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女房様とお呼びっ!
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2004年08月30日(月) ピノキオ 4

今にして思えば、イリコが’執事’という言葉を用いたのは、
単に表現上、もったいつけてみただけだったような気がする。

だいたい普段から、小難しい言い回しをするのが好きな輩だ。
書き言葉は言うに及ばず、口頭でも、難解な熟語や英単語を交えて喋りたがる。
語彙が豊富なのは認めるが、もっと平易にモノが言えんのか?と呆れることもしばしばだ。

関わり始めた当初、まだ互いを探っている頃に、奴はこんなことを言って寄越した。


> 私は、Mとは3つの要素で構成されているのではないかと考えています。
> スレイブ(奴隷) サーバント(召使) エスコート(露払いもしくは護衛)
> スレイブであることだけが、Mとしての喜びであるとは思っておりません。
> サーバント、もしくはエスコートであることにも、Mとしての喜びはあると考えております。


つまりだ、執事の何たるかも知らず、
この3つの要素を足して色つけたら、’執事’という言葉になりましたってところか。
そう考えれば、奴の言う’執事’なら、ロボットにも勤まるかもしれない。

一方私にあっては、今の今までそんな風には思いもよらず、
ただただ’執事’という言葉に、これまた身勝手な望みを託してしまったわけで、
どっちもどっち、短絡だよなぁと苦笑するばかりだ。



ともかく、「奴がロボットであった」という発想は、私の理解に劇的な展開を招いた。
極論だと承知しつつも、そう考えると、奴に係る憂いや懸念がいとも簡単に晴れていくのだ。
その絶大な威力の前に、最前の「ソンナバカナ?!」という抵抗はかき消えて、この発想にハマってしまう。
まるで魔法の杖を得たような驚きと興奮を覚えつつ、あれもそうか、これもそうかと得心がいく。

思うに、私にとって、思い通りにならないことよりも、
結果はどうあれ、どうしてそうなったかに納得することのほうが重要らしい。
確かに、不如意な結果にはそれなりに落胆するけれど、そうなる原因が腑に落ちれば、相当楽になる。
極端な話、納得できるのであれば、それがこじつけだろうが合理化だろうが構わない。

それくらい、ワケのわからないことが苦手なのだ。
もちろん、何もかもワケがわかろうはずもないことは知っている。
それでも、やっぱり苦手に変わりなく、解を求めて足掻き続けたこれまでだった。

それが、この魔法の杖一本で、瞬く間に解決していくのだ。
素晴らしい。

その驚くべき整合ぶりに、
「奴がロボットであった」ことは、もはや可能性ではなく、歴然とした事実に思えてくる。
もちろん、事実であれば、振り返ればこそ、やりきれなさを感じずにはいられない。
けれども、これ程合理的な解を導いてくれるこの杖を、今更手放せようか…。

そんなワケで、私の中では、奴がロボットであったことは、事実として決定してしまった。
この期に及べば、奴の反論を待つ余地はない。



気持ちに決着がつくと、俄然面白くなってきた。
しばらく、このロボットねたで遊べそうだ。期待に胸がはやる。
これまで考えてみたこともなかっただけに、次から次へと思考が転がっていく。


「でもさぁ、ロボットなのに時々プログラム通りに動かなかったよね?なんで?」
「はぁ…それは自分でもわかりません…」


実に愉快だ。


「本気で知恵が足りないのかって心配したこともあるのよ?ワケがわかってよかったわ(笑」
「はぁ…すみません…」


いやいや、愉快だ。

でも、正直なところ、
コイツはこれでまともな社会生活を送っているのかと疑ったことは、一度や二度ではなく、
本心から、奴は望んで「考えなかった」のだと思いたかった。



帰り際、ふと思い立って訊く。


「で、いつから、キミは人間になったの?」
「一年前からです。」


ためらいなく奴が答えて、その返答にしみじみと胸が深くなる。
時間というものは、こうして紡がれていくものらしい。


2004年08月29日(日) ロボット工学三原則について by イリコ


 ※前回記事の次第で、イリコが得々と語った事柄について、
  後日、本人にテキストで説明してもらいました。

  SM関係であれDS(主従)関係であれ、
  ’現実にヒトが関わる以上、互いにヒトとしての尊厳を守り、尊重すべき’
  という観点にたつ私には、「だからナニ?」と鼻白むばかりの内容ですが、
  ひとまず、奴がロボットに思い入れる一端を窺い知ることはできます。

  もっとも、SMファンタジーとヒトとしての現実を折り合わせるにおいて、
  ファンタジーの象徴たる「ロボット」に範をとるあたり、やはり理解に苦しみます(笑
  もちろん、ロボットに憧れる奴にとっては十二分に現実的な解だったのでしょうが。





米国のSF作家アイザック・アシモフは、彼の短編集『われはロボット』(1950年)のなかで、
ロボットの思考原理として『ロボット工学三原則』を考え出しました。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

第1条

ロボットは人間に危害を加えてはならない。
また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

第2条

ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
ただし、あたえられた命令が、第1条に反する場合は、この限りではない。

第3条

ロボットは、前掲第1条および第2条に反するおそれのないかぎり、
自己をまもらなければならない。

           (アイザック・アシモフ「われはロボット」小尾芙佐訳より)

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一般的にマゾヒストは、サディストに対し絶対服従ということが言い習わされております。
もちろん私も、共感できるところは多大にあります。
しかしながら、実を申し上げますと、
「本当にそうだろうか」「それでいいのだろうか」という疑念を、以前より持ち続けております。

その疑念に、ある程度の回答を与えてくれたのが「ロボット三原則」ということになります。
ここでロボットをマゾヒスト、人間を女性ないしは主と読み替えれば、
M男性にとってかなり納得のいく概念ではなかろうかと感じております。


冒頭示した概念は、三原則に照らせば第2条に当たることになります。
しかし三原則においては、より上位に第1条があります。
ここが、私が三原則を支持する所以です。

例えば、フリーのM男性がいたとしましょう。
その男性に、S女性が何らかの指示をしたとします。
通常考えれば、その指示に従うのが当然といえましょう。
しかしながら、もしその指示が他の女性に不愉快な事態をもたらすものだった場合、
指示を受けたM男性には相当な葛藤が起こると思われます。
そのような局面にある程度の指針を示してくれるのが、「三原則」ではなかろうかと考えております。


さらに、「三原則」は第3条において、自己を保護することを規定しています。
ここも、私の琴線に触れるところです。

以前**様に、「私の体は**様の物であると申し上げたことがあります。
バイクツーリングに出かける時のことです。
つまり私は、パートナーを得たマゾヒストは、自ら勝手な振舞いは許されないと考えているのです。
敬愛する主のために、自らの安全を確保する義務があると考えています。

しかしながら第3条は、自己犠牲をも求めています。
第1条2条を満たすために、自己の安全を放棄することを求めています。
まさに、マゾヒストの本懐とすべきところと感じます。


以上の点から、
「ロボット三原則」がDSの世界に適用されうるものと考える次第です。


2004年08月27日(金) ピノキオ 3

言葉というのは恐ろしい。
ある事象を巡って同じ言葉を使っていても、言葉の解釈が違えば、当然のこと理解も違ってくる。

このとき発覚した、’執事’という言葉に対する大きな解釈の差は、
すなわち、相互の理解に重大な隔たりがあったことを露呈した。
共通の言葉の上に共通の理解があるとは限らない。
そんなことを今更ながらに思い知った。


「私にとっての執事像って、ロボットと同義だったんです…」


さながら一発パンチKOをくらった気分で、ベッドにのびた体に、
最前のイリコの言葉が、じわじわとボディブロウのように効いてくる。
実際、本気でグロッキーになってしまって、返す言葉が出てこない。
というか、衝撃のあまり、思考まで吹っ飛んだ感じだ。
頭の中は、ただただ「ソンナバカナ!?」という驚愕で塗りつぶされて、しばし呆然となった。

一方奴は、私が大人しくなったせいだろう、何事もなかったかのようにマッサージを続ける。
いやもちろん、正確には、奴にとっては何も起きてない。
それどころか、秘中の秘であったロボット妄想を開示したことで調子づいたか、
いつになく饒舌に何事かを語るのだ。
恐らくはそこに、これまで聞くことのなかった、奴には大事な思いの丈があるのだろう。
うちのめされた気分のまま、仕方なく相槌を打つ。


「SF作家のアイザック・アシモフってご存知ですか?
 彼の作品の中に、ロボット工学三原則(*)っていうのが出て来るんですね…」


アイザック・アシモフなんて、トリビアの泉(註:TV番組)でしか聞いたことないやいッ!
腹の中で悪態をつきつつ、奴が語るに任せた。
もっとも、この状況下、すっかり集中力を失っていたために、まともに理解が及ばない。
ただ、奴のM性が醸成される過程で、つまりは奴が自身をMと認識するにおいて、
ロボットという概念が大きく関与していることはわかった。
既にM歴20余年、相当な思い入れがあるのだろう。



小難しい奴の御説はさておき、それにしても…と思う。
徐々に思考が戻って、ひとつの疑問が浮かぶや、それは次第に大きくなった。

’執事’にまつわる解釈が違ったにせよ、私の考えは、その解釈も含めて一貫しているわけで、
そこから発した言葉に、奴は異を唱えてこなかったではないか。
この三年半、いや遡っては、私たちが関係を結ぶために対話を重ねた期間、
奴は私に同調してこそ、共にあったのではないか。

何か問うても返答に窮するや思考停止に陥る奴に、「誠意があるなら思考を止めてくれるな」と言い、
コマンドのみに拘って、状況変化を汲み取ろうとしない態度に、「考えたらわかることは考えろ」と言い、
その度に奴は、コンナハズジャナイノニという含みを匂わせつつも、
うなだれては詫び、今後肝に銘じますと誓ってきた。

もちろん、詫びても善処を約しても、失敗は繰り返された。
けれども、「考えることに抵抗がある」とは、記憶にある限り聞いたこともないし、
いわんや、想像したこともない。

百歩譲って、奴が、自身がMたる理想のロボットぶりを我知らず追い、
そのせいで、無意識に「考えない」傾向にあったと考えよう。
とすれば、従順を旨とするロボットにとっては、
主たる私が呈する苦言や指示には、自動的に従うしかなかったってことか。
―それに納得しようがしまいが、実行出来ようが出来まいが―。

しかし。しかしだ。
奴が考えないことに業を煮やし、私は再三、テキストやメールや口頭で、
「ロボットみたいな奴隷は要らない」と言ってきた。
それに対して、奴はどう思ったのだろう。
作法どおりに「仰るとおりです」と頭を垂れる、その心底に、
少なからず抵抗が生じていたのではないか。



ぐるぐると思考を巡らしつつ、その一方で、
これまで私を散々悩ませてきた奴の言動の不可解さが少しずつ解けていく。

例えば、過去に二度、私を鬱のどん底まで突き落とした、
「話すことはないの?」「そうですね」のやり取りについて。

そりゃあ、ロボットなら、ああした応答になるわなと。
後に聞けば、奴の理想とするロボットは、鉄腕アトムのような人間に近い形ではなく、
もっと原始的なテクニカルなロボットらしいから、実に納得のいく話だ。

同様に、予めプログラムされてない質問には思考停止して当然だし、
状況に応じて変化するコマンドを仕込んでなければ、状況を無視して実行するか、
エラーが生じて動作が止まるのも道理だわと。

まだまだ混乱していたが、これらのカラクリに気付いては、少なくとも悪い感情は起きなかった。
むしろ、ずっと難儀していたパズルが解けていくようで、ひどく高揚した気分を味わっていた。




* 『ロボット工学三原則』については、後日テキストで説明してもらったので、
改めて、こちらでご案内いたします。


2004年08月25日(水) ピノキオ 2 

イリコがくれた感激に身を捩りつつ、しかし、奴には背を向けたままにいた。
このだらしなく相好の崩れた顔を見せるのが、なんだか恥ずかしかったのだ。
だいいち、この感激を伝えたところで、奴にわかろうはずもない。
それは、私の位置で、私の位置から奴に対峙してこそ得る褒美のようなものだ。
そう思えば一層愉快な気持ちになり、感激を独り占めしては枕の下に押し隠し、悦に入った。


「買い物といえば、ここんとこ、バリエーションが増えたねぇ?」
「あ、はい、最近のコンビニ弁当って色々あるんですね…」
「今更ナニ言ってるの。前から色々あったよう。買ってこなかっただけじゃん?」
「はぁ…」
「ちっとは頭使うようになったの?(笑」
「はい、考えながら買うのは楽しいですね…」
「そりゃよかった。頭使うのがイヤなのかと思ってた(笑」


嫌味っぽく〆てみたが、実のところ、そう思わなくもなかった。
それは、コンビニでの買い物に限らず、奴と過ごす折々に感じてきたことだ。

事実、もっと頭を使えと叱ったことは再々だし、
それが度重なれば、木偶のような奴隷は要らないと苦言を呈してきた。
殊に臨機応変さとか応用力に関しては、ナンデソウナルノ?と頭を抱えることも多く、
本気で足りないんじゃないか?と疑ったことさえある。

とはいえ、私との関係を離れれば、社会的にも充分立派に役を果たしているわけで、
やはり奴隷という特殊な立場がそうさせるのかなぁと無理やり自分を納得させるこれまでだった。



さて、律儀な奴は、嫌味にすらまっとうに応答する。


「いえ、イヤというわけではないのですが…」
「なら、なんで頭を使わない?」
「奴隷の立場では、頭を使うのが難しいというか…考えちゃいけないというか…」
「はぁ?なんだそれ?」


もしこの時、私の機嫌が悪かったら、ここで一喝して会話が終わってしまったことだろう。
が、先の一件でいつになく鷹揚になっていた私は、返す言葉を飲み込んで、奴の言い分を待った。

ややあって、背中に奴の声を聞く。
私の鷹揚さに感応したのか、穏やかな口調だ。


「私のM性の発露って、ロボットになりたいだったんですよねぇ。SFとか好きでしたし…」
「うん、それで?」
「ロボットって命令には絶対服従ですが、自発的に考えるって要素はないわけで…」
「それで、考えることに抵抗があるってか?」


思わず上体をひねり、振り返りざまに質す。
奴が明かした「考えない理由」が、あまりにも意外だったのだ。
冗談かと思ってその顔を見つめてしまったが、いつも通りに至極真面目な表情だ。
だいたい、冗談を言えるような男ではない。

もっとも奴には、いきなり私の視線に捉えられては幾分たじろいだようで、
咎められた子のようにおずおずと頷いた。



その様子を見届けて、またバッタリと床に伏す。
驚きのあまり、次の言葉が出てこない。

ロボットになりたかったですってぇ?
そんな話聞いてないよぅ。
ぐるぐると記憶を辿る。
確かに、昔からSFが好きで、子どもの頃にはアニメの改造人間とかに憧れたって話は聞いたけど…。


「…てことは、少なくともコンビニの買い物に関してはロボットぽかったってことだね?」
「あ、はい…そうなりますね…」
「で、最近はちっとは人間ぽくなったから、色々買ってくるってわけだ?」
「えぇ、そういうことになります…」


ここで話にオチはついたのだが、なおも疑問が残る。
M性のきっかけはともかく、私と出会った以降も、奴はその理想を抱き続けていたのだろうか。
…いや、私の理解の範囲では、それは考えられない。


「でもさぁ、キミ、ずぅっと執事みたいになりたいって言ってたじゃない?」
「えぇ、今でもそう思っております…」
「考えない執事ってあり得なくない?キミの言うロボットには勤まらんでしょ?」
「はぁ……ただ、私にとっての執事像って、ロボットと同義だったんですよねぇ…」
「はあ??」


奴のトンチな回答に、私は再び身悶える。
やっぱりコイツは馬鹿なのか。
腹の底から可笑しみがこみ上げて、一頻りシーツをクチャクチャと捏ねたあと、
ついに力尽きては、そのままベッドに沈み込んだ。


2004年08月24日(火) ピノキオ 1

その日の仕出しを一通り披露した頃合に、イリコが訊いた。


「チョコボールの箱に描いてあるキャラクター、お好きですか?」
「ん?キョロちゃんのこと?好きだけど……なんで?」


唐突な問いに少し驚く。
だいたい奴のほうから私に何か問うということは少ないし、
あっても、話の流れでなされるのが常だからだ。
しかし、それ以上に驚いたのは、奴の口からそんな話題が出たことだった。
記憶にある限り、奴がその手の、いわゆるオンナコドモが好むネタを口にしたことはない。


「いえ、今日買い物したときに、そのキョロちゃんのぬいぐるみがオマケについた菓子があって…」
「あぁそうなの?それで?」
「えぇ、それで、そういうのお好きかなと思って…」
「ふうん、キョロちゃんは好きだけど、ぬいぐるみは要らないかな…」


訳を聞いてしまえば、なんてことない質問だった。
奴なりに、私が好みそうな話題を選んで、会話の彩りに添えてくれたのだろう。
以前よりずっと食事らしく調えられた惣菜を口に運びつつ、軽く応答して流した。



食休みのあと、残った調教メニュウをこなし、おもむろにベッドに腹ばいになる。
意を得て、奴もベッドに上がり、私の背や肩を揉んでいく。
流石に長くつきあえば、段々と物言わずとも事が足りるようになるもので、
まだまだ不足も多いが、助かっている。

心地いい刺激と新しいシーツの感触を味わいながら、ふと、先の問いを思い出した。
そして、ある疑問に辿り着いては、奴に問う。


「…で、そのキョロちゃんを私に買ってくれようと思ったの?」
「あ、はい…」


背中越しに奴の声を聞くや、私は思わず身悶えた。
嬉しいような面映いような気持ちが満ちて、笑えてしょうがない。
堪らず、突っ伏したままクツクツと笑った。
重ねて訊く。


「珍しいわね、そういうの。でも、なんで?」
「…いぇ…お喜びになるかなと……」


奴にしてみれば、なぜ私が笑っているのかわからなかったのだろう。
怪訝そうな声で、恐る恐るといった様子の返事が返る。

かたや、私はその答えに一層笑えてしまう。
可笑しくて堪らない…いや、嬉しくて堪らなかったのだ。
奴とあって3年あまり、ついぞ感じたことのない温みに体がフワフワと頼りなく、
シーツを掴んで感激に浸った。



何がそれほど私を嬉しがらせたのか。

…これまた、明かすにはお恥ずかしい事情なのだが、
これまで私は、奴が自発的に私を喜ばせようとする気持ちに出会ったことがなかったのだ。
いやもちろん、命じればその通りにして―少なくともしようと(笑)―してくれるし、
教えたことならば、命じずとも私の意に染むように動いてくれる。
そこに、奴が私に向かう気持ちは充分に感じてきた。

物をもらったことも、少なからずある。
しかし、このときのような感激を得ることはなかった。
いかにも勝手な話だが、それらは、
予め「これを買って頂戴」と言ったものであったり、事前に話題に上った本であったり、
つまり、キョロちゃんに象徴されるような思いがけなさからは遠いものだったからだ。

もっとも、思いがけなさ以上に私を感激させたのは、そこに表れた私に対する愛のようなものだ。
愛と言えば大袈裟かもしれないが、
自分の趣味や益はさておいて、相手を主体に動く気持ちのような。
簡単に言うと、キョロちゃんなんて、普段なら絶対目も留めないはずなのに、
特別な理由もなく、ただ私のためだけに買おうとしてくれたことが嬉しかったのだ。



初めて会う奴の心象に感慨を覚えつつ、嬉しさあまり、もっと知ろうと質問を継ぐ。
その果てに、更に驚くべき答えが導かれるとは予想だにしていなかった。


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