せきねしんいちの観劇&稽古日記
Diary INDEXpastwill


2009年03月28日(土) 舞台と映画と

 夜、N.G.A. 4th Attack! 子ども創作劇 「世界をかえろ!〜色のない空の下で〜」を見に、武蔵野芸能劇場へ。
 富士見丘小学校の去年の卒業生、仁比祥太くんが、オムニバスのうちの一本を作・演出、出演している。
 開演前に去年の卒業生、イナバさん、クロセくんに会う。久しぶりなクロセくんは、背が伸びてすらっとした印象。
 午後、富士見丘小学校での近藤芳正さんによるワークショップのあとの平田さんと合流。ワークショップに参加していた、去年の卒業生カラサワくんの4年生になる妹さんとお母さんにご挨拶。
 この出演は4歳から中学生までの子どもたち。作・演出も子供たち。5つの作品のオムニバスの最後の一本が仁比くんの作演出によるもの。
 お話は、不思議な本の力で異世界にタイムスリップしてしまった子供たち。そこの世界は、「感動してはいけない」というきまりがあり、人前で笑ったり泣いたりすると罰せられてしまう。
 現代からやって来た子供たちは、町の広場で演劇を上演することにする・・・という枠組み。
 この枠の中で、演じられるオムニバス。なかなかおもしろかった。
 初めの4本「異世界劇団カンパーナ」「あいつのハートを射止めろ作戦開始!」「OUT OVER」「三百円事件」、どれもなかなかおもしろい。子どもらしい発想が素直な芝居になっている。
 演じている子供たちの年齢差が役柄にそのまま反映していないので、ものすごく年齢差のありそうなクラスメイトとかが当たり前に登場する。身長差も当然あるので、見ていると、不思議な感覚。
 子どもらしいなあと思っていたら、最後の仁比くんの作品「いのちのたび」でびっくりした。
 冒頭、一人の子どもが「いやだ、いやだ、ぜったいにいやだ!」と叫んでいる。なんだかよくわからないのだけれど、そのうち、交通事故で死んだ彼が死ぬのはいやだ!と言っているのだということがわかってくる。この導入のうまさ。演じている子(後から聞いたら5年生だとのこと。小柄なのでもっと幼いのかと思った)の演技、言葉のまっすぐさに圧倒される。
 そして、彼(カイトという役)は、天使に会い、天国へ行くのを拒んで、同じように天国に行けないでいる仲間の所へ行くことになる。
 この仲間というのは船を操っている、嵐に出会い、みんなで力を合わせたりしているうちに、友情が芽生える。
 この設定もうまい。言ってみれば成仏できない幽霊たちが、船に乗っているというだけでなく、嵐に出会うというのもおもしろい。そして、船を操る彼らの芝居のいきいきとしていることといったら。
 カイトは一人一人から、身の上話を聞く。なぜ死んだのか、一人一人の理由。ここで、作演出の仁比くんはリューという役で、戦争で家族を殺された男を渋く演じていた。
 地上では、カイトのガールフレンドが自殺をはかり、船にやってくる。カイトは、彼女に「ここはお前のくるところじゃない」と冷たく言う。それでも・・と食い下がる彼女。このシーンは、なんだかすごいラブシーンだった。小柄なカイトと大柄な(たぶん高学年or中学生)な彼女のやりとりは、魔法にかけられて子どもになってしまった若者のように見えてきた。
 説得されて彼女は生き返り、カイトもまた天国へ向かうことを決心する。
 いいセリフがたくさんで、きっちり伝わる言葉がいっぱいで、ただだまっているだけの人物もみんな生き生きとその場を生きていて、ほんとうにすばらしかった。
 子どもがやっているということが、なんの言い訳にもなっていない、すばらしい舞台だった。いっぱい泣かされた。
 そして、この芝居を書いて演出した仁比くんの中にある芝居のセンスがとてもうれしかった。なんでこんなに芝居っていうものを知ってるんだろう?とびっくりしながら、富士見丘小の演劇授業がこんなふうに彼の中に息づいているのだということに感動した。
 終演後、仁比くんに挨拶。お疲れ様でした!
 その後、平田さん、仁比くんのお父さんと三人で、仁比くんが出演している映画を見に渋谷まで出る。
 今日が上映会だというのは聞いていたものの、ソワレの舞台を見たら間に合わないとあきらめていた。それが、21時15分開映とのことなので、急遽、ご一緒させてもらうことにした。
 えんぶゼミの卒業制作映画「ひととき」渋谷シアターTSUTAYA 監督:石渡彩人
 「中学二年の隼人は、英語の教師・優子に恋をしていた。ただ優子を見ていることが幸せだったが、そんなひとときの幸せもだんだんと崩れていき・・・」(公式サイトより)
 ひたすら先生が好きで、体育館での部活の様子をのぞき見したり、授業中、ビデオを隠し撮りしたりしてる中学二年生の学ラン姿の仁比くん。
 小テストでカンニングをしたのがばれてしまい、かばんの中に隠していたビデオが見つかり、何を撮影していたかも知られてしまう。優子の「きもちわるい」という言葉に対して、泣くのではなく、薄く笑うラストが印象的だった。
 平田さんと遅い夕食をご一緒しながら、今日は仁比くんの日だったねと言い合う。舞台も映画もとてもおもしろかった。まだ中学1年の彼がこれからどうなっていくのか、とても楽しみだ。
 富士見中の演劇部での活動、がんばってほしいと思う。


2009年03月25日(水) 富士見丘小学校卒業式

 富士見丘小学校の卒業式にうかがう。
 演劇授業関係では、篠原さん、山本健翔さんと僕が出席。
 今年もまた、卒業証書をもらう前に、舞台の上から、一言挨拶する卒業生達。
 将来の夢を語る彼らの言葉のものおじしない、力強さがたのもしい。
 「俳優になりたい」「声優になりたい」といってくれた彼らの言葉がとてもうれしい。
 来賓の紹介の時間、それまで正面を向いていた卒業生が、上手側の来賓席に座ったまま向き直る。
 他の来賓のみなさんに比べ、僕たちの一言を聞いてくれているとき、彼らの表情がやわらかくなったように見えるのがうれしい。ただの来賓じゃない、僕たちは同じ苦労をした「仲間」だなあと思える瞬間。
 降り出した雨のせいで、毎年恒例の校庭でのアーチは今年はなし。
 そのかわり、校舎の一階の廊下に5年生がつくった花のアーチをくぐって、6年生達が旅立っていくことに。
 いつもわいわいおしゃべりや記念撮影をする時間がないのは、ちょっとさびしいのだけれど、今年もわいわい手を振り、さよならをする。
 卒業式ではとても大きく見えていた彼らが、とってもちっちゃい子どもなんだということに気づいて、びっくりする。舞台俳優を間近に見たときのような驚きと似ている。
 卒業公演の記録DVDをいただいて帰る。楽しみに見せてもらおうと思う。
 卒業おめでとう。楽しい時間をどうもありがとう!


2009年03月24日(火) オーガニックシアター「メッカへの道」

 武蔵野芸能劇場へオーガニックシアター「メッカへの道」を見に行く。
 開演前に、劇団劇作家の石原燃さんと一緒になり、並んで観劇。
 篠原さんは、まっすぐに役にとりくんでいて、みごとな演技。
 終盤の長セリフは、演技とは思えないほど、まっすぐに言葉が生み出されていて、感動。
 「正しく読む」ということよりも、読んでいる、演じている今を強く感じさせる舞台だった。
 終演後、篠原さんにご挨拶。お疲れ様でした。
 帰りの電車では、劇団劇作家の福山さんと、劇団劇作家のことについてあれこれ伺う。


2009年03月22日(日) 稽古場と隅田川

 午前中、篠原久美子さんが出演する、オーガニックシアターのリーディング公演「メッカへの道」の稽古場へおじゃまする。
 通し稽古の後半は拝見する。
 ほとんど初めて見る篠原さんの俳優としての演技が新鮮。そして、終盤、台本を話して語り始める横山道乃さんの自由自在さが圧倒的。
 夜、吾妻橋のアサヒスーパードライホールに「タナトス」という舞台を見に行く。
「開けてはならなかった記憶の扉・・・  漂流していた幽霊舟の中で発見されたのは、廃人となった少女だった。舟は何処から来て、何処を目指し、そして何が起ったのか?全ての答えは、閉ざされた少女の心の中にある。スコットランドヤードに呼び出された一人の心理学者は、少女の心の闇から真実を探り出すよう依頼を受ける。はたして、少女が目にしたものとは・・・」(公式ブログより)
 開演前に作者の実家の浅草のお煎餅やさんのごませんべいをいただいたり、ワンドリンクのサービルがあったり、アットホームな雰囲気が気持ちいい。上演中、特殊な装置でコーヒーの匂いがホールに広がるのも不思議なかんじ。
 お芝居は、大胆なひっくり返しが仕組まれた構造なのだけれど、いま一つわかりにくく、終演後、もやもやした気持ちになる。
 それまで信じて見ていたことをひっくり返すのには、ほんとうはどうなのかということを、もっと強烈に印象づけてほしかったなあと思う。
 強くなった雨の中、吾妻橋を渡り浅草の駅へ。隅田公園の桜はまだ咲かないようだ。


2009年03月20日(金) おやじカフェ

 池袋の西口公演のテントで開催中の「おやじカフェ」にKOBAくんと行く。
 知り合いの堀江さんが、キャストとしてウェイターをしている。
 ドーム型のテントの中がまるまるカフェになっている。
 ウェイターの「おやじ」さんたちが、微妙なパフォーマンスをしながらドリンクやフードを持ってきてくれる。合間には、全員でのダンス(曲はなつかしの「YMCA」や「スカイハイ」)。
 堀江さんは、コムデギャルソンのギャザースカート風のエプロン。他のおじさまがたも、微妙に女子的なテイストになっているのが、おもしろい。サービスするというのは、多分に女性的な気持ちになったりするんだろうか。
 久しぶりのKOBAくんと楽しくおしゃべり。
 後半は、芸術劇場小ホールで上演中の「声紋都市ー父からの手紙」のポストパフォーマンストークが、同じ会場で。そのままいてもかまわないということで。作演出の松田正隆さんと映画監督の是枝裕和さんのトークを聞かせてもらう。
 終了後、KOBAくんと食事をして別れる。
 いっぱい話した一日。


2009年03月19日(木) 劇団印象「青鬼」

 相鉄本多劇場に劇団印象の「青鬼」を見に行く。
 今日も、岸本くん、遠藤くん、相楽みっちゃんと一緒になる。
 先週見せてもらった稽古が断片だったので、一体どんなお話だろうとわくわく。
 旅先でイルカの肉を食べてからすっかりイルカ好きになり、食用のイルカを部屋で飼うほどになった夫と妻のお話。そのうち、イルカは人間の言葉が話せるようになり、どんどん人間になっていく。同時に、夫もどんどんイルカになっていき・・・。
 冒頭から、イルカの着ぐるみが登場してびっくり。卑怯だなあ(笑)と思いながら、一気に引き込まれる。芝居の嘘の楽しさに無理矢理ひきずりこまれるかんじ。
 食べる側と食べられる側に友情があったらどうなるんだろうというお話は、なかなかに深くておもしろい。
 映画「マダガスカル」では、ライオンとシマウマの間に友情があるのだけれど、そんなの絵空事だという観客の思いにちゃんと答えて、終盤、シマウマが肉に見えてしまうライオンが描かれる。
 児童文学の「ドリトル先生」も動物たちがみんな仲良しな設定だけれど(ドリトル先生も含めて)、子どもの頃、大好きだったこのお話が遠くなったのは、ドリトル先生が仲良しのブタのかたわらでハムを食べている挿絵を見てしまったからだ。
 「マダガスカル」は、「魚を食べる」という結論(or逃げ道)を選んで見事だったのだけれど、「青鬼」の結末はもっとシビアだ。
 「食べたら死んでしまう」という、この物語のルールは、「ちょっとだけ食べれば死なないんじゃない」という逃げ道が思い浮かんでしまうのだけれど、これはやっぱり寓話なのだと思う。
 「食べたいほど好き」という言葉のもつ怖さや、食欲の裏にある淋しさまでが感じられる、おもしろい舞台だった。
 終演後の初日乾杯におじゃまする。
 帰りの電車では、もっちゃん、えんちゃんと芝居の話をたくさん。
 なんとなく、まっすぐ帰るのがもったいなくなり、今日も渋谷から銀座線で浅草まで出て、終電までの短い時間、浅草の町を散歩する。


2009年03月17日(火) 「昔の女」

 新国立劇場小ホール「昔の女」(作:ローラント・シンメルプフェニヒ 演出:倉持裕)
 日下部そうくんが出演の舞台に、岸本くんと待ち合わせをして行く。
 開演前に加藤裕さん、相楽満子さんともばったり。

<あらすじ:公式サイトより>
 引越しの準備をしているある三人家族のもとに、突然24年前に別れた夫の恋人が現れた。今は長年連れ添った妻も息子もいるという夫に、その女は永遠の愛を誓う約束を果たしに来たと繰り返し迫り、彼を次第に恐怖へと陥れてゆく……。

 余計なものがそぎ落とされたセリフの文体が「ドイツってかんじね」と勝手な印象。
 時間が微妙に行きつ戻りつする構成に、中盤やや集中がとぎれそうになる。ゆうべの徹夜を後悔する。
 日下部そうくんは、息子役。実年齢よりはずっと若い十代の若者をさらさらと演じている。独特なカラダだなあと感じ入る。
 ラスト、「昔の女」を演じる西田尚美が思い出の歌を歌い、夫、松重豊が徐々に思い出していく場面にひきつけられる。
 それまで、やや過剰にコミカルな演技が多かったのが、ここで一気に「本気」になったような印象。俳優の力のすごさ、芸の力を見た思い。感動する。
 昔の女からのプレゼントを開けて焼け死ぬ妻、燃え上がる家、荷物を入れた段ボール箱から息子の死体が現れる。それまでずっと閉まらなかったドアが開かなくなり、夫はドアの前で死んでいく。そして、すさまじい轟音と炎の中、沈んでいく家の装置。ものすごい。
 皆殺しのラストの割に、観劇後の気分が妙にさっぱりしているのは、この芝居が「悲劇」の骨格を持っているからだと思う。
 「昔の女」を主人公として見れば、この戯曲は、ギリシャ悲劇の「メディア」そのものだ。
 息子を殺し、贈り物で夫の新しい恋人を殺し、夫を絶望の淵に沈め、どこかへ去っていく。
 ただ、「昔の女」の怒りと悲しみは、メディアに比べるとかなり不条理に思える。
 ラフカディオ・ハーンの「怪談」の中の「破約」を思い出す。再婚はしないと誓った夫を残し死んだ妻が、新しい妻のもとへ化けて出て、復讐をする。復讐するなら夫の方じゃないかという聞き手に対して、「それは女の考え方ではない」という語り手。しんみりと哀しく怖い話だ。
 めちゃくちゃじゃないか・・と思いながらも、どこかに同情してしまったり、せつない気持ちになったりするのは、なぜだろう?
 ギリシャの哲学者アリストテレスは、「悲劇は観客の心に怖れと憐れみを呼び起こし、感情を浄化する作用がある」という。
 芝居を見て、そんな気持ちになることはあまりないのだけれど、今日の観劇後は、その言葉にとても納得させられた。
 終演後、楽屋にお邪魔して、そうくんに挨拶。お疲れ様でした。
 新宿駅までの道を、加藤さん、みっちゃんとおしゃべりしながら歩いて帰る。


2009年03月15日(日) 劇団のはじまり

 夜、タックスノットへ。ゲイのメンバーをあつめて新しく劇団を始めたという彼と、おしゃべり。
 相談に乗るというほどのことでもなく、フライングステージが旗上げの頃、どんなだったか、どんな苦労をしたかということなどを話す。
 17年前のことを思い出しながら、今との距離を考える。
 変わったところ、変わらないところ。
 「がんばってね」と言いながら、かえって元気をもらったような気持ち。


2009年03月13日(金) サーカス劇場「カラス:

 タイニイアリスにサーカス劇場公演「カラス」を見に行く。
 冒頭から、舞台を走り抜けるバイク、リアルなガード下が再現されている装置、そして、妖しい風体の「カラスおばさん」を演じるワダ・タワーさんの歌と、一気にワクワクさせられる。
 演出は、唐☆ゼミの中野敦之さん。芝居の見せ方がなんてうまいんだろう。
 昨日の池の下の寺山修司につづき、今日は、唐十郎。アングラ、2DAYSだ。
 今日の俳優陣は、たぶんにアクが強く、こういう身体がまだまだあるのだなあと、おもしろかった。昨日の舞台のことも、ひるがえっていろいろなことを考えることができた。
 場面が固定された群像劇で、しかも戯曲のテイストが唐十郎というのは、なかなかに高いハードルだったんじゃないかと思う。全部の人物が登場してからの物語の展開に、もう一工夫ほしかったような気もする。
 というか、僕としては、カラスおばさんをどかんと中心に据えた物語が見たかったんだなあとあとから思う。
 終演後の宴会にお邪魔して、出演の久米さん、タワーさん、そして森澤くんとおしゃべり。舞台上とは、全然違う素朴なキャラクターの俳優陣にちょっとどきどき。


2009年03月12日(木) 演劇クラブ発表

 富士見丘小学校の演劇クラブの発表を見に、富士見丘へ。
 朝の全校集会での発表、開演は8時30分。上演時間は15分とのこと。
 学校の前の横断歩道で、一昨年の卒業生、中学2年生のマツザワくんに「関根さん」と声をかけられる。ときどきブログ見てますと言われてびっくりするが、とてもうれしい。
 演劇クラブの顧問、馬場先生に聞いたところによると、何を盗むかという話し合いの中では、理科室のマンモスの毛や、校長先生の私物といったアイデアもあったそうなのだけど、結局、図工室の前に飾られた「モナリザ」の絵ということになったとのこと。
 今日までに学校中に「モナリザはいただく」という謎の張り紙が貼られていた。
 一年生などは「どろぼうか来ちゃう!」とあわてて窓に鍵をかけたり、泣き出してしまった子もいたそう。すごいなあ、この演劇が学校中の一大事になってるかんじ。
 そして、全校集会での発表というのもすばらしい。
 泥棒が来るという噂を聞き、どうしようと話し合う子供たちの一群。彼らは本舞台にせいぞろい。予告状の他に、何か泥棒のことで知ってる人はいない?という問いかけに、客席にいた子が手を挙げて話し始める。この二人の子はどちらも演劇クラブの子なんだけど、当たり前のように客席と一緒に芝居しているそのかんじがすごい。そして、声がよく通っていることといったら。先週(?)学校前のローソンを襲撃したものの失敗した泥棒達の様子を、きっちり語っていった。
 この仕込みの二人の他に、一年生の男の子が、僕も・・と手を挙げていたのが、おかしかった。担任の先生があわてて、止めに行ったのだけれども。
 泥棒たちは、体育館の後ろからこっそり入ってくるので、観客になる各クラスには「泥棒たちはこっそり入ってくるので、見つけても騒がないように」というお願いが、担任の先生方から伝えられていたそうな。それもまたおもしろい。
 こっそりやってきた泥棒たちは、あっけなくつかまってしまうのだけれど、物語の他愛なさはさておくとして、全校生徒と一緒になって生み出されていく、この時間、演劇的な時間がすばらしかった。
 「お芝居をつくろう!」で活躍していた何人もが、違う役を生き生きと演じていることが、もう身内の感覚で楽しい。15分という短い上演時間だったけれど、大満足。お疲れ様でした。
 夜、シアター1010のミニシアターで、演劇集団池の下公演「疫病流行記」を見る(作:寺山修司 演出:長野和文)。
 俳優はみんな白塗りで、演技も多分に様式的。予想していたイメージは、「アングラ」だったのだけれど、思っていたより、さらさらときれいな舞台だった。
 寺山修司の戯曲が持っている毒の部分が、きれいに洗い流されてしまっているような印象。
 どんなにきれいにやっても、きれいになりきれない、アクのような部分が、寺山修司にはあるように思っていたのだけれど、そうとも言えないのだと気づかされる。
 そのアクは、戯曲ではなく、俳優の身体に依るものなのかもしれない。もしかすると、これから、寺山修司の劇世界の表現は、だんだんむずかしくなっていくのかもしれないなあとも思った。


2009年03月11日(水) 感謝の会と稽古場

 午後から、富士見丘小学校の卒業を祝う会。
 校長室で、先日の卒業公演の感想を子供たちが書いた作文「卒業公演文集」をいただき、午後からの舞台を近くの高井戸小学校の6年生全員が見に来ての感想文集と一緒に読ませてもらう。
 高井戸小学校の6年生は、当日、とてもきちんと発表を見てくれていた。
 同じ6年生という立場から、「卒業を控えた忙しい時期にすごいと思う」という感想がとてもおもしろい。そのいたわりの感覚。
 そして、富士見丘小学校の演劇の伝統を、「200年、300年続けていってほしい」と書いてくれた子、また、「台本も歌も生徒が作っているのがすごい」とか、「一年間かけてつくっているのがすごいと思う」といった感想がうれしい。
 舞台の感想の「おもしろかった」ということだけではない、創り上げるまでの背景まで想像してくれているのがとってもすばらしいと思う。
 富士見小の6年生の感想もとてもすばらしい。
 毎回の授業の後つけていた「演劇ノート」を見ながら書いたんだろうなあと思えるほど、一年間の演劇授業のことをていねいに振り返っている。
 僕や篠原さん、健翔さんや渡邉さんが授業の中で言った言葉が、あちこちに顔を出している。言葉を覚えてくれているのはとてもうれしい。
 稽古の初めの頃は、あまり乗り気じゃなかったのに、オーディションでやりたい役になれなかったけど、今はあの役を演じることができてとてもうれしかったという感想。
 本番を休んでしまった三人の子供たちの感想は特にドキドキしながら読ませてもらう。
 2人は本番は出られなかったけど練習もいい思い出だったと書いてくれて、ほっとする。
 そして、インフルエンザだった一人の子は練習がどれだけ大変だったかを細かくていねいに書いた最後の一行に「やっぱりやりたかった」と書いていて、とても切ない気持ちになった。
 祝う会は、保護者の方が主催と司会進行、体育館に子供たちと一緒に座って、保護者のみなさんの歌や、6年生の歌と合奏があったり。そして、6年生の今と入学当時(orもっと小さい頃)の写真のスライド上映があったり。今の写真には、一言ずつのコメントが。カズマ役を演じた彼は、「将来は俳優になりたい」と書いてくれていた。
 一言挨拶をということで、僕からは、演劇は、本番の舞台の成果がすべてということが多いというか常識ですが、富士見丘小学校の卒業公演は、本番の舞台だけではなく、そこに至るまでの練習や話し合いもとても大事なんだなあと、今年は特に思いました。当日見に来てくれた高井戸小のみんなも、そのことをちゃんとわかってくれているのが、すばらしいと思いました。これから、大人になっていくと、結果よりもそこにいくまでの経過が大事なんだということは、なかなかないかもしれません。でも、みなさんは、今回、本番の舞台と同じくらい、そこに至るまでの練習や話し合いをがんばった。そのことの大切さを、これからも忘れないでいってくださいと。
 篠原さんからは「兎と亀の競争の話をモチーフに、足の速い兎が油断して、努力を積み重ねた亀が勝つというのがイソップ童話ですが、なんで兎と亀は競走をしたんでしょうね? もし泳ぐことにしたら、亀は楽々と勝ったでしょう。兎さんは走るのが速くてすごいなあ、亀さんはなんてかっこよく泳ぐんだろう、そう思えるのが、演劇だと思います」と。いい話だ。
 お母さんたちは、「手紙 拝啓十二の君へ」を全員で歌ってくれた。
 そして、子供たちは卒業公演のエンディングの「それぞれの宝箱」を歌ってくれた。今までで一番声がよく出てた。そして、合奏は「宙船」。卒業公演の歌の作曲をがんばってくれた二人の男子が、ドラムとピアノを担当。かっこいい。
 そして、全員で歌。グリーンの「キセキ」なんだけど、そんな急に言われても・・・歌ったことないよと思いながら、いただいた楽譜を見つつ、歌ってみる。
 最後は、仰げば尊しのピアノが流れるなか、先生方と一緒に子供たちがつくったアーチの間を通って退場。なんだか、僕たちが卒業するみたいだねと言い合う。
 記念品として、感謝の言葉が書かれたカードと、ハンカチでつくった花をいただいた。
 校長室で、子供たちの文集の続きを読ませてもらう。先生方とも、公演の後の子供たちの様子などをいろいろうかがう。
 明日は、朝の全校集会で演劇クラブの公演があるそうだ。篠原さんと二人、また明日伺いますねと言いながら、失礼する。
 夜は、ダダこと岡田梨那ちゃんが出演している劇団印象「青鬼」の稽古場におじゃまする。
 芝居全体がわからないまま稽古を見るのは、おもしろいパズルを解いてみるようで、ドキドキする。
 作演出の鈴木さんの稽古の進め方、台本の中で何を大事にしているのかということなど、いろいろ考えながら、楽しい時間をすごさせてもらう。
 なんだかおいしい匂いがすると思ったら、炊き出しのクリームシチューを制作のまつながさんがつくってくれていた。寒い夜、とてもおいしくいただく。ごちそうさまでした!


2009年03月09日(月) 演劇ぶっく

 仕事帰りの北千住、マルイの地下で、小池れいさんにばったり会った。
 シアター1010のアトリエで上演される演劇集団池の下の仕込み中だとのこと。びっくり。しばらく近況などをおしゃべりさせてもらう。
 ひさしぶりに演劇ぶっくを購入。いわき総合高校の第五期生が昨年上演した「あらわれる、とんでみる、いなくなる」の記事が載っているのだ。
 五反田団の前田司郎さんが、昨年の夏、作演出をした舞台が、12月に五反田団のアトリエで上演された。
 野球部の応援をどうするかと相談している女子8名。応援のための選曲をパフュームにするか、Paboにするかを話しているうちに、近くの勿来の町が伝説の怪獣マソンに襲われているとの知らせが入る。さあ、どうするという状況になるかと思いきや、そうでもなく、彼女たちは、野球部の男子への恋の話やら、エコの話やら、勿来にいる鍵っ子の幼稚園児の友達の話やらを、ゆるゆるとしている。
 ああ、言葉では全然伝わらないのだけれど、これはほんとうにおもしろかった。
 みんなが話すいわき弁がなつかしくもあたたかく、そしてとってもゆるくひびく。
 世の中は大変だけれども、とりあえず私たちはそれどころじゃないというかんじが、今の高校生らしさでいっぱいだった。
 今回、編集部のインタビューに答えている彼女たちのコメントも、ああ、こういうこと言いそうだわと思えて、とてもほほえましい。
 卒業して、みんなそれぞれの道に進んでいくのだけれど、系列の演劇授業の経験が、彼女たちの中で大切なものになっているようでとてもうれしい。
 僕も、アトリエ公演の舞台を一緒につくる中、たくさんの大切なものをもらえたと思う。
 今度会うときは、大人どうしになってるんだろうか。
 富士見丘小学校の卒業生とはまた違う、卒業生たち、いつかまた会えるのを楽しみにしていたいと思う。


2009年03月07日(土) 小松川高校演劇部卒業公演「卒業したくないヤマアラシ達の遊び」

 母校小松川高校に演劇部の卒業公演を見に行く。
 いい天気。 今日から春、そんな陽気だ。
 総武線の中で本を読んでいて、うっかり乗り過ごし、新小岩まで。読んでいたのは、この間亡くなった中村又五郎さんのことを描いた池波正太郎の「又五郎の春秋」。
 開演時間ぎりぎりに到着すると、会場の視聴覚室の狭い舞台にイスやら掃除用具のロッカーやらが無造作に並べられている。
 明日に卒業式を控えた三年生が「卒業なんかしたくない!」と、校内にバリケードをつくって立てこもるお話。
 ありあわせのものでつくったバリケードが、「レミゼラブル」のようでよくできている。
 生徒会長とその友人たち、それから後輩たち。初めはわいわいおもしろがっている彼らが、一人減り二人減りというかんじで、いなくなっていく。
 棘で自分をよろっていたヤマアラシ=会長の針が一本ずつ抜けていく様子が、ハンガーで針を表しながら、立てこもっていた仲間達が一人ずついなくなる様子とシンクロさせた演出がかっこいい。
 なんで卒業したくないのかという理由より何より、卒業しないで、今のまんまみんなでわいわいこうやっていたいよね!という気持ちがまっすぐに伝わってくる。
 ここ数年の小松川高演劇部の公演の中では、かなりおもしろく、よくできていたと思う。
 何より、上手にやろうとかじゃない、その場を生き生きと生きるということを、全員が全うしていることに感動。
 脚本・演出はOBの麹くんこと酒寄拓くん。同期の也くんに、もっちゃんもスタッフとして手伝っている。それもまた暖かくていいなあと思う。
 終演後、教えてもらってびっくりしたのだけれど、今日は卒業式だったのだそうだ。
 そういえば、やけに校内が人でいっぱいだった。
 卒業式の後に、卒業公演って、すごいと思う。
 出演者が、みんな生き生きとしていたのはそのせいもあったかもしれない。
 終演後、OBのミチキヨくん、キミーちゃんから、彼らの同期の近況を聞く。
 そういえば、彼らの代は、卒業式の後、4月になってから卒業公演を企画したんだった。
 芝居の世界に飛び込んでいるメンバーが何人も。がんばれ!と思う。
 近くの区民館でOBと現役生との交流会があるというのを、仕事のため、お先に失礼する。
 卒業おめでとう! そして、素敵な舞台をありがとう。


せきねしんいち |MAILHomePage

My追加