昨日は元CADの相棒のお宅へ遊びに行ってきた。
CADの相棒は癌切除の手術後、自宅療養をしていて今日から抗癌剤の投与を始める。「抗癌剤がはじまるまでに会いたいね」と言う話になったので、娘を連れて大阪市内にあるマンションまで遠征など。
掃除と夕食(茄子とひき肉のカレー)の用意を済ませて午前10時半に家を出た。途中、百貨店の地下で和風おこわ弁当と、半熟チーズケーキを買って相棒宅へ。途中、相棒から「北島が金メダル取ったよ」とのメールが入った。
買っていったお弁当とケーキを食べながら色々なことを離した。CADの相棒の抗癌剤治療のことや、医療用のカツラが高かった…と言う話。それに元職場の近況など。半分くらいは真面目な話だったけれど、残り半分はくだらない馬鹿話だった。娘は初めて訪ねるお宅に興奮気味で1人で探検に勤しんでいた。
娘のご機嫌(お昼寝等)の都合もあって午後3時に撤収。「小さい子がいて大変なのに遠いところありがとう」とCADの相棒はいたく恐縮してくれた。帰り際「夫婦2人で食べきれないからおすそわけ」と美しい白桃を戴いた。娘は帰り道、抱っこひもの中で爆睡。暑さがピークの時間帯に、汗をかきかき帰宅した。
ここのところ友人のお見舞いが続いている。本当のことを言うと、この暑い時期に娘を連れて移動するのは億劫だ。なのに頑張って行ってしまうのは純粋に「友人が心配だから」と言う気持ちの他に「いつかの恩返しがしたい」と言う想いがある。
結婚してからと言うもの穏やかな日々を過ごしているが、私にも長く辛い時期があった。
その時は友人達から色々な形で助けてもらった。辛い時に差しのべられた手は、どれほどありがたかったことか……今でも決して忘れてはいない。助けてくれた人に直接恩返しが出来るかと言えば、なかなかそうはいかない。ならば、せめて友人(当時の友人でなくても)がピンチの時は、かつて私がしてもらったように何か友人の助けになりたいなぁ……と思うのだ。
受けた恩や、嬉しかったことを少しでも還元したい。私はきっとこれから先、長生きしたとしても社会の役に立てるようなことはしないと思う。だから、なおのことせるて自分の手の届く範囲のことくらいは……と思うのだ。
抗癌剤治療は副作用がとても辛いと聞く。CADの相棒の抗癌剤治療の副作用が少しでも軽くて済むよう祈りつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。
昨日は娘を連れて救急病院へ行ってきた。
午前中、私は自宅にいて用事をしていたら、夫と遊びに出かけたはずの娘の泣き声。ちょっと普通ではない泣き声だったので慌てて玄関に出てみたら、血相を変えた夫が娘を抱えて帰ってきた。娘は左の眉毛の上を切ったらしくて出血をしていた。
夫は娘を子ども用の足でこぐ車の玩具に乗せて遊ばせていたらしいのだけど、少し目を離した隙に、娘は車の玩具ごと転倒したらしい。消毒して絆創膏を貼ってみたが、なかなか血が止まらないので大事を取って休日診療所へ連れて行くことにした。
実家の車が空いていたら貸してもらうつもりだったのだけど、生憎と使用中だったのでタクシーで市営の休日診療所へ。しかし休日診療所は内科しか無いとのとこで別の救急病院を紹介された。
休日診療をしている救急病院はそれなりの混雑。ただ、ほとんどの人は内科の患者さんでタイミング良く外科の患者さんは少なく、短い待ち時間で診療してもらうことが出来た。「もしかしたら縫わなきゃいけない傷かも…」と心配していたのだけれど、簡単な処置で済んだ。医師は言葉にこそ出さなかったけれど「心配し過ぎですよ」という程度のものだったらしい。
結局のところ、大したことは無かったのだけど、娘に痛い思いをさせてしまって可哀想だと言う気持ちと、申し訳なさと「もし、一歩間違っていたら…」という恐怖とで心身共にグッタリ疲れてしまった。「昼ごはんを作る元気なんて無いだろうから」と夫の提案で自宅近くのカフェでランチをして帰った。
子供の病気や怪我が、こんなに心配なものだなんて知らなかった。
そこここで普通に生きている大人達は、みな大きな病気や怪我で命を落とすことなく「おじさん」とか「おばさん」になったのだなぁ。なんだか、それだけで凄いことのような気がする。子供を無事に大人にするのって大変な事なのだと改めて思い知らされた。
私にとっても、夫にとっても、そして娘にとっても印象深い1日だった。娘は今日で生後10ヶ月。小さな病気や怪我はあったけれど、無事に育ってくれて本当に嬉しい。私達夫婦は娘を無事に成人させてやらねばならないのだということを、あらためて自覚しつつ今日の日記はこれにてオシマイ。
2008年08月08日(金) |
Fのお見舞い【2回目】 |
昨日はFのお見舞いに行ってきた。
例によって例のごとく、午前中に物凄い勢いで用事を済ませて、午後から実家の母に来てもらい実家の車で病院へ。母と娘には病院の喫茶室で待っていてもらって私だけFの病室へ。
先週は青息吐息だったFだが治療の成果で随分楽になったようだ。今のところ薬の力で症状を押さえているだけで、根本的な治療は何もしていない。原因が分からないと治療のしようが無いのだけれど、その点については検査続行中とのこと。とりあえずホッっとした。
食事療法だの水分制限だのが随分厳しいらしく「ご飯がマズくて辛い」と愚痴るF。しかし「暇だからDSのソフト持ってきて〜」なんて言えるくらい元気が出てきたのは嬉しいことだ。とは言うものの、しんどくて本を読んだりテレビを見たりする元気はあまり無いとのこと。DSをプレイすると言っても、ほんの気晴らし程度になるのだろうと思う。
入院した時は「よく、それで死ななかったね」と言われるほど悪かったらしい。人間の寿命って不思議だなぁ…なんて事を思った。健康な人があっけなく死んでしまったり、今回のFのように死んでいても不思議ではない状態で生きおおせたり。
「来週はお盆休みが入るので来られないかも知れないよ」と言って病室を後にした。今回、娘は少しグズっていたらしい。泣きはしなかったらしいが微妙な顔をしていた。
帰宅したらクタクタで娘の夕方の散歩は中止。クーラーを付けて娘の相手など。夜は珍しく早く帰宅した夫と録画していたアニメを観ている最中に眠り込んでしまった。
とりあえずFが「生きるの・死ぬの」という状態から脱出出来て良かった。Fにとっては辛い療養生活になりそうだけど命あっての何とやら。私も微力ながら応援させてもらうし、じっくり治してもらいたいものだなぁ……って事で今日の日記はこれにてオシマイ。
先日、知人から枝豆を沢山戴いた。
私の住んでいるところは枝豆の産地だ。なのでシーズン中に枝豆を戴くことが多い。たいていは普通に塩茹でに食べるのだけど、大量に戴いたり、続けて戴いたりすると変化球の食べ方をする。一昨日は枝豆と鶏ササミでゼリー寄せを作り、昨日は枝豆とちりめんじゃこで枝豆ごはん作った。こういうお料理は、材料が豊富にないとなかなか手が出ない。
枝豆というと『美味しんぼ』にも出てきた、丹波の黒豆の枝豆なんかが有名だけど、私は丹波の黒豆の枝豆よりも地元で採れた採れたての枝豆の方が美味しいと思っている。丹波の黒豆の枝豆も、枝ごと売っているのを買ったことがあり、流石に美味しいと思ったけれど、採れたての美味しさにはかなわないように思うのだ。
お取り寄せするようなブランド野菜って、確かに美味しいと思うけれど、もし地元で採れた野菜を食べることが出来るなら、採れたて野菜の方がずっと美味しいと思うのだ。「新鮮さ」はブランド力を凌ぐ力があると思う。
もっとも、家庭菜園でもしていなければ採れたての野菜を食べる機会など滅多にあるものではないのだけれど。
地元で採れた野菜をメインに食べていければ良いのだけれど、なかなかそうも言っていられない。近所の八百屋でも地元さんの野菜には表示をしているけれど、すべての野菜が地元産という訳ではないし。私が子供だった頃から比べると、田んぼも畑も激減している…というのが現状だ。
新鮮な地の野菜を食べるのって贅沢なことなのだなぁ…と思う。
そう、しょっちゅうではないのだけれど、地元で採れた新鮮な野菜を戴くのは本当にありがたい。シーズンが終わるまでに、もう1回くらいは地元の枝豆が食べたいものだなぁ…なんて思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。
お昼寝から起きた娘と遊んでいたら午後4時過ぎからバケツをひっくり返したような激しい夕立ち。
外は明るいのに雷と豪雨。家の中で雨音を聞きながら、娘の相手をしつつ夕食に出す「枝豆ご飯」に入れる枝豆をせっせと鞘から出していた。夕立ちってちょっと楽しいなぁ…と思う。
仕事やなんかで外にいる時だと困ってしまうけれど、家にいたり、あるいは外にいても自宅に戻れる状況ならズブ濡れになって帰宅するのもアリだと思う。夏場なら濡れたところで風をひく訳ではないし頭の先から靴の中までグショグショになると言うのも一種の快感と言うか。普通の雨だと「ちぇっ。ついてない」と思うのに、夕立ちでズブ濡れになった時は「まいったなぁ」と言いながらも笑ってしまう。
夕立ちが止んだら娘を連れて外に出ようとワクワクしながら手仕事をしていた。夕立ちの後って、ほんの少し涼しくなるものなぁ。蚊が大挙するのはウンザリだけど、それもまぁ仕方が無い。
湿ったアスファルトの匂い。よそのお宅の庭樹の匂い。暑さにヘナヘナとなっていた物達が、ほんの少しだけ生気を取り戻す様を見るのは楽しい。
夕立ちが止んだら娘を連れてお散歩に行こうと楽しみにしていたのだけど、夕立ちは6時過ぎまで止まなかったので、雨上がりのお散歩へ行くことは出来なかった。
この夏のうちに、また夕立ちに合うこともあるだろうから、雨上がりのお散歩の楽しみはその時まで取っておくことにしよう。夕立ちもまた暑い夏のささやかな楽しみの1つだなぁ……なんて事を思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。
ご近所の方から「何軒かの家が寄って花火をするのだけど、その時は一緒に来ませんか?」と誘われた。
毎年、夏休みになるとご近所の子供のいるご家庭が集まって公園で花火をするのだそうな。もちろん参加したいところなのだけど、娘は7時〜8時の間に寝てしまうので「行きます!」と即答は出来ず、声だけ掛けてもらうことにとした。
今日は遠くの方で打ち上げ花火の音が聞こえている。
夏の花火っていいものだなぁ……と思う。自分の手で持って楽しむ花火も楽しいし、打ち上げ花火もまた別の楽しさがある。子供時代の花火の思い出と、大人になってからの花火の思い出とでは随分と花火に対する印象が違っているのだけれど、それでも花火が楽しいって事だけは変わらない。
娘が大きくなったら河川敷である花火大会を見にいきたいなぁ…と思う。もちろんお弁当とビール持参で。今までは恋人同士だったり、あるいは夫と2人で観た花火も、これからは子供連れで観るのだと思うと少し感慨深いものがある。
季節ごとのちょっとしたイベントを通過する時「家族が増えたんだなぁ」と実感させられるのだけど、これはかなり幸せなことだ。娘は秋に生まれたので、あと少しで季節をひとまわりする。この1年は私達夫婦にとっても娘にとっても特別な1年だ。娘の出現による変化を楽しみつつ、ひとまわりを無事に過ごしたいものだなぁ……って事で、今日の日記はこれにてオシマイ。
模様替えした寝室。手前に見えているのがマットを外されたベッド。写真で見るとそれなりに見えるけれど、実物はかなり変てこな感じだ。
この週末は寝室の模様替えをした。
つかまり立ちをマスターした娘がベビーベッドの柵につかまって身
を乗り出すようになり、いつ落ちても不思議ではない……ということでベビーベッドを片づけることにしたのだ。で、娘はどこで寝るかというと私達夫婦が寝ているベッドに寝る訳だが、大人のベッドに赤ちゃんが寝返りをしても落ちないようにする柵をつけてみたものの、娘はその柵でもつかまり立ちで大はしゃぎ。
仕方がないので大人用のベッドのマットレスを直接床に置いてマットレスの周囲は壁と柵で囲むようにした。私達が使っているのはダブルベッドよりも少し大きいクィーンサイズのベッド。低い位置にマットレスがを置いて、枕とタオルケットを並べると、なんだか船の2等船室のような印象の部屋になってしまった。
ぜんぜんお洒落じゃないけど、ちょっと楽しいよね。
……なんてことを言い合って夫と2人、模様替えの成果に満足した。これで娘がベッドから落下する心配をしなくても良い。マットレスを囲む柵を乗り越えたとしても、その程度の高さなら怪我をすることも無い。
娘が分別の付く年齢になったら、ベッドを元通りにするつもりだけれど、しばらくは2等船室のようなマットレスの寝床で寝ようと思う。娘が生まれてから、家の中が所帯臭くてならないが、これはこれでかなり楽しい。
家の中が「そこそこ見られる」ようになるのは、まだまだ先のことになりそうだ。しばらくは、この変てこな状態を満喫したいと思う。娘の成長に従って、また追々と模様替えをしていかなければならないのだろうけれど、それもまた楽しいことだなぁ……なんて思いつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。
昨夜は頭が冴えてちっとも眠れなかった。
Fのことで興奮していたのだと思う。心配とか腹立ちとか色々な感情が入り混じって悶々としていた。私とFとは友人だけど、家族ではないので私がFにしてあげられることなど、ほんの少ししかない……なんて事を思ってイラッっとしたり。
私の傍らで大の字になっている娘の寝顔を見ながら「こんな感情に振り回されている場合じゃないなぁ。もう私はの人の子の親なのだから、しっかりしなきゃ」なんてことを思ってみるものの、理屈では理解出来ても気持ちがついてこなかった。
あの様子ではFもしんどくて眠れなかったんじゃないかと思う。その前の晩も苦しくて眠れなかったとのこと。早く病状が落ち着くといいのだれど。
1人悶々としていたら外から蝉の声が聞こえてきた。「夜中に蝉の声が聞こえるだなんて実は夢うつつなのかも」などと思いながら長い時間、蝉の声を聞いていた。
朝になって、どう考えてもあの蝉の声は現実だったような気がして、ネットで調べてみたら、都会では夜に蝉が鳴くという現象はよくある事なのだとか。昼間と勘違いして鳴いてしまうのだとか。なんだか、やりきれない気持ちになってしまった。
可哀想な蝉。せっかく土の下から出てきたというのに、お陽様の下で鳴かずに、暗闇の中で鳴いてしまうだなんて。
……とは言っても夜中に鳴く蝉は少数派らしく、今朝もちゃんと蝉の声が聞こえた。この夏はFにとって大変な夏になってしまうけれど、頑張って乗り越えて欲しいなぁ……なんて事を考えつつ、今日の日記はこれにてオシマイ。