凪の日々



■引きこもり専業主婦の子育て愚痴日記■

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2013年05月12日(日)

いかん。鬱気味。

私の入院を機に、家族皆が少しでも自分の事を自分でするようになったかと期待したんだけど、入院前とまったく変わらず。

食器ぐらい下げろとか、飲み終わった牛乳や麦茶は出しっぱなしにしないで冷蔵庫にしまえとか、そういうしょうもない事を延々注意し続けなければいけないストレス。
子どもだけならまだしも、夫も込みなのが腹立たしい。
夫は子どもと同じレベルで父親としての子どもの躾だの教育だのは一切無関心。
せいぜい「おかあさんに怒られるよー」という程度でしか注意しない。
まったく役に立たない。



いかん。こんなの書き連ねていてもなんにもならない。
ストレス溜まるばかり。
今回の病気も原因の一つにストレスがあったけど。
こんな生活を続けている限り、ストレスが無くなるはずもなく。

思えば私の血圧が上がっていたのも
夫が転職してからだなぁ。
遺伝的なものが出たと思ってたけど、夫の転職によるストレスもあるのかもなぁ。


ずっとこんな生活なんだなぁ。
これより悪くなる事はあっても、これより良くなる事はないんだよなぁ。


2013年05月09日(木) 九日目:退院

初日からいきなり退院に日記が飛びましたが。

再発の恐れもあり、と脅され、健忘録として残しておこうと思って、入院中の暇つぶしにぼちぼち書いてたけど、スマホで長文入力がまどろっこしくて面倒臭い。
結果、退院まで放置。
でも次回がある可能性があるのなら、放置しまままのブログの方にでも書き残しておこうとは思う。そのうち。



結果として、どうやら重症だったそうで(担当医からやたら「重症なので」を連呼された)絶食24時間点滴五日、重湯からスタートの流動食から五分粥まで進んだところで、食べたら腹痛と下痢が起こる以外は食べさえしなければ普通の状態だったので、無理やり退院させてもらった。
担当医としては、「全粥になっても腹痛も下痢も起こらない状態」が退院の目安なので退院には難顔だった。
食べても下痢や腹痛が続くという事は、「虚血性腸炎」の軽い「一過性型」から、一歩重い「狭窄型」になっているかもしれないわけで、これが更に悪いと手術しなきゃならない事にもなるわけで…とこれまた脅され。

でも食べてどうか様子を見るだけなら家でもできるし。
おかゆ食べていればいいんなら、離乳食みたいなのを作って食べていればいいみたいだし。
下痢や腹痛が来るならおかゆを柔らかいのに戻して腸を休めればいいんだし。
「自分で食事管理できますから」と半ば強引に退院にしてもらった。

子ども達が心配ってのが理由だけど、これ以上入院費がかさむのをどうにかしたいというのも半分あった。
今月は自動車税の支払いもある。
アユムの歯列矯正も今月新しい装置を作る事になる。
これだけですでに10万は飛ぶのに、この上入院費なんて。
収入は減る事はあっても増える事は無いのに、支出はいくらでも増えていく。
抑えられる所は抑えないと。
経済的に苦しいと満足な治療も受けられない…ってこんな感じなんだなぁ。


ひとつ思ったこと。
病院で「夜間緊急で来て良かったのに」と言われ、救急車を呼んでいいレベルだったんだ、と分かった。
見舞いに来た夫に言うと、「そうだろうね。尋常じゃない痛がりかただったもんね」と言われた。


そっか。夫から見て、尋常じゃない痛がりかただったんだ。
でも救急車呼ぼうなんて、考えもしなかったわけだね。


私は自分で苦しみながら、救急車呼ぼうかって考えもしたよ。
でも近所で話題になるのも恥ずかしいし、かといって救急センターまで運転出来る状態じゃなかったし、タクシー呼んで行くのも、なにせ腹痛と下痢だったから、途中トイレに行きたくなったらタクシーの運転手さんも困るだろうし、とあれこれ考えて、痛みがある程度治まるまで待って、自力で近所の病院に行くしか方法が無かったんだけど。

「大丈夫だから」と私が答えたから、脂汗流しながら廊下に転がって尋常じゃない痛みに耐えている私をそのままにして、さっさと子どもと寝たわけか。


尋常じゃない痛がり方だったけど、私が�狢臂翩廰瓩辰童世辰燭�ら。
「本人は大丈夫って言ってるけど、この痛がり方は尋常じゃない」と判断して、救急車を呼ぶとか、タクシーで救急センターに連れて行くとか、そういう発想はこれっぽっちもわかなかったわけだ。

そっか。それじゃ例えば私が脳溢血とか心筋梗塞とかおこして倒れても、意識が無くなる前に「大丈夫…」と言ってしまえば、じゃあ大丈夫なんだな、と判断されて、いつものように倒れた場所にそのまま放置されるって事なんだな。


私の最期って、そんな感じなのかもしれない。
この夫と生活する限り。
夫のおかげで命を取り留めた、という事はあり得ないだろう。
きっと夫は「自分は、大丈夫?って聞いたんだけど、本人が大丈夫っていうから、気にはなったんだけど、そっとしておいたら、気がついたら…」なんて言うんだろうな。
そして今回みたいに「女性は痛みに強いから」とか「我慢強かったから」なんて、周囲から言われるのかもな。




なんか、こう、     空しい、じゃなくて、   虚しい、でもなくて


哀しい、かな。惨め、かな。淋しい、かな。


誰も、私を助けてくれる人はいないんだなぁと。あらためて。


2013年05月02日(木) 初日

診断は「虚血性腸炎の疑い」
一週間の入院になるとの事。
「今日家庭訪問なんですけど…」と言うと
「それはもう無理ですね」とばっさり。
家庭訪問が済むまでとりあえず一時帰宅して
ついでに入院の準備を…という考えはあっさり却下された。
やむなく夫へ電話。
仕事を早退して代わりに家庭訪問うけてもらうしかない。

診察室のベッド?に横たわったまま、入院手続き。
採血に心電図に胸部と腹部レントゲンと車椅子であちこち連れて行かれ、初体験の浣腸後、初体験の内視鏡検査へ。
肩に安定剤を注射されてからの検査だったけど、
ただでさえ痛い腸に異物がはいるわけだから、
たまらない痛みが伴う。
腹中かきまわされている感じで痛くて痛くてたまらない。
腸から出血して炎症をおこしているそうだから仕方ない痛みなんだろう。


結果、「虚血性腸炎の疑い」から「虚血性腸炎」へ確定。

あぁこんなことなら病院に行く前にシャワー浴びとくんだった…


夕方、家庭訪問が終わった夫と、部活を早退したアイ、帰宅したアユムが来てくれた。
が、なんか疲れからか意識朦朧としてよく覚えてない。
とりあえず印鑑と、パジャマ、タオルにスマホの充電器を持って来て貰った。
財布とスマホとハンカチ、保険証しか持って来てない着の身着のままでの緊急入院だったけど、売店で買えばなんとかなるだろう。

こうして絶食24時間点滴の入院生活がスタートした。



採血、腹部エコー、触診、点滴(近所の医院)

採血、腹部と胸部レントゲン、心電図、内視鏡検査、触診
点滴(ソルデム3AG,500ml)(総合病院)


2013年05月01日(水) 青天の霹靂

夜、突然の激しい腹痛に襲われる。
時々ある食あたりみたいなものだ。
あぁまいったなぁと思いつつトイレでいきなり嘔吐。
今回はちょっと重症な悪い予感がするも、
出るものが全部出たら治まるもんだし、と
床にボタボタしたたり落ちる脂汗を見ながら激痛に耐える。
周期的にくる痛みは徐々に増し、陣痛とどっちが痛かったかしらん、
陣痛の痛みを100としたら、98位かなぁ、なんて思いつつ上から下から吐瀉物と排泄物を垂れ流し続け。

気がつくと便器内が鮮血。
下血だ、わ。初体験。

胃が空になったら嘔吐は治まった。
激しい腹痛と下痢、というか、下血は治まらない。
トイレ前の床に横たわり痛みに耐える。
一晩中トイレを往復して朝が来た。
朝食の準備なんか出来るわけなく。
でも今日はアイの家庭訪問の日。
掃除をしないと…その前にちょっと病院で痛み止めを貰いに行こう…
そう思ってフラフラになりながら近所の病院へ行ったら。


点滴を打って貰っている私に向かって、エコー検査の結果をみた医者は「あー○さん、こりゃ入院ですね。うちじゃ無理なんで紹介状書きますねー」と声高に言うと、サッサと先方の病院へ電話し、「今、個室しか空いてないそうなんですけど良いですか?」と話を進め、あれよあれよという間に
病院の送迎車で総合病院に緊急入院となった。

…いや、だって今日家庭訪問なんだけど。
入院の準備何もしてないんだけど。
なんであたし車椅子で移動させられてんの…


暁


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