何でも帳。


同じ星を一緒に観る事が出来たのなら



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2002年04月18日(木) お年賀話・タイトル未定/後編。



  「……春の、風みたい………そろそろ、僕も始めないとね……」


心地よさそうに瞳を閉じて、流れて来る風に包まれて。微かに呟いて。

凛とした寒さ、厳しさの中でティアラはゆっくりと両手を広げて水平にして。
右手の甲は下に、地に向けて。
左手の甲は上に、天に向けて。
しゃらん…と手首に幾重にも着けている華奢なブレスレットが軽やかな音を立てる。
しゃらん、しゃらん、しゃらん。
手を振りかざす度に、その音は寒い夜空に響いて。

いつになく真剣な表情でそれをしているティアラの表情や動作から目を逸らせずにいて、ふと気付いたのは…ティアラのピアスが普段着けている物と違うという事。
普段はサファイアブルーのピアスばかり着けているのに、今、着けているのは雫型のクリスタル。
俺は輝石の事は分野外で、無色透明、だからクリスタルだろう…という位の認識だけど。
いつもと違う服装。いつもと違う装飾品。
……ティアラは何をしようとしている?

しゃらんっ!
今迄で一番大きい音がして、僅かに俯いていた顔を上げてティアラの方を見ると…前の戦いで時折見た時の…厳かな、表情。
いつの間にか横に上げていた手は前に来ていて…右手の甲は地に。
  「…今年この世界から消えていった命に、安らかな眠りを」
そう口にしてから、右手は下げる。そして左手の甲は天に向けて。
  「…そして今年一年に生まれた命に祝福を」
そして左手も下げて、口の中で唱えるまじない言葉。
こうして側にいても聞き取れない位の声。
そもそも、異国の言葉なのかも知れないけれど。
歌うような、語る様な…優しくも切ない響き。瞳を閉じているから、表情は判らないけれども。
ただ…両手を唇の前で重ね合わせて、そっと口付けた時の表情に目を奪われていた。
ほんの少しだけ瞳を開けた表情。
神秘的でもあり、蠱惑的でもあり…それでいて清楚な印象、もあって。
思わず、息を飲んだ。

そして鳴り響く、年明けの鐘の音。

今迄、止まっていた風がゆうるりと流れ始めて、ティアラは大きく息を吐く。
  「……良かった…ちゃんと、覚えていた……」
足の力が抜けたらしいティアラの体を慌てて支えると、いつもと変わらないティアラの紅茶色した大きな瞳が笑いかけてきて。不意に抱きついてくる体。
  「あけましておめでと、フリック」
  「あ…あぁ、新年になったんだな…おめでとう」
呆然としている俺にくすくすと笑いながらもしがみついてくる体を抱きとめて。
  「ありがとフリック……えっとね、今の…真なる紋章持ち、の年越しの儀だったの。
   全員が全員、義務付けられている訳じゃないみたいなんだけど…とりあえずルックは毎年
   しているみたい。先刻の暖かい風…ルックが儀をした時の風だったから…」
  「………お疲れさん」
そう言って、笑いかけて頭を撫ぜる。
ティアラの説明を聞いて、今しがたまでしていた事の意味が判ったから。
『生と死を司る紋章』を預かり持つ身としての儀だったのだろう。それを本人の口から告げさせるのは酷な様な気がして。
ティアラは甘えるみたいに俺の胸に顔を埋めて、微かな声で呟くみたいに。
  「……送り行くものと迎えるものと。
   僕はちゃんと道を示す事が出来たのだと思う?」
  「…あぁ、大丈夫だ。この地で迷っていた連中もちゃんと上に行ったと思うぞ?」
そう言って、空を指差して仰ぐと満天の星空。
どこかの土地では、死者の魂は天へ上るという。
そして新たに生まれ来る魂は……
  「―――― あっ!フリックっ!あそこ!!流れ星!!」
新たに生まれ来る魂は、天から降ってくる、と……
幼い頃に村に立ち寄った旅人が子供達にしてくれた昔話が、現実になるなんて思っていなかったのだけれど。
ティアラは上気した頬で、瞬きさえも堪えて小さく尾を引いて流れて行く星を見つめている。
流れ星はほんの数瞬だけのものだけれど…でも、旅人が話してくれた事が事実だと。
  「……お願い事、しそびれちまったな…」
頭を撫ぜてやりながら、そう言うとティアラはふんわりと微笑んで身体を預けてくる。
  「…お願い事、ならもう充分叶っているからいいの。
   ありがとう、フリック……今年も側にいさせてね?」
髪に、額に、頬に、そっと落とすキス。
言葉で全てを伝えられないというのなら、せめて行動で少しでも伝えたくて。
  「あぁ…ティアが嫌だ、って言ったって離さないさ……」
ティアラは、くすぐったそうに顔を綻ばせて微笑む。
  「……えっと、ね…フリックと離れていた3年間…はずっと一人でしていたんだよね。
   勿論、一人でもちゃんと出来るんだけど…誰か、が側にいて儀をするのは初めてで。
   …誰でもいい訳じゃなくて、フリックに側にいて欲しかったから…だから」
纏まりに欠ける言葉をそこで一度区切って、見上げられて瞳が逢う。
紅茶色した、大きな、瞳。
長い睫毛が見て取れる程の距離。
手を伸ばせばこの手に入る、儚くも綺麗な微笑み。
  「……だから、ありがとう。フリック。大好き、だからね……」
そして、そっと触れるだけのキス。

  「…っ!……テ…ティ ア?……」
あまりに不意打ち過ぎて、対処に困りつつも、顔が赤くなってしまうのを止められなくて。
オレのそんな動揺とか困惑とかお構い無しにティアラは、俺の腕の中からするり。と抜け出して。
  「寒いのに、付き合ってくれたお礼!!」
そう言うだけ言って、城に向かって駆けていく。
  「早くーっ!部屋に戻ったら、とっときの紅茶、淹れるからーっ!!」
唇に指を当てて、先刻触れた感触を思い返して…どうやら今年はいい年になりそうだな、と思った。一年の始まりを大切な愛している人と一緒に迎えられて、その上、キスまでもらったのだから。
これで大晦日に良い事が何も無かった…という事になっていたら、神様なんていないものと思って空に唾を吐き捨ててやる。
そんな事を思うくらい、幸せな不意打ちだったから。

  「リクエスト、してもいいのか?
   紅茶だったら、前飲んだロシアンティー、飲みたいんだけど……」
ジャムとウォッカを舐めながら、飲む熱い紅茶は、冷えた身体には最適だろうから。
暖まったら、朝の新年の儀まで二人でゆっくり寝ていたらいい。
まだ時は激しく流れてはいないから。

今年一年が、俺にとって、ティアラにとって…周りの皆にとって、幸多い年であるように。


…そんな事を願って、先に歩いているティアラを抱きしめた。






あはははは…もう笑って誤魔化すしかない季節外れなお年賀・後編です(汗)もう北海道でも春ですよ〜っ!!(大汗)
……すみませんでしたっ!m(__)m

これからファイルを作ってアップしますが、先行お届けでこちらにアップしました。
10分足らずのタイムラグ、なのですが、ここまでお越し下さった方へのささやかなプレゼント…だったり。

はっ!タイトル考えなくっちゃっっ!!

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