白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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当日記は移転しました。下記で更新を続けています。
引越し先 白い木蓮の花の下で


2008年08月30日(土) 元気の出る薬

今日はハードディスクレコーダーが壊れてしまったので、日本橋まで交換用パーツを買いに行ってきた。日本橋とは東京でいうところの秋葉原のような電気街。最近ではヲタクの街でもあり、メインストリートを1本入ったところに「ヲタクロード」と呼ばれる通りなんかもある。

あいにく天気がイマイチだったので、パーツショップで買い物をして、ゲーム屋を覗き(夫がゲームソフトを買ってくれた!)、ポークス(フィギィアやスーパードルフィーのあるお店)を覗いて天王寺へ移動。天王寺では手芸店で少しばかり手芸用品を購入した。

百貨店の授乳室で娘に授乳をした後「ちょっと疲れたので休憩しよう」ということになった。夫が「パフェが食べたい」というので、パフェの専門店へ入ることに。パフェを食べるなんて娘が生まれてから初めてのこと。夫はモンブランパフェ。私はプリンパフェを注文した。

久し振りに食べるパフェは夢のように美味しかった。「パフェのおかげで、なんだか元気出たわ」と夫に言って、私は自分が思っている以上に疲れていることに気がついた。ここのところ色々あって、かなり疲れていたみたいだ。でも、パフェのおかげで心身ともに元気になった気がする。パフェって「完璧なデザート」という意味があるらしいけれど、まったくもって凄い食べ物だなぁ。今の私にとってはデザート以上の食べ物だった。元気が出る薬のような。

甘いものなら普段からそこそこ食べている。スーパーで買ってくることもあれば、自分でプリンを作ってみたりもする。でも、パフェは家で作れない。(作れない事もないけれど材料費がかかり過ぎる)

そして何よりパフェには夢がある。そこがいい。

夫のおかげで、パフェを食べて元気になった。娘は今夜で夜間断乳3日目。昨日は一昨日ほど泣かなかったけれど、今夜はどうなる事やら。パフェのおかげで元気になったことだし、今夜も頑張るぞ……って事で、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月29日(金) 夜間断乳

娘が夜、頻繁にお乳を欲しがって起きるので、夜間断乳に踏み切ることにした。

この間の乳児健診でも夜間断乳を促されていて、その時はイマイチふん切りがつかなかったのだけど、私の体力的にしんどくなってきたので、やっとふん切りがついた。

夜間断乳をすると朝まで寝るようになるとのことだけど「1度寝たら朝までお乳がもらえない」と分かってもらうまでは、しばらく大変。昨日は案の定泣き喚かれてしまった。娘にしてみれば青天の霹靂だっただろう。今までは「オールナイト飲み放題」だったのに、ある日突然「オーダーストップは午後8時。翌日の営業は午前6時から」なんて言われても調子が狂うというものだ。

早い子で3日。長くかかっても1週間くらいで落ち着くとのことだけど、娘はどれくらいで諦めてくれるのだろうか。

そんなこんなで昨夜は娘の夜泣きで大変だった。今日は母娘揃って寝不足全開。寝不足のせいで、娘は日中もグズグズしていて遊びにもキレが無かった。夜間断乳は母の都合なので、娘には可哀想な気もするのだけれど、私が元気でいないと娘の世話を出来ないので、ここは1つ我慢してもらうことに。

今夜もたぶん泣かれるのだろうなぁ。しっかり夕食を取ってエネルギーを温存しておこう。夜間断乳が早いところ軌道に乗りますように…と願いつつ今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月28日(木) はじめての夜食

一昨日の夜のこと。

零時前、泣きだした娘を寝かせつけていたら夫が帰宅した。寝室に顔を出した夫と娘の目が合ってしまったのが悪かったらしく、娘はすっかり目を覚まして遊びモードに入ってしまった。こうなってしまっては寝かせつけようとしても無駄なので、娘を抱いて階下に降りた。

ふたたび寝かせつける時のことを考えるとウンザリな展開だったけれど、夫と娘はご機嫌だった。夫はいつも娘が眠ってから帰宅するので、特に嬉しかったらしい。娘は娘で大好きなお父さんと会えて嬉しかったのだろう。「Y(娘の名)もお夜食食べるか?」とて、サラダに入っていたキュウリをちぎって娘に手渡した。娘は歯が生え始めてはいるものの、まだしっかり食事が出来るほどではなく、手渡されたキュウリも舐めたり齧ったりする程度だったけれど嬉しそうにしていた。

離乳食期の赤ん坊の夜食なんて聞いたことがないけれど、そんな訳で娘は生まれてはじめて夜食を食べた。

夫が食事を終えた後、娘は父にヨチヨチ歩きを披露し、カタカタで遊び出そうとしたため、夜中にカタカタで遊ばれたら近所迷惑も甚だしい…とて、あわてて娘を抱き上げて再び寝室へ撤収した。

予想通り、その後の寝かせつけは難航したけれど、父と娘の特別な時間ってのも悪く無いなぁ……と思った。

もっとも、この話にはいただけない続きがある。昨日も娘は同じ時間に目覚め「寝ないで遊ぶ」とだだをこねたのだ。前日に遊ばせたのが悪かったのだろう。大人からすると「今日は特別」であっても、そんなの娘にとって知ったこっちゃない…って訳だ。昨夜は往生させられた。

昨日、一昨日だけでなく最近は娘が夜に何度も目を覚ましてお乳を欲しがるので寝不足で少し参っている。夜間断乳すれば朝まで眠るようになるとのことなので、考えてみようかと思ったり。新生児の頃も夜中に何度も起きたものだけど、あの頃は外遊びに付き合わなくても良かったので頑張れたのだなぁ。今夜は大人しく寝てくれるとありがたいのだけどなぁ……なんて事を思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月26日(火) ポテトグラタン

まだ9月にもなっていないのに、朝晩は秋がやって来たのかと思うほど涼しくて吃驚してしまう。ついこの間まで朝の掃除の時はダラダラ汗を流していたのが嘘のようだ。

気温の変化についていけないのか、ちょっぴり不調気味。娘は気温の変化もへっちゃらなのか絶好調。自分が不調の時は絶好調の娘の相手をするのはちょっとしんどい。「今日は買い物へは行かずに家にいようかなぁ」と思っていたのだけど、娘を家に閉じ込めておくのも可哀そうだし、明日のお天気も微妙そうだし…ってことで、奮起してスーパーへ出掛けた。

しかし、イマイチの時は出掛けるものではないなぁ。ベビーカーを押しているのにも関わらず、段差につまずいてバランスを崩し転んでしまった。私はうつ伏せ、ベビーカーは仰向けに引っくり返って酷い目に。私は打ち身程度だったし、娘に怪我が無かったのは不幸中の幸い。

買い物バッグをベビーカーの持ち手に引っ掛けていてバランスが悪かった上に、段差で転んだのがベビーカーごとひっくり返った原因。以後、気をつけたいと思う。娘に怪我でもさせたら大変だもの。

ちょっと気持ちが沈み気味だし、せめて夕食は美味しいものでも食べたいなぁ……とて、奮起してポテトグラタンを作ることにした。グラタンなんて暑いさかりには食べたいと思わないのだけれど、このくらい涼しくなってきたら美味しいんじゃないかと思う。昨日はサンマを焼いたし、なんだか食卓が少しずつ秋めいてきている。

まさかこのまま秋になったりはしないだろうけど、心構えをしておいた方が良いのかも知れない。この涼しさで風邪などひかぬように。今夜はポテトグラタンと冬瓜のスープとトマトとキュウリのサラダ。季節ごちゃ混ぜの献立。しっかり食べて元気出さなきゃなぁ……なんて事を思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月25日(月) フードコート

この週末は大型ショッピングセンターへ出掛けた。

やたら涼しかったのでウォーキングがてら徒歩30分。よく知らない道を歩くのって楽しい。古くからある村を抜けて、中小工場の密集している地域を抜けて幹線道路へ。週末のショッピングセンターはサマーバーゲン中で、家族連れで賑わっていた。

用事を済ませて昼食はショッピングセンターのフードコートでとることに。テイクアウト式のうどん屋やお好み焼き屋、ミスタードーナツにケンタッキーフライドチキンなど。私達はケンタッキーフライドチキンを食べることにした。フライドチキンを食べるのは久し振り。たぶん、娘を出産する前に食べたのが最後だったと思う。

ファーストフードって吃驚するほど味が濃いのだけど、たまに食べるとけっこう美味しい。

娘が生まれるまで、私はショッピングセンターのフードコートで食事をするなんて思ってもみなかった。どうせお金を払って食事をするなら、ちゃんとしたお店で食べたいと思うし、安く済ませるのが目的なら家で食事をしてから出掛ければいいと思っていたのだ。

だけど、娘が生まれてから考えが変わった。小さな子供を連れていると「ちゃんとした店」に入るのは難しい。本当なら昼食をはさまずに行動するのが理想なのだけど、娘の生活テンポに合わせて行動すると、そうも言っていらないのだ。フードコートなら子供が泣いたり、グズグズしたりしても逃げ場があるし、テーブルを汚してしまっても自分達で処理出来るので気遣いがいらない。

しょっちゅう利用する訳ではないけれどフードコートとかファミリーレストランの存在は子連れには本当にありがたい。行動パターンも家族の形態によって変わっていく……と言うか変えていかなければならないのだなぁ。

そして私は「こういうのも楽しいよね」などと思いながら昼食をとった。安っぽい幸せに満足している自分に吃驚する。独身時代は…娘が生まれるまでは知り得なかったことだ。

娘がもう少し成長して「ちゃんとしたお店」に気兼ねなく入れる日まで、しばらくフードコートのお世話になるのだと思う。フードコートを卒業出来る日を楽しみにしつつ今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月22日(金) 過ぎてゆく夏

ここ数日、戸惑ってしまうほど涼しい。

昨夜はクーラーを付けずに窓を開けて眠ったのだけど、設定温度28度でクーラーを付けている時よりもずっと心地よかった。今朝は寒がりの私など「長袖でもいいかも」と思ってしまった。あまりにも爽やかな朝だったので、掃除をする時にベートーベン『田園』のCDをかけた。普段はNHKのFMで、日替わりで流れるクラッシックをなんとなくかけているのだけど、今日は断固として『田園』の気分だったのだ。

『田園』を聞きながら床を磨いていたら掃除も買い物も夕食の支度もブッチして、娘と2人、遠くまで散歩に出掛けたい衝動に駆られてしまった。しかし、そんな訳にもいかず掃除を済ませ娘をベビーカーに乗せて買い物へ出掛けた。

お盆が済んだとたんに、こんなに涼しくなる夏も珍しいように思う。夏休みが終わってもいないのに秋の気配を感じるなんて! 近所の小学生達は宿題の追い込みに入ったらしく、時折、隣近所から母親が子供を叱る声が聞こえてくる。

もう夏も終わりなのだなぁ…と思うと急に寂しくなってしまった。

私は寒いのが苦手なので夏と冬を較べると、断然夏が好きなのだ。だから余計に夏が終わるのが寂しいのかも知れない。夏が終わってしまう前にやり残していることを消化しておかねば。と言っても「もう1回冷やし中華を食べる」とか「換気扇と網戸の掃除」とか、その程度のことなのだけど。

人恋くなる秋がやってくるのだなぁ。

まだ暑い日もあるだろうから、感傷に浸るのは早過ぎるようにも思うのだけど、過ぎていこうとしている今年の夏が名残惜しくて仕方が無い。きっと、今年の夏は私にとって楽しい夏だったからなのだろうなぁ……なんてことを思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月20日(水) プリクラ

お盆休み中に家族でプリクラを撮った。

プリクラなんて夫と付き合っていた頃に撮ったきりだ。あの時は「たぶん、これは私の人生最後のプリクラになるのだろうな」と思ったものだ。家族が増えて、再び撮るようになるだなんてあの頃は思ってもみなかった。

プリクラを撮ったのはお盆休み最終日。最終日は遠出をせず自宅周辺で過ごすことにしていたのだけど、何もしないのでは寂しいからと家族でボーリングに出掛けた。徒歩圏内にあるボーリング場は最新設備を搭載している今風のボーリング場ではなく、鄙びた雰囲気の漂う田舎のボーリング場だ。夫がプレイしている間は私が娘を抱き、私がプレイしている間は夫が娘を抱き…という具合で、軽く1ゲームを楽しんだ。

ボーリング場には、こじんまりとしたゲームコーナーがあり、比較的新しいゲームやプリクラの機械が置いてあった。夫は娘を抱いて『電車でGO』的なゲームをした。私は…と言うと、ゲームセンターのゲームには興味が無いので「プリクラを撮らない?」と提案してみた。

わずか3年ほどの間のプリクラの進化に私達夫婦は目を瞠った。写真マジック(加工込み)で吃驚するほど綺麗に取れるのだ。その上、シールだけでなく作ったデータを携帯に転送出来ちっゃたりする。あまりにも綺麗に撮れていたので、私は思わず呟いてしまった。

あぁ…ヤバい…写真テロをしたくなってきた……

「写真テロ」とは、私達夫婦の間で、ひとさまの携帯に写真を送りつけることを差す。子供の写真なんて自分達夫婦か身内が見れば可愛いだろうけれど、他人が見たって可愛くもなんとも無い。それゆえに、出来るだけそういう事はしないように心掛けているのだけれど、ごくまれにやってしまうことがある。

そして私はどうしても我慢する事が出来ずに、親子3人で撮ったプリクラデータを、身内(弟と義姉)と「たまには子供の写真を送ってね」と言ってくれている数人の友人に写真テロを実行してしまった。

とんだ親馬鹿だと思う。

「写真テロしてもいいよ」って人がいたら、私はもっと多くの人にプリクラを送り付けちっゃていたかも知れない。「自分達が写った写真を人に送りつけるなんて、どんだけナルシストだよ?」と自らに突っ込みつつ、今後も機会があれば家族でプリクラを撮ってしまいそうな予感を感じつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月19日(火) 直立二足歩行

娘10ヶ月と1週間。ついに直立二足歩行を開始した。

昨日、伝い歩きをしていて、ふらりと1歩ばかり歩いたのだけど「これはまだ偶然の域を出ていないな」と静観していたら、今日は何度も歩いているので「Y(娘の名)直立二足歩行はじめました」と夫にメールで報告した。歩いたと言っても最高で2歩。これから修練していくのだろう。

娘は運動神経の鈍い母に似ず体育会系のようだ。夫に似たのだろうか?赤ん坊にも個性があって、おっとりさんもいれば、おしゃべり好きもいる。娘は「動く」ということにやたら情熱的だ。ちっともじっとしていないし、また努力家でもある。自由に歩けるようになったら、毎日がもっと楽しくなる事だろう。

おめでとう。娘。

それにしても子供ってのは親の予想や思惑なんて関係無しに成長していくものなのだなぁ。我が子とは言え立派な別人格。自分のお腹の中で育てた子には違いないが娘は私とは別の人間なのだとしみじみ思う。

娘は活発で自立心旺盛だ。私の仕事は娘を支えること。愛すること。

1人でしっかり歩けるようになったら、娘はますます自分の世界を広げていくだろう。私にとっては可愛くてたまらない、ずっと抱きしめていたい娘だが、愛情で縛りつけることのないよう、娘は我が子ではあるけれど1人の人間なんだって事を忘れないようにしないとなぁ……なんて事を思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月18日(月) 骨仏

お盆は父の遺骨を納めているお寺へお参りに行ってきた。

実家にはお墓が無く、父の遺骨は父の希望で「骨仏」を作ってくれるお寺へ納めている。「骨仏」とは、そのお寺に納骨した人の骨を集めて作る仏像のこと。父の遺骨は顔も知らない沢山の人の遺骨と共にに仏像になっている。

昨年の秋に父の遺骨で作った仏像の開眼式があったのだけど、その時は娘を妊娠していてしかも調子が良くなかったので、開眼式には行かず終い。1年近く経ってやっとお参りすることになった。

「お父さんのお参りに行こう」と言い出したのは夫だ。

私はいまいち仏事ごとに熱心ではない。お寺や仏壇の前やお墓で手を合わせることはあっても、どうもそこに価値を見いだせないのだ。『千の風になって』の歌詞ではないけれど、そこに彼らはいないと思うので。

でも、今回は行って良かったと思った。

お盆にお参りをするは娘のために必要かも知れないなぁ…と漠然と思った。娘が成長していく過程で、そういう仏事ごとは経験していた方がいい。日本で生活していくのなら身に付けていた方が良い作法や常識という物があると思うのだけど、お盆参りもその一環。思えば私も子供の頃からお盆には、父方と母方のお参りへ行っていた。子供心には実にツマラナイ行事だったけれど、人生には楽しくなくてもやらなければいけない事がある…ってことを、子供なりに理解していたように思う。

夫と娘と私と3人。骨仏の前で手を合わせた。

父の骨で作った骨仏は新しい分だけ白かったけれど、いつしか他の骨仏のように変色していくのだろう。「結婚したら女の子の孫を産んでくれよ」と言っていた父は孫娘の顔を見ることなく死んでしまったけれど、本当にあの世があるのなら、きっと喜んでくれていると思う。

お正月にはおせち料理でお祝をしてお盆にはお参りをして……。夫と結婚して2年半。だんだん「家族」の体裁が整ってきたように思う。こういう事を積み重ねて家族になっていくのだなぁ……なんて事を思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月17日(日) 幸せなお盆休み

13日から本日17日まで夫はお盆休みだった。

取り立てて遠出はしなかったけれど、互いの実家へ盆参りへ行ったり、ちょこっと街へ出掛けたり、入院しているFのお見舞いに出掛けたり……と近場で過ごしたお休日だった。

特別なことは何ひとつしなかったけれど幸せな休日だった。

独身時代のお盆休みをふと思い出してみた。結婚前の私にとってお盆休みと言えばコミケで東京へ行くのが楽しみだった。新幹線で東京へ行き、Fの家に泊まってコミケに参加。東京で「何をする」でもなく、ただ友人に会うのが楽しみだった。あの頃の私もお盆休みは充実していた。もしかしたら、今よりも濃厚な時間を過ごしていたかも知れない。

あの頃の私は楽しかった。そして今の私は幸せだ。

お盆休みに東京へ行っていた頃、心から楽しいと思っていたけれど「幸せ」を実感したりはしていなかったように思う。そして今は、それほど刺激的な遊びをする訳でもなく、面白いところへ出向くでもないのに幸せを感じている。

「楽しい」と「幸せ」は似ているようで似ていない。

今年のお盆休みは幸せな時間を過ごさせてもらった。夫と私の母へもささやかな孝行が出来て良かったと思う。孝行…と言っても一役買ったのは私達夫婦ではなく娘なのだけど。

明日からまた通常モードの1週間。朝早く起きて、食事の支度をして、掃除をして、買い物をして、娘の相手をして…と恐ろしく単調な日々が再開する。だけど、これもまた幸せなのだと思う。休みが終わってしまうのは寂しいけれど、また頑張らなきゃなぁ……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月12日(火) いつかの恩返し

昨日は元CADの相棒のお宅へ遊びに行ってきた。

CADの相棒は癌切除の手術後、自宅療養をしていて今日から抗癌剤の投与を始める。「抗癌剤がはじまるまでに会いたいね」と言う話になったので、娘を連れて大阪市内にあるマンションまで遠征など。

掃除と夕食(茄子とひき肉のカレー)の用意を済ませて午前10時半に家を出た。途中、百貨店の地下で和風おこわ弁当と、半熟チーズケーキを買って相棒宅へ。途中、相棒から「北島が金メダル取ったよ」とのメールが入った。

買っていったお弁当とケーキを食べながら色々なことを離した。CADの相棒の抗癌剤治療のことや、医療用のカツラが高かった…と言う話。それに元職場の近況など。半分くらいは真面目な話だったけれど、残り半分はくだらない馬鹿話だった。娘は初めて訪ねるお宅に興奮気味で1人で探検に勤しんでいた。

娘のご機嫌(お昼寝等)の都合もあって午後3時に撤収。「小さい子がいて大変なのに遠いところありがとう」とCADの相棒はいたく恐縮してくれた。帰り際「夫婦2人で食べきれないからおすそわけ」と美しい白桃を戴いた。娘は帰り道、抱っこひもの中で爆睡。暑さがピークの時間帯に、汗をかきかき帰宅した。

ここのところ友人のお見舞いが続いている。本当のことを言うと、この暑い時期に娘を連れて移動するのは億劫だ。なのに頑張って行ってしまうのは純粋に「友人が心配だから」と言う気持ちの他に「いつかの恩返しがしたい」と言う想いがある。

結婚してからと言うもの穏やかな日々を過ごしているが、私にも長く辛い時期があった。

その時は友人達から色々な形で助けてもらった。辛い時に差しのべられた手は、どれほどありがたかったことか……今でも決して忘れてはいない。助けてくれた人に直接恩返しが出来るかと言えば、なかなかそうはいかない。ならば、せめて友人(当時の友人でなくても)がピンチの時は、かつて私がしてもらったように何か友人の助けになりたいなぁ……と思うのだ。

受けた恩や、嬉しかったことを少しでも還元したい。私はきっとこれから先、長生きしたとしても社会の役に立てるようなことはしないと思う。だから、なおのことせるて自分の手の届く範囲のことくらいは……と思うのだ。

抗癌剤治療は副作用がとても辛いと聞く。CADの相棒の抗癌剤治療の副作用が少しでも軽くて済むよう祈りつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月11日(月) 救急病院へ行く

昨日は娘を連れて救急病院へ行ってきた。

午前中、私は自宅にいて用事をしていたら、夫と遊びに出かけたはずの娘の泣き声。ちょっと普通ではない泣き声だったので慌てて玄関に出てみたら、血相を変えた夫が娘を抱えて帰ってきた。娘は左の眉毛の上を切ったらしくて出血をしていた。

夫は娘を子ども用の足でこぐ車の玩具に乗せて遊ばせていたらしいのだけど、少し目を離した隙に、娘は車の玩具ごと転倒したらしい。消毒して絆創膏を貼ってみたが、なかなか血が止まらないので大事を取って休日診療所へ連れて行くことにした。

実家の車が空いていたら貸してもらうつもりだったのだけど、生憎と使用中だったのでタクシーで市営の休日診療所へ。しかし休日診療所は内科しか無いとのとこで別の救急病院を紹介された。

休日診療をしている救急病院はそれなりの混雑。ただ、ほとんどの人は内科の患者さんでタイミング良く外科の患者さんは少なく、短い待ち時間で診療してもらうことが出来た。「もしかしたら縫わなきゃいけない傷かも…」と心配していたのだけれど、簡単な処置で済んだ。医師は言葉にこそ出さなかったけれど「心配し過ぎですよ」という程度のものだったらしい。

結局のところ、大したことは無かったのだけど、娘に痛い思いをさせてしまって可哀想だと言う気持ちと、申し訳なさと「もし、一歩間違っていたら…」という恐怖とで心身共にグッタリ疲れてしまった。「昼ごはんを作る元気なんて無いだろうから」と夫の提案で自宅近くのカフェでランチをして帰った。

子供の病気や怪我が、こんなに心配なものだなんて知らなかった。

そこここで普通に生きている大人達は、みな大きな病気や怪我で命を落とすことなく「おじさん」とか「おばさん」になったのだなぁ。なんだか、それだけで凄いことのような気がする。子供を無事に大人にするのって大変な事なのだと改めて思い知らされた。

私にとっても、夫にとっても、そして娘にとっても印象深い1日だった。娘は今日で生後10ヶ月。小さな病気や怪我はあったけれど、無事に育ってくれて本当に嬉しい。私達夫婦は娘を無事に成人させてやらねばならないのだということを、あらためて自覚しつつ今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月08日(金) Fのお見舞い【2回目】

昨日はFのお見舞いに行ってきた。

例によって例のごとく、午前中に物凄い勢いで用事を済ませて、午後から実家の母に来てもらい実家の車で病院へ。母と娘には病院の喫茶室で待っていてもらって私だけFの病室へ。

先週は青息吐息だったFだが治療の成果で随分楽になったようだ。今のところ薬の力で症状を押さえているだけで、根本的な治療は何もしていない。原因が分からないと治療のしようが無いのだけれど、その点については検査続行中とのこと。とりあえずホッっとした。

食事療法だの水分制限だのが随分厳しいらしく「ご飯がマズくて辛い」と愚痴るF。しかし「暇だからDSのソフト持ってきて〜」なんて言えるくらい元気が出てきたのは嬉しいことだ。とは言うものの、しんどくて本を読んだりテレビを見たりする元気はあまり無いとのこと。DSをプレイすると言っても、ほんの気晴らし程度になるのだろうと思う。

入院した時は「よく、それで死ななかったね」と言われるほど悪かったらしい。人間の寿命って不思議だなぁ…なんて事を思った。健康な人があっけなく死んでしまったり、今回のFのように死んでいても不思議ではない状態で生きおおせたり。

「来週はお盆休みが入るので来られないかも知れないよ」と言って病室を後にした。今回、娘は少しグズっていたらしい。泣きはしなかったらしいが微妙な顔をしていた。

帰宅したらクタクタで娘の夕方の散歩は中止。クーラーを付けて娘の相手など。夜は珍しく早く帰宅した夫と録画していたアニメを観ている最中に眠り込んでしまった。

とりあえずFが「生きるの・死ぬの」という状態から脱出出来て良かった。Fにとっては辛い療養生活になりそうだけど命あっての何とやら。私も微力ながら応援させてもらうし、じっくり治してもらいたいものだなぁ……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月06日(水) 地の野菜

先日、知人から枝豆を沢山戴いた。

私の住んでいるところは枝豆の産地だ。なのでシーズン中に枝豆を戴くことが多い。たいていは普通に塩茹でに食べるのだけど、大量に戴いたり、続けて戴いたりすると変化球の食べ方をする。一昨日は枝豆と鶏ササミでゼリー寄せを作り、昨日は枝豆とちりめんじゃこで枝豆ごはん作った。こういうお料理は、材料が豊富にないとなかなか手が出ない。

枝豆というと『美味しんぼ』にも出てきた、丹波の黒豆の枝豆なんかが有名だけど、私は丹波の黒豆の枝豆よりも地元で採れた採れたての枝豆の方が美味しいと思っている。丹波の黒豆の枝豆も、枝ごと売っているのを買ったことがあり、流石に美味しいと思ったけれど、採れたての美味しさにはかなわないように思うのだ。

お取り寄せするようなブランド野菜って、確かに美味しいと思うけれど、もし地元で採れた野菜を食べることが出来るなら、採れたて野菜の方がずっと美味しいと思うのだ。「新鮮さ」はブランド力を凌ぐ力があると思う。

もっとも、家庭菜園でもしていなければ採れたての野菜を食べる機会など滅多にあるものではないのだけれど。

地元で採れた野菜をメインに食べていければ良いのだけれど、なかなかそうも言っていられない。近所の八百屋でも地元さんの野菜には表示をしているけれど、すべての野菜が地元産という訳ではないし。私が子供だった頃から比べると、田んぼも畑も激減している…というのが現状だ。

新鮮な地の野菜を食べるのって贅沢なことなのだなぁ…と思う。

そう、しょっちゅうではないのだけれど、地元で採れた新鮮な野菜を戴くのは本当にありがたい。シーズンが終わるまでに、もう1回くらいは地元の枝豆が食べたいものだなぁ…なんて思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月05日(火) 夕立ち

お昼寝から起きた娘と遊んでいたら午後4時過ぎからバケツをひっくり返したような激しい夕立ち。

外は明るいのに雷と豪雨。家の中で雨音を聞きながら、娘の相手をしつつ夕食に出す「枝豆ご飯」に入れる枝豆をせっせと鞘から出していた。夕立ちってちょっと楽しいなぁ…と思う。

仕事やなんかで外にいる時だと困ってしまうけれど、家にいたり、あるいは外にいても自宅に戻れる状況ならズブ濡れになって帰宅するのもアリだと思う。夏場なら濡れたところで風をひく訳ではないし頭の先から靴の中までグショグショになると言うのも一種の快感と言うか。普通の雨だと「ちぇっ。ついてない」と思うのに、夕立ちでズブ濡れになった時は「まいったなぁ」と言いながらも笑ってしまう。

夕立ちが止んだら娘を連れて外に出ようとワクワクしながら手仕事をしていた。夕立ちの後って、ほんの少し涼しくなるものなぁ。蚊が大挙するのはウンザリだけど、それもまぁ仕方が無い。

湿ったアスファルトの匂い。よそのお宅の庭樹の匂い。暑さにヘナヘナとなっていた物達が、ほんの少しだけ生気を取り戻す様を見るのは楽しい。

夕立ちが止んだら娘を連れてお散歩に行こうと楽しみにしていたのだけど、夕立ちは6時過ぎまで止まなかったので、雨上がりのお散歩へ行くことは出来なかった。

この夏のうちに、また夕立ちに合うこともあるだろうから、雨上がりのお散歩の楽しみはその時まで取っておくことにしよう。夕立ちもまた暑い夏のささやかな楽しみの1つだなぁ……なんて事を思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月04日(月) 花火

ご近所の方から「何軒かの家が寄って花火をするのだけど、その時は一緒に来ませんか?」と誘われた。

毎年、夏休みになるとご近所の子供のいるご家庭が集まって公園で花火をするのだそうな。もちろん参加したいところなのだけど、娘は7時〜8時の間に寝てしまうので「行きます!」と即答は出来ず、声だけ掛けてもらうことにとした。

今日は遠くの方で打ち上げ花火の音が聞こえている。

夏の花火っていいものだなぁ……と思う。自分の手で持って楽しむ花火も楽しいし、打ち上げ花火もまた別の楽しさがある。子供時代の花火の思い出と、大人になってからの花火の思い出とでは随分と花火に対する印象が違っているのだけれど、それでも花火が楽しいって事だけは変わらない。

娘が大きくなったら河川敷である花火大会を見にいきたいなぁ…と思う。もちろんお弁当とビール持参で。今までは恋人同士だったり、あるいは夫と2人で観た花火も、これからは子供連れで観るのだと思うと少し感慨深いものがある。

季節ごとのちょっとしたイベントを通過する時「家族が増えたんだなぁ」と実感させられるのだけど、これはかなり幸せなことだ。娘は秋に生まれたので、あと少しで季節をひとまわりする。この1年は私達夫婦にとっても娘にとっても特別な1年だ。娘の出現による変化を楽しみつつ、ひとまわりを無事に過ごしたいものだなぁ……って事で、今日の日記はこれにてオシマイ。

模様替えした寝室。手前に見えているのがマットを外されたベッド。写真で見るとそれなりに見えるけれど、実物はかなり変てこな感じだ。








2008年08月03日(日) 模様替え

この週末は寝室の模様替えをした。

つかまり立ちをマスターした娘がベビーベッドの柵につかまって身
を乗り出すようになり、いつ落ちても不思議ではない……ということでベビーベッドを片づけることにしたのだ。で、娘はどこで寝るかというと私達夫婦が寝ているベッドに寝る訳だが、大人のベッドに赤ちゃんが寝返りをしても落ちないようにする柵をつけてみたものの、娘はその柵でもつかまり立ちで大はしゃぎ。

仕方がないので大人用のベッドのマットレスを直接床に置いてマットレスの周囲は壁と柵で囲むようにした。私達が使っているのはダブルベッドよりも少し大きいクィーンサイズのベッド。低い位置にマットレスがを置いて、枕とタオルケットを並べると、なんだか船の2等船室のような印象の部屋になってしまった。

ぜんぜんお洒落じゃないけど、ちょっと楽しいよね。

……なんてことを言い合って夫と2人、模様替えの成果に満足した。これで娘がベッドから落下する心配をしなくても良い。マットレスを囲む柵を乗り越えたとしても、その程度の高さなら怪我をすることも無い。

娘が分別の付く年齢になったら、ベッドを元通りにするつもりだけれど、しばらくは2等船室のようなマットレスの寝床で寝ようと思う。娘が生まれてから、家の中が所帯臭くてならないが、これはこれでかなり楽しい。

家の中が「そこそこ見られる」ようになるのは、まだまだ先のことになりそうだ。しばらくは、この変てこな状態を満喫したいと思う。娘の成長に従って、また追々と模様替えをしていかなければならないのだろうけれど、それもまた楽しいことだなぁ……なんて思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


2008年08月01日(金) 夜に鳴く蝉

昨夜は頭が冴えてちっとも眠れなかった。

Fのことで興奮していたのだと思う。心配とか腹立ちとか色々な感情が入り混じって悶々としていた。私とFとは友人だけど、家族ではないので私がFにしてあげられることなど、ほんの少ししかない……なんて事を思ってイラッっとしたり。

私の傍らで大の字になっている娘の寝顔を見ながら「こんな感情に振り回されている場合じゃないなぁ。もう私はの人の子の親なのだから、しっかりしなきゃ」なんてことを思ってみるものの、理屈では理解出来ても気持ちがついてこなかった。

あの様子ではFもしんどくて眠れなかったんじゃないかと思う。その前の晩も苦しくて眠れなかったとのこと。早く病状が落ち着くといいのだれど。

1人悶々としていたら外から蝉の声が聞こえてきた。「夜中に蝉の声が聞こえるだなんて実は夢うつつなのかも」などと思いながら長い時間、蝉の声を聞いていた。

朝になって、どう考えてもあの蝉の声は現実だったような気がして、ネットで調べてみたら、都会では夜に蝉が鳴くという現象はよくある事なのだとか。昼間と勘違いして鳴いてしまうのだとか。なんだか、やりきれない気持ちになってしまった。

可哀想な蝉。せっかく土の下から出てきたというのに、お陽様の下で鳴かずに、暗闇の中で鳴いてしまうだなんて。

……とは言っても夜中に鳴く蝉は少数派らしく、今朝もちゃんと蝉の声が聞こえた。この夏はFにとって大変な夏になってしまうけれど、頑張って乗り越えて欲しいなぁ……なんて事を考えつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。


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【同月同日の過去日記】
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白蓮 |MAILHP