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2005年03月18日(金)  あの日の海 (3)
しばらくすると、ゆるく右に曲がる変則的な交差点が見えてくる。
そこを曲がると、見覚えのある並木道。

懐かしい。
変わってないなぁ。
口々にそう言う二人。
「しばらく来てないの?」
そうだなぁ、営業地区も変わったから、
この辺あんまり来なくなったな。と、タクミ。
「あれ?でもあの店、こんなところにあったっけ?」
あー、できたらしい、っていうのは聞いてたけどね、
ほんとにできてるね。

街の様子もほんの少し変わったし、
通りを歩く学生達もなんとなく垢抜けて今どきな感じ。
そこに流れた10年の時間を感じながら、
並木道をのんびりとマチコの車が通り抜けていく。

その時、マチコが声を上げた。
あ、あのとんかつ屋さん、まだあるみたいだ。
お昼にしようか?
「そうだね。朝ごはん軽くしか食べてないし...
ちょっと早いけどそうしようか?」
相変わらずの狭い駐車場に車を停め、店の暖簾をくぐる。
あぁ、ここは変わってないな。
揚げ油のニオイと、元気のいいアルバイトの声。
壁に貼られたサークルのポスター。
汚れた畳、手書きのメニュー。

名物カツ丼、3つね。
当然のようにタクミが注文する。
「よく食べたよねー、みんなで来てさ。」
マチコがセルフサービスの水をくんで持ってくる。
アレ、量が多いから、女の子は食べきれない子が多かったけど、
お前らいっつも残さず食べてたよなぁ。
だっておいしかったし、ねぇ。
「うん。それに残すともったいないじゃん」
しばらくすると、カツ丼が運ばれてくる。
この地方独特のタレに潜らせたカツが乗せられた「名物」
学生が多いせいか、カツはゴハンの下にももう1段隠されていて、
ボリュームたっぷりなのだ。しかも安い。

いただきまーす!
3人声を揃えて食べ始める。
「...おいしい!」
柔らかいとはいえないけれど、甘辛いタレのよくしみこんだカツとご飯を交互に食べながら、10年前から変わらない味を楽しむ。
久しぶりに食べたけど、やっぱりうまいな、コレ。
タクミがつぶやく。

食べながら、前に並んだ二人をしげしげと見つめる。
ふたりにも、10年の月日が流れているはずなのに、
なんでこんなに変わらないんだろう。
わたしは?変わった?


二人の目には...タクミの目には、わたしはどう映っているんだろう。
2005年03月17日(木)  あの日の海 (2)
久しぶりに、3人でのドライブ。

昔はよくこうやっていろんなところに出かけたっけ。
わたしはいつもの3割り増しくらいで心からの笑顔を作りながら
もう10年ほど前になってしまった学生時代に思いを馳せた。

「アサミは今どうしてるの?」
あー、アサミね。年上の彼と同棲中。
そろそろ入籍するらしいよー。

意外だった。一番奥手だったアサミが同棲?
「じゃあ、ヤスは?」
いい父親やってるよ。この間出産祝い持って家まで行ってきたんだ。
アイツがあんなに親バカになるなんてな。

親バカ...ヤスが?
結婚したのは知ってたけど、子供?
遊びまくってたアイツが...ねぇ。

そうそう、カヨとマサノリ、結婚したじゃん?
今、カヨ、おめでたで。
マサノリ大喜びでさー、ヤツも親バカになるよ。きっと。


年に1度の年賀状のやり取りだけになってしまった仲間たち。
やっぱり確実に時間は流れているみたいだ。
こうやって少しずつ知らないことが増えていく。
ユウコは?ダンナと仲良くやってるの?
不意に自分の近況を聞かれる。
「うん、まぁね。
仕事が忙しくてちょいすれ違ってるけど。
...なんかこう言うと芸能人みたいだね。
『すれ違い』だって」
そう言って笑ってみる。

実際、お互い仕事に忙しく、二人揃って夕食をとったことが
ここ最近はなかったような気がする。
普通なら、休みが取れたら溝を埋めようとするのかもしれない。
でも、夫は快く送り出してくれた。
どうして?
不安が胸に押し寄せてくる。
けれど、あの人の休みは今は日曜日だけのはずだし、

...ユウコ?どしたん?
「なんでもない。
ところで、どこに連れて行ってくれるの?」

とりあえず、大学の方、行ってみようと思ってるんだけど。
「今日はいつ頃まで大丈夫なの?」
うーん。夜そんなに遅くならないなら大丈夫。
「タクミは?」
俺も大丈夫。わかってるくせに。
「そうだね。」



そう、わかっているけど、ふたりの近況はまだ聞けないでいた。
2005年03月16日(水)  あの日の海 (1)
都会にはほんとの海がない。

主人に聞いてみたけど、
あー、ここからだと電車に乗ってだいたい30分くらいかかるかな?
親切に教えてくれたけど、
「ねぇ、そこって砂浜は?」
ないよ。埋め立ててできた港だから。
砂浜だったら...1時間以上かかるのかな。

だから都会って嫌い。

青い海が見たい。
そう思い始めてもう1年近く経っていた。





「久しぶりー」
わたしはそう言ってマチコの運転する車に乗り込んだ。
後部座席にはタクミも座っていた。
こうやって集まるのは何年ぶりなんだろう。
学生の頃は7人ほどいた仲間たちも、
こんな風に声をかけて全員一度に集まることは少なくなった。
わたしも遠くに嫁いで、「なかなか集まれない人」のうちの1人になっていた。
こうやって来れたのは、ようやく休みが取れたから。
たまには、実家に帰ってハネ伸ばしておいで。
そう言って夫が送り出してくれた。

優しい人。

普通だったら、普段仕事に忙しい妻が休みを取れても簡単に1人で旅行なんて許してもらえないのかもしれない。行き先は「実家」であっても。
でも、わたしは実家がある街ではなく、学生時代に暮らした街へ来ていた。
久しぶりに、この街の空港に降り立ち、ひとり、リムジンバスに乗り街の中心部へ向かう。
どんどん記憶がよみがえる。
よく仲間たちと通った店、ドライブで通った道、...
無くなってしまった店があったり、街の様子は昔より少し洗練されているように感じるけれど、懐かしさが先にこみあげる。

ホテルに着いて、まずマチコに連絡を取った。
彼女は、学生時代に一番よく話をしたコだ。
考え方や感覚がよく似ていて、同じ男の子を好きになったこともあった。

どうしたの?急に。
「休みが取れたから、久しぶりに来たいな、と思って」
そうか。うん、了解!
なんにも聞かないマチコ。
けれど、聞かない代わりに、一日休みを取ってくれた。
「相変わらず忙しそうだね」
うん。まぁね。客商売だから、しょうがないよ。
何も考えずに週末にマチコに連絡を取ったことを少し後悔した。
でもこうやって付き合ってくれるのがうれしくもあった。
どこに行きたい?
「うーん。そうだなぁ...今じゃもうここに詳しくもないからな。」
わかった。じゃあこっちで目星つけておくから。
今日は来たばっかりだし、ゆっくりしなね。


次の日の朝早く、ホテルに迎えに来たマチコの車には
タクミも一緒に乗っていた。
びっくりした?
「うん、まぁね。でもきっと連れてくると思ってた」
さすがはわかってるねー。
そう言って久しぶりに3人で笑った。
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