加藤のメモ的日記
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2010年06月30日(水) ウィルスの隠された生活

コロンブスがアメリカ大陸に到達する以前から、黄熱病ウィルスは南米の熱帯雨林に住みつき、サルと蚊の間を上手に渡り歩いていたという、もちろん、サルはこのウィルスの侵入を受けるとほとんどが死んでしまう。1480〜84年ごろ、黄熱病ウィルスは中米のユカタン半島を支配していたマヤ帝国を襲い、多数の人が黄疸を患い黒い血を吐いて死んだ。帝国が崩壊したのはこの黄熱病ウィルスの流行が原因ではないかと推測されれている。

その後の調査によると、これを神の呪いとして恐れたマヤの人々は、ジャングルに逃避した。ところが、そこはウィルスのシンジケートであった。蚊―サルの生活サイクルの中に、ヒトが入り込んだために、マヤ人の被害は一層拡大し、森林の中にはサルとヒトの死体が累々と横たわっていたという。蚊の刺し口から侵入したウィルスはサルたちの体内で大繁殖し、それをタイミング良く読み取った蚊は、サルからの”吸血”を通して、森の新参者・ヒトを見つけてはウィルスを”注射”していったのだ。蚊→サル→蚊→ヒトとというシナリオである。

このような森林型のサイクルのほかに、最近では高速交通手段、たとえば飛行機などによって、ウィルス持ちの蚊が都会に輸入されるなどのケースもある。サルの加わらない、ヒト―蚊のサイクルの成立だ。都市型黄熱病ウィルスとして、アメリカ南部などで問題になっている。

日本脳炎も蚊の介在によって発生するが、これは蚊→ブタ→蚊→ヒトという伝播様式を見せる。また東南アジア地方に分布するデング熱ウィルスも、本来は森林に生息する蚊からヒトへのルートを主流にする森林型であった。ところが最近では文明の繁栄の果ての廃棄物、例えば空き缶や古タイヤの水の中で蚊が大量発生し、これがウィルスを運ぶ都市型のデング熱ウィルスが増加の兆しを見せている。考えてみれば、人類文明はこういう形でウィルスの繁栄に”貢献”しているのだから何とも皮肉な話である。

その他にも、蚊やダニが介在するウィルス伝染病は数多くあり、東南アジア、インド、アフリカ、オーストラリア、中近東、ロシアなど幅広く分布している。

以前私は、致死率の高い強力なインフルエンザが世界中を襲う日はそう遠くないだろうと”予言”した。それがどのようなタイプのウィルスなのか、また、いつごろやってくるのか、正確に予測するのは難しい。だが、高い確度を持って言えるのは、新型ウィルスの発生地は中国の南部だろうということだ。のどかなこの田園地帯には、沼や川といった水辺が至る所に点在し、ブタとアヒルが仲良く共存している。

ウィルスのもともとのすみかであるアヒルには、1グラムの糞の中に、時に1.000万個以上のウィルスが含まれていることもあり、水辺はまさに、インフルエンザウィルスの溜まり場となっている。そこで水浴びをし、ウィルスも一緒に飲みこんだブタは、日暮れともなると、ねぐらである村人の家に帰る。そこで、たまたま風邪ひきの人がくしゃみや咳をすると、ブタは人のウィルスも体内に入れてしまう。

数時間後、ブタの気道の中ではヒトとトリのウィルスが出会って増殖する、その結果、二種類の親から混血の遺伝子交雑種が誕生するというシナリオができああがるのである。こうして生まれた新型ウィルスは、厄介なことに両親の系統よりも優れた形質を示す。雑種強勢という。そのため、より人間に侵入しやすく、かつ強力になるというわけである。

いずれにしても、新型ウィルスの隠れ家は鳥の世界にあり、ブタがヒトへの仲介役を果たすこと、そうしてそうしたシンジケートには、H1〜H3のみならず、H4からH15までの抗原たんぱく質を備えた新型予備軍が控えている。

ただし、すでに述べたように。人間の思いを裏切るのはインフルエンザの本領とするところで、このようなシナリオには従わず、トリの領域から直接に来襲することことも、あるいは、アザラシなどの他の哺乳動物にブタの役割を演じさせることもあるかもしれない。さらに、昔のウィルスが復活してくるということも。

―ウィルスを根本的に退治する治療法はない

インフルエンザの治療は、従来から効く薬はない、とされてきた。現在のところインフルエンザにウィルスにかぎらず、他のすべてのウィルスについても同じことが言える。

その理由はウィルスは正常な細胞内器官をそっくりそのまま利用して、子孫の合成を託すという巧妙な手口を用いるのである。ということは、ウィルスに効く薬とは、同時に正常な細胞をも傷つけてしまうことになる。こうした理由によって、じつはウィルスにことのほか効く薬が発見されていながら、その毒性ゆえに実用化は極めて難しいのが現状だ。


『ウィルス探検』


2010年06月24日(木) ライフスタイルの改造で若返る

サプリメントは万能ではありません。薬ではないので「Ο×を摂ったからどこそこに効く」というものではありません。抗酸化サプリメントに関しても、それらを摂取したからすぐに活性酸素の害から逃れられ若返る、というわけでもありません。

サプリメント摂取は、あくまでアンチェイジング医学を構成する一つの柱でしかありません。ここのところは重要です。我が国でアンチェイジング医学の普及・啓発を行なっている日本抗加齢医学会では、サプリメント摂取は「第三ステップ」に位置付けています。

第一ステップは「知識の増大」で、老化の原因は何かなどについて理解を深めること、としています。第二ステップは「ライフスタイルの改造」です。実はこれが最も重要で、生活習慣の改善なくして若返りは望めません。簡単に紹介します。

【呼吸に注意を払う】体に十分な酸素を取り入れるように心がける。できれば簡単なものでいいから本などを見て呼吸法を実践する。ヨガが参考になる。

【水をよく飲む】一日に体重の30分の1の水を飲むように工夫する

【食事に注意を払う】高タンパク、高繊維を心がけ、「グリセミック・インデックスGI値(その食物が血糖値を上げる高さの指標)」に注意を払った食事を実践する。なるべく血糖値を上げない食物を摂るのが理想的。話題のインシュリンダイエットはこの理論がもとになっている。

【運動を生活に組み込む】ストレッチ、エアロビクス、筋力トレーニングの三つのプログラムを生活の中に取り入れる。

【快適快眠を心がける】一日に7〜8時間を目安に質の高い睡眠を確保する。

【ストレスマネジメント】自分なりのストレスマネジメントを考え、笑いを増やし、快適な生活を選択する。

このステップのあとがサプリメントン摂取となります。たしかにサプリメント接種は手軽で取り組みやすいものですが、それ単独では十分な効果が期待できないものです。


 内臓は唾液によって守られている

ムチンという物質が唾液中に含まれています。これが「粘膜保護作用」を担っています。ムチンは粘り気のある油状の物質で、食べ物を包み込むオブラードのような働きを持っています。刺激性の強いものや熱い食べ物も、ムチンがくるんでくれるので、のどや食道、胃が傷つけられるのを防いでいます。

またウィルスの侵入からも守ってくれています。気管、胃腸などの消化管、生殖線、目など、粘膜の表面は必ずといっていいほどムチンで覆われています。涙にもムチンが含まれており、非常に大切な役割を担っています。涙はムチン層、水槽、油層の三層構造をしており一番内側にあるのがムチン層です。このムチンがうまく分泌されなくなると、重度のドライアイを罹患し、目の乾く感じと目の痛み、目の疲れなどが強く起こります。

胃はムチンで覆われているため、酸度が非常に強い胃酸にさらされていても、胃自身が溶けないのです。さらにムチンは粘膜を潤し、粘膜の損傷を防ぐので胃潰瘍や胃炎の予防・改善、鼻の粘膜を丈夫にして風邪やインフルエンザなどの感染症にかかりにくくすると言われています。

納豆、オクラ、山芋、モロヘイヤ、なめこなどのネバネバした食べ物全般にはムチンは多くふくまれています。「ネバネバした食べ物は体にいい」とよく言われる一つにムチンという物質の存在があるのです



『不老は口から』


2010年06月18日(金) 「ハーツ・アンド・マインズ」「ウィンター・ソルジャー」

ベトナム戦争の真実に迫るドキュメンタリー映画が二本上映される。どちらも1970年代前半に製作された映画だが、日本での劇場公開は初めてである。一本は「ハーツ・アンド・マインズ」(ピーター・ディビス監督)75年のアカデミー賞最優秀賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞し、「地獄の黙示録」や「プラトーン」などのベトナム戦争映画に影響を与えた。

もう一本の「ウィンター。・ソルジャー」は、71年に開かれた公聴会でのベトナム帰還兵の証言を記録したものである。ベトナム戦争は、アメリカが南ベトナムの傀儡政権を維持するために軍隊を派遣して、南ベトナムの解放勢力と北ベトナムを攻撃した侵略戦争で、73年には米軍は撤退を余儀なくされて南北ベトナムは統一された。

「ハーツ・アンド・マインズ」ではこうした経過が証言やニュース映像で続けられる。息子の棺が入れられた墓穴に自分も入ろうとする母親の姿や、ナパーム弾で火傷を負った子供、道端で処刑されるベトナム人などの映像が衝撃的である。米兵のインタビューでは、ベトナム人を人間とは思わず、爆撃を「楽しい」と感じたり、無抵抗の女性や子供を殺したことを平然と語る兵士もいる。象徴的なのは、ウェストモーランド米派遣司令官が言い放った「東洋人の命は西洋人の命よりも軽い。人口の点でも、哲学的にも」という言葉である。

「ウィンター・ソルジャー」での証言は、女性をレイプしたり、子供に石を投げて殺したり、という様々な残虐行為、ベトナム人であれば女性や子供の死体でも戦火として報告すると異常さ。救われるのは、彼らが自分たちの行為を悔悟し、決断をして証言台に上がっていることである。これらの映画を見て一番強く感じたのは、人間がここまで残虐になれるかということである。しかし、爆撃や銃殺、証言する兵士たちはいずれも映像で残されている動かせない真実の姿である。映像だからこそ、戦争の真実を暴くことができたのである。

もう一つ思ったのはこの映画に出てくる兵士たちは沖縄の米軍基地から出動して残虐な行為を行なっていたということである。イラクやアフガンで同様のことを繰り返している米軍がいかに危険な存在か、この映画は教えている。



「ばん たけし・映画評論家」


2010年06月13日(日) 民意と国益 田中角栄

1972年(昭和47年)、ようやく中国と国交を正常化し、1978年は日中友好条約を結んだ。第二次世界大戦の相手国の中国と国交を回復したのが、田中角栄である。田中は交渉の中で、周恩来から、日本は戦後中国に対し何の挨拶も謝罪もなかった、というような批判を受けた。それに対し、田中は即座に「だから私は、こうして北京にやって来た。あなたが東京へ来られたのではない」と応じ友好を得られたという。中国では自分が相手のもとに出向くのが最大の敬意の表れである。

田中は新潟県の雪深い農村に生まれた。27歳で衆議院選挙に立候補したとき、この新潟と群馬の境にある三国峠を切り崩してしまおう。そうすれば、日本海の季節風は太平洋に抜け越後に雪は降らなくなる。切り崩した土は日本海に持って行く。埋め立てて佐渡を陸続きにさせてしまおう」とユーモアを交えて、雪群の人々の人気を得た。

しかし田中の政治家としての真価は民意と国益のために公約を実行したことである。田中はそのために多くの法律をつくった、田中が直接、間接に作成した法律は100件以上、その数は現在でも国会議員随一である。例えば、輸送の要の道路を整備する財源をガソリン税で賄うようにした。現在のトラック運輸が全国的に発展しスムーズになったのはこのためである。

田中の国益による国づくりの構想は、首相就任後も実行された。その一つが冒頭の日中国交回復である。もうひとつが各省の役人を総動員して作成した政策論「日本列島改造論」の提案だった。

これによって経済成長期後の日本の長期ビジョンを持つ政治家として認められたのである。その政策とは「均衡のとれた国土開開発」と「過疎過密の同時解決」であり、そのために工業地帯の再配置、25万都市の建設、新幹線の高度情報・交通システム整備などが盛り込まれた。かっての政治家は、このような長期展望に立った国づくりの設計能力を持っていた。

この計画は日中国交回復のようにすぐには実現しなかったが、今日の日本のようすを見ると総田中角栄考えた構想のほとんどが実現していることに気付く。田中派後に金権政治家との批判を受けるが、国会議員や首相の評価は、政治上の業績になされるべきものである。

「三国峠」こそ残っているが、太平洋側と日本海側、北海道と九州を基幹道路・高度情報網で「陸続き」にしたことは、卓越した政治家の存在がいかに大切かを物語る。

また1987年には、毎日新聞の管信彦記者(当時)が、かって田中角栄元首相が、独自の資源ソースの確立を目指した資源外交を着々と展開したところ、これがメジャーズ(国際石油資本)を中心とする米国の資源のカサと衝突し、一部で「日本は米国の虎の尾を踏んだ」といわれ、田中元首相がロッキード事件に巻き込まれた遠因ともみられている」と書いている。

「毎日新聞」1996年には、中曽根康弘元首相が「田中君は、国産原油、日の丸原油を採ると言ってメジャーを刺激したんですね。そしてさらに彼はヨーロッパに行ったとき、イギリスの北海油田からも日本に入れるとか、ソ連のルムマンスクの天然ガスをどうするとか、そういう石油集取得外交をやった。それがアメリカの琴線に触れたのではないかと思います。世界を支配している石油メジャーの力は絶大ですからね。のちにキッシンジャーは「ロッキード事件は間違いだった」と密かにに私にいました」

ただし、アメリカが嫌ったのは、田中首相の独自のアジア外交だったとの見方もあるようだが。公明党元委員長の矢野絢也氏は「私の角栄論」において、田中首相の「一種のアジア中心主義」がアメリカに歓迎されなかったことを次のように示唆している。

「田中氏は将来、日本がアジアでどう位置づけられべきか、アジアの資源と消費者としての人口を視野においた一種のアジア中心主義が意識の底にあったと思う」東南アジア諸国連合へのアプローチも資源収奪などの批判から必ずしも歓迎されなかったが、この視野からも見直す必要がある。



『教科書が教えない歴史』


2010年06月08日(火) がんワクチン

●国内初「がんワクチン外来」開設 2時間で1700人が殺到

死亡率の高い「ガン」の治療薬として、「がんワクチン」が注目されている。久留米大学医学部が2009年4月1日に国内初の「がんワクチン外来」を開設したところ、2時間で1700人が申し込むという異常事態が起こった。まだ臨床試験段階で安全性や効果について確証はなく、治療費も高額だ。にもかかわらず、期待する患者は多いようだ。

次回の受付は数ヵ月後を予定

久留米大学医学部が4月1日に開設した国内初の「がんワクチン外来」が、同日から資料請求の受付を開始したところ、応募が殺到して約2時間で締め切るという騒ぎになった。同大ペプチドワクチン事務局によると、同日午前10時からホームページと自動応答による電話で受け付けたところ、午前12時までにホームページに1600人、自動応答に100人が申し込んだ。

大学研究レベルでの臨床試験段階で、安全制や効果について確証はない。保険が効かないので高額な治療費もかかる。にもかかわらず、新しい治療法に期待を寄せる患者は多いようだ。今回の募集枠は約60人。各疾患によって細かく設けられた条件をクリアした場合のみ受け付けられる。今後も臨床試験を行い、次回の受付は数ヵ月後を予定知る。

ガンの治療は外科手術、放射線治療、化学療法の三つが一般的だ、理論上はガンに侵された部位を取り除けば元気になるはずだが、免疫が弱まり再発したり、治療による副作用に苦しむ人もいる。ガンによる死亡率は今も高く、新しい治療法が模索されているが、「第4の治療法」と呼べるものは見つかっていない。

日本で研究が進んでいるワクチンの多くが、薬剤にアミノ酸の一種ペプチドを使う「ペプチドワクチン」だ。ガン細胞に特有のペプチドを患者に注射し、自身の持ってい免疫力を高めてがんの増大を抑える仕組みで、東京大学、大阪大学、名古屋大学などでも研究がすすめられている。


J CASTニュース 2009 4/12

ガンワクチンは、民主党の事業仕分けで研究のための予算が廃止されたが、かろうじて今回復活した。初め予算を廃止した民主党の蓮舫議員(42才)や枝野議員(46才)は二人に一人ががんで死ぬということがピンとこないようだ。民主党は無知の集まりか。

宇宙開発予算が17億から一挙に3.000万円に減ったが、蓮舫は「私の管轄ではないから、詳細は把握していない」と返答した。立花隆氏は「とにかく茫然としている。野蛮が寄ってたかって日本という国をぶっ壊しつつあるのを目の前で見ている感じがする。この内閣は一体なんだと本当に怒りに震える思いがしている状況です」

渡り鳥官僚2万5千人の1年間の給与12兆円。退職金1社、7千万円は事業仕分けでも手つかずのままか?


2010年06月06日(日) 非世襲は村山氏以来

菅新首相は、内閣制度が始まった1855年の初代伊東博文から数えて61人目である。戦後32人目の首相。東京都選出は鳩山由紀夫の祖父鳩山一郎が就任した1954年以来56年ぶりである。政治家一族出身ではない非世襲首相は村山富一氏以来で、東京工業大卒業としては初めてである。

吉田以降は選挙区、それ以前は出生地で出身地を数えると、最も多いのは山口で8人。伊東、山形有朋ら明治の元勲始まり戦後も岸信介、佐藤栄作を輩出した。戦後に限定すると福田赳夫、康夫親子や中曽根康弘、小渕恵三の4人を出した群馬がトップである。

東京都出身は鳩山一郎のほか、戦前では高橋是清、近衛文麿、東条英機がいる。出身の首相がいない県は20ある。歴代首相の初就任時の平均年齢は62歳。菅は63歳でわずかに上回る。初代の伊東が最年少で44歳、最高齢は終戦時の鈴木貫太郎で77歳。戦後に限れば52歳の安部が最も若く、幣原喜重郎の73歳が最高齢だ。

戦後の首相を出身大学別に見ると吉田、佐藤、中曽根や鳩山由紀夫ら11人の東大が最多である。次が早大で森喜郎、小渕、福田康夫ら6人。橋本龍太郎、小泉純一郎の慶応大と三木赳夫、村山の明大がこれに続く、上智大の細川護煕以降、学習院大の麻生太郎まで10人連続で私大出身者だったが、民主党政権になってからは国立大学出身の首相が続くことになる。

東工大卒業後弁理士試験に降格し特許法律事務所の所長として働きながら市民運動を続け、74年には婦人運動家の市川房江氏を参院選に担ぎ出した。市民運動出身の首相は異例だ。政界随一の論客で「敵の弱点を見つける能力は抜群」とされる。08年秋には衆院解散に踏み切らない当時の麻生太郎首相を「選挙から逃げた弱虫太郎」と挑発したこともあった。

野党時代、民主党代表には2度就いたが、4回は苦杯をなめた。趣味はスキューバダイビング。夜中にインターネットで囲碁を打つこともある。好きな歌はチェッカーズの「ギザギザハートの子守歌」山口県宇部市生まれ。



『西日本スポーツ』


2010年06月03日(木) 検察審査会

7月参院選前後に2度目議決も

小沢氏は7月の参院選前後に検察審査会の2度目の議決が出る可能性がある。自らの資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる収支報告書虚偽記載事件で、今年1月、元秘書らが逮捕された。小沢氏も東京地検特捜部に直接聴取され2月に不起訴処分となったが、東京第5検察審査会は4月、全員一致で「起訴相当」と議決した。

特捜部は再び小沢氏を不起訴にし、捜査は事実上終結した。しかし同じ検察審査会で二度目の審査が自動的に始まり「起訴すべき」とされれば、小沢氏は裁判所指定の弁護士に強制起訴される。今後「幹事長」の肩書を失うが、東京地検元公安部長の若狭勝弁護士は「幹事長ではなくなったからといって、厳しくしようとか、大目にみてあげようとか、議決に影響が出ることはない」と述べた。

検察審査会とは一般民衆(皆の衆)が検察審査会で調べたことをチェックする機関である。もう一回審査しろと皆の衆は伝え、次に詳しくプロが専門的に審査する。6月3日小沢氏は「皆さんの前に出るのはこれが最後でございます」と挨拶した。

『スポーツニッポン』


2010年06月01日(火) ソバは毛細血管を広げる

ソバの繊維の含有量は玄米とほぼ同じぐらいです。それだけでも繊維食品として優れていますが、その他にもソバは成人病予防に有効な成分が含まれていて、非常に質のいい主食となっています。この成人病に有効な成分というのはルチンといって、ビタミンPの一種で毛細血管を拡張する働きがあり、そのために血圧が高くなるのを防いでいでいるのですが、主食でこのルチンを含んでいるのはソバだけなのです。

なお、ルチンは水に溶ける性質があって、ソバ湯ゆで汁)にも多く溶け込んでいるので、ソバ屋さんにおいてあるソバ湯は飲んだ方がいいでしょう。ソバはまた13%のタンパク質が含まれていますが、タンパク質は必須アミノ酸であるリジン、スレオニンが多く含有された良質のもので、これは白米には含有されていないだけに昼食としてソバを食べることは、主食面でのバランスをよくすることになります。

ソバに含まれているビタミンBも無視することはできません。ビタミンB1は白米の4.5倍、B2は生命の維持には欠かすことのできないものでもあるし、B1が足りなくなると体がだるくなり、つまらないことでイライラするようになります。ストレスの多い仕事をしている人にとっては、これらのビタミンは欠かすことができません。

鉄分は白米の10倍、カルシウムは9倍

ミネラルに関しても、ソバは非常に有効です。鉄分は白米の10倍、カルシウムは9倍も含まれています。今の日本人は有り余るほどの栄養をとっていながら、この鉄分とカルシウムだけは不足がちだということが指摘されています。その面からもソバはもっと積極的に食生活に取り入れたほうがいでしょう。

ダイコン

”疲れたらコンのつくものを食え”
昔の人が健康法を説いた言葉の中に「疲れたらコンのつくものを食え」というのがあります。ダイコン、レンコン、コンニャク、皆”コン”がついていますが、こういうものを食べると疲れが取れて根気がつくというわけです。これらはいずれも根菜であり、高繊維食品です。セルロースもペクチンも分析されない古い時代であても、おのずから繊維が健康に必須のものであることを知って、経験的に説かれた個人の生活の知恵であったということでょう


その代表であるダイコン。繊維含有量は7%。数字的には必ずしも多くはありませんが、大部分は水分で熱量は低いので大量に食べても問題はなく、結果的には繊維がたくさんとれる高繊維食品だということができます。

ダイコンだけではありません、ニンジンでもジャガイモでもサトイモでも、ほとんどの根菜は繊維食品として非常に優れた面を持っています。その一つは繊維がまとまって大量にとれることです。レタスやキャベツの比ではありません。もう一つはペクチンの多いことです。一見祖繊維だらけと思われがちな根菜にも果物以上のペクチンが含まれていることを認識して、大いにとり入れるようにしてほしいと思います。

なお、トマトやカボチャなどの生りものは根菜に対して果菜と呼ばれていますが、これらも根菜に劣らぬ高繊維食品で、やはりペクチンが多く含まれています


『知的粗食の健康法』


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