加藤のメモ的日記
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2013年01月31日(木) 老人漂流社会・幸せとは何か 

社会のお荷物なのか

超高齢社会ニッポン。その足元で何が起きているのか。NHKの取材班が目をつけたのは、「死に場所」を持てない一人暮らしの高齢者たちだった。1月20日放送のNHKスペシャル「終の住処はどこに 老人漂流社会」。社会の底辺で起きている異変をあぶり出した。

番組冒頭、路上に倒れ込んだ高齢の女性が映し出された。自治体にいわれるまま、施設や病院を転々とする男性。番組は、コツコツと地道に生きて生きた高齢者が、人生の最後に居場所を求めて「漂流」しなければならない現実を密着ルポで描く。漂流先の一つが無料宿泊施設である。本来はホームレスなどを保護するための施設である。3畳1間で3食付いて月14万3000円。仲介する自治体は生活保護で支払いを保証して高齢者を受け入れてもらっている。

動脈瘤で入院した後、衰弱し一人暮らしが続かなくなった男性。妻を亡くした後、同居の息子も病で倒れ、やむなくここに。81歳で亡くなってようやく「漂流」が止まり、子供たちと会うことができた。取材した原ディレクター(31)は、「子供や周りに迷惑をかけたくない」と皆さんおっしゃいます。子供も余裕がなくて…。亡くならないと子供に会えないのは悲劇です」

高野ディレクター(41)は、日本の成長を支えてきた人たちの老後がこうなのかと…」。番組は、こうした背景に一人暮らしができなくなった高齢者の受け皿が決定的に不足していること、国の方針で長期入院できるベッドが減らされ(5年後には介護型を全廃)、特別養護老人ホームの待機者が40万人を越えていることを指摘する。

企画したのは「ワーキングプア」や「無縁社会」のシリーズを手がけた坂崎プロデューサー(42)。きっかけは2011年秋、特報首都圏のチームにいたときに起きた新宿の木賃アパートの火災だった。居住者は独居老人ばかりで23人の大半が生活保護受給者。「高野ディレクターと『これも無縁社会だよね』と議論して…」関心のあるディレクターが集まり、取材開始。「クローズアップ現代」や「おはよう日本」で特集を組みながらテーマを育ててきました。その集大成ともいえる番組のキャッチコピーは「歳をとることは罪なのか」。

坂垣さんは「経済合理主義が徹底して、生産能力のないものは不要という風潮がはびこっています。その中で、高齢者はお荷物になっていると感じながら生きざるを得ない息苦しさがあります。支える側が『迷惑をかけちゃいけない』って思わせていると思うんです。高齢者の苦しみを我がことと考えて、それぞれがやれることを…。世の中が動くまで、しつこく訴え続けたいと思っています」

『週刊新潮』12.2


幸せとは何か

ボクは10歳のときに腎臓病を患い、大学生の時には当時死病として恐れられていた結核にかかって、1年間の療養、入院を経験しました。100歳どころか、とても長生きできるとは思いませんでした。そんな身体が弱かった僕が今では元気いっぱいなのだから、なんとも不思議なものです。『終わりよければすべてよし』というシェークスピアの戯曲があります。あるべき人生の姿はこの言葉に尽きると思います。

仮に人生の99%が苦しいものだったとしても、最後の1%が楽しければ、それは幸せな人生だったのです。だから、辛いことが多くて自分が不幸だと思っている高齢者も、幸せになることを諦めないでください。100歳を超えても、楽しいことはいくらでも経験できます。最後には必ず楽しんで、幸福な気持ちで人生を締めくくっていただきたいと思います。ぼくのアドバイスがそのお役に立てば、本当にうれしいことです。



『100歳を超えて見えてきたもの』 日野原重明 


2013年01月30日(水) 自民とゼネコンの癒着

安倍内閣が打ち出した緊急経済対策は、国と地方を合わせて総額20兆円である。中心は公共事業で今年度補正予算では4兆7000億円もつぎ込まれる。安倍首相は1月11日の会見で「古い自民党の無駄な公共事業のバラマキではない」と強調した。公明党の太田国交相も「必要なものを積み上げた」と必死に反論している。

大手ゼネコンの元幹部は「まず総額ありきのバラマキだ」と指摘する。「政権をとって一ヶ月足らずで5兆円もの必要な事業を積み上げられるはずがない。前からゼネコン業界が要望していた大型公共事業が復活した。ゼネコンのためにつけた予算だ」その象徴的な事業が「緊急経済対策」に盛り込まれた「三大都市圏環状道路の整備」や「全国ミッシングリンクの整備」である。

政府は、総延長1万4000�匚盖�格幹線道路網を日本中に張り巡らせる計画をたてている。バブル経済最中だった1987年の「第4次全国総合開発計画」に盛り込まれたものである。「ミッシングリンク」とは、この道路網で完成していない3割の部分を指す。残り3割にかかる事業費は約33兆円である。自民党国土強靭化総合調査会長の二階元経産相は総選挙でも「高速道路の紀伊半島一周」などと訴えていた。緊急経済対策ではこのほか、首都圏空港、国際コンテナ戦略港湾の強化など大型公共事業が目白押しである。

公共事業の財源は、5兆2000億円の建設国債、つまり借金である。小渕恵三元首相は、公共事業の連発で「世界一の借金王」と自嘲するほど、国の負債を増やした。その一方で、景気は回復しなかった。経済同友会の長谷川代表幹事でさえ緊急経済対策に懸念を述べている。「公共事業は一過性のもので、継続的には経済効果を生んでいくようなものではない。あまり意味がないと思わざるを得ない」(7日経済3団体共同記者会見)

「大型公共事業を拡大して儲かるのは大手ゼネコンばかり。末端の作業員の給料までまわらない。結局、孫子の代の借金が増えるだけだ」(大手ゼネコン元幹部)



『週刊朝日』


2013年01月29日(火) 小選挙区制の政党助成金

自民圧勝の総選挙以降、小選挙区制と政党助成金制度の弊害が浮き彫りになり、見直しを求める世論が一段と高まっている。1月17日には、2013年分の政党助成金約320億円に10党が受け取りを請求していることが明らかになった。時事通信社の試算によると、自民党は145億円。比例で前回選挙より220万票減らしているのに、前年比で43%増である。日本維新の会は、政党助成金3割減を掲げながら、受給を申請した。

総選挙のときにはなかった「生活の党」は、選挙後に「未来の党」から名称を変更して受け取るという。「みどりの風」は昨年末に「未来の党」や「新党大地」から離党した議員を招き入れ、申請資格を得た。ひどいのは、年4回の分割支給のの、昨年最終分の交付である。事前に総務省に解党届を出していながら、「太陽の党」など4党が「特定交付金」という名目で計1億5000万円を受け取っている。「太陽の党」が存続したのはわずか、5日間である。前身である「たちあがれ日本」を衣替えしたことで、解散した政党もガッポリ受け取れる仕組みである。昨年末の総選挙結果と小選挙区制、政党助成金の弊害について、政治評論家の浅川氏に聞いた。

得票2割台で6割超す議席

「今回の総選挙は、小選挙区制と政党助成金制度の弊害が最もひどい形で現れたといってもいいでしょう。自民党は、対有権者比では、小選挙区では24%、比例代表では15%しかとれていないのに、議席は6割以上をとる結果となりました。民意の歪みは相当ひどいことになっています。同時に小選挙区制では一極に大きくブレる傾向がますます強くなってきた。民主党は、前回308議席が今回57議席と5分の1に激減しました。

小泉「郵政」解散で自民が圧勝し、次の政権交代選挙では民主党が圧勝した。今回はまたその逆です。ブームに乗って当選した「小泉チルドレン」「小沢ガールズ」も大半が消えました。今回回大勝した自民党や、議席増の維新の会、みんなの党も次はどうなるかわかりません。選挙のたびごとに国会議員がこんなに入れ替わっていては、まともな議会活動など望めません。議会の劣化と形骸化がますます進むことを懸念します。

選挙に出ない党が8億円引き継ぐ

選挙後、政党助成金をめぐり、政党が離合集散を起こしています。公示の直前に、小沢一郎氏が嘉田由紀子滋賀県知事を担ぎだして「未来の党」というインスタント政党を立ち上げました。選挙が終わると早速内紛が起き、小沢氏の「生活の党」と嘉田知事の「未来の党」にわかれました。国民の血税である8億円以上の政党助成金は、選挙に出てもいない政党である「生活の党」に引き継がれた。もはや政党助成金は一つの「利権」と化しています。

なおかつ比例代表で選ばれておきながら、平気で新党だからと移籍するのは、もはや”議員の資格なし”と言わざるをえません。合法だから何をやっても許されるわけではありません。改めて「政党とは何ぞや」が厳しく問われています。二大政党制が幻想であったことは、今の事態を見れば明らかです。今必要なのは選挙制度を民意が反映するように抜本改革することと、政党助成金の廃止、厳しい腐敗防止のための法制度です。小選挙区制と、政党助成金制度は厳しく批判されるものです」


2013年分政党助成金試算

‘13年の交付予定額(試算)   ‘12年の交付額
自民党     145億5000     101億5400 
民主党      85億3400     165億4300 
日本維新の会   27億1500     ―
公明党      25億5700     22億7916
みんなの党    17億8900     11億1829
生活の党      8億1600     ―
社民党       5億4100     7億6369 
国民新党      2億4600     4億4254
みどりの党     1億3800     ―
新党改革      1億2400     1億1961
日本共産党     政党助成金の撤廃を主張し受け取らず


『週刊朝日』


2013年01月25日(金) 安倍に騙されるな

一生懸命働いても、明るくならない国になってしまった。日本をリードする政治家がウソばかり言っているからである。公約を破ってまで増税したウソツキ野田首相は退陣した。政治生命をかけると公言したのだから議員を辞めろ!あとを襲(おそった)った安倍晋三が、野田に輪をかけて信用できない。「3年半の政治不信を取り戻す」だって?冗談じゃない。それでは3年半前は信用されてたって言うのかい。2009年の選挙を思い出せ。国民の政治不信が我慢の限界を超え、自民党を惨敗させたのではなかったのか。

現在の政治、経済の閉そく状況も、東北の大震災も福島の原発危機も、すべては半世紀にわたる自民党政権の失政が遠因、あるいは直接の原因になっている。それらをすべて3年半の民主党内閣の失政の故(ゆえ)にして、自分たちは知らんぷりか。安倍は「ぶら下がり」インタビューを拒否しているそうだ。フェイスブックを通じてやるというが、失言を恐れて腰が引けている。ネット右翼に支えられて、ぬくぬくとしていたいのだ。ネットでやるなとは言わない。しかし、本音のこぼれるぶら下がりもやってこそ、開かれた首相だといえる。

優先順位のトップに「景気浮揚」をあげている。半世紀前と全く同じ「景気」と言えば国民が喜ぶと思っている。本当にそういう人は多い。しかし、現在の日本、世界といってもよいが、景気なんて絶対に良くならない。バカの一つ覚えのように、公共投資、金融緩和と言っているが、国民の望む景気回復って何だか、考えてみるといい。

それは給料が上がって消費も上がり、経済の回転が良くなることでしょう?給料は絶対に上がらないよ。10兆円規模の補正予算を組むというが、その金は企業、特に大手ゼネコンに流れても、各家庭までは来ない。転職雑誌の「デユーダ」の10万人対象の調査によれば、正社員の年収は3年連続のダウンを続けているという。企業は厳しいグローバル経済に対処するため、収益が増しても、昔のように社員の昇給に当てず、逆に契約社員や派遣社員と代えて、そこでも収益を増やすのだ。

苦境にあえぐ大手電機産業に、「追い出し部屋」というのがあることを、新聞で読んだ。働き盛りの30〜40代の正社員が自分の部署ではやることがなく、退職するか、この部屋か他の部署への応援に入るかを選択させられる。要するに余剰社員の「追い出し」である。そしてより安い派遣などを当てるわけだ。

ボクが安倍首相に代わって、本当のことを言おう。くどいようだが、景気は良くならない。数字的にはなっても、その金は働く人の手には渡らない。企業は国内の設備投資や新規雇用に当てるよりも、より安い労働力を求めて海外に向けるだろう。だからここは、我慢して、生活のスケールダウンをしましょう。威勢のいいことを言うのは易しいが、本当のことを言う政治家こそが今の日本には必要なのだ。そういう点で「卒原発」と言った未来の党を推したのだが、結局小沢一郎に弄ばれただけだった。小沢も言うこととやることが違う。こうした人には消えてもらいたい。



『週刊現代』1.26


2013年01月23日(水) 1ドル100円で大儲けする会社 

「例えばトヨタは為替が10円円安になると350億円も営業利益が膨らむ。ホンダや日産も100億円規模で財務が改善するので、円安が進むだけで大きく利益が押し上げられます。そのインパクトは大きい。今後は生産工場の海外移転に歯止めがかかり、下請け企業に対する値引き要請もなくなるでしょう。そうなれば裾野まで円安の恩恵が広がり、自動車業界全体で業績回復の連鎖が起きる可能性が出てきました」(フリージャーナリスト)

アジア勢にやられっぱなしで、昨年は巨額赤字を計上した電機メーカーも復活の道が見えてくる。経済評論家の長田氏が言う。「今までは韓国勢がウォン安を利用して安い価格の製品を世界で売りまくっていたが、これがもう通用しなくなる。日本勢のきめ細やかな製品力、ブランド力が際立ち海外で再評価されだすでしょう。パナソニックは得意の白物家電の売り上げが上がるだろうし、ソニーのテレビもインドなど新興国での巻き返しが期待できる。シャープも世界で同社しか量産できない最新鋭液晶『イグゾー』を各国メーカーに売り込む大きな足がかりを手に入れる。受注増の弾みとなるでしょう」

銀行・証券、不動産が活気づく

トップ10入りしたキャノン、日立、コマツ、三菱商事、ファナックは円高下でもグローバル競争を勝ち抜き、好業績を叩きだす企業。今まで以上の大躍進が期待できるという。「ファナックは外国企業に真似できない圧倒的なロボット技術力を持ち、円安になればそれに比例して利益が上がっていく。コマツもライバルの米キャタピラーに対する競争力が増す。商品力の強さが光るキャノンにも円安はものすごい追い風。こうした企業がこれからの日本経済を牽引する中心企業に成長していくでしょう」(鈴木氏)

ベスト100行を仔細に見ると、野村HDを筆頭にメガバンク3行、三菱地所や三井不動産などのデベロッパーといった金融・不動産が多くの票を集めている。海外進出が難しく、少子化時代にジリ貧を余儀なくされるといわれる業界だが、なぜ円安で伸びるのか。証券アナリストの植木氏が言う。「円安が進むのと並行して、企業業績が好転するので、日本株も復活していく。また1ドル100円になると消費者物価も2%ほど上昇し、これがさらに株高を演出、同時にデフレ脱却によって地価の底入れも鮮明になってきて住宅販売も増加します。そして、株や不動産を持つ企業はこれを担保に銀行から融資を拡大させる。おのずと証券、銀行は沸き、不動産は活気づく。それがまた企業の懐を潤す好循環の始まりになる。まさにバブル景気がやってくるのです」

円安なら中国を攻略できる

同じく内需系といわれる小売業界は、円安で中国進出に弾みがつく。「セブン&アイ・HD傘下のイトーヨーカ堂は1990年代に四川省に進出し、今では中国で高級百貨店のようになっている。ジャスコを運営するイオン、ユニクロを展開するファーストりテーディングもすでに中国市場に食い込んでいる。昨年は反日デモの影響を受けたが、今後の円安下では中国を攻略するというぶれない経営姿勢が効いてくる。円安になればブランド力に価格競争が加わり、大幅な伸びが期待できるからです」

自動車、電機、金融、不動産、小売りと、幅広く恵みの雨を降らすところに「円安経済」の凄味がある。しかも、今後は安倍政権による「200兆円規模」といわれる公共投資、企業の研究開発や設備投資を後押しする減税措置、企業活動の障壁となる規制の緩和など、大盤振る舞いの企業活動重視政策が立て続けに実行される。このような円安効果と合わせて、ダブルで得する企業が続々と出てくる。

「たとえば太平洋セメントと日野自動車。両者ともにアジアなど海外展開に積極的なので、円安効果を享受できる。さらに安倍政権の緊急経済対策では、老朽化した道路などの補修工事に加え、本格的な震災復興に取り組むので、膨大なセメント、トラック需要が発生する。収益の上ブレは必至。日野自動車は二桁営業増加益と、過去最高益更新の基調が続くでしょう」(経済アナリスト)新日鉄住金やJFE HDが多くの票を集めるのも、同じように「二度おいしい」企業だからである。

円高に苦しむ企業がリストラに走り、汗水たらして働く絵労働者の賃金が下げられていく。国際競争力を失った企業からバタバタと倒産し、日本経済全体が沈んでいく。そんな円高・デフレ経済の悪循環から、ついに解き放たれる日が来たのだ。日本経済は今こそ顔を上げ、前を向くべきだろう。



『週刊現代』1.26


2013年01月22日(火) 金正恩ネット三昧の日々

スーパーマリオが大好き

世界で最も閉鎖された北朝鮮と、世界のオープン化に最も貢献しているグーグルとは、一見すると水と油の関係のように映る。ところが、金正恩との11年ぶりの再会を綴った新著『引き裂かれた約束』が、現在ベストセラーになっている「金正恩の料理人」藤本健二氏によれば、金正恩は幼いころからITオタクだったという。

「私は正恩王子を幼いころから間近で見てきましたが、日本製のファミコンが大好きでした。『スーパーマリオブラザーズ』や『テトリス』にはまっていて、よく一緒に遊んだものです。昨夏に平壌に行った時も、金正恩時代になってパソコンや携帯電話が一気に普及したと聞きました。北朝鮮にIT産業を根付かせたいというのが、正恩王子の夢なのです」

国情院関係者も「北朝鮮のインターネット人口は、現在10万人ぐらいで、メールアドレスも1000ぐらいしか取得していない。パソコンが高くて買えないという事情もあるが、一歩使い方を誤ると、2〜5年の労働強化所送りになるため、市民が怖がっている面もある。だが、今回の金正恩・シュミット会談によって、朝鮮中央通信とグーグルが提携することで、北朝鮮にIT革命が起こるかもしれない。すでに北朝鮮のゲームソフト技術は、世界のトップレベルなので、潜在的な発展の余地は大きいといえる」

たしかに、北朝鮮が開発した将棋ソフト『KCC将棋』は、2009年に東京で開かれた世界コンピューター将棋選手権で堂々4位を獲得している。中国のIT産業も最近は、優秀な人材が豊富で安価な北朝鮮にソフトの下請けを出す会社が増えている。中国の外交関係者は、皮肉を込めて語る。

「金正音がグーグルのオモチャを手にしたら、これからは退屈しなくなるだろうね。かねてから持論だった中国式の改革開放政策が、すっかり軍に骨抜きにされたため、今や半ば自宅に引きこもり状態で、暇を持て余しているからだ。自宅に引きこもっているというのは、軍強硬派による暗殺を極度に怖れているといことでもある。金正恩を見ていると、ラストエンペラーの清朝末帝の溥儀のような悲劇性を感じる」

今年、金正恩第一書記は、祖父の金日成主席が毎年恒例にしていた「正月の祝辞」を、19年ぶりに復活させた。だが、冒頭の文言から「英雄なる人民軍将兵たちよ!」と呼びかけた。そして金正日時代の軍最優先政策を示す「先軍」を連呼し、「先輩の御旗を高く掲げて軍事力強化に引き続き邁進する」「平壌市を先軍文化の中心地にふさわしい勇壮で風格ある都市に変える」などと述べたのだった。、まるで軍への媚を売るためのような、約1時間にわたる演説だった。

下半身のスキャンダル

そもそも、ついこの間まで勇ましく中国式の経済改革を断行しようとしていた金正恩第一書記は、なぜこんな体たらくとなってしまったのか。国際情勢院関係者が解説する。「それは、絶対的存在だった父親の金正日が、1年余り前に突然死したのに続き、父親の死後に絶対的存在となった叔母(金正日の妹)の金敬姫書記も、糖尿病の悪化で、めっきり弱ってしまったからだ。そこで次に頼りにしていたのが、叔父(金敬姫の夫)の張成沢党行政部長だ。だが、張部長も自らの身辺に危機を感じ、怖じ気づいている」

その結果、張成沢行政部長もまた、半ば引きこもり状態だというのだ。「過去1カ月で張部長が外出したのは、たったの8回だけだ。しかもすべて、厳重な警備がつく金正恩第一書記への同行だ。金正恩は叔父に気を遣って、このほど朝鮮労働党ナンバー2にあたる党中央委員会政治局常務委員に昇格させた。だが、妻のの権威に陰りがさしているため、張は軍の強硬派による暗殺を極度に恐れるようになっているのだ」(同)

そんな張行政部長について、韓国三大誌の一角『東亜日報』が、破廉恥なスキャンダルをスッパ抜いた。張部長の近くで長く勤務し、昨年韓国に亡命したという安昌男氏が、張部長のオフィスには、書棚にポルノ雑誌しかなく、真っ昼間からオフィスでAVばかり見て過ごしていると暴露したのだ。しかも周囲の若い女性たちを取っ替え引っかえ愛人にしているという。ちなみに夫人とは完全な仮面夫婦だそうだ。

この北朝鮮ナンバー2の降って湧いたような初スキャンダルに、北朝鮮当局は今のところ沈黙している。主が突然死した後、残されたものは引きこもりに糖尿病にAVオタク。なんとも末期的な3代目の金王朝である。中国の外交関係者が語る。「まず警戒すべきは、2月16日の金正日の誕生日前の核実験だ。その後、7月27日に朝鮮戦争の戦勝60周年を迎えるので、軍の強硬派たちの発言力は、さらに増すだろう。その間に、金敬姫にもしものことがあれば、ますます平壌奥の院は不穏になる」もはや、金正恩が今年、”朝鮮のラストエンペラー”とならないという保証は、どこにもないのである。


『週刊現代』1.26


2013年01月20日(日) 尖閣は奪われる

日本は平和ボケしている場合ではない。中国は本気で尖閣諸島を奪いに来ようとしている。アメリカ大統領が首脳会談も開いてくれないのであれば、日本の領土は日本人自身の手で守るしかない。

正月明けの1月3日、北京の大型スタジオで討論番組の収録が行なわれた。テーマはズバリ、「2013年中国と日本はどうしても開戦せねばならないのか」中国を代表する日本専門家、軍事評論家5人が次のような過激な発言を行なった。

尖閣は奪われる

★いったん中国と日本の戦争になれば、わが人民解放軍は一気呵成に勝ちに行く。日本よ何するものぞだ。

■カール・マルクスも「戦争は政治の延長である」と述べているではないか。中日は「一衣帯水の関係」などというのは過去の話で、今や「一衣帯血」の関係だ。

◆戦争をけしかけているのは安倍の方で、安倍の言い分は、戦争が嫌なら中国が妥協しろというわけだ。我々の選択は、安倍の妄言につきあわずに、ひたすら軍事増強あるのみだ。

●2001年に中米の軍用機が中国の領空で接触し、中米危機が起こったが、あの時はアメリカ側が中国に全面的に謝罪して事なきを得た。今回の日本は我々に謝罪する意思がないので、あの時のアメリカよりもタチが悪い。

★私は安倍本人はもとより、安倍の父親(晋太郎元外相)、祖父(岸元首相)にもインタビューしたことがあるが、3代そろってゴリゴリの右翼政治家だ。

■すでに日本鬼子(リーベングイズ・日本人の蔑称)は我が島を占領したのだ。どのみち戦争するなら、解放軍はさっさと開戦すべきだ。

◆その通りだ。我が国で日本企業に儲けさせてやっているのに、日本は恩を仇で返す奴らだ。戦争だ」

その後、議論は対日戦争の具体的展開に及んだ。

●空軍同士の対決は、海軍の対決と違ってこちらにも少なからぬ犠牲が出るので注意が必要だ。

■最低でも島の領土の半分は取らねばならない。

★半分ではなく全部だ。自分の子供を半分的にやれと言われて、やる親がどこにいるか!

●日本の衆議院480議席中、共産党が8席、社民党が2席で合わせて10席しか平和主義者はいない。7月の参院選が終われば、日本はすぐに平和憲法にオサラバだ。

■その通りだ。日本は昨年「9・11事件」(尖閣諸島の国有化)を起こして以降、軍事拡張に拍車をかけているので、我々も時間がない。

◆我が国は1979年に対ベトナム戦争に勝利して高度経済成長を始めた。今こそ1779年の再現だ。



―中国国内は、日本に対してなぜこれほど騒然とした雰囲気なのか

「それは昨年秋に始動した習近平体制が、日本との開戦も辞さずという強い決意を見せているからに他ならない。今の『トップ7』(共産党常務委員)で対日戦争に反対している幹部は一人もいない」

―中国側の主張する「9.11事件」(日本の尖閣国有化)によって、海軍の日本への反発が強まったということか。

「表向きはそうだが、海軍の幹部に聞いたら『石原慎太郎と野田佳彦に感謝している』と本音を漏らしていた。1972年の中日国交正常化の際、周恩来総理は魚釣島(尖閣諸島)の領土問題を棚上げした。その後、40年にわたって解放軍は一貫して、魚釣島奪還を主張してきたが、時の党中央に封じ込められてきた。それが昨年4月に、石原都知事が魚釣島の東京都購入を宣言し、9月に野田首相が国有化した。これによって初めて、これまでの“軍の主張”が党のコンセンサスになったのだ。そして今や13億国民は、軍を全面的に支持している。だから軍としては、石原と野田の二人に感謝したいそうなのだ」

習近平は決断する

―中国軍は、なぜそれほど強硬に、尖閣諸島占領にこだわるのか。

「それは一言でいえば、魚釣島が中米菅の海洋覇権争いのヘソに位置するからだ。我が国の継続的な発展のためには、カムチャッカ半島から千島列島、日本列島、台湾、フィリピンへ至る海洋権益を完全に確保せねばならない。その最大のポイントが、台湾と魚釣島なのだ。逆にアメリカ軍によって魚釣島にレーダーを建設されたら、我が国は一発でノックアウトされる。だから絶対に譲歩できない」

―中国の行為は、日増しにエスカレートしている。昨年秋は海洋局の海覧船にによる領海侵犯だったのが、年末になって海洋局の探査機が領空を侵犯するようになった。そして年が明けてからは、1月7日から8日にかけて、日をまたいで13時間にわたって侵犯しだした。今後も侵犯を続ける気なのか。

「何度も言うが、石原と野田がパンドラの箱を開けたのだ。もはや習近平新政権にとって、後退するという選択肢はない。島を奪還するまで、国を挙げて進み続けるまでだ」

―このまま中国がエスカレートし続けると、日本と軍事同盟を結んでいるアメリカが黙っていないだろう。

「果たしてそうだろうか?安倍首相はあれほど、すぐにも訪米してオバマ大統領と首脳会談を行なうと吹聴しておきながら、ホワイトハウスに拒絶されてしまったではないか。その点、21日にクリントンに代わって国務大臣に就任するジョン・ケリー上院外交委員長は、我が国と長年にわたって非常に友好な関係にあり、我が国からの要求を拒絶したことがないほどの親中派だ」



中国は昨年11月に胡錦涛体制から、習近平体制に移行したものの、国内問題が山積している。国民の不満のマグマは爆発寸前で、もはやどこからどのような形で噴出するか予想もつかない。例えば、待遇が恵まれているエリート集団の『南方週末』の記者たちでさえ、正月号の社説を、広東省党宣伝部長の”鶴の一声”によってまったく別の内容に書き換えられたとして、同社前で抗議のデモも続けている。このような「記者の反乱」は、胡錦涛時代には見られなかったものだ。今後、国民の不満が各地で噴出した場合、習近平は国民の不満をそらす手段として対日開戦を決断する可能性があるということだ。

日本は1月9日、防衛省の西正典政策局長をワシントンに派遣した。同局の防衛相関係者は、「尖閣危機は今そこにある危機なのに、日本人は反日暴動が終わればもう危機は去ったかのように錯覚している」と嘆く。日本は平和ボケしている場合ではない。


『週刊現代』1.26


2013年01月18日(金) 橋下徹とは何者か

威圧で始まった橋下府政

就任初日から大勢のメディアを従えた橋本知事は、早速、、400人の幹部職員、中堅職員らを前に次のような就任演説をし、選挙中に多用したワンフレーズ、「破産会社」発言をエスカレートさせた。「皆さん方は、破産会社の従業員である。民間会社であれば職員・給与の半減、ボーナスゼロは当たり前!」さらに、その後の臨時部長会議では、「私と一緒に死ぬ覚悟でやってください。最後に死んでください」とまで啖呵を切った。また、午後から行なわれた記者会見では、「現在、大阪府は破産状態にある」と断定し、「大阪府財政非常事態宣言」を発令した。

「収入の範囲内で予算を汲む」「府債は原則発行しない。府債のなかでも、減債基金の増発のような赤字隠しは一切認めない」ことを大原則に、全事業をゼロベースで見直した予算編成を行なうことを言明した。そのため、約3兆2000億円規模の通年予算ではなく、7月末までの4カ月間……

そのうえで、「大阪を変えたいという意気込みのない職員には府庁を去っていただきたい」「知事部局に限らず、教職員も免職を積極的に使い、府庁を去ってもらう。分限免職は一般企業では当たり前」と、橋下改革に反対する職員や教員に対して「分限免職」をチラつかせて威圧、のっけから強権的姿勢を露わにした。

しかし、そもそも教職員は、行政から独立した機関である教育委員会に所属しており、知事に「処分」などの権限は一切ない。民間企業でさえ、社長のやり方に反対したからといって、好き勝手に解雇することはできない。こんなことは世間の常識である。知事は現役の弁護士である。その法律の専門家が、知事就任日からこんなでたらめなことを言い放ったことには驚いたが、「法律」も「規則」も自分の都合で破っていいというのが、「橋下流ルール」で、これなどまだ序の口だった。

橋下徹とは何者か?

ところで、「破産会社」だから「まず、削減ありき」と言い張る知事だったがなぜか、約5兆円の府債(借入金)を抱える大阪府の財政危機の原因については、初の議会となった08年の定例府議会の所信表明でも一切触れなかった。知事の言う「破産会社」を立て直すためには、破産に至った原因を究明し、正すことが先決のはずである。この破産の原因に触れなかったことこそ、実は橋下改革の正体なのだ。そこに、触れてはいけない「タブー」が存在していたからにほかならない。このことはおいおい明らかにしていきたい。

その前にまず、橋本劇場の主役である橋本知事がどんな人物なのか、その経歴と言動から紹介しておきたい。橋下知事は、大阪府唯一の公立進学校・府立北野高校を卒業後、早稲田大学政経学部に入学。大学卒業の年に司法試験に合格し、1997年4月に弁護士登録。翌1998年4月、橋本総合法律事務所を開設した。同司法事務所のホームページによると、主要業務は、企業法務(マスコミ対応、コンプライアンス、M&A)エンターティメント法、スポーツビジネスなどとなっているが、連帯保証人の不動産を担保にして高利で貸し付け、取り立てる悪徳業者として一躍有名になったサラ金大手「アイフル」(京都市)傘下の商工ローン会社「シティーズ」(同)の代理人弁護士を1997年から2004年まで5年間務めている。

「シティズ」は、利息制限法を超える高額の利息支払いを求め、一日でも遅延すると、残金を一括して支払うよう債務者に迫り、債務者から全国的な訴訟を起こされてきた。債務者の保証人を巻き込むケースも多く、それも相当、乱暴な取り立てだったようだ。筆者は、今回の取材の過程で、1970年代の「シティズ」の被害者に会ったが、この人物は同社のあくどい取り立ての手口を、こう証言した。

「このときは、もう橋本知事は代理人を辞めていたが、相場が1億円相当の私の土地が、「シティズ」からの5000万円の借金担保になっている。返済がないので差し押さえる、という通知が突然、代理人弁護士から送られてきた。全く身に覚えがないのでびっくりして調べたら、私の知人が勝手にやっていたことがわかった。裁判を起こしたが、「シティズ」の代理人弁護士は、土地の所有者である私に一度も確かめずに、借金の担保にする書類をつくっていたんです。グルでやっていたとしか言いようがありません。当然、裁判に勝ち、土地は戻ってきましたが、橋本弁護士が当選した時、あの「シティズ」の代理人をやっていたぐらいだから、「正義感とは無縁の知事が誕生した」と驚くやら、あきれるやら、とにかく大阪は大変なことになると思いました」

この間、橋下知事は、ラジオ出演を機に関西ローカルのテレビに進出。2003年、全国ネットの「行列のできる法律相談」にレギュラー出演したことから、全国的に知名度が上がった。そうして、人気漫才コンビ『爆笑問題』が所属する芸能事務所「タイタン」に所属し、タレント弁護士として本格的に活動することになった。

周知の通り、茶髪にサングラス、ジーンズ姿の「キャラ立ち」する異色の弁護士として、テレビ局から引っ張りだこだった。「核武装発言」や「日本で一番いけないことは単独で戦争できないことだ」と、徴兵制の復活を主張し、たびたび物議をかもした。「中国での日本人の買春はODA(政府開発援助)と同じ」とも言い放ち、また、「競争の土俵に上がれる者は徹底的に競争させるべきだ」と、ニートにも厳しい立場をとり、「国家予算から単純計算すると、日本で生きるだけで一人頭47万円の金がかかる。税金も払わない奴は生きる資格がない」との方言もしている。「体罰肯定」論といった過激発言をも繰り返し、時に謝罪に追い込まれる場面もあった。

さらに、『週刊ポスト』の連載記事をまとめた著書『まっこう勝負!』でもこんな発言を展開している。「『日の丸』『君が代』が国旗や国歌にふさわしいかどうかは大人になってから考えればいいんだ。ガキにとって卒業式は重要な式典であって、『日の丸』を掲げて『君が代』を歌うことが教育カリキュラム一つ。思想や良心だなんて、クソガキが考える必要はゼロ。何が歌わない自由だ!それなら『授業を聞かない』自由、『学校を休む』自由、『チ×ポを出す』自由まであるかっていうの。生徒がこんなトンチンカンな事を言う学校は、決まって教師もトンチンカン。公立、とくに都立学校の教師が騒いでいるみたいだけど、そんなに『日の丸』『君が代』が嫌いなら学校を辞めてサラリーマンにでもなれっしゅうの」

右翼ポピュリスト

こうした言動は、「三国人発言」で知られる石原慎太郎・東京都知事と同様、識者の間では「右翼ポピュリスト」(社会進歩に反動的な立場をとり、人間の劣情を煽って支持を獲得する大衆迎合主義)と見られている。その象徴的な例が、去る2008年10月、広島地裁が橋下知事に800万円の損害賠償を命じる判決を下した名誉棄損事件である。(知事は控訴)事実上、弁護士失格の烙印を押されたも同然の厳しい判決だった。

これは、当時弁護士だった橋本知事が、山口県光市母子殺害事件の被告弁護団に対して、「あの弁護士団を許せないって思うんだったら、一斉に弁護士会に懲戒請求をかけてもらいたい」「何万、何千という形で、あの弁護士に懲戒請求を立ててもらいたい」とテレビ(『たかじんのそこまで言って委員会』)で視聴者に呼びかけたことがきっかけだった。それから2008年1月までに、弁護団の弁護士に8000件の懲戒請求があったため、業務に支障が出たとして、広島弁護士会所属弁護士4人が橋下氏を相手取り、損害賠償を求めていたものだ。

ところで、その番組出演料は、「関西ローカルの一時間番組でだいたい50万円。全国ネットでは100万から150万程度の一流タレントに近い高額なもの」で、テレビ局の至上命題である「視聴率のとれる」超人気タレントだった。また、講演料も一時間150万円と高額で、年収は3億円ともいわれ、豊中市の”億ション”住まい。また知事就任後、吹田市千里中央に建設中の超リッチなタワーマンションに転居するとの噂が立ち、写真週刊誌が取り上げたが、本人は否定した。他にも、「知事選挙のとき、ここに橋本知事が住んでいるとの噂が立ち、週刊誌が取り上げたが、本人は否定した。

その一方で、「母子家庭」「夫婦の馴れ初め」「7人の子だくさん」など、自らの「家族」を売りにしていることでも知られるが、弁護士時代に大阪国税局から約2500万円の申告漏れを指摘されていたことを「産経新聞」が報道したところ、自身のブログで「このオナニー新聞が」と、記者の名を挙げて罵倒。さらに『週刊文春』がこの件を報道し、経費に母親の再婚相手である義父(実父は小学校のとき病死)のキャバレーでの飲食代金も含まれていたことを暴露したことから、やはりブログで「三流以下の死に体週刊誌」と激しく非難した。ちなみに義父は「朝日新聞」の阪神地区の拡張団の「団長」と報じられている。長くなったが、橋下知事の人となりは、おわかりいただけたかと思う。


『橋下大阪維新の嘘』


2013年01月17日(木) 裁判員制度

喜んでいるのは検察だけ
負担も責任も重すぎる
裁判員制度の見直しを急げ

2009年の秋、鳥取で発覚した連続不審死という怪事件をめぐって逮捕、起訴された上田美由紀被告(38)に先ごろ、鳥取地裁が死刑判決を言い渡した。2件の強盗殺人などに問われた上田被告の公判は裁判員裁判の対象となったが、鳴り物入りでスタートしてから3年以上経過した裁判員制度の問題点が、改めて浮かび上がったように思う。

場末のホステスの周辺で男たちが次々と不審な死を遂げた事件に興味を惹かれた私は、裁判員の選任から判決まで70日以上に及んだ裁判に東京から通い詰めた。この間に公判が開かれたのは計20日。選任から判決までの日数で見ると、同じ時期に世を騒がせた首都圏連続不審死事件の100日に次ぎ、公判日数でも同じく2番目の多さだった。

また、結審後に裁判員と裁判官が判決内容などについて話し合う評議は計11日も開かれ、これは首都圏事件を上回って過去最多だった。つまり6人の裁判員たちは、、公判や評議などを合わせると最低でも1カ月以上は拘束された計算になる。1か月以上も仕事を休めるのはかなり恵まれた境遇の人々である。安定した企業や団体の勤め人か家庭の主婦か、それでも勤務先や家族の相当な理解と支援が不可欠だろう。逆に私のようなフリーランスの物書きはもちろん、自営業者や中小企業の社員、あるいは派遣で働く人々などの参加は極めて難しい。今回何とか裁判員を務めあげた人々にしても、負担はあまりにも大きかったろう。

とはいえ、死刑に関わる重大事件であったことを鑑みると、20日の公判はいかにも短く、審理が尽くされたとは言い難い。2件の強盗殺人を上田被告は一貫して否認した。しかも直接的な証拠はなく、状況証拠を積み重ねた検察立証は砂上の楼閣に近い代物だった。公判を傍聴し続けた私も、判決に納得できぬ部分が数々残っている。

裁判員の負担と不十分な審理。相反する矛盾を少しでも解消するには、区分審理という方法も考えられた。鳥取事件の場合、被告は2件の強盗殺人と詐欺、窃盗などで起訴されている。このうち、裁判員裁判の対象にならない詐欺や窃盗は裁判官が審理し、2件の強盗殺人は2組の裁判員に分けて審理するのである。当然、裁判員となる人の数は増える。しかし、個々の裁判員の負担は減り、一つの事件に費やす審理時間にも多少の余裕ができる。

ところが検察側はこれを嫌う。特に直接証拠に乏しい事件では、全体の構図から有罪を印象付けようとするため、個々に審理を尽くせば検察側に不利となりかねない、ともいわれる。しかし、裁判員の負担を減らす努力は惜しむべきではない。さらに深刻な問題もある。死刑という刑罰を裁判員が下すという凄まじき責務と懊悩。鳥取事件で裁判員となった人々も、判決言い渡し後の会見で口々にこう明かした。「被告の人生を決める責任の重さに、評議後は泣きながら帰った」「覚悟はしていたが、こんなに辛いとは」「死刑の可能性のある裁判は、裁判員の対象外にするよう考えてほしい」

もっともだろう。死刑や裁判員精度そのものの是非はともかく、死刑を含む量刑判断にも参加させる裁判員裁判は、市民が司法をチェックするというよりむしろ、国家の先兵となって罰を下す色彩が濃い。死刑という判決を下した裁判員は、一生そのことを背負い続けなければならない。それでも現行精度の枠組みを維持するなら、量刑判断から裁判員を解放するなり、せめて死刑判決は裁判員の全員一致を原則とするなどの改善が必要だろう。

たとえば、一片でも疑念を抱くような裁判で死の判決に参画させられた上、判決後の厳しい守秘義務まで課せられるなら、市民の責務としては過酷すぎる。さらに言えば、死刑制度そのもの根本議論も求められる。裁判員法は施行3年後の見直しを謳っている。至急の対処が必須なのは間違いない。



『週刊現代』1.5


2013年01月16日(水) 生命の誕生

生命以前の膜から最も初期の生物が形作られるまで、どういう科学的変遷を遂げるのかは、長い間の思索の対象だった。NASAのエイムズ研究センターのシャーウッド・チャンは、液体、固体、気体の三つの表面が接する所で生命が始まったことを示唆している。それは活発にエネルギー交換が行なわれるであろう接合部であり、膜その他のエネルギーの散逸構造を容易に作り得る場所でもある。ライデン大学の生物化学者、ピーター・ウェストブローグは簡潔に「岩、水、大気の交わるところに生命は宿る。それが地球科学のプロセスだ」と述べている。

1953年シカゴ大学において、ノーベル賞受賞者で偉大な科学者。ハロルド・ユーリは大学院生スタンリー・ミラーとともに、生命の創造というこの「地球科学のプロセス」を実験で再現しようとした。これは今までは不滅の実験と評価されている。アンモニア、水蒸気、水素、メタンからなる原始の大気そのものをつくり、一週間、稲妻放電のような電気火花で衝撃を加えた。

激しい衝撃を吸収することによって分子の複雑な鎖がつくられ、壊れ、再び結合し、首尾よくアミノ酸のアラニン、グリシンという二つのタンパク質成分をつくりだした。そのほか、生命の働きによってのみつくられた有機物質をも初めてつくりだすにいたった。それ以来、原始生命のほとんどすべての基本単位は、それを真似た条件の実験室で創られてはきたものの、生きている有機体が人間の手で化学的に創られたことはいまだかってない。

太陽によって暖められ、さらに稲妻によって衝撃を受けたでたらめな衝突の繰り返しを10億年も続けた結果、ごく初期の微生物が海岸の浅い水たまりにきらめき、そしてガイアが、今存在するように生まれたのだ。それはは勝利の事件どころではなかった。最初の10億年間、ガイアは内気な子供のようであったろう。始生代の生命はすべて、浴びればたちまち死んでしまう太陽の光を避けて実質的には泥の中に隠れていたのだ。

マーグリスとセーガンは、ミクロコスモスの研究のかなりの部分をこの原始の時代に捧げているが、ジェイムズ・ラブロックも自分の書物の長い一章をそれに当てている。かっては不可解なものとして棚上げされ、学問的に考察するほど実際的価値がないとされた原始の嫌気性生物の研究が、今では科学技術革新の潜在的な手がかりとして広く再検討されている。発酵作用は初期の生物の基本的な新陳代謝の方法であり、分子の分解という比較的低いエネルギーでのやり方であって、暗いところで起きている。

湿地に埋められたそういうバクテリアから泡が立っているのは同じ分解のプロセスだが、それが今日われわれにワイン、チーズ、醤油などの産物を与えてくれる。そして、目下発展している遺伝子工学の技術を通じて、さまざまな有害物質を滅ぼし消化する微生物の新世代が生まれることも約束されている。10億年にわたる発酵作用の後、ガイアははち切れて解放され、永久にそのコルクの栓を抜いたと言えば、ここでは十分である。



『ガイア』


2013年01月14日(月) M7級活断層 九州倍増

政府の地震調査委員会が進める全国の活断層の再評価で、第1弾となる九州地域の原案がまとまり、マグニチュード7以上の大地震を起こす可能性がある活断層は、これまでの8カ所から16カ所に倍増することがわかった。詳細は今月中にも公表される。活断層の長さと地震の規模は関連しているとされ、同委員会は従来、地表に現れたずれの長さが20�辧�M7程度)以上の全国110主要活断層を、地震規模や発生確率などを予測する評価の対象にしてきた。

しかし、2004年の新潟県中越地震(M6.8)など、対象外の活断層で被害の大きい地震が起きたことから10年に新たな基準で見直すことを決めた。新基準では評価対象をM6.8(長さ15�卍�度)以上の活断層に拡大。これまでは考慮していなかった地下や沿岸海域のズレの長さを加えたり、活動間隔の長い活断層も含めたりした結果、九州では評価対象が激増した。結局すべてがM6.8を上回り、最大M7〜8級と判定された。

福岡県の西山断層は、海域と陸域の活断層が追加されたため、これまでの約30�劼�ら約110�劼鳳笋咾拭A澗里�同時に動いた場合、M8程度の地震を起こす可能性がある。2005年には福岡市の中心部を斜めに横切る警固断層によるマグニチュード7の地震が発生し、建物にヒビや、傾き等による被害が出た。この地震の以前の活動歴は不明で、前回は3〜4千年前と推定されている。同委員会は今回初めて、活断層によるM6.8以上の地震が30年以内に起きる確率を地域単位で計算し、九州全体では40%程度と算出した。地域の確率評価は、長さ10〜15�卍�度だが、M6.8の地震を起こす可能性がある11カ所を加えた計27カ所の活断層で計算した。3地域に分けた場合、北部と南部は10%前後、中部は20%程度になる。

政府の地震調査委員会による再評価で、九州ではマグニチュード7以上の大地震を警戒すべき活断層が倍増した。地下のズレの長さを重力の微小な変化などから推定するなどして、活断層の実態に迫った結果だ。自治体によっては地域防災計画の見直しを迫られる可能性もある。それでも、地表にずれや痕跡がまったく現れていない未知の活断層や、海域に分布し調査が不十分な活断層もあるだろう。リストに載っている活断層が近くになくても、油断はできない。

同委員会はまた、今回初めて地域単位での発生確率を計算した。一つ一つの活断層の活動間隔は数千〜数万年と長く、発生確率は極めて低い。しかし地域全体でみれば、比較的近い将来に活断層の地震に見舞われる可能性があることがわかる。また、南海トラフの地震や東日本大震災のような海溝型地震は計算対象外だ。それらも含めれば大地震の確率はさらに高まる。大切なのは、評価には限界があることを理解したうえで、私たちが日ごろの防災に生かす努力をすることだ。日本には約2000の活断層があるといわれる。むやみに怖れるのではなく、確実に地震対策を進めたい。



『読売新聞』1.14


2013年01月13日(日) ピラミッド・新たなる謎

数値のワナに落ちないためにの基礎知識・πが組み込まれたのには理由がある

大ピラミッドを神秘的に解釈することに熱中した19世紀のピラミッド研究者たちは、ピラミッドにまつわる数値に非常に注目した。ピラミッドの底辺の4辺を高さの2倍で割ると3.144という、円周率πに限りなく近い数値が得られることを見つけたのは、ジョン・テイラーである。「円の半径対円周の関係がピラミッドには隠されている」と彼は驚愕した。偶然の結果とはとても考えられなかった。「ピラミッド建造者たちはπの値を表現するため、つまりは数学的水準の高さの象徴として大ピラミッドを建造した」と考えた彼は、かくしてピラミッドの数値のとりこになる。

しかし冷静に考えてみると、πの謎は容易に解決がつく。長い距離を計る時に、どんな道具が使われたかを想像してみてほしい。想像どころか、実際に今も同じ道具が使われている。それは計測輪である。物差しでは風の影響が大きすぎる。こんな時は計測輪が一番使いやすい。πの謎を解くカギは、ここにある。仮に古代エジプト人が直径1キュービット(0.524�叩砲侶彗�輪を使ったとしよう。これを一回転したとき長さは、1πキュービット(0.524�叩潸弌砲任△襦B腑團薀潺奪匹猟貶佞�230.36�辰△襪�、これは140πキュービットにあたる。つまり、計測輪を一回転させたときに得られる長さなのである。

一方、高さ146.7�辰諒�は、約280キュービットに相当する。高さの280キュービットを140πキュービットで割れば、円周率πを含む2πが得られるのも当然なのである。別に円周率という概念を知らなくても、計測輪を使って計測すれば、寸法に自然にπが含まれてしまうのだ。『リンド・パピルス』という世界最古の数学書では、円の面積を、円の直径の9分の1を引いた残りを2乗する方法で求めている。πは使わないが算出すると、π=3.16という近似値が得られる。これも、πという概念を知っていたのではなく、経験から得たπに近い数字を自然に使っていただけなのである。ところで今、ピラミッドの計測輪のところで、キュービットという単位を用いたが、これもかっては、ピラミッド狂たちに盛んに問題にされていた。

キュービットは古代オリエントの基本的な長さの単位で、人間のひじから中指の先までの長さを起源としている。地域や時代によって差があるが、500ミリ前後の長さを示していた。当初はその時の王の体の実寸から、1キュービットの長さを決めたのかもしれない。彼らが夢中になったのは、ピラミッド建造に使われた、1キュービットの長さである。彼らに言わせれば、それはノアが箱舟を作るのに使った神聖キュービットだ。しかもその25分の1は、イギリス・インチと0.1%以内の誤差しかない、と主張したのは、ピアジ・スミスである。

1千万神聖キュービットは地球の中心から極までの距離だ。ピラミッドの高さに10の9乗をかけると地球から太陽までの距離になるなど、さまざまな説が登場する。しかし、ピラミッドの計測値そのものが、当時は全く不正確だったのである。だから、自分に都合のよい数値を選んで数式に当てはめるようなやり方が横行した。正確な測量は、1880年になって手がつけられた。あとに「エジプト学の父」と呼ばれるようになるフリンダース・ピートリーは、父が考案した特殊な六分儀と経緯儀を携えてエジプトを訪れると三角測量で、正確な地図をつくりあげていった。今もピラミッドの数値として引用されるのはこの計測機である。



『ピラミッド・新たなる謎』 吉村作治


2013年01月12日(土) 関東大震災

関東大震災と同規模の大地震であった安政2年の大地震でも、大火が起こっている。発火したのは66カ所で、関東大震災の84カ所と著しい差はない。が、その焼失面積は、関東大震災の方が19倍という凄まじさであった。安政大地震の折に町奉行から幕府へ提出された「地震後所々出火儀甲上候書付」と題する報告書から判断すると、焼失面積は62万坪で、それに比べて関東大震災の焼失面積は、1150万坪にも及ぶ大規模なものだったのである。

江戸時代に比べて大正時代の方がはるかに消防能力は秀でていたのだが、地震による水道管の破壊によって消防力はほとんど無に帰していた。それに家屋の密集度も増していたこともあって、火災は自由に四方八方に伸びたのである。東京市内にあった橋は総数675で、地震よって墜落または破損したものはわずかに18にすぎなかったが、火災によって340の橋が被害を受けた。鉄橋も炎上したが、それは木材を多く混用していたためであった。

橋が焼けたことによって、避難者は逃げ場を失い死者の数を激増させる結果になった。橋が焼失した原因の最大のものは、避難者たちの手にした荷物が橋を覆い、それに延焼したためであった。橋が焼け落ちる寸前には、橋を渡る者たちの間で激しい混乱が起こったが、最も悲惨をきわめたのは隅田川に架けられた永代橋であった。「大小大震災大火災」(大日本雄弁会講談社発行)の中に永代橋で危うく死をまぬがれた生存者の一青年の回想談が収められている。

「深川区は、午後3時五には火の海でした。独身者の私は、どちらかといえば呑気に、そちこち逃げ廻っていましたが、日の暮れにはどうにもならなくなったので、人の群れに押され押されて、永代橋までやって来ました。橋を渡って日本橋から京橋の方面へ逃げようとしたのです。ところが大変です。逃げようと思った対岸がまた一面の火で、猛火の挟み打ちを食った形です。私は橋の中頃にいましたが身動きもならぬ始末で、女、子供は潰されかけて悲鳴をあげています。そのうちに、橋の両側にある家が燃え、火は容赦なく迫ってきました。橋の両側にいた者たちは、どうもこうも暑くてならず、人を押しのけて橋の中央部に行こうと必死になって押し合います。怒号、悲鳴で何が何だか分からなくなりましたが、窒息死するのでしょうか、人が片端から倒れてゆくのです。それが50、100と見る間に増えてゆきました」

上野公園以外の地に集まった避難者数は、宮城前広場約30万人、芝公園約5万人、九段靖国神社境内約3万人、深川清澄公園約5千人、洲崎埋立地約5万人であった。東京の全壊戸数2231戸に対して、18149個という倒壊家屋を出した横浜市では、大激震に襲われると同時に火災も発生して、全市の総面積の約80%が焼失した。被害は東京を上回っていたため、死者は多く、辛うじて生き残ることのできた避難者の苦しみも大きかった。港湾都市である横浜市には、官庁以外に外国人関係の建物も多かったが、官庁関係建物43のうち33が焼失、、残りの10の建物も半壊状態であった。また外国領事館26はすべて焼失、残りの10の建物も半壊状態であった。また外国領事館26はすべて全焼、326の銀行諸会社もわずかに17残っただけで、約3000の工場も90%にあたる2700が焼失した。

丘陵に囲まれた地形を持つ横浜市内では、大崖崩れが50ヶ所も起こって人家を埋没させ、橋は墜落または焼失し、川の中に入って溺死した。殊に午後3時ごろには、中村町にある神奈川県揮発物貯蔵庫に飛び火して火災は発生した。同貯蔵庫には、26棟の倉庫に石油、機械油、パラピン油、松脂、揮発油、アルコール類、カーバイト等が多量に収蔵されていたが、それらに引火して大爆発が連続して起こった。避難者の恐怖はつのり、逃げ遅れた者たちは海や川の中に飛び込んだが、水面に浮遊する重油に引火して数1千名が死亡した。幸いにも死を免れた者たちは、横浜公園、山の手公園、新山下町埋め立て地、伊勢山、掃部山(かもんやま)、税関山、久保山、中村町の丘陵に避難したが、猛烈な火災が迫って死の危険にさらされた。

まず横浜公演には数万の避難者が流れ込んだが、たちまち公園は火災に包囲された。人々は熱さにたえられず泣き叫びながら逃げまどったが、旋風が起こって焼けトタンが飛散した。その頃、水道管が地震によって破壊され、園内は噴出する水におおわれ、低い部分では腰にまで達するほどの泥水が溜まっていて身を地面に伏すこともできなかった。人々は泥水に脅かされたが、この泥水を浴びることによって多くの者たちが焼死をまぬがれた。また新山下町の埋め立て地も、数万の避難者が殺到した。その埋め立て地は8300坪の面積を持つ広大な地で、建築物はなく絶好の避難地と判断されていた。人々は、危険を脱した安堵から埋め立て地で休憩をとっていたが、やがて火災が迫った頃、「津波が来た」という叫び声が起こって、人々は狼狽し四散した。そして、火炎の中に走り込む者も多く、埋め立て地で夜を明かしたのは千名前後で、津波来襲の事実はなかった。

伊勢山は、麓に人家があるが、付近一帯の最も高い場所で面積も広く、人々はこの丘陵を安全地として争って斜面を登ったのである。しかし、麓に迫った火炎は、四方から丘陵を這いのぼりはじめ、避難者は頂に向かって移動した。頂上には皇大新宮があったが、その社殿社務所にも延焼し、わずかに神楽坂を残すのみになった。もしもその神楽坂に火が移れば、頂上に押し合う約1万名の者たちは焼死する。

大混乱が起こったが、男たちは互いに励まし合って神楽殿にしがみつき、死力をつくしてその建物を押し倒しようやく焼死をまぬがれた。また伊勢山に接する掃部山にも約1万名の避難者が集まり、伊勢山と同じように火が四方から頂上に迫ったが、建物がないのが幸いして、奇跡的に死を免れることができた。地震に次ぐ大火も、ようやく静まったが、関東大震災の悲劇は、それで終了することはなく、大恐慌が始まったのだ。


1703 元禄大地震 (江戸)M8.1

1707 富士山大噴火  元禄大地震から4年後、江戸が灰に埋まった

1812 横浜駅地下地震 富士山大噴火から105年 M6.9

1855 安政の大地震(江戸)・横浜駅地下地震から43年 
 
1923 関東大震災  安政の大地震から68年

2014 今年、関東大震災から90年



『関東大震災』 吉村 昭


2013年01月10日(木) フクシマの今

のどかなる無人の街

福島県・川内村の山の上に福島第一原発が見渡せる場所があるという。おそらくそこが現在唯一のビューポイントだろうと聞いたので行ってみることにした。案内役を買って出てくれたのが、本誌の野田記者である。彼方に青い空と太平洋。波打ち際の手前には浜通りの大熊町の家並みが並ぶ。そこが放射能物質に汚染された無人の街だとは信じられない。のどかな光景である。
「ほら、あそこですよ」野田さんが指さす方に目を凝らすと、海岸線に原子炉建屋がみえた。しかし直線距離では13�勸幣緡イ譴討い襪�ら、マッチ箱よりも小さくて細部は何もわからない。

それより私は前庭の真ん中にドカンとおかれた青い大型土嚢袋が気になった。一袋が1�短擁�ぐらいの大きさで、十数個あった。どの袋にも「H24・11月28日作業」と書かれ、線量が記されている。3.52μ㏜(マイクロシーベルト)4.33μ㏜、3.71μ㏜、……7.06μ㏜と突出して高い袋をもあった。そうか、それでわかった。2週間ほど前に除染作業が行なわれたのだ。敷地の表土や草木がこの土嚢袋に詰め込まれたのである。ちなみにどれくらいい空間線量が下がったのかと線量計で計ってみたら0.49μ㏜だった。都心の約10倍、福島駅前の約2倍である。国が定めた被ばく線量の上限値0.23μ㏜を軽く上回っている。これではまだ人は住めない。妊婦や子供は近寄れない。

このログハウスの持ち主は、佐藤さん(68歳)7年前まで地元の小学校の校長を務めていた。つい1週間ほど前に静岡県に転居したばかりだった。電話で本人の声を聞いた。「へえー、7μ㏜もあった?雨どいに詰まった葉っぱか何かにセシウムが凝着したんだろうね。あの山小屋をつくるのは、私の20年がかりの夢だったんだよ。学校を退職したら、あそこで注文家具をつくりながら子供たちを集めて自然塾を開こうとコツコツ頑張って、その夢をやっと実現できたと思ったら、原発にすべてを台無しにされた。この悔しさは被災した者でないとわからんだろう」

佐藤さんがログハウスを建てたのは11年前のことだ。2005年に定年退職して、その翌年から子供たちを10人ほど集めて、月に1度、自然の中で生きる基本的な知識を教える塾を開いた。周囲の森で子供たちと一緒にキノコやタラの芽、ウドなどを取り、モミジイチゴの黄色い実を採って食べた。イワナ釣りや崖登り、原生林の歩き方も教えた。

「それもこれもできなくなってしまった。いくら除染したからといっても、敷地とその周辺をやっただけだからね。それで1μ㏜が0.5μ㏜に減ったところで何の意味もない。1か月もすればまた1μ㏜に逆戻りするよ。だって周囲の森は汚染されたままだもの。そんなところに子供たちを呼べるようになるわけがない」佐藤さんの言う通りだ。ピンポイントの除染をしても意味がない。いずれは周囲の森から汚染水が流れ込み、汚染された枯葉が舞い込んできて、元の木阿弥になる。政府の除染計画は言い訳づくりのためとしか思えない。

私の野田さんは川内村の山を下り、浜通りの楢葉町に行った。楢葉町は今年8月、「避難指示解除準備区域」に指定され、日中だけ立ち入りができるようになった。現在、1日当たり最大2000人の作業員が入って、町中の至る所で除染作業にあたっている。政府の計画では2014年3月までに全町の除染を終えることになっているが、楢葉町放射線対策課の松本課長も見通しはかなり悲観的だ。「確かに、町の南部では国の基準値の0.23μ㏜をすでに下回っているところありますよ。だけど北部の私の自宅周辺では3〜4μ㏜もあるんですよ。それを除染で半減させたとしても1.5〜2μ㏜にしかならないでしょう。仮に2回、3回と除染を繰り返しても、まだ基準値を上回る計算になるんです。こんな状態では町民全員が帰還できるようになるまではいったいどのくらいの時間がかかるのか、正直言ってわかりません」

その北部に行くと、大谷石の塀が倒れ、屋根や壁が痛んだまま放置された家が目立つ。田畑や空き地は高さ2mほどに伸びたセイタカアワダチソウやススキに埋め尽くされ、人の姿も稀にしか見られない。千葉県の避難先から家の様子を見に来たという女性(48歳)はこう話してくれた。「もうここに帰ることはないのだと頭でわかっているつもりでも、どうしても悲しくなるし東電を恨んでしまう。いくら除染しても限度があって、元通りにならないのだから、もう人は戻ってきません。それぞれの生活する場所も変わってしまったしね。住めない場所を除染するより、そのお金を別の形で活用してもらいたい。大きな声ではいえないけれど、除染作業に雇われている人達だって元通りになると本気で考えている人はいないと思う。みんな生きていくためにパートでも除染でも何でもするんですよ」

たまたま通りかかった楢葉北小学校の無人の校庭には雑草が伸び、校舎の正面の大時計の針は震災が発生した午後2時46分のの3分後を指して止まっていた。ガラス越しに校長室をのぞくと、壁に歴代校長の写真が額ごとはずれて落ちていた。隣の職員室の黒板も2011ねん3月11日金曜日の予定が書かれたままだ。あの地震が起きた瞬間から時間が凍りついてしまったかのようだ。全児童約280人ははあれから全国に散り散りになった。2度とここには戻れないかもしれない。故郷をなくした子供たちの痛みが私の心に沁みた。



『週刊現代』1.5


2013年01月09日(水) 三陸海岸の津波の歴史

三陸海岸を襲う津波は、例外なく地震と密接な関係を持つ。沖合は世界有数の海底地震多発地帯で、しかも深海であるため、地震によって発生したエネルギーは衰えずそのまま海水に伝達する。そして大陸棚の上を何の抵抗もなく伝って海岸線へと向かう。三陸海岸の鋸の歯状に入りくんだ湾はY字状をなして太平洋に向いている。このような湾の常として、海底は湾口から奥に入るに従って急に浅くなっている。巨大なエネルギーを秘めた海水が、湾口から入り込むと、奥に進むにつれて急速に海水は膨れ上がり、すさまじい大津波となる。つまり三陸海岸は、津波に襲われる条件が地形的に十分備わっているのだ。三陸海岸を襲った津波は、数知れない。その主だったものをひろうと下記のようになる。

��869年7月13日(貞観11年)
大地震によって死者多数を出し、家屋の倒壊も著しかった。と同時に津波が襲来し、死者千余名に及んだ。(「三代実録」による)

��1585年5月14日(天正13年)
津波襲来

��1611年10月28日(慶長16年)前回の津波から26年経過
地震の後大津波襲来。伊達領内で死者1783名。

��1611年11月13日(慶長16年)〃16日後
大地震の後、津波が三度襲来した。伊達領内の溺死者5000名を数える。

��1616年7月28日(元和2年)〃5年経過
強震後、大津波あり

��1651年(慶安4年)〃35年経過
宮城県下に津波襲来

��1676年10月(延宝4年)〃27年経過
三陸海岸一帯に津波。人畜多数死亡し家屋の流失も大。(弘賢筆記泰平年票による)

��1677年4月3日(延宝5年3月12日)〃1年経過
三陸海岸岩手県下に数十回の地震後、津波によって宮古、鍬ヶ崎、大槌裏等で家屋が流出。

��1687年9月17日(貞享4年)〃10年経過 (ジョウキョウ)
塩釜をはじめ宮城県下沿岸に津波襲来

��1689年(元禄2年)〃2年経過
三陸沿岸に津波あり。

��1696年11月1日(元禄9年)〃7年経過
宮城県石巻の河口に津波襲来。船300隻をさらい、溺死者多数を出した。

��1716〜1736年(享保年間)〃20年〜40年経過
津波あり。田畑は海水におかされたが、人畜に被害なし。

��1751年4月26日(宝暦元年)〃15年経過
高田大震災の余波として、岩手県下に津波。

��1781〜1789年(天明年間)〃30〜38年経過
津波襲来

��1835年(天保6年)〃46年経過
仙台地震に伴う津波によって人家数百が流失、死者多数。

��1856年7月23日午後1時ごろ(安政3年)〃21年経過
北海道南東部に強震。北海道から三陸沿岸にわたって大規模な津波あり。

��1868年6月(明治元年)〃12年経過
宮城県本吉郡地方に津波。

��1894年3月22日午後8時20分ごろ(明治27年)〃26年経過
岩手県沿岸に小津波。

��1896年6月15日(明治29年)〃2年経過
岩手県沿岸に大津波襲来。

��2011年3月11日午後2時46分(平成23年)〃115年経過
東日本大震災。東北地方の太平洋沖地震とそれに伴って津波が発生した。マグニチュード9.0死者15.854人




「私は、私のおとうさんもたしかに死んだだろうと思いますと、なみだが出てまいりました。下へおりていって死んだ人を見ましたら、私のお友だちでした。私は、その死んだ人に手をかけて、『みきさん』と声をかけますと、口から、あわが出てきました」

この作文を書いた少女は、40代半ばとなって、幸せに暮らしていた。吉村氏は彼女に会い、話を聞く。ふたりが会うという事実が、とても尊い出来事のように思われた。「あわが出てきました」とあるのは、その地方で死人に親しい人が声をかけると口から泡を出すという言い伝えから来ている一文だそうで、少女の死体をかこんでいた人たちは、「親しいものが声をかけたからだ」と涙を流したという。

これもまた、迷信ではあろう。しかし、こちらの迷信は小さな奇跡として、寒さと悲しみの底にある人々の心に、ほのかな灯をともしたのである。

10年ばかりまえ、私は田老を訪れたことがある。異様なほどに巨大な防波堤が視界をさえぎるように海にそそり立っていた。景観美をいちじるしく損ねる姿に閉口したけれども、それはただ過ぎ去るだけの旅人の独りよがりというものだ。20メートルをはるかに超える高さで押し寄せてくる大津波を、この防波堤がすべてくい止めることができるはずがない。海に生きる人々は、津波の来襲を拒めない。いや、拒まないのである。「津波は、時世が変わってもなくならない。必ず今後も襲ってくる。しかし、今の人達は色々な方法で十分警戒しているから、死ぬ人はめったにいないと思う」という古老の言葉が輝いて見えるのは、明治の大津波から十勝沖地震までを経験し、生き抜いてきたからだ。



『三陸海岸大津波』 吉村 昭


2013年01月08日(火) 20年後生き残る会社

自動車業界に革命を起こすシェールガス

これから生き残る企業はどこか。本誌は経済のプロ8人に有力企業647社の中から「20年後に生き残っている会社」を選んでもらった。トップはトヨタ自動車。エコノミストの中丸氏によれば、米国でいま起きている「シェールガス革命」が背景にあるという。シェールガスとは地下深くの頁岩(けつがん)・シェール層に閉じ込められたガスで、今まで採掘困難といわれてきたが、最近の技術革新によって可能になった。全米中には採掘されていないシェールガスが大量に眠っており、米国は「100年分の天然ガス」を手に入れたといわれているのだが、それがトヨタとどんな関係があるのか。

「自動車業界では次世代カーの本命は電気自動車といわれてきたが、シェールガス革命で安価な天然ガスが大量に手に入るようになるため、本命がガスを燃料に使う燃料電池車に取って代わられる可能性が高まってきた。その燃料電池車の開発を世界で先駆けて行なってきたのが実はトヨタで、20年以上の研究実績がある。長年の研究開発がこれから海化する可能性が出てきました」目先の利益を追うばかりではなく、未来のメシの種にカネをつぎ込む。

トヨタに続く上位には三菱商事、ブリジストン、ヤマトHD、三菱重工業など異業種の企業が並ぶが、共通点は「未来への投資」にある。経営コンサルタントの小宮氏は「例えば三菱重工は採算性が疑われる中で約10年前から国産初の小型ジェット機『MRJ』の開発に着手した。これが今格安航空(LCC)ブームに乗って、海外の航空会社から注文が相次いでいる。商社各社は三菱商事がローソンを傘下に入れるなど多角化を進めたり、丸紅がチリで水ビジネスに進出するなど常に次世代ビジネスへ投資を続けてきた。

企業の生き残りのポイントは、勝負をかけた先行投資ができているかどうかだ。成功すれば後発組が10〜20年かけても追いつけない参入障壁をつくれるからです」日本経済をけん引してきた電機業界では、NEC,シャープ、ソニー、パナソニック、富士通などがほとんど生き残りの可能性がないと評価されている。「業界自体が汎用品化してしまった白物、AV家電中心の企業は、現状の事業構造のままでは20年後に全滅している可能性がある」(セゾン投信代表)

凄い利益を出す可能性がある

一方でこれらの業界にあって、三井住友FG、東京海上、JR東日本など高評価を得ている企業がある。その理由を元マイクソフト代表の成毛氏が指摘する。「例えば今、アマゾンも楽天も銀行に手数料を払って決済を依頼しています。ということは彼らと同じビジネスを銀行自身がやれば、手数料がいらないからより低価格でできる。つまりある日、三井住友で三菱UFJでもいいのですが、『音楽配信ビジネスをはじめます。値段は従来の半額です』とやればその瞬間に既存企業は敗北が決定する。つまり、銀行が持つ決済機能というのは使いようによってはものすごいビジネスツールになる可能性を秘めている。JR東日本が持つスイカの技術も同じで、手数料タダで1円単位で決済ができる。あとは企業が気づくかどうか、なんですがね」

東京海上が高評価なのはなぜか。「建設大手のコマツが建機にGPSをつけることで、どの鉱山でどの建機がどれだけ動いているかを管理できるといことでバカ売れしています。これと同じビジネスモデルを保険会社も応用できるんです。例えば東京海上がトヨタと組んで、自社の費用でトヨタ車にGPSをつければ、事故が起きたときに瞬時に駈けつけられるシステムをつくれるし、盗難防止にもなる。交通渋滞情報もリアルタイムで掴めるから、そのデータを運送会社に売ることもできるんです。現代のイノベーションとは、いかに他人が気づかないビジネスモデルをつくれるか。業界に関係なく、気づいた人が需要を総取りできるわけです」

一橋大学教授の梅木氏は「日本企業はスイスに学べ」と説く。「スイスの時計産業はかって日本のデジタルウオッチにやられて壊滅的になりましたが、そこからクオリティー路線に転換し、いまではオメガやフランク・ミュラーが強力なブランドとして存在感を増している。味の素の半導体向け材料事業などのように、量ではなく質を追っていく。量は質についてくる。そこを徹底している企業は強い」



『週刊現代』1.5


2013年01月07日(月) 進化論の欠落部分

我々はどこから来たのか

そもそも人類はどのようにしてこの地球上に登場したのか。この謎に一応の終止符を打ったのが、ダーウィンが1859年に発表した「進化論」である。それによると人類は、原始生物が自然淘汰と突然変異を繰り返した結果、生まれたものだという。平たくいえば、海中の微生物が進化して魚類になり、陸に上がって両生類となり、爬虫類となり、哺乳類となり、そしてサルが人間へと進化したというわけだ。

この論は発表された当時から角界に衝撃を与え、そして数多くの批判を浴びてきた。人間の祖先がサルであるということが、当時の人々にはどうしても理解されなかったのだ。しかし、およそ一世紀半を経た現在でも、進化論に代わる有力な説は登場せず、これが人類の起源を語る主流となっている。ところが、この進化論ではどうしても説明のつかない大きな謎がある。

進化論の大前提は、環境適応である。つまり、生物は周辺の環境の中で生き残るためには、必要に迫られて進化していったということだ。例えば木の上になる実を取るために、キリンは首が長くなりサルは強く器用な手を持つに至ったというわけである。だが、人間にはどうしてもその延長線上には乗らないもの、環境適応上不必要と思われるものが備わっている。すなわち、脳である。人間の脳は、他の哺乳類と比較すると異常なまでに大きい。人間の脳が全体重のおよそ45分の1を占めるのに対し、イルカは100分の1、ゴリラは200分の1、チンパンジーでも75分の1である。しかも、その脳のうち、実際に人間が活用しているのは、わずか5分の1に過ぎないといわれている。つまり、残りの5分の4に関しては、いわば意味もなく人間の頭に載っているということになる。

これを「脳の爆発」というが、なぜ人間の脳だけが進化論を無視するように、こうして突然に巨大化したのか。進化論にそぐわないとすれば、人間はどこから現れたのか、いまだに謎のままである。このことは、ダーウィンにとっても頭痛の種だった。また、ダーウィンと同時期にやはり同様の進化論を提唱した生物学者、アルフレッド・ウォーレスも、この異常な進化を説明することができなかった。彼はこれについて、「神の意志としか考えられない」と語り、ダーウィンをひどく落胆させたといわれている。この難問に対して、ダーウィンよりはるか昔に明確な回答を打ち出しているのが、神話である。どの民族の神話・伝説でも、人類の起源に関するくだりがないものはない。そしてその回答は、常に一つである。すなわち、ウォーレスが指摘した通り、「神の意志」である。

人類が不可解な「脳の爆発」を起こし、今日の人間の直接の祖先となったのは、遅くとも紀元前200万年頃だったといわれている。ということは、氏の説に従えばアダムもイブも決して最初の人類ではなかったことになる。とはいえ、エデンの園が場所も時代も現実に限定できるものだとすれば、物語の内容についても、何らかの歴史的事実が隠されているとは考えられないだろうか。もちろん、「神が土から人間をつくった」ということを鵜呑みにすることはできないが、もしかすると、それに似たような事件、人類誕生に関する神秘的な出来事があったのかもしれない。進化論では人類の起源を説明できないこと自体が、その可能性をより高めているといえるだろう。

かくして肌の違いが生まれた

さらに人類創世の神話は、人間の起源に関するもう一つの大きな謎にも、果敢に回答を用意している。すなわち、どうして肌の色の違う人種が存在しているのか、ということだ。進化論によれば、それはそれぞれの地域の環境下で、それぞれに適した身体に進化した結果、といことになるが、だが、これだけでは説明がつかない。一般的に、赤道に近い住民ほどその肌は黒く、両極点に近いほど白い。我々はこれを当たり前のように思っているが、よく考えてみると、ここには大きな矛盾がある。

赤道直下の強い日差しという環境下で、その直撃を少しでも避けるには、肌は白いほうが適しているはずである。逆に太陽光の不足している極点付近で、より多くの熱を吸収するためには、肌は黒いほうがいいだろう。つまり肌の色の違いによる人口の分布は、環境適応と自然淘汰という進化論の大前提に真っ向から反しているのである。実はこの謎の科学的な究明は今日に至ってもあまり進んでいない。学術的な解明が難しいことと同時に、その論を提唱することは、どうしても人種差別という微妙な問題と絡んでくるからである。

その一方で、数々の神話の回答は原始的だが極めて明快である。たとえば、北米先住民のホビ族に伝わる神話では、もともと神が人間をつくるとき、赤、黄、白、黒の4つの色の土を用意したことになっている。それぞれで人間をつくったために、肌の色がそれぞれに違うのだそうだ。また、アフリカ・マリ共和国の南部に住むドゴン族に伝わる神話でも、人間のもともとの素材は土であり、熱い太陽の下でつくった人間は黒人となり、冷たい月の光でつくった人間は白人となったという。

さらに、東ギニアのコノ族に伝わる神話では、人間は純粋に神の子供として登場するが、その時点ですでに白人と黒人に分かれて生まれてきたという。神は、生きる術として、北人にはペンと紙を、黒人には農機具を与えた。やがて白人たちはアフリカから遠く旅立ち、黒人は残ってアフリカの大地を耕したそうだ。いずれにせよ、ここで共通しているのは、いずれの人種も同一の神から同時につくられたということだ。もちろん学術的には何ら価値はないのだろうが、少なくともここには差別の根源となるような内容はない。



『神々の造った地球』


2013年01月05日(土) 政党は完全に壊された

野田首相は、開票当日、午睡から目覚めると、午後8時前から始まったNHKの選挙特番を茫然と眺めていた。「自公で300議席へ」ザ・プリンス、パークタワー東京内に開設された民主党の開票センターでは、現職閣僚らの相次ぐ落選という悲報に、細野政調会長が絶句していた。同時刻、民主党本部では選対の職員らがあまりの惨状にがく然とし、ある者は怒りから椅子を蹴り飛ばしていた。党の大敗北と縮小により、彼らは翌日から失業の危機に晒される。

やがて日付が変わる頃、野田氏や興石幹事長のもとに、「比例代表での民主党の得票数は約960万票」という報告が届いた。前回2009年の選挙での得票数は2980万票。「2000万票も民主党を見放したのか…」有権者が突きつけた冷酷な数字を前に、興石氏も声を失っていた。実に残念か結果である。民主党が総選挙で壊滅的な大敗北を喫したことが残念なのではない。3年3ヶ月前、有権者が思いを託した一票が、こんな無残な形で裏切られることになってしまったことが、ただただ残念でならない。

改選前の4分の1以下、57議席への激減…。民主党の議員たちは、年の瀬・新年を前に「無職」に成り下がってしまった。その恨みつらみは必然的に野田氏へと向かう。今回の総選挙であえなく落選した、民主党の川内博史氏は怒りを隠さない。「民主党はマニュフェストにもなかった消費増税に踏み切ったことで、完全に国民の信頼を失ったのだと思います。ここまで惨敗してしまうと、当分の間、民主党が再起するのは無理です。野田さんは党代表を辞任したぐらいでは済まない。まさに万死に値する」野田さんは完全に民主党をブチ壊してしまった。なぜ、こんな時期に解散したのか。直接問いただしたいですよ」

中には、敗北の原因について懊悩するあまり、こんな穿ち過ぎな見方をする落選者もいる。「野田さんは完全に解散時期を間違ったわけですが、私が聞いたところによれば、裏で引き金を引いたのは財務省だったと。野田さんは補正予算を組んで景気対策をし、それで支持率を上げて総選挙に臨みたかったのに、財務省が野田政権で補正予算を組むのを許さなかったというのです。本当なら、あれだけ野田さんは財務省のために働いたのに、最後はハシゴを外されて自爆せざるを得なかったことになりますね…」

確かに財務省は以前から「次は自民党に政権が戻る」とにらみ、安倍氏に接触していたとされる。消費増税法案を成立させた野田氏が、賞味期限切れでお払い箱にされたというのは「いかにも」という話だが、真相は不明だ。野田氏は地滑り的な大敗を喫した翌日、藤村官房長官、樽床総務相、城島財務相、田中真紀子文化相ら、落選した8人の現職閣僚たちに、「すまなかった」「ごめんよ」とひたすら謝罪していたという。しかし、改選前の4分の1以下という、今回の敗北の仕方は異常だ。

政治ジャーナリストの山田氏もこう語る。「この大敗の責任は重大で、本来は代表辞任ですむ話ではなく、懲罰として党を除名されてもおかしくない。野田氏が年末解散を決意したのは、たとえ民主党が大敗しても消費増税が実行されればそれでよし、という考えがあったからです。ところが自公連立政権では安倍氏がデフレ対策優先論者で、公明党はもともと増税には慎重な立場。今後消費増税の先延ばしで一致するかもしれません。すると野田氏は、民主党を潰したうえ、自分の目的だった消費増税にも大敗することになる。まさに最悪の結末ですね」

今回生き残った57人の中核は、松下政経塾出身者ら、民主党結成時から参加している”オリジナルメンバー”このグループと途中参加の「小沢派」の抗争がこれまで民主党の迷走を招いていたのは間違いない。しかしだからといって、選挙にまでその怨念を持ち込み、小沢氏にシンパシーを持っていたというだけで足を引っ張るとは正気の沙汰とは思えない。結果的に彼らは、旧小沢派と関係ない同志やその秘書たちまでも、大量に路頭に迷わすことになった。

落選した民主党幹部がこう話す。「今回は、連合が末端の選挙区で全く機能してくれませんでした。上層部は動いてくれた形跡はあっても、末端の組合員らは『俺たちにはもう関係ない』という感じでした。連合自体もこれで崩壊したんじゃないですかな。野田さんは党だけでなく、連合の組織も破壊したんですよ」鈴木もこう語る。

「連合は今回、実質的に自主投票でした。最近の野田民主党は、消費増税に加え、純化による保守化路線をひた走っていました。連合にしてみれば、何で必死に応援しなければいけないのか、という思いがある。実は11月25日の段階で、民主党役員室では、平野元官房長官や城島財務相など、これまで連合の力で当選してきた議員の落選予想が出ていたんです。ところが執行部はテコ入れしなかった。純化していくために、労組の支持を受けた組織内候補は不要と判断したんでしょう」

これだけ負けても反省しない

かって連合は小沢氏と蜜月の関係にあった。ここでも結局は「小澤憎し」が作用したのか。だが連合の助けがなければ、民主党はほっと出の日本維新の会と同じレベルでしかない”中小政党”だということが証明されてしまった。この体たらくでは、民主党が再び、自力で政権を取り戻すのは絶望的のように思える。200人近い同志の屍と引き換えに、すっかり身軽になった”オリジナルメンバー”は、表面的には危機感を表情に浮かべながらも、今や「次期代表」の座をめぐって鎬を削っている。

「岡田氏、前原氏、さらに細野氏と、次期リーダー候補は変わり映えがしません。そんな中、玄葉氏が野心満々で『同じ松下政経塾出身の前原さんも野田さんも代表をやったんだから、次は自分の番じゃないか』などと。周囲に漏らしていました」(民主党中堅代議士)かって党の看板といわれた幹部たちは、鳩山元首相が不出馬、不戦敗。菅直人元首相は投票日直前に交通事故を起こして失笑を買ったうえ、小選挙区で敗北、ぎりぎり比例で復活当選という、元首相らしからぬ醜態を晒した。

”影の総理”と呼ばれた実力者・仙谷由人元官房長官は、地元に張り付いて必死で選挙運動をしていたが、落選。党内のお騒がせ役で存在感を示していた田中真紀子氏や、ベテランの鹿野元農水省らもいなくなった。「純化」を目指す民主党の“青年将校”らにしてみれば、目の上のたんこぶたちが粛清され、「負けたけど俺たちの時代が来た」という気分でいるかもしれない。

だが、果たしてそう上手くいくだろうか。「294議席で圧勝した安倍自民党ですが、悩みは参議院選で相変わらず民主党が多数を占める”ねじれ”状態。自公で衆院の3分の2を占め、法案の再可決は可能とはいえ、手っ取り早く民主党の参議院議員の一本釣りを狙ってくるでしょう。そうなれば民主党はますます縮小し、国会での存在意義すら薄れてしまう。党の崩壊はもっと早まるかもしれません」(民主党閣僚経験者)



『週刊現代』1.5


2013年01月03日(木) 独裁者の金脈と人脈

錬金術と税金私物化にまみれた石原ファミリーのアンタッチャブル

小国に匹敵する巨大な財政を誇る東京。石原慎太郎は約12年間にわたってその頂点に君臨し続けてきた。絶対的な力の背景には、どんな秘密があるのか。首都を”支配”する本当のうまみとは何か?、マスコミはなぜ、まともに批判できないのか?その「金脈」と「人脈」に切り込み、「石原タブー」の正体に肉迫する。


東京都庁の取材で、筆者たちが実際に体験したことだ。ある職員は、「しゃべったことが活字になると、すぐに犯人捜しが始まり、上司に呼び出される」と怯えていた。部局に取材を申し入れると、決まって「いつ記事になるのか。どんな媒体に掲載されるのか」と何度も聞いてくる。些細な取材でも必ず課長クラスが対応するし、知事日程(石原慎太郎知事の出勤状況)について情報公開請求の手続きに赴けば、担当課の職員が3人も現れて、請求内容を確認する。

都庁では情報統制が厳しく敷かれているに違いない。筆者たちはこれまで大阪府や大阪市など”伏魔殿”と呼ばれる行政の舞台裏を取材してきたが、今回のようにまるで監視体制の中で取材をしているような気分にさせられたのは初めてのことだ。それはあたかも、都政が「独裁者」を守るために存在している。そんな疑念さえ抱きかねないものだった。

今から16年前、臨海副都心開発の失敗で退場を余儀なくされた鈴木俊一知事(故人)にかわって、タレントで作家の青島幸男氏(故人)が知事に就任した。有権者は、無駄な開発の中止に大きな期待を寄せたが、見るべき成果もなく、青島知事に失望した。そして1999年の都知事選。「強いリーダー」を夢想する多くの人々は、芥川賞作家で国民的俳優・石原裕次郎(故人)の兄でもあり、竹下内閣時代には運輸大臣も経験した”憂国の志士”石原慎太郎候補に票を投じた。以来、約12年間3期にわたり、石原知事は有権者の幻想をつなぎとめ、知事の権力を手中に収めてきた。

この間、石原知事は、人々の耳目を集める大胆な公約次々とぶち上げてきた。しかし、その中身をつぶさに検証すると公約の実現どころか、ごまかしと破綻の連続である。たとえば、中小企業のために設立された「新銀行東京」は、都議会の与党議員(自公、民主)や闇社会の喰いものにされ、事実上の破綻に陥った。その挙げ句、1000億円をドブに捨てている。東京五輪誘致も失敗し、150億〜200億円ものカネが海の藻屑となって消えた。

東京都の財政規模は、フィンランド一国にも匹敵する大規模なものである。GDP(国内総生産)換算した経済力は100兆円にも上り、都市としては世界一の規模を誇っている。東京一極集中といわれる所以だが、そこから得られた税金は、「都市再生」と称した、高速道路や超高層ビルを乱造する再開発事業につぎ込まれ、ゼネコンをはじめとする大手企業に巨大ビジネスの場を提供してきた。

同じ構図は、羽田空港の再拡張公費(国際線のためのD 滑走路建設)や、世間を騒がせている築地市場の移転計画にも当てはまる。石原知事は、世界的なブランドである築地市場を、東京ガス豊洲工場跡地という、日本でも最大級の土壌汚染地帯に移転させようとしている。その狙いは、東京に残る最後の一等地「築地市場跡地」の売却であり、跡地の再開発をめぐる利権だ。

筆者たちが、取材を通じて得た石原都知事の実像は、大統領に近い強力な権限を行使し、都政を私物化し、公金を湯水のごとく使って遊興にふける醜悪な権力者の姿である。一回の海外視察に2000万円をかける首長が、石原都知事を除いて、どこにいるというのか。勤務態度もほめられたものではない。都庁に出るのは週に2,3日程度。1ヶ月の半分は登庁しない月もあった。東京都の報道課が「私たちも、知事が外で何をしているか知らない」と言わざるを得ないほどで、これほど仕事をしていない首長は、日本全国でも石原知事だけだろう。

まるで王侯貴族のようだが、なぜこんなことがまかり通っているのか。責任の多くは在京のマスコミにある。定例記者会見の様子を見ればわかるが、記者たちはまるで腫れ物にでも触るかのように石原知事に接している。気に入らない質問が出ようものなら、逆切れして怒鳴りつけるので記者はすっかり怯え切っているのだ。

一方では、在京のマスコミ論説委員、社会部長と石原知事、特別秘書は知事交際費を使い、定期的に懇談会を開いている。さらに見落とせないのが、大手マスコミそのものが石原知事の推し進めてきた「都市再生事業」の当事者として、深く”実利”に関わっていることだろう。たとえば、東京都や皇居に近い大手町エリア(通称三菱村)は、石原知事が進めたビルの容積率や建築条件などの大胆な規制緩和の恩恵を受け、超高層ビル群の一大集積地になっている。その再開発計画を進めてきた大手町・丸の内・有楽町地区再開発計画推進協議会のメンバーには、朝日新聞も加わっているのだ。これでは石原都政のチェック、監視役はできない。在京メディアには「石原タブー」があるといわれる所以である。

東京都議会も同様だ。自民、公明の”石原与党”はいうまでもなく、築地市場移転計画などに異議を唱えて最大閥となった民主党ですら、海外視察を隠れ蓑にした豪華な大名旅行で定期的に懐柔されている。

こうしたなか、石原知事は2011年4月、3期目の任期を終える。同じ月には都知事選が予定されているが、現在、78歳の石原知事が出馬するかどうか、その去就が注目されている。石原知事をよく知る政界関係者は、「出馬は5分より少し上になった」といい、こう分析した。「石原知事には、なんとしても五輪誘致(2020年)を決めたいという思いがある。加えて、下馬評に上がっている民主党の蓮舫氏などが出馬し、当選することになれば、新銀行東京をはじめとした石原都政12年間のスキャンダルを暴かれるかもしれない。それを恐れているはずで、長男の石原伸晃自民党幹事長も、そのことを暗に心配している節がある。

現在、民主党の支持率は低下していて、”石原与党”の自民・公明の力で都議選を勝ち抜ける可能性も出てきた。そうなると4選出馬もありうる。あと4年も知事を続ければ、みんなスキャンダルのことなど忘れるはずだと、踏んでるんじゃないか」五輪誘致計画は、大型開発や高速道路建設など、9兆円規模になる大規模プロジェクトと深く関わっている。石原人脈に連なるゼネコンや財界にとって、石原知事の庇護のもとに浮上した巨大プロジェクトが中断すれば、困ったことになるだろう。

しかし、石原知事が進めてきた「都市再生」は、すでに行き詰まりを見せている。林立させた超高層マンションの売れ行きが鈍っている現実に、それが象徴されている。”土建バブルの亡霊”を追う政策を続けることは、東京という巨大都市の破綻にもつながりかねない、極めて危険な選択に思える。本書は、これまで何度も書かれてきた”石原慎太郎論”とは大きく違っている。従来の書は、その過激な言動に振り回され、キャラクター論に終始してきたきらいがある。本書は、石原知事をとりまく”カネ”と”カネづる”の問題について徹底的に追跡したものだ。メディアと過激な言動を駆使し、常に人々の耳目を集めてきた劇場型政治家のパイオニア「石原慎太郎」。その裏には、まさに「黒い都知事」としかいいようのない実像があった。



『黒い都知事・石原慎太郎』


加藤  |MAIL