2003年10月29日(水) ダブルインカム・ノーキッズ


将来設計を考えてみた(ヒマなのか)。

・新聞記者になって、でっかい事件を追いたい(野望)。
・できれば30歳までには東京に戻ってきたい。
・結婚はできればしたい。結婚式はあげない。
・子供は絶対にいらん。共働き子供なしで、趣味に生きる優雅な生活を送りたい。
・両親に家を買ってあげたい。
・立身出世。

なんか幼稚な夢だわ(笑)。

生まれてからこのかた、私は子供欲しいと思ったことが一度も無いんですよね。子供嫌いだし、産むのって痛そうだし、金はかかるし、ちゃんと育てる自信も無いし、何かと面倒だし。

なんか、子供欲しい!って言う人って、脳内変換で子供=可愛くて頭のいい子となっとるみたいやけど、そんな子供生まれるかどーかわからんやん!酒鬼薔薇聖斗みたいなんが生まれたらどーすんねん。恐ろしい。私は責任とれんで。

まーそこまではいかんくても、めっちゃ金も手間もかけて育てたのに、思春期には「なんで俺を生んだんだー!俺なんて生まれてこなければ良かったんだー」とか言われたらいかにせん。自分が親にやってきたことを、生んだ子供にされるんやで。ぞっとするわ。うわー絶対いらん。

ってなわけで、子供に対する責任も取れなければ、母性本能もない私の夢は、ダブルインカム・ノーキッズなのであります。日本の少子化に拍車をかけてスミマセン>森さん


2003年10月27日(月) 10年日記


1996年(ハセ中2)からずっと、10年日記を書いています。

書き始めた頃は、2005年なんて想像もつかない世界でした。そもそも私はノストラダムスの予言なんかを結構信じちゃっていたので、1999年に地球は滅亡すると思っていたのです。なのに予言は大外れ、今年はもう2003年です。中学を卒業し、高校も卒業し、大学4年になってしまいました。時の経つのは早い。今しみじみと実感しています。

昔の日記をたまに読み返したりすると、本当に面白いです。とてもここ(WEB日記)では書けないような、醜い感情をそのままぶつけてあります。
「○○(友人)むかつく。いい気になるな」
「××ってもしかして私のこと好きなのかも(きゃー私ったら自意識過剰!いい気になりすぎっ!)」←このカッコ内のようなセルフつっこみもいっぱい書いてある。腐っても関西人の私。
などなど・・・(書いてて恥ずかしくなってきた)。

根本のところは昔も今も変わってないのよねー。自意識過剰・そんな自分に自己嫌悪・目立ちたがり・なのにシャイ・惚れっぽい・すぐ人に影響される・リアリスト・権威主義・まずは形から・有言不実行 等等。

でも変わった点といえば、楽天的(当社比)になったことかなあ。鈍感になったというか。昔の日記はほぼ毎日「みんなが私のことを嫌っている」「私なんて生まれてこなければよかったのに」「孤独」というキーワードが散りばめられ、そこには「私って変なのかも」「でも私はそこらの愚鈍な人間と違って、センシティブだからこんなことを考えてしまうんだ」という劣等感と選民思想が混在した感情が渦巻いていたのですが、今はそんなことないです(当社比)。

しかし恥ずかしいけれど、やっぱり若さがあふれててまぶしいです。過ぎ去った記憶は美化されるのか、今はもう中高時代なんて楽しかったことしか覚えてないです。思い出って大好きです。辛い時にふとまぶたに浮かぶ、楽しかった日々。思い出は不変で裏切らないからね。

10年後もまた、私は10年日記を読んで「あの頃は若かった。まぶしー」って思うのかしら?少しは前を向いて生きていきたいものです。


2003年10月24日(金) ヒマヒマ星人


最近新しいバイトを始めたんです。電話番のバイトです。

といっても社員二人の小さな会社なので、1時間に1回電話が鳴ればいい方です。空いてる時間はネットでも勉強でも読書でもやりたい放題。ヒマに耐えられればこんなに楽なバイトはありません。

しかし「ヒマ」というものは結構辛いもので、忙しい時よりも時間の経ち方が異常に遅いのです。眠い時なんて悲惨です。

というわけで、何のオチもなくて申し訳ないのですが、暇って辛いということで。ははは(笑って誤魔化す)


2003年10月22日(水) 目立ちたいんじゃー。


たまに、自分の葬式に一体何人の人が泣いてくれるだろうかと妄想することがある。
たまに、自分が有名人になって、インタビューを受けているところを妄想することがある。
たまに、自分ですら気付いていない私の才能がいつの間にか見る目のある人に見出だされて、華麗にデビュー!という妄想をすることがある。

結論といたしましては、私って救いのないくらいの目立ちたがりやなんだなあということで。


2003年10月18日(土) 凡人


映画のページにも書いたんですが、「アマデウス」を観ました。
そして、中学生や高校生の時に観ていたら、もっと感動していたかもしれないと思いました。

いや今見ても十分傑作なんですけど、思春期の私だったら、もっと天才を妬む凡人サリエリに感情移入していたと思うんです。
当時の私といったら、「凡庸な人生は送りたくない」「私には人と違った才能があるはず」「大人は馬鹿だ」「俗世間の垢にはまみれたくない」・・・と年から年中考えているような、典型的な思春期の10代の女だったからです。
なのに、自分が平凡な人間であることに気付き始めていて、平凡な人生を送るくらいなら死んだ方がマシと思っていました。
だから、それこそ死ぬほど「才能」に憧れていたのです。ちなみに当時の理想の生き方はランボー(17歳で彗星のごとく詩の世界に現れ、20歳にして永遠の別れを告げたフランスの天才詩人。37歳で死ぬまで世界を放浪した)と太宰治です。わかりやすいですね。

当時の自分は本当に若かったなあと思います。今は平凡に俗世間で幸せになることが夢です。
でも今でも「孤高の天才よりも、俗世で幸せな凡人の方が幸せ!」と言い切れないところが若さなんでしょうか。だって天才ってかっこいいじゃーん。むーん。


2003年10月16日(木) 男


私は、結婚して男性に養ってもらおうと考えたことは殆どありません。

別に、専業主婦を否定しているわけではありません。
養ってもらえる人は、養ってもらった方がいいと思います。
その方が幸せだと思います。
でも私は、そうなるにはあまりにも負けず嫌いすぎるのです。

私は幼い頃から、男女平等が当然の世界で生きてきました。
オシャレや色恋沙汰に興味を示すべき中学高校時代も、恋愛やら服装やらよりも、勉強の方が常に優先順位が上でした。
周囲の人もみんなそうでした。
恋愛なんて、自分に余裕がある時のお遊びだと考えていました。

そうなると、必然的に男性は「恋愛の対象」よりも「ライバル」となってしまうのです。
高校の時に付き合ってた人もそうでした。
私は彼に、絶対に負けたくないと思っていました。
読書量も、薀蓄も、模試の成績も、彼に負けてたまるかと思っていました。
そして、彼が第一志望の大学に合格し、私が落ちた時、私は彼と別れました。
彼に負けるのが、我慢できなかったからです。

自分のことを薄っぺらい人間だと思います。
それでも私は、負けるのが嫌です。
負けるのが嫌だから、多分自分が「養ってもらっている」ということに我慢ができないと思うのです。

ここまで書いていて思ったんだけど、多分私は思考が「男」なんですよね。
生まれてくる性別を間違ったかもしれません・・・。


2003年10月12日(日) 恋


高校の頃付き合ってた人と食事(+微量のお酒)。

思い出話に花が咲く。
「あの先生が〜」「○○ちゃんが〜」「文化祭の時〜」
「そういやあの二人どうなっとんのやろ?」「とっくの昔に別れとんのっちゃうん?」「なつかしいな〜」「ほんまやわ〜」

・・・・・もう老人だわ。

そういや、今日ご飯を食べた人とは別に、高校の時にすごく好きだった人がいたんだけど、彼は今頃どうしているのかしら?
不毛な片思いだったのよね。
でも、実らなかった分「好きな人」というと真っ先に彼を思い出す。
ストーカーのように、毎朝同じ電車(もとい、汽車)で同じ車両に乗るようにしていたことを思い出す。
顔を見るだけで幸せなんて思いが、これからできるのかしら。
はあ。


2003年10月11日(土) YAH YAH YAH


首都圏に住まう皆さん!
夕方4時からフジテレビで再放送中の「振り返れば奴がいる」を見てますかー?

私は中学の時にこのドラマにはまり、一時期は本当に医者になろうかと思っていたのですよ。残念ながら頭がついていかなかったけれど。
司馬先生(織田裕二)めちゃめちゃかっこよくないですか?もー素敵過ぎます。私のジッポのライターは司馬先生の真似っ子です(司馬先生のより全然安物ですが・・・)(つうかそんなところを真似てどうする)

私はテレビを全然見ない人間なのですが、このドラマだけは毎回欠かさず標準録画をしています。マジで面白いです。見たことがない皆さん!今すぐ見てみましょう。そして興味が出てきたらビデオを借りましょう。

このドラマへの愛情が再燃して、今更「私、医者になる!」と友人に宣言してあきれられた22歳の秋。
そんな私の明日はどっちだ!?


2003年10月05日(日) 倒錯した愛情


好きの反対は無関心とはよくいったものですね。

私は好きなものと同じくらい、嫌いなものに対して情熱を燃やします。
情熱を持って「私はそれがどのくらい嫌いか」を語ることができます。
村上春樹の「僕って自分では普通のつもりなんだけど、人からは変わってるって言われるんだ」というポーズの厭らしさについて語り始めたらそれだけで一日が終わってしまうくらいの情熱を持っています。
「子供や動物が好きな人間って『子供や動物が好きな私って可愛い!』って思ってるよね絶対」という話題で朝まで盛り上がったことがあります。

しかし、無関心なものについては「スターウォーズ?ああ人気あるよね」くらいしか言えません。特に心に触れるものがないから、情熱を持っていないのです。

好きなものと嫌いなものは、そのベクトルが逆の向きを指しているだけで、「心にひっかかる」という点においては全く同じなのです。

だから、すごく嫌いだったものが、何かのきっかけでとても好きになるということはあり得ることです。私の場合、椎名林檎がそうでした。
また、嫌い嫌いといいながら、つい柳美里の作品を読んでしまう(そしてムカつく)というのも、倒錯した愛情なんでしょう。

だから、自分が好きな作品を「嫌い」と言う人に対して「じゃ、見なきゃいいじゃん!」って言うのはやめてもらいたいものです。
多分その人は、あなたと同じくらい、その作品に対して情熱を持っているはずですから。


2003年10月01日(水) 学校大好き


「誰でも人生で一度くらいは「学校行きたくない」と思うことがあるでしょう。」

・・・という記述をある本で見つけました。
私は、珍しい人種なのか、学校行きたくないと思ったことなんて一度もありません。
学校大好きです。勉強は嫌いですけれども。

縛られるのがイヤとか、人間関係で悩んでとか、詰め込み教育に疑問を感じてとか、そういう理由で学校に行くのがイヤな人が多いようですが、私は全然そういうの感じないタイプだったんですよねー。
そういう「管理教育」とか「詰め込み型勉強」に疑問を感じない人の方がヤバイと言われたことがあります。だから私はダメ人間なのかしら。ぶー。

私が小学生の頃に「ぼくらの7日間戦争」とかの、宗田治の「ぼくらの」シリーズが流行ったんですが、私はアレが大嫌いだったんですよ。
「ぼくら」は先生に反抗しまくるわけですが・・・なんつーか、先生も仕事でやってるんだから、そんな青臭い自己満足のために先生をいじめるなよとよく思いました。なんかやけに物分りのいい小学生ですね。あはは。

「社会ってそーいうもんだ」と社会に出たことも無いのに偉そうなことを言っていた嫌なガキでした。

そんなことを思い出して自己嫌悪に陥る初秋の夜。


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