加藤のメモ的日記
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| 2023年10月31日(火) |
瞑想でメンタルを鍛える |
ブームというものが起きにくい国アメリカで、数年前「瞑想ブーム」が起きました。スティーブ・ジョブズの回顧録に、彼が瞑想の時間を大切にしていたと書かれていたことが、そのブームの発端でした。
瞑想の目的は、冷静に自分を観察することです。ありのままの自分を知ることで、自分がするべきことが視えてくる。これを続けることで自分の軸がしっかりし、メンタルが鍛えられていきます。今ではスーパーモデルや世界中のビジネスリーダーが瞑想の時間を大切にしています。あなたも目を閉じて、静かにリラックスする時間を持ってみましょう。何も考えずにボーっとしているだけでも瞑想になります
ただこれが意外にも難しいのです。子供の頃、ボーっとしていたら「コラ!」と怒られたものですが、大人になるとボーッとできない。いろんなことを考えてしまうのですよね。
毎日、5分程度の瞑想で、メンタルを鍛えて参りましょう。
『ニューヨークで学んだ「人生を楽しむ」12のヒント』
| 2023年10月30日(月) |
頭がスッキリするツボ |
血圧の薬はいつも飲んでいるのに、体調が悪いと頭痛が始まる。薬でコントロールしているにもかかわらず、疲れがたまってきたり、風邪気味になると、頭が痛くなる。確かに高血圧で、めまいは起こりますが、必ずしも高血圧の方が毎日、目まいを起こしているわけではありません。
低血圧の方にも目まいはあります。季節では春に多いという特徴があります。めまいは体の中に竜巻が起こっているような状態です。人の身体は体温を一定に保つため、絶えず熱を作っています。普通はこの熱が自然に発散されているのですが、疲れたり、身体が冷えたり、驚いて「どうしよう」と考えが止まってしまうと、身体の表面が硬くなって、熱が発散できなくなります。
すると熱は、外に出ようと暴れ出します。部屋の暖房のとおり、暖かい空気は上へ逃げようとします。身体の中では、頭へと熱は上がります。症状としては、目まいのほかに頭痛、耳鳴り、肩こり、歯痛などとなって表れます。動けなくなるほどのめまいはまさに、身体の中で、熱気のおおがたたつまきが発生しているようなものです。
風池(ふうち)を押してみてください。痛いですが気持ちがいいですか。気持ちがいいなら、竜巻注意報、痛かったら竜巻警報です。このツボは余分な熱のバロメーターです。毎日一度は押して、ツボの変化と症状の具合をよく観察してみてください。疲れや冷え。食べ過ぎが大敵であることがわかります。中でも脂っこいもの、甘いもの、辛い物の食べ過ぎには注意しましょう。
『がん細胞が消えた』
| 2023年10月29日(日) |
中国が日本に仕掛けた赤い罠 �� |
日本を狙う
それでは台湾有事の際に、中国はどこを狙うのか。それは日本だ、筆者は断言できる。中国には「将を射んと欲すればまず馬を射よ」という故事がある。「目標を直接攻撃するのではなく、まず周囲のものに打撃を与えたり味方につけるべき」という意味だ。
中国にとって「将」は米国であり、「馬」は日本なのだ。米国が台湾有事の際、米領グアム以外に使用できる主な拠点は、在日米軍基地だ。特に沖縄のほか、岩国、佐世保が需要な基地になる。防衛白書によると、中国軍は日本をカバーする射程1000〜5500キロの中距離弾道ミサイル(準中距離を含む)を278基持っている。一方の米軍や自衛隊は保有していない。有事の際に在日米軍基地をミサイルでたたけば、米軍の出動が難しくなる。
週刊ポスト 10.28 40P
| 2023年10月26日(木) |
パソコンの画面が左に寄ったら |
パソコンの画面が、左に寄ったら
キーボードの左下の隅にあるCTRLキーのすぐ右にある、小さい■が4個集まっているキーと、数字のキーボタンのすぐ左にある矢印が4個集まっているキーの中の、上向きの矢印のキーを同時に押すと直る。
ニフティーまかせて365より 2023 10.31
| 2023年10月04日(水) |
日本の食卓を汚染する、毒まみれの中国産食品 |
中国産輸入食品が依然としてハイリスクである実態が明らかになった。厚労省が公開する「輸入食品等の食品えいせいほういはん事例」の最新版(今年4月5日から10月6日までの統計)によrと、97件の中国産輸入食品が食品衛生法に違反していた。
背景にあるのが食の中国依存だ。2021年の日本の農林水産物の輸入相手国は中国が2位(1位は米国)で、輸入金額は1兆3000億円を超えた。冷凍野菜や鶏肉調製品、大豆油粕、生鮮野菜が主な輸入品目となる。消費者問題研究所代表で食品問題評論家の垣田氏が指摘する。
「近年は中国の衛生意識が高まったとはいえ、広大な中国では生産者の管理が追い付かない。そのため輸入する大量の中国産食品から、農薬や添加物、細菌といった日本の食品衛生法違反となる成分が検出されるのです。2008年殺虫剤の成分「メタミドホス」が混在した冷凍ギョーザを食べた日本人10人が食中毒になった「中国製毒ギョ=ザ事件」が起きた。しかし、毒部ぬ混入の禍根は今もなお残っている。
現在、中国から輸入される食品にどんな違反事例があるのか。全件のうち、最多の検出事例23件を占めるのは、化学物質「アフラトキシン」だ。「アフラトキンは”天然物最強”と称される強い発ガン性を有したカビ毒で、世界的に規制対象になっていますが、厄介なことに加熱しても毒性が消えません。中国からの輸入食品では、煎ったピーナツや揚げピーナツに含まれることが多い」(垣田氏)アフラトキンの発がん性は、国際がん研究機関のリスク評価で最も危険度が高いグループに分配される。
2019年8月、中国・杭州で生活する40代の夫婦を食中毒が襲った。妻が突然倒れ、救急搬送されるも死亡。「夫が落花生を食べたことが原因かもしれない」と語ると、病院はアフラトキシンによる食中毒の可能性を指摘した。生鮮玉ねぎからは、成分規格に適合しない農薬「チアメトキサム」が検出されている。「タマネギは現地の加工工場で皮を剥がれています。十分な処理がされていないために殺虫剤の成分であるチアメトキサムが検出されてしまう。中国の食品は生産地の把握すらできないので、違反食品の追跡・対策が難しいのです。(垣田氏)
中国産冷凍食品は”前科”があるだけに一層心配だ。今回は冷凍の蒲焼あなごや焼き鳥、ばれいしょなどから精分規格に適合しない大腸菌群が検出された。まら、冷凍のキハダマグロカツレツや白身魚天ぷらから、糞便系大腸菌グループの総称である「E・COLI」が検出されている。
「強い毒性で知られるO=157も含まれます。これらな摂取すると下痢や、激しい腹痛、血便などを催し重症化すると、溶結性尿毒症行群を引き起こす毒性の強い菌です「(同前)
家族の食卓だけでなく、外食でも遭遇する機会の多い中国産。懸念はこの先中国からやってくる食品が増えるのか否かだ。
「中国はゼロコロナ政策を展開していますが、コロナの収束とともに人員確保や輸入体制が回復し、日本への流通が本格的に再開すると見込まれています。一方で日本の検疫体制は、年間の食品輸入件数約245万件に対し、検疫を行う食品衛生監視員、全国400人と圧倒的な人員不足。
輸入食品の一部のみ検査するモニタリング検査では、約245万件のうち、およそ20万件しか検査できていません。この検疫体制では、危険な中国産食品の上陸拡大に歯止めをかけられるとは思えません」(垣田氏)
コロナ明けも、うかうかできない。
『週刊ポスト』10.28
| 2023年10月03日(火) |
信じてはいけない、健康診断、医者、サプリ |
では、「上が130未満の降圧目標はなぜ設定されたのか。大橋氏が続ける。1983年の厚生省『老人基本健康』では上が180以上で要治療とされていました。それが2000年頃から日本高血圧学会がガイドラインの数値をどんどん下げてきた。最初は年齢別に定めていたものの簡略化され、結局、厚労省も臨時学会に合わせざるを得なくなりました」血圧の基準値が下げられれば、その分だけ多くの『患者』が出現する。その過程は、新たな降圧剤が開発され、売り上げが一気に伸びた時期と一致するという。
降圧剤を多く売りたい製薬会社にによる医療側へのアプローチが、この状況を生んだとの見方もある。医師、製薬企業ノバルディスファーマーは降圧剤の効果を良く見せるために論文不正まで行い問題となった(2013年)大橋氏は著書などで130といった高圧目標に向けて薬で治療した人たちは、むしろ死亡率が上がるといったデータを提示し、警鐘を鳴らしてきた。
では、適正な血圧の数値とはどれくらいなのか。大橋氏が全国70万人の健診結果から検証したところ、高齢であれば「上が165程度」が上限とみられるという。「65歳以上は165くらいまで大丈夫。血圧を下げる必要はないと考えられます。そもそも、こんなに健診を重視しているのは、国際的にみても日本くらいのものです『血圧が高いほど死亡率が高くなる』というデータにしても、数字のマジックがある。高齢者ほど血圧が高いものなので、つまりデータの中には『高齢者ほど死亡率が高い』ことを示しているだけのものもある」(同前)
大事なのは患者の価値観 東大医学部卒の医師・大脇幸四郎氏も「血圧を下げる効果は想像よりもはるかに小さい」という。「確かに血圧の数値を下げることが、将来的な心筋梗塞や脳卒中のリスク対策になる部分もあるでしょう。ただ年齢や喫煙の有無など病気のリスクが血圧以外にもたくさんあることを踏まえると、薬で血圧を下げることの効果は、皆さんが期待するほど高くない。
臨床試験では大抵、血圧によって差がつくのは対象患者のうち数パーセントほどです。そもそも血圧はね年齢を重ねるほどに高くなるもので、老化の一つ。私は高齢の患者さんには目標値を高めに設定するようにしています」
さらに大脇氏は「薬を飲んだ際の副作用のリスクにも注意が必要」と語る。「特に高齢者の場合、薬で血圧を下げる場合は立ちくらみやふらつきが出やすくなる。一部の降圧剤には副作用として筋肉を弛緩させるものがあり、足に力が入らなくなる可能性がある。すると骨折などが原因で車いすや寝たきりの生活になるかもしれず、作作用のリスクを考えることはとても重要です」(同前)
また、処方のされ方にも注意すべき点がある。「年齢を重ねた患者さんほど薬をたくさん飲んでいるケースが多い。医師や家族が神社さんを安心させようとして薬が増えるとか、相互作用を考えずに処方するケースもを散見される。その中に血圧の薬が入っている場合があります。しかし高血圧の薬のせいで他の症状を引き起こすことがあるので、より注意が必要です」(同前)
血圧の数値に向き合うえで最も大事なことは何か。大脇氏が続ける。「心筋梗塞や脳卒中は長生きをすればいつかは罹患する病気であり、血圧の治療をすればすれば劇的に変わるとの証拠もありません。それに対して時間やお金を使うかどうかは、ご本人の価値観を優先して考えてもいい。
ガイドラインはそもそも目安でしかなく、それぞれの事情に合わせるのが本来のあるべき医療の姿です。ぜひ医師に、ご自身の価値観、希望を伝えてください」血圧の数値をどこまで気にするか。決めるのは患者自身だ。
週刊ポスト 10.28 86P
最近またパリにやってきて書店が目立って少なくなっているのに気が付いた。私たちが初めてこの都会に留学生として来た頃は、ソルボンヌを中心として、サンミッシェル通りからオデオンにかけて、軒並み書店だった神田の雰囲気を近代風にしたのがカルチェ・ラタンだった。野暮で古風で、時代を超越し、いかにも融通の利かない頑固な感じがした。どの店も古びていて、革装本も多く、新刊書はほとんどアン・カットで、読みながらペーパーナイフでページを切ってゆく。当時それがひどく高級なことに思われたものだ。
カルチェラタンから書店の数が減り出したのは60年代後半からだ。68年の事件後、一時的に映画や哲学の高揚期が合って、ニューファミリーを対象としたような新しい手イプの書店ができたが、それもだんだんと消えていった。
書店に並ぶ本も、革装本はもちろん、アン・カット本も少なくなり、新鮮なデザインのビニール装の本が出始めた。フランスも近代化したと感じ始めたのと、書店が減り出したのとが、同時だったのは皮肉である。本が売れなくなって書店が減り、そこで出版社が本の近代化を計ったのだろう。
大手出版社の部数なども、日本のベストセラーなどに較べると、ずっと控えめだ。もともとフランス人は本を図書館で読むものと心得ているから、あまり本を買わない。テレビの影響もあってその売れ行きは確かに落ちている。状況は悪いが、かなりの出版社は相変わらずいい本を出している。
私が今住んでいるカルチェラタンの奥のデカルト外周辺にも、意外と小さな出版社があって、標識も看板もないので、つい気づかずにその道を通り過ぎてしまう。そんな出版社は日本のフランス文学関係者も知らないし、フランスの読者だってあまり知らないだろう。
ところが、歳月の埃で薫んだショウウィンドウをのぞくと、そこには有名無名の著者の詩集や評論がたくさん並んでいるのだ。先日もリルケのウランス詩に関する研究書を探していたら、我が家の裏手の出版社で出しているのがわかった。早速訪ねると、書棚の本の山の中から、30年も前に出版したその本を見つけてくれた。税法の関係で、フランスでは在庫本を断裁する必要がないので、古いカタログに出ている本でも、半世紀ほど前のでさえ、案外在庫する場合がある。
先日ムフタール街を下ったところに小出版社を一軒見つけた。並んでいる本から察するにポーランド系、ユダヤ系詩人の詩集を出しているらしい。店の奥に、本の校正をしている老人と助手の東洋人の女性の姿が影絵のように見えた。こんな出版社が存在することも現代では奇跡のようなことだろう。
たまたま昨日ムフタール街の市場に買い物に行ったら、社主らしいその主人が戸口に立っていた。柔和な、80に近い、白髪の人物だった。その顔がなんとも亡き父の顔にそっくりだったので、私は一瞬ハッとしてそこにくぎ付けになった。
私の父は薩摩琵琶の弾奏家で、終戦後、アメリカ文化の氾濫するなかで、黙々と琵琶の演奏を一人続けていた。弟子もなく、同好者も散り散りになっていた。私は父の孤独を知りながら、父は父、私は私と割り切って、琵琶を聞くこともしなかった。
出版社の老社主の顔には、父のそれと似た静かな孤独感があった。この老人も、今の世の流行とは無関係に、自分の信念に従って生きている。だが、やはり孤独には、ある寂しさ、ある悲しみが貼りついている。それは、かって父の顔に私が見たものと同じだった。私が足を停めたのもそのためだった。
おそらくこうした孤独耐えた善意の上に文学や芸術は成り立っているのであろう。時代の華やかな流行はそれに気づかない。だが、流行が流行として生きてゆけるのも、こうした見えない土台があるからなのだ。そう思うことが孤独なこの老人への何よりの賛辞であろう。
私が店をのぞいたとき、老人はまた机に向かっていた。ムタフール街から野菜を売る商人たちの威勢のいい声が響いていた。何度もパリに来ながらこの都会への愛が深まるのはこういう時だと私はあらためて感じないわけにはゆかなかった。
『微光の道』辻邦生 P106
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