前潟都窪の日記

2005年10月31日(月) ローラの結婚5

「そうですね。ぜひ聞かせで下さい」
「幸福の四条件ということを言った人があるんですよ。幸福の四辺形とも呼ばれています。その第一は、本人の健康です。男女とも精神的にも肉体的にも健康であること。第 に、経済的な基盤があること。つまり多くはいらないが文化的で健康な生活ができるだけの収入が確保されること。
第三に、二人を取り巻く人間関係が良好であること。感情的な蟠りがなく、親戚や兄弟の中に犯罪者や精神異常者がいないこと。第四に、自己実現ができること。自分でやっていることや生活していることに生き甲斐ややり甲斐を感じられること。この条件のどれか一つが欠けても幸福とはいえないと思います。こういう観点からローラさんの縁談を考えたとき両親は第二の条件つまり経済的基盤のことを一番心配されて反対しておられるのだと思う。その点をもう一度良く考えて結論を出した方がいいと思いますよ。何といっても親は子供のことを一番考えていてくれるのだからね」
「ありがとうございます。非常に良いお話を聞かせて戴きました。よく考えて見ます」


無料で使える自動返信メール

アフリエイトマニュアル無料申し込みフォーム





2005年10月30日(日) ローラの結婚4

 志を捨てた加賀美に淑子が魅力を感じなくなったからである。加賀美は見合いをして資産家の娘と結婚し平凡なサラリーマンの道を選んで今日に至った。淑子は医者に嫁いで 人の子を設げたが夫に若くして先立たれ、学習塾を経営しながら二人の子供を育てあげ親の責任を果たした。あのとき淑子の言った「目が輝いている」男として、弁護士になっ いたらもっと違った人生になっていただろうと思ったのである。

回想から現実の我にかえった加賀美は、年長者の貫祿を示さなければと平静さを装って 言った。
「私も二人の娘の親だ。幸い二人とも最近、世間並みな結婚をしてくれてほっとしてい ところだからローラさんの両親の心配はよく理解できるよ。やはり相手が年下だったら いに反対したと思うよ。外国人であっても多分反対するだろうな」
「普通の親ならそうでしょうね」
「そりやそうだよ。親が誰よりも娘のことは心配しているのが健全な家庭のあり方だと思うよ」

「世間の常識に従って、年齢差も三才位年上の平均的な男性と結婚して子供を二人位生んで、教育ママをやり、郊外に戸建てのマイホームを持ち、あくせく住宅ローンを返済するために家計をやりくりして夫の定年退職を迎える。あとは夫婦で海外旅行を何回か楽しんで孫達に土産物を買って帰る。そんな中で生を終える。これが平均的な日本人の現代の幸福というものでしょう」と世の中が分かりきっているような口ぶりである。
「ローラさんの幸福観とはどんなものですか」
「よく分かりませんわ。でも目が輝いて何かに向かって進んでいるという状態。心の満足とでもいったことではないかしら」
「心の充実という面に着目した点は最近の若い人には珍しく、敬意を表します。だが、 貴方の御両親の心配されるように幸福は精神だけではない。物質も伴うものですよ。そこ 老婆心ながら。幸福の条件というものについて話してあげたい。・・童話でも小説でも 王子様と王女様や若い男女が困難を克服して結ばれ、幸福な生活を送りましたというハッピーエンド物語が多いのですが幸福の内容は書いていないことが多いでしょ。そこで幸福とはなにか、その内容を考えてみる必要があると思いますが、どうでしょう」


無料で使える自動返信メール

アフリエイトマニュアル無料申し込みフォーム





2005年10月29日(土) ローラの結婚3

 加賀美は何時から自分の目は輝かなくなったのだろうかと考えた。加賀美が大学を卒業したのは日本の高度成長がその緒についた頃であった。加賀美には学生時代に付き合っ ている淑子という女性がいた。加賀美が理想主義的な人生観を語るとうっとりした表情 慎ましやかに聞いて呉れるのが淑子であった。淑子は土地の資産家の娘で三人姉妹の末っ子であったが父を早く亡くし、賢い母の手一つで育てられ、田舎の小中学校は加賀美と同じ町立の学校に通ったが、高校、大学はミッションスクールヘ進学した。

 加賀美は勉強が良く出来て小中学時代は開校以来の秀才だと言われていたが、両親が 地からの引き上げ者であったため、飢餓の辛さをよく知り尽くしていた。苦学しながら 立の有名進学校を経て国立の一流大学ヘ入学した頃、加賀美と淑子の交際は始まった。 賀美は弁護士になってゆくゆくは政治家になろうという志を持っていた。この志を淑子によく語って聞かせていた。

 淑子は加賀美の言葉を信じて、あなたの目が輝いている限り、志が実現するまでどんなことがあっても付いていくわと言った。加賀美の志は簡単に砕けた。アルバイトをしながら苦学を続けて、志を実現するよりも友人達のように学生生活をエンジョイしながら大 を卒業し、一流会社に就職して世間並の小市民的な生活をしたいとの誘惑が心に芽生えはじめた頃、淑子との交際は終わっていた。


無料で使える自動返信メール

アフリエイトマニュアル無料申し込みフォーム




2005年10月28日(金) ローラの結婚2

「まさか退職したいというのではないだろうね。ローラさん」加賀美武史は単刀直入に 切り出してローラの顔を覗き込んだき込んだ。
「まことに申し訳ありませんが、そうなんです。三月一杯で退職させて戴きたいのです が」ローラは消え入りたい風情で加賀美の目を見上げながらなにかを訴えている。目標 定面接の際、加賀美の質問に対して暫くの間結婚の予定はないと断定したことを思い出 ていたのかもしれない。

「つい十日前の目標設定面接の時、少なくとも後一年間は縁談のエの字も無いし、辞め ことはありませんと言っていたばかりではないの」とつい詰問口調になってしまう。
人事担当者としては社内の人の異動には常に神経を尖らせておかなげれば人員計画に齟 齬を来すので、野暮を承知で質問をする習性ができている。

「まことに申し訳ありません」
「おめでたですか」
「いいえそうではありません」
「それなら、何故辞めるのかな。あなたのお友達田沢真美さんが退職するのでそれが引 金になったということかね」
「それも一つのきっかけです」
「田沢真美きんが、あなたより後から入社してきて、あなたより先に結婚退職するから 辛くなったというのかもしれないが、そんなことはよくあることで何も気にすることは いと思うがね」
「そんなことは全然気にしていません」
「それなら、何も辞める必要はないじやあないの。不景気で就職難の時代なんだから、 職先を探すのも大変だろう」
「それはそうですが、いろいろありまして」
「職場で人間関係が気まづくなったとか、お局さんが嫌がらせをするとか」
「そんなのではありません。皆さん良い方ばかりですし、今時の会社としてはお給料も いほうだし、残業もないから働く場所としては最高だと思ってます」
「では辞めなくてもいいじやあないですか」
「でも辞めたいんです」
「何故ですか」
「どうしても理由をいわなければなりませんか」
「勿論。理由なしに退職届けを受理するわけにはいかないよ」
「まだ決めたわけではありませんが、多分結婚することになると思います」
「付き合ってている人がいるということですか」
「ええ」
「それはよかった。相手はどんな人なの。会社の人なの」
「色々ありましてまだ申仕上げる段階ではありません。私自身の気持ちとしてはその人 結婚したいと心に決めているのですが、障害が沢山ありまして今月一杯で結論を出した と考えている所なのです」
「それなら敢えて相手の名前は聞きませんが、どんな問題があるの、よかったら聞かせ 貰えないだろうか」
「まあいいじゃありませんか。はっきりしたら御報告いたしますから」
「親に反対されているということなの」
「それもあります」
「相手の人が海の向こうの人で肌の色が違うとか」
「それは違います」
「特殊な地域出身の人とか」
「それも当たっていません」
「それでは年齢が極端に離れているとか、或いは姉さん女房とか」
「・・・・・・・・・・・」
「図星のようだね。それで何才くらい違うの」
「かなり離れています」
「一回りも違うのかな」
「そんなに離れていません」
「それでは何才なのよ」
「8才です」
「相手が年下ということですね」
「ええ。恥ずかしいわ」
「何も恥ずかしがることはないでしょう。最近のはやりだからいいじやあないですか。 花だって8才年上の姉さん女房だったでしょう」
「・・・・・・・・・・・」
「それはそうとして、あなたのように美人で聡明な人が何も年下の人と結婚しなくても い人は沢山いると思いますがね」
「端の人はやはりそう思うのでしょうね。それでは、これで」
「待ちなさい。結婚するかしないかの結論は何時だすの」
「年内には決めたいと思っています」
「先方の両親はこの縁談には賛成しているの」
「ええ。そちらは大丈夫です」
「問題はローラーさんの両親の反対が障害になっているということなの」
「そうです」
「御両親がこの結婚に反対される理由は多分経済的なことだろうと思いますよ。ローラ ーさんは今28才でしょ。すると彼氏は20才だ。その年齢だと、日本の年功賃金制度のも では給料が安くてやっていけないのではないかな。有名芸能人か有名なスポーツ選手で ければまず経済的にやっていけないと思う。人の親なら誰だってそう考えるよ」
「そうなんですよ」
「御両親がどうしても許して下さらないときはどうするつもりですか」
「その時は駆け落ちする覚悟です」
「決意は固いのだね」
「はい」
「あなたのような美人で聡明な人が、何故8歳も年下の男性と結婚しようなどと考える かよくわからないね。丁度恰好の適齢者が沢山いる筈なのに」
「たしかに、好意を寄せて下さる方は沢山いますわ。でも私の気持ちが燃え上がらない です」
「贅沢をいって」
「今回は、気持ちが燃え上がったというわけですか」
「そうなんです」
「何故ですか」
「とても目の美しい人なんです」
「目が美しい?」
「そうなんです。輝いているのです」と蝋羅が真剣な顔付きで言った。
 加賀美は「輝いているんですか」とおうむ返しに声をだしたが、頭を一発殴られた思いであった。


無料で使える自動返信メール

アフリエイトマニュアル無料申し込みフォーム





2005年10月27日(木) ローラの結婚1

蝋羅の結婚   


 暮れも押し迫り、営業担当者はカレンダーを持って挨拶廻りに忙しく、総務担当部長 加資美武史は大掃除の指揮やら年末調整の指示とか、迎春のための門松、しめ縄、保有 両のお札の交換等、目の回る忙しさのただなかに居た。

「部長、少しだけお時問を戴けないでしようか」と石沢蝋羅が真剣な眼差しで言った。 「面倒な話かいと加賀美武史は、心臓がキュンと鳴るのを意識しながらも平静を装って いた。
「ちよっと込み入っていますので」と蝋羅は人の良さそうな顔の頬に紅をさしながら答 えた。
「それでは、応接室へ行こうか」と加賀美武史は蝋羅を応接室へ促した。

 加資美武史はこの会社へ入社以来、人事担当者として、何度こんな形で女子事務員と 対したことであろうかと思いながら庶務の小母さんヘコーヒーと緑茶を頼んで応接室へ った。今までの経験では十中八九が退職の意思表示である。早速明日には求人広告会社 電話して補充採用の広告をうたなければなるまいと考えていた。職業安定所は最近「ハ ーワーク」等と呼び名を変えて、失業者達の集まる所という暗いイメージを払拭しよう しているが、若い女性達の職業紹介業務にはあまり寄与していない。駅頭で小銭を払え 簡単に入手できる「トラバーユ」とか「ビーイング」等という求人雑誌のほうが若い女 達にとっては手っとり早い情報源だし気にいった賞品でも選ぶ感覚で就職先を選べるか である。

蝋羅はローラと読み、一風変わったバタ臭い名前なので、珍しさも手伝って苗字で石 と呼ぶ者はなく「ローラさん」で通っていた。ローラは三年程前に欠員補充のため「ト バーユ」に求人広告を乗せた時、これに応募してきた三十人の中から唯一人選ばれた気 てが良く容姿端麗で秀逸な女子事務員であった。機転が効くことは営業事務には最も向 ており、その如才ない機知に富んだ電話のやりとりと来客の応対には客先に評判が良く 会社のイメージアップには大いに貢献している看板娘ともいうべき事務員であった。
 勿論ワープロはブラインドタッチの技能を有しており、汚い見積もり原稿でもこれを ちどころに立派なドキュメントに仕立て上げて呉れるし、検算を頼めば見とれる程の素 い指先の動きで電卓を叩き間違いを正して呉れるのである。そしてなによりも人柄がよ 、美人ですらりと伸びた脚はファッションモデルにしても十分通用するものを持ってい 。
年齢は28歳で適齢期にあり、社内外の若い男性からはよく電話がかかってきていたので 彼女を射落とす果報者はどんな男であろうかと社内の関心事であった。


無料で使える自動返信メール

アフリエイトマニュアル無料申し込みフォーム




2005年10月26日(水) ベチャの面6(完結編)

「ベチャよ。べちゃよ」とはやしたてて逃げて行く子供達を追っかけて、小学校前の文房具屋前までくると、餓鬼大将の富雄がするめを齧りながら、女の下駄を頭の上にかざして「香織の下駄はトウキョウセイ」と節をつけて歌っている。下駄をとられた香織が「返して頂戴」と泣きべそうかきながら富雄を追っかけている。
 清一は香織の災難を見ると富雄の恐ろしさが頭の中に閃きはしたが、それよりも香織の下駄を取り替えしてやらなければならないという考えの方が先に走った。つかつかと富雄の傍らへ近づいて襟首を掴むといきなり、頬に平手打ちを一発食らわせた。不意打ちにあってたじろいだ富雄が鼻の穴を大きく膨らませてピクピクさせている。すかさず清一が青竹を振り上げると、怯えた富雄は声も出さずに逃げ出した。

 清一はこんなに簡単に事が運ぶとは予想さえしていなかったのであっけにとられたが、富雄の逃げていく姿を見ると追っかけてみたくなった。追いかけてみると富雄は一生懸命逃げていく。相手が逃げるとますます面白くなって清一はどんどん追いかけた。今日こそは何時もいじめられている仕返しをしてやろうという気持ちが起きて、富雄が悲鳴をあげるまで追いかけ、青竹で叩いてやろうと清一は思った。面を被っているので、誰がやっているかわからないだろうという気持ちが富雄を大胆にした。いつも威張って清一達をいじめている富雄の姿が今日程みじめに見えた日はなかったと清一は思った。そして、香織にはベチャの面を見せるのはやめようと思った。走りながら今日の出来事は内緒にしておこうと思った。 

無料で使える自動返信メール

アフリエイトマニュアル無料申し込みフォーム




2005年10月25日(火) ベチャの面5

 この地方には、吉備津彦神社と吉備津神社とが山を幾つか越えた部落にあって桃太郎伝説が伝わっている。清一の住んでいる町は、岡山県南部の藺草と畳表の産地である。氏神様としては鶴崎神社というのがあって、何でも吉備津神社とはゆかりのある神社らしい。伝説によれば、吉備津彦の命が鬼退治をしたことになっており、鬼というのは瀬戸内海の塩飽諸島を根城として内海を暴れ廻っていた海賊だとの説がある。面白いことに吉備津神社と吉備津彦神社のお祭りには鬼がでない。鬼がでるのは鶴崎神社のお祭りだけである。清一の町は鶴崎神社の氏子が殆どなので、祭りといえば鬼がでるものと決まっている。鬼は通常小学校4〜5年生の年頃から17〜8才の青年までが、めいめいに作っておいた鬼面を被り、それぞれに意匠を凝らした装束を纏って、町を練り歩くのである。赤色または青色のシャツを着て、色付きのモンペ風のズボンをはき、足には脚絆を巻き手には手甲をする。腰には超ミニスカート風の腰巻きを巻き、腹には金時腹巻をつけている。ほう歯の高下駄を履き丹精して作った鬼面を被る。鬼面には棕櫚の毛で作った頭髪がつけてあり、背中へ長く垂れ流すのである。

 そして手には青竹を六尺くらいの長さに切った物を持ち、青竹をひきづりながら歩くのである。青竹の先は割ってあり、通行人を襲う時は青竹を地面に叩きつけて、パンパンと音を出す。このようなし青鬼、赤鬼が祭りともなれば40〜50匹も出現して町中を練り歩くのである。17〜18才の青年達は町の若い娘達の尻を追いかけ喜んでいるという具合である。
 清一は今年、初めて手作りの面をつけて、町へでたのであるが、近所の子供達を追いかけまわし得意になっていた。鬼面をつけて高下駄を履くと小学校4年生であっても、背丈は高くなり大人より大きくなることがある。


無料で使える自動返信メール

アフリエイトマニュアル無料申し込みフォーム




2005年10月24日(月) ベチャの面4

 清一はベチャ面作りがうまくいかなかった上に、投げしまで良い餌を富雄に巻き上げられてしまい、面白くない一日だった。清一は家に帰りつくとうっぷんの持っていき場所がなかったので、飼い猫の三毛が清一の傍らへじゃれついてきたのを幸いとばかり思い切り蹴飛ばした。三毛はいきなり蹴飛ばされてギャォーと悲鳴をあげながら、すっ飛んで逃げた。
                                   
 清一の面作りは進んで、あとはエナメルしを塗り、面の頭に毛をつけるだけとなった。清一はさっきから、面の色を何色にしようかと考えている。赤色か、緑色のどちらかなのだが、装束のことも一緒に考えておかなければ、簡単には決められない。清一は緑色に塗って緑色のシャツを着、黒い袴をはいてみたいと思うのだが、清一の体に合いそうな緑色のシャツも黒い袴も自分の家にはなさそうである。赤なら、姉のセーターと腰巻きを借りれば、恰好だけはつきそうである。腹巻だけ母親にねだって縫って貰えばよいのだ。ここまで考えて清一は赤色に塗ることに決めた。後は頭髪につける棕櫚の皮を伯父の家へ行って貰ってくればよい。
                                   
 いよいよ秋祭りの日がやってきた。
 清一は親友の毅にも内緒で作ってきたベチャの面を被って往来を歩いているベチャの群れの中へ入っていくことを考えると胸がわくわくした。そして何よりも、ベチャ姿で香織のうちへ訪ねて行き、香織を驚かせてやろうと思うと心がはやった。


無料で使える自動返信メール

アフリエイトマニュアル無料申し込みフォーム




2005年10月23日(日) ベチャの面3

 清一は先刻から一心不乱に粘土を捏ねているがどうしてもうまくつくれない。時折、癇癪を起こしては九分通り出来上がった面型に竹のへらで十文字に罰点をいれて粘土を団子にしている。香織に見せて褒められるような面を作らなければと思うとなかなかうまくいかなかった。また最初からやり直して目を彫りかけていた。
「清一、毅君が投げし針を漬けにいこうと誘いにきとんさるよ」という母の声で清一は今日の面作りはやめることにした。
「きちんと後片付けをせにゃぁおえんぞな」という母のくどい小言を聞くのが嫌なので、「今片づけて行くから待っていてつかぁせぇ」と先手を打っておいて、急いで粘土を丸め、押し入れの中へ投げ込んだ。剛に入ってこられては面作りの現場を見られてしまうからだ。

 今まで,畳表を織っていたらしく、モンペをはいた母が藺草の泥で汚れた手を拭きながら毅を連れてきた。毅は既に長靴を履いて手には投げし針の糸を入れた籠をぶら下げている。
「清一ちゃん、何しょうたん。はよう、餌つけにゃあ、ええ場所全部とられてしまうがなぁ」と毅は言った。清一がベチャ作りをしていたことは気づかれずに済んだようである。
「そうじゃのう、すぐ持ってくるけぇ、ここで待っていてつかぁせぇ」と言い残して長屋へ投げし針を取りに走った。

 二人は秘密の溝から集めてきて、空き缶に入れておいた三角蛭を地べたにかがみこんでせっせと針に無言のまま取り付けた。長屋の奥からは母の織機を動かす音がカタンカタンと漸くたそがれ始めた裏庭に流れていた。

 清一は小学校四年生で農家の毅とは同級生であった。
 清一と毅が田圃の畦道を空豆の葉についている雨水でずぼんをぐしゃぐしゃに濡らしながら、六間川に来てみると既に人影が2〜3人投げし針を漬けているのが目に入った。中学一年の富雄も弟の富次と一緒にきているようである。
「清一ちゃん、富雄がきているぜ、どねぇしょうのぉ。三軒地の方へ行こうかのう」と富雄の姿を目敏く認めた毅が相談した。
「そうじゃのう。あいつが一緒じゃと、盗られてしまうけぇのう」
その時富雄の方もこちらの姿を認めたらしく
「おーい清一と毅じゃねぇか。この辺はようかかるんかいのう」と声をかけてきた。こうなっては万事窮すである。
「おえりゃぁせんわぁ。昨日も百本漬けたんじゃが、かかったのは鯰とどんこだけじゃ」と毅が答えた。
「お前ら餌は何をつけとるんじゃ」
「わいらは三角蛭じゃ」
「そうか、お前ら三角蛭か。どこでとったんじゃ。わいら、三角蛭がおらんけえ雨蛙じゃが」と富雄が言ったので、清一も毅もこれは雲行きが怪しくなってきたぞと思うと案の定、富雄が癪にさわることう言いだした。
「おい、お前ら、わいらの投げしと取り替えてくれ。わいら百本もっとるけぇのう、お前らのを百本こちらへ寄越せや」

 清一と毅はお互いに顔を見合せたが、何しろ相手が悪い。富雄は中学一年生で、札付きの餓鬼大将である。大柄な上に腕力が強く,富雄の意に逆らうとどんな目にあわされるか判らない。勉強はできないくせに、悪知恵だけは発達していて、学校の先生達もその指導には手を焼いているのである。清一と毅は不承不承、折角臭い溝に入って、洋服を汚しながら集めた三角蛭を餌につけてある投げしを富雄のそれと交換した。六間川と早川は大体清一と毅の領分で、富雄達はこの近くへは姿を見せた事がなかったのに、今日は早々とやってきている。清一は鰻のよくかかる早川を富雄に占領された上に、三角蛭の餌のついた投げしまで取り上げられて、口惜しくて仕方がないのであるが、富雄の理不尽な暴力が恐ろしくて、言うことをきくより仕方がないのである。諦めた二人は、富雄から代わりに受け取った雨蛙のついた投げしを次々に川へ投げ込んで帰路についた。いつしか日はとっぷり暮れて、田圃では蛙のオーケストラが始まっていた。


無料で使える自動返信メール

アフリエイトマニュアル無料申し込みフォーム




2005年10月22日(土) ベチャの面2

「オッカァのことをオカァサマと呼んどるでぇ」
「先生ゴキゲンヨロシュウというのをわいは聞いたでぇ」
「こねぇだ、雨が降っとったじゃろう。せぇで,うちが傘にのせたぎょうか言うたらな、傘にノッタラ骨が折れるわよと言うんじゃぁ。うちゃぁ、もうおかしゅうて」
 清一は勉強はよく出来る方だったので、各学年とも三学期のうち少なくとも一学期間は級長になった。香織が転校してきたときは、先生のはからいで香織の席は級長の清一の隣に決められた。
 転校してきたばかりなのに香織は、清一達の知らないことをよく知っており、とても太刀打ちできない学力を持っていた。教室では良く勉強ができたが、まだ方言が喋れないので、遊び時間に悪童達から標準語を冷やかされると悲しそうな顔をした。

 香織が転校してきてから10日ほど経った日曜日に、清一達のクラスの主だった者5〜6人が香織の家へ招待され、遊びに行くことになった。清一達が誘い合って、工場の近くにある社宅群の中でもとりわけ立派な構えの香織のうちの玄関で
「御免せぇ」と案内を乞うと香織がでてきて
「ようこそいらっしゃいました。さぁどうぞお入り下さい」と大人びた物腰で招じ入れようとする。声を聞きつけて香織の母も現れ
「まあまあ、皆さんようこそいらっしゃいました。香織の母でございます。香織がいつもお世話になっています。さあどうぞ、どうぞ」とにこにこしながら迎えてくれた。
 清一は何と言っていいか判らず、慌ててピョコンと頭を下げた。清一に続いて健介、剛、京子、栄もピョコリ、ピョコリと頭を下げた。
 通された応接間にはピアノが置いてあり、書棚には世界文学全集や日本文学全集、世界の思想大全集等の本がぎっしり詰まっており、清一には読めない分厚い外国語の本も並んでいる。壁には羊飼いと羊の群れを描いた大きな絵がかかっている。清一はこれとよく似た絵を先生に連れられて大原美術館に行ったとき見たことがあると思った。天井には豪華なシャンデリアが輝いており、床には茶色の絨毯が敷かれ、赤い革張りの安楽椅子が幾つか置いてある。

 健介、剛、京子、栄も落ちつかない様子でもじもじしている。何時もと勝手が違って、部屋の雰囲気に圧倒され、よそ行きの顔をして畏まっている。「さあ皆さん、どんどん召し上がって下さいね。香織は末っ子だし転校してきたばかりなので、お友達もなく寂しがっていますのよ。皆さんに仲良くして戴いて、岡山の言葉も沢山教えて下さいね」と香織の母はケーキを勧めながら、清一達の顔へ笑顔を投げかけた。香織も慣れた手つきで紅茶を配っている。香織の母の視線が剛に移ったとき、剽軽者の剛は慌てて
「岡山弁はすぐ慣れますらぁ。わいら生まれたときから岡山弁で話しょうりますがぁ」というと
「まあ、剛さんは生まれたときから、言葉を話したの。ソリャァ、ボッケェナァ」と香織の母が岡山弁を混じえて言ったので皆どっと笑った。
 香織の母の巧みなリードで清一達は畏まった気持ちもほぐれ、平気で方言が喋れるようになった。秋祭りのこと、ベチャのこと、投げし針のこと、茸狩りのこと、蜻蛉釣りや蝉捕りのこと、凧上げのこと、藺草刈りや田植えの手伝いのことなどこの地方で清一達の日常生活の一部になっている行事や遊びのことを皆かわるがわる得意になって話して聞かせた。香織は特に祭りのベチャに興味を持ったようである。この地方に伝わる桃太郎伝説とベチャの関係を清一は請われるままに、乏しい知識を振り絞って説明した。
 清一の話しに目を輝かせながら聞き入っている香織の姿を清一はとても美しいと思った。
「清一さんは何でもよく知っているのね」と香織が感心したように言ってくれたので、清一は満足した。香織のうちへ遊びにきて良かったと思った。

無料で使える自動返信メール

アフリエイトマニュアル無料申し込みフォーム



2005年10月21日(金) ベチャの面1

    ベチャの面              
                                   
 川の中に生える真菰の芽が枯れた茎の中から、新しい芽をのぞかせる頃になると、清一は田圃から粘土を採ってきて、ベチャの面作りを始める。ベチャというのは岡山県南部で藺草を栽培している地域の氏神様の秋祭りに、村中を闊歩する鬼のことである。
 清一は春の陽射しを浴びながら、濡れ縁に腰を下ろして、天理教の集会場を建設中の工事現場から拾ってきた40センチ角ほどの板切れの上に、粘土を置いて一心不乱にベチャの面型を作っている。竹のへらで目、鼻、口、牙眉を彫り込んでいく。傍らに置いた粘土を千切って団子にし、くっつけてみたり、外してみたりしては、出来るだけ恐ろしい形相のベチャに作らなければならないのだ。

 ベチャの面の良し悪しは、目、鼻、口がうまく作れるかどうかで決まってしまうので、この面型作りは大切な作業なのである。
 この地方では、小学校4〜5年位の年頃になると、男の子達はベチャの面作りに取りかかるのである。秋祭りがくるまで、自分がどのような面を作っているかは、親友にも内緒にしておくのが、子供の世界のしきたりとなっていた。兄のいる者は兄から兄のいない者は父からその作り方を教わり、友人から教わることは決してしなかった。

 粘土で満足のいく形相の面型が出来上がると、これを適当な水分が残るまで、陰干ししてから、石鹸水を面型に塗りつける。次に新聞紙を細かく切って、水に浸し粘土の面型の上に貼り付けていく。新聞紙を二重、三重に貼りつけたところで作業は中断しなければならない。一日置いて、今度は書き潰した習字の半紙を持ってきて、メリケン粉で作った糊を面型に塗りつけ、その上へ半紙を貼り付けていく。半紙を四重、五重に貼り終わったところで糊が乾くのを待って芯になっている粘土を取り除く。
 清一がベチャの面を独りで作ってみようと思いついたのは、清一のクラスへ昨年の暮れに東京から転校してきた香織に,手作りの面を見せて褒めて貰いたいという気持ちが働いたからである。
                                   
 香織の父は、東京に本社を置くS紡績早島工場の工場長として、この町に昨年秋転勤してきた。藺草を栽培したり、畳表を織ったりして生計をたてている者の多い早島町には、織機を修理する鍛冶屋か、せいぜい織機を20台ほども置いて、畳表を織っている従業員10名程度の町工場しかなかったので、一部市場に上場されているS紡績の早島工場のように従業員500人を数える工場の工場長は町の名士として遇された。
 香織は都会育ちの娘らしく、動作はシャキシャキしており、色白の顔は母親に似て美形である。変化に乏しい町の学校の常で、新参者の香織の一挙手一投足は好奇の的となった。とりわけ標準語を喋る香織の言葉は悪童達の好個の材料であった。



無料で使える自動返信メール

アフリエイトマニュアル無料申し込みフォーム



2005年10月20日(木) 縁日の金魚鉢13(完結編)

 13.
                         
 田所刑事が夜店から持ち帰った金魚鉢の水と金魚からは青酸カリが検出された。木山みどりが落とした一万円札にも青酸カリ反応があった。
 青山刑事が尾行した木山みどりの連れの若い男は刑事に尾行されているとも知らず、横浜市内の高級住宅街へ帰って行った。青山刑事が尾行した青年は早坂工業と同業の工事会社の社長の息子で、将来社長になることが約束されている男であることが判った。早坂工業へ商談できたとき木山みどりを見初めて結婚を前提とした交際を始めて入ることも青山刑事の聞き込みによって確認された。田所刑事は捜査の過程で明らかになったことを頭の中で反芻してみた。
1)田代光一が青酸カリの服毒によって殺されたこと。
2)早坂龍一の秘書木山みどりが所持していた一万円札に青酸カリが付着していたこと。
3)田代光一と早坂龍一の間の山本太郎名義口座を媒体とした金銭授受関係。4)早坂が追突事故に遭い300万円を盗まれていながら崩せない早坂のアリバイ。
 反芻しているうちに一筋の論理が紡がれ始めた。
 田所刑事は纏まりかけた推理を裏付けるために、東京駅周辺の金物屋と鍵屋の聞き込みを精力的に続けた。一方青山刑事は木山みどりの12月7日前後の行動を調べることに精力を傾注した。
 捜査会議で田所刑事は自信に満ちて自分の考えを述べた。


「私は田代光一殺しの犯人は早坂工業の社長早坂龍一であると考えます。早坂龍一は自動車追突事故に遭って、300万円の大金を盗まれましたが、盗難の事実をひた隠しに隠しておりました。ところが過日、追突事件の犯人が大阪で捕まり、早坂から300万円盗んだことを自供しました。早坂もこの事実を突きつけられて300万円盗まれた事実は認めました。何故300万円もの大金を盗まれながら盗難届けを出さなかったのか。それは脱税で蓄えられた裏金だったからです。目下税務当局でも300万円の出所について調査に着手しましたのでやがてそのことははっきりするでしょう。
                                  
 一方被害者の田代光一は化粧品のセールスマンとして早坂の自宅にも出入りし、早坂の妻とも面識がありました。これは田代光一の顧客リストに早坂三智子という名前が載っていたことから明らかであります。世間話の過程で夫が自動車追突事故に遭遇したことを聞いた田代光一は、最初大して気にもとめていなかったでしょう。その後、続けて発生した京浜銀行を舞台とする追突乗り逃げ現金強奪事件の報道を目にした田代は、悪知恵の働く男だけに早坂の自動車事故だけが新聞に報道されなかった事実に疑問を持ちました。所轄署に問い合わせましたが、盗難届けが出ていなかったのです。
                                  
 手口が似た事件なのに早坂だけ現金を盗られていない点に着目した田代は何かいわくがありそうだと考えました。ロッキード事件で政治家や右翼の大物の隠し預金が世間の耳目を集めていた時なので、田代が早坂は裏金を盗られたのではないだろうかと見当をつけるのに時間はかからなかったと思います。もし早坂が裏金を盗まれているとすれば、ゆすりの材料になると考えた田代は一計を案じたに違いありません」
 田所刑事は手帳をめくりながら続けた。               
「追突事件の犯人になりすまして、ゆすることを考えたのです。田代が声色を使い電話で試しに早坂にゆすりをかけてみたところ反応があったのです。相手に正体を見破られずに金を受け取る方法として考え出されたのが、山本太郎という架空名義の預金口座を利用した振込とキャッシュカードによる現金の引き出しです。
                                  
 一回10万円のゆすりはゆする側にもゆすられる側にも手頃な金額だったと思われます。ところが田代の側に急にまとまった金が必要になることが発生したのです。商品取引で穴をあけた田代は12月10日の決済日までに百万円ほどの金を用意しなければならなかったからです。そこで田代は早坂を恐喝して金を巻き上げることにしました。
                                  
 一方ゆすられた早坂も、馬鹿のように金だけおとなしく差し出すほどのお人好しではありません。まして、相手は自分の脱税の事実を知っている男です。当然恐喝者を密かに闇へ葬ることを考えたのです」          田所刑事はここで一息つくと湯飲み茶碗をとって冷えた番茶を一気に飲み干してから続けた。
「田代光一殺しの犯人を早坂龍一であると想定した場合、今までネックになっていたのは、12月7日の午後5時から午後8時までの時間帯、つまり田代光一の死亡推定時間帯に早坂が西下する新幹線ひかり号の車中または名古屋駅前の料亭『しゃちほこ』にいたという事実です。このアリバイが崩せないために、早坂が田代を殺す動機を充分持ちながら早坂を犯人と断定することができませんでした」
「それではアリバイが崩せたのですか」駆け出しの服部刑事が目を輝かせながら聞いた。
「そうです。田代光一の死因は青酸カリの服毒による中毒死ですが、死体の傍に青酸カリを服毒するのに使われた容器もコップも残っていないし、青酸カリの入った食べ物の残りも発見されなかったので、田代を騙して青酸カリを飲ませた犯人が証拠を隠すために、きれいに片づけたというふうに我々は考えていました。従って田代が殺されたとき、犯人は田代と同じ場所にいた筈だという前提を暗黙のうちに作り上げて早坂のアリバイにこだわり過ぎていました。
                                  
 私は木山みどりが持っていた一万円札から、青酸カリが検出されたのを知ったとき、目を開かれる思いがしました。私は一つの仮説をたててみたのです。早坂龍一が田代光一からまとまった金額の金をゆすられたのを奇貨として青酸カリを塗布した札束を田代光一へ手渡したとしたらどうでしょう。札束は新券で用意されたに違いありません。札束を受け取った田代は花園マンションの自室へ帰り、青酸カリが塗布されているとも知らず、夢中になって指に唾をつけながら札束を数えているうちに毒が廻ってそのまま絶命したのではないでしょうか」
 一息ついて田所刑事は更に続けた。
「もしこの仮説が正しいとすれば、早坂は12月7日、東京発午後4時の新幹線ひかり号に乗車する直前に田代光一に何らかの方法で青酸カリを塗布した札束を渡したであろうと考えました。そうすると、金の受け渡し場所は東京駅ということになります。ところで金の受け渡しに銀行口座の振込という慎重な方法をとっている田代が早坂に顔を見せるような受け取り方をする筈がありません。
 そこで思いついたのがコインロッカーを使う方法です。コインロッカーの鍵を予め複製しておけば、コインロッカーの番号を指定するだけで、鍵の受け渡しなしにロッカーの中に置かれた札束を受け取ることができる筈です。コインロッカーを金の受け渡し場所に指定したのが、田代であるか早坂であるかは捜査してみなければ判りませんが、田代を毒殺する意図のある早坂にとっても、コインロッカーを利用して人知れず、凶器の札束を田代に渡すことは良い思いつきだった筈です。
 そこで私は東京駅周辺の鍵屋、金物屋の聞き込みをしてみました。すると12月6日の日に田代とおぼしき男がコインロッカーの鍵の複製をしていたことを突き止めたのです。早坂は完全犯罪を狙って名古屋行きのアリバイ工作をしたものと思われます。早坂が新幹線ひかり号の車中若しくは『しゃちほこ』に着いた頃、田代が札束を前にして中毒死するという筋書きだったのです」
「なるほど、見事な推理ですね。だが、田代の部屋から毒を塗った札束が発見されなかった事実をどう説明されるのですか」
「それは、木山みどりが、花園マンションの田代の部屋を訪れ、死体の前に投げ出されている札束を着服し、素知らぬ顔で逃げ出したと考えれば、簡単に説明がつきます。浅草のほうづき市で木山みどりが青酸カリの塗布された一万円札を持っていたことに不審を持った私と青山刑事は田代光一と木山みどりの素行を調べてみました。驚いたことに木山みどりと田代光一とは密かに交渉を持ち肉体関係を結んでいることが浮かび上がってきたのです」
「田代のプレイボーイ振りは既に調査済でしたから、田代が行きつけのモーテルや連れ込み宿を中心に木山みどりと田代光一の写真を持って聞き込みをしたところ、相模原のモーテル『相模』の授業員がこのアベックには見覚えがあると証言したのです」
「田代と木山が密接な関係を持っているとすれば、木山みどりが青酸カリの塗布された一万円札を持っていた事実がうまく説明できます。つまり、商品相場で大穴をあけた田代は早坂から金をゆする一方、木山みどりにも無心をしたものと思われます。田代から言葉巧みに窮状を訴えられた木山は、惚れた女の弱みから金を用意して花園マンションを訪問したのです。部屋の鍵は予め、田代から予備鍵を預かっていたことでしょう。
 合鍵を使って部屋へ入った木山がそこに見たものは、札束を前にして中毒死している田代の死体であり、最初びっくりした木山みどりも目の前の手の届くところに投げ出されている札束をみて、邪心を起こしたのです。田代とは人目をはばかって密会していましたから二人の関係は誰にも知られて居ません。木山は札束を着服して逃げても自分が疑われる心配はないと考えました。預かっていた鍵に石鹸をつけて丁寧に洗ってから、田代のポケットへいれました。木山みどりには一つの計算があったと思います。部屋への出入りは誰にも見られていませんから、合鍵をポケットに入れておけば、捜査陣の目を誤魔化せると考えたことでしょう。我々も田代と木山のつながりは全然知らなかったのですからね。ところが、まさか札に青酸カリが塗ってあろうとは気のつかなかった木山は、浅草のほうづき市で盗んだ一万円札を金魚鉢の中へ落としてしまい、今回の殺人事件の謎を解く手掛かりを我々に提供してしまったのです」
 田所刑事はうまそうに煙草の煙を吐き出しながら説明を終えた。早坂龍一は殺人容疑で、木山みどりは窃盗容疑で逮捕された。凶器に使われた一万円札は、木山みどりの財布の中から二枚見つかった。木山みどりの預金通帳に12月10日付けで90万円預金されていることも確認された。裏付け証拠が次々に集められ、突きつけられて早坂龍一は田代殺しの犯行を認めた。
 窃盗容疑で逮捕された木山みどりは次のような供述をした。      
「私は田代さんと手を切りたいと思っていました。最近、工事会社の社長の息子さんと交際を始め、プロポーズされました。もし田代さんと関係のあったことが判ったら、この話は壊れてしまいます。たまたま、田代が商品相場で大穴をあけて金策に頭を悩ませているのを知りました。私にも金を貸して欲しいと言って来ましたので、かねて用意しておいた青酸カリを紙袋に入れて田代の部屋を訪れました。田代は札束の勘定に夢中になっていました。田代が水を飲みたいと言うので、私は丁度よい機会だと思い、青酸カリを入れた水を田代に渡しますと田代は一気に飲み干し、やがて苦しみだして間もなく死にました。証拠を残さないように後片付けをして、合鍵を田代のポケットへ入れ、札束をハンドバッグに納めて、誰にも見られないように部屋を出ました。まさか札束に毒が塗ってあり、私よりも前に田代に殺意を持っている人がいたとは夢にも思いませんでした。しかもそれが早坂社長であるとは全然知りませんでした」
 田代光一の殺人事件は落着したが、早坂龍一の札束に塗った青酸カリが直接の死因となったのか、それともコップの水に入れた青酸カリが直接の死因になったのかは判定の難しい問題として残された。
 第一の問題は田代が札束を数えるとき、指に唾をつけながら数えたかどうかということ。
 第二の問題は田代が札束をかぞえるとき、指に唾をつけながら数えたとして、指先についた青酸カリが人を殺すだけの力があるかということである。もし致死量に達しないとすれば、早坂は明らかに田代に対して殺意を持ちながら実行行為において不能な犯罪ということになり、木山みとりが田代を直接死に追いやった加害者ということになる。
「早坂という男は、悪運の強い男ですね」と田所刑事は、裁判の結果を予測するように青山刑事に言った。
「国税局が活躍し、彼を裸にするのを期待して待つしかないのかもしれませんね」
 青山刑事は自嘲するように応じた。 


無料で使える自動返信メール

アフリエイトマニュアル無料申し込みフォーム



2005年10月19日(水) 縁日の金魚鉢12

12.
                         
 田代光一殺人事件の容疑者として早坂龍一が捜査線上に浮かびあがりながら決め手がないままに時間が徒過していった。
 捜査陣に焦燥の色が濃くなり始めた頃、事件解決の手掛かりとなるような事件が発生した。
 大阪で追突事故を装った自動車乗り逃げ事件の現行犯で犯人が捕まったのである。阪南銀行のお客が現金を引き出して自動車に乗り、交差点で信号待ちをしている時、後続の車に追突された。追突された車のお客が降りて後部の損傷箇所を調べているうち、犯人に車を乗り逃げされた。この時、たまたまこれを目撃した後続の個人タクシーの運転手が追跡し、車内無線で配車本部へ通報したため、高速道路の入り口で待機していたパトロールカーに捕まったのである。横浜で起きた同種の事件と手口が類似していることから横浜中署に照会があった。
 横浜中署で天川、佐藤に犯人の顔写真を見せたところ、横浜で発生した事件の犯人と同一人であることが確認された。大阪で捕まった犯人は余罪を追求され、簡単に自供した。犯人は早坂の車を盗んだ時、300万円の現金も盗んだと供述した。
 早坂龍一は横浜中署に任意出頭を求められ、大阪で捕まった犯人の顔写真を見せられ、確認を求められたが、早坂が車を盗まれたときの犯人とは似ていないと証言した。
 しかし、犯人が早坂の車を盗んだ時300万円の現金も車の中にあり、松山という名宛人の計算書が一緒に入っていたと自供しているということを聞かされ、早坂も観念したのか、事件当日京浜銀行で300万円の無記名式定期預金を松山の印で満期解約し、これを盗まれたことを渋々認めた。
 田代光一殺人事件捜査本部では、五菱銀行新宿支店の山本太郎名義の普通預金口座を媒体として、早坂龍一と田代光一の間に金銭の授受があったと断定し、早坂を厳しく追求した。最初は坂元高志、富士川健一、仲河 勉などという名前を使って山本太郎宛に銀行振込をした覚えはないと主張していた早坂も左手で坂元という字を書いてくれと捜査員から求められたとき、がっくりと肩の力を落とした。早坂が左手で書いた坂元高志という署名は、筆跡鑑定したところ、銀行振込依頼書に残されていた筆跡と同一人のものであるという判定であった。更に山本太郎名義で作られていたキャッシュカードの暗証に使われていた四桁の数字は早坂龍一の生年月日と同じであった。早坂は渋々坂元高志、富士川健一、仲河 勉の名義を使って山本太郎宛に銀行振込したことを認めた。
「刑事さん、私も男ですから妻に内緒の浮気の一つや二つはあります。あいにくそのことを田代に嗅ぎつかれて、妻に知らせるぞと脅かされたので小遣いを与えたのですよ。人を殺すなんて大それたことは神に誓ってしておりません。田代光一の死んだ時間には私は名古屋に居たんですよ。名古屋にいる人間がどうして、東京で殺人事件を起こすことができるんですか。これだけは信じてください」
 早坂は取り調べに当たった田所刑事にアリバイを主張した。捜査本部では早坂を重要人物と睨みながら、早坂の主張するアリバイが崩せなかった。裏付け捜査によって早坂の主張通り、12月7日午後4時東京発の新幹線ひかり号で早坂は名古屋へ赴き、名古屋駅前の料亭『しゃちほこ』で得意先を接待していた事実は確認された。
 師走の寒い時期に発生した田代光一殺人事件は早坂龍一に容疑がかけられながらアリバイが崩せず、未解決のままいつしか夏祭りの時期を迎えた。
 久し振りに定時に退勤した田所刑事は近くのアパートに住む青山刑事と家庭サービスのつもりで、子供達を連れて浅草のほうづき市へ出掛けた。子供達は、一年に数えるほどしかない父親との外出に、喜んではしゃぎ廻っている。
「お父さん、金魚掬いしてもいい」
「ああ、いいとも」
 田所刑事は青山刑事と顔を見合せながら微笑んだ。人垣の後ろから覗き込むと子供達は一所懸命に金魚を追っ掛けている。
「お客さん、細かいのはないでしょうか。お釣りがないんですよ」
「困ったわ。これしかないのよ」
 浴衣姿の若い女性が一万円札を出して、金魚屋の親父とやりとりしているのが目に入った。どこかで見た顔だなと田所刑事が考えていると、熱心に金魚を追っていた田所の子供が急に立ち上がった。立ち上がったひょうしに頭が浴衣姿の若い女性の伸ばした右腕にぶっつかった。
「あらっ」
 見ると一万円札が手から離れて、折からの風にあおられてひらひら舞いながら、傍らの金魚鉢の中へ舞い落ちた。人混みを掻き分けながらその女性は金魚鉢へ近づいて一万円札をつまみあげた。              
 その時、異変が起きた。                      
 同時に田所刑事はその女性が早坂工業の総務課の木山みどりであることを思い出した。今まで金魚鉢の中で元気に泳いでいた金魚が二尾、白い腹をみせて浮き上がってきたのである。
「おかしいなぁ。さっきまで元気だったのに」             
 金魚屋の親父は首をかしげながら怪訝な顔をしている。
「お嬢さん、その一万円札を両替してあげましょう」
 田所刑事は五千円札一枚と千円札五枚を取り出して木山みどりに渡した。
「あらっ、刑事さん。今晩は。どうもありがとう」
 木山みどりは千円札を一枚金魚屋の親父に渡すとビニール袋に入れて貰った金魚を受け取り、連れの若い男を促してそそくさと帰っていった。
 田所刑事が青山刑事に耳打ちすると青山刑事はうなづいて、木山みどりと連れの若い男の後ろ姿を見え隠れに追いかけて行った。
「つまらないな。もう帰るの」                    
 子供達の抗議をよそに、田所刑事は金魚屋の親父から先程一万円札の舞い降りた金魚鉢をそっくりそのまま譲り受けると帰路を急いだ。寸暇を家庭サービスに割いている父親の顔から刑事の顔に変わっていた。青山刑事のアパートへ子供を届けてから田所刑事は自宅で青山刑事から電話のはいるのを待っていた。
      

 アフリエイトマニュアル無料申し込みフォーム



2005年10月18日(火) 縁日の金魚鉢11

11.
                         
 田所刑事が聞き込んできた情報が捜査会議で検討され、早坂の身辺が洗われることになった。早坂をマークした捜査員達はまず、京浜銀行横浜支店の支店長横山文蔵を訪問した。横山文蔵は捜査員の追求にもかかわらず頑として早坂が追突事故に遭った日、本人は預金の引き出しはしていないと言い張った。
 事件当日の伝票を捜査員達はチェックしてみたが、早坂工業名義、或いは早坂龍一名義での預金の払い出しは事実行われていなかった。しかしながら膨大な枚数の伝票をチェックした捜査員は、無記名定期預金300万円が当日松山という届け出印で満期解約されていることを突き止め横山文蔵を問い詰めた。
「この無記名式定期預金300万円を解約したのが早坂龍一氏ではないのですか」
「断じて早坂さんではありません」
「それでは誰ですか」
「松山さんです」
「名前は」
「聡一です」
「本名は」  
「松山聡一という以外は判りません」
「住所は」
「鶴見区生麦です」
「番地は」
「番地は判りません」
「本名も住所も特定できない人に300万円もの大金を渡すのですか。銀行というところは面白い所ですね」
「刑事さん。無記名式定期預金というのはそういうものです。満期日に証書と届出印を持参したお客さんには、支払いを拒絶する理由がありません。これが中途解約ですと銀行としても住所氏名を確認しなければお金を渡すことは出来ませんがね」
 取り調べにあたった捜査員は無記名式定期預金という制度の壁に阻まれて松山聡一なる人物が早坂ではないかという疑念を持ちながらも確証をつかむことができなかった。
                      
 一方密かに、早坂龍一の顔写真を入手した捜査員は、東都銀行銀座支店、千代田銀行神田支店、邦国銀行川崎支店へ赴き、9月15日、10月1日、11月5日に送金係の窓口で執務した行員を集めて貰った。早坂龍一の顔写真を見せてこの男を窓口でみかけなかったかと聞いてみたが、いずれも記憶は曖昧だった。
 他方、早坂龍一の筆跡を入手した捜査員は東邦銀行銀座支店、千代田銀行神田支店、邦国銀行川崎支店で入手した坂元高志、富士川健一、仲河 勉の送金依頼書の筆跡とを鑑定して貰ったところ、似てはいるが必ずしも同一人とは断定できないという報告を受けた。早坂工業で聞き込みを行った捜査員は、総務課の木山みどりから「山本太郎」と名乗る男より,早坂宛に電話がかかってきたことがあるという事実を聞き出してきた。
 集まった資料から早坂龍一を田代光一殺しの容疑者とするにはまだ不十分であったが、田所刑事は早坂龍一に会ってみる必要があると判断した。田所刑事は早坂工業を訪ねて早坂に面会を求めた。来意を告げると田所は応接室へ通された。
「早坂さん、山本太郎という人物をご存じないでしょうか」
「知りません」
「電話で話をしたことはありませんか」
「さあ、記憶がありません。山本太郎という人がどうかしたのですか」
 早坂は怪訝な顔をして田所に聞いた。
「実は毒殺された疑いがあるのです」
「ほう、それでそのことが私とどのような関係があるのですか」
「殺される前に山本太郎があなたに電話をかけているのです」
「この私に」
「そうです。思い出して頂けませんか。捜査の手掛かりにしたいのです。あなたの秘書の木山みどりさんは山本太郎の電話をあなたに取り次いだ覚えがあると言っていますよ」
 早坂は暫く考えていたが、
「そういえば、山本太郎という名前の男から電話がかかってきたことがあります。今思い出しましたよ」
「いつころですか」
「そうですね。あれは昨年の秋だったと思いますが」
「どんな話をなさいました」
「何でも、保険会社の調査員とかで車の事故のことで聞きたいことがあるというようなことだったと思います」
「車の事故と言いますと」
「昨年の秋私の車が追突されて乗り逃げされたことがあるのです。車は翌日乗り捨てられていましたが、後部のバンパーが凹んでいました。この修理を保険でやらせたものですから、そのことについて聞いてきたのです」
「山本太郎にその件で会われましたか」
「いえ、会っていません。山本太郎の顔を見たこともありません」
「それでは山本太郎に銀行振込でお金を送金したことはありませんか」
「ありません」
「昨年の12月7日午後8時にはどこにおられましたか」
「刑事さん、私がその山本太郎を殺したとでもいうんですか。とんでもない話だ」早坂は気色ばんで答えた。
「まあそう怒らないで下さい。刑事というものは職業柄、誰にでもアリバイを確かめるという悪い癖があるんですよ。参考までに聞かせて下さい」
「12月7日というと大詔奉戴日の前日ですね。その日は名古屋にいましたよ」
「そのことを証明してくれる人がいますか」
「勿論いますよ。名古屋の『しゃちほこ』という料亭でお得意さんの接待をしていましたから」
 早坂は待っていましたと言わんばかりの口調で答えた。田代光一の服毒推定時刻は、12月7日の午後5時から午後8時までの間の時間帯である。この時間帯に早坂が名古屋で飲んでいたとすると、田代光一と早坂は接触していないことになり早坂のアリバイは成立する。
「名古屋へ行かれたのは何時ですか」                 
 田所刑事は諦めきれずになおも食い下がった。
「12月7日の午後4時発の新幹線ひかり号に乗車しました」
「それは東京駅からですか」
「そうです」
 東京発午後4時の新幹線ひかり号はダイヤの乱れがなければ午後6時過ぎには名古屋駅に到着している。早坂の主張に偽りのない場合、田代が青酸カリを服毒したと推定される12月7日午後5時から午後8時までの時間帯に早坂は西下する新幹線ひかり号の車中か名古屋の料亭『しゃちほこ』に居たことになる。
「ところで坂元高志、富士川健一、仲河 勉という人物をご存じありませんか」 
「さあ、心当たりありません」
 田所刑事は早坂龍一の表情を注意深く観察していたが、心なしか一瞬、強張ったのを見逃さなかった。田所刑事は早坂龍一が田代光一殺人事件の鍵を握っている有力な人物であるという心証を得たが、アリバイの壁に阻まれて決定的な追求ができなかった。


新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE


           



2005年10月17日(月) 縁日の金魚鉢10-2

京浜銀行横浜支店からの帰りに車を追突され、乗り逃げされたことがあるでしょう。そのときの犯人と似ていませんか」
「違いますね」
 田所刑事は第一の推理が外れていたことを確認した。田所刑事は、この事件を扱っている横浜中署へ行けば何か手掛かりが得られるかと考え、横浜中署を訪問した。たまたま桑山刑事が在署していて快く応対してくれた。
 田所刑事は事件の概要をかいつまんで説明した上で、五菱銀行新宿支店の山本太郎名義の普通預金口座に坂元高志、富士川健一、仲河 勉の名前で振込がなされ、キャッシュカードで引き出されていることを説明した。そして山本になりすました田代が乗り逃げ犯人をゆすり、ゆすられた犯人は坂元高志、富士川健一、仲河 勉という偽名を使って金を山本太郎名義の口座へ振り込んだのではないかと考えてみたと付け加えた。
「なるほど、預金の預け入れも払い出しも何故か顔を見られたくない人達がやっているという臭いがしますね」
「どうです。何か乗り逃げ事件に関して、この預金通帳と結びつきそうな資料はありませんか」
「そうだ。田所さん、今思い出したことがありますよ。実は天川、佐藤事件が起きる前にやはり、同一犯人の犯行と思われる追突乗り逃げ事件が別にもう一件発生しているのです。被害者は早坂工業の社長なのですが、金品はとられていないのです」桑山刑事は番茶を田所へ勧め、自分も飲みながら言った。
「ほう、やはり銀行の帰りに起きた事件ですか」田所刑事は目を輝かせた。「そうなんです。京浜銀行の横浜支店からの帰りに起きているのです。車の盗難届けだけは出されたのですが、その他の被害届けが出されていないのです。我々も連続して起きた似たような手口の事件なので、車以外に金銭を盗まれたのではないかと思って、早坂本人と京浜銀行横浜支店の支店長にも聞いてみました」
「それで」
「ところが早坂は車以外には何もとられなかったと断言しましたし、支店長も当日、早坂は融資の打ち合わせにきただけで、金は下ろさなかったと証言しているのです」
「なるほど、変ですね。早坂が金を盗られたことを人に知られては困る事情が何かあったとするとどういうことになりますかね」
「オーナーの事業家ですから裏金かも知れませんね」
「裏金とすれば脱税の金ですね。これは警察には知られたくないでしょう。そのことを田代が嗅ぎつけてゆすりをかけていた。これは、田代が殺される動機にはなりますね」
 田所刑事は目の前の黒雲が一挙に飛び去った気がした。田所刑事は早坂という名前をどこかで聞いたと思ったがどこで聞いた名前であるか思い出せなかった。


新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE



2005年10月16日(日) 縁日の金魚鉢10

10.
                         
 渋谷中央署の田代光一殺人事件の捜査本部では、謎の人物ミスターXの正体を探りだそうと刑事達が懸命の聞き込みを続けていたが、めぼしい手掛かりは得られず、捜査員達に焦りの色が出始めていた。
 田所刑事は、初動捜査において現場の観察に何か見落としがあったのではないかと思い故人の霊前に線香を供えるという口実で、田代の遺骨が引き取られた実家を訪問することにした。

 富士山麓の静かな町に田代の両親は健在だった。
「刑事さん。よく来て下さいました。あの子は女運に恵まれず不幸な子でした」頭髪に白いものが目立つ老母は、目に涙を浮かべながら、田所刑事を仏壇へ導いた。線香を供えて仏前に額づいてから田所刑事は田代の遺品をもう一度見せて貰えないかと頼んだ。
「ええ、いいですとも。是非見て下さい。一日も早く犯人を捕まえて下さいよ、刑事さん。あの子の荷物はそっくりそのままあの子が学生の頃勉強していた部屋に置いてありますから」                    旧家らしく、広い庭の母屋の隣りに離れ座敷があり、花園マンションから運んできた田代光一の遺品が置かれていた。
 田所刑事は、本棚からアルバムを取り出してページをめくってみた。アルバムは学生時代のスナップ写真集4冊と新婚生活時代のものらしい写真集3冊にはいずれも一葉ずつ丁寧に脚注がつけられていた。

 田所刑事がアルバムを見ていて興味を持ったのは、車の写真が沢山貼ってあることだった。田代自身が運転していたり田代の妻が運転していたり夫婦で車の前に立っていたりした。中には、車だけを写真にしているものもあった。そして色々な車種のあることが田所の注意を引いた。田代は車にかなり興味を持っていたことが窺えた。
 書棚には新聞の切り抜き帳が置いてあった。スクラップブックにも車をテーマにした記事の切り抜きが多く貼ってあった。新車の発売ニュース、モデルチェンジの記事、車をテーマとした随筆、日本の車が地球一周ドライブをした記事が目についた。相当車に興味を持っているなと思いながらページを繰っていた田所刑事はあるページで目をとめた。そこには異質の記事が貼ってあったからである。

 京浜銀行横浜支店のお客が銀行帰りに車に追突され、車を乗り逃げされたうえ,現金を強奪されたという記事であった。車をテーマにした記事の中でもこの記事だけが趣味娯楽のカテゴリーに入らない犯罪に関係するものであるところに異質性が認められた。自動車に興味を持っていた男と自動車を利用した犯罪、何か関係がありそうであった。この記事が田代の死とどう結びつくか検討はつかなかったが、捜査の手掛かりにはなりそうに思えた。

 田所刑事はスクラップ記事を何度も読み返しながら、幾つかの推理を試みた。
『もし田代が記事に出ている追突乗り逃げ事件の犯人だとした場合には、被害者の天川啓吉にしろ佐藤浩にしろ、田代を憎いと思うだろう。田代を捕まえたら警察べ突き出すなり、盗られた金を取り返すことを考えるだろう。何らかの方法で田代が犯人であるということを突き止め、田代と金を取り返す交渉をしていて話がもつれ、殺してしまったとしたらどうだろう。しかし,この場合殺してしまうほどの動機にはなりにくい。それでは田代が乗り逃げ事件の犯人を知っていて、犯人をゆすっていたとしたらどうだろうか。このときには、犯人は田代を殺そうと考えても不自然ではないな』

 田代光一の実家からの帰路、田所刑事は天川啓吉を訪ねて質問をした。
「天川さん。この写真の男に見覚えはありませんか」
「さあ、見たことがありませんなあ」天川は写真を何度も見てから言った。    

新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE



2005年10月15日(土) 縁日の金魚鉢 9

 9.
                         
 翌日、昨日と同じ時刻に山本太郎から直通電話がかかってきた。
「社長さん、一寸お金のいることが出来ましてね。10万円ほど貸して戴きたいのですが」
「一体、君は何者だ。縁もゆかりもない者に金を貸す程裕福ではないよ」
「御冗談を。私は山本太郎ですよ。もうお忘れになったのですか。盗られても惜しくないお金を沢山お持ちのくせに」
「一体何の話だ」
「京浜銀行からお帰りの途中、一寸車を拝借したでしょう。あの節はお土産を沢山戴きましてどうもありがとうございました」
「それでは、君は・・・」
「そうです。山本太郎です。どうです、10万円貸して戴けませんか」
「ゆする気か、変な真似をすると警察へ突き出すぞ」
「社長さん、それはないですよ。警察や税務署に知られるとお困りになる事情がおありになるのではないでしょうか」
 言葉使いがいやに丁寧なのが、早坂の神経をいらいらさせる。弱みを握られている人間は、ゆすりたかりには抵抗力がない。まして相手の正体がはっきりしない場合には極度の不安に陥る。早坂は山本太郎が警察や税務署に連絡すると困るだろうと言った言葉にこだわった。相手は盗られた金の秘密について何か知っている。どの程度まで知っているかが判らないだけに不安が嵩じた。
「よし、電話では話が面倒だから会社へ来てくれ。会って話がしたい」
「社長さん、お互いに警察と税務署は怖い身の上です。10万円を今日中に五菱銀行新宿支店の山本太郎名義の普通預金口座3679へ振り込んで置いて下さい」
「もし嫌だと言ったら」
「そのときは、社長さん。あなたの隠し財産が国庫に帰属することになるだけですよ。いいですか、今日中に振り込んでくださいよ」
 電話はそこで切れてしまった。                   

 早坂はふうーっと大きく溜め息をついてから電話番号案内にダイヤルして五菱銀行新宿支店の電話番号を聞いた。山本太郎名義の普通預金口座は五菱銀行新宿支店に開設されていた。送金したいから山本太郎の登録住所を確かめたいと言うと女子行員は何の疑問も持たず、大田区六郷○○番地と教えてくれた。
 受話器を置くと早坂は盗人に追い銭という諺を頭の中で弄びながら、指定された口座へ10万円を振り込むために銀行へでかけた。用心のために取引銀行を使うのはやめ、銀座へ出かけて最初目にとまった銀行で偽名を使って送金手続きをした。色眼鏡をかけマスクをして、変装することを忘れなかった。帰りにその足で大田区六郷○○番地へ行ってみたが、その番地に建物はなく貸し駐車場になっていた。

 早坂は三ケ月間に山本太郎から三回金を巻き上げられた。三回とも10万円であり、金の受け渡し方法も全く同じであった。山本は決して過大な要求はしなかった。10万円という手頃な金額はゆすりが際限なく続くことを暗示していた。
 三ヵ月の間、早坂は新聞記事を注意してみていたが、銀行帰りの車が追突事故に遭い乗り逃げされたという記事も、京浜銀行横浜支店で発生した事件の犯人が捕まったという報道もなされなかった。

 早坂は山本太郎に第一回目の金をゆすり盗られた当座は、何時税務署の調査や査察があるかとびくびくしていたが、電話も問い合わせもないようだし山本に小遣いさえやっておけば、そう心配することもなさそうだと思うようになった。
 山本太郎もいい金蔓を大切にしたいという気持ちがあるのか、早坂の予想に反して密告したり、第三、第四の追突乗り逃げ事件を引き起こしたりする気配はなかった。恐喝者と被害者の間に10万円の金銭の授受を通じて奇妙な信頼関係が成立した。信頼関係というより牽制関係と言った方がより適切であるかもしれない。

新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE



2005年10月14日(金) 縁日の金魚鉢 8−2

京浜銀行横浜支店のお客が早坂の追突事故のあと続けて二件、同じような手口で盗難にあったことが、新聞に大々的に報道されたとき、早坂はまずいことになったなと思ったものである。犯人が味をしめて第三(早坂の事件を入れれば第四の)事件を起こしてくれなければいいがと願っていた。警戒も厳重になるだろうし、もし犯人が捕まれば,取り調べの過程で早坂からも、300万円盗んだことを自白しないとも限らない。そうすると早坂も取り調べを受けることになるだろう。300万円も盗まれながら何故盗難届けを出さなかったか、当然追求されるだろう。追求されると金の出所まで遡って調べられるに違いない。あれだけ新聞を賑わせた事件だから、税務署の耳にも入ることになるだろう。税務署に脱税容疑で徹底的に調べられたら今日まで営々として蓄積してきた財産は根こそぎもっていかれるだろうし、会社が倒産の憂き目をみることになりかねない。

 早坂は被害者でありながら、犯人の行方不明と不逮捕を願うという奇妙な心理状態になっていたのである。
 早坂は直通電話の番号を教えてから、電話が鳴るのを待っていた。ところが電話は一向にかかってこない。当然すぐかかってくる筈の電話がかかってこないので不安になった。
『犯人は何故電話をかけてきたのだろう。車の持ち主が私だということがどうして判ったのだろうか・・・・・・・車の登録番号を調べれば、持ち主は判るな』 早坂は目を瞑って対策を考えながら自問自答を始めた。
『被害者のところへ電話をかけてきたりしたら危険ではないか。それを敢えてしてきたところをみると何か魂胆があるに違いない。相談したいことがあると言っていた。ゆするつもりかな。とすれば、あの金の性質を知っているのだろうか。いや、そんな筈はない。あの日、私が無記名の定期預金を解約したことを知っているのは、横山支店長だけだ。金を盗られたことは、横山支店長にも話していない。横山支店長が警察に取り調べられたとき、心配して知らせに来てくれたが、金はとられていないと念を押しておいた。彼だってサラリーマンだから、自分自身は可愛い筈だ。彼の口から秘密が洩れることはあるまい。新聞に似たような手口の事件が二つも派手に報道されたから私の車の盗難事件を聞いた者が嫌がらせの電話をかけてきたのだろうか。だが、嫌がらせの電話なら、直通電話の番号を教えろという筈がない。最初電話の応対をした木山みどりの盗聴を警戒しているのかもしれない。とすればゆすりかな』

 早坂はその日予定されていたロータリークラブの会合への出席を、頭痛を口実にして取りやめ、得体のしれない電話がかかってくるのを待つことにした。ロータリークラブへ断りの電話を入れるよう命じられた木山みどりが復命にきたのをつかまえて、
「木山君、さっきの山本太郎というのは保険会社の調査員だったよ。この前の事故の状況について詳しく知りたいことがあるから教えてくれということだ。用件を最初から言えばよいのに変な奴だよ。今度山本太郎から電話があったら廻してくれ」と言った。
「かしこまりました」木山みどりは素直に返事をした。その返事からは、山本太郎からの電話に好奇心を持っている様子は窺われなかった。
          

新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE




2005年10月13日(木) 縁日の金魚鉢 8−1

 8.
                         
「社長、山本太郎さんという方を御存じでしょうか」
 早坂がいつものように、事務所へ出勤してくると、総務課の木山みどりがお茶を盆にのせて社長室へ入ってきて聞いた。
「山本太郎ねえ。聞いたことのない名前だな」
「先程、お電話がございましたので」
「用件は」
「それが、社長に直接お話したいことがあるとおっしゃっただけで、用件をおっしゃらないのです」
「商品取引かゴルフの会員券の勧誘だろう。山本太郎という名前に心当たりはないよ」
「そうですか。それでは失礼します」
 木山みどりは丁寧に一礼すると社長室を出て行った。芳しい香水の香りが残された。木山みどりの均整のとれた後ろ姿を見送りながら、早坂はこの娘も最近とみに色気が出てきたな、恋人でもできたのではないかなとふと思った。            
 木山みどりは4年前、女子事務員募集の新聞広告を見て応募してきた。田舎の高校を卒業して、銀行へ半年程勤務したが、残業の多いのを嫌って転職してきたのである。なかなか気のきいたところがあり、どこか男好きのする顔だちが早坂の好みにあったので、総務課に配置し社長秘書も兼務させている。

 早坂は自分宛に掛かってくる電話は、社長室には直接回さないよう社員達に申しつけてある。電話回線は7本入っているが、電話交換手は置いていない。受話器についている押しボタンの操作によって通話する方式をとっている。早坂宛の電話は総務課の木山みどりに回される。木山みどりの電話応対は機転がきくし声に愛嬌があるので、客先の評判もよい。
 木山みどりは、山本太郎と名乗る男から社長宛に電話がかかってきたときその声質が彼女のボーイフレンドとあまりよく似ているので、最初ボーイフレンドが自分にかけてきたのかと思った。勤務先へはお互いに電話をかけない約束をしているので、相手の名前を確認すると山本太郎と名乗った。早坂に直接話したいことがあるという。用件を聞いても早坂に直接話さなければ判らないことだと言った。
 木山みどりが早坂の秘書として知っている早坂の交遊関係の中には山本太郎という名前はなかったので、早坂に確認してから取り次いだほうがよいと判断して社長不在ということにしておいた。

 最近不動産業者、商品取引業者、ゴルフ場の会員券取引業者が、門前払いを喰わされるのを警戒して、社名と用件を言わず自分の姓名だけを名乗ってあたかも社長と旧知の間柄のように装って電話してくるものが多い。木山みどりは,総務課へ配属されて間もない頃、早坂宛に個人名を名乗って馴れ馴れしい言葉でかかってきた電話を早坂の旧知の人と思い込み、社長へ取りついだところ、生命保険の勧誘員だったことが判り、小言を貰った苦い経験を今でも忘れていない。それ以来、得体の知れない相手からの電話は全て社長不在ということにして、相手の連絡先と用件を聞いて置くことにしている。 早坂の部屋には電話帳に登載されていない直通電話と木山みどりを介して廻されてくる電話と二つの受話器が置いてある。

 昼の打ち合わせ会議を終わって、溜まった書類に目を通しているとき、木山みどりがおそるおそる困惑した顔で社長室へ入ってきた。
「社長どうしましょうか。また山本太郎さんから電話がかかっていますが。何でもある事件のことで内密に直接社長と話したいと言っておられるのですが」早坂は面倒臭いと思ったが、ある事件のことでという言葉にひっかかった。
「そうか。出てみよう。廻してくれ」
 木山みどりは山本太郎のしつこい電話から解放されて、軽い足取りで社長室から出て行った。早坂は腰廻りの肉付きが良くなったな、きっと男ができたに違いないと又思った。
「もしもし、早坂社長さんですか」
「早坂ですが」
「やっと電話に出て戴けましたね」ハンカチでも口にあてて喋っているらしく、押し殺した声が耳に飛び込んできた。
「どのような御用件でしょうか」
「いかがですか。車の修理は終わりましたか。折入って御相談したいことがあるのですが」
「一体何のことでしょう」
「社長さん,おとぼけになっては困りますよ。何か大切な物を車の中に置き忘れたでしょう・・・・」
 早坂は一瞬絶句した。やはりあのことだと気がつくと、受話器を握る手に知らず知らず力が入って
「一体君は何者だ」声がうわずっているのに自分でも気がついた。
「どうです、社長さん。直通電話の番号を教えて下さい。また後でかけ直しますから。壁に耳ありですよ」山本太郎は勝ち誇ったような声を出した。相手の要求が判らないだけに不気味であった。直通電話の番号を教えろとか壁に耳ありとか言っているのは秘密は守ってやるということだろう。早坂は電話の相手はあの時の犯人かもしれないと考えた。
「ちょっと待ってくれ」

 早坂は受話器をそのままにして社長室の扉の窓から事務室を覗いてみた。木山みどりが一心に算盤を入れている姿が目に入った。他に受話器をとっている事務員が二人ほどいたが、現場と冗談のやりとりでもしているらしく笑い声をだしながら何か喋っている。早坂は盗聴されていないことを確かめてから、直通電話の番号を教えた。受話器の向こうに黒いサングラスをかけた若い男の姿を想像しながら受話器を置いた。気がつくと受話器が汗で濡れて黒く光っていた。


新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE




2005年10月12日(水) 縁日の金魚鉢 7

 7.
                         
 京浜銀行横浜支店の支店長横山文蔵は、横浜中署で乗り逃げ強奪事件を担当している桑山刑事や、取材にきた新聞記者達との応接で忙しい一週間を送った。最初の事件は8月25日午後1時頃発生した。
 京浜銀行横浜支店の取引先、天川商事の社長天川啓吉は現金70万円を引き出して駐車場に止めてあった自家用車に乗り込み,五分ほど走った所で、信号にひっかかった。ブレーキを踏んで停車しかけたところを後ろからきた車に追突された。
 天川が車から降りて追突した車の運転手と短いやりとりをしてから、車の破損状態を調べているうちに追突した車の運転手が天川の車に乗り込み逃走した。置き去りにされた車のエンジンキーは抜いてあり、その後の調べで埼玉県で盗まれた車であることが判った。天川は70万円を車の物入れに入れておいたので、車と現金を盗まれたのである。天川が目撃した犯人は黒眼鏡をかけており、長髪で鼻髭を蓄えた大柄の若い男であったという。
 第二の事件はそれから五日ほどのちに起きた。京浜銀行横浜支店から従業員の給料として230万円ほどの現金を引き出して帰社する途中の佐藤産業の社長佐藤浩が全く同様の手口の盗難に遭った。犯人はやはり黒眼鏡をかけた若い男で髭をきれいに剃っていた。
 横山文蔵は、第一の事件が起きた時、中署の桑山刑事の訪問を受け、色々取り調べられた。店の外で発生した事件なので表向きは大変困った振りを装っていたが、内心では大して気にもしていなかった。「盗られる方に油断があるからつけこまれるのだ」と心の中で嘯いていた。ところが、一週間のうちに二件も続いて同じような手口の事件が続くとそうもいかなくなった。自分の店が犯罪の舞台として利用されることは、客商売上非常に迷惑なことである。二件とも銀行の外で発生した盗難なので、銀行には直接の損害も責任もなかったが、新聞に報道されたために一躍有名になってしまった。

 警察署へも何回か足を運んだし、刑事の取り調べにもつきあわなければならず、新聞記者達への応対もあった。そのことの方が煩わしかった。とりわけ桑山刑事が、手口の似ていることからこの二つの事件よりも前に発生した早坂龍一の乗り逃げ事件の犯人も今回の事件の犯人と同一人ではないかと睨んで、鋭い質問を浴びせてきたときには閉口した。
「支店長、早坂工業の社長早坂龍一氏が4〜5日前に同じような手口で車を乗り逃げされています。早坂さんは、当日銀行から金は下ろさなかったのでしょうか。手口から考えると車だけ乗り逃げしたというのがどうもよく判らないのです。どうせ乗り捨てにするのですからね」
「当日、早坂社長は融資の打ち合わせに来行されただけで、お金は下ろしていません」横山は平然と答えたが肝を冷やした。
 早坂の匿名預金は何億の単位である。もし今回の事件がきっかけとなって匿名預金を徹底的に糾明されたら、隠し通せる自信がなかった。だが、警察としても被害者の早坂から現金盗難については被害届けがないのでそれ以上追求することが出来ないらしく、桑山刑事が質問を打ち切ったので胸をなでおろした。

 定期預金の中に無記名定期預金というのがある。預金者の住所氏名を伏せたまま銀行が定期預金を預かる制度である。この制度は戦後日本経済復興の過程で、家庭の箪笥に死蔵された現金を吸い上げ殖産興業に有効に利用しようという目的で設けられた制度である。預金者の秘密保持という機能があったので所期の目的を達成することができた。しかし、日本経済の復興が完了し、高度成長時代を迎えると預金者の秘密保持という副次的機能の方に重点が置かれた運用となり、資産家や成り金達の財産隠しのために専ら利用されるようになってしまった。そして脱税の金や犯罪の臭いのする金までが、無記名式定期預金として預けられている。預金を集めなければ商売にならない銀行は、お客にこの無記名式定期預金をするよう競って勧めた。銀行にとっては、札に色がついているわけではないから、この無記名式定期預金は預金量を増やすには都合のよい武器であった。

 横山文蔵は自ら勧めて早坂龍一に莫大な額にのぼる無記名式定期預金、偽名預金をさせていたので、相手がたとえ警察であっても自分の口から早坂の隠し財産の存在を匂わすような証言は信義上できないのである。ロッキード事件に関連して、右翼の大物児玉氏の裏金が司直の手による銀行調査から暴き出されたことが世間の耳目を集めた直後だけに、横山文蔵は桑山刑事の追求を恐れていたのである。桑山刑事の取り調べが終わってから密かに早坂に会った。

「早坂さん、車を乗り逃げされたとき、金は盗られなかったでしょうね。警察で調べに来ましたよ」
「そうですか。支店長、まさか変なことを喋らなかったでしょうね。私はあの日、お宅の銀行へ行きましたが、現金は下ろしませんでしたから金を盗まれる筈がありませんよ。そうでしょう、支店長」 早坂は言外に脅しの籠もった言い方をして横山文蔵の目を見据えた。

                      
 警察の推測では犯人はどこかで車を盗んできて、京浜銀行横浜支店の近くに駐車し、銀行から出てくるお客を監視している。目星をつけたお客が車に乗るのを見届けてからこれを尾行し、交差点の赤信号で停車しかけたところを追突する。追突事故で気を逸らせておいて、相手の車に乗り込み、現金を乗せたまま逃亡する。追突させた車の鍵は抜いておいて、追跡できないようにする。逃走してからは、近くの駅へ車を乗り捨て、金だけ持って行方をくらます。実に巧妙な手口である。二つの事件に共通していることは、

1)両人とも下ろした現金を銀行名の刷り込んである紙袋に入れて手に持って銀行から出てきたこと。(犯人から見れば、現金を持っているということが一目で判る)
2)現金の入った袋は車のポケットに入れるか助手席に置いていたことなどである。
 第一の事件が起きてから、京浜銀行横浜支店では、現金を下ろして帰るお客に対して、必ず現金は身につけて帰るよう注意を喚起し、帰路万一、追突事故に遭ったときには、エンジンキーを抜いてから車を降りるように呼びかけた。一方横浜中署でも第三の事件の発生を警戒して私服刑事を張り込ませた。こうした動きを察知したのか、第三の事件は発生しなかった。

新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE




2005年10月11日(火) 縁日の金魚鉢 6 

6

京浜銀行の横浜支店から300万円の現金を下ろしてきた早坂龍一は愛車のマーキュリーを運転して、産業道路の一つ手前の交差点に差しかかった。 早坂が交差点に入りかけたとき信号が変わった。いつもの早坂なら躊躇うことなくアクセルを踏み込んで通り抜けるのだが、今日は大事な現金を持っているという意識が彼の行動を慎重にさせた。アクセルを踏むべきかブレーキを踏むべきか一瞬躊躇した。ほんの僅かな時間迷った後、早坂はプレーキを踏み込んで急停車した。愛車のマーキュリーがタイヤの軋む音をたてながら静止しかけた時、後続の車に追突された。鈍い衝撃音がした。前につんのめるような衝撃をうけたが、幸い体は何処にもぶっつからなかった。衝撃の程度からして、車の後部はかなり損傷したにちがいない。

 車の接触事故が起きた時には、早く車から降りて相手の機先を制し、先に第一声を発した方が事後の交渉を有利に展開することが出来る。
 早坂は運転席から降りると大声で怒鳴った。
「気をつけろ」
 追突した車からも早坂の声に誘い出されたかのように、サングラスをかけた体格のいい若い男が降りてきた。顎には髭を蓄えている。
「どうも済みません。申し訳のないことをしました。お怪我はなかったでしょうか」体に似合わずサングラスの若い男は、頭をペコペコ下げながら謝った。
 早坂は相手から下手に出られると怒ってみるのも大人気ないと思ったので衝突部の被害の状況を調べることにした。被害者なのだから、相手に車を修理させなければなるまいと考えながら、衝突部を調べていると、突然早坂のマーキュリーが排気ガスを勢いよく吐き出して動きだした。
 追突してきた車の若いサングラスの男が何時の間にか早坂の車に乗り移っている。異変に気がついた時には、早坂のマーキュリーは現金300万円の入った紙袋を助手席に置いたままスピードを上げて走り去った。

 慌てた早坂は置き去りにされた加害者の車に乗って追跡しようとしたが、エンジンキーが抜いてある。追いかけようにも足がない。傍らを通る車は見知らぬ顔で通りすぎていく。都会の無関心であろうか、わざわざ車を止めて声をかけてくれる人もいない。
 警察に届けでれば交通事故を偽装した300万円強奪事件として緊急手配してくれるであろうし、盗まれた車はマーキュリーなので、人目につきやすい。自分の車だからナンバーも判っている。犯人は直ぐ捕まるであろう。だが盗まれた金の出所を警察に追求されると困る事情があった。
 早坂は暫く思案した。
「300万円といえば大金だ。警察というところは疑い深いところだから、確かに300万円車に置いてあったかどうか、第三者の証言か物的証拠を求めるであろう。そうすると,横山支店長に確かに300万円引き出したという証言をして貰わなければならなくなる。匿名預金の存在を警察に教えるようなものだ。新聞にも報道されるだろう。三百万円だけにとどまればいいがそれ以外のものまで調べられたら事が面倒になる。却って藪をつついて蛇を出す結果にならないとも限らない。300万円は諦めた方がよさそうだ。だが、車のほうはどうだろう。盗まれた車にはナンバーがついているから犯人はきっと車をどこかで乗り捨てるだろう。犯人の心理としていつまでも盗んだ車に乗っている筈がない。まして、300万円という大金を盗んだばかりだ。被害者から直ちに盗難届けが出されることは当然予想しているだろう。乗り捨てられた車は放っておいてもナンバーが登録してあるのだから自分のところへ戻ってくる筈だ。その時、車の盗難届けを出しておかなければ不審に思われるかもしれない。理由を調べられたら厄介だ。300万円とられたことは犯人と自分しか知らないことだ。自分さえ黙っていれば、犯人が捕まって自供しない限り、誰にも判らないことだ。恐らく追突して乗り捨てられた車も何処かから盗んできたものだろう」
 ここまで考えて早坂は結局追突事故に遭って、車を乗り逃げされたことだけを警察へ届け出た。300万円盗まれたことは自分の胸にだけ納めておくことにした。犯人の特徴は小柄で黒眼鏡をかけた中年の男と届けておいた。犯人が捕まらないで車だけ戻ってくればいいと思ったからである。犯人が捕まって早坂が300万円盗まれたことが明るみに出ては困るのである。
                                  
 早坂は小さな工事会社の社長である。鉄骨工事を得意とし、日本の高度成長期には面白いほど儲けた。早坂は要領のよい男である。人生とは演技であると信じている。悲しい振りをした方が得なときには内心で大笑いしながら悲しい振りをすることができる。楽しい振りをした方が得な時には、例え肉親が死んだ時であっても楽しくてたまらないといった表情、態度を装うことができる。それぐらいの演技ができなければ、このせち辛い世の中で成功する資格がないと信じている。うまく立ち回ることに人生の生き甲斐を感じているような男である。儲けた金を早坂は裏金として数億円も蓄えた。脱税の金である。材料の架空仕入れ、架空人件費の支払い、売り上げの過少計上等およそ企業の脱税に使われる手口は色々研究して巧妙に隠し財産を蓄えていった。
                                  
 今日盗難にあった300万円も表に出すことが出来ない金である。早坂が一番恐れているのは税務署である。ロッキード事件が発覚してから,そのとばっちりで隠し預金が見つかり、国税局の査察に入られ会社倒産の憂き目をみたという同業者の話も聞いている。早坂が今日出してきた金も京浜銀行の横浜支店に預けておいた無記名定期預金を満期解約したものである。この300万円を解約するについても、支店長と解約するか、更新するかでやりとりがあった。銀行はお客からコストの安い預金を集めて、資金需要のあるお客へ高い金利で融資し、金利差を稼ぐたとによって成り立っている事業である。一定期間払い戻ししなくて済む定期預金は安定した貸し出し資金として豊富に集めたがる。あの手この手で預金熱めに狂奔する。
「人事移動で支店長が交替したから名刺代わりに預金をお願いします」
「支店開設10周年記念キャンペーンには預金を宜しく」
「当行の合併5周年記念として預金にご協力下さい」というように事あるごとに預金を勧誘する。汚れた金であろうと清潔な金であろうと選ぶところはない。ただ預金を増やせば支店の成績が上がるのである。
                                  
 早坂も事業をやっていく上で銀行から融資を受けられないと採算の上がる利幅の大きい仕事の引き合いがあっても受注することが出来ない。
 早坂の経営する早坂建設工業株式会社は従業員70人程の小企業である。大手の建設会社の下請けをしているのだが、工事代の回収はサイトの長い手形であり、職人達に支払う人件費は現金払いである。このため、請け負い工事が完成するまでの間は立て替え払いが必要となり、工事代を回収してからも今度は受け取り手形を割引して貰わなければならない。常に銀行から融資を受けなければ会社を経営してゆけない。
 銀行から融資を受けるためには、必ず見返りに預金を要求される。一千万円の資金を調達しようとすれば、不動産担保をとられた上、最低300万円位の定期預金をしなければ資金の必要なときに直ぐ借りることができない。 早坂は表向きの資金の効率化をはかるために、裏金を取引銀行に匿名預金として預けている。小企業が銀行と対等に渡り合って金融引き締めの時期にも融資を受けることができるのは裏金預金のせいである。莫大な立て替え資金が必要となる請け負い工事を業としている小さな工事会社にとって裏金造りは必要悪である。
                                  
 早坂が車の盗難届けを出した翌日、警察から連絡があって、早坂のマーキュリーは川崎駅前に乗り捨ててあることが判明した。また早坂のマーキュリーに追突した車は、二日程前に東京都内で盗まれ、盗難届けの出ていた車であることも判明したが犯人は捕まらなかった。

 新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE


          



2005年10月10日(月) 縁日の金魚鉢 5

5.

キューピット化粧品会社から田代光一の使っていた訪問先リストを貰ってきた青山刑事は印のついているお客から一つずつ訪問して聞き込みをして歩いた。
 田代光一のお客は何れも中流以上の家庭の主婦が多かった。子供達が小学校の高学年か中学生になって、やっと煩わしい育児から解放された年代の主婦達であった。子供を学校へ送り出し、夫を勤めに出した後、手持ち無沙汰をもてあましている主婦が田代光一のお客には多かった。

 夫は会社では中間管理職として夜の帰りが遅く、日曜祭日には接待ゴルフで家にいないことが多く、子供達は子供達で学校から帰ると学習塾へでかけてしまう。心の中に何となく空白が出来、盛りを過ぎかけた女としての自分を毎日の生活に感じ始めた年配の主婦達は、言葉巧みな化粧品の売り込みに手もなく引っかかっていた。
「いや、奥様はまだお若いですよ。これからですよ」
「奥様は美人の上に、家庭を切り回していらっしゃる主婦としての貫祿と、母としての賢さが滲み出ていらっしゃる。そういう方にこそキューピット化粧品は向いているのです」という売り込みの文句に、最初は退屈凌ぎにからかい半分応対していたのだが、いつの間にか田代の固定客にされていたのである。
 聞き込みに廻った青山刑事に警察手帳を見せられて、何を勘違いしたのか「刑事さん主人にだけは内緒にしておいて下さいね。後生だからお願いします。田代さんとのことが主人にばれたら離婚されてしまいますもの」と哀願する主婦もあり、青山刑事の失笑う買った。

 田代光一は夫にも子供にも相手にされなくなり、毎日の生活に退屈しきっている主婦達の心の空白を巧みに衝いて情事の相手役をつとめながら、化粧品の売り込みを続けてきたことが浮かび上がってきた。
 田代光一のリストに二重丸のついしいるお客は五人ほどあったが、これは肉体関係を結ぶに至ったもので、青山刑事から田代が殺されたことを聞かされると、殺人の嫌疑をかけられることよりも浮気が夫に知られることの方を恐れ、密会の場所を素直に教えた。この種の女のアリバイ調査には青山刑事も神経を使った。田代光一殺しの犯人を探し出すのが目的であり、家庭騒動を巻き起こすのが目的ではないと自分の心に言い聞かせながら。

 一重丸のついていた者は十人ほどいたが、お茶に誘ったり,ボーリングに行ったりした程度の関係であった。アリバイ調査は気骨の折れる聞き込みであったが、顧客リストに名前の載っている主婦達には、田代光一が殺された日のアリバイは何れも成立した。また、田代光一を殺さなければならない程の動機を持つ者は見いだせなかった。

 田代光一の生前からの交遊関係からは、プレイボーイ振りが浮かびあがった。しかし、相手の女性も遊びと割り切っており、キューピット化粧品の社長が言っていたように、遊びをセールスにうまく利用している点は流石であった。特に痴情のもつれとか、三角関係などという問題が浮かび上がってこないので、この面から田代殺しの犯人を捜し出すことは困難ではないかと予想された。
    

 新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE



2005年10月09日(日) 縁日の金魚鉢 4

    4.
                            
 田所刑事が、五菱銀行新宿支店から持ち帰った資料が捜査会議に提出された。
「山本太郎という男の身元を割り出す必要があると考えましたので、五菱銀行から聞き出してきた住所地の太田区六郷○○へ行ってみました。この番地に建物はなく、五年程前から貸し駐車場として使われています。地主は近所に住む米屋なので、山本太郎という人物が近所に住んでいるかどうか尋ねてみましたが、聞いたことのない名前であると言うのです。念のために区役所で山本太郎を同所同番地で調べてみましたが、住民登録もされていません」 田所刑事は捜査会議で考えを纏めながら報告した。

「山本太郎が実在しない人物で偽名であるとすれば、死んだ田代光一と同人物である可能性も出てきます。五菱銀行新宿支店から入手してきか山本太郎の筆跡と田代光一の筆跡を鑑識で調べて貰いましたところ、田代光一と山本太郎は同一人物の可能性が極めて強いということです。そこで、田代光一が山本太郎という偽名をつかって預金口座を開設した理由が問題になってくると思います」
「つまり、表向きに出来ない金を預けるために偽名口座を開設したということですか」田所刑事の説明をうなづきながら聞いていた青山刑事が横から口をはさんだ。
「そうです。山本太郎名義で開設された預金口座は、田代光一が人目をはばかる黒い金を出し入れするために開設したものと考えられます。しかも、預金は振込であり、払い出しはキャッシュカードが利用されています。自動支払機から現金の払い出しをすれば、伝票に筆跡も残らないし、銀行の窓口で係員に顔を見せる必要がありません。五菱銀行新宿支店で調べたところによりますと、9月15日の振込は東邦銀行銀座支店より、サカモトタカシ名義で行われていました。10月1日の振込は千代田銀行神田支店よりフジカワケンイチ名義で、11月5日のは邦国銀行川崎支店よりナカガワツトム名義でそれぞれ振り込まれていることが判明しました。なお、何れも現金で振り込まれています。これから先は私の推測になりますが、サカモトタカシ、フジカワケンイチ、ナカガワツトムも偽名ではないかという気がします。振込地銀行へ行って調べればサカモトタカシ、フジカワケンイチ、ナカガワツトムの漢字名と住所は判りますから、実在の人物か架空の人物かはすぐ判ると思います。もし、これら3人の人物が実在していれば、山本太郎こと田代光一との関係を問いただすことにより、今回の事件のある程度の輪郭がはっきりするだろうと思います」

 田所刑事の報告は捜査会議の出席者に事件解決への明るい希望を持たせるものであった。
「山本太郎名義の普通預金口座開設後、少なくとも6回金の出し入れがあったのに山本太郎は何故か通帳に記載して貰っていない。金の預け入れは他行よりの振込み、引き出しは自動支払機からとくれば、何か犯罪に利用されているという臭いがするね。しかも、死んだ田代光一は商品取引で大穴をあけているから、田所刑事のいうように田代光一と山本太郎が同一人物とすればフジカワケンイチ、サカモトタカシ、ナカガワツトム達を恐喝していたのかもしれない。先ず振込み人の身元を洗ってみよう」           
 議長は一つの捜査方針を打ち出して捜査会議を終えた。

 直ちに、東都銀行銀座支店、千代田銀行神田支店、邦国銀行川崎支店へ係員が派遣されサカモトタカシ、フジカワケンイチ、ナカガワツトムについて聞き込みが開始された。サカモトタカシは坂元高志で住所は横浜市中区寿町○○、フジカワケンイチは富士川健一で住所は東京都山谷△△△、ナカガワツトムは仲河 勉で住所は東京都千代田区丸の内×××ということが判明した。各銀行に聞き込みに廻った捜査員は振込依頼書のコピーを入手して表示されている住所地へ裏付け調査に出向いた。

 表示されている住所地はいずれも実在したが、該当する番地には坂元高志富士川健一、仲河 勉のうち誰も住んでいなかった。
 坂元高志の住所地は横浜市の簡易宿泊街で、表示されている番地には公衆便所が建っていた。
 富士川健一の住所地も東京の簡易宿泊所が多数存在する地域で、山谷△△△番地には大衆食堂「誠食堂」が労務者相手の店を出していた。
仲河 勉の千代田区丸の内×××番地は日本の代表的なオフィス街であり、示された番地には30階建ての高層ビルが建っており、昼間は1万人近くの人々が出入りするが、夜間は警備会社のガードマンが数人駐在するだけというところである。
 一方入手した振込依頼書を筆跡鑑定したところ、書体は変えてあるが、坂元高志、富士川健一、仲河 勉の筆跡には極めて高い類似性が証明された。つまり3人は同一人である可能性の強いことが示唆された。
 山本太郎の筆跡は坂元高志、富士川健一、仲河 勉の何れとも類似性はなく、別人であろうと推定された。
 捜査本部では、五菱銀行新宿支店に開設された山本太郎名義の口座を介して、坂元高志、富士川健一、仲河 勉という三つの偽名を持つ謎の人物Xと死亡した山本太郎こと田代光一の間に金銭の授受があったものと推定した。 ここにきて田代光一の死亡事件は他殺の疑いが濃くなり、殺人事件として本格的に捜査することになった。
 坂元高志、富士川健一、仲河 勉という三つの名前を持つ謎の人物はミスターXと呼ばれることになり、ミスターXを捜し出すことに重点が置かれたが、捜査は最初から困難が予想された。ミスターXに関する資料があまりにも乏しかったからである。
 坂元高志、富士川健一、仲河 勉がそれぞれ、9月12日、10月1日、11月5日に立ち寄った東都銀行銀座支店、千代田銀行神田支店、邦国銀行川崎支店で当日振込依頼を受け付けた窓口の女子行員にどんな人相風体の人物であったかと尋ねたが、誰も記憶していなかった。
                                  
 新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE


  



2005年10月08日(土) 縁日の金魚鉢 3

 3.
                         
 五菱銀行新宿支店を調べに行った田所刑事は預金係長に面会を求めた。
 応接室に暫く待たされた後、眼鏡をかけ頭髪を七三に分けたいかにも銀行マンらしい身だしなみのよい中年の男が愛想笑いをしながら入ってきた。
「どうも大変お待たせしました。どんな御用でしょうか」田所刑事がポケットから出して見せた警察手帳を覗き込みながら言った。
「ある事件に関係のある山本太郎という人物の身元を調べています。この普通預金通帳の名義人山本太郎さんについてお聞きしたいのですが」
「ちょっと拝見。この人は最近新しく口座を開かれたようですね」預金係長は渡された通帳をめくりながら答えた。
「住所は判りませんか」
「ちょっとお待ち下さい。資料を調べてきますから」
 預金係長が調べてくれた資料は次ぎのようなものであった。
 住所は、東京都大田区六郷○○で普通預金口座以外には取引がないこと。預金残高は千円であること。キャッシュカードを発行しており、通帳はオープンになっていること。電話番号の届け出はないこと。
「何ですか、そのオープンというのは」
「最近銀行では、お客様へのサービスと事務の合理化をはかるために、コンピューターを駆使したオンラインシステムを採用しています。つまり、五菱銀行の本支店であれば、どの支店からでもお金の預け入れ、払い戻しができるようになっているのです。オープンというのは通帳のここの所へお届け印が押されてありますね。このお届け印を使えばどこの支店からでも預金を払い戻すことができるのです」
「すると、新宿支店で口座を開いて預金した人が鹿児島支店からでも払い戻しできるということですね」
「そうです」
「となると、銀行ではこの届け印を使えば本人以外の人が引き出しに来ても払い戻しするわけですね」
「そうです。ですから私共では、お客様には万一盗難にあったときの用心に通帳とお届け印は別々に御保管戴くように呼びかけております」
「山本太郎さんから印鑑・通帳の盗難届けは出ていないでしょうか」
「目下のところ届け出はありません」
「残高は千円ということですが、お金の出し入れはありませんか」
「台帳の写しを持ってきましたが、最初千円の入金があって、その後10万円の振込が三回あります。払い戻しも10万円宛三回行われています」
                          
  日   付  お支払額  お預かり額  残高  
                          
 52. 9.10  D           1,000    1,000
 52. 9.12 FUR          100,000  1001,000
 52. 9.15  CD    100,000          1,000
 52.10. 1 FUR          100,000  1001,000
 52.10. 3  CD    100,000          1,000
 52.11. 5 FUR          100,000  1001,000
 52.11. 7  CD    100,000          1,000
                          
「日付の欄に書かれているD,FUR,CDという記号は何ですか」
「D というのは現金で預け入れしたという意味です。FUR は振込入金です。CDはキャッシュディスペンサーつまりキャッシュカードを利用して自動支払機からお客様が御預金を払い戻されたという意味です」
「なるほど、すると山本太郎なる人物は、自動支払機から三回とも金を引き出したから銀行員とは窓口で接触しなくても済むということになりますね」「その通りです」
「最初に千円預け入れしたときはどうですか」
「新規に口座を開設される場合には、色々手続きがありますので、窓口で必ず応対することになります」
「最初契約したときの書類には本人の筆跡は残されているでしょうね」
「ええ、住所氏名とお届け印を登録して戴きますので、自筆の筆跡は原簿を見れば判ります」
「それでは、本人の筆跡をコピーして下さい。それから9月12日,10月1日、11月5日の3回の振込は何処の銀行から誰が振り込んだか判りませんか」
「一寸時間がかかりますが、調べればわかります。ただ私どもではお客様の大切な財産をお預かりしておりますので、お客様に御迷惑がかかるようなことになりますと困ります。私の立場上も・・・・・・」
「勿論あなたに迷惑のかかるようなことはしませんよ。この事件には殺人が絡んでいるので協力して戴けませんか」
田所刑事の強い口調に意を決したらしく預金係長は困惑した顔をしながら女子行員に伝票を調べるように命じた。
「キャッシュカードと言うのは誰にでも簡単に使えますか」日頃銀行とはあまり縁のない田所刑事は幼稚な質問だなと思いながら聞いてみた。
「扱い方自体は極めて簡単ですから誰にでもつかえます。当店にも玄関を入った所に置いてありますから、後でご覧になって下さい」
「もしキャッシュカードを盗まれたらどうなりますか」
「盗難に気がついたら、すぐお届け戴くようにお願いしております。お届けがありますと直ちにそのカードが使えなくなるようにコンピューターに指令を出します」 
「キャッシュカードの盗難に気がつかなかった場合には」
「キャッシュカードには暗証というものがありまして、通常4桁の数字が使わています。この暗証はご本人しか知らないので、他人にはカードは使えません。それにキャッシュカードは3回間違った操作をすると以後はそのカードは使えなくなるように設計されています」
「暗証を知られてしまった時は」
「残念ながらその時はお手上げです」
「暗証が4桁の数字だと覚えておくのが大変でしょうね。本人が忘れてしまったときはどうなります」
「その時はカードは使えません。しかし忘れないように、御自分の生年月日とか御自宅の電話番号をお使いになればこのことは防げます」
「山本太郎のキャッシュカードの暗証を教えて貰えませんか」
「刑事さんそれだけは勘弁して下さい。捜査令状でもお持ちなら止むを得ませんが法的な根拠なしにそこまでお教えすると私が首になってしまいます」 田所刑事は強制捜査ではないので、それ以上の無理強いはできなかった。


新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE




2005年10月07日(金) 縁日の金魚鉢 2

  2.
                          
 田代光一の死体を解剖した結果、死因はシアン化カリウムによる中毒死であることが判った。死亡推定時刻は、12月7日午前5時から午後8時までの間と推定された。捜査会議では自殺説と他殺説が検討された。自殺説の根拠は次ぎの通りである。

1)死体の発見された部屋には、外部から人の出入りできる箇所はバルコニー側の硝子戸と廊下側の玄関入り口の2ヵ所しかないが、全部内側から鍵がかけてあったこと。
2)合鍵は3個あり、そのうちの2個が死体と同じ室内で発見され、残りの一個は管理人室の金庫の中に厳重に保管されていたこと。
3)合鍵は複製不可能な電子キーであること。
4)部屋の中は荒されておらず、何も盗まれたものはなさそうであること。
5)室内に残された指紋には田代光一以外のものが発見さなかったこと。
 自殺説はかなり説得力を持っていたが、遺書が残されていないという事実は致命的であった。

 これに対して他殺説は次ぎの通りであった。
1)遺書が残されていないこと。
2)青酸カリの服毒自殺であれば、青酸カリの入っていた容器か包み紙が死体の周辺にある筈なのに、それがないことは犯人が証拠を隠すために犯行後、持ち去ったと考えられること。つまり、犯人は被害者が毒物を口中に入れ、死亡するのを確認してから現場を立ち去ったと考えられること。
3)部屋の鍵の構造はホテルの鍵と同じような仕掛けになっているので、合鍵がなくても外部から施錠できること。つまり、部屋の中に居る人は合鍵がなくても、戸を開けることが出来る。そして外へ出て戸を閉めれば、自動的に施錠できる構造になっている。従って最初部屋の中に居た犯人が、犯行後、室内から戸を開け外へ出て戸を閉めたと考えてもよいし、何らかの方法で合鍵を手に入れた犯人が、外部から合鍵を使って室内へ侵入し、犯行後合鍵を被害者のポケットに入れて部屋の内から戸を開けて脱出し、戸を閉めれば自動的に施錠できること。

 捜査は12月7日の事件当日、215号室へ出入りした者があるかどうかの聞き込みから始められた。同時に田代光一に恨みを持つ者或いは、利害関係を特別に持つ者がいないかどうかが調べられた。

 花園マンションは各階に五戸づつあり、全部で20戸あるが、居住者同志で顔を見知っている者は少なく、隣に住んでいながら没交渉の者が殆どであった。都心のアパートで地理的に便利なところにあるせいか、バーのホステスや、ハイミスのOLとか子供のいない共稼ぎの夫婦者或いは田代のような中年の男が住み着いている。住人達はどこか人生に拗ねているところの窺える人達が多かった。お互いに干渉されるのも嫌いだが、干渉するのも御免だという相互無関心の住人達ばかりであった。

 捜査官の懸命の聞き込みにもかかわらず、事件当日の215号室の人の出入りについては、目撃者も見つからず、何の情報も得られなかった。

 花園マンションの住人達の中には、田代光一に対して特別な利害関係や特別な感情を抱く者は見だせなかった。
 田代光一の勤務先、キューピット化粧品株式会社を訪問した捜査官は社長に面会した。
「田代光一さんが変死されたことについて何か思い当たることはないでしょうか」
「何も心当たりがありません。私達も田代があんな死にかたをしたので、驚いているのです」
「勤め振りはどうでしたか」
「うちのセールスマンとしては成績の良い方でしょう。販売実績は常にトップクラスにランキングされていました」
「化粧品のセールスと言えば、女子の方が向いているのではないでしょうかね」
「刑事さん、必ずしもそうではないのですよ。化粧品というのは、女性の美しくなりたいという欲望にアピールするものが好まれるものです。ところが化粧品は、種類も豊富だし、品質もどの銘柄をとってみてもそう変わりがありません。数ある化粧品がある中で、当社の扱っている化粧品を売り込むためには、セールスポイントというものが必要になります。当社のセールスポイントは、男子販売員に商品を扱わせて、女性には出来ないサービスをさせるのです」
「もっと具体的に説明してください」
「あっ、これは、変な意味ではありません。つまり、女が化粧するのは、異性を意識するからです。女が女に褒められても喜びませんが、女が男に褒められると喜ぶでしょう。その心理を逆手にとったわけです。顔だちのいいハンサムな男性のセールスマンを使って歯の浮くようなお世辞を言わせて、売り込もうというわけです」
「すると田代光一はお世辞がうまかったというわけですか」
「何しろ実績を挙げていましたからね。訪問先のお客さんには人気がありましたよ」
「訪問先のご婦人と痴情のもつれを起こして恨みを買うというようなことは考えられませんか」
「仕事がら、ご婦人と恋愛感情に陥るようなことはあったかもしれません。でもそれをうまく処理するのが、上手なセールスマンというものですよ。セールスマンというのは商品を売り込む前に、セールスマン自身のキャラクターを売り込まなければなりませんから、相手に好かれるように振る舞っていたと思いますね。そのことが恨みを買うことにはならないと思いますがね」「生活振りはどうでしたか」
「割に派手な方でしたよ。株や商品取引にも手を出して、そちらの方の副収入がかなりあったようですね。でも、最近、商品取引で大損したとこぼしていました。穴埋めするのに給料の前借りを申し出ていましたよ」
「どれぐらいの穴をあけたのでしょうか」
「何でも200万円くらいらしいですよ」
「勤め人が200万円もの借金を残すと大変ですね」
「大変ですよ。私も信用取引だけは大怪我をするから止めるように、何回か注意していたんですが。何しろ、実績を挙げているセールスマンでしたから私生活にはなるべく干渉しないようにしていました」
 社長は事件にかかわりあいになるのを避けるような言い方をした。
「田代光一の訪問回数の多かったお客の名前は判りませんか」
 社長は事務員に命じて田代のキャビネットから顧客リストを持ってこさせた。田代の使っていた顧客リストには所々,二重丸や一重丸がつけられていた。捜査官は顧客リストのコピーを貰い,印のついているお客から順番に一件ずつ当たってみることにした。

新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE





2005年10月06日(木) 縁日の金魚鉢 1

      縁日の金魚鉢             
                                      
 1.
                         
 年の瀬も迫った12月8日午前8時、花園マンションの215号室で中年男の変死体が発見された。
 通報を受けた渋谷中央署では直ちに係員を現場へ急行させた。
 花園マンションは、国鉄渋谷駅から徒歩で10分程のところにあり、鉄筋コンクリート造りの四階建ての建物である。マンションという名がついているが、賃貸しの高級アパートといったほうが分かりやすい。215号室で変死体を発見したのは花園マンションの管理人である。

 その日、畳屋が畳の表替えをするため、見積もりにやってきた。各部屋を見て廻った後、留守の部屋も見たいから管理人に立ち会って欲しいということになり、管理人が予備鍵を使って戸を開け、215号室の住人が死んでいるのを発見したのである。
 現場へ急行した捜査官は状況を次ぎのように観察した。

1)215号室は6畳の和室と8畳の洋間と6畳程の台所から成っており、洋式のバスとトイレがついている。
2)死体は8畳のソファの上にうつ伏せに倒れており、明らかに毒物による中毒の様相を呈している。
3)死体の周囲にも衣服のポケットの中にも毒物の残りは発見されなかった。部屋の中の屑籠、押し入れのどこにも毒物を入れた容器らしきものも、包み紙も発見されなかった。
4)人が出入りできる箇所は、
廊下側の玄関とベランダ側の硝子戸の二箇所しかないが、どちらも内側から鍵が掛かっていた。
5)上着のポケットとズボンのポケットに部屋の出入口の鍵が一つずつ入っていた。
6)部屋のどこにも遺書は残されていなかった。
7)部屋の中が荒された様子もなく、上着の内ポケットには5万3千円余入っている革の財布が残っていた。財布の中には五菱銀行新宿支店発行のキャッシュカードが入っていた。
8)机の引き出しからは、五菱銀行新宿支店の普通預金通帳が発見された。9月10日付けで口座を新規に開設したらしく、千円の預け入れ記帳がしてあった。通帳の名義人は山本太郎である。

「この部屋の借り主の名前は何という人ですか」
 捜査官は死体を発見してまだ興奮のさめやらぬ管理人に尋ねた。
「田代光一さんです」
「田代光一に間違いありませんか」
「間違いありませんとも。賃貸借契約書にはちゃんと田代光一と署名してあります」
 管理人は捜査官の質問にむきになって答えた。
「山本太郎という別名を使ってはいなかったでしょうか」
「さあ、そこまでは判りません」
「家族はいませんか」
「独身です。もっとも2年程前に奥さんと死別されたようですが」
「田代さんは何時からこのアパートへ住んでいましたか」
「丁度1年程になります」と管理人は契約書の綴りを指に唾をつけてめくりながら答えた。
「どんな仕事をしていましたか」
「なんでも化粧品のセールスをやっているということでした。ここだけの話ですがね、奥さんがいなくて不自由でしょうと言った時、化粧品のセールスをやっていると、女には不自由しませんよと冗談のように言っておられました」と声をひそめながら管理人が言った。               
「すると女出入りも相当あったでしょうね」
「ところがこのアパートへ女の人が訪ねてくるのを見たことがありません。どこかでうまくやっていたのでしょうね」               
 詮索好きな顔で管理人が答えた。
「部屋の合鍵は幾つあるのですか」
「合鍵は全部で3個あります。そのうち2個は借家人に貸してあります。残りの一つは管理人室の金庫の中に保管してあります」
「合鍵を鍵屋に頼んで作って貰うことはできますね」
「それが駄目なんですよ、刑事さん。電子キーといいましてね、磁石の原理を応用したものなんですが、300万通り以上の組み合わせがあって、合鍵の複製はできません。」
「すると215号室の室内に鍵が二つあったのだから、管理人室の鍵を使わなければ、部屋の中へ入れないということになりますね」
「そうです」
「それでは、215号室の鍵は何時使いましたか」
「田代さんが死んでいるのを発見したときです」
「その他には」
「それ以外には使った覚えがありません」
「管理人室の鍵があなたに内緒で持ち出されたことはありませんか」
「それはありえません。何故なら、金庫の開け方は私と家内しか知りませんから、他の者が 持ち出しようがありません。自殺じゃぁないでしょうか」 捜査官は管理人に田代を殺さなければならない動機も特に見当たらないので、質問を打ち切った。
 渋谷中央署では自殺、他殺の両面から捜査を進めることになった。

新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE


                                   



2005年10月05日(水) 無縁仏の来歴22(完結編)

「あなたも承知の上での処置であればなにも会社を辞めることはなかったのではありませんか」
「その後の会社の処置が許せなかったのです。いきなり閑職への配置換えはないでしょう。まだ容疑者に過ぎず司法的な判断はなにも出されていない段階でですよ。会社は今回の責任は私一人にありとしてトカゲの尻尾切りをしたのです」

「臭いな。どうも犯罪の臭いがしますね。ガス検知が充分でなかったのに充分であると錯覚して作業許可の指示を出したとあなたが証言するように仕組まれた犯罪ではないかという臭いがします」
「なんですって。桑山さん、それでは仕組んだのは誰ですか」と沢山が聞いた。
「酸素欠乏による労災事故を仕組んだのは東都プラントで、身元のはっきりしない日雇い労働者を犠牲にすることで自社の商圏を拡大したと推理するとこの事件は説明がしやすくなるのではないでしょうか」
と桑山が新聞記者としての六勘を披露した。

「これは当時の記録を再チェックしてみる必要がありますね」
と沢村が目を輝かせながら言った。
「どうです。沢村さん、東都プラントがなにか仕組んだと思い当たるようなことが何かありませんか」
と桑山は探偵になった気持ちで推理を始めた。
「東都プラントに縄張りを荒されて口惜しいと思ってはいますが、わざと仕組んだと思われるようなことは何もありません」
「東都プラントの策士は誰ですか」
「そうですね。営業の河村でしょうか」
「山本さん、あなたが関東石油で事故のあった工事を担当した当時、あなたに恨みを持っている人はいませんでしたか」
と桑山は聞いた。
「私の性格からして人から恨みを買うようなことはなかったと思います」
「それでは対抗意識を抱いているような同僚とか友人はいませんでしたか」              「そうですね。強いて言えば製造課の栗原君がライバルであったと言えるかもしれませんね」
「ところで河村さん、事故当時の現場付近であなたが何か不審に思うようなことはありませんでしたか」
と桑山が尋ねた。
「もう3年も前の出来事ですから記憶も薄れていますが、現場近くに窒素ボンベの空瓶が一本だけ酸素ボンベに混じって置いてあったのが場違いだなという印象をうけました。そのことが頭にこびりついています」
「あなたが場違いだと感じたのは何故ですか」
「工事現場には酸素ボンベとアセチレンガスのボンベが対になって台車に積まれているのをよく見かけますが、窒素ボンベと酸素ボンベを一緒に置いておくことはないからです。しかも窒素ボンベには空瓶のラベルが貼ってありました」
と沢村が答えると桑山が聞いた。
「窒素ガスの比重は空気よりも軽い筈ですね。密室の中で窒素ガスを放出すれば窒素は天井の方へ溜まりますね」
「その通りです」
「それでは桑山さん。あなたはあの事故はガス検知完了後のベッセルに窒素が密かに放出されたということを疑っておられるのですか」
と山本が口をはさんだ。
「そうです。窒素ガスの溜まっている所へ人間が入れば酸素欠乏のため忽ち呼吸困難になって死んでしまいます。窒素ガスには毒性はありませんが人を殺すことができるのです。今一つ判らないのは、誰がどのようにしてベッセルのなかに窒素ガスを放出したかということです」
「桑山さん、あなたの推理に乗っかって私の推理を言わせて貰いますと、ベッセルの中に窒素ガスをわざと放出したのは製造課の栗原さんでしょう。そしてこのシナリオを書いたのは東都プラントの河村でしょう。栗原さんは山本さんとテニス部の女王岡元美代子嬢をめぐってライバルであったから、山本さんの担当現場で労災事故が発生することは栗原さんにとっては願ってもないことであった。一方東都プラントでは関東石油の横浜精油所に常駐業者として入りたいと狙っていたが、我が報国工業が居直っているので中々入ることができない。若し報国工業の担当エリヤで労災事故が発生すれば報国工業に代わって東都プラントが入り込む口実ができる。しかも、東都プラントの河村氏と関東石油の栗原さんとの親密な交際は事故発生のちょっと前から始まっている。どうでしょうか」
と沢村が自分の推理を披露した。
「なるほど、あの事故がそのようにして企らまれたものであるとすれば、東都プラントや栗原君の行動の意味がよく理解できますね。多分工場長や製造部長はそこまでは知らなかったでしょうね」
と山本が言った。
「はい、私も工場長や製造部長、総務部長は知らなかったと思います。彼らは御身大切だけのサラリーマンですよ」
と沢村も同意した。
「ガス検知後のベッセルにどうやって窒素ガスをいれたのかが、謎として残りますね」
と桑山が頭を振りながら言った。三人ともこの謎をどう解くかがこの事件を告訴できるか否かの鍵になるという点では意見が一致した。
                                                 角寿司へ集まった山本、桑山は両親に抱かれて4年振りに我が家へ帰ってきた門川 久の遺骨に万感の思いを込めて焼香した。人生の無常、不思議な出会い、判っていながら悪を懲らしめることのできない苛立ちを象徴するかのように香煙が揺らいでいた。(了)                         

新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE



2005年10月04日(火) 無縁仏の来歴21

「これはこれは、山本さん。お久し振りです。すっかり御無沙汰してしまいまして。如何ですか、ご商売の方は順調にいっていますか・・・はい、お蔭様で私の方も貧乏暇なしであいかわらず、ばたばたしております」
 如才ない受け答えを沢村はした。
「ところで沢村さん。例の松山一朗の遺骨の引き取り手は判りましたかね」              「あいにく、まだ判らないのですよ。労働基準監督署からは労災保険の遺族給付金の受け取り手がないため、お金が宙に浮いて困っているという苦情の電話を貰ったばかりですよ。私の方も早く遺族に引き取って貰わないと成仏できないのではないかと気をもんでいるんですよ。警察の方へも時々問い合わせているのですが、さっぱり手掛かりがないようです」

「そうですか、遺骨の身元を特定する遺品のようなものは何も残されていないのですか」
「何しろ名前が偽名でしょう。本名が全然判らないのです。それに生前の写真が一枚も残っていないので、手掛かりが何一つ無いんですよ」
「遺品の中にも本名は残されていないのですか」
「手掛かりらしいものと言えば、警察で領置している神戸銀行製の手帳だけです。その手帳にはカレンダーに○印が四箇所ばかりつけてあって、ページの何枚かには達筆で流行歌の歌詞が書きつけてあるそうです。山本さん、また何で急に思い出したように、そんなことを聞かれるのですか。何か手掛かりでもありましたか」
「いや、私の知り合いの人で、失踪している人がいるのでね。ひょっとするとと思っただけのことなんですよ。それでそのカレンダーの○印は何処へついているんですか」
「ちょっと待って下さい。日記を調べてみますから。一度電話を切ります」              
 山本にはある予測があった。身元を隠して死んだ人がもしカレンダーに○印をつけるとすればそれは家族の生年月日とか、電話番号ではないかと思ったのである 
 やがて沢村から電話が入った。
「山本さんどうもお待たせしました。やっと見つけ出しましたよ。1月7日、5月26日、7月3日、7月22日の所に○印がついているようですね。何の意味があるのでしょうか」
 山本はメモに書き取ったカレンダーの日付を得意先台帳の門川家のところで並べてみた。それは見事に一致するではないか。
 門川作造 大正6年1月17日生                   門川久枝 大正9年7月22日生                   門川 久 昭和20年1月17日生                  門川佳子 昭和22年7月3日生
「沢村さん、もしかすると遺骨の身元は私の知っている人かもしれない」
「何ですって。それは誰なんです。一体」
 びっくりしたような声が受話器の奥から問いかけてくる。                     
「名前は門川 久。私が今の商売で得意先を獲得するため最近出入りを始めた角寿司という寿司屋があるんですがね、そこの長男が謎の失踪をしてから2〜3年経っているんです。今聞いた手帳のカレンダーの日付が角寿司の家族の誕生日と一致するんですよ。門川作造、この人は門川 久の父で大正6年1月17日生まれ、母の門川久枝が大正9年7月22日生まれ、門川 久この人が長男で現在行方不明なんですがね、生年月日は昭和20年1月17日、妹の門川佳子は昭和22年7月3日に生まれています」
 山本は自分の口から出る言葉が興奮のため、うわずっているのに気がついた。
「なるほど。それは大発見だ。でも山本さん、偶然の一致ということもありますよ」
「そうです。私も今それを考えていたところなんです。だが、それを確かめてみる方法があります」
「どんな方法ですか」
「沢村さん、確か今、手帳に流行歌の歌詞が書き残されていると言われましたね。その手帳は警察に領置されているんでしょう」
「そうか、判りました。門川 久の筆跡と手帳の筆跡とを比較してみればよいのですね」
「そうです。門川 久の筆跡の残された手紙かメモでも遺族から預かって明日にでもそちらへ行くことにします」
「判りました。警察へは私のほうから連絡しておきましょう」
 沢村も興奮した声を残して電話を切った。

 山本はこの発見を桑山に教えるかどうか迷った。みたところ桑山は佳子に相当熱をあげている。桑山は山本にとっては佳子を巡ってライバルの立場にいる。遺骨が門川 久のものであった場合の得失を山本は考えてみた。

 桑山は長男で新聞記者である。もし門川 久が死亡していたことになると門川佳子は角寿司を相続することになるであろう。その時には配偶者としては寿司屋を継いでくれる夫を望む筈である。佳子に寿司屋を継ぐ気持ちがなくても少なくとも両親は寿司屋を継がせたいと考えるのが常識である。となると新聞記者という職業を持つ桑山には佳子と結婚できる可能性は小さくなる。一方山本の場合にはサラリーマンに嫌気がさしてお絞り屋を始めたという履歴がある。しかも次男だから両親の老後をみなければならないという制約もない。更に佳子が酸素欠乏で死線を彷徨ったのを助けたという実績があり、父の作造も最近しきりに謎をかけてきている。山本自身としては脱サラして仕事が軌道にのりかけているところだし、チャンスさえあれば仕事の範囲を拡大していきたいという気持ちは充分ある。佳子を妻にし角寿司という暖簾を手に入れることが出来ればこんな都合のよいことはない。
 山本は桑山に会ってみることにした。                              
 山本が日本新聞社に電話すると桑山は丁度出先から帰ってきたところであった。この前話題になった関東石油の例の身元不明の遺骨のことについて手掛かりが得られたので調査方法について相談したいと言うと、桑山は新聞記者特有の好奇心を剥き出しにして是非話を聞きたい。今急ぎの原稿を書いているから二時間後に日本新聞社近くの喫茶店へ来てくれと言った。

 山本は桑山と会うまでの時間を角寿司で過ごすことにした。門川 久の筆跡の残された書き物を手に入れておきたかった。
「山本さん。佳子が大変お世話になったので山本さんに何かお礼をしたいと考えていたのですが、どうでしょう、うちのビジネスホテルで使うお絞りを山本さんのところから納めるようにして貰えませんか」
 作造は山本の顔をみるなり言った。
「それはどうもありがとうございます。ところで門川さん、こちらの御長男の久さんの手紙がありましたらちょっと見せて戴けませんか」
 山本の唐突な申し出に作造は面食らった。              「何でまた」
「久さんの手掛かりがつかめるかもしれないのです」
「ほんとですか、久は今どこにいるんです」
「はっきりしたことはまだ言えないのですが、久さんの持ち物ではないかと思われる手帳がみつかったんですよ」
「どこでてすか」
「横浜の警察です」
「警察で。まさか久が悪いことをして捕まったんではないでしょうね。うちにはまだ何の連絡もきていませんが」
「いや久さんの行方が判ったわけではないんです。門川 久と名前の書いてある手帳を拾った人がいましてね」
「どこで拾ったんですか」

「横浜です。お恥ずかしい話ですがね、この前私が横浜へ行ったとき、スピード違反をして鶴見警察で取り調べを受けたんです。その時財布の入った鞄を拾ったと言って届けてきた人がいるんです。その鞄の中に手帳が入っていましてね。手帳に門川 久という名前が記入してあるんです。住所が書いてないんで誰が落としたか判らないんですよ。警察でも困っていました。たまたま私の隣でそんなやりとりがありましたので、もしかしたらこちらの久さんの物ではないかと思ったわけです。住所が入っていなかったので私も何とも言えなかったのですが、こちらへ帰ってきてから筆跡鑑定して貰えばと思いついたんですよ。もし筆跡が一致すれば、久さんは横浜にいんることになる。そして落とし物に気がついて届けでるかもしれない。そんな風に考えましてね、そのことをお知らせにきたんですよ」

 山本は苦しい嘘をついた。まだあの遺骨が門川 久のものであるという確証は掴んでいない。確証をつかむための資料を入手するための嘘である。
 久が失踪してから日数も経っているので作造にしてみれば、既に諦めているではあろうが、確証をつかまないうちはまだ希望を残しておいてやったほうがよい。山本の思いやりであった。
「そうですか。横浜へ行かれたのですか」
「ええ、ちょっと親戚に不幸がありましてね」
 また嘘をついた。

「門川 久なんて名前は平凡ですから同姓同名は沢山あるでしょう。でも親というものは馬鹿な者でしてね、どこかに元気で生きているだろうと思っているんですよ。山本さんがわざわざ心配して知らせて下さったその気持ちが嬉しいんですよ」
 作造は久枝を呼んで門川 久の手紙を探させた。山本は横浜の警察へ付いて行きたいという久枝を宥めすかして門川 久から久枝宛に出された3年前の消印のある葉書を受け取ると桑山に指定された喫茶店へ急いだ。

 民芸品の調度で設えられた喫茶店はウエイトレスも絣の和服を着ており、落ちついた雰囲気を漂わせていた。山本がコーヒーを注文し終えたところへ桑山が入ってきた。
 山本は手短に手帳のカレンダーの日付と門川一家の家族の誕生日が一致する事実と久枝から預かってきた久からの葉書を桑山に見せた。
 山本の話を聞いていた桑山は葉書を食い入るように見つめてから言った。              
「なるほど、山本さん。私もきっとその遺骨は門川 久のものだと思いますね。この葉書を鶴見警察へ持ち込んで、筆跡鑑定をして見なければ、断定は出来ないが、まず間違いないでしょうね。それにしても門川 久が何故人足にまで身を落としてそんな所で事故死したのかが判りませんね」
「これから鶴見警察署へ行ってこようと思っています。何かそのあたりの事情がわかるかもしれないと思うのですが」
「私が今の話を聞いて変だなと思ったのは、事故死だという前提で全てが運んでいますが、犯罪の匂いは全然なかったのかということです。山本さん、その点はどうなんですか」

「犯罪?」
 山本は虚を突かれる思いであった。今まで考えてみさえもしなかった発想である。
「そうです。第三者として話を聞いていると犠牲者の身元が未だ判明しないということは巧みに仕組まれた犯罪であったのではないかという素朴な疑問が湧いてくるのですが」
「私は今まで、犯罪という疑問は持ったことがありませんでした」
「私は遺体の引き取り手のない葬式の取材をしたとき、極東石油の総務課長が顔の筋肉をひくひくさせながら取材を中止させようとしていた姿を覚えていますよ。あのときは広報担当者として会社の不名誉になることだから、極力取材を拒否しようとする行為だとあまり気にもしないで受け止めていましたが、今考えてみると不自然な気がするんですよ」
 桑山は山本の顔を覗き込むようにしてじっと目を見据えた。
「そう言われると会社の幹部の対応も事故の責任を下へ下へと押しつけようとする態度に終始していたのが思い出されますね。私はサラリーマン特有の保身の術だと理解していましたが、掘り下げてみれば何かが出てくるかもしれませんね」

「犯罪には必ず動機がなければならないのですが,若し門川 久の死亡事故が殺人事件であったとして、彼の死亡によって得をする者は誰かということです。会社の取引で得をするも者がいるのかどうかということが一つの着眼点でしょうね。あの事故は定修工事中の事故ですから、工事発注に関係した損得を考えてみると判りやすいかもしれませんね。どうです、山本さん何か思い当たることはありませんか」
「あの事故の後私は直接の担当者として鶴見警察で取り調べを受けましたが警察では単なる労災事故という観点から業務上の過失責任を明らかにするという捜査をしていたようです。殺人事件という疑いは全然持っていなかったのではないかと思いますよ」

「まあ、それはともかくとして、松山一朗という身元不明であった仏が門川 久なのかどうかということだけでもはっきりさせる為には鶴見へ行かなければならないでしょう。私も一緒にいきますよ。ところでこの事実は角寿司の両親や佳子さんには知らせてあるのですか」
「ただ手掛かりがつかめるかもしれないとしか言ってありません」
「その方がよいでしょう。それにしても門川 久が変死していたと知ったら両親は嘆くでしょうね。ひょっとしたら行方が判るかもしれないという儚い希望をもっていただけにその落差は大きいですね」
 桑山は職人気質の門川作造がどのような嘆き方をするのだろうかまた佳子はどんな顔をするだろうかと、その時の場面を想像しながら言った。
「それを思うと切なくって。今から気が重いですよ」
 山本は佳子の悲嘆にくれる姿を思い浮かべながら言った。                                          報国工業の沢村からの早く状況して欲しいとの要請を受けて、山本と桑山は日程の調整をし鶴見警察で待ち合わせることにした。山本は新幹線で行くことにしたが、桑山は四国での別の取材を済ませてから高松空港から飛行機で駆けつけることにした。
 鶴見警察で落ち合った山本、桑山、沢村は長谷部刑事に門川 久が母の久枝宛に出した葉書を手渡した。警察に領置されている松山一朗の手帳の筆跡と照合し松山一朗と門川 久が同一人物であるか否かを筆跡鑑定して欲しいと依頼したのである。

 筆跡鑑定の結果は予想通り同一人物の筆跡であることが判明した。
 この結果を前にして三人三様の受け取り方をした。

 山本はこれで門川佳子と結婚できると考えた。山本は神の操る運命の糸を感じざるを得なかった。自分が会社を辞めざるを得なくなった直接の原因である労災事故の被害者が身元不明のまま3年過ぎていたのに、たまたま知り合った門川佳子の行方不明の兄と同一人物であったとは。

 桑山は筆跡鑑定の結果は間違いであって欲しいと願った。門川佳子の行方不明の兄がほんとに死んだのなら、彼女と結婚できる可能性は殆どゼロになる。客観的な資料は、そのことを雄弁に物語っている。これは犯罪に違いない。門川 久は殺されたのだ。殺した犯人を探しださなければならない。ひょっとすると山本が犯人であるかもしれない。恋仇に対する敵意は異常な形をとってエスカレートするものである。

 沢村は長い間、無縁仏であった門川 久がやっと身内のもとへ引き取られることになってよかったと素直に喜んだ。そして山本が新しく開拓した分野で成功していることを聞いて嬉しく思った。

「沢村さん、事件後定修工事の発注関係に何か変化はなかったでしょうか」と桑山が聞いた。
「あのことがあってから、特命受注ではなくなり東都プラントと競争見積りをやらされていつも苦戦していますよ」
と沢村が答えた。
「東都プラントの河村さんは元気ですか」と山本が懐かしそうに沢村に聞いた。
「非常に羽振りが良くなって肩で風を切って歩いていますよ」
「東都プラントは何時から関東石油の常駐業者になったのですか」
「確かあの労災事故が起きてからです」
と沢村が答えた。
「沢村さん、その事に報国工業として東都プラントの謀略を感じませんでしたか」
「私どもとしては他人の不幸を食い物にしやがってと口惜しい思いをしましたが、死亡事故を起こしたあとでもあるし、お客さまの指示ですから止むを得ない処置であるとして甘受しました」
と沢村が答えた。
「山本さんが会社をお辞めになったのは何故ですか」                        と桑山が何か思いついたように言った。
「会社のエゴイズムと上司達の責任転嫁が許せなかったからですよ。私も若かったのですね」
「どんな責任を転嫁されたのですか」
と桑山が促した。
「定期修理工事の工程を安全重視の観点から余裕のあるものに組み直すという私の提案を生産計画優先の理由のもとに検討もせずに却下したことです」              
「そのことは警察や労働基準監督署の取り調べの時にはっきりおっしゃいましたか」
「言っていません」
「何故ですか」
「私だって関東石油の管理者のはしくれです。会社が営業停止処分を受けることになるかもしれないから、そのことだけは喋らないでくれと工場幹部から頼まれれば喋るわけにはいかないでしょう」

「それからほかにはどんな責任を転嫁されたのですか」
「作業着手前にガス検知を充分行って基準に照らし安全圏内だったから作業着手オーケーの作業指示を出したのに死亡事故が発生しました。つまり私がガス検知が充分でなかったのに、錯覚してガス検知はオーケーであると判断した所に過失があったとして責任をとらされたことです」
「あなたは作業着手前のガス検知は充分であったと思っていたのでしょう」「そうです」

「それなら何故ガス検知が不十分なのに充分であると錯覚して作業指示を出したなどと自分に不利になるような証言をしたのですか」
「私が罪を被れば四方丸く納まると考えたからです」
「ガス検知結果の数値はあなたご自身の目で確認されましたか」
「勿論確認しました」
「確かに安全圏内の数値でしたか」
「そうです」
「取り調べの時にもガス検知の数値は確認されましたか」
「係官が確認しました」
「問題にはなりませんでしたか」
「安全圏をかなり上回っている数値だと言われました」
「反論しなかったのですか」
「取り調べの始まる直前の打ち合わせで測定結果の数値を安全圏すれすれのところへ改ざんすることになっていましたから反論することはできませんでした。私が責任を被るにはそれが一番よい方法だったのです」
「結論はどうでした」
「私と私の直属上司が書類送検されただけでこの事件は収まりました」


新映像配信システム資料請求(無料)はこちら

1,000万円も夢ではないBIZ-ONE

毎日が給料日!毎日の振込が楽しみのDiscovery-net

小遣い稼ぎの虎の巻きBIZ-ONE




2005年10月03日(月) 無縁仏の来歴20

 山本は桑山という新聞記者の訪問を受けた。角寿司で佳子に人工呼吸を施して人命を救助したことについてそのときの状況を説明して欲しいというのである。

 山本は死亡事件に至らなかったのだからできることなら記事にはして貰いたくなかった。
「あの場合部屋の状況を判断して酸素欠乏だということが判りましたので、何の躊躇いもなく口移しの人工呼吸をしていました。とにかく一刻も早く酸素を供給してあげなければという考えしかありませんでした。幸い佳子さんも元気を回復し大事に至らなかったのは何よりです。新聞に出さないで貰いたいのですが」
「よく咄嗟に人工呼吸が必要だということが判りましたね」
「過去に苦い経験があったからです」
「新聞に書かれると何か都合の悪いことでもあるのですか」
「別にそういうわけでもありませんが、今度のことが売名行為のように受け取られるのが困るんですよ。それにプライバシーに関することでもありますから」
「あなたの気持ちは尊重しましょう。この程度の事件ではニュースバリューがないので記事にしても没になるだけでしょう。私が小耳にはさんだところではあなたは、前にも酸素欠乏の人を助けようとして人工呼吸が間に合わなくて助けることができなかったという経験をお持ちだそうですね。よかったらそのことを話して戴けませんか」
「どうしてそんなことを聞きたいんですか。あのことは私にとっては触れて貰いたくない厭な思い出なんです。そのために転職まですることになったのですからね」
「ほうそのために転職。今のお仕事の前にはどちらかへお勤めだったのですか」

 桑山はいつの間にか新聞記者の本性を表していることに気づいていない。「関東石油の工務課にいたんですよ」
「関東石油ですか。一流会社じゃあないですか」
「定修工事中に酸素欠乏で一人の作業員が死にましてね。気の毒にその作業員は今でも未だ身元が判らないで、遺族の手には渡っていないでしょう」 

 桑山の頭の中を光のようなものが通り抜けた。

「何ですって。それではあの引き取り手のない遺体の葬式。その時の工事責任者があなたでしたか。あの事件ならよく知っていますよ。私が取材に行ったんですから」
「えっ。それではあの時の記事を書いたのはあなたですか」
 今度は山本が驚く番だった。                                  
 人間というものは過去に共通の体験を持っていると何故か親近感を持つものである。桑山と山本の関係が丁度それであった。二人の話題はいつの間にか松山一朗の身の上に移っていった。           
 桑山は山本の話を聞きながら、これはもう一度現地へ行ってフォローアップしてみると何か面白い記事が書けるのではないかと思った。
「ところで、山本さん。佳子さんの唇の感触はどうでしたか」
 桑山は山本を試してみるつもりで軽く聞いた。
「何てことを言うんだ。生きるか死ぬかの境目にいる人間を前にしてそんな気持ちが起きると思うかい。不謹慎な言い方はやめてもらいたい」                  
 山本が本気で怒ったのを知って桑山はこれは相当手強い相手が出現したと思った。

 この事件があってから桑山は佳子との結婚のことを真剣に考えるようになった。競争相手が出現すると火に油を注ぐように恋心というものは火勢を強めるものである。

 一方山本も佳子の酸素欠乏事件があって以来、角寿司へお絞りを納品するようになっていた。一日に一回は当然のこととして顔が出せるようになっていたのである。山本は角寿司へのお絞りの集配は自ら行うことにした。佳子に会うチャンスを自分だけの手に留保しておきたかったからである。それに事件以来父親の作造がすっかり山本を気に入ったらしく、密かに佳子の婿養子にと考えている様子が言葉の端々に窺えるのである。生まれは何処だとか何人兄弟だとか、好きな人がいるかとかそういう身元調査的な話題を好んで取り上げるのである。

 山本は作造との付き合いの中で作造の長男で佳子の兄にあたる人が失踪し行方不明になっていることを知った。この話を聞かされた時、山本はふと今常泉寺で眠っているあの身元不明の遺骨は久のものではないかと考えてみたりした。山本は思いついて報国工業の沢村に電話してみた。



2005年10月02日(日) 無縁仏の来歴19

 
 山本は角寿司へ顔を出した。お客として寿司をつまみながら板前相手に世間話をしていた。山本の得意先カードに記入する情報を集めるために角寿司の家族のことについて当たり障りのない話題から誘導していた。
「誰か来て頂戴。佳子の様子がおかしいのよ」
 二階の方から突然ただならぬ女の声がした。
「お嬢さんが」
 山本の相手をしていた板前が二階へ急いで上がって行った。それと入れ代わりに角寿司の女主人が動転しながら階段を下りてきた。
「早く救急車を呼んで頂戴」
「どうされたんですか」
「佳子がガス中毒で死にそうだわ。早くお医者を」
 板前が慌てて電話に飛びついた。
「ちょっと失礼」
 山本が二階へ上がって行って見ると佳子と呼ばれた若い娘が書き散らした習字の半紙の上に俯くような姿勢で横たわっている。部屋の隅には火の消えたガスストーブが置いてある。先に上がってきた板前が開けたらしく窓は開放されているがなす術もなく、お嬢さんお嬢さんと叫びながら体を揺すっている。山本は状況を見て酸素欠乏だと思った。
 板前に手伝わせて佳子を仰向けに横たえると板前に脈をとるように指示していきなり、口移しの人口呼吸を始めた。
「まだ脈がある。早く医者を」
 板前が喜びのこもった声で叫んだ。
 山本は人工呼吸を施しながら松山一朗の事故死のことを思い出していた。 あのときは、人工呼吸が遅れたために助かる命を助けることが出来なかった。そのために自分は会社を飛び出すことになってしまった。今また同じような状態で妙齢の女性が死線を彷徨っている。何としても助けなければならない。まだ脈は残っているのだから人工呼吸を丹念に続ければきっと助けられる。山本は額に汗を流しながら人工呼吸を続けた。佳子の胸の隆起が両手の掌に奇妙な感触を与えた。
 やがて近所の医者が駆けつけカンフル注射を打ち終えたところへ救急車がやってきた。
「もう大丈夫です。人工呼吸が適切に行われたので、危ないところでしたが命はとりとめました。やがて意識も回復することでしょう。病院まで私がついて行きます」
 医者はそう言い残すと慌ただしく救急車に乗り込んだ。
 騒ぎを聞いて駆けつけた桑山が病室の枕元に立つと佳子はばつの悪そうな顔をしたが、表情には喜色が溢れている。
「ヨッちゃん、大変だったそうじゃあないか。それでも命か助かってよかったね。ヨッちゃんにもしものことがあったら、僕の人生に張りがなくなる」
桑山は佳子の顔を覗き込みながら形のよい唇をじっと眺めた。佳子の命を助けたという男の痕跡を捜し出そうとする目つきであった。
「御免なさい。ご心配かけちゃって。でももうすっかり良くなったのよ。明日は退院してもよいそうよ」
「山本という人は病院へきたのかい、どんな人か僕も会ってみたいね」
「脱サラの貸しおむつ屋さんよ。でも命の恩人ね。貸しお絞りをうちのお店へ入れたくて、最近時々来るのよ。でも変な人。商売の話は全然しないで世間話ばかり」
「ヨッちゃんに口移しの人工呼吸をしたんだって。憎い野郎だ」
「あら、だってあの場合仕方がないわよ。もし山本さんがあの時お店へ来ていらっしゃらなければ、今頃私はあの世へ行っていたかもしれないわ」
「でも口移しの人工呼吸なんてよく思いついたものだね」
「前に人工呼吸をしていれば助けられた人を知識がなかったばかりに手遅れで死なせてしまった苦い経験があるんですって」
「なるほど、それにしても何故、酸素欠乏なんかになってしまったんだい」「展覧会へ出す作品を書いていたのよ。寒いものだから部屋を締め切ってガスストーブを焚いていました。そのために部屋の酸素が不足したらしいの。何だか頭が痛いなあと思っているうちにすっーと気が遠くなってきて、気がついたときにはこのベッドの上に寝かされていたわ」
「危ないところだったね」
「そうよ。母が来てくれなかったら、そのまま死んでいたでしょうね」
「お母さんと山本という男は命の恩人というわけだ」
「あの時たまたま山本さんがお店に遊びにきていらっしゃらなかったら、病院へ運ばれる途中で駄目になっていたかもしれませんわね」
 桑山は山本に対して妬ましさを覚えた。佳子の気持ちが山本に動きかけている。偶然のできごとであり、あの場合それがもっとも適切な処置であったとはいえ、佳子の唇を無断で奪った山本に対して佳子は感謝している。強力なライバルが出現した。まだ会ったことのない山本に対して桑山は敵意を感じた。桑山は山本に会ってどんな男か確かめてみようと思った。
 この場合都合のよいことに、新聞記者という職業は桑山の意図をカムフラージュしてくれる。酸素欠乏事故の取材にかこつけることができる。
 桑山は体内に闘志が漲ってくるのを感じながら病院を後にした。


 < 過去  INDEX  未来 >


前潟都窪 [MAIL]

My追加