井口健二のOn the Production
筆者についてはこちらをご覧下さい。

2009年03月29日(日) 路上のソリスト、チャンドニー・チョーク、エンプティー・ブルー、ジャイブ、ヴィニシウス、テラー・トレイン、Sing for Darfur

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『路上のソリスト』“The Soloist”
ロサンゼルスの路上で暮らしていたチェロ演奏家とLAタイ
ムズのコラムニストとの交流を描いた実話に基づく作品。
ロバート・ダウニーJr.が扮するロサンゼルスのコラムニス
トのスティーヴ・ロペスは、ある日、訪れた公園で心安らぐ
清らかなヴァイオリンの音色を耳にする。それは驚くことに
たった2本の弦だけで奏でられているものだった。
その演奏をしていたホームレスの男に声を掛けたロペスは、
その男がジュリアード音楽院に学んだと聞いて興味を持つ。
名門音楽学校に学んだ人物がなぜ今はホームレスなのか、ロ
ペスの取材が始まる。
この音楽家ナサニエル・エアーズを演じるのが、2004年『レ
イ』でレイ・チャールズを演じてオスカーに輝いたジェーム
ズ・フォックス。今回もチェロとヴァイオリンの演奏家を見
事に演じている。しかも心の病んでいる人を演じる姿は圧巻
だ。
しかし物語は、単に音楽家の半生を描いているだけのもので
はない。何故このような人物が生まれてしまったのか、そん
な現代社会の歪みのようなものも併せて描いて行く。心を病
んでいる人は彼だけではないのだ。
監督のジョン・ライトは、前作の『つぐない』でも複雑な人
間の心の闇を描いてみせたが、今回はもっとストレートに、
いろいろなものに押し潰されてしまう人の心を描いている。
それは人の優しさにも起因しているようだ。
そして、そんな音楽家に支援の手を差し伸べようとするロペ
スもまた、世間のしがらみの中で、自分に行き先を見失って
いる人物だったのかも知れない。そんな2人の交流が優しく
描かれて行く。
共演は、2005年『カポーティ』でオスカー候補になったキャ
サリン・キーナーと、2004年『リバティーン』などのトム・
ホランダー、1999年『トゥルー・クライム』などのリサ・ゲ
イ・ハミルトン。
因に、ロペスとエアーズの交流は今も続いており、映画の原
作となったコラムも連載中。物語は終っていなのだそうだ。

『チャンドニー・チョーク・トゥ・チャイナ』
                 “चाँदनी चौक टू चाईना”
チャンドニー・チョークとは、インドの大都市オールド・デ
リーに在るバザールのこと。そこの住人が、ひょんなことか
ら中国に行ってしまうという物語。
物語の発端は万里の長城近くの中国の寒村。そこには昔1人
の英雄がいて北の襲撃から村を守っていた。ところが現代の
その村に北条と名告る男の一味が現れ、村の財宝や文化遺産
などを略奪し始める。しかも一味の武力は強力で村人たちは
手も脚もでない。
そんなとき村人たちに1つの啓示が下りる。それは英雄の生
まれ変わりが村を救ってくれるというものだった。そこで村
の長老2人がその生まれ変わりがいるというインドに向かう
のだが…
主人公のシドゥはチャンドニー・チョークにある屋台店で料
理人をしていたが、いつも幸運ばかりを願って占いなどには
精出すものの、実際の努力は皆無という男。ところがある日
のこと、彼の前に中国から来た老人2人が立ち、彼が英雄の
生まれ変わりだから悪人に苦しめられている村を助けるため
一緒に来てくれと頼まれる。
こんな主人公に、怪しげな通訳として同行する占い師や、一
方が主人公の憧れの女性でもある数奇な運命の双子の姉妹と
その父親などが絡んで、上映時間2時間37分のコメディアド
ヴェンチャーが展開される。
上映時間はインド映画としては短い方かも知れないが、歌在
り踊り在りのヴァラエティに富んだ作品が展開される。正直
なところは、出だしのテンポにはこれが2時間半続いたらど
うしようという感じもあったが、そのテンポも加速度的に上
がって、後半はあれよあれよの展開になる。これもまあ映画
の構成としては見事なものだ。
出演は、ボリウッドを代表するアクションスターの1人とさ
れるアクシャイ・クマール。彼自身がチャンドニー・チョー
ク出身で、俳優になる前にはバンコクのレストランで働いて
いたこともあるとのこと。本作は自身のルーツを訪ねるもの
でもあったようだ。
共演は、双子の姉妹を1人2役で演じたディーピカー・パー
ドゥコーン。かなりのワイアーアクションを演じている他、
インド系と中国系の2役を演じてみせたのも見事だ。他に、
『少林寺三十六房』などのゴードン・リュウが北条役で登場
している。

『エンプティー・ブルー』
本業はCGデザイナーという帆根川廣監督が、2003年から独
学で映画作りを開始し、初長編作品として完成させた映画。
製作には5年の歳月が掛けられたとされ、実際に群馬県で行
われている撮影は、四季折々を背景にして長期に渡っている
ようだ。
物語は、世間との折り合いに付けられない青年が、いつも階
段を昇っている夢を見続け、その中で1人の少女と出会う。
その少女の存在が語る意味は…こんな主人公と、周囲とのぎ
こちない交流が描かれて行く。
本業がCGデザイナーということではゲーム業界などにも関
係があるのかも知れないが、物語は最近のゲームではありそ
うな展開という感じのものだ。まともには掴み所のない、ち
ょっと不思議な感じのお話が展開されて行く。
ただし物語の全体は最近の若者の閉塞感というか、最近では
日本人だけでない全世界的に広がる閉塞感みたいなものが、
かなり明確に描かれているものでもあり、その点では若者だ
けではない観客層にも共感は得られそうな作品だ。
プレス資料の中で監督は、「リトマス試験紙のような作品」
と称しているが。現代人には共感の反応を示す人の方が多そ
うだ。
出演は、2008年9月紹介『ぼくのおばあちゃん』などに出演
の秦秀明。長編映画は初主演だそうだが、演技講師などもし
ているという実力派俳優の起用が、新人監督には鬼に金棒と
いう感じだ。実際かなり掴み所のない役柄をちゃんと解釈し
て演技に結びつけている。
他には長谷川葉生、今井雄一、小寺里佳、、福岡志保美など
馴染みのない俳優ばかりだったが、それぞれ手堅い演技をし
ていた。これも秦がいたお陰なのかな。そうだとすれば、な
かなかの人材だ。
監督の出身地の群馬県で行われた撮影は、上にも書いたよう
に四季折々を捉えているが、それと同時にかなり不思議な雰
囲気の風景も写しており、それらは最近流行りの癒し空間に
も似た映像を描き出している。
その映像の印象が強い分、物語の意味の掴み難い作品だった
が、全体的な感じは良いものだった。

『ジャイブ/海風に吹かれて』
『おくりびと』のグランプリ受賞で話題になった2008年モン
トリオール世界映画祭の招待作品。この作品にも地方の祭り
や葬儀の様子など日本の風物が描かれており、グランプリ受
賞の呼び水になったのかな…という感じもする作品だ。
物語の主人公は、東京に出てIT会社を立上げ業績を伸ばし
たものの、一緒に始めた人物の裏切りに遭い挫折した男。そ
んな主人公が、葬儀には出られなかった祖父の四十九日の法
要に合せて故郷の北海道江差に帰ってくる。
そして高校時代の同級生の女性にであった主人公は、彼女の
言葉から忘れていた高校時代の夢に再チャレンジしてみよう
と思い立つ。それは、1人乗りヨットで北海道を無寄港一周
すること。そして地元の仲間と共にその準備を始めるが…
因に、映画祭で上映されたときの題名は「/」から後だけだ
ったが、一般公開に合せ改題されたとのことだ。ところがそ
の前に付けられたカタカナの部分の意味がプレス資料にも書
かれていない。
それでネットを検索してみると、これはヨット用語で「風下
航での方向転換」とのこと、これが案外危険なものなのだそ
うだ。
つまり、このタイトルにはそういう意味が持たされているも
のだが、それをわざわざ調べなくてはならないのはどうした
ものだろう。作品はそれが判っている人だけを対象にしたも
のとは思えないのだが。
それはともかくとして映画は、追い風の中を一所懸命に走り
続けてきた男性が、ふと自分が独りぼっちになってしまって
いたことに気付き、そこからの方向転換による再生を描いた
もので、それなりに現代人の共感は得られそうな内容だ。
ただしそこには、北方領土の問題など、社会的な要素も織り
込まれており、それはそれとして興味深くも観られる作品に
なっていた。まあ、海に関係する北海道民なら避けては通れ
ない問題なのかも知れないが。
出演は、石黒賢、清水美沙、上原多香子。他に、六平直政、
北見敏之、大滝秀治、加賀まりこ、津川雅彦らが脇を固めて
いる。
上にも書いた地元の祭りの様子や、他にも不思議な雰囲気の
漂う炭坑の跡地など、ちょっとした観光気分の味わえる作品
にもなっていた。

『ヴィニシウス』“Vinicius”
「イパネマの娘」などの世界的ヒットで知られる作詞家で、
詩人、劇作家でもあったヴィニシウス・ヂ・モライスの生涯
を描いたドキュメンタリー作品。
1913年にリオデジャネイロの中流家庭に生まれたヴィニシウ
スは、大学では法律を修めて外交官となる一方、1956年に戯
曲“Orfeu da Conceicao”を創作。このときアントニオ・カ
ルロス・ジョビンと出会う。そして1958年、ギタリストのジ
ョアン・ジルベルトの参加を得て「想いあふれて」を発表。
これがボサノヴァの夜明けとなったと言われている。
因に、1956年の戯曲はフランスのマルセル・カミュ監督によ
って『黒いオルフェ』として映画化され、1959年のカンヌ映
画祭でグランプリを獲得したものだ。
そして1962年、ジョビンと共に「イパネマの娘」を発表。世
界的な名声を得て行くことになる。その後、2人はコンビを
解消するが、ヴィシニウスはさらにアフロ・サンバなどの新
たな音楽ジャンルを生み出すと共に、1980年に亡くなるまで
に400曲以上の作詞を手掛けたと言われている。
そんなヴィシニウスは、酒と女をこよなく愛し、生涯に9回
の結婚をしているが、最後まで本当に愛していたのは最初の
妻であったとか、ブラジルの外務省は彼の音楽活動は認めた
ものの、常にスーツとネクタイの着用を要求したなど、彼の
生涯を彩るいろいろなエピソードが語られて行く。
それらのエピソードは、当時のヴィシニウスが語る実際の映
像や、遺族や友人たちへのインタヴュー、さらに追悼式とし
て舞台で演じられた朗読劇などを通じて綴られたもので、そ
れらが見事な構成で纏められている。
また本作では、ヴィシニウスが手掛けた数々の楽曲の演奏が
いろいろな形で行われるのも聞き物で、「イパネマの娘」以
来のボサノヴァを聞き親しんできた自分には、全てが懐かし
く聞くことができたものだ。
それにしても、最初は学識も高く政治意識も高いヴィシニウ
スが、後半生は唯のヒッピーになっているというのも愉快な
話で、そんな男の生涯が、憧れを感じてしまうほどに実に楽
しそうに描かれていた。

『テラー・トレイン』“Train”
1999年のアカデミー賞で作品賞など5部門受賞の『アメリカ
ン・ビューティー』に出演。ケヴィン・スペイシーの娘役を
演じていたゾーラ・バーチが主演するホラー作品。
レスリングの国際大会で東欧を訪れていたアメリカの大学生
が、次の試合地に向かうため乗り合わせた列車内で恐怖体験
に見舞われる。
バーチが扮するアレックスら4人の選手は、リトアニアでの
試合の後、ホテルを抜け出して異国の夜を満喫する。しかし
度を過ごして翌朝の集合に遅刻、彼らに同行したコーチ及び
彼らを待っていた監督と共に次の列車で他のチームメイトを
追うことになる。
ところが彼らが乗ったのは、ちょっと乗務員たちに異常な雰
囲気の漂う列車だった。それでも車内で遊びに興じていた彼
らに恐怖の出来事が襲いかかる。そしてその出来事の背景に
ある真の目的とは…
バーチの前作は“Dark Corner”という2重人格物のホラー
作品で、本作の後にも締め切りに追われた女性脚本家が恐怖
体験に遭遇する“Deadline”という作品が待機中のようだ。
オスカー受賞作に出ていた女優が…という感じもするが、こ
れだけ立て続けというのは、それなりに本人も好きというこ
となのだろうか。
それに本作では、その背景にある真の目的というのがそれな
りに考えて作られている感じもした。因にこれは、車社会、
銃社会のアメリカでは供給も潤沢だが、そうでない国で同様
の需要が有ったら…というものだ。

脚本監督は、2007年にマーヴェルスタジオのアヴィ・アラド
が製作総指揮を務めた“The Killing Floor”という作品で
長編監督デビュー、本作が2作目というギデオン・ラフ。
ただし僕は、本作の脚本は認めるが、演出に関しては、肝心
の部分でフォーカスが合わなかったり、一緒に入浴している
はずの浴槽の水位が人物ごとに違っていたりで、多少詰めが
甘いように感じられた。次が有ったらもう少し注意してもら
いたいものだ。
なお、本作の撮影はブルガリアで行われたようだが、本作の
エンドクレジットでスタッフ名の最後がv若しくはvaで終る
人が沢山いるのが嬉しくなった。特にVFXなどはほとんど
がそうだったようで、このように現地のスタッフが起用され
るのも素晴らしいことだ。

『SING for DARFUR』“Sing for Darfur”
昨年の東京国際映画祭のコンペティション部門に出品された
作品。因に、映画祭では『ダルフールのために歌え』という
邦題だったが、当時は日本公開が未定だったために紹介を割
愛していた。その作品の日本公開が決ったものだ。
スペインのバルセロナで、内戦の続くスーダン・ダルフール
州支援のためのコンサートが開催される。その日1日のいろ
いろな人々の物語が、相互に繋がりを持ちながら点描のよう
に描かれて行く。
そこには、イギリスからコンサートを観るためにやってきた
若い女性や、彼女のバッグを奪うかっぱらいの少年、そのか
っぱらいの元締めの男、その使い走りをする若者…など、本
来は無関係だが、何故かその瞬間だけ繋がる人々が次々に登
場してくる。
そしてそこでは、コンサートのお陰でダルフールという地名
は口にされるものの、ほとんどは無関心と誤解や無知によっ
て本質とは異なる形で語られるものばかりだ。そんな物語が
その日1日を巡り巡って、深夜12時のある出来事で締め括ら
れる。
実は昨年の映画祭でこの作品を観たとき、僕はこのエンディ
ングのエピソードに感激し、この作品に芸術貢献賞が贈られ
なかったことを不満に思ったものだ。しかし今回作品を見直
していて、それより前の部分の余りにネガティヴなエピソー
ドの連続に驚いた。
確かにこのネガティヴさでは審査員が贈賞を躊躇うのも仕方
がなかったのかもしれない。しかしこの作品がダルフールと
いう特別な状況に呼応したものであると考えたとき、僕には
このネガティヴさがダルフールの現状を象徴しているように
も感じられた。
それはまるでパンドラの匣が開けられたときのように、あり
とあらゆる災厄がそこに展開されている。そんな物語の構成
のようにも感じられたのだ。そしてパンドラの匣の最後に希
望が残されていたように、本作も微かな希望を提示して終り
を迎える。
映画で政治問題を扱うときに、生のままの表現では反発を買
う可能性が大きい。そこでいろいろな手練手管でドラマ化を
して行くのだが、それも度が過ぎると元々の問題提起が消え
てしまうこともままある。
その点で言ってこの作品は、見事に問題の本質を描いている
ようにも思えた。
なお日本での公開を行うのは、2004年から“The World of
Golden Eggs”というアニメーションサイトを運営している
PLUS heads。今までの映画宣伝にない新規なプロモーション
が展開されそうだ。



2009年03月22日(日) それでも恋するバルセロナ、お買いもの中毒な私!、アルマズ・プロジェクト、人生に乾杯!、ザ・スピリット、群青

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『それでも恋するバルセロナ』
             “Vicky Cristina Barcelona”
ペネロペ・クルスがオスカー助演女優賞に輝いたウッディ・
アレン監督作品。
1人は結婚を控え、もう1人は自分捜しをしている。そんな
2人のアメリカ人女性がスペインのバルセロナを訪れ、そこ
で前妻と泥沼の離婚劇を繰り広げたばかりの情熱的な芸術家
のスペイン人男性と巡り会う。
このアメリカ人女性を、レベッカ・ホールとスカーレット・
ヨハンソン、スペイン人男性をハビエル・バルデム、その前
妻をペネロペ・クルスが演じている。ホールとヨハンソンは
2006年『プレステージ』でも共演済みだが、4人が正にがっ
ぷり四つに組んだ共演作品だ。
他に、『エイプリルの七面鳥』パトリシア・クラークソン、
『ダーウィン・アワード』ケヴィン・ダン、『近距離恋愛』
クリス・メッシーナらが脇を固めている。
2人のアメリカ人女性は、一方の親戚を訪ねてバルセロナに
やってくる。その親戚の伝で画廊のパーティに出席した2人
は、同じパーティに出席していた男性画家に目を留める。そ
してその後に酒場でも巡りあった2人は、画家から週末旅行
の誘いを受ける。
この誘いにホールが演じるヴィッキーは乗り気ではないが、
ヨハンソンが演じるクリスティーナが賛成し、結局2人はそ
の誘いに乗ることになる。もちろん男性画家の目的は…なの
だが。しかしその旅行は意外な顛末となって行く。
こうしてヴィッキー、クリスティーナと画家、さらにはその
前妻とヴィッキーの婚約者、またバルセロナの親戚らも巻き
込んで、いろいろな人間模様が描かれる。
アレン監督は今回も出演はなかったようだが、2005年にニュ
ーヨークを離れて以来、いろいろなものに興味の目を向けた
楽しい作品が今回も展開されている。
アレンは元々は人嫌いだったように思えるが、この作品では
人間への興味も大きくなっているように感じられる。それが
出演3作目となるヨハンソンのお陰かどうかは判らないが、
アレンにとってニューヨークの束縛から逃れたのは良いこと
だったようだ。
本作では、南欧の明るい風景の中で、見事な人間賛歌が描か
れた。
なお、映画中でクリスティーナは、短編映画を監督したとい
う設定だが、ヨハンソンはこの作品に前後して“New York,
I Love You”の1篇を監督しており、それを反映しているよ
うだ。

『お買いもの中毒な私!』
            “Confessions of a Shopaholic”
最近、日本の若者にも増加していると思われるクレジットカ
ードの使い過ぎによる多重債務者を主役にしたロマンティッ
ク・コメディ。コメディであり、多分に御都合主義の物語で
はあるが、それなりに現実の厳しさも描いている。
ソフィー・キンセラの同名の原作(邦訳題:レベッカのお買
いもの日記1、2)を映画化したものだが、原作者は金融ア
ナリスト出身の作家で、本人の「お買いもの中毒」は直って
いないのだそうだ。
主人公のレベッカは園芸雑誌の記者だったが、ファッション
雑誌に憧れてこっそり面接を受けに行くことにする。しかし
その道筋で衣料品のセールに出くわしてしまい…しかも、彼
女のクレジットカードは、支払いを何枚にも分けなければな
らないほど限度額一杯。
それでも何とか購入して出版社にたどり着いたのだが、すで
に席は埋まった後。それでもファッション誌への踏台になり
そうな金融雑誌の面接を受けてしまう。とは言え、金融のこ
とは右も左も判らなかったのだが…
そんな彼女が、債務の取り立て屋に追われながら成功への階
段を昇って行く姿を、結婚を控えた親友や両親との交流。買
い物依存症脱却セミナーや、雑誌編集長への密かな憧れなど
と共に描いて行く。
主演は、2005年『ハッカビーズ』などのアイラ・フィッシャ
ー。共演は『ジェイン・オースティンの読書会』のヒュー・
ダンシー。
他に、ジョーン・キューザック、ジョン・グッドマン、クリ
スティン・スコット=トーマス、ジョン・リスゴー、『べガ
スの恋に勝つルール』のクリステン・リッター、『アイアン
マン』のレスリー・ビブら多彩な顔ぶれが脇を固めている。
監督は、1997年に『ベスト・フレンズ・ウェディング』を大
ヒットさせたP.J.ホーガン。2003年『ピーター・パン』以
来の久々の映画作品だ。製作は、『POTC』などのヒット
メーカー=ジェリー・ブラッカイマーによる作品。
なお映画では、買い物依存症の幻想をILMの見事なVFX
で描き出しているのも見ものになっている。

『アルマズ・プロジェクト』“Almaz Black Box”
1998年、ロシアの軍事宇宙ステーション=アルマズが消滅し
たという情報に基づく作品。
アルマズというのは旧ソ連の軍事衛星に付けられる名前だそ
うで、一般にはサリュートと呼ばれる内の2号、3号、5号
がそれぞれアルマズ1号〜3号と呼ばれているようだ。そし
てアルマズ4号も計画されたが、ソ連政府の崩壊で打ち上げ
はキャンセルされたという。
ソ連の宇宙ステーションでは、原子炉を積んで最後は2002年
インド洋に墜落したミュールが有名だが、アルマズはそれと
は別もので、兵器なども搭載して衛星撃墜など宇宙での軍事
研究も行われていたと考えられているようだ。
その他にもアルマズTと呼ばれる無人の衛星もあり、こちら
も4号機は計画のみで実施はされなかったとなっているが、
高精度のレーダーアンテナが搭載されて、特別な軍事研究が
計画されていたとのことだ。
そして今回は、そのアルマズの宇宙ステーションがウクライ
ナに墜落し、そのフライトレコーダー(ブラックボックス)
を政府機関に先んじて反政府組織が回収、その記録を公開す
るという触込みの作品…。
実は、本作の脚本監督に記載されているクリス・ジョンスト
ンというのは、2006年7月に紹介したアフガニスタン潜入レ
ポート『セプテンバー・テープ』のクリスチャン・ジョンス
トンのようで、また性懲りもなくという感じの作品になって
いる。
ただまあ今回は後半に多少捻りがあったりもして、それなり
に面白くはなってきた。それにしても、前作同様というか、
前作以上に画質が悪いのは、作品の設定上仕方ない面はある
のだが、もう少しまともな作品も撮ってもらいたいとは思っ
てしまうところだ。
本当に好きな人が一所懸命に作っている感じがして、その辺
は好感も持てる作品になっている。後は、トピックスとして
テレビ番組などで取り上げて貰えると面白いのだが、何年か
後に矢追純一辺りが、新発見の「事実」として紹介するのが
オチかな。
なお、劇中の子供の映像には、『2001年宇宙の旅』への
オマージュを感じさせるところもあるし、謎の映像としてア
レキサンドリアの位置を思わせるものや、巨大遺跡らしきも
のが写るのもニヤリとするところだ。その他にも、いろいろ
細かな点はありそうだ。


『人生に乾杯!』“Konyec”
81歳と70歳の老夫婦が年金だけでは暮らして行けなくなり、
銀行強盗を働いて…という現代の縮図のような物語を、ユー
モアを込めて描いたハンガリー映画。
年金の問題は、日本でもいろいろあると思われるが、旧共産
主義だった国家ではさらに問題は複雑になりそうだ。ただし
本作は、国家の体制に関わらず年金生活者というより老人に
関する普遍的な問題を描いているとも言えるものだ。
始まりは1950年代。しかしそこから時間は一気に飛んで現代
の老夫婦の物語が開幕する。その夫婦は81歳と70歳。慎まし
い暮らしぶるだが、年金だけでは家賃の催促にもなかなか応
じられなくなっている。そこはいろいろ機転を利かせたりし
て切り抜けていたが…
ある日、遂に思い出のアクセサリーを手放さざるを得なくな
った夫婦。そして81歳の夫は永年整備を怠らなかった60年代
の名車チャイカで出掛けて行く。その向かった先は郵便局の
窓口、そこで老人はピストルを見せ静かに現金を要求する。
犯人は高齢者、しかも乗っているのはクラシックカー。こん
なに目立った犯罪者に、警察は直ちに犯人を特定して逮捕に
乗り出すのだが…という物語に、浮気がばれて仲が険悪にな
っている男女の刑事や、今も元気なキューバからの移住者な
どが加わって、ユーモラスな、そして心に染みる物語が展開
される。

ペンションというのが年金のことで、年金生活者が引退後を
悠悠自適に暮らす姿だと教えられたのは随分と昔になるが、
その頃は自分も老後にはそんな生活者になれると信じていた
ものだ。
しかし現実はそう甘くはなかった訳で、永年天引きで強制的
に取り上げられていたお金は何処に消えてしまったのか。政
府を信じて納め続けてきたサラリーマンの老後はどうしてく
れるのだ…と言いたくなるのは僕だけではないだろう。
そんな生活困窮者が犯罪に走るというのは、いかにも短絡的
な物語だが、それでも納得して共感してしまう現状は、国家
としてかなり恐ろしい状態にあるとも言えそうだ。とは言え
今の政権では、政府の無策は変らないのだろうが。
映画では、華麗に走り回るチャイカの雄姿や意外な能力など
も楽しめて、クラシックカーファンにも喜ばれそうだ。

『ザ・スピリット』“The Spirit”
1940年から続くアメリカンコミックスを、2005年『シン・シ
ティ』ではロベルト・ロドリゲスとの共同監督を務めたアー
ティストのフランク・ミラーが、初めて単独で監督した映画
作品。
ミラーは、『バットマン』のグラフィックノヴェル化などで
アメコミを現代的に改革した立て役者とも言われるが、製作
者として参加した『300』の映画化でも、グラフィックノ
ヴェルの映像感覚をCGIによってスクリーンに再現するこ
とを成功させた。
そのミラーが初の単独監督に選んだのは、敢えて自作ではな
く、1940年にウィル・アイズナーによって創造された新聞コ
ミックスの映画化。因にこの原作は、当時は日曜日の別刷り
付録としてタブロイド版16ページが、全米で毎週500万部発
行されていたとのことだ。
物語は、スピリットと名告るスーパーヒーローを主人公にし
たものだが、この主人公には特殊な超能力はなく、ただ死な
ないというだけ。そのため平気で銃に向かったり、高所から
飛び降りたりの無茶をしながら悪漢を倒すとことになるが…
何か微妙な能力だ。
しかも重傷を負った彼の身体を修復する女性外科医とのやり
とりや、敵役にも同じ能力の奴がいて2人が出会えば必ず死
闘が始まる戦いが始まるといった定番の展開があり、その雰
囲気は旧来のアメコミの感覚でもある。
ただし本作は、そのアメコミ感覚も含めて見事な映像化が行
われているもので、『シン・シティ』『300』での試みを
さらに1歩進めた作品とも言えそうだ。また本作では、当初
からPG−13での公開を目標にしており、その描写も慎重に行
われているようだ。
主人公を演じるのはガグリエル・マクト。2004年『ママの遺
したラヴソング』などの出演はあるが、大作の主演は初めて
という俳優。その脇を、エヴァ・メンデス、サラ・ポールス
ン、パズ・ベガ、スカナ・カティック、スカーレット・ヨハ
ンソンらの女優と、敵役にはサミュエル・L・ジャクスンが
配されている。
『シン・シティ』と同様の版画のような白黒画面にネクタイ
だけが赤く色付けされたり、その他にもアメコミの画を髣髴
とさせる映像が随所に表現される。また、使い捨てのクロー
ン人間など微妙なギャグもいろいろ登場。俳優たちの演技も
楽しそうだし、それらを纏めて気楽に楽しみたい作品だ。

『群青』
沖縄県の離島を舞台に、海の恩恵を受けながらもその海に愛
するものを奪われる。そんな人々の生活を描いた作品。
主人公は故郷の島に1年ぶりに帰ってくる。その島には、幼
い頃から一緒だった同い年の男女も暮らしていた。しかし今
は、その女性だけが暗い顔で海岸に佇んでいる。そんな彼女
と海、そして音楽との関りが描かれて行く。
彼女の母親は高名なピアニストだった。そのピアニストが病
気療養のためにグランドピアノと共に島を訪れる。その演奏
に、1人のウミンチュ(漁師)の男性が心を打たれる。そし
て求愛。2人の間には娘が誕生するのだが…
その年の島には他に2人の男の子が誕生し、3人は兄弟のよ
うに育って行く。やがて思春期、男子の1人は島に残ること
を決意し、他の2人は希望する資格や学問のために島を出て
行くことになる。
ところが、男子の1人が彼女に求愛の歌を贈り、彼女がそれ
に応えることで、島を出て行くのはもう1人の男子だけにな
る。しかし島に残った2人の前途にも、いろいろな出来事が
待ち構えていた。
出演は、娘役に長澤まさみと、父親役に佐々木蔵之介、母親
役が田中美里。そして幼なじみの2人の男子を福士誠治と良
知真次が演じている。
沖縄の美しい海がふんだんに写し出され、その中で波乱に富
んだ愛の物語が展開される。原作はあるようだが、沖縄の美
しい自然を映像で満喫できるのは映画ならではのものだ。そ
んな美しい沖縄で、悲劇とそこからの再生が綴られる。
ただ、物語の展開としては何か物足りない感じがした。それ
は特に後半の陶器を作るお話の部分が唐突で、それ以前に伏
線があった方が良いような感じがしたものだ。他にも、突然
海底から救出されるのも、何時間も素潜りで潜水していたの
か…という感じで、現実との違和感があった。
また、島の恋歌にしても、突然それを出されてもという感じ
がして、全体的に何か描き切れていないように思えた。素晴
らしい背景に流されて観ていても良いのだが、やはり心に残
るのは物語で、それはしっかりと描いて欲しいものだ。



2009年03月15日(日) 第179回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、SF/ファンタシー系の作品を中心に、※
※僕が気になった映画の情報を掲載しています。    ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 今回も賞レースの話題からだが、去年は7月に結果だけ紹
介したアメリカSF・ファンタシー&ホラー映画アカデミー
主催のサターン賞で、今回が第35回となるノミネーションが
発表されている。その作品名を紹介しておこう。
 候補はそれぞれ6作(名)で、まずベストSF映画賞の候
補は、“The Day the Earth Stood Still” “Eagle Eye”
“The Incredible Hulk”“Indiana Jones and the Kingdom
of the Crystal Skull”“Iron Man”“Jumper”
 ベストファンタシー映画賞候補は、“Tha Chronicles of
Narnia: Prince Caspian”“The Curious Case of Benjamin
Button”“Hancock”“The Spiderwick Chronicles”“Twi-
light”“Wanted”
 ベストホラー映画賞候補は、“The Happening”“Hellboy
II: The Golden Army”“The Mummy: Tomb of the Dragon
Emperor”“Quarantine”“Splinter”“The Strangers”
 ベストアクション/アドヴェンチャー/スリラー映画賞候
補は、“Changeling”“The Dark Knight”“Gran Torino”
“Quantum of Solace”“Traitor”“Valkyrie”
となっている。
 また個人賞では、主演男優賞候補は、クリスチャン・ベー
ル(The Dark Knight)、トム・クルーズ(Valkyrie)、ウ
ィル・スミス(Hancock) 、ロバート・ダウニーJr.(Iron
Man)、ハリスン・フォード(Indiana Jones)、ブラッド・
ピット(Benjamin Button)
 主演女優賞候補は、ケイト・ブランシェット(Benjamin
Button)、マギー・ギレンホール(The Dark Knight)、ジ
ュリアン・モーア(Blindness)、グウィネス・パルトロー
(Iron Man)、アンジェリーナ・ジョリー(Changeling)、
エミリー・モーティマ(Transsiberian)
 助演男優賞候補は、ジェフ・ブリッジス(Iron Man)、ア
アロン・エッカート(The Dark Knight)、ウッディー・ハ
レルスン(Transsiberian)、シャイア・ラブーフ(Indiana
Jones)、ヒース・レッジャー(The Dark Knight)、ビル・
ナイ(Valkyrie)
 助演女優賞候補は、シャーリズ・セロン(Hancock)、ジ
ュディ・ディンチ(Quantum of Solace)、オルガ・カリレ
ンコ(Quantum of Solace)、カライス・ヴァン・ホーテン
(Valkyrie)、ジョアン・アレン(Death Race)、ティルダ
・スウィントン(Benjamin Button)
 子役演技賞候補は、フレディ・ハイモア(The Spiderwick
Chronicles)、リナ・レアンダーソン(Let the Right One
In)、ディヴ・パテル(Slumdog Millionaire)、ジェイデ
ン・クリストファー・スミス(Earth Stood Still)、カテ
ィンカ・ウンタロ(The Fall)、ブランドン・ウォルタース
(Australia)
 監督賞候補は7名いて、クリストファー・ノーラン(The
Dark Knight)、ブライアン・シンガー(Valkyrie)、デイ
ヴィッド・フィンチャー(Benjamin Button)、スティーヴ
ン・スピルバーグ(Indiana Jones)、アンドリュー・スタ
ントン(Wall-E)、ジョン・ファヴロー(Iron Man)、クリ
ント・イーストウッド(Changeling)
 この他、脚本賞には“Changeling”“Benjamin Button”
“The Dark Knight”“Ghost Town”“Iron Man”“Let the
Right One In”
 音楽賞は“Changeling”“Benjamin Button”“The Dark
Knight”“Iron Man”“Jumper”“Valkyrie”
 衣裳賞は“Australia”“Changeling”“Prince Caspian"
“The Dark Knight”“Indiana Jones”“Valkyrie”
 メイクアップ賞は“Prince Caspian”“Benjamin Button"
“The Dark Knight”“Doomsday”“Hellboy II”“Tropic
Thunder”
 特殊効果賞は“Prince Caspian” “Benjamin Button”
“The Dark Knight"“Hellboy II”“Indiana Jones"“Iron
Man”
 アニメーション作品賞は“Bolt”“Horton Hears a Who”
“Kung Fu Panda”“Madagascar: Escape 2 Africa”“Star
Wars: The Clone Wars”“Wall-E”
などが候補に挙げられている。
 このリストを観ると、大体前年のSF/ファンタシー映画
が見渡せるものだが、今年のリストでは、“Nim's Island”
“Speed Racer”“Cloverfield”“10,000B.C.”などが完全
に無視されてしまった。挙がっている候補作の中には、これ
がSF/ファンタシー映画か迷う作品も多いだけに、その辺
の選択の基準も気になるところだ。
 なお、受賞式は6月25日に行われる予定になっている。
        *         *
 ではここからは、いつもの製作ニュースを紹介しよう。
 まずはリメイクの情報で、その1本目はBムーヴィの王様
ロジャー・コーマンが1963年に監督したホラーSF作品“X:
The Man with the X-Ray Eyes”の再映画化が、ソニー傘下
のMGMで計画され、その監督としてスペイン出身で2007年
“28 Weeks Later”などを手掛けたホアン・カルロス・フレ
スナディロとの契約が発表された。
 因にオリジナルは、Bムーヴィの老舗アメリカン・インタ
ーナショナル・ピクチャーズ(AIP)で配給されたものだ
が、製作はアルタ・ヴィスタというプロダクションで行われ
ており、その再映画化などの権利はMGMが継承していたよ
うだ。従って、今回のリメイクは権利上も正式のものとなっ
ている。なおオリジナルの題名は、正式には“X”だけだそ
うだが、今回のリメイクでは一般的に知られる上記のものに
なるようだ。
 またオリジナルは、1981年ジョン・カサヴェテス主演で映
画化された“Incubus”などの著作もあるホラー作家レイ・
ラッセルがストーリーと脚本も手掛けているもので、レイ・
ミランド扮する科学者がX線の研究を続ける内、実験中の事
故で自分の目にX線の能力を持たせてしまう。しかしその能
力は徐々に彼自身の精神を蝕んで行き…という内容。新たな
能力によってその持ち主の精神が蝕まれるというのは、H・
G・ウェルズ原作『透明人間』と同様の趣向で、まあ亜流と
観られても仕方の無い作品ではあるが、ホラー映画史には定
番で登場してくる作品の1本となっている。
 その作品のリメイクだが、製作には2006年ポール・ウォー
カー主演でリメイクされた『南極物語』(Eight Below)な
ども手掛けたマンデヴィル・フィルムスが起用されており、
すでにフレスナディロ監督と脚本家との打ち合わせも開始さ
れて、早期の撮影が期待されているとのことだ。
 それにしても、以前にも紹介しているように1986年以前の
MGM作品の権利は同社には残存していないはずだったが、
それとは別の隠し財産があったようで、他にどのような作品
が含まれているのか、今後も楽しみになってきた。
        *         *
 次はリメイクではないかも知れないが、1968年に発表され
て世界的なベストセラーとなったエリッヒ・フォン・デニケ
ン著“Erinnerungen an die Zukunft”(英題名:Chariots
of the Gods/邦訳題:未来の記憶)に基づく映画化権を、
パラドックス・エンターテインメントという会社が獲得し、
フィクションとして映画化する計画が発表された。
 デニケンの原作は、先史時代の遺跡の中に人類のものとは
思えない遺物があり、それは先史時代に地球を異星人が訪れ
ていた証拠だと主張しているもの。この原作は、当時32の言
語に翻訳され、世界中で6800万部が販売されたという記録を
残している。そしてこの原作本からは、1970年にハラルド・
ラインル監督によるドキュメンタリー映画も製作され、この
ドキュメンタリーは1974年にアメリカで公開された他、日本
でも観る機会があったものだ。
 従って、今回はこのドキュメンタリー映画からのリメイク
とも言えるのだ。なおドキュメンタリーは、僕も特別上映で
観させてもらったが、デニケンの著作では写真で掲載されて
いた遺物を、それぞれ現地に取材して映像として紹介したも
ので、いろいろ興味深く観た記憶がある。その作品を今回は
フィクションとして映画化するとのことだが、さて物語は先
史時代のものとなるのか、それとも現代が背景なのか、その
アプローチの仕方から面白くなりそうだ。
 ところで、今回映画権を獲得したパラドックス社は、昨年
8月15日付第165回で紹介した“Conan the Barrbarian”に
関しても、ロバート・E・ハワードの遺族との間で映画化権
の契約を結んだ会社だそうで、映画製作というより権利関係
に力がありそうだ。ただし今回は、元NLCで『LOTR』
の映画化にも関ったマーク・オルダスキーという製作者も計
画に参加しており、今後どのように映画化を進めるか、続報
が気になるところだ。
        *         *
 昨年10月15日付第169回で紹介した“The Crazies”のリメ
イクが3月5日にジョージア州で開始された。
 以前にも紹介したように、ジョージ・A・ロメロ監督のオ
リジナルはペンシルヴェニアを舞台にしたものだったが、今
回の撮影はジョージアと一部アイオワでも行われるようだ。
ただし物語の舞台はカンザスだとのことで、いろいろ複雑な
ことになっているようだ。
 そしてこのリメイクの出演者として、2006年2月に紹介し
たディズニー映画『スカイ・ハイ』に出演のダニエレ・パナ
ベイカー、2007年『アクロス・ザ・ユニバース』のジョー・
アンダースン、『サイレント・ヒル』のラダ・ミッチェルら
の名前が発表されている。
 監督は、2005年『サハラ』などのブレック・アイズナー。
脚本は、2005年版“The Amityville Horror”を手掛けたス
コット・コサーのアイデアから2006年『パルス』を担当した
レイ・ライトが執筆したものだが、物語は、ロメロのオリジ
ナルには緩やかに基づいているだけとのことだ。
        *         *
 ここからはシリーズ続編の情報をいくつか紹介しよう。
 まず続報で、前回、製作開始を紹介した『トワイライト』
シリーズ第3作“Eclipse”の監督に、昨年9月に作品を紹
介した『永遠のこどもたち』のスペイン人監督ホアン・アン
トニオ・バヨナの起用が発表された。なお前回は、別の監督
名も紹介したが、そちらの交渉は不調に終わったようだ。た
だし公開日は、2010年6月30日で確定となっている。因にバ
ヨナ監督は、前作と同じくギレルモ・デル・トロ製作による
“Hater”という作品をユニヴァーサルで準備中となってい
るが、それは遅れることになりそうだ。
 一方、クリス・ウェイツ監督で進められる第2作の“New
Moon”に関しては、すでに撮影は開始されている模様だが、
その第2作から新たにダコタ・ファニングの出演が発表され
ている。ダコタが演じるのはジェーンという役柄で、幼い姿
ながらヴァンパイアグループの中でも最強の者に匹敵する力
を持ち、幻影を造り出す能力も備えているそうだ。
 この他“New Moon”には、エドワード役のロバート・パテ
ィンスン、ベラ役のクリスティン・スチュワート、ジェイコ
ブ役のテイラー・ラウトナーらの再登場も発表されており、
今年11月20日の全米公開に向けて製作が進められている。
 なお、映画化の脚本は3作全てをメリッサ・ローゼンバー
グが担当しており、またステファニー・メイヤーによる原作
は5巻目を執筆中のとのことだ。
        *         *
 次もすでに製作開始は報告しているが、昨年夏のヒット作
『アイアン・マン』の続編で、2010年5月7日の全米公開が
予定されている“Iron Man 2”に登場するロシア人敵役とし
て、映画“The Wrestler”でオスカー候補になったミッキー
・ロークの出演が発表された。
 因にロークは、ゴールデン・グローブを受賞、オスカーの
候補になって次回作に注目が集まっていたものだが、一方、
『アイアン・マン』のロバート・ダウニーJr.も、『トロピ
ック・サンダー』の演技でゴールデン・グローブとオスカー
両賞の候補になっていた。そこで、その関連で行われた週刊
誌の座談会に2人が出席した際、突然ダウニーJr.が会談の
進行を遮ってロークに近寄り、直接“Iron Man 2”への出演
交渉を行ったとのことだ。
 その後、ロークはジョン・ファヴロー監督や脚本家のジャ
スティン・セロックスとも会談をして出演を決めたとのこと
だが、インディーズ作品の“The Wrestler”には25万ドルで
出演したロークが、久し振りのメイジャー作品でいくら稼ぐ
かにも注目が集まっているようだ。
 この他“Iron Man 2”には、スカーレット・ヨハンソンが
敵役のブラック・ウィドウとして出演が発表されており、さ
らにペッパー役のグウィネス・パルトローと、ローディ役に
は前作のテレンス・ハワードに替ってドン・チードルの出演
も発表されている。またサム・ロックウェルの出演もあるよ
うだ。
 そしてもう1人、前作ではエンドロールの後に登場したサ
ミュエル・L・ジャクスンが再度ニック・フューリー役で登
場することも発表されている。この役柄は、前作でも紹介さ
れたようにマーヴェルのチーム作品“The Avengers”への繋
ぎとなるものだが、今回ジャクスンはマーヴェル社と複数の
作品への出演を契約した模様で、その中には2011年6月17日
全米公開予定の“Thor”と、7月22日全米公開予定の“The
First Avenger: Captain America”の計画も含まれていると
のことだ。
 さらに“The Avengers”の全米公開は、以前の予定からは
多少遅れて2012年5月4日と発表されている。
 またマーヴェルでは、ソニーが製作配給する“Spider-Man
4”についても、2011年5月6日の全米公開を発表。これで
同年には3作連続でマーヴェル作品が映画館を賑わすことに
なる計画で、ますます映画界への攻勢を掛けてくるようだ。
        *         *
 もう1本続編の話題は、昨年初の実写3D作品として評判
を呼んだ『センター・オブ・ジ・アース』(Journey to the
Center of the Earth)の続編の計画が発表されている。
 この続編については、昨夏の作品のエンディングでも、次
は何処へ行こうか…みたいな話になっていたものだが、同作
を製作したニューライン、ウォルデン・メディアとコントラ
・フィルムが再びチームを組んで、続編を製作することが発
表されたものだ。
 その続編は、1989年に製作されたアニメーション『リトル
・ニモ』(Little Nemo: Adventures in Slumberland)など
も手掛けた脚本家リチャード・オッテンによる“Mysterious
Travels: The Lost Map of Treasure Island”と題されたオ
リジナル脚本に基づくもので、具体的な内容は、スティーヴ
ンスンの“Treasure Island”、スウィフトの“Gulliver's
Travels”、ヴェルヌの“Mysterious Island”の3つを合せ
たようなお話だそうだ。
 そして現在の製作状況は、前作を手掛けた監督のエリック
・ブレヴィグが、オッテンと共に続編となるように脚本の書
き直しを進めているとのことで、それが完成したら正式に製
作開始となりそうだ。
 ただし現状では、前作に主演のブレンダン・フレーザー、
ジョッシュ・ハッチンスンとの出演契約は結ばれていないよ
うだが、全世界で2億4100万ドルを稼いだ作品の続編という
ことでは、かなりの出演料の上積みは認められそうだ。個人
的にはアニタ・ブリエムの再演も期待したいが、どうなるの
だろうか。
 一方、監督のブレヴィグも、まだ続編も担当すると決った
訳ではないが、脚本の改訂までしているなら間違いはないだ
ろう。また、前作の背景をフォトリアルのCGIで完成させ
たVFXチームは今回も参加が決っているようだ。下敷きと
なる“Gulliver's Travels”と“Mysterious Island”は、
いずれも1960年代初頭にレイ・ハリーハウゼンがダイナメー
ションで映画化しているものだが、その世界が3Dで再現さ
れるのも楽しみなことだ。
 ただ、前作の最後ではアトランティスを探すようなことも
言っていたと思うが、それも第3作以降でも良いから期待し
たいものだ。
        *         *
 後は、新規の情報をまとめて紹介しておこう。
 レオナルド・ディカプリオが、『ダーク・ナイト』のクリ
ストファー・ノーラン監督と組む計画が発表されている。作
品は、ノーランが執筆した“Inception”と題された脚本を
映画化するもので、その内容はSFとだけ紹介されたが、詳
しいストーリーなどは極秘となっているようだ。ワーナーの
製作で計画はノーラン監督の次回作とされており、撮影は今
年度中に行われて、全米公開は2010年夏の予定となっている
そうだ。
 デンゼル・ワシントンにオスカー受賞をもたらした『トレ
ーニング・デイ』などの脚本家デイヴィッド・エイヤーの新
作で“Last Man”と題された脚本が、7桁($)の契約金で
『ジャンパー』などを手掛けるニュー・リジェンシーと契約
された。物語は、遠隔の惑星を舞台にした未来アクションだ
そうで、主人公はその星で若く未経験な兵士たちを率いて異
星人の敵との戦わなくてはならなくなる…というもののよう
だ。良く似た作品は過去にもあったように思えるが、7桁の
契約金というのはかなりのもので、それだけのものを持って
いるということなのだろう。注目したい。
 ニューライン・シネマの創設者ボブ・シャイが、昨年7月
ワーナー傘下に新たに設立した映画製作会社ユニーク・フィ
ーチャーズから、“Alien Zoo”と題された大型のファミリ
ー・コメディの計画を発表した。この作品は、2003年『エー
ジェント・コディ』などの製作者ディラン・セラーズのアイ
デアに基づくもので、内容は簡単に言ってしまえば『ジュラ
シック・パーク』のエイリアン版ということだそうだ。そし
てこの脚本に、『シュレック』シリーズの最初の2作を手掛
けたジョー・スティルマンの参加も発表されている。監督や
キャストなどは未発表だが、映画化は実写とCGIの合成で
行われるとのことだ。
 ウェス・クレイヴン監督の1972年作『鮮血の美学』(The
Last House on the Left)からのリメイクが3月全米公開さ
れたデニス・イリディアス監督の次回作として“Cure”とい
う計画が発表されている。物語は、実験的な治療に末期患者
の妻を送り込んだ青年が、完全回復して戻ってきた妻に違和
感を感じ始める…というもの。脚本は“Max Payne”などの
ビュー・マイクル・トーメ。そこから先の展開はいろいろ想
像できそうだが、製作には、2004年『THE JUON』、05年『ダ
ーク・ウォーター』などのリメイクも手掛けるヴァーティゴ
が参加しており、それなりの作品は期待できそうだ。
 『ボーン』シリーズを展開するユニヴァーサルから、マッ
ト・デイモンの次回作として“The Adjastment Bureau”と
題されたSF作品の計画が発表されている。物語は、カリス
マ的な政治家の主人公が、不思議な雰囲気を持つバレーダン
サーと巡り合い…というもの。これだけでは判らないが物語
はフィリップ・K・ディックの小説に緩やかに基づいている
のだそうで、その脚本と監督を、『ボーン・アルティメイタ
ム』の脚色を手掛けたジョージ・ノルフィが担当。撮影は9
月に開始の予定となっている。なおノルフィは、デイモンと
ポール・グリーングラス監督向けに、Jason Bourneシリーズ
の完全オリジナルとなる次回作も執筆中だそうだ。



2009年03月14日(土) 腐女子彼女、THE CODE/暗号、ザ・バンク 堕ちた巨像、おっぱいバレー

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『腐女子彼女。』
オタクの女性と付き合うことになった男性の姿をコミカルに
描いた作品。
最初にタイトルだけ見たときはちょっとゾンビ物かな?なん
て期待もしたが、そうではなく普通に「腐女子」物だった。
監督が『ちーちゃんは悠久の向こう』の兼重淳なので、それ
でちょっと期待も持ったのだったが、逆にそれはこの監督の
テリトリーではなさそうだ。
ただしこの作品では、「腐女子」という存在を肯定的に真面
目に捉えていて、それなりにオタク文化を大事にした作品に
はなっているように思えた。
物語の主人公は大学生の男子。彼はバイト先の年上の女性に
恋をしてある祭りの宵に告白。その告白は受け止めて貰えた
が、彼女は「自分は腐女子だけど、それでもいいか」と釘を
刺す。そこでは「腐女子」の意味も判らず了承してしまった
主人公だったが…
彼女とのデートは、「執事喫茶」での仲間との会合やアニメ
イトでの同人誌漁りなど…普通ではない。しかも彼のPCに
勝手にエロゲーをダウンロードしたり、彼のことをセバスチ
ャンと呼んだり…彼の周囲のオタク度が上がり始める。
それでも何とか耐え続ける主人公だが、ある日、思い余った
彼は、同じ彼女との関係が4年も続いているという大学の友
人に相談をしてみる。その答えは、「僕らは趣味が同じだか
ら」……
僕自身がSFファンで、どちらかと言うとオタクと思われて
いる側の人間だから、この映画を観ていても彼女の方の行動
を単純に理解するし、それに振り回される主人公の気持ちも
それなりに判ってしまうものだ。
そういう眼で観ていてこの映画は、上でも書いたように「腐
女子」という存在を肯定的に真面目に捉えていて、好ましい
感じで観ることができた。しかもオタクには聖地とも言える
「執事喫茶」やアニメイトまで紹介されるのには、結構嬉し
くも感じられた。
その上、声優の共演や『ガンダム』絡みのネタなども登場。
これは正にオタク向けに作られた作品と言えそうなのだ。欲
を言えばこれにもう二つ、三つファンタシーなネタがあれば
申し分ないところだが、それは『ガンダム』のシーンで製作
費が尽きちゃったのかな。
いずれにしても、僕は観ていて気分は害さなかったし、多分
自分のオタク度が気になる人には理解して貰えるのではない
かな…と思える作品だった。

『THE CODE/暗号』
2005年9月に紹介した『探偵事務所5』シリーズの最新作。
シリーズは前作の紹介時にも書いたようにウェブサイト向け
に2シーズン50話以上が製作され、今回はその集大成とも言
うべき劇場作品が再度製作されたものだ。因に、劇場作品で
はもう1本『カインとアベル』という作品があるようだが、
それは観ていない。
その「探偵事務所5」は、川崎に本部を置く創立60年を迎え
る伝統の事務所で、そこには5で始まる3桁の番号で呼称さ
れる100人の探偵が所属している。シリーズはその100人の探
偵たちの個人やチームでの活躍を描いている。
そして今回の物語は、川崎市がテロ集団の時限爆弾攻撃が曝
されているところから始まる。その攻撃は探偵事務所5の協
力で見事に解決するが、そこで活躍したのが事務所5の研究
所で暗号解読を専門とする探偵507だった。
探偵507は「誰にも解けないとされた暗号を初めて解くの
が解読者の夢」と語り、日々暗号の解読に天分を発揮してい
た。その探偵507の前に1つの暗号が提示される。それは
事務所5の上海支部に依頼があったものだと言うのだが…
一部だけの提示ではさすがに解けない暗号に、探偵507は
上海行きを志願する。その暗号は旧日本軍が隠した軍資金の
在処を示すものとされ、その解読には上海の地下組織も動い
ていた。そしてその暗号には、1人の女性の哀しい人生が刻
まれていた。
この探偵507を歌舞伎役者の尾上菊之助が演じ、アクショ
ンは苦手だが頭脳明晰な探偵を好演している。他に稲森いず
み、松方弘樹らが共演。また、宍戸錠、佐野史郎、貫地谷し
ほりらが前作から再登場の他、シリーズを飾った探偵たちが
多数ゲスト出演している。
脚本と監督は林海象。元々シリーズ創案者である林監督が、
プロローグのVFXを満載したテロ攻撃の様子から、後半の
上海ロケまで、思う存分に作り上げた作品と言えそうだ。
宍戸と松方の因縁シーンなどちょっとお遊びのシーンもある
が、暗号の専門家という設定を活かした台詞など「上手い」
と思わせるシーンも多く観られ、存分に「映画」を楽しませ
てくれる作品になっていた。

『ザ・バンク 堕ちた巨像』“The International”
国際的な金融機関による不正取引を追求するインターポール
の捜査官を主人公にしたアクション作品。
その金融機関は、ルクセンブルグに本拠を置くIBBC。世
界第5位と言われる巨大な国際銀行だが、そこには常に黒い
噂がつきまとっていた。その銀行を捜査しているのは、スコ
ットランドヤードから派遣されているサリンジャー。
そのサリンジャーは新たにIBBCが始めた事業の謎を追っ
ていたが、その捜査は各方面の妨害あっていた。しかもイン
ターポールの捜査官には犯人を突き止めても逮捕の権限はな
く、各国警察への情報提供に限られ、それも無視されること
が多いという。
しかし彼の捜査には各国の警察内部の協力者も多く、そんな
中でもニューヨーク検事局のエレノアは最大の協力者の1人
だった。そして今回の捜査はエレノアとの共同で進められて
いたが…
金融機関がミサイル誘導装置の取り引きを進めている。そん
な訳の判らない状況がこの事件の底流をなしている。その取
り引きでIBBCが得るものとは…。昔の武器商人は単に武
器を売るだけだったが、現代の国際社会はそんな単純には動
いていないようだ。
そして利潤の追求という錦の御旗の前では、次期国家元首の
暗殺をも厭うことはないという凶悪犯在組織の実態。そこに
は地元警察の協力の陰も観え隠れする。そんな強大な敵を相
手に、主人公の壮絶な戦いが繰り広げられる。
しかも舞台は、ベルリンからニューヨーク、ミラノ、イスタ
ンブールと、全て現地にロケされた背景の中で展開されて行
くという大形作品だ。
エンロンや昨年末からの世界金融危機は、バブルの崩壊など
言ってみれば外的な要因が切っ掛けにあるが、本作の銀行が
行っているのは確信犯の不正行為。もちろんエンロン問題に
も結果的な不正はあるが、本作とは条件が全く異なる。
もしこんなことが現実に行われていたら、正に神も人類を見
捨てるだろうという悪魔の行為とも言えるものだ。でも最近
のモラルの低下では、本作のようなことが現実に行われてい
ないという保障はどこにもない。そんな恐ろしい物語が展開
される。
主演は、クライヴ・オーエン、ナオミ・ワッツ。その脇を、
旧東ドイツ出身のアーミン・ミューラー=スタール、デンマ
ーク出身のウルリッヒ・トムセン、アイルランド生まれのブ
ライアン・F・オバーンらが固めている。
監督は、ドイツ出身で『パフューム ある人殺しの物語』な
どのトム・ティクヴァ。本作は今年のベルリン国際映画祭の
オープニングを飾った。

『おっぱいバレー』
1979年北九州。赴任早々の中学校で弱小男子バレーボール部
の顧問に就任させられた女性教師が、地区大会で1勝したら
おっぱいを見せるという約束をしてしまったことから始まる
実話に基づいた生徒と先生の交流のドラマ。
主演の綾瀬はるかが演じるのは、23歳の中学校の女性教師。
朝礼での赴任の挨拶でも不注意な発言をしてしまうほど初な
彼女は、空席だった男子バレー部の顧問を仰せつかるが、そ
れは練習もろくにしたことが無く、馬鹿部とも呼ばれるぐう
たらチームだった。
ところが彼女を迎えたチームの歓迎会で、彼女が地区大会で
1勝したら何でもしてあげると発言したことから、生徒たち
は勝手に「1勝したらおっぱいを見せてもらう」と決めてし
まう。それも止められない主人公。
そしてその目標のために生徒たちは今までにない頑張りを見
せ始め、彼女はその指導にも熱を入れて結果も伴ってくる。
さらに有望な新人のスカウトや地元実業団チームのコーチも
受けられるようになるのだが、その先にあるものは…
題名が刺激的で、シネコンの入場券売り場でこの題名を言え
るのか?という意見もあるようだが、お話は至って真面目。
主人公のトラウマや生徒たちのいろいろな想いもストレート
に伝わってくる。この種の青春物もいろいろあったが、その
中でも上位の作品だろう。
監督は、『海猿』シリーズや『逆境ナイン』の羽住英一郎。
女性主人公の作品は初めてだそうだが、綾瀬の初々しさと、
主人公のトラウマや芯の強さを見事に描き出している。それ
に写真1枚のプリントにまで気を使っているのも好感だ。
実話に基づく作品らしく展開もシビアだし…。でも人を信じ
たくなるような余韻も感じさせてくれる。そんな素敵に愛ら
しい作品を観せて貰えた。因に、去年公開された綾瀬主演の
2作はいずれも僕の中では了解できなかったが、今度は大丈
夫だった。
共演は、青木崇高、仲村トオル、石田卓也、大後寿々花。他
に福士誠治、光石研、田口浩正、市毛良枝らが出演。また、
オーディションで選ばれたという6人の生徒役の子供たちも
個性豊かで魅力的だ。
ただ、問題はやはり刺激的な題名。この題名を入場券売り場
で平気で言えるほどに、映画の存在を浸透させなければいけ
ない。



2009年03月08日(日) 雪の下の炎、ジョニー・マッド・ドッグ、コード、マーターズ、ミュータント、伯爵夫人

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
『雪の下の炎』“Fire Under the Snow”
中国軍の侵攻に対して1959年にチベット民族が蜂起した際の
平和的なデモを行ったという「罪」で逮捕され、以来33年間
に渡る獄中生活と厳しい拷問に耐え切ったチベット僧パルデ
ン・ギャツォの半生を描いたドキュメンタリー。
1996年サンフランシスコで開催された第1回チベタン・フリ
ーダム・コンサートでオノ・ヨーコらと共に、チベットの現
状と平和を訴える姿や、2006年トリノ冬季オリンピックの会
場近くで北京オリンピック開催阻止のためハンガーストライ
キを行う姿を通じて、彼が獄死した同胞らのために行ってい
る戦いが描かれる。
中国が不法支配しているチベットの問題に関する映画では、
先にアメリカ映画『風の馬』を紹介しているが、本作もその
問題を余すところなく伝えるものだ。それは、ドラマ化され
ている『風の馬』ほどには衝撃的ではないが、むしろ淡々と
した表現の中での訴える力は大きいように感じられた。
しかも本編の中で、ダライ・ラマの率いるチベット亡命政府
が北京へ歩み寄り、ハンガーストライキの中止を求めてきた
という事実などは、政治に翻弄される個人の姿も描いて、こ
の1人のチベット僧が真に訴えたいことをより明白にしてい
るようだ。
監督はニューヨーク在住の樂眞筝。外国での辛い1人暮らし
の中での心の支えになったというチベット僧の自叙伝“An
Autography of a Tibetan Monk”(邦訳題名:雪の下の炎)
を、1人でも多くの人に知ってもらいたいという気持ちで制
作した作品とのことだ。
なおこの原作となる自叙伝は、一時新潮社から刊行されたも
のの絶版となっていたが、昨年の北京オリンピック開催前に
起きたチベット紛争により注目を集め、書籍の復刊ビジネス
を展開するブッキング社の手によって復刊が行われているそ
うだ。
文化も言語も違う地域を他国が支配し圧制を強いている。こ
の単純明白な不法行為を誰も止められない。しかも、その亡
命政府すらが圧制を敷く他国に擦り寄っている。そんな中で
の孤立無援とも言える戦いを続ける1人のチベット僧の姿。
それは怪しげな英語でインタヴューに答える亡命政府のリー
ダーより荘厳なものに見えた。

『ジョニー・マッド・ドッグ』“Johnny Mad Dog”
3月12日から六本木で開催される2009フランス映画祭で上映
される作品。
内戦の続くアフリカの国を舞台に、その内戦に巻き込まれた
少年や少女たちの壮絶な姿を描く。
主人公のジョニーはマッド・ドッグと名告り反政府軍の少年
兵たちを率いている。といっても彼自身まだ15歳の少年だ。
そんな少年兵たちは麻薬の勢いで戦闘を繰り広げ、政府関係
者と見れば強奪や女性には強姦も繰り返しながら戦いを続け
ている。
一方、13歳の少女ラオコレは、戦争で下半身を失った父親と
8歳の弟と共に市街地で暮らしていたが、やがて彼女の周囲
にも戦闘が押し寄せてくる。その戦闘の中を、彼女は父親を
手押し車に乗せ、国連軍の病院に連れて行こうとするが…
その国には国連軍も進駐しているが、中立の立場を取る国連
軍は、ただ別け隔てなく傷病者の看護を行うだけで、戦闘へ
の介入はしてこない。そして少年兵たちは、その先に何があ
るのかも判らないままに、不条理な戦闘を続けていく。
脚本と監督はジャン=ステファーヌ・ソヴェール。本作の前
にはコロムビアの少年犯罪を題材にしたドキュメンタリーも
手掛けており、本作は別にあった原作の映画化ではあるが、
ドキュメンタリー・タッチの見事な映像を作り上げている。
そして本作の映画化に当って監督は、自らリベリアに赴いて
実際に兵士だった少年たちをオーディションで集め、彼らの
信頼を得るために撮影の1年前から共同生活をして必要な準
備を行ったとのことだ。
現地で当事者だった子供たちを集めて撮影された作品では、
ブラジル映画の『シティ・オブ・ゴッド』が思い浮かぶもの
だが、本作ではその作品にも劣らない鮮烈さと壮絶さで、現
代社会の一面が刔り取られている。
これが目を背けてはいけない世界の現実ということだ。なお
撮影後には、内戦で苦しむ子供たちのために、ジョニー・マ
ッド・ドッグ基金が設立されているそうだ。

『コード』“Le Code a change”
3月12日から六本木で開催される2009フランス映画祭で上映
される作品。
2003年6月に紹介した『シェフと素顔と、おいしい時間』な
どのダニエル・トンプソン監督が、現代人の恋模様を巧みな
アンサンブル劇で描き出す。
6月21日の夏至の日、各所で路上音楽祭が開催されているパ
リ・ベルヴィル地区にあるアパルトマンの一室で、主人公の
友人やそのまた友人などが集って開かれる夕食会。それは気
軽な毎年恒例の集いだったが…そこに集まる人々の上辺とは
裏腹な想いが描かれて行く。
それは夫婦の危機であったり、不倫であったり、また長く疎
遠な父親と娘の関係であったり、いろいろな人生の機微が綴
られる。そして物語は翌年の6月21日へと飛び、その1年間
の変化などが描かれる。
上辺だけを繕って臨むパーティ、その上辺が徐々に剥がされ
る。ただそれだけの物語なら過去にもいろいろな作品があり
そうだが、本作ではそこに1年の間隔を置くことで、その間
の変化がいろいろと際立たせられる仕組みとなっている。
本作では、その構成の見事さにまずは拍手を贈りたくなって
しまう。そしてそこで明らかにされるいろいろな状況が、見
事に登場人物たちの本音と建前を描き出す。しかもそれが決
して全て解決されるものではないことも、人生そのものとい
う感じがする。
人生なんて全て順風満帆ではないし、上辺を繕いながらもい
ろんなことが人々を苦しめ、迷わせている。それは悲劇や喜
劇というほど大袈裟なことではなくても、多分この物語に出
てくる程度のことは、よくある悩みなのかも知れない。
他人の生活を覗き見ているような作品ではあるけれど、観終
って悪い気分にはならなかったし、そんな人生の一時の風景
が心地よく描かれた作品と言えそうだ。
なお題名の「コード」には、最初「暗号」のことかと思って
観に行ったものだが、本作では「ドレス・コード」などに使
う「規定」というような意味だったようだ。その「規定」が
少しずつ変化して行くという物語だ。

『マーターズ(仮題)』“Martyrs”
3月12日から六本木で開催される2009フランス映画祭の中で
13日の金曜日に「ホラー・ナイト」と銘打たれて上映される
作品。
長く虐待を受けていたと思われる少女が保護される。最初は
他人を寄せつけなかった少女は、やがて1人の少女に心を開
くようになる。そして15年の歳月が流れ、虐待を受けていた
少女はその犯人を突き止める。しかしそれは…
虐待の様子が執拗に再現され、それ事態がかなり怖気を振る
う描写となっている。しかもその一方で、復讐の鬼と化した
少女の殺戮の様子や、そこに現れる謎の存在との葛藤など、
ホラー描写のオンパレードと行った感じの作品だ。
しかしこの作品はそれだけで終るものではない。
題名のMartyrは、英語もフランス語も同じキリスト教の殉教
者のことのようだが、物語では後半その題名の意味が徐々に
明らかにされて行くことになる。
僕自身は余り題名の意味は考えずに観ていて、ナチスか大金
持ちの秘密実験にでも絡むのかなと考えていたが、殉教者だ
そうで、物語はかなり壮大なバックグラウンドを持つものに
もなっている。

ただ、まあもう1歩捻りがあっても良かったかなという感じ
ではあったが…それでも通り一遍の物語に終らせないのは、
さすがは近年、『ハイテンション』『ミラーズ』のアレクサ
ンドル・アジャなど、俊英を誕生させているフランスホラー
映画界というところだ。
出演は、虐待を受けていた少女役に2007年11月紹介『中国の
植物学者の娘たち』に出ていたミレーヌ・ジャンパノイと、
新進女優のマルジャーナ・アラウィ。特にアラウィは、撮影
中に骨折もしたというかなり厳しい演技を体当たりで演じて
いる。
脚本と監督は、2011年公開が予定されている“Hellraiser”
の新作に抜擢が決まっていると言われるパスカル・ロジェ。
アジャもそうだが、フランス人のホラー監督は痛そうな描写
が得意のようだ。
なお本作は、日本でも今年秋以降に一般公開が決定している
ものだ。

『ミュータント』“Mutants”
3月12日から六本木で開催される2009フランス映画祭の中で
13日の金曜日に「ホラー・ナイト」と銘打たれて上映される
作品。
ウィルス感染の脅威に曝されている世界。そこではウィルス
の感染者たちが人肉を求めて正常な人々を襲い始めている。
そんな状況下で、1台の救急車が負傷した兵士を基地まで搬
送しようとしていた。
その救急車に乗り組んでいるのは女性救護員と男性運転手。
2人は女性兵士と共に感染者に噛みつかれた兵士の搬送をし
ていたが…やがて救急車は、雪に埋もれた医療施設だったら
しい巨大な建物に辿り着く。
まあ典型的なゾンビ物という感じだが、雪に埋もれた巨大な
建物の風景などがアメリカやイギリス映画とはまたちょっと
違った雰囲気を造り出している。
とは言っても、次々ゾンビをぶち殺して行くのはこのテーマ
の定番という感じで、まあ、話に多少の捻りはあるが、それ
以上でも以下でもない作品というところだ。もちろんそれが
好きな観客には、これで充分と言える程度ではあるが。
ただし、主人公に多少医学の知識があると言う設定で、途中
でいろいろと実験をしてみるという展開は面白かった。その
点では、ゾンビ物の中でも元祖ジョージ・A・ロメロ監督の
作品に似た感じがする部分でもあった。

出演は、エレーヌ・ド・フージュロル、フランシス・ルノー
とディダ・ディアファ。特に、女性救護員を演じるド・フー
ジュロルのちょっとクールな感じが良かった。
監督は、2007年に“Morsure”(英語題名:Bitten)という
ホラー短編作品を発表しているダヴィッド・モレル。脚本も
手掛けた本作は長編デビュー作のようだが、そつなくまとめ
ている感じはするものだ。
ただ題名の「ミュータント」は、こういう場合も突然変異と
言えるのかどうか、邦題は原題のままだから仕方はないが、
多少疑問には感じたところだ。確かに人間が変容している場
面はあるが、これは感染による変形であって突然変異ではな
いと思うのだが。

『伯爵夫人』“The Countess”
3月12日から六本木で開催される2009フランス映画祭の中で
13日の金曜日に「ホラー・ナイト」と銘打たれて上映される
作品。
17世紀初頭のハンガリー王国で、10年ほどの間に600人以上
を若い女性を殺害し、その血を啜ったり人肉を食べたとも言
われる伯爵夫人バートリ・エルジェーベト(現地マジャール
語では姓を先に書くのが正式のようだ)の生涯を描く。
吸血鬼の原典というと串刺し王ヴラド・ドラキュラが有名だ
が、同じトランシルヴァニア地方にその100年ほど後に誕生
したエルジェーベトも、ドラキュラ伝説の基になったと言わ
れる人物のようだ。
しかも、処女の血を使って自分の美貌を保とうとしたという
物語は、正に吸血鬼伝説そのもののようにも思えるものだ。
そんな物語を、昨年3月『パリ、恋人たちの2日間』を紹介
しているジュリー・デルピーが、製作、脚本、監督、主演も
兼ねて映画化した。
正直に言って、この作品をホラーとして紹介するのには抵抗
を感じる。確かに物語は吸血鬼の原典であり、映画はその状
況を描いて行くものではあるが、デルピーが描いているのは
むしろ歴史劇であり、その歴史の時代を生きた女性の姿だか
らだ。
とは言うもののこの映画では、物語を関係者の回想形式で始
めるなど、巧みにホラー映画の様式も取り入れている。その
辺り巧みさがデルピーの上手さであり、ホラー映画ファンも
納得させようとする強かさでもありそうだ。
そして物語では、別の見方をすれば時代の大きな流れの中で
翻弄され、そこに辿り着いてしまった女性の姿が描かれてい
る。ただし「血の浴槽」や「鉄の処女」なども考案したとさ
れるのは、もちろん本人の性癖による部分は大ではありそう
だが。
それにしても、デルピーのような女優がこの物語に興味を持
ったというのも面白いところで、以前に紹介した『パリ…』
もちょっと普通ではない感覚のある作品だったが、この人の
作品には今後も注目して行きたいものだ。
共演は、『パリ…』にも出ていたダニエル・ブリュール。他
に、『蜘蛛女のキス』で1985年オスカー主演賞受賞のウィリ
アム・ハート、『4ヶ月、3週間と2日』のアナマリア・マ
リンカらが脇を固めている。
因に原題は、プレス資料ではフランス語で“La Comtesse”
となっていたが、本作の台詞は全て英語とされ、フィルム上
のタイトルの表記も上記のような英語になっていた。



2009年03月01日(日) 第178回

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
※このページは、SF/ファンタシー系の作品を中心に、※
※僕が気になった映画の情報を掲載しています。    ※
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 今回は賞レースの報告から。
 最初に2月21日発表の第7回VES賞で、VFX主導映画
のVFX賞には、“The Crious Case of Benjamin Button”
が輝いた。またVFX主導でない一般映画の助演VFX賞に
は“Changeling”が選出され、さらに年間単独VFX賞には
“Benjamin Button”の主人公の生涯が選ばれている。
 一方、実写映画におけるアニメーションキャラクター賞は
“Benjamin Button”の主人公、マットペインティング賞は
“Changeling”の1928年ロサンゼルス・ダウンタウン、ミニ
チュア賞は“The Dark Kinght”の塵芥回収車の破壊、背景
賞は“The Dark Kinght”のImax版ゴッサムシティ、合成賞
は“Benjamin Button”、特殊効果賞は“The Dark Kinght”
の全体などがそれぞれ受賞している。
 また、アニメーション映画における特筆アニメーション賞
には“WALL-E”が輝いている。さらにアニメーション映画の
アニメーションキャラクター賞は“WALL-E”のWALL-EとEve
が一緒のシーンで音響技術者のベン・バートらが受賞した。
またアニメーション映画における特殊効果アニメーション賞
は“WALL-E”のWALL-E自身の効果が受賞している。
 この他にテレビ関係では、“Battlestar Galactica”や、
J・J・エイブラムス製作の新シリーズ“Fringe”、歴史物
の“John Adams”、それに“Doctor Who”などが各賞を受賞
していたようだ。
        *         *
 続いて2月22日に発表されたアカデミー賞では、こちらも
VFX部門には“Benjamin Button”が選出された。これは
以前にも書いたように予想通りというところだ。そして同作
はメイクアップ賞と美術賞にも輝いた。しかし、記録となる
13部門の受賞からは程遠い結果となったもので、替って最多
受賞を果たしたのは“Slumdog Millionaire”。何と9部門
での候補中、作品・監督・脚色・音楽・歌曲・撮影・編集・
音響の8部門での受賞だった。
 この結果は、SF/ファンタシー映画ファンとしては少し
残念ではあったが、僕自身では“Slumdog”も大好きな作品
であることに変わりはないので、個人的には満足できる結果
と言えるものだった。
 その他のSF/ファンタシー関連の作品では、“The Dark
Knight”がヒース・レッジャーの助演男優賞と音響編集賞を
受賞。さらに“WALL-E”が長編アニメーション作品賞を受賞
している。また、外国語映画部門で『おくりびと』と、短編
アニメーション部門で『つみきのいえ』が受賞したのも嬉し
い結果だった。
 今年の受賞式は、不況の影響か舞台の装置などはシンプル
だったが、俳優賞の授与では過去の受賞者が5人ずつ登場し
候補者を称えながら紹介するシステムが感動的で、特にレッ
ジャーの受賞では、遺族の登壇に涙が止まらなくなってしま
った。来年以降もこの方式は継続してもらいたいものだ。
       *         *
 ではここからは、いつもの製作ニュースを紹介しよう。
 最初は新しい情報で、“Sin City 2”“3”なども準備中
とされるロベルト・ロドリゲス監督の次回作として、ワイン
スタイン兄弟傘下のディメンションから、“Nerverackers”
と題された計画が、2010年4月16日の全米公開日付きで発表
されている。
 物語は2085年を背景としたもので、論理的に完全なはずの
未来社会を襲った犯罪の急増。その状況に対処するため設立
された精鋭部隊の隊員を主人公としたスリラーとのこと。原
作はないオリジナル作品のようで、この情報だけではそこか
らの展開は想像も付かないが、ロドリゲス監督作品ならアク
ションも期待できるし、VFXスタジオも自前の監督には、
リアルな未来社会もしっかりと見せて貰いたいものだ。
 因にこの計画では、主人公の名前がJoe Tezcaと紹介され
ていて、これは普通に読むとジョー・テズカ。何となく手塚
さんの名前を連想するところだが、関係はあるのかな。
 なおロドリゲス監督は、ディメンションでは1996年公開の
“From Dusk Till Dawn”以来、“Spy Kids”シリーズから
“Sin City”“Planet Terror”までの主要な作品の殆どを
送り出している。“Sin City 2”“3”の遅れは気になるも
のの、今回の作品にも期待したいところだ。
        *         *
 次は、前回“Lost in Austen”を紹介した19世紀イギリス
の女流作家ジェーン・オースティンに関連する作品で、今度
は“Pride and Predator”という計画が発表された。
 この題名が、映画化もされた1813年発表の『高慢と偏見』
(Pride and Prejudice)を捩ったものであることは言うま
でもないが、それにしてもPredatorというのは…。お話は、
オースティンの原作の時代設定で、そこにエイリアンの宇宙
船が不時着して殺戮が始まる…となっている。何ともはや、
という感じもするが、脚本と監督は2007年に“The Amazing
Trousers”という時代物の短編パロディ作品を発表している
ウィリアム・フェリックス・クラークが担当し、撮影は今年
後半にロンドンで開始予定とのことだ。
 ただしこの計画で、製作は歌手のエルトン・ジョンが主宰
するロケット・ピクチャーズが行うもので、もちろん音楽も
彼が付けることになっている。そこまでするならそれなりの
作品も期待したいところだが。実はロケットでは、ジェーム
ズ・マカヴォイとエミリー・ブラントが主役の声優を務める
CGIアニメーションで“Gnomeo and Juliet”という作品
も製作中とのことで、そういう趣味の人でもあるようだ。
        *         *
 続いては、最近何となく元気の良さを感じるドイツ映画界
から“Superhero”と題された若年向けファンタシー映画の
計画が発表された。
 この作品は、ニュージーランドの作家で映画監督でもある
アンソニー・マッカーテンが2007年に発表した“Death of a
Superhero”という長編小説を映画化するものだが、実は、
この原作がドイツ、スイス、オーストリア圏に紹介されて、
昨年度の若年向け作品の文学賞を受賞するなど評判になって
いたとのことだ。
 その映画化をドイツのバヴァリア・ピクチャーズが行うも
ので、脚色と監督はマッカーテン自身が担当することになっ
ている。因にマッカーテンは、1998年にダニエル・コーマッ
ク主演の“Via Satellite”という作品を発表している他、
昨年には“Show of Hands”という作品も監督している。
 物語は、白血病に苦しむ10代の主人公が厳しい現実の人生
からの逃避手段としてイラスト付きの冒険物語を創造する。
その冒険物語では、不滅のスーパーヒーローがマッドサイエ
ンティストとの永遠の戦いを繰り広げている…というもの。
内容はかなりシリアスのようでもあるが、作品では冒険物語
の場面も登場して、そのシーンはアニメーションで描かれる
ことになるようだ。
 そしてこの主人公を、『チャーリーとチョコレート工場』
などのフレディ・ハイモアが演じ、相手役として『パフュー
ム/ある人殺しの物語』などのドイツ人女優ジェシカ・シュ
ワルツの共演も発表されている。製作費は700〜1000万ドル
が計上され、実写シーンの撮影は今年後半からニュージーラ
ンドで開始、それに並行してドイツでアニメーションの製作
が行われる計画とのことだ。
 なおこの映画製作には、『バイオハザード』なども製作し
たバイエルン映画テレビ基金から95万6000ドルの出資が認め
られている他、ドイツ連邦政府による基金の活用も期待され
ているそうだ。このような支援策の充実が、最近のドイツ映
画が元気な理由でもあるのだろう。
        *         *
 ここからはリメイクの情報を3つほど紹介しよう。
 その最初はドイツ繋がりで、1984年にウォルフガング・ペ
ーターゼンが監督したミヒャエル・エンデ原作による“Die
Unendliche Geschichte”(The NeverEnding Story)をリメ
イクする計画が、当時作品の世界配給を手掛けたワーナーか
ら発表された。
 このオリジナルは日本では翌1985年3月16日に公開された
ものだが、これには個人的に少し思い出がある。というのも
僕はこの前月2月11日の休日にフジテレビ朝のワイドショウ
に出演して、小森和子さんと一緒に映画の解説をしているの
だ。これは春休み映画の特集ということだったが、メインは
この作品『ネバーエンディング・ストーリー』だった。
 ところが生番組の途中でCMタイムになった時、並んで座
っていた小森さんから、突然「このお話ちょっと変よね」と
話し掛けられた。それで僕は「本当はもっと長い物語の途中
までの映画化ですから」と答えたら、「そうなの。通りで変
だと思ったのよ」という会話になった。
 しかしCMが明けると小森さんは、「おばちゃまね。映画
に出てくるドラゴンの顔が、飼っている犬のココに似ている
から大好きなの」と話を続けられ、なるほどそういう風に話
すのだと教えられたものだ。多分僕自身の映画に対する態度
は、この時の小森さんに教えられたものだと思っている。
 閑話休題。
 因に、オリジナルは当時2000万ドルの稼ぎでヒットとして
はまあまあのものだったが、その後も長くホームヴィデオが
売れるなど影響は大きかったと伝えられている。特に最近の
『ハリー・ポッター』などの若年向けファンタシー映画の成
功は、このオリジナルがあるお陰だという説もあるようだ。
そして映画化は1990年と96年に続きが作られているが、興行
的にはじり貧となり、第3作はアメリカでは殆ど劇場公開も
されずにヴィデオ直行だったとのことだ。
 その原作の再度の映画化が検討されているものだが、今回
は敢えて続きではなく、第1作からの置換えを狙っており、
リメイクが計画されているとのことだ。そのためワーナーで
は、新たに映画化権を設定して権利面のクリアも行ったとさ
れている。
 物語は、この世界では苛められっ子の少年を主人公に、彼
が古本屋の店主の勧めで読んだ本の舞台ファンタージエンに
赴き、その危機を救う冒険が描かれる。そこには、空飛ぶ龍
や「幼ごころの君」と呼ばれる女王がいて、いろいろな冒険
が繰り広げられる。
 そしてワーナーでは、今回の製作には『ベンジャミン・バ
トン』のケネディ/マーシャルとレオナルド・ディカプリオ
主宰のアピアン・ウェイを起用するとの発表も行っており、
かなり気合いの入ったリメイクになりそうだ。
 オリジナルは、後付けされたジョルジオ・モロダーの音楽
なども話題になった作品だが、リメイク版はどのような戦略
で進められることになるのだろうか。
        *         *
 次は、フィリップ・K・ディック原作「追憶売ります」を
基に、1990年アーノルド・シュワルツネッガー主演、ポール
・ヴァホーヴェン監督で映画化された“Total Recall”が、
当時の映画配給を手掛けたコロムビアでリメイクされること
になった。
 オリジナルは『T2』なども手掛けたカロルコの製作で、
コロムビア傘下のトライスターが配給したものだが、当時全
世界で2億6100万ドルを稼いだとされている大ヒット作だ。
このため当時は当然の如く続編の計画も登場し、オリジナル
の脚本を手掛けたロナルド・シュセットが、ディックの別の
原作に基づくストーリーを提案、再度シュワルツネッガーの
主演で計画が進められたこともあったようだ。
 ところが、このとき提案された別の原作というのが、実は
“Minority Report”だったのだそうで、結局この計画は実
現せずに、同原作からは2002年トム・クルーズ主演、スティ
ーヴン・スピルバーク監督による映画化が行われたものだ。
しかしその一方で続編の計画自体はしぶとく生き残り、一時
はディズニー傘下のミラマックスで進められたこともあった
が、この計画はワインスタイン兄弟の離脱で頓挫となってい
た。なおこの計画には、オリジナルに出演のシャロン・スト
ーンが大いに興味を示していたそうだ。
 今回は、そのミラマックスが持っていた権利をコロムビア
が取得したもので、同社では『ワイルド・スピード』『ステ
ルス』から『アイ・アム・レジェンド』も手掛け、本来はコ
ロムビア傘下に籍を置くニール・H・モリッツを製作に起用
して、1990年の映画に基づく現代版のリメイクを検討してい
るとのことだ。因にモリッツは、ディック原作の魅力を「予
見性だ」と語り、今回の映画化では、「最新のVFXの進化
や技術の進歩を観せる」と発言している。
 製作時期などは未発表だが、新たな予見性のある作品を期
待したいものだ。
        *         *
 リメイクの最後は、ミュージカル版『ヘアスプレー』の映
画化を成功させたニューラインから、今度はジョージ・アボ
ット/スタンリー・ドーネン監督で、1958年に映画化された
ブロードウェイミュージカル“Damn Yankees!”(くたばれ
ヤンキース)の再映画化の計画が発表されている。
 オリジナルは、タブ・ハンター、グエン・ヴァードンの共
演で、物語は熱烈なワシントンセネターズファンの男性が、
悪魔と取り引きして野球選手となり、宿敵ヤンキースを倒す
ために活躍するというもの。スポーツネタの話ではあるが、
悪魔との取り引きなどでファンタシーとしても評価のされて
いる作品だ。
 その作品を今回は、ジム・キャリー、ジェイク・ギレンホ
ールの共演でリメイクすると発表されているもので、その現
代化した脚本は、1992年『プリティ・リーグ』なども手掛け
たローウェル・ガンツ、ババルー・マンデルが執筆すること
になっている。因に、オリジナルの映画化は、イギリスでは
“What Lola Wants”という題名が付けられており、ヴァー
ドンが演じたローラというキャラクターがタイトルロールに
もなっているものだが、今回は男優2人の共演でどのような
展開となるのだろうか。一応ニューラインの発表では、リメ
イク版の公開は2012年の予定となっているようだ。
 なお、1958年のオリジナル版はワーナーの製作配給による
もので、今回はその傘下のニューラインが製作を担当してい
るものだ。
        *         *
 続いては、これはリメイクとは呼べないと思うが、イギリ
スの中世と近世の人気キャラクターが相次いで映画化される
ことになった。
 まずはユニヴァーサルから、ラッセル・クロウの主演と、
リドリー・スコット監督の『グラディエーター』コンビで、
シャーウッドの森の英雄ロビン・フッドの冒険が計画されて
いる。
 この作品は、以前は“Nottingham”というタイトルで報道
されていたが“Robin Hood”に変更されるという情報も流れ
ているもので、脚本は『カンフー・パンダ』を手掛けたイー
サン・レイフ、サイラス・ヴォリスのコンビによるオリジナ
ルから、『ミスティック・リバー』でオスカー受賞のブライ
アン・ヘルゲランドがリライトしたとなっている。そして、
今までのロビンフッド物はどちらかというと明るいトーンの
作品が多かったが、今回は『グラディエーター』のような重
厚な作品を目指すとしており、製作費には1億3000万ドルが
計上されているとのことだ。
 さらにこの作品では、クロウはロビンフッドと彼らを圧制
するノッティンガムのシェリフの役も1人2役で演じること
になっており、対決シーンは面白くなりそうだ。またロビン
の恋人マリアン役には、『ベンジャミン・バトン』のケイト
・ブランシェットの出演も発表されて、正に重厚な中世イギ
リスの物語が展開されそうだが、レイティングはPG-13の線
を目指すとしており、つまり正当的なイギリスの英雄譚が描
かれることになりそうだ。
 なお撮影は4月初旬にイギリスで開始されるが、この映画
製作にはイギリスでの税法上の優遇処置が適用されることに
なっている。ただしクロウは、スコット監督との前作『ワー
ルド・オブ・ライズ』の撮影のためにかなりのメタボ体形を
作ったもので、そこからスマートなロビンへの減量が大変に
なっているとの情報も流されており、役者根性の見せ所にも
なっているようだ。
        *         *
 一方、昨年7月15日付第163回で紹介したガイ・リッチー
監督版“Sherlock Holmes”では、ロバート・ダウニーJr.の
ホームズ役に加えて、ジュード・ロウがワトスン博士を演じ
てすでに撮影は完了されており、その全米公開日が今年12月
25日と発表されている。
 サー・コナン・ドイル原作の“A Scandal in Bohemia”に
基づき、ホームズが生涯唯一恋した女性ともいわれるイレー
ネ役を『きみに読む物語』などのレイチェル・マクアダムス
が演じるこの作品は、今年度予想外のオスカー助演賞候補と
なったダウニーJr.に、1992年以来の主演賞候補をもたらす
か否かも興味の湧くところだ。
 なお、この作品の配給を行うワーナーでは、併せて本作に
続く2010年の全米公開予定も発表したとのことで、それによ
ると、昨年11月15日付第171回などで紹介したリメイク版の
“Clash of the Titans”は3月25日、前回紹介したクリス
トファー・ノーラン監督による“Inception”が7月16日、
DCコミックスの映画化“Jonah Hex”が8月6日、そして
“Green Lantern”の全米公開日が12月17日となっている。
この他、最終話が2部公開となった“Harry Potter and the
Deathly Hallows”の後編は2011年7月15日の全米公開と発
表された。
 いよいよ『ハリー・ポッター』も完結して、ワーナーの次
の戦略も緊急度が高まりそうだ。
        *         *
 最後に、続報をいくつか短くとめて紹介しよう。
 コロムビアが製作する“The Green Hornet”で、監督から
は降板したチャウ・シンチーに代って、『エターナル・サン
シャイン』などのミシェル・ゴンドリー監督の起用が発表さ
れた。シンチーはカトー役では残るとされているもので、セ
ス・ローゲン主演と共に、コメディタッチのアクション映画
化の路線は守られるようだ。ただしゴンドリーの演出が、そ
れに似合うかどうか、多少心配は残るところだ。全米公開日
は2010年6月25日となっている。
 1月31日付で作品を紹介した『トワイライト−初恋−』の
続編“New Moon”が、今年11月20日公開予定で製作されるこ
とは12月15日付第173回で報告したが、さらに第3作となる
“Eclipse”の製作が決定されている。しかも公開予定日と
して2010年6月30日も発表されており、続編の製作に並行し
て第3作の準備も急ピッチで進められることになりそうだ。
そしてこの第3作の監督には、続編のクリス・ウェイツから
さらに交代して女優のドリュー・バリモアの起用が検討され
ている。交代の理由はスケジュール的に同じ監督では厳しい
ことによるもので、因にバリモアは、すでに“Whip It!”と
いう監督デビュー作を完成させており、実現の可能性はある
とのことだ。
 昨夏公開の『アイアンマン』で最後にニック・フューリー
役で登場したサミュエル・L・ジャクスンについて、“Iron
Man 2”への出演交渉が進められている他、さらにその他の
シリーズへの出演も契約される見込みとのことだ。これは、
彼の演じたフューリーが、秘密組織Shieldのリーダーという
役柄のためで、このためジャクスンは“Captain America”
“Thor”“The Avengers”や、それらの続編へも出演するこ
とになりそうだ。


 < 過去  INDEX  未来 >


井口健二