加藤のメモ的日記
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2015年04月26日(日) まもなく車は家電になる �� 

自己の責任は誰に?

その現状を見越しているかのように、新しい業界の担い手となるべく、各国のIT企業は自動運転車の開発に着手。その先頭を走っているグーグルは、2020年の自社開発の自動運転車の実用化に向けて、100万�勸幣紊慮�道実験を無事故で行なっている。「グーグルが『ストリートビュー』を提供しているのも、将来自動車業界に進出するためにほかなりません。今から道路の情報を集めているんですよ。完全自動運転にまだ時間がかかるのはわかっているが、それが実現すればこれまでの投資を一気に回収できると考えているんでしょう」(自動車評論家の国沢光宏氏)

アップルもまた、食指を動かしている。2012年9月に、それまでIPONEに使っていた地図アプリを、グーグルのものから独自開発のものに変更した。当初は不具合によるクレームが相次いだが、現在ではグーグルと何ら遜色ない機能を搭載できるようになった。

さらに2014年にはジュネーブモーターショーで「カーププレイ」というシステムを公開。これは音楽再生や音声通話などのアップルのサービスをクルマの中で受けられるというもので、明らかに自動車分野を重要視する姿勢を漂わせている。日本の自動車産業は、約25.000社からなる『超』巨大産業。その従業員は約547万人に及び、日本の全就業人口の8.7%、製造業人口の49.6%、およそ半分を占めている。

自動運転車が実用化しても、彼らの全てが職を失うということはないだろう。だが、トヨタやホンダといった日本経済を支えてきた自動車メーカーが、グーグルやアップルといった海外IT企業の下請けに成り下がれば、それは日本が誇ってきた「自動車産業」が消滅することを意味する。大きな変革にされされるのは、自動車メーカーだけではない。損害保険会社もまた、業態が完全に変わるだろう。現在の交通事故の90%は、人的原因によるものだ。脇見運転、無謀運転、スピード超過といったことが原因だ。当然、自動運転車にこれらはあり得ない。

アメリカのシンクタンクによる調査では、自動運転車の普及が10%に達すると交通事故を50%減らすことができ、普及が90%に達すれば事故をほぼゼロにできると報告されている。「事故がなくなるのだから、保険に入る必要はない。現実的には自動運転車の普及が進み、事故の確率が低下するにつれて保険料が値下がりし、いずれは消滅するでしょう。(前出の鈴木氏)とはいえ、過渡期においては、自動運転車と従来のクルマが混じりあい、予期せぬ事故は発生するだろう。また、自動運転車が一般化したとしても、ソフトウェアのバグやハッキングによる事故の可能性は否定できない。その際の責任の所在は誰にあるのか。損害保険会社に聞いた。

「現状、具体的な部分までは考えていません。会社としては次世代の車社会に向けたプロジェクトチームを作りました。事故が減るという前提で検討しなければならないという認識はありますが、具体的にどこから検討すればいいのかは、雲を摑むような話で……。トヨタさんなどと意見交換はしています。まだそういった段階です」(あいおいニッセイ同和損害保険・広報室)


『週刊現代』4.18


2015年04月23日(木) まもなく車は家電になる ��

ハードよりソフトが重要

誰でもつくれ、気軽に買えるのだから起きるのは価格競争だけではない。テレビが録画機能や画質の高さを競い合っているように、車もまた、どれほど付加価値をつけられるかが消費者動向を左右するポイントになってくる。技術ジャーナリストで、日経BP未来研究所客員研究員の鶴原吉朗氏が語る。「車専用のオンラインゲームやフロントガラスに映像を映すサービス、クルマ専用のSNSなんてものも登場するかもしれません。それに、新たな広告の手法が生まれるでしょう。例えば、カーナビの目的地に『横浜中華街』を入れたとします。するとクルマが『どこどこの店が割引です。移動の燃料費も無料です』なんて紹介したりすると、『じゃあ行ってみるか』と思う人も多いはずです。

自動運転車を活用した旅行会社のツアーも出てくる可能性がある。クルマが観光地まで連れて行ってくれて、穴場スポットやレストランなどすべてお任せで回ってくれるんです。強制的にお土産屋に連れて行かれるかもしれませんが、それさえ我慢すればあとは乗っているだけでいい。ガイドブックも何もいらないとなれば、これも利用者は結構いるでしょう。つまり、運転する必要のなくなったその移動時間に、いかに有意義なものを提供できるか。それが各メーカーにとって重要になってくる」

クルマが家電となれば、従来の自動車産業の優位性や価値観は一切、通用しなくなる。自分で運転をしないのだから、エンジンの性能やハンドルを切ったときの滑らかさといった要素は誰も求めない。従来のクルマは、アナグロレコードのように、運転好きだけが楽しむ嗜好品になるだろう。

近い将来に起きるそんな状況を、日本の自動車産業の盟主・トヨタはどう受け止めているのか。「自動運転技術の開発は進めていますが、あくまで安全性を高めるため。ドライバーの方々に、いかに安全に運転をしていただくか、いかに安全に運転をしていただくか、いかに事故を減らすか。こうした部分を技術開発でサポートしていく。自動車会社として、そういう立ち位置になります」(トヨタ自動車広報日部)

あくまで「人が運転を楽しむ」ことを前提とした回答。レーサーでもある豊田章男氏が社長であるだけに、迫り来る「家電化」の波は認めたくない未来なのかもしれない。トヨタだけでなく、日本の自動車メーカーが、クルマ作りに関して世界でもトップクラスの技術力を擁していることに疑いの余地はない。だが、既存の技術に自信を持っているからこそ。それが仇となり、変革に後れを取る可能性が高いのだ。クルマが家電になったとき、真っ先に影響を受けるのは、主要自動車メーカーの下請け、孫請けたちだ。

エンジンまわりの細かい部品を請け負っていた下請けや孫請けが、仕事を失う。低価格化のために車体の部品点数自体も減りますから、部品メーカーも淘汰が進でしょう。消費者のニーズが変わるのだから、自動車業界全体が全く違う発想で仕事をしなければならなくなるんです」(前出・鈴木氏)車内でゲームをしたり、映像を見たりといったソフトに関するノウハウを、現在の自動車メーカーが持っているとは考えにくい。



『週刊現代』4.18


2015年04月20日(月) まもなく車は家電になる ��

まもなく車は家電になって、自動車業界は消える

日本のメーカー・下請けがガタガタに。事故激減で保険会社もお役御免。スピード違反がなくなり、交通警察も不要

便利すぎるがゆえの誤算

整然と並んで走る車の群れ。クラクションも鳴らさなければエンジン音もせず、静かに、滑るよう進んでいく。常に同じスピード、同じ車間距離で走り続けるその群れに、渋滞は生まれない。車内には、子供とテレビ番組を楽しむ家族や手を取り合って語り合うカップル、携帯で話しながら書類を作成するビジネスマン。そして事件や災害が起きた時には、車の群れは一斉に道を空け、そのレーンを救急車が猛スピードで駆け抜ける。

漫画やSF小説の中だけの話だったそんな夢の世界が、まもなく訪れようとしている。経営コンサルタントの鈴木貴弘氏が言う。「完全自動車の登場によって、我々の利便性が高くなることは間違いない。ただ一方で、便利すぎるがゆえに、あらゆる産業や社会構造に大きな変化をもたらすことになります。その変革の規模は、第4次産業革命と言っても過言ではないレベルでしょう。そこにはもちろん、『変革の犠牲者』も存在する。もっと言えば、現在、自動運転車の開発を進めている自動車業界すらも、消滅の危機にさらされるはずです」

自動運転車の普及をリードするのは、当然、既存の自動車メーカーが中心となる。トヨタや日産といった国内大手が次々と自動運転車の開発に着手しているのを聞き、そう考えていた人も多いのではないだろうか。だが、現実は違う。なぜなら、自動運転車が一般的になった社会では、車は「家電のひとつ」になるからだ。

前出の鈴木氏が解説する。「近い将来、自動運転車の燃料がガソリンから電気に変わる可能性は限りなく高い。すると、エンジンが不要になり、車はモーターで走るようになります。すると、エンジンが不要になり車はモーターで走るようになります。エンジンは、車を車たらしめる技術力の結晶。現在の自動車メーカーの優位性はまさにそこにあり、逆に言えば、それがなくなるということは、誰でも簡単に車を作れるようになる、ということです。そうなれば、IT企業やベンチャーも自動車産業に次々参入し、熾烈な価格競争が始まるでしょう。アイリスオーヤマ製の車が、島忠ホームズで売られるようになっても何らおかしくないのです」


『週刊現代』4.18


2015年04月19日(日) 美しく歩くポイント

「きれいに歩くためには、背中を丸めないでまっすぐな姿勢を保ち、常に体の軸をまっすぐにすることが大切です。鏡の前に立って、歩く時に体がぶれていないかどうか確認してください。遠くを見るイメージで歩くことで、自然と首がすっと伸びて、よい姿勢で歩くことができますよ。歩き方をチェックする際のお薦めは、誰かにビデオで撮ってもらうことだという中村先生。

「年齢を重ねると、膝が伸びきらずすり足になってベタベタと歩く人を多く見かけます。前に踏み出した足がかかとから着地するように心がけることがポイントです。そうすることで膝が伸びやすくなります。また、ウォーキングををする時には、なるべく速いスピードで歩いてください。腕をしっかり振って大股で歩くことを意識すると筋力がつきます。歩数を目安にすると励みになって、歩くことが楽しくなります」

●歩き方のポイント

・前に踏み出した足と後ろ足の両方の膝を伸ばすことが重要です。
・かかとで着地したら、体重をかかとからつま先に移動させます。
・体が左右にぶれないように体重を移動させます。
・体が左右にぶれないように体重を移動させます。
・足の指で蹴って歩くようにお尻の後ろまで足を使い、しっかりと後ろに蹴り出します。
・前屈みにならないようにします。

●ウォーキングで健康づくり

歩くことは病気予防につながり、健康づくりに効果的です。歩く時には歩数計で歩数を測りましょう。歩数の目安として、1日平均2.000歩で寝たきりの予防。4.000歩で鬱病の予防、5.000歩で認知症・心疾患・脳卒中の予防。8.000歩で生活習慣病を予防するとされています。

「中之条研究」(東京都健康長寿医療センター研究所 青柳幸利氏)


2015年04月17日(金) あの場所へ帰りたい

九死に一生を得たにもかかわらず、私はそのことを深く考えずに登山を続けていました。2回目の滑落は同年の12月。この時は同じ後立山連邦・鉢木岳。雪壁ををのぼっていた際にアイゼンが真っ二つに折れて滑落してしまいました。100メートルほど滑ったところで岩にしがみついて事なきを得ましたが、その帰りのこと。
突然、山の奥から「もう山へは来るな」という声が聞こえたのです。まわりには誰もいませんでしたが、確かに聞いた。その声で憑き物が落ちたかのように体が楽になり、山への執着心がなくなりました。それ以降、本気の「登山」は一度もしていません。

神奈川県相模原

こうして東大病院で奮闘している間、私は相次いで両親を亡くしました。父は病院でしたが母は孤独死。父亡き後、母には同居を持ちかけたんですが、「大丈夫だから」と亡くなる日まで相模原の小さなアパートで自立した生活を送っていました。
ただ、死期は感じていたようです。入浴中の心不全でしたが、生前はずすことのなかった結婚指輪が父の遺影の前に置いてありました。横には友人知人からの葉書があり、一番上には「葉書で連絡してください」とのメモ書きが。思い返せば、清貧だった母の晩年は平温に満ち足りた様子でした。そして、誰の手を借りることもなくそっと逝く。母の死の迎え方は私の理想に近いものです。

穏やかな死を迎えるためには、自分の運命を受け入れることが大切だと思います。多くの死に接してきましたが、亡くなるときに人の顔は変わります。肉体が死んでも霊魂は生き続けているからです。弟がそうでした。一昨年にガンで亡くなったとき、時間とともに口角が上がって笑顔になっていきました。この世の苦しみから解放され、あの世へ旅立ったのだと感じました。なお、亡くなる直前に驚いた顔になる方もいます。お迎えに来た方々に会ったからでしょう。長く医療現場にいて、科学では解明できないことにいくつも直面してきましたから、不思議だとは思いません。霊魂は生き続けると思えば、今をどう生きるべきか、考え方が変わってくるのではないでしょうか。「ありがとう」という気持ちで死を迎えたいと思います。


矢作直樹(やはぎなおき)1956年、神奈川県生まれ。1981年に金沢大学医学部卒業。麻酔科、救急・集中治療、内科などを経験し、2001年から東京大学大学院医学系研究科救急医学分野教授および医学部付属病院救急部・集中治療部長。著書に『人は死なない』(バジリコ)など多数


『週刊現代』4.18


2015年04月07日(火) パール判事の日本無罪論 ��

ところが東京裁判法廷はこんな明らかな証拠を無視し、被告を強引に「有罪」として7人を絞首刑、16人を終身禁固刑、2人を有期禁固刑に処した。また、前後して7人が獄死、刑死者と獄死者の14名が靖国神社に合祀された。一方、禁固7年の有罪判決を受けた重光葵・元外相は。釈放後に再び外務大臣になり、1956(昭和31)年、日本の国連加盟式典に代表として出席、国際社会復帰の声明フ文読み上げ、万雷の拍手で迎えられた。戦勝国に「A級戦犯」とされた者が、戦勝国がつくった国際連合


2015年04月05日(日) パール判事の日本無罪論 ��

本書は第2次世界大戦終結後に行なわれた東京裁判の本質と、この裁判においてただ一人被告人員無罪を主張した、インドのラダ・ビノート・パール判事の理念を最も簡潔、的確に伝えた一冊である。著者の田中正明氏は、連合国占領下の言論弾圧が非常に厳しい中、公表を禁止されたパール判決文の刊行作業を秘密裏に続け、1952(昭和27年)4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、日本が主権を回復したまさにその日に、本書のものととなる『パール判事述・審理の裁き』・日本無罪論』を出版された。そこまでの執念で、本パール判決文を世に問うてこられたのだ。パール判事と東京裁判の真実に関して、田中氏の著書を超えるような本は他になり。だからこそ、本書は長年版を重ねてきたのだろうし、これからも若い人が読み継いでいかねばならないとわしは思う。

東京裁判が、国際法の常識から照らして全く野蛮な復讐劇であり、政治的野蛮に過ぎなかったことはもはや世界で年式されているのに、日本では東京裁判を否定するといまだに右翼とか、戦争を肯定する危険思想、と言われてしまう。こんな風潮はそろそろはっきり打ち破らねばならない。本書はそのために必要だ。例えばA級戦犯という言葉がある。靖国神社参拝問題ではこの言葉の意味も知らずに批判する者が実に多かったが、これも東京裁判でつくられたものだ。

戦勝国の検察官は、日本が1928(昭和3)年1月1日1945(昭和20)年9月2日までの間、一貫してアジアを侵略して支配下に置くための陰謀を企て、その謀議に添って満州事変、日中戦争、太平洋戦争を引き起こしたのだと主張し、これが裁判の最も重要な点となった。そしてこの共同謀議をした犯人として軍人、閣僚など28人を起訴し、これを「A級戦犯」と呼んだ。

ところがこの28人は思想も信条もバラバラで、お互い会ったこともない人までいた。A級戦犯の一人、賀屋興宣は「軍部は突っ走ると言い、政治家は困ると言い、北だ南だと国内はガタガタで、おかげでろくに計画もできずに戦争になってしまった。それを共同謀議などとお恥ずかしいくらいのものだ」と言った。実際、その間に政権は18回も交替しており、ドイツが延々と続いたヒトラーの独裁政権下で謀議を重ねたのとは全く違う。東条内閣ですら、議会の反発を受けて総辞職に追い込まれてる。当時の日本は国会が機能しており、あくまで憲法に基づいてリーダーが選ばれていたのであり、共同謀議など皆無だった。


2015年04月03日(金) カネ学入門

カネ学版ピケティー入門

カネ学を唱える身で”現代のマルクス”トマ・ピケティーによる話題の本、『21世紀の資本』を取り上げないわけにはいきませんbん。まず彼の重要な手主張であるr>gという不等式。労働から得られる富(g)よりも資本・資産から得られる富(r)のほうが大きいということ。そして、そのことによって富める者と貧しいものとの格差は広がっていくという歴史的事実。ピケティーは20ヵ国の過去200年以上に亘る所得税・相続税の記録を調べ上げた上で、その事実にたどり着いたということです。

これをカネ学的に解釈すると、金持ちになろうと思えば、労働に精を出すよりも資産形成の努力をしたほうがよい、ということになります。私は働くのは好きだけど資産形成には全く興味がない。親父は仕事で儲けてカネが入ると殆どのすべてを工場の機械などの設備に遣ってしまい、自分が持ち金になるための貯蓄、不動産や株の購入などは一切しない。

そして不況になると全てを失い、また懸命に働くずっとその繰り返し。息子はファンドマネージャーとして成功し、手にした高額所得を嬉嬉として遣い続け、モチカネになるための己の資産形成には興味がなく一切やらない。そして高給の時代が去ると離婚でなけなしの貯金も失ってしまう。その結果、しがない物書きとして毎日原稿を書き続けないと生きてゆけない。「もっと早くピケティがこの本を出してくれていたら、真剣に資産形成をしていたのにぃー」と後悔するのも後の祭り……。そのくらい説得力があるのです。

私が初めてr>gの不等式を見た時、ファンドマネージャーからの観点からrとは要求利回りで、gは経済成長率だと考えました。その不等式の意味するところは、「現在の投資家(株主)の要求利回りが本来的な経済成長率よりも高いために、経済全体にさまざまな弊害が現れている」というものです。

企業は株主から要求されるROE(株主資本利益率)の改善だけを考え利益の極大化を目指すために、固定費となる従業員の給与を削り、設備投資も控える。そのことによって消費や投資は伸びなくなり経済は縮小均衡を余儀なくされ、デフレは解消されない……そんなふうに解釈していたのですが、これはピケティの主張と合わせ鏡になっていると思っています。


『週刊現代』2028     藤原敬之


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