ぶつぶつ日記
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2004年01月28日(水) 普通にあるものが、なくなると想像してみると・・・

私は、婦人科系発癌リスクの高いグループに所属している(^^;)。
年齢、未婚、出産経験なし、という例のあれ。
全てあてはまってしまっている。
去年くらいから、時折産婦人科に行って検査などをしているが、
子宮に関する検査は、もちろん産婦人科。
でも、もう1つの重要な部分、乳癌の検査は、
外科、もしくは数少ない専門の病院に行かなくてはならなくて、
結構めんどくさい。
幸い、この間の仕事の健康診断で、おっぱい触診をしてもらったところ、
マンモグラフィー(おっぱいを板でぎゅ〜っとはさんで撮影するもの)の
必要は全くないようだったが・・・

ある記事を見ていたら、
日本と言うのは、先進国ぶっている割には、
いろんなことに選択の幅が少ない国なんだな、と思うことがあった。
選択の幅が少ないと言うか、縦割り社会というか・・・。
ちょっと違う分野同士が、連携することがまだまだ少ない。
乳癌手術に関しても、然り。

大体、乳房を切り取らない乳がん手術と言うのも、
割と最近知られるようになったことで、
今でも、乳房温存をまず考えてくれる医者を探すのが
意外に難しいと言う話を聞いたことがある。
こんな状態だから、乳がんを摘出し、同時に乳房を再建してくれるような
病院を探すのは至難の業。
命に関わる病気のはずなのに、
ものすごい順番待ちをしなければいけないらしい。
ちなみに、欧米では5−7割の患者が、
摘出手術と同時に乳房再建を行う、「同時再建」を選ぶと言う。
裏を返せば、それだけの数の病院が、
同時再建を行える準備が整っていると言うことだ。

命を取るか、ある部分を取るか。
もちろん、100%に近い人が、命を選ぶ、それは間違いない。
でも、その後で、なくなった部位を意識した時、
仕方なかった、とさっぱり割り切れる人はそう多くはないのではないだろうか。
まだまだ日本の医療界では、
そういう患者のそのメンタリティーが無視されているような気がしてならない。
ましてや、女性の乳房である。
男性に置き換えて考えてみたら、
そりゃ、大事なものを半分にぶった切られたのと、同じようなものじゃないの?

病院もない、保険も利かない・・・。
術後の治療を続ける中で、
体は健康に戻ったはずなのに、
心が健康に戻らない女性がたくさんいる。
たかがおっぱい、されどおっぱい。
おっぱいに限らず、指でも足でも、目でも耳でも・・・・。
そんな贅沢!生きていればそれで良い!
と思えるのは、そう簡単なことじゃないのかもしれない。
生きていかなくてはならないからこそ、
失われてしまったものに、執着するのかも。
せめて、入院費くらいは保険が利くようになればいいのにな、
などと思った朝なのだった。


2004年01月26日(月) キスチョコ

子供の頃から、おやつと言う習慣のない子供だったので
(家庭的にもなかったように思うが、それにしては兄のあの買い食い好きはなんだろう?)、
今も、間食の習慣がほとんどない。
大体、甘いものがあまり食べられない子供だったし、
お菓子よりもご飯が好きだったので、
お菓子を食べ過ぎてご飯が食べられない・・・なんていう状態は、
自分が嫌だったのだ。

どうも、両親の方針として、「量より質」と言うのがあった気がする。
おもちゃも、服も、めったやたらと買ってもらえたわけじゃなかった。
むしろ、必要以上のものは買ってもらえなかったけれど、
買う時には、そんじょそこらのものではダメで、
時間と電車賃をかけて、日本橋や銀座まで出かけるような家庭だった。

そんなわけではないだろうが、
我が家に時々登場するお菓子は、
かなりハイカラなものが多かった。
トップスのチョコレートケーキ、
モロゾフのプリン、
ユーハイムの砂糖がまぶしてあるケーキ、
そして、神田精養軒のチョコレート。
今ほどお菓子に種類もない時代で、
我が家のお使い物は、必ずこの神田精養軒のチョコレートとヌガーの詰め合わせ。
そんな時には、必ず一袋、私たちへのお土産もあった。
今もだけれど、私はキャンディーとかがあまり好きではなく、
ピーナッツ味のこのヌガーキャラメルもあまり好きじゃなかった。
でも、この袋にはチョコとヌガーが半分ずつ入っていて、
チョコレートだけ食べるのはダメ。
チョコとヌガーと1つずつ、それが約束だったので、
成長した後、チョコレートだけの袋が発売になったときには、
とてもうれしかったものだ。

もう1つ、大好きなチョコレート、それがハーシーズキスチョコ。
東北生まれの母が、なんでこんなチョコを知っていて、
そして、どこで買ってきていたか、今も確かではないけれど、
年に数回、ハーシーズのキスチョコが家にやってきた。
たまねぎみたいな、かわいい形。
なんというか、バター分が多いぱさぱさ食感と日本のチョコレートにはない味、
そして、銀紙を1つずつはがして行くのが素敵だった。

長じて、中東やヨーロッパに行くようになった時、
一番困らなかったのが、お肉について。
それらの地域では、比較的羊が好んで食べられる。
日本人の多くが苦手とするそれらの肉を、
私は最初から全く問題なく食べることが出来た。
というか、好きだったのだ、子供の時から。
これまた年に数回、極普通に羊の肉が食卓に乗るような家庭だった。
今みたいに、ラムなんてなくて、マトン。
マトンは成長した羊、ラムは子羊。
むろん、においが強いのはマトンで、だから日本人の羊肉のイメージはあまりよくないのだけれど、
これを普通に食べていた子供としては、
ラムなんてまー、なんて極上(笑)!

もちろん、こんなメニューたちは、特別なごちそう。
毎日食べるのは、どこの家庭の食卓にも見られるものだったが、
母の実家から送られてくる新鮮な生わかめや、
毎日笛を鳴らしながら来るお豆腐屋さん、
目で見て手にとって買えた八百屋の店先の野菜たち、
おでんの具だけを手作りしている店、
鳥専門の店で買うモツ、
一見物があふれかえっている現在に負けないほどの、
安価で豊富な食生活が、下町の商店街、
そして家庭の食卓には広がっていた。

最近、10代や20代の女性に、味覚障害の人が多いと言う。
そこまで行かなくても、
何でもかんでもマヨネーズをかけてしまう子供や、
主食をほとんど食べない女の子など、
食生活が壊れかけている家庭が多いみたいだ。

味覚も、子供のころに作られる。
贅沢じゃなくていい、極普通の食事。
むしろ、それを守ることが難しいのかもしれない。
でも、子供の時に作られた味覚や食習慣が、
今の私たちを作っている。
大量のポテトチップスよりも一粒のキスチョコを選ぶ私は、
ちょっと体重は大目だけれど、
コレステロールや中性脂肪とは、ほとんど縁がない。
旅先で、何を出されても、食べられないものもほとんどない(嫌いなものはもちろんあるけど)。
そんな私を作ってくれた両親に、感謝している。


2004年01月21日(水) 砂塵の国に継承される文化

モーリタニア、という国のイメージは、どんなものだろう。
この国は、毎秒何トンという砂塵がサハラ砂漠から押し寄せ、
国全体が、サハラに飲み込まれそうになっている、
北アフリカの小さな国である。
毎月届くアラムコという会社の広報誌で、
「Manuscript=手稿」という英語を知った。
そして、このモーリタニアに、すばらしい手稿の蔵書と文化があることも。

それらの蔵書は、彼らの先達が、
メッカに巡礼に行った折、旅先の文化の発達した街々で、
買い求めてきたものだ。
メッカ、マディーナ、カイロ、フェズ、
そして、今はスペインであるアル・アンダルース・・・。
何よりもすばらしいのは、それらの蔵書が、
個人の手で長年守られてきているということ。
そして、彼らはそれを秘密にしておくのではなく、
広くー子供たちをも含めー人々の学ぶ場に、提供してきたということ。

欧米であったら、博物館のガラスのケースの中に入るような本を前に、
ベルベルの青い衣をまとった年を取ったライブラリアン(蔵書家)は言う。
「5歳以上の全ての子供を歓迎する、たとえまだ読み書きが出来なかったとしても、
彼らは、これらの(本の)すばらしさを理解することができる。」
こういったライブラリアンが、寺子屋のようにクルアーン(コーラン)を通して
子供たちに読み書きを教えてきた。
そして、モーリタニアの人々は、ただ本を保持するだけではなく、
カリグラフィーの伝統をも守ってきている。
「12世紀のアンダルスの書体と19世紀のモーリタニアの書体は、
ほとんど同じ書体である。」

彼らの書くカリグラフィー、そして女性たちの作る手芸品、
一つ一つ、気が遠くなるほどの時間をかけて、
手を使い、生み出される芸術品。
ぼろぼろの表紙を何度も取替え、子供たちに学ばれるクルアーン。

文化とはなんだろうか、と思う。
文化の豊かさとは。
物資的には、決して恵まれた国ではない。
むしろ、貧しく、厳しい国である。
けれども、その中に、深く「文化」が根付いている。
守り、育て、継承していくこと。

「文明」を手に入れた私たちが忘れてしまった「文化の継承」が、
一見不毛に見える、砂塵の向こうに続いている。


2004年01月20日(火) 世の中そんなに甘いんだろうか

昨日職場に恩師が来たので、ちくりモードに入っていた私。
彼が知ることで、状況が変わるわけではないが(部外者だし)、
一応経営者に物申せる人だし、
自分自身の今後の相談も兼ねての、ちくり大会とあいなった。
そこで、今後自分たちはどうするんかね?と言う話になり・・・。
私は、単位取得で大コケしたものの、
一応ロードマップは立ててあり、
折々その先生に相談メールを送っている。
また、昨日も、もっと具体的な研究計画についても話をしてみた。
なので、その時は、主に私の隣に座っている(通称)同僚の話になったのだが・・・。

とりあえず、あと一年はここにいる(その後はいたくない)、
でも、その後どうするかは具体的には・・・と言うことだった。
オイオイ、先週子供が生まれたばかりで、
そんな悠長なことを言っててどうすんだ、と、
すでにこの時思ったが、人の人生、口出しすまい。

が、先生が帰った後、二人になった時に言われたことにはぶっ飛んだ。
後のことはあんまり考えてないけど、出来たら海外に行きたいなー。
これも、まあよかろう。
私だってそう思っている。
その次である、問題は。
「(恩師の)先生、国際○○○○(国の日本語関係外郭団体)に、
ツテとかコネとかないかな。」

・・・・・・・・・。

つまり、なんですね。
その辺に転がっている、月給何百ドルかの話しなんて目じゃなく、
コネやツテで、割のいい国関係の派遣に乗っかって、
家族三人、優雅で楽しい海外生活を送りたい、と。

人生って、そんなに甘いんですか。
あんた、なんでみんなが必死になって、
院とか言ってるか、わかってるんかい。
学部卒の日本語教師、経験3年なんて、
はいて捨てるほどいるからなんだよね。

これで、彼が棚ぼた人生をまっすぐ歩んで行くとしたら、
私はやる気をなくすよ・・・・。
努力して、お金と時間をかけて、じたばたしているのが、
ばっかみたいじゃない?


2004年01月19日(月) 見えないうちに・・・

厄介な問題というのは、誰しも見たくないものだ。
地中深く埋めてしまって、そのまま忘れてしまいたい。
しかし、残念ながら、埋めた問題というのは、
解決されたわけではない。
だから、気がついたら、地中深く問題の根が張って、
その上、問題同士が引っ付き合い、
とてつもない大木に育っていることがある。

そうならないように、予測し、先手を打ち、
いやなことも片付けていかなければならない。
そうしないと、問題の大木はすっぽり自分たちを覆いつくす。
問題の種を片付けることはちょっとの労力で済むが、
大木になったら、そう簡単には片付かないのだから。

この職場って、本当に反面教師。
自分自身がそうならないように、
問題の種は、埋めないできっちり処理するようにしよう。


2004年01月15日(木) 捨てるな!投げるな!振り回すな!

何何のことかというと、そりゃ歩きタバコのことです。
私はタバコが嫌いですが、
別段一緒に食事をする人がタバコを吸うのはかまいません。
私の家では吸って欲しくはないですが、
その人がその人の家で吸うのは、本人の自由でしょう。

でもねー、どうしてもだめなのは、歩きタバコ。
いや、これも、本当に人に迷惑をかけないんだったら、
やってもいいけれど、
迷惑かけてない人って、結構少ないでしょう?

最近気になるのが、吸い終わったタバコを投げる人。
落とすんじゃないですよ、投げるんですよ!!
しかも火がついたままのものを、そのままに!
せめて火を消せ。
街中で、こういうことをやっている人って、
絶対に自然の中に入った時も同じようなことをやる。
山火事になるでしょう。
そういうことなんだよ、ほぼ放火に近い。

そして、吸いかけのタバコをぶんぶんと振って歩く人。
子供の目の高さって、そのタバコくらいにあるんだよ。
タバコの火は熱いのよー。
やけどですまないこともあるんじゃないの。

こんな人たちに、喫煙権とか言う資格なし。
権利は、自分がきちんとしてから求めましょう。
権利や自由は、代償の大きいものなのです。


2004年01月14日(水) 引き際

西川きよしさんが、政界から一切引退するという発表を行った。
後継指名も行わず、知事選など他の選挙にも出ず、政界を完全に引退するそうだ。
今後はタレント活動に専念し、社会的にはボランティア活動などに参加したいという。

さばさばした表情を見て、引き際というものを考えた。
老害という言葉は嫌いだし、
高齢者が社会に関わり続ける必要性も感じる。
しかし、組織の中での引き際、老害について考える時、
どれだけ客観的に自分を判断し、すっぱり辞められるのかが、
その人の信の価値を決めるように思っている。
それは、私が今所属している組織が、
ある人(たち)が引き際のタイミングを逃してしまったことにより、
ひたひたと、衰退の足音が忍び寄っているのを、
なんとなく感じているからかもしれない。

年を重ねたからこそ、できること、わかることがある。
しかし、年をとってしまったからこそ、見えなくなってしまうこと、
出来なくなってしまうこともある。
その事実を受け止められない人が、権力や欲にしがみつく。
哀れで、さもしい姿をさらしながら、
組織を衰退へと導き、そしてそのことにも、もちろん気がつかない。
辞めることで、新しく健康的な日々を得ることもあるんですが。


2004年01月13日(火) 我慢して付き合う

大体において、「式」と名のつくものは、面白くなくて当たり前。
結婚「式」だって、そう面白いものじゃないし、
成人式がつまらない祝辞だらけなのも、当然だろう。
もちろん、皆が飽きないように、色々工夫して
楽しい式にすることは良い事だけれど、
それにしても、全ての人を楽しませることは無理だし、
無難に、無難に・・・となっても、
そりゃしょうがないことなんじゃないかと思う。
そして、その面白くない式に、我慢して付き合うことも
人として必要なんじゃないかと思う。

自分らしさとか、自由に・・・とか。
言葉はきれいで立派だけれど、
裏を返せば、人に気を使わないで、
自分勝にやっているだけのことだったりするんじゃないの?
人間関係は全て、Give and take。
一方的に自分の気持ちだけは押し付けられないし、
自分のしたいことだけしてはいられない。
何を引いて、何を押すか。
どこを妥協して、どこを通すか。
自分の気持ちは大事。
でも、人にも大事な気持ちがある。

いつも我慢ばかりしている必要はないけれど、
時には我慢して、こちらが大人になって付き合うことも、
必要なんじゃないかな。
毎年「荒れる」成人式を見て、そんなことを思った。


2004年01月07日(水) 忘れてしまったこと、終わっていないこと

年が改まって、心機一転するのは良いけれど、
あまりにも色々なことが起こりすぎて、
忘れてはいけないのに、気がつくと忘れてしまっていることが
本当に多い。

何を覚えていなくちゃいけないのか。
どうして覚えていなくちゃいけないのか。

今年もきっと、様々なことが起こるのだろう。
そして、忘れてしまったことが、その原因になるのかもしれない。
忘れてしまったことは決して、「終わったこと」ではないから。


2004年01月06日(火) 何を提示するのか

昨日、新聞を見ていたら、
オーストラリアの記事が出ていた。
オーストラリアという国は、留学希望者にたいしてランク付けを行っており、
かんたんにビザがおりる国と、なかなかビザがおりない国が、
明確にされているそうだ。
もちろん、日本はかんたんにビザがおりる国で、
お隣の中国は半数以上が却下されてしまうという。

しかし、だからこそ、なのだろうが、
難関を通ってオーストラリアにやってくる中国人学生は、
ほとんど授業を休むことなく、
まじめで勤勉、成績も良いという。
ここを読んで、私はう〜〜〜んとうなってしまった。
うらやましい!
日本とは大違い。

もちろん、日本に来る中国人学生の全てが、
怠惰で休んでばかりというわけじゃない。
出席日数は厳しく管理されているので、
それなりに出てきていると思うが、
全般的に見て、「まじめで勤勉、優秀」という、
総くくりの評価にはならないだろう。

日本に来る中国人と、オーストラリアに行く中国人と、
一体何が違うんだろう。
もちろん、物価の違いもあると思うのだが
オーストラリアの方がまだ少しは安い?)、
勉強が終わった後の、自分たちの将来設計の差が、
人材の差のようにも思える。

もともと移民国家であるオーストラリアは、
一見排他的差別的に見える留学生枠を明記しながらも、
一度その審査にパスし、ある程度の成果を上げられた者に関しては、
その国籍を問わず、永住権を取得する方法もまた、
明確化されている。
中国人学生たちのほとんどの希望がこの永住権であり、
そして、そのために、何が何でも優秀な成績を上げ、
大学を卒業し、仕事を得る!という目標がはっきりしているのだ。

しかし日本は、今でもそしてこれからも?
あくまでも外国人に対して閉鎖的であり、
移民国家にはなり得そうもない。
日本に来て、日本語を勉強してどうするのか、
漠然とした野心みたいなものはあるが、
それが実現するかどうかは、
あまりにも雲の彼方、かすんでも見えない。
そのため、単純に流されてしまい、
お金を貯めることだけを目的としたりする学生も
増えてしまうのかもしれない。

入国を規制することもある程度は必要だろう。
でも、日本を学びたい!と思う学生たちに、
日本は何を教え、与えられるのか。
そんなことを考えている役人は、一体どれだけいるだろう。


2004年01月02日(金) 中くらいでいこう

あけましておめでとうございます。
すっかりご無沙汰してしまいました(汗)。
旅行に出る数日前に、いきなりPCのモニターが故障、
その上、その日の午後から数年ぶりのまさに鬼の霍乱、
自分自身が発熱と胃痛。
旅行当日まで参加するはずだった仕事関係のセミナーにも出られず、
くたばったまま、大量の薬と共に出発。
でも、現金なことにあちらでは絶好調(^^;)。
そのうえ、帰りのパリからの便は、
航空会社都合で、エコノミーからビジネスクラスに変更になり、
楽々で帰国いたしました。

さて、今年の目標、年頭所感。
去年の目標、達成できたことの方が少なかったかなあ(^^;)。
大学も、卒論は書けたけど単位はまだだし・・・。
うーむむ。

2004年の目標
*(引き続き)大学卒業!
これしかないでしょ。
そしてその上、大宣言!次は大学院進学だあ!
どこまでできるかわかりませんが(金銭的にも)、やってみます。

*地道な創作活動と発表の場を持つ
素敵なものをたくさん作りたいです。
そして、実際に見てもらえたら良いなと思います。

*語学のテストを受ける
これは英語かな。
あと、アラビア語にも戻りたいよ!!!!!!

*貯金を2倍にする
たーぶーん、これは無理(^^;)。
でも、できるだけ近づけるように。

*マドリッドに行かない
これは理由は秘密ってことで(爆)。

帰国途中、デジカメをなくしたことに気がついたんですよね。
あっちゃーっと思ったら、
最後に泊まったホテルにあったそうです。
何となく、辻褄の合う、幸先も悪くない年の始まりかな。
中くらいに幸せ、そんな感じでいきたいと思う今年です。


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