潰れるなどの被害が出た。 その事を知るのはもっと先の事だけど。 


明日は分析編。 続く。 



 



2002年04月20日(土) ヤバイ。

ふっとっていた。 やばい。 これからダイエット期間。 俺はここに宣言する。 日本に帰るまでに体重を戻す。 絶対に。 これは5キロ痩せる事を意味する。 後1ヶ月で・・…。 俺ならできる。 やって見せる。 余裕でしょ。 
ね。 ね。 今、ここに念を入れた。 必ず痩せる。

「じっちゃんの名に賭けて。」



2002年04月19日(金) 昨日の続き。

 確かこの日記の始めの方に「何の為に働くか?」これが重要と書いた気がする。
何の為に働くのでしょう?  夢のため。 うーん。 家族のため、自分のため。

 「私は充分幸せです。」 はいはい。 これを読んでいる人は皆さん幸せであると思います。 「でも、なんか足りない。」 とも思っているはずですね。 (なんか宗教地味てきた。 でも違うよーん。) 俺は少なくともそう思っているのさ。 贅沢かい? でも、それが満たされる=人生終わり。 うーん、難しいね。
昨日はそんな事を話したのさ。  この前シカゴに行った時にとある旅人(社長)が、趣味を持ちなさい。 趣味=旅。 終わり。 それしかねーーーー。 経営書、経済書を読む。 これ仕事ジャン。  

 俺っていつも人生の節目になると悩むんだよね。 

 ま、後20日間。 俺が学生でいられるのはね。 だから休んでおこうかな。
次に備えて。 それが今できる事のような気がする。  これから鬼の様に働いて、旅人の様に流れるように生きるから。 暫らくの間、休憩でよろしいですか?皆さん。 って明日トロントへ行く。  立派な事ばかり言ってられません。

 本も35冊くらい読んだし、今からFUJISANで新しい本買うの馬鹿らしいし、授業も適度にやればいいし。  そんなこんなです。 

 この日記も最終回まで後わずか。 残りの二週間、俺の正体編が始まるかもしれないし、辞めるかもしれない。 

 まず俺の霊感から始まって、心理戦の技を披露し、その他もろもろ。 不思議だ。 何が不思議かっていったら俺の気まぐれ。 俺は気まぐれだ〜。 本当に。

 気まぐれなのさ。 

チョット春で頭がぽかぽかしている。 のでこの文章も変だ。 あしからず。






2002年04月17日(水) 俺って。

今日はあまりに天気が良かったのでナイアガラの滝に散歩に行った。 そこで今日考えた事を日記に書こう。

 色んな人に「凄いね。」 と言われる。 日記を読んでか、なにか知らないが凄いと言われる。 偶に俺は否定する気は全くないのに、勝手に「中途半端な自分を否定されている気がする。」と思う人もいるらしい。 変なもんだ。

 別にそんな事ないんだけどね。 俺ってそんなに凄いんだろうか? 俺的には、そこら辺歩いている兄ちゃんだと思っている。 周りが言うほど自分がエリートになるとも思っていない。 基本的に庶民なんで。。。。取り合えず帰ったらラーメン食いたいな。 

 俺は「JUST FOR FUN」で生きている人間だ。 スキな事しかしなかった。 確かに周りから見れば大変そうな事も楽しかった。 辞書みたいな本を片っ端から読んだ時もそれはそれで楽しかった。 株やって大損こいた時も、それを元に戻した時は達成感があった。 ベンチャー企業でバイトしているときも周りがどんどんクビになっていく中、利率でトップ成績を残せて辞められたのでそれは楽しかった。 7キロ痩せながらも心の闇をお持ちの方と渡り合って最後に感謝されたときも嬉しかった。 「どうして俺らの周りって変なのが多いのかね。」 という話を友人とした時は笑った。 彼女は無謀にもカウンセラーになた。「心理の世界に来れば?」 と誘われたけど冗談じゃないと断った。 で俺はコンサルになる。 あんまり変らない・・・・・。 両方とも相談される方・…。 流石手相が同じだけある。  

 その中から得た全ての経験を駆使し俺の視点を作りあえげ、その視点を動かせる能力をつけ、それらが繋がって夢が叶った。 昔から俺は一つの目標があった。 その為にいや結果的にそうなったのかもしれない。 コンサルになるのもその1つの目標の為。 コンサルになるのも今までと同じように手段の一つ。 だから次も楽しもうと思う。 

 確かにこの日記を読み返してみると「偉そう。」な事書いているいるし、今まで書いた事に嘘はない。 
 
 否定する。 俺は人に「こうした方がいい。」なんて言えるほど偉くなんか無い。 それに、自分の価値観を人に押し付ける事は俺の性分ではない。 それはエゴイストのやる事。 俺のやる事ではない。 もしかしたらエゴイストの方が優しいのかもしれない。 

 俺がなにか「こうした方がいい。」という人は本当に「宝の持ち腐り」をしている人か、これ以上行きすぎるとこの人の良い所が腐ってしまいそうな人。 俺から見てそういう人だったらなにかいう。 自分のなにかを捨ててもなにかいう。 「みんな同じ」みたいな今の世でライバルになってくれそうだから。 



2002年04月14日(日) Thinking out of the Box

 今から5年前、いやもう6年になるかもしれない。 俺はある人に出会った。 始めてあった日の事を良く憶えている。 始めてあったその人の印象は、

「なにもんだこいつ。」ってところだ。 

録音機みたいに人の言った事を憶えられ忘れない。 暗記力、思考力、回転スピードは俺は勝てなかった。 今でも勝てないかもしれない。 ま、目の上のたんこぶって奴。 なぜかこの人と気があう。 お互い毒舌(当時)だったし、手相同じだし(手のひらを見て主要なセンはほぼ同じ)、秘密主義の結果主義、口だけの奴を????。 2年間音沙汰なかったけど、ある日突然また飲みに行ったりする。 まー変な縁ってやつだ。 

 電話で話すと常に明確な根拠を求められる。 その時俺は20、その人21才。その人は当時心理学を勉強していて、その知識から来るその人ならではの見解を含めた分析、視点があり、論理明快に説明する。 今だかつて俺を的確に読んだのも
今のところその人だけだ。 俺の分析眼も元を正すとこの人の技を盗んでいるところが結構多い。 一時期ずっと一緒にいてその人の視点、観点、人を読むポイントを盗み俺なりにアレンジしけど、所詮はコピーだね。 本物は違う。 でもそれでも結構役に立っているけど。 この技はここでは控える。(この技を教えてヒドイ目にあって事があるので。) 未だに「まだまだ。」と言われる。 確かにまだまだですけど・・・・・。


その時に、この人を分析して得たものは「知識を使う」という事だ。 
 俺が思う「頭の良さ」は単に知っている知識を自慢する事ではないと思う。 何々知っている、小難しい事を小難しく説明するんじゃなくて、その知識を使ってなにか問題を解決できたり、良好な人間関係を作れる事が「頭のいい人。」の条件。 知っているだけじゃ駄目。 それを使わなければ意味がない。 それを21でやっていたその人は凄いな〜と思う。 (それに気が付く俺も大したもんだ。) 

 人間は論理で動けるものではない。 機械じゃないから。 どんなに論理的に正しい事でもできないことが多い。 それくらいは分かる。 俺は、基本的に人を年齢、性別などの偏見では見ない。 でもそれは年下か同年代だけに言える事であってやはり年上の方にはそれなりに敬意を払わなければならない。(友人は除く。) 
 俺は、みんなが〜理論では動かない。と日記に書いたが、みんなが盛り上がっているときに分析眼を使ってその雰囲気をぶち壊す事もの方がバカだ。 乗らなきゃいけない時は乗るし、流されてもいいところは流される。 でも疲れている時は勘弁してよ。 それに、バカだアホだと言い合える仲というのも大事だと思っている。 それに、常に今の日本の経済状態が〜とか友人同士で話し合うほど「幕末の志士化」は進行していない。 そういう人が必要なんだろうけど。 でもこの広い世の中、「今の日本が〜」と言う話をしたければできる人のところに行けばいいだけだ。 それだけ。 根本的に自分の周りを変えようとは思わないのさ。 自由主義者のいいところさ。  

 メリハリが重要だと思う。 確かに、俺は最終的には自分の夢を取る。 今までそうしてきたし、キット次もそうするだろう。 でも、それ以外のところでは気を抜かないとね。 一応俺も自分の得た知識や経験を使っている(つもり)んで。 常に気を張っていたら自分も持たないし、周りも疲れるでしょ。 俺タバコも酒もギャンブルもしないからね。 そういう様にストレスの発散をしないとね。 だから二面性があると言えばある。 確かに分けている。 超クールにドライに考えられるし、甘ちょろくなあなあ的にも考えられる。 でもそれでいいんじゃない。 今の結論は

「決めるときに決めればいいんジャン。 使い分けが重要。」

 その為には色んな視点をから物事を見れるようにならないとね。 知識を使うって視点の移動なしには考えられないから。

Only Those who see the invisible can do the impossible.
(見えないものを見る事のできる人だけが不可能を可能にする。)

Thinking out of the box. (固定観点を捨てろ。)って事さ。 










2002年04月10日(水) 取り合えず謝罪。

チョット勘違いしていてこの前の日記に401kで3月危機を乗りきったと書いたけど年金基金の間違いでした。 おかしいなと思った方、その通りです。 私が悪かったです。 エンロンに対する401kとごっちゃになって勘違いしました。 ごめんよ。

 というわけで今回は旅日記を中途半端にして暫らく401kとエンロンに絡めて俺の持論を書いていくぜ。 

 401kとは確定拠出型年金といって簡単に言って今までの企業年金を止め個人で年金管理をしましょうという事。 つまり自分の年金管理くらい自分でやれって事。 今の日本にアメリカの401kを導入する事は子供にウイスキーを飲ませるのと同じ位無謀。 だってなにも分かっていない素人いじめてどうするの? って感じだね。 株ってなに? 債券って? 債券と株の違いって? 金利って? ってところから説明してあげないとだめでしょ。 まずこの違いが分かる人もあんまりいないと思う。 そんなかで401k、ペイオフを導入。 因みにもう銀行潰れても1000万以上は戻ってこない事知っていました? 先週の月曜から。 要するに間接金融から直接金融への移行の為であると思いますけどね、アメリカの様に国民が金融市場に慣れていればいいですけど、貯金大好き日本人に同じ事をやってもしょうがないと思うんですけどね。 確かに何時かはやらなければいけないけど、今やるべきだったのかどうかは不明だ。 それに貯金していたとしてもペイオフで1000万以上は保証されなくなるばかりか、ここまで国債を増発し続けると国際金融市場での日本国債の価値が疑問視されるばかりでなく、需要と供給の経済バランスから円の貨幣価値が現在のまま維持されつづけるとは考えにくい。 簡単に言って現在の貨幣価値(正味現在価値を省く)1000万は20年後の300万くらいになる可能性がかなり高い。 それくらい国債を増発している。 だから貯金していてもその金が使えなくなる。 つまり年金がもらえなくなって、そして貯金していた地方銀行が潰れてしまってに自殺する老人とか出てくる気がする。 時代の流れについていかないといけませんね。 われわれも。

 でも最近の心配事はエンロンだね。 アンダーセンが隠したのも分からないでもない。 あれだけの大企業がつぶれるという事はそれに伴い401kも大損失を被った事になる。 もしエンロンがポートホリオの50%以上を締めていたらマズイですね。 資産の50%以上を失った事になる。 同じ事が日本でも起きるでしょうね確実に。

 資本主義の基本ってなんですか? 「みんな平等」それは社会主義です。 資本主義の基本は「強い者が必ず勝つ」これが原則。 俺は強いものが弱いものを虐げる世の中が良い世の中だとは思えない。 しかし世の中がそうなってくる以上、自分の身を守るにも力が必要って事だ。 けったいな世の中だ。 で弱いものは誰でしょう? それは、老人です。 つまり我々の親です。 やばくないですか? 自分たちの親が年金もらえないのは、誰が彼らを守るのでしょう? 日本人の得意の「だれかが救ってくれる。誰かが」的な、いもしない救世主を頼りますか? 俺には到底できません。 競馬の1000倍の万馬券に自分の人生を掛けるようなものです。 自分の親は自分が守るしかないと思います。 別に俺は、「日本を救う、変える。」なんて天下国家を論じる気は毛頭ない。 でも自分の親くらいは守らなければいけないと思うんだよね。 こんな事いったら親には
「お前の世話にはならねーよ。」という。 確かにそれなりに2人とも実力はあります。 でもせめて保険くらいにはならないとヤバイ気がするんだよね。 なにが起こるか分からないからね。 俺って立派だな〜。

 俺は良くも悪くも「みんなが〜理論」は通じない。 それは根拠って言わないから、唯流されているだけです。 皆と同じ事をしていれば取り合えず安心という時代ではないと思うのですが、いまだに何かの根拠に「みんなが〜、普通は…・。」というのは寂しいことだと思います。 でも否定はできません。 リベラリストだから。 

 でも、俺は「みんなが〜。」的な理由で、なにも手を打たないで大切な誰かを失ったら自分をうらみます。 そうなりたくないから今できる事を一生懸命やって備えておこうと思います。 それが今できる唯一の事だと思うから。 



2002年04月08日(月) 頭くらくら。

 43時間の運転のためか頭が未だにくらくら。
明日のまでに(正確には明日の6:00PM)レポート5枚。 今現在2枚。
今日はこれで寝て明日から全力で終わらせよう。 今日は2枚でいいか。
集中力全然ない。 目を瞑ると未だに高速道路を走っている気がする。
 日記も今日はこれで終わり。
それでは明日から旅日記再開。 



2002年04月07日(日) まだまだハリスバーグ

10:00AM まだまだハリスバーグこれから友人が帰ってくるのを待つ。 顔に似合わず寂しがりやだ。 知らなかった。 俺のパスポートをもって仕事に行った。 そんなにいて欲しいのか。 だから、今日は日記の執筆活動にこれから頑張る。
12:00PM 友人が帰って来る。

10:00 PM 自宅に着く。 気持ち悪い。 水を飲んだら嘔吐。 流石に疲れが溜まっている。 合計11時間+12時間+5時間+3時間+3時間+9時間=42時間の運転時間。 疲れた。 これからピアノを弾きに学校へ行こうと思ったけどめまいがしたので止める。 マジでくらくら。 頭痛い。 疲れた。 明日はレポート5枚書かなければ……。 夢から覚め現実が俺を待っている。 



2002年04月06日(土) あの場所へ至るまで。 エピローグ

 今、友人のマンションの在るハリスバーグから日記を書いている。 さっきまこの街をぶらぶら散歩していた。 俺は知らない街を散歩するのが好きなのさ。 何が在るか分からないからね。 まさかここに来るとは思ってもいなかった。 モントリオールからボストン、NYC、フィアデルフィアと周り今ハリスバーグ。 何度ルート95をこのまま南下してキーウエストまで学校をサボって行ってやろうかと思った。 10年前ならなんなくやれた事も今の歳がそれを遮った。 この旅をエピローグから書くことに少しためらいがある。 長年捜し求めていた物を発見し、2人の相反する才能も分析できたし、いろいろ考えた。 そして次の「何時か辿り着く場所」もみつけた。 良い旅だった。 

 この旅(ヨーロッパ、アメリカ一周、今回のドライブ)の資金は俺の初年俸のボーナス一括払いで親から借りている。 流石に旅行費まで親のスネを齧るのは申し訳ないので、親に俺の年俸を提示してそれを担保にしている。 それが一番賢い方法だと思うから。 でも貸してくれる親がいることにも感謝している。 その他いろんな事にも感謝、感謝の連続だ。 ありがたいことだ。 

 俺はこういう風に自分の金を使おうと思う。 いい車乗ったり、いい服着たりするより、こうやって世界を周ろうかなと思う。 物より経験を買う。 仕事で先進国を周って、それが終わったらバックパック一個背負って後進国を周る。 そんな生き方って素敵じゃない? それが俺の夢だから。 俺は一生でどれくらいの国に行けるのだろう。 あわよくば空まで行ってやる。 

 まー最近いろいろ悩む事が多くてさ〜、いろいろ悩んでいたけど俺は俺なりに自分の才能や周りの助けによって自分の夢を叶えた訳だ。 「今、この生活を止めれますか?」と質問されれば、「No」と答えるしかないだろうね。 だから結構、悩む事なんて無いのかもね。 

エピローグは次の始まりさ。 もう次を考えている俺がいる。 俺は常に人の2、3歩先を考える。 ッて言うか無意識にそうなってしまった。 だから旅が好きだ。 何も考えずに次の街にたどり着きこう考えられるから。

「さ、どうしよう。 とりあえず宿探し、情報集め。」

これが出来るから旅がすきなのさ。 

追伸・・・・これからここ一週間の旅を日記に書いていきます。 先週一週間の日記もお楽しみに。





 



2002年04月02日(火) 1633 Broadway

NYC。NYC。始めてこの街に来たときの事をよく覚えている。 メインでの語学研修が終わり、友人とこの街に始めてきた。 ラガーディア空港からタクシーに乗りブルックリン橋をから始めてBIG APPLE(マンハッタン)を観た時は感動した。 ここがアメリカだと思った。 始めてきた場所はメインの片田舎だった。 そこがスタートだったかもしれない。 でも俺はこの場所を全ての始まりにした。 

 このマンハッタンを観た時から全てが始まった。

その時はただ通りすぎていた1633 BROADWAY 50TH。 この黒いビル。 それが俺の会社の総本山。 すぐ横を見ればタイムズスクウェア-が見える。 マンハッタンのど真ん中。 全世界に散らばる30100人のコンサルタントのヘッドクオータだ。 えらそうなビルだ。 

 始めてきたときは夢だった。 この場所で働く事がね。 何時かこの街に住んでやる。 そう語学学校時代の友人にメールを書いた。 マンハッタンに散らばる摩天楼を見ては心を躍らしてばかりいた。 多くのNYCに憧れる若者と同じようにね。 でも夢だった。 

 ここで働きたいと手を上げれば叶ったかもしれない。 その時描いた夢がアメリカンドリームになったかもしれない。 でも、それはしなかった。 

 「なんで?」

 と質問される。 

 「未だここに来るべきではない気がしたから。 俺にはまだ早い。」

それが理由。 まだ俺は日本にやり残した事がある。 それにケリをつける。 そしたらここに来る。 

 だからここをスタート地点にする。 1633 BROADWAY 50th。 
暫らくこの50階位のビルを眺める。 でかい。 威圧感がある。 でも、ここに戻ってこれれば俺は超一流国際コンサルタントだ。 道のりは険しいね。 うーん。 いろいろあるんだろうな〜。 大変だろうな〜。  取り合えず目指してみましょうか。  

 「なぜ目指すのでしょう?」

 「分からない。」 
  
 訳なんているんだろうか? なにかを諦めるのには理由は必用だけどさ、何かを始めたり、目指したりするのに理由なんか要らないと思う。 

 「ただ行ってみたいから。」
 
  これで十分じゃない?

6年前の夢が今の俺だ。 その時に思った夢は叶った。 全くなにもなかった。 だから今度も叶える。 次の10年の目標って奴。 いいんじゃない? 楽しそうジャン。 

 取り合えず「黒い壁」に手を付ける。 そこで誓う。 俺は必ずここに来る。

なんか俺って面白い人生生きている気がする。  面白きかな我が人生。

  



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天風

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